2004.06.03
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カテゴリ: 音楽関係
 子供の頃の自分がラジオではじめてバンジョーを聴いて、この楽器をやりたいと思ってからほどなくして城田さんの名前を知った。その頃京都では諸口あきら、きたむらけん、高石ともやらのカントリー、フォーク、ブルーグラスなどに関わりの深い人たちがラジオ番組のパーソナリティーを勤めていて、高石ともやのグループ「ザ・ナターシャーセブン」でバンジョーを弾いていた城田さんは10歳から15歳くらいまでの自分にとってのアイドルとなった。城田さんの教則レコードでバンジョーを練習しはじめたこともあり、音楽の出発点で大いに影響を受けた。ラジオの公開録音や円山音楽堂のコンサートにも何度も行き、音楽だけではなくそのステージから感じられる人柄にもひかれていたと想う。
 高校生になる頃からより音楽的なものへと興味は移って彼らの演奏を聴くこともだんだんと無くなった。友人達が縁あって京都の城田さんの家を訪ねたという話を聞いたときも、少しは羨ましい気がしたものの連れて行って欲しいとも思わなかった。それでもナターシャーセブンを脱退してアメリカに行かれるという直前のコンサートには聴き納めという気もして出掛けたものだ。その時に彼のすごさをあらためて感じた事を思い出す。この手の音楽の演奏家としてすでに図抜けた存在であると想った。
 それから何年か後テレビ番組の「徹子の部屋」に出て、京都でひどい腹痛で困っていたアメリカ人に親切にしたところ、彼がバンジョー弾きであるということにも感激したそのアメリカ人に是非にと招かれて訪ねてみたらものすごい大富豪であったとか、そんなほんとうかなぁと言うふうな話をしていたのを一度見た事がある。アメリカでの活躍の様子や、ときどきは日本にも帰ってきて演奏活動をしているということなども情報としては伝わっていたが、ほとんど聴くことは無かったものの心の内では変らず尊敬していた。
 あたらしいアルバムが出たとかで名前を聞くたびに元気で活躍されているな、と思っていたがすでに音楽よりも工芸のことに夢中になっていた自分はやはり積極的にそれを聴くこともなかった。その後、城田さんの音楽活動は不幸な出来事による何年かの中断の後にまた復帰して再開されていることを聞き知って、すでにすっかりネットの時代となっていたのでいくつかの動画は簡単に見つかって演奏を聴いてみた。今では熱心なファンとも言えない自分もやはりずっと気にかかっていたのだ。
 工芸家としての自分は遡れば音楽を志した少年時代に始まるわけで、そういう意味では城田さんはやはり自分にとっては恩人であり、音楽家としての活動を再開されたことをひそかに応援しているのです。


(この文章は2004年6月3日に書いたものですが後日大きく書き換えました)





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Last updated  2018.06.19 02:40:53
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