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いつからだろう? 気づいたら、PCでネットを徘徊する先の”どこにでも“ソレが”漏れなくついてくる”ようになってしまったのは・・・・・・。『リスティング広告(検索連動型広告)』と呼ぶそうだ。何かを検索した時のワードをもとに、”関連広告”を提供する手法。その走りとも言われる大手G社の説明文には、こんな一文が。『明確で関連性の高い広告見出しが生成される』 あっそ。明確? 関連性が高い?? 生成???いちいち引っかかってしまう。何のCMか”明確でないアヤシイ見た目”のも結構な確率で、目障りに現われるんだけど。それは私が”何か変なモン”を検索したせいとでも? しかも関連性が高いとは言い難いモノの多さと言ったら!! いきなり動画始まって、すっごい気が散る時も多々ある。だから懸命に『興味ない』『不適切』のとこを押して、出ないように頼んでるのに「以後気をつけます」的な上っ面なフレーズが出ておしまい。でも次にPC開いても出てくるんだよな!! まったく同じのが何度も繰り返し!(怒)まださ、私が”興味持ちそうな”情報だったら許してもいいよ?でも全部が全部、要らないから! ちっとも好みに合わないか、既に買ってるかだから!! 今朝PC開いて最初に目に入ったのが、野球関連のしかも“あなたのバッティングスキルを上げる○○”みたいなワケわかんないので!私、サッカー馬鹿で野球好きか嫌いかで言えば嫌いなんですけど?それに、今この歳から野球選手目指さないし、バット振らないし!そんな暇あったら、リハビリ頑張って一日も早く四五十肩治すわ!昨日たいして興味もないのに、故郷出身の野球選手の記事に目を通したからか? それとも数日前に、新庄の変なおっさんみたいな髭面の写真つい見ちゃったからか??でも、それが何で「私、バッティングうまくなりたい❤」に繋がるんかな? あと、お色気ムンムンの安っぽいランジェリーのお姉さんが、ほんと邪魔! 地味な年相応の下着類をチェックした結果が、コレなの??? どーゆー神経・・・。どれもこれも趣味が悪い。一体どの部分で『関連性が高い』の?!人を不快にさせて、それで“真面目に商品売れる”と思ってるのがある意味スゴイ。どうせ押し売りみたいに延々と広告出すなら、その人がネットサーフィンしてる本来の目的が何だったか忘れるくらい『確実に心を鷲掴み』する『痒い所に手が届く』広告にして!命に関わる闘病者の涙無しでは読めない感動的な記事を読んだ後や、母や姑の介護の話を私が書いたからって、“葬儀所”の御案内なんかすんな!!(憤) ただ、CDとか買った時の『あなたにオススメな商品』のチョイスと、『これを買った人はこんなのも買ってます』のお知らせは、ちょっと面白いから許す。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「やっと晴れたー!しばらくこのままで。」
2019.11.29
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手のひらサイズの布草履を、片方20分かけて一足完成させた。それを周りが褒めてくれて、みんながお手本にして作った、と。電話の向こうの母は、嬉しそうに話す。『体の機能低下』と『認知症』の防止のために、デイケアではどこもこのテの”趣味”の時間が設けられている。手先や頭を使い集中力を高める機会のあるなしで、高齢者の”老化速度”が明らかに違うのは、姑と実母の老い方を比べて見ても判る。何でも面倒くさがって芸術面にも興味を示さなかった姑は、そこそこイイモノに仕上げても、決して趣味にはならずデイケアで“やらされるから仕方なく”という感じで。彼女にとっては“時間を潰す”だけの無駄な時間、だったようだ。実母もわりと大雑把だし、そんなに器用ではないが、私にはない“乙女”な部分があるから、綺麗なモノや可愛いモノには夢中になる。だからなのか、今は“布草履”にハマっているらしい。小ぶりなそれを作るのは、10年前に片目の視力を失った彼女にとって、かなり難しい作業だろう。それでも彼女は、目の不自由さを言い訳にはしない。