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9月に入ったある日、アオルマン先生が部屋を出た所のフロアーで僕を呼び止めて「十日後の日曜日にモーツァルトのSpatzenmesse(雀ミサ)のテノールソロを探しているということなんだけど、貴方行ってくれない?」と言った。そのミサなら一度歌ったことがあったので、「喜んでお引き受けいたします」と答えた。「でもねかなり田舎の小さな町の教会での演奏会で、電車も通っていないのよ、車でしか行けないわね」と先生は困ったように顎に手を当てた。その時傍らをクリスティーナが通り掛かり「何処の村ですか?」と尋ねた。先生が名前を言うと「ああ、そこなら私の姉の嫁ぎ先の近くだからトシを車で連れて行きますよ」と言ってくれた。「それじゃお願いね」と先生は微笑んで去って行き、クリスティーナとは当日の朝にケルンの駅で待ち合わせたが、でも多少の不安がよぎった。以前地下の部屋で僕の前で下着だけになった彼女の記憶が衝撃的に残っていて、何をやり出すか分からないような不安があった。当日ケルン駅のターミナルに立っていると、真っ赤なアウディーが僕の目の前にすべり込んで来た。窓からサングラスを掛けたクリスティーナが微笑んでいて、僕は助手席に乗り込んだ。 つづく
2007.07.31
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今までの私の中には決して存在しなかったもの心から信じるという行為。昔の人々はそんなことにはとっくに気が付いていた。何かに対して真に心を開くことで自分でも気が付かなかった力を知る。眠れずに耳にする日暮の地底からの歌声も絶望から匂う死からの安らぎの誘引の腕も光溢れる日常の影に身をすくめる。誰に何を言われたって構わない私自身が今はこんなに幸せを感じているのだから。2007年7月
2007.07.25
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手に入れたいおもちゃを買ってもらうまで、店の前に座り込んでいること。 自分がクラスのリーダーになるために、皆を結集して一人をいじめ抜いていること。 「綺麗な奥様ですね」と言われる女を嫁にもらおうと決めていること。 最高の物を身に付け、最高のグループに所属し、最高の政治家と知り合いになることで、自分が最高だと思っていること。 自分の子供の人生を自分の二度目の人生だと思い込んでいること。 あなたが家庭に帰ろうとしている前で、わざと泣いて見せていること。 自分のエゴのために人々を傷付け、損って来たことに死の床で初めて気付き、悔いて涙していること。 天国へ行くために、閻魔の前で見え透いた嘘を並べていること。 誰かが我々に植付けた欲の影法師、逃げても逃げてもそこにいる影法師から逃げようとしていること。 2007年7月
2007.07.21
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ワイングラスを片手に、我々はビルエヴァンスのピアノに耳を傾けていた。彼は僕が今までに出会ったどの男とも違っていて、どんなに長い時間話していても異物感のようなものを感じ始めることはなかった。彼は聞く力、心で感じる力を豊かに持ち、どんなものからも吸収しようとする姿勢を最後までなくさなかった。「それは君にだってある、そういったものたちは人生における大事な額縁なんだ」と少し白い歯を見せる。「額縁じゃなくて、君そのものだ」と僕は付け加える。間接照明に浮かぶやつれた横顔をじっと見る。僕の人生で二度と出会うことのないであろう魅力に溢れるこの男を40年間一人で育てた母親のことを思った。窓の外がほんの少し白み始め、ホームに立ち乗るべき列車の走り去る、その後ろ姿を見送るような寂しさが溢れ出そうとする。彼はワイングラスをテーブルに置いてから温かい手を差し出し、僕はそれを少しの間見詰めてからそっと握る。今、額縁に黒いリボンの掛かった彼の写真の前で、バラード風にアレンジされたワルツ フォア デビューの記憶を耳の奥でずっと聴いている。2007年7月
2007.07.17
