全30件 (30件中 1-30件目)
1
身近にいる 大切なひとが亡くなったあとはまず涙がこぼれます。次々と涙がこぼれ 止まらなくなります。でも お通夜 、お葬式、埋葬 行事が続きます。そのあとは いろいろな手続きが待っています。泣く、という行為の間に 用事をこなす状況です。電話もかかってきます。お花も届きます。訪問客も続きます。大切な人の死を 誰かと 話すたびに 涙がこぼれます。身辺が 少し落ち着く迄 1ヶ月以上はかかります。もしかしたら もっとかかります。この期間には 悲しさの度合いが違います。慌ただしいなかの 悲しさで しなければ多いことがたくさんあるので 心の状態は 最低にはなっていません。その後です。 ドスンときます。ショックから 虚脱感にかわってきます。何も考えられない。どうしよう。。。。。不眠になったり、 集中力がなくなってきたりもします。この頃になると ひとによっては 自分をおいて 逝ってしまった人への怒りもでてくるでしょう。それとか こうしてあげればよかった、などという後悔の気持もでてきたりもするでしょう。 こういう感情は ごくごく普通のことですから 多くのひとたちが体験することなのです。 悲しいときには 悲しんでいいのです。泣きたいときは 大声で泣いてください。我慢してはいけません。 こういう次期を経て 現実を受け止められるようになるまで最低4ヶ月から半年はかかります。もちろん ひとによっては もっと長い時間が必要なひとたちもいます。ケースバイケースです。 このあと これからのことを考えてみようかな、というような気持が生まれてくるようになってきます。 大切なひとが亡くなったあとしばらくは 現実を受け入れることがむずかしいのです、というか 受け入れたくないのです。まだそこにいる、という感覚があります。もやもやとした気分はしばらく続いていきます。現実を受け入れられるようになるまで 数ヶ月はかかってしまうのです。 カウンセリングは 現実をしっかり受け入れてからでないと 効果は期待できません。 人の死で 人生がまた変わるのです。
2014.09.30
コメント(0)
あるとき あるところで 3人の娘さんたちを育て上げた 未亡人の女性の文章を読む機会がありました。 このかたは 共働きだったようです。30歳代で 3人の子供を抱えて 突然の夫の死。そのころ 自宅も購入したばかりだったそうです。悲しいよりも何よりも この子たちを立派に育てたい、家も手放したくない、という気持で 泣くこともできずに働かれたようです。 そして 20年以上。。。。。娘さんたちは みんな大きくなって ひとりの娘さんには子供も生まれているそうです。ふたりの娘さんたちも ちゃんと就職をして 一段落と思ったら 夫が亡くなったころのことが 思い出されて泣いているとのことでした。「 お父さん あなたに会いたい。。。。。 」 夫の死後 20年以上も経っているのに 悲しみに襲われてしまっていたのです。 このかたにも ようやくゆっくり ご主人のことを思い出すゆとりがでてきたのだと思います。 『 泣く 』と言う行為を スキップしてはいけません。 つづく
2014.09.29
コメント(0)
シャノン アルダーというひとがいます。自己啓蒙 の本を出しています。 『 じっと我慢しているというのは 魂のなかで 癌がゆっくり 大きくなっていくようなものです。 それは 臆病さが通った道筋のようなものです。 毎回 戦いに勝つと言うことはないかもしれませんが どのひとも 少なくとも あなた自身のために立ち上がって いることを知ることになります。 』 我慢は 心の癌ですか。。。。。。そうですね、命を縮めるようなことにもなりますからね。自分自身のために 立ち上がる、ことって 大事なことです。ただ 立ち上がる次期はしっかり考えないといけません。命を縮めてしまうような 立ち上がり方は おすすめできませんけど。
2014.09.28
コメント(0)
フォーチュンという経済マガジンがあります。そのなかに やくざ、マフィア、ギャングの 世界 トップ5の 組織名と年収が発表されています。アメリカ政府がどのようにしてこういうことを調べているのかは全くわかりませんが 日本のやくざが米国内で どういう仕事をしているかをつかみ 誰たちが関与しているかを調べて年間の収入、銀行の口座のインフォメーション を握っているわけです。特に山口組関係は 何人ものひとたちの銀行口座が凍結された、という記事が新聞にも載っているところをみると 大きなお金を動かしているのでしょう。 世界一の 稼ぎ頭は どこでしょうか ?日本の山口組でした。 1ドルを100円として換算して 8000億円という数字がでていました。日本の組織は ここだけでした。 2番目は ロシアのギャングでしたが 年収は 山口組の約10分の1でした。3番手は イタリア系のアメリカンマフィアです。 ここは 2番目のロシアンギャングの半分ほどの年収でした。4番目は イタリアのマフィアで 3番目のマフィア組織より 若干低い収入でした。5番目は メキシカンギャング で 4番手の3分の1になっていました。 すごい数字です。特に日本の山口組の推定年収は 他のギャング組織の追随を許さない額です。びっくりするのは 上記の組織は 国内にとどまらず 幅ひろく 外国へも手を伸ばし、足を伸ばしているようです。どこどこの組織は どこどこの国で 何々をして どこどこの国を経由して本国へ、まで わかっているようです。どこもドラッグだけを扱っているのではないのです。不動産業にも レストラン業にも エンターテーメントビジネス業界にも決して不法ではなく しっかり会社を設立してのビジネスのようです。 数字の大きさに驚きました。
