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8月末に京都で大学時代の還暦同窓会に出席した後、そのまま愛媛まで足を伸ばし、お遍路さんの続きをやって、昨日帰ってきた。2週間ちょい掛かった。
お遍路は全長約1200kmになるが、愛媛県内だけで約400km近くを占める。1日25kmずつ歩いても15日掛かる計算になる。
前回、8月に香川県のお遍路さんをした時は、88霊山のゴールとなる第88番大窪寺からスタートし逆順で第66番雲辺寺まで歩いたので、そこから続きをやろうと一時は考えたが、雲辺寺は標高900mの山の上にあり、スタート前日のアクセスや宿泊の手配が面倒だったため、今回は順番どおり、高知との県境にある第40番 観自在寺からスタートし、再訪となる香川県の第66番 雲辺寺をゴールにした。
香川県は海岸から平地が広がり、子供のお絵かきに描かれるような可愛らしい形のお山がその平地にポコンと飛び出しているような地形であり、県境にある第66番雲辺寺を除けば、平地のお寺を巡っては山に登り山中の寺を巡り下山して平地の寺を目指す、という「平地→お山→平地→お山→平地」というルートの繰り返しであった。今回の愛媛県は基本的に山がその大部分を占め、人里はその山あいの谷に形成されているという地形であった。スタート地点の第40番観自在寺は高知から続く海岸線にあり、海(さらに向こうには九州も見える)を左手に見ながらアップダウンの激しい海岸線の県道お遍路みちを歩く(しかも真夏の直射日光を浴びつつ)のだが、次の第41番龍光寺以降は海を離れ、以降はしばらくずっと山の中なのであった。とにかく、次の寺を目指すことは峠を越えることを意味するくらい、山越えが多い。しかもその山は香川県で見た「お山」ではなく、立派な山岳地帯なのである。
暑い中を歩くのは香川で経験済み、雨の中の行軍も徳島で経験したが、暑い中あるいは雨の中、山を歩くのはお遍路では初めての経験で、ちょっと辛かった。何がちょっと辛いかというと、完全防水のはずの靴がグチョグチョになり爪先がふやけた状態での登山とか、ゴアテックスの雨具を着けても汗で内側からグチョグチョになり、雨具なしのびしょ濡れとあまり体感的に変わらないとか、そんなところである。とは言え、晴れの日の35℃の中の山登りと雨の日の28℃の中の山登りを比較すると、体力的に堪えるのは圧倒的に前者の方であり、真夏のお遍路にとっては「雨でラッキー」くらいに思うべきなのであった。
愛媛はご存知のとおり果樹王国であり、今の時期は梨、夏蜜柑、葡萄、イチジクなどがお遍路みちの脇に植えられていて、時には規格外で販売できない果物を無料で配ったりしていた。空腹と同時に喉が渇いている時に差し出される梨は実に美味であったし、いつもスーパーマーケットでは高価で手が出ないイチジクが県道脇に自生しているのをもいで食うとこれも美味しかった。採れたてはやはり美味い。魚は鯛が名物で、鯛めしは少なくとも3回は食った。
今回のお遍路では、8月の香川以上にお遍路さんに遭遇しなかった。具体的には、終盤の10日目くらいに、愛媛お遍路みちでも最難関である第60番横峰寺から下山中にカナダ人女性(Ayleとか名乗っていた)とすれ違ったのと、最終日の雲辺寺への登山の前日の宿で77才のベテランお遍路さんと同宿になった、たった2回であった。街中のホテルを除けばどの宿に泊まっても宿泊者は私だけなのであった。歩きお遍路とはシーズンものであるらしい。
徳島の時も香川の時も基本的にほかのお遍路さんとすれ違うことは滅多になく、マイペースで歩けたが、今回は山の中が多かったこともあり、昆虫や鳥の鳴き声と川のせせらぎ以外には、自分が歩く音しかしないのであった。