とにかく今は、手芸を“楽しんで”いるようだ。手先が不器用な友達の分も編むんだと、声も弾んで。”誰が頼んだ”わけでもないのに、自分が編みたいから編む。最愛の夫(私の父)を亡くした後の数年は、朝起きることさえ難しかった。“死んだように生きてた“時間を乗り越えての今。『したいことを気の済むまでする』母を、本当に嬉しく思う。******『やってみた動画』が、相変わらず人気のようだが・・・私はユーチューバ―でもそのファンでもないので、それ自体に興味はない。でも。法を犯したり、危険な行為をしたり、人に迷惑をかけない親族が悲しまない“まともな挑戦“であれば、どんどんやってみればいいと思う。たとえそれが、他人にとっては大したことでもなく、自身にダイレクトに利益をもたらすものでもなくても。挑戦することに“意義”がある。『思い立ったが吉日』という古いことわざがあるが、何か思い浮かんだら、とにかく一歩踏み出してみることが大事なんだと、自分の半生を振り返っても分かる。あの頃無駄に思えたすべてが、この私を作り上げたと断言できるから。『人にどう思われるかより、自分がどう生きるかが大事』さっきHKも言っていた。最近吹っ切れたようで、彼(彼女?)本来の持ち味が弾け出ている。ズンドコで彼を好きになったおばちゃんやおばあちゃん達は、この変貌に戸惑ってるかもしれない。私は驚かない。あー、やっとカミングアウトできる時代になったかと、彼の今までの頑張りを評価したい。周りの大人の考えるままに仮面をつけて精一杯“男性演歌歌手”を演じてきたのだから、これからは好きにすればいい。たとえ古参ファンの人気が落ちたとしても、今の姿を支持する人が代わりに支えてくれるだろう。どうせなら、もう言っちゃえばいいのに。きっとその言動は、”同じ想い”を抱えた人の助けになると思うけどな。ってことで、私も思い立ったことがあり。あまり深く考えずに、一歩踏み出してみた。やはり私は“書くこと、想いを表現すること”が好きで、ココだけでは足りないみたいなので、時々気の向くまま『ある挑戦』をする。で、早速初めの一歩が“認められ”評価を受けたので、またまた調子に乗って、二歩目に向けてネタをこねる準備をしてる。私の本業も副業も大してお金にならないのに、それに加えて新たに始めたことも”趣味”レベルである。ドラマ『時効警察』の霧山の台詞じゃないが、「趣味でも原稿書いてます。音楽語ってます」でいいじゃないか!と。ああ、でも憧れの場所に一発目で“採用”してもらい”自信“になった。 誰も読まないこのブログで、無駄にダラダラ書きまくってるのも、結局無駄じゃなかったんだと、プロの人に言って貰えた気がした。久々に燃える~♫ 仕事以上に気合入ってる~!(苦笑)★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「会員限定特注のあのパーカー着た人が、うちのマンションに居たなんて! お財布さん、いつかLIVE一緒に行きませんか?(かなり本気)」
2019.11.28
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昭和生まれのメカ音痴。アナログ上等!!な人間なので、スマホもイヤイヤ持った。数年が経ち、だいぶ慣れたとはいえ今も使いこなせてる自信がない。かと言ってマニュアルを読むのが本気で嫌いなので、力づくで使ってる。今のところ問題はない。ネット用語やイマドキの流行語は、若者を相手に仕事するから“必死で(こっそり)”調べまくって、”知った“気になってる。だから、『スクショ』も『サブスク』も今も耳慣れない。これ等を知ったのもつい最近のことだから、馴染むわけがない。******文化庁がイラスト等が一部に写り込んだ『スクリーンショット』については、“違法としない”方針に転換したとのニュース。インターネット上のいわゆる海賊版作品の“著作権侵害”対策のため、ダウンロードを規制する著作権法改正案を示したわけだが・・・。当初同庁は、全面的に違法とするはずが一部を“見逃す”方針に舵を切ろうとしている。はーん。記事をさらっと幾つか読んだものの、活字を吐くほど読む仕事を長年してる私でさえ、読解力なくて理解できんぞ?