2014.09.27
コメント(0)
ジェリー ルイスという一世を風靡した アメリカ人のエンターテーナーがいます。彼は コメディアンであり、俳優でもでもありまた歌手でもあります。一時期は ディーン マーチン といっしょに活動していました。いまは 90歳近いと思われます。 このひとが 『 忠誠心 』ということを言っています。ぶれない心ですね。 背かない心です。 「 わたしの体内の血液のなかには 忠誠心が流れています。 誰か、あるいは何かに関して わたしの気持の中には 約束ごとと思っているものがあります。 友情、ビジネス上の取引において 約束ごとというものが あります。 わたしには 契約書なんて要りませんよ。 わたしは その契約書をつくった 同じ弁護士をやとって それを破棄してしまうこともできるのです。 でもあなたが わたしの手を握って握手をすれば それは わたしにとっては一生ものなのです。』 契約書の紙なんて 自分には意味がないこと、と言っています。でも約束したことは守ります。 英語では コミットメントと言います。わたしにとっても このコミットメントというのは とても大事なことで お約束したことは 守ります。しなければならないことを何にもしなくて あ〜ら 失礼しました、ということは 決してしません。人間関係の基本はそこにあると思っています。お約束はお約束。できない約束はしないことです。
2014.09.26
コメント(0)
ダライ ラマさんは ラマ教の頂点に立っているかたで世界中を廻っているかたです。ここハリウッドの芸能界にも 信者さんたちをもっています。俳優 リチャード ギアも熱心な信者です。会見のときも このダライラマさんへの 尊敬の言葉が止まらないほどの心酔者です。 その ダライ ラマさんの言葉です。 『 古い友人たちは 亡くなっていきます。 新しい友人たちが あらわれてきます。 それもあんまり日数が経たずに 起こり ます。 古い日は 過ぎていき 新しい日が来ます。 大事なことは それを意味があるようにすることです。 意味のある友人、意味のある日をつくることです。 』 新旧をごっちゃ混ぜにしないことですね。きのうは 終わった、と思うこと。きょうが 始まった。。。。。。 常に あらたな気持で。終わったことは もうどうすることもできないのです。 きのうはきのうきょうはきょう 決して やさしい作業ではありません。でもそれができないと 人生はかわりません。
2014.09.25
コメント(0)
ガブリエル ガルシア マーキース というコロンビア人の小説家がいました。そのひとが 興味深いことを言っています。 『 人は 歳を重ねていくので 夢を追うことを やめるのはありません。 夢を追うことをやめるから 歳をとっていくのですよ。』 わたしが 心理学を学んでいたとき クラスの最年長は 86歳でした。 自分で 車を運転して通学していました。もちろん 歩き方などは 決して若々しくはありませんでしたがものの考えは 実に若かったです。彼女は 若いときは 女性カメラマンのはしりだったようです。その職業で しっかりお金を稼いで いたひと。その頃は シカゴ在住でしたが ロサンゼルスに移住したあとはお店を出していました。 額縁、カード、人口の花、クッションなどを売っていました。 編み物は プロクラス、縫い物も プロクラスでした。 そして86歳にして 再び学校へ。 わたしは このひととは とても仲良しでした。いつも隣にすわっていました。 常に何か学ぼうとしていたことは 確かでした。 よし、わたしも彼女をお手本にして 死ぬ迄 チャレンジしようと思いましたね。
2014.09.24
コメント(0)
アメリカンフットボールのクオターバック(QB)だったひとにジョー ネイマスというひとがいました。殿堂入りもしているひとです。 このひとが いいことを言っています。『 あなたが * 自信 * をもっていると うれしくなるようなことが たくさん起こるんですよ。 あなたがうれしいと びっくりするようなことが 起こるんですよ。 』 はじまりは 自分からです。自信をつけてください。
2014.09.23
コメント(0)
アメリカ人の作家であり、 モチベーションスピーカーでもある レオ バスカグリア博士のニックネームが ドクター ラブなのです。 この場合のラブは 男女間のラブラブのラブではありません。もっとひろい意味の ラブです。 『 わたしたちは 触る力、スマイル、親切な言葉、聞く耳、正直な褒め言葉(お世辞 ではなく)、小さな心づかいが持つパワーをしばし過小評価しがちです。でも こうことが 人生を回転させるのです。』 その通りだと思います。ハグもそうです。にっこり笑って ぎゅっとハグをしてあげる。しっかり悩み、心配事を聞いてあげる気持。がんばっているね、の言葉。応援しているよ、のはげまし。こういうことで 人生の風向きが変わってくるってことです。
2014.09.22
コメント(0)
きょうご紹介する言葉は いろいろなひとが いろいろなところで言っていますので 誰からスタートしたのかは正確にはわかりません。 『 時計は動き続けています。 時間は 人を待っていてはくれません。 きのうのことは ヒストリー。もう終わったこと。 あしたのことは ミステリー。 何があるか わからない。 きょうという日があるのは ギフト、おくりものなのです。 だから プレゼント、現在 というのですよ。 』 きょうというのは 神様からのプレゼントなのです。大事にしましょう。