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お互いのことを何も知らないから、時間も忘れて野原の真ん中に積み上げられた藁にもたれて話した。 いつの間にか日は沈み、代わりにドアの透き間から覗き見しているような月が向こうの丘の上辺りに出ていた。 向こうの木立はあの世への入り口のように黒い影に姿を変え、風は個人的な秘密を打ち明けるように、熱を含まず乾いて誘い掛けていた。 遠くに見える風車からも、トマト畑からも色が消え、僕たちは着ているものを全部脱いで肌を重ねた。 背中で藁がちくちく、彼女は温かいぬめりで僕を迎え入れ、顔に落ちかかる髪の匂いは、肌の柔らかさの向こうで懐かしい海の底へと僕を引き摺り下ろして行く。 そこは鈍い痛みを含んだ暗い悲しみに似た場所。 今宵にはもう、色も言葉も衣装ももう一人の僕もナシ。 2007年7月
2007.07.14
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どうやら人間は皆決められた規則に随って生きていると安心するらしい。男は食事の後に忘れず薬とサプリメントを飲み、午後からも自分に与えられた仕事をきっちりとこなし、帰りには決まった居酒屋で決まったものを注文して酒を飲んだ。家でも自分で決めたやるべき事を確実にこなしながら生活し、子供たちにもそのような規則正しい生き方を強要したが、52歳を迎えるとと重い病気に掛かった。何か一つのことを毎日繰り返すことが、いつしか男を病にしていったことに気付くはずもない。とにかく毎日生きて行く不安を安心にすり替えたかったのだ。規則の縄に手足を押さえ付けられることに安らぎを覚え、規則に少しずつ心と骨までをしゃぶられて行く。男が子供のころに描いた九十九里の浜の絵、180度に広がる太平洋の光溢れる油絵も狭く細い励行の中に飲み込まれ、少年の瞳の奥底の温かみさえもこの世から消え去って行った。2007
2007.07.11
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母の手に引かれて度々行ったその小さな個人の病院は、何代も続いた古い洋館だった。大きな白い磨りガラスの付いた両開きのドアを押し薄暗い玄関に入ると木の床がぎしぎしと音を立て、電灯も付いていない廊下を進むと、不気味な年老いた医者が白衣を着て母をいつも待っている。母は傍らのベッドに横たわり、老人は覆い被さるように母の胸の辺りに顔を近づける。僕はその白衣の背中を見てから、いつものように一人で庭に出る。3時の気弱になり始めた豪傑な日差しが、手入れされていない庭の鬱蒼と絡み合った木の枝の透き間をぬって建物を照らし、僕は微かな消毒液の匂いの中にしゃがんで悪魔の住処に息を凝らす。玄関のドアが開き母が漂うような足取りで出て来る。それを見ると、ここへ来る前よりもまた少し弱ったように感じた。冷たい母の手を握り、門を出る時建物を振り返る。とんがった赤茶色の屋根の上で、風見鶏がじっと黙って獲物を待っていた。2007年7月
2007.07.08
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一昨日「命のリレー」チャリティコンサートを無事終えることが出来ました。一時はチケットの売れ行きが思わしくなく青くなりましたが、皆様のご協力の結果満員の方々で会場が埋まり、心温かい拍手の中で気持ちよく演奏することが出来ました。礒田さんがピースハウスの掲示板にコンサートの案内を書き込んだことで、全く存じあげない方が関東の方からもわざわざご来場いただいたり、九州や浜松、茨城の方からも駆け付けていただき、とても嬉しく思いました。少しはまとまった支援が出来ると喜んでおります。当日券もたくさん出て、受付に置いた募金箱も後で開けてみると驚くほどの額が入っていました。やはり動物たちのことを真剣に思っておられる方が多いことがよく分かりました。これらの支援金は、皆様を代表して確かにピースハウスにお届けいたします。我々としては、これからも金額は少なくても継続して支援して行かなくては意味がないと考えております。しかし自分たちの企画によるコンサートには連続しての集客に限界があり、出来ればこれから、動物愛護の思いをお持ちの方々の会などに呼んでいただいて演奏し、支援金を募る方法を考えて行かなくてはならないと思っております。また我々だけでは微力です。皆様のお力添えを是非必要といたしておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。 茶木
2007.07.02
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