あのころはサラリーマンにとって海外転勤族というと華やかな、なにがなしうらやましい状況だった、家族にとっても。
でもたいがいは3、4年で帰国して学齢の子どもがいれば、せっかくかじったとて英語やドイツ、フランス語の補習にやっていたほど。その言葉がその後どうなったかは知らない。
『私小説』の主人公すなわち作家水村さんの親は帰る気が無く、わざわざ現地採用にしてもらい両親と姉妹ともども20年もアメリカに滞在してしまった。
それなのに本人は英語に慣れなくて、読む本は日本の、それも近代文学ばかり。言葉ばかりではない、30超えてまだ大学院生。去就も行く末も定まらず、悩み愁いに染まって降る雪を見ているところからこの私小説は始まる。
12歳でアメリカに連れられてきた女性が、アメリカに暮らしをしながらも溶け込めず、日本を恋し、その日本も近代文学の中の、もうどこにもない日本を懐かしみ慈しみ、小説家になっていこうとする。
大学、大学院と進むうちに自由の国、やる気があればどこまでもやらせてくれる、認めてくれる。しかし、気が違うほど努力しないといけない。
勉強している自由、結婚しない自由。自由でも厳しい、寂しい世界であるアメリカ。
そして、もう一つ家族のしがらみがある。いやなくなってしまった。外国で暮らしているがゆえに頼りにすべき家族、なのに家族崩壊。
20年経った今、英語が好きでバリバリ働いていた父親は病気になって再起不能、その夫を施設に入れてしまった母親は年下の男性とアメリカを離れ、思い出のロングアイランドの家は売りに出されてしまった。
大人なんだから自立は当然、でも帰る家があると無いでは大違い。孤独地獄に落ちたようだ。姉妹は離れて暮らしているので、電話で長話をする様子が胸に迫るよう。
当時として、この家族は一歩前を行っていたのかもしれない、現代の日本の家族はこんな風な、近いものがあるような。
ところどころにある文学談義、樋口一葉や芥川龍之介の文章が挿入されていて、ヨコガキ文章ではあるけれども読書好きを唸らせる。
英文まじりのところも飛ばしてもわかるし、文法は難しくないから、知らない単語は辞書を引いてなんとか読んでいるうちに、慣れてくるからおもしろい。
今じゃ珍しくないヨコガキの英文まじりの文章。ブログで慣れてから読んだので、違和感が無いのに気が付いた。(ああ、そんな時代になってしまったのか!)
*** 『私小説』 from left to right 水村美苗 を読んで
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