2014.09.21
コメント(0)
メル友に Cさんというひとがいます。年齢的には 50代前半でしょう。一生懸命 毎日を生きているひとです。会社では 長年上司の女性が 自分の気分によって考えをかえるし 自分のミスは認めたくないので 部下のせいにするようです。 そして ギャオギャオと怒鳴りまくるようです。 この上司 自分の気にいらない社員には嫌がらせまでするようで 救いようがないような欠陥人間。毎日 そのババのために 大変な思いをしているのに最近からは 親の世話というのがはいってきました。父親は肉体的にもどんどん弱っていて トイレに行っても便器のなかではなく 便器の外にジャージャー。。。。。。記憶力のほうも 下り坂をすべりっぱなし。母親も 介護におわれて疲れていますが 自分にも病気があります。時として 夫には当たってしまいます。『 何で これがわからないの。』『 どうしてこれができないの。』そういうことが どんどんひどくなって行くので Cさんは親のところに 週の5、6日は住んでいます。毎日が 単に忙しい、といういいかたではすみません。すざましい一日、といったほうが的確でしょうか。 そのひとに わたしがきょう書き送ったものです。マヤ アンジェルー( 自己開発のスピーカーであり 作家でもあります。) 『 わたしたちのそれぞれが グチャグチャになってしまった状況に陥ってしまったり 、 寂しさを感じたり 、嵐の中で 生き抜いてきています。 だから あなたが どういう風に感じているのかがわかるのです。 わたしにだって そういうことがあったもの。わたしたちの ひとりひとり は同じようなものですからね。わたしたちは お互いにサポートし合わないといけません。 』 人間は 自分が思っていることを理解してくれるひとが そばにいるだけでも 安心することができるのです。例え 解決策が すぐ見つからなくても しゃべることで心の痛みが 和らぐのです。しゃべることは 大事なことです。 Cさん 何でも言ってね。
2014.09.20
コメント(0)
きょう 友人から電話をいただきました。「 Hさんが 殺された、ってよ。 聞いた ? 」Hさんは 70歳少しでたくらいでしょうか 。3年くらい前に 息子一家が住んでいるオレゴン州に引っ越していったひとです。「 何か知らない ? 」と言うのが 用件でした。そういえば しばらく連絡がないなあ、とは思っていました。友人のそのまた友人のMさんに 息子さんから電話があって「 ママが殺された。」と言ったそうです。殺されたのは本当なのか。どういう状況だったのか 知りたい。というのが Mさんのお願いだったそうです。というのも Mさんは 怖くて 電話をしたくないということらしいのです。もし病死だったら ご主人にも聞きやすいけど 殺されたのであれば 何と言っていいのかわからない、ということらしいです。わたしは Hさんとは 長いつきあいはあったのですが殺された話はどこからも聞いてはいませんでしたので今 う〜ん、と頭をかかえているところです。うそだといいのですが。。。。。
2014.09.18
コメント(0)
この女性は わたしのクライアントさんで わざわざ日本から訪ねてきたひとがいました。ロサンゼルスにいる友達の照会ということでした。時間はかからず 父親との確執ということはわかりました。自殺未遂もしています。一応セッションが終わったときに この女性が「 先生に見せたいものがあります。」と言って 袖をまくりあげました。 肘下の傷、傷、傷。。。。。ケロイド状になっているところもありました。カウンセリングに来ても そういうものを見せるまでには時間がかかるのです。 カウンセラーを信頼しないと見せません。隠したいのです。「 だから わたしは半袖が着れないの。夏は暑いですよ。」自殺のことは いつか書くことにしましょうね。わたしにしても そういう深い傷跡を見るのは 決してイージーなことではありません。 そういう行為に至るまでの本人のつらさ 、心の乱れ、クリアに考えられない苦しみが本人を追いつめるのです。苦しみという糸が 何十にもからまってしまって もつれがほどけない状態です。ラクになりたい。。。。。。それしか考えないないようになっていきます。 このクライアントさんは 言いました。「 もうひとつ言わなきゃいけないことがあるの。」しばし沈黙をしたあとで ぽつりと言ったのです。「 わたしは SMクラブの女王をしてました。これって 悪いことですよね。」わたし 「 どうして それが悪いことなの ? 」彼女 「 だって悪いことでしょう ? みんな そういう目でみてるもん。」わたし 「 どうして それをしたいと思ったの ? 」彼女 「 SMクラブに興味があったので やってみたいな、と思ったんだ。」わたし 「 どうして それが悪いことになるの ?」彼女 「 え〜っ 悪いことではないんですか ?」彼女は 座り込んでしまいました。号泣していました。今まで 悪いことをしていた、という意識から わたしは悪いことをしたので しあわせになる資格はない、と思っていたのです。それは わたしが いつも言っている自分をいじめる行為なのです。 正直な話 わたし自身 そういうクラブのことは全く知らなかったことですが そういうところで働いているひとたちのなかには自分には しあわせになる権利も資格もない、と勝手に思い込んでいるひとは多いんだろうな、と思っています。 だれかが教えてあげなくちゃ。。。。。。。