2週間の孤独なお遍路中はずっと過去の悪行とか(笑)、頭の中に浮かんでくる他愛もない記憶の断片などを反芻していた。山中のお遍路みちを歩きながら、死ぬ直前に見る走馬灯現象をノーマルスピードのランダム再生でやっている感じである。まさにこれまでの自分を振り返り、自分と向き合う修行という感じであった。
徳島の時も香川の時も1週間やそこらで終わったので、帰京した後はすぐに日常モードに還ってしまったが、今回のように2週間も続けるとお遍路が日常化し、曜日とかいった社会的な感覚を失う。夜は食事をしたら早々に就寝し、朝はどんなに身体が疲れていようが、眠かろうが、布団から出てバックパックを背負って笠をかぶって金剛杖を持って歩き始める。午前中はしばしば「眠いな〜」と思いながら自動モードで歩いている。だいたい午後2時くらいになると、それまで我慢していた足の痛みや脚の疲れが意識されるようになってきて、「まだかな〜」「早く着かないかな〜」という愚痴モードの心理状態でダラダラと歩く感じになる。毎日その繰り返しである。
そういえば今回、ちょうど中間地点にあたる松山で、少し迷った末にそれまで履いていたゴアテックスのトレッキングシューズを自宅に送り返し、代わりに普通のウォーキングシューズを購入した。履き慣れたはずのトレッキングシューズであったが、1日中歩いて足が肥大してくると爪先がキツくなり、足指にマメが出来て、これが痛くて我慢出来なくなったのである。愛媛最大の都市まで出れば代替となるシューズが購入できるとずっと我慢して1週間履き通してきたのだが、この手のシューズを買うためには郊外まで足を伸ばす必要があることが判明。仕方なく駅前商店街のABCシューズで、防水機能も滑り止め機能も何もない単なるウォーキングシューズを、足幅が4Eで爪先に余裕があるというそれだけの理由で購入したのである。その後、雨天の日にグチョグチョになるとか、山道の急坂で足が滑るようなことはあったものの、爪先のマメの問題は解消しお遍路後半は快適に歩くことが出来た。
考えてみると、登山用のシューズでお遍路が出来るようになったのはここ100年足らずのことで、それまでの1000数百年間、お遍路さんは地下足袋とか草履で舗装されていないこの山道を歩いていたわけである。足袋や草履であの岩場や急坂を登り降りしていたというのは頭が下がるというか、マメやふやけた爪先で不平を言っているなどゼイタクな話なのであった。
徳島を歩いた時も、香川を歩いた時も、それなりにお遍路さんというものが何となく理解できつつあるような手ごたえがあったが、今回は徳島→香川→愛媛と歩いてきて、お遍路さんをやることの理解がさらに一段深まった気がしている。具体的に言うと、たとえば歩きお遍路さんでは「同行二人」といって、これは「どうこうふたり」ではなく「どうぎょうににん」と読むのだが、要するに歩きお遍路とは「行(修行)」であって、それは孤独にやっていても実際には空海(弘法大師)がいつも付き添っている…といった意味なのだが、これがピンとくることが何度かあった。雨が降ろう止もうがが日が照ろう陰ろうが、道に迷おうが発見しようが、絶妙なタイミングでそれらが起きており、いずれの事象にも感謝の念が湧いてくる。それは、空海がお遍路さんのことを時空を超えて見ており、適宜手を差し伸べている、といった感覚である。要するに、何でも一生懸命にやっていると、周囲に物事が不思議と自分を助けるように動く…というあの感覚である。あれこれ余計なことを考えずに、次の目標(寺)を目指してひたすら前進していると、宇宙との一体感というか自分も宇宙の一部、みたいな感覚を味わえるということである。お遍路さんでなくとも味わえるのかも知れないが、1000年以上も昔から人々が歩いてきた同じ道を自分も歩いていると思うと、敬虔な気持ちになれるのがいい。
愛媛お遍路みちからの眺め 2026.09.19 コメント(2)
香川お遍路さん 反省点 2026.08.20
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