簡単なイラスト付きで、○なモノと違法なのとを挙げてくれても、何がどうダメで、どうだからOKなのかが『軽減税率』や『桜を見る会の招待客基準』と同じくらい判りにくい。『漫画作品の中の数コマ程度の分量の少ないDLは違法ではない』っても言ってもさ。数コマって何コマ? 漫画のコマってサイズも大小色々で数コマの見た目の分量、だいぶ違うんだけど?どーでもいいが、コマコマ言い過ぎ。コマ!(ヤケクソ)それに『著作権侵害物が付随的に含まれるスクショ』の”付随的含まれる”って、例えばどんなのを言うの??それなのに、前々から有識者に改善を指摘されてた問題に関しては今まで通り『違法』てのは、どうなん?『もともと無償提供されているコンテンツ』や『常習的に繰り返すわけではない単発のDL』がアウトで、さっきのヤツがセーフに変わる意味がさっぱりワカラン。私の頭が弱いだけなのかな?『公立校教員の変形労働時間制』の話が出た時も思ったんだが、お上が決めたこういうルールが取り上げられる度に、「現場見て言ってんの?」と問いたくなる。“誰がどこでラクに仕入れた”ネタをもとに“話し合って”決めたのか知らんが、世に公表する前に自分達でそれを“オカシイ。矛盾してる”と思わないのが不思議でならない。そんな“複雑”で“曖昧”なルールを、今更通したところで、一体何をどれだけ”守れる”と言うの?既にもう、日常に“盗撮”されたものが溢れるほど出回ってて、誰も止めようがない酷い状態なのに・・・。『規則』をするんなら、中途半端のが一番いけない。『○が何で×が何か』を、スマホ持ってる小学生でも解かる説明じゃないと!そうじゃなきゃ、必死で店を開け続けて踏ん張ってる本屋で、”響き渡るスマホのシャッター音”は、この先も消えない。何の”罪悪感”もなく、作り手が必死で完成させた努力の結晶(記事)をケロッと“盗んでる”ひとり一人のJC(女子中学生)やJK(女子高校生)が、それは“違法”だときちんと理解できる明快なルールにしなくては。お上の考えてることって世の中の流れより、遅いんだと思う。何をするのも決めるのも。そして、いずれにせよ我々『世論』の声は、聴かない。だからズレズレ。ザル過ぎ。浮きまくり。説得力もないこんな”机上の空論”を、一体誰がおとなしく守ると言うの?★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「アクセス数が最近また急増してるのは何故?(怖)誰が寄ってくれたのか足跡もなく、お礼のしようもない。」
2019.11.27
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横浜FC13年ぶり2度目のJ1昇格が決定! ちょうど2点目を決めて昇格が決定的になったところを、幸運にもTVで観れた。横浜FCと言えば、やっぱりキングカズ(52歳)!! それに今は中村俊輔(41歳)も加わり、サッカー馬鹿にとっては、盆と正月が一緒に来たくらいの有難みを感じる顔ぶれ。俊輔なんて、昨日のコーナーキックの精度を見る限り、私がマリノス戦で生で観た頃と変わらず、まだまだイケる!と期待せずにはいられない。俊輔やカズに抱く「彼なら何かしてくれそう♪」なワクワク感。それは彼等が日本のサッカー界を長年牽引してきた“レジェンド”だからこそ、生まれるんだと思う。今の横浜FCがココまで来れたのも、きっとこういう偉大な“先輩”がいることが大きく影響してるに違いない。「引退は考えない。もっと上手くなりたい。選手のまま、カズのまま死にたい」こんな台詞、他の誰が言える?? なんてカッコよくて、彼にしか似合わない、そして“重み”のある言葉だろう!正直言って“若い頃”のふたりには、技術は認めながらも“人間的”に惹かれなかった。でも、ふたりともエリートと言われながらもW杯代表を落選したり、古巣を追われたり、様々な”苦い経験”も乗り越えての今。歳は取り“旬”をとうに過ぎているのに、今の方がカッコいいし、更に輝いて見える。と言っても昔のようにキラキラじゃなく、”暖炉の炎”のように深く温かい光で。モチロンふたりとも現役続行の意向と聞き、何年かぶりにスタジアムに観に行きたくなった。