2014.09.18
コメント(0)
きのう書いたドラマの中でも ストリッパーをしている若い女性は やはりどこかしていることに対して恥ずかしい、と思っていたわけです。 でも伝説のストリッパーだった老女はなにが悪いんだい、と タンカを切った訳です。このタンカを切れるか 切れないかで人生は変わってくるのです。老女は 福岡に帰るとき この若い子に 自信をもちなさい、と諭していたと思います。たまに 名前だけお見かけする 浅草のストリップ小屋のオーナーは斉藤智恵子さん(ちえこ、だったと思いますが 違っていたかもしれません。)だったと思いますが このひとが 同じようなことを言っています。 生きて行くための手段ですね。 わたしは ロサンゼルスの住人です。 国際結婚をしたかたも たくさんいるわけです。 戦後 日本各地には アメリカ軍の駐屯地があったようです。そういうところで 売春をしていた過去を持っているひとたちは 少なからずいるのです。 そういう 米軍相手の売春婦のことを 昔は俗に「 パンパン 」と呼んでいました。 戦後の日本は貧しくて 生活は大変だったようです。親の面倒、きょうだいの面倒を その仕事で得た現金で 支えていたわけです。その支えで 家族が食べることができたわけです。ところが 自分たちの生活が落ち着き始めると そういう仕事をしていた娘を、あるいは 姉さんを、妹を遠ざけたいと思うのです。『 恥ずかしい 』という理由です。そういうひとたちは 縁あって 軍人と結婚できても 訪日がむずかしくなるようです。 家族が 「 うちには 来てくれるな。」と言うからです。体を張って 家族の生活を支えたのに 感謝されないひとは 大勢いたようです。こちらで 知り合ったかたは ご主人のばくちの負けのために彼女自身が 売られたようです。 長い話を短くすると いろいろありましたが 彼女は アメリカに来た訳です。 あるとき 何の話題だったのか忘れましたが 女性ばかりのおしゃべりがあっていました。あるひとが 『 ◯◯さんは パンパンだったって。』と言ったときに 彼女は 言いました。 『 パンパンして何が悪いの。 それで 家族を支えたんだよ。 戦後の日本は貧乏で 食べることだけじゃなくて 生きること自体が 大変だったんですよ。 一生懸命 生きていたんですよ。』 そのとき わたしは思いました。 何の仕事であろうとそのときできることをしたんだ。。。。。。。。人を 自分の物差しではかってはいけない、と。 ある意味 わたしにとっては 目からウロコ、でした。
2014.09.17
コメント(0)
わたしは この番組のことは 何も知りませんでしたが何か食べ物の番組かな、と思ってみてみました。まだシリーズ1です。 夜中から 朝にかけてオープンする飲み屋兼ごはんどころ、といいますか。料理の番組ではありませんでしたが そこに出入りする客たちのいろいろな職業ひとたちが 出入りするドラマです。 やくざ、おかま警官、ストリッパー、会社員。。。。。店主は 料理の達人ということではなさそうですが そこにある材料で客の希望のものを作ってくれるひとです。きのうの夜 見たのはスリッパーだった老女と現ストリッパーのふたりの女性の話が中心になっていました。 ミュージカルの分野で ブロードウエイにも評価されて 世界にはばたこうとしている男優が その食堂で飲んでいました。そこへ 現ストリッパーとその店で友達になった 元ストリッパーの老女が はいってきました。 若いストリッパーは その男優の元カノだったようです。 彼のほうが 若いストリッパーにちょっとなじるようなことを言ったのです。そしたら 老女が横から平手打ちをみまったのです。そして言いました。 「 ストリッパーのどこが悪いんだい。」この老女は 昔は有名なストリッパーだったようです。店の客たちの言葉を借りると 『 伝説の ストリッパー 』だったひと。 老女は言いました。「 人様に見せて稼いだおカネで うちの息子は育ったんだ。」男優は 店の外で座り込んでいました。 そこへ 店主がコップに水を入れて持って行き 「 うちの暖簾くぐるんだったら肩書きなんておいてきな。」と言います。最後のところで 客のひとりが 「 世の中は さすらい迷ってもどりがわ。」とさらりと流します。マスターは言います。「 人生なめんなよ。」 短い番組です。 そのなかに人生の教訓がびっしり見えました。スター役者も居ない番組です。 でも 見ているほうが温かくなってくる人間ドラマ でした。 つづく
2014.09.16
コメント(0)
エリック トーマスというフットボールプレヤーがいました。そのひとが 言った言葉です。 『 大きな夢を 持つことは 間違いではありませんが 知っておかなければならないことがありますよ。それは何かというと 成功へつながる道のなかには 場所によっては Hardwork Blvd (ハードワーク 大通り )というところがあるということ。 』 夢をもつことは 素晴らしいことですが 簡単には実現できません。hardwork 大変なことは必ずある、ということです。Work hard ! 一生懸命 働きなさい。 フットボールプレーヤーたちとは 長年関わってきました。表では 生意気、練習嫌い などなど言われていても 実際は違っていたことを わたしは知っています。人が知らないところで 人より練習をしているのです。 怠け者では プロにはいけないし 名前を残すこともありません。努力なしの成功は期待できない、ということ。
2014.09.15
コメント(0)
