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隠居人はせじぃさん
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ヴォルビリス考古遺跡の観光を終え、次の訪問地、青の街シャウエンに向かう。
道路脇にはウチワサボテンがいたる所に。モロッコの砂漠に生息するウチワサボテンの
種子からとれるオイルはアルガンオイルを超える幻のオイルとして、現在注目されていると。
なんとこのオイルを1リットル摂取する為に、100万個の種(約8トン)を必要する大変希少価値の
高い最高級のオイルと。

道路標識にはシャウエン(CHEFCHAOUEN )の文字が。
CHEFCHAOUEN=シャウエンとは読めない私。正式な発音は?。
調べてみると正式名は『シェフシャウエン』。モロッコ人も省略して「シャウエン」と
呼ぶことが多いと。これで納得。

車窓には再び田園地帯、オリーブ畑が続く。

そして真っ赤なポピーが群生している田園風景。

N13をひたすら北へバスは進む。道路の両側には麦畑が拡がる。

そして車窓は一転緑から紫に。

この近くまで来ると、さすがに大小の河川が緑を作っていることが解る。

頂上に奇岩が並ぶ山。そしてその奇岩の上に逞しく育つ巨大樹木。

途中、近代的な白き街でトイレ休憩。

バナナの花が開花中。

生まれて初めて見た?バナナの花。茹でこぼしてから炒めて食べる事が出来ると
ガイドから。
大きな濃紫の花弁に見えるのは苞葉で、根元の黄色い果指の部分が本当のバナナの花。
この果指一つ一つが一本のバナナに成長し果房がバナナの房となるのだと。
苞が1枚めくれあがるたびに1段の花が咲き、1房のバナナへと成長して行くのだと。
またまた勉強!!

旅友のSさんも、旅の疲れが出たか、バスの中で珍しく爆睡中。


道路脇で、お土産のシャウエンの青い街の青い扉を表現したマグネットの巨大版が
我々を迎えてくれた。 ここからシャウエンの街に入るという目印。

シャウエンの街を遠望できる高台でバスは写真停車。

白と青の壁が美しい街並み。期待が膨らむのであった。

バスは坂を下り、シャウエンの街中に入る。“青い宝石箱”とも呼ばれる通り、

シャウエンの街は、どうして青に染められているのか?その理由はいくつか説が。
最も有力なのがその昔スペインから追われこのシャウエンに住みついたユダヤ人によるもの。
ユダヤ教にとって青は神聖な色。よって家や道をつくる際に青色で染めたと。
イスラエルが建国されると、シャウエンにいたユダヤ人はイスラエルへと移住して行ったが、
家を建てる時に屋根や壁、扉などを青色に染める習慣だけは残った、と。
その他にも、夏の暑さを視覚的に紛らわせるため、とか虫除けのため、と言う説等も。
確かに涼しげではあるが…、やはり宗教的な理由が説得力あり。
窓枠の幾何学的模様も青一色。

流石にコーラの場所は赤く残されていた。
COCA・COLAイメージカラーはやっぱり赤でなくては。

バスは高台にあるホテルに向かってカーブの多い坂道を登る。
後ろにはリーフ山脈の山々が。

途中の展望台には何故か人の姿なし。この急坂を徒歩で移動する人は
少ない為か?。

モスクのミナレット。

壁は青そして青。

この日のホテルに到着。
Hotel
丘の上に立つホテル。

シャウエンの街を見下ろす場所にあるが、旧市街からやや遠い丘の中腹。
玄関は四角い輪郭の中にドーム型のラインが美しく青と白の BEST MIX。
屋外プールもあるとのこと。

そしてホテルにチェックインし、我々のトランクを運んでくれるポーターに促され
我々の部屋に入る。
その瞬間ポーターから『OH!! DOUBLE BED!! ARE YOU OK?』の言葉が。
部屋の中を確認すると、部屋の中央に狭いダブルベッドがたった一つ中央に。
空かさず事態を理解した我々2人は同時に『NO!! CHANGE PLEASE』と。
ポーターは慌てて室外そして恐らくフロントに。暫く待つと笑顔で部屋の交換をして
くれたのであった。
この旅の最後のホテルでのトラブルも大過なく解決しやれやれ。
一時は青くなった我々2人であったが、室内の壁も青の『ツイン』の部屋を確保し満足。

部屋からのシャウエンの街並み。



そして慌しく遅い昼食。
サラダ、パンそしてチキンタジン料理。

オレンジのシナモン掛けも美味であった。
シナモンをこんなふうに使うという発想はすばらしい。
しかしこの旅で感じた事の一つに、モロッコ人の甘い物好きは私達の想像を超えていること。
モロッコの国教イスラム教では飲酒が禁じられているためか、老若男女を問わず、
みな甘い物が大好きなのであった。

そして青い街のシャウエンのメディナ散策に再びバスに乗り向かったのであった。