我が最愛の”イニエスタの股抜き”・・・公言通りカズには近いうちに叶えてほしい。返り咲いたJIの舞台で、ぜひとも若い選手やサッカーファンをもっともっと憧れさせてほしい。******まだ午前中なのに眠気が酷くて、洗濯機が回る間にひと眠りしてしまった。目覚ましの音に憂鬱になり、更に寝ようとしたら、流しっぱなしのラジオから“気になる”音楽が・・・。たしかさっき某アイドルの名前が聞こえた気がするが、いや、まさか、ありえないだろう。と思いつつ、寝てるのが惜しくなり、そのまま起き上がり残りを真面目に聴いた。最後にもう一度、曲名と歌手名がDJから告げられ、やっぱり聞き間違いではなく、“彼”の新曲だと知った。突然の解散からもう、3年が経つのか・・・・・・。その後メンバーは、“それぞれ”の道を歩み始めたが、個人的には中にいる方と外に出た方のどちらも思ってた以上に、“うまく”いっていない気がしていた。やはりなんと言っても、彼等の魅力は”あの全員が揃ってこそ”と思うから、いくら個々に違う魅力があっても、なんか“しっくりしない”というか・・・どういう気持ちで見たらいいのか戸惑いがあった。そんな中、今になりようやく個々の“次の活動”が見えてきた。一番の注目が、KSとKTの『ソロ歌手活動』だろう。おそらく互いの事務所がこそっと情報を掴み、わりと近い時期にリリースをぶつけてきたと思われるソロ歌手としてのスタート。例の事務所に残ったKTの方が先行する形で、少し前からメディアでも取り上げられ、アルバム制作に至ったいきさつが本人の口からも語られている。大物ミュージシャンのリクエストに本人が応える形で、歌手活動が決まり、それに賛同する大物ミュージシャン等が楽曲を提供した話題作(なのか?)。ラジオで何度か聴いた(さっきも流れてた)が、何の引っ掛かりもない。大物ミュージシャンの提供という気配も感じないし、唄ってる本人に華がない! 彼はたしかあのグループで『一番歌が上手い音楽通』(ホントは一番先に抜けたM君が何をやるのも上手かった)みたいな扱いで、本人も“その気”だったじゃん。それがコレ??基礎も出来ていないアイドルに歌唱力は求めないけど、でもこんなに彼って、歌唱力だけでなく表現力も無い人だったんだ!!と驚いた。でもコレを押しの一曲で毎回流してるんだから、一番出来がイイってことだよな。だとしたら・・・アルバム聴く気が起きないわ。それに比べ、KSのは一回試しで聴いてみたくなった。さっき早速、3曲試聴した。こっちも人気ミュージシャンの提供曲を集めたアルバムになってるようだが、何と言うか、こっちは彼というキャラを存分に活かして参加ミュージシャンも彼自身も『音楽を愉しんでる』感じが伝わってくる。もともと絵を描いたり大物ミュージシャンとのコラボ曲を出したり、グループ時代から音楽で遊んでる人ではあった。その経験がうまく活かされて、一枚の作品に仕上がったと言えるだろう。「こんな唄い方もできるんだ!」と、ラジオから流れる曲の彼に、目が覚めた(眠かったのにホントに飛び起きた)。売れる売れないは別にして純粋に、この歌を”唄い踊る彼”の姿が観たい。そう思わせる力が、今の彼にはある。あの騒動の最中は、グループの中で一番落ち込みが激しく、メンタル面を心配された彼――――。見事に”吹っ切れた“のかもしれない。今後の歌手活動に、密かに期待しつつ・・・久々に彼の唄う『みんないい子』(お気に入り曲)が聴きたくなった。※どっちのファンというわけでも、ありません※★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「かむかもしかもにどもかも!もののあわれ ―――――どっちなのよ?なバンドや個人名が多すぎる・・・(>_<)♫どっちがバンド名で どっちが曲名(by「Open」Al.『XXL』より。)」
2019.11.25