わたしは この佐々木さんという選手の名前は ほとんど知りません。 大魔神とか言われていたひとでしたか ?そのひとの 娘が週刊誌に 継母からいじめられていた、ことを告白したようですね。 それに対して 父親が反論したようですが。 わたしは 娘の 継母云々の記事をInternetで 目にしたときすぐに思いましたね。 だれかに 標的を定めたいんだわ、って。この子もその弟も なぜ母親と一緒に生活していなかったのか ?というのが 第一の疑問です。プロ野球の選手だった父親は 仕送りができないほど 経済的に追いつめられていたのでしょうか ?借金のため 元妻と子供の 面倒がみれなかったのか ?何か おかしい。。。。。。あえて 父親が引き取っていることと 子供たちも父親といっしょにいたことは う〜ん、 何だろう。。。。。 唯一考えられることは 母親に子育ての気がないこと。裁判所の判断で 母親より父親のもとで 育った方が 健全な生活ができる。子供たちの選択で 父親のところで生活をすることにした。 どれが 理由なのかはわかりませんが 父親との生活になったのでしょう。 そして父親は 再婚とありました。再婚。 継母には 子供も生まれたようです。先妻の子供たちの年齢的なものも このような問題には深いかかわりがあります。 例え どんな母であったにせよ 子供は 母親のことを悪く言いたくはないのが 普通なのです。 父親のほうに対して もっと風あたりは 強くなりますがこれまた 父親を非難はしたくないのです。子供たちというのは 原則的に 親を悪くはいいたくないのです。かばいたいのです。そうなると どこに怒りがむけられるかというと 継母になってしまうのです。 この場合 継母がどういうひとなのかはわかりませんが この娘が 週刊誌に言ったことが 全部本当とは思いません。 だれかに 怒りをぶつけたいのです。身近なところにはいないであろうと想像ができる母親。何だか しあわせそうに見える父親の姿。再婚後に生まれた腹違いのきょうだい。 わたしは どこにいるんだろう。自分の存在自体が グルグルし始めます。わたしのことを 心配してくれるひとは 誰もいないじゃないの。パパ、ママ、わたしは どうしたらいいの ? 教えてよ。 子連れの再婚の大事な要素のひとつに 子供の年齢があります。思春期の子供たちの心理は 複雑です。言葉を使っての会話、体をつかっての会話が キーになります。理屈で押しまくらないでください。子供はわかっている、と勝手に思い込まないでください。しっかり 言葉を使って コミュニケーションをはかることは親の義務です。ときには 抱きしめてあげることも大事です。大人に見えているような子も 子供のところもあるのです。親が再婚しても こどもたちの居場所をつくるのも親の責任です。 そこに手抜かりがあると こういうことも起こるのです。子供は 親の離婚があって 生活自体が変わるようなことがあるととまどいを隠すことができません。 パパは あるいは ママはわたしのことなんか もうどうでもいいのかなあ、とか思うこともあるのです。『心』で会話をする努力を 惜しまないでください。 この佐々木さんのお嬢さんは 原則的には 親を傷つけたい、と思ってしたのではなく 「 パパ、わたしは ここにいるよ。こっち見てよ。 わたしは もうパパの子供ではないの ? 」自分の存在をアピールしたかったわけです。この子も 傷ついています。父親も継母も 傷ついたことでしょう。まわりに ちゃんと指導してくれるおとなたちもいなかったのでしょう。 パパのほうも 反論をマスコミで発言した、というのは まずかったですね。子供にまず 直接連絡をとってほしかったですね。今 このお嬢さんに 火を注ぐのはいけません。おわかりになりませんか ? アテンション プリーズ、なんです。パパに甘えたいのよ。 避けないでください。 マスコミには しゃべらないで。お嬢さんに 直接話してください。時間はかかると思いますが 根気よく 話してあげてください。「 お前も わたしの大事な子供だ。」ということをわかってもらうまで努力をしてください。それとも そんなことしたくない ? と思っていますか ?
2014.09.13
コメント(0)
きのうの夕方 息子から電話をもらいました。「 ミセス ホワイトが亡くなった。 」彼女は 80歳でした。 もうすぐ 81歳になるところでした。 わたしは すでに 誕生日のギフトを物色中でした。彼女は 大柄なひとでじゃらんじゃらん下がるイヤリングが好みで またよく似合うひとでした。 ですから 毎年 じゃらんじゃらん系のイヤリングかネックレス あるいは ブレスレットをあげるようにしていました。20年くらい前に ヒップのリプレイスメントの手術をしていらい健康的には 恵まれずに トラブルの連続でした。死因は 心臓麻痺だったようです。その心臓の検査をしたばかりで その結果もでていないのに死んでしまった、とご主人が言っていました。ご主人は 88歳。これからのひとり暮らしは 大変なことになると思います。ご主人が ゴルフ仲間も ひとり減り、ふたり減りしていっていたけど 今度は自分の妻だった。。。。。と言いました。とても 冷静な応対でしたが 悲しみがくるのは もっと先きになります。 ただ 長患いの寝たっきり、ではなかったし 苦しむことはなかったので その点ではよかった、と思います。天国では 痛みもない生活が送れます。 ゆっくりしてくださいね、と わたしは 祈ります。 Rest in peace.Thank you for everything, Mrs.White.
2014.09.12
コメント(0)
きょうは 即本題にはいりましょうね。 『 銀行員だけが知っている 』というタイトルの本があるそうですね。 そのなかに書いてあることのようですが。。。。。。こういうひとに お金が貯まらない。3つの悪習慣、というのが あるようです。 1。セットメニューを頼むひと。 プラス 100円で 飲み物がつきます、大変お得です、と 勧められて その気になるひと。 単品だと 300円する コーヒーが 100円なのだから 得した気分になるわけです。 でもそのコーヒーは 本当に飲みたかったのだろうか、と 作者は書いているようです。 余計な物を買っていませんか ? わたしは思ったのですが セットメニューって 普通飲み物は いっしょにくるでしょう ? アメリカでは そうです。 メインとフレンチフライに飲み物はつきます。 コークがいやだったら コーヒーに変えることも可能になっていますけど。。。。 2。安売りチラシを 見比べるひと。 見比べても 何々を買う、ということがはっきりしていれば いいと思いますけどね。 要するに 安売りだからといって 要らない物まで 買いまくるな、 ということでしょうか。 3。お昼をコンビニ弁当で済ますひと。 行ったついでに ほかのものをつい買ってはいませんか ? との問いかけがあります。 飲み物 とか お菓子とか。 この3つの悪習慣を見て わたしは う〜ん。。。。。考え込んでしまいましねえ。わたしは その3つ どこにも当てはまらないのですから。(笑)でも、でも でも。。。。。お金がたまらないひとなのですから。 要するに お金をためたければ 『 貯めよう 』と決心することですね。 貯めようと思わない限り 貯まってはいかない、ということでしょう。 あなたは 貯めたい人 ?
2014.09.11
コメント(0)
本日 目についた う〜ん ??? の記事。どんなタイプのひとが お金を貯めることができないのでしょうか ?わたしは まさにそのタイプなのです。何故か 貯めたい、と思ったことはありません。 お金をためて これを買ってやるぞ、というような願いも持ったことはないのです。(苦笑) でも 友人たちに金儲けさせるのは 大好きだし 得意です。実際のところ 親しい友人(女性)は財をなしていますから。彼女とは しょっちゅう電話だのメールのやりとりというのはありません。 でも 何か大きな問題がおこったとき、とか自分では判断がつかなくなってしまったときは 必ず 連絡があります。それも 電話ではなく メールで一言。『 電話をください。』 そうです。それだけ。こちらから電話をかけると わ〜っ、ドタドタと来ます。住まいを購入するときもそうでした。『 よし、それで行きなさいよ。』とわたしが 言ったら『 じゃあ 損したら 蛍が 責任とってよね。』『 とってあげるわよ。』『 ホントよね ? じゃあ 買う。』今では 買ったときの倍の値段になっていて 本人もとてもハッピーです。人様のお金がかかわってくると わたしの頭脳は ピカピカ反応するのですが 自分のことに関しては 情けないほどダメなのです。 失敗したということではなく 考えたくもない、というのが ホントのところですね。 さて お金のたまらないひとって どんなタイプなのか、わたしは 興味津々でした。 つづく
2014.09.10
コメント(0)
だれかが言った言葉です。 『 家族愛 と 友人たちからの賞賛/尊敬 は お金とか 社会的な地位によって持っている権利よりも うんと大事なことです。』 安心していられる場所と 尊敬してくれる友人たちの存在があると 走ることができます。
2014.09.09
コメント(0)
3年以上の付き合いをへてこのふたりは 結婚しました。ふたりとも 60歳位を出ていました。そのときの話では 妻の財産は 妻の親族へいくこと。夫の財産は 夫の一人息子にいくようになっていたようです。そして妻は 90歳を過ぎたら 入退院を繰り返すようになりました。 夫は健康でした。妻が 常に言っていたことは 「 義理の息子の嫁には ペニー*一円*たりとも渡してはいけない。」 そして 妻は亡くなりました。家政婦兼介護のひとは 妻が運転していた車をもらいました。これは よかった、と思います。そして半年ほど経ったある日 このひとは 甥っ子の妻から連絡をもらいました。「 わたしたちには 何にも残してはなかったのか ?あなた 何か 知りませんか ? 」このひとも 妻の財産は ここにいくことは 聞いていました。「 現金は ? 宝石類は ? 」 どこに行ったのでしょうか 。。。。。。。 妻が 遺書を書き換えたということはありません。夫は弁護士でしたし 現在も 月に1回ほど 判事をしています。 遺書の実行をしたくないのか ?妻の遺言通りにしたくないのか ?遺言書を勝手に変えてしまっているのか ?謎はいっぱい。 こういうことが 起こってしまうのも人生なのでしょう。
2014.09.08
コメント(0)