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夜。たまたまTVのチャンネルを替えてたら、ダウンタウンDX『スターの私服』やってた。ファッション系はついつい観てしまう。華やかな世界に身を置く彼等が、プライベートでどんな趣味でどんな恰好をするのか、単純に興味深い。どんなに“イイ男イイ女”扱いされて好い雰囲気のオーラを纏わされてても、“私服”を見れば一発でその人の“素”が判るから。このコーナーは、身につけるトータルのおおよその価格順に芸能人を紹介する流れなのだが。先に紹介される下の順位の人の方が、個人的に“好感”持てる。久々に観た昨日もそうだった。上から下までの金額が数十万とかになると、さすがに引いてしまう。ゲーノージンなら、高額な衣装や装飾品で自分をよく魅せるのもファンサービスのうちかもしれない。でも、だからって”中身が伴わない“のにバカスカお金をかけて着飾る人を観ると、悪いけど人間性を疑わずにはいられない。たとえば高級ブランド品を持つにしても、“全身”そのロゴで埋め尽くすとか、あり得ない。ああいうのこそ、お気に入りのひとつをさり気なく身につける方が、好感持てる。いくらお金を一般人より稼いでたとしても、”年相応”の常識や感覚が持てない人には、感心しない。全身コーデのトータルが【ウン百万】とか。たかがTV収録に来るだけなのに、どんだけ”財産”背負って歩いてるん?と思う。それでも似合ってたらいいけど、中には分不相応と言うか・・・身の程知らずな小粒タレントとかもいて、呆れてしまった。身を粉にして得たお金で、それで何を買うのもその人の勝手ではある。でも、特に身につける物に関しては、それを受け止める“土台”が見合わないと、周りにバレてしまう。高級な器にはそれ相応の調理人の料理が入らないとキマらないのと同じで、そのブランドを“着こなす”だけの“上質な中身”でないと、違和感しか生まれない。だから私のような市井の人が、安易に高級ブランドなんか身につけちゃいけない。遠い昔、初めて行ったフランスで。高級ブランド店が立ち並ぶシャンゼリゼに押しかける”うら若き”日本人の群れを見て、とても恥ずかしくなった。あの時買った物を彼女等が今も”一生使い続ける”くらいの想いで大事にしてるなら、見方も変わるが。そう、ヨーロッパの人達のように祖母から母、母から娘に・・・という具合に、ひとつの物を手入れしながら代々受け継いでいく身につけ方、それが高級ブランド品の”正しい使い方”なんだと思う。今朝観た連続ドラマの一コマ。高度成長期の信楽(滋賀県)の極貧家庭の母親が、娘の”晴れ舞台”に着せる服がなく、近所の奥さん達が服を持ち寄って、どうにかしようと奮闘してた。あれこれ服を選んで娘に当てながら、誰かが言うのだ。「貧乏臭い」それに対して母が苦笑いで呟く。「どんなにめかし込んでも貧乏臭さは滲み出るわぁ・・・」みたいな台詞を。あの時代より日本は間違いなく“豊か”になった。そして”無理して“お金をかけなくても、そこそこイイモノを身につけられる便利な時代にもなった。だから、昨夜の”一部芸能人”の金銭感覚のありえなさがある意味衝撃的で。そんな高価なモノを自慢げに身につける前に、『インスタ(だけ)芸人』とか『ママタレント』の肩書にしがみ付かずに、もっと実のある仕事して“人のため”に役立ってみろよーと、ブラックな方の私が突っ込んでいた。★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「締め切り抜けて気が緩み。チーズケーキ断ちしてるのに小形のバスクチーズケーキを頬張ったのは、見逃してください。」
2019.11.22
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急に時間に追われる生活になり、とにかく余裕がない。こうしてサボる時間さえ惜しい。書きたいことしなければならないこといっぱいい―――――っぱいありすぎて、脳が一日の処理能力に追いつけてない。それでもご飯は美味しいし、TVや雑誌にツッコミもするし、ランチで座った隣のおばちゃんらのくだらんけど面白すぎる話に、耳を欹てずにはいられない。ま、そんな日々が続いてるのも、もしかしたら『幸せ』ってことなのかもしれない。いつも以上に音楽を聴きまくってる。音楽無しだと、原稿も進まない。今日はこんな↓気分。唄いながら踊りながら仕事する方が進む。ガパオライス食べて身も心も温まった。夕方までまた、とにかく集中。いざ!!!◎何か後ろ↑に混ざってる(苦