アメリカの都会では 離婚1回なんて ごくごく普通のできごとです。離婚2回は 都会ではきわめて普通。3回は平均といわれるほどです。ちなみに アメリカ人の多くは 不倫しっぱなしということでは終わらせません。 ほとんどの場合 離婚、再婚のパターンをとります。 日本人より 潔いよい、というところもあります。 けじめをつけて 誠意をみせる、といいますか。。。。。。再婚したら また子供をつくるケースが多いのも事実です。自分たちの子供ができなかったら 養子をもらう、というケースは珍しくはありません。そういうご時勢ですから 何度も離婚して子供が何人もいると財産分与は ちょっとやっかいなこともあります。 きょうの例は 両方が3度目だったケースです。夫のほうには 最初の結婚で ひとり息子がいます。2度目の結婚中は この息子さんは 最初の妻のところで生活していました。 この結婚中に 3番目の妻となる女性とあるパーティで知り合いました。彼は 彼女に夢中になったようです。 その彼女のほうは 最初の結婚は離婚でしたが 2番目の相手とは籍をいれない事実婚 を15年以上も続けていたようです。現在の夫と知り合ったときは その事実婚をしていたときだったそうです。 子供はいませんでした、というより つくらないようにしていたそうです。彼女の弟さんには 4人の息子がいて そのうちの三男を 特に可愛がっていました。甥っこですね。 長男、次男のことは好きではない、と公言していました。大きな理由は 嫁の存在です。三男の嫁は 彼女のお気に入りだったのです。三男夫婦は 伯母に当たる彼女に 会うたびに 「 いつでも面倒をみるので ここに来て。」と言っていたようです。 つづく
2014.09.08
コメント(0)
わたしの知人は 87歳。このかたの母親は 当時はまだ珍しかったキャリアウーマンだったようです。住み込みの家政婦さんを雇って 子供ふたりとご主人の面倒を見てもらっていたようです。毎日の帰宅時間も遅かったし 転勤もあったようです。ただ この家政婦さんはとてもいいひとだったらしく 母親以上に子供ふたりの面倒を みてくれたそうです。かなりあとになって この家政婦さんが亡くなったときは知人は号泣したようです。『 自分にとっては 母親だった。。。。。』ばりばりのキャリアウーマンだった本当の母親は 他の州でリタイアをしました。亡くなるまで 住み込みの家政婦さん兼 介護のひとを雇っていたようです。この知人は 一年に二度ほどこの母親を見に行っていました。そして死亡。家の名義は この家政婦/介護のひとに変えられていたそうです。知人は 泣かなかったそうです。 母親と言うのは 血のつながりだけ、という認識があったからです。だから 家政婦/介護のひとに 家がわたっても 訴えることはしませんでした。何ももらったものは なかったそうですが 腹もたたなかったそうです。『 自分にとっての本当の母親は 家政婦だったベティさんだった。彼女は とっくに亡くなっている。』 人間って 結構亡くなったあとまで いろいろあるものです。私的にいうと わたしは 血のつながりはわかるのですが やはり 自分によくしてくれたひとたちに残したい。つきあいも遠いひとたちより 近くにいる親しい他人様に『 ありがとうございました。』の気持を表したい、と思います。
2014.09.06
コメント(0)
近年 決して珍しくなくなったことがあります。 それは 家、屋敷が介護のひとにいってしまうケースです。特に 家のオーナーが痴呆症だったり アルツハイマーをわずらっていて 近くに親身になって世話をしてくれる身内がいない場合が多いです。 病人が亡くなってはじめて きょうだいやいとこなどにはその人の家の権利が一切いかないのです。 登録が変えてあるわけですので もはやどうすることもできません。 文句をいったところで ほとんどの場合は どうにもなりません。介護人のものです。 わたしの周りにも 何人ものひとの家が介護のひとにいっています。もちろん 介護のひともいろいろで、契約以上のことをするひともいるわけです。仮に ミズ ハリウッドにしましょうか。Ms. Hollywood 彼女は 70歳はとっくにでていました。 癌を煩っていました。それも全身に広がっていました。 彼女の両親は すでに死亡。おねえさんがひとりいました。 そこには こどもがふたりいました。ハリウッドさんは このおねえさんとは 疎遠でした。何人か介護のひとがかわりました。あるときから ピアノの教師もしているひとが 介護に来始めました。このひとは 40台だったでしょうか。 このひとは 結婚していて息子がひとりいました。 彼は 17歳でした。多分 一年以上は介護に来ていたはずです。息子は 日によって 母親についてきていたようです。 ご主人も たまには手伝っていたようです。関係はうまくいっていました。ハリウッドさんは 天に召されました。遺書には この先生の息子に 家が残されていたのです。面倒も一切みなかったし お見舞いにも来なかった姉は大憤慨して この先生家族を訴えました。でも その願いは通りませんでした。ただ こういうケースの一番のネックは 税金です。これは ギフトということになりますので サンキュウだけではすまないのです。 ハリウッドさんの家は かなり荒れていましたので 彼女の死後ピアノの先生の夫は 家の修理に明け暮れていました。周囲のひとたちは みんな このピアノの先生一家が 一生懸命世話をしていたのを知っていたので こういう結末になって” よかった。” と言っていました。ハリウッドさんのお姉さんの怒りは しばらくは収まらなかったことでしょう。
2014.09.06
コメント(0)
きのうも少し書きましたが 遺言を変えたがるひとたちは決して少なからずいるのは 事実です。もう趣味の域になっているひとたちがいるのです。基本的には あんな奴には ペニー( 日本でいうと一円 )すらあげたくない、という憎しみからきますね。反対に ◯◯さんには 何かあげたい、と思う場合のほとんどは 口約束のみで終了となるケースが多いですね。 ですから つまるところ何ももらっていないのです。そうです、気持だけで終了。受けていた好意には 好意でお返し、の形が実に少ないのですよね。というのが 遺書の書き換えをしていないからです。でも何らかの理由で この子はイヤ、この嫁は嫌だから 何もいかないようにしたいと思えば 即 遺言状書き直しをするひとたちの多いこと。まして 夫が あるいは 妻が弁護士の場合 即実行となりますね。花子さんは ネイルの仕事をしていました。老齢の客が病気になると 家庭訪問をしてあげるのは習慣になっていました。 もちろん買い物をして持って行ってあげてもいました。 ひとりの客が亡くなってしまいました。そしてびっくりしました。 その客は 花子さんに ン万ドル つまり何百万円を残してくれたのです。 ある日 客の弁護士から連絡がありわかったのです。( わたしは 具体的な数字を知っていますが ここには書かないことにします。)花子さんにとっては サプライズでした。彼女は そのお金で 日本でいうマンションを買うことができました。こちらでは コンド、とか コンデミニアム といいます。これは 例外です。ほとんどの場合 血のつながりで財産がいくのが 普通です。つきあいもなかったような親戚にいってしまうことが多いのです。もちろん 財産があった場合の話ですけどね。わたしの知人は 夫の一人息子の嫁のことが 大嫌いでしたので遺書に 決して 何もいかないように書いてある、と言っていました。あげてなるもんか、というわけです。ここの場合も 彼女の夫は弁護士でしたので 頻繁に遺書の書き換えをしていたのは事実でした。
2014.09.05
コメント(0)
このひと月の間に ふたりの友人たちから同じことを頼まれました。 「 もし わたしが交通事故、病死、自宅死をしたならば警察からの 第一コンタクト先として 蛍さんの名前と電話番号を 遺言に書いておきたいけど お願いしていいでしょうか 」そのあと わたしが 日本にいる兄弟に連絡をしてあげるわけです。 ふたりとも まだリタイアをしているわけではありません。ふたりとも 独身です。 こちらには 親族はいません。ふたりは 同じことを言いました。「 こういうことを頼めるひとは あなたしか考えられないので 頼まれてね。」 1ヶ月以内に ふたりも。。。。。信頼してもらっているのは うれしくもありますが 複雑な心境でもありますね。ふたりとも ちゃんと弁護士のところにいって 遺言状を作成したのです。そういえば わたしの場合も かなり前に 遺言を正式に作成していました。 わたしには 息子がひとりいますので彼が 執行人になります。 延命治療はするな、まで書いてありますよ。かなり細かいところまで びっしり書いてあります。弁護士は経験がたくさんあるので 提案事項をしっかり把握していますので アドバイスに従って 詳細にわたって 死後の取り決めごとをしておくわけです。 かなりの費用がかかったことは 覚えています。わたしの場合は 公認会計士の勧めでした。 そうですよね。 人の人生は わからないこともありますからね。いつ 何どき 何が起こるかはわかりませんからね。こういうことは 思い立ったときが 吉日と信じて 正式なものを作成していたほうがいいと思います。 最後にちょっと笑える話を。ひとによっては 遺言の内容を変えるのが趣味というひとたちもいるのですよ。 同じ子供でも 自分がむかついたことがあればその子の名前を削除するのです。 ジャックには 何にもあげない、ことを 法的に設定するのです。そういうひとたちの脅し文句は 「 遺言を変えるからね。。。。。 」すごいでしょう。
2014.09.04
コメント(0)
わたしは このグループのことは 全く知らないと言ってもいいでしょう。 ですから 名前も顔もわかりません。昨日 Internetで見かけた一言に いいなあ、可愛いなあ、と思いましたので ご紹介しましょう。メンバーのなかに 村上信五という人がいるらしいのですがそのひとの言葉です。 『 関ジャニ∞ って グループは 想像もしないようなことが起こったり頑張ろうと 前に 向いたときにつまずいてしまうんですが それでも一歩一歩前に進んで行きたい。』 何かしら 微笑ましい。。。。。何だかやらかしているわけですね。でもめげずに踏ん張っているんでしょう。 人気があるのも納得。
2014.09.03
コメント(0)
ジョン デューイは アメリカの哲学者であり 心理学者だったひとです。彼が ”教育”ということに関して言っています。 『 教育というのは 人生準備のためではありません。 教育というのは 人生そのものなのです。 』 ただ ひたすらに勉強する人たちがいます。目的は それぞれ違うことでしょうが 成績がいいこと、と勉強したことを 実践できることは 違います。 勉強したことを 実生活のなかで どう活かすかが大事です。
2014.09.01
コメント(0)
キング牧師のことは みなさん ご存知のことだと思います。 黒人の人権運動に 奔走した キリスト教の牧師でした。きょうは そのかたの言葉を紹介します。 『 暗闇は 暗闇を追い出すことはできません。 明かりだけが できることです。 憎しみは 憎しみを追い出すことはできません。 Loveだけが できることです。 』 Loveは キリスト教の基本です。 暗闇は 光が当たらないと ずっと暗闇でしかありません。憎らしいと憎み続けても あなたの心は 何もかわってはくれないのです。 憎しみは もっと深いものになってしまいます。許せないことがらもそうです。 許さない、と思い続けることは あなたをもっと苦しめることになってしまいます。 キング牧師の言葉は 真理をついています。
2014.09.01
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1

![]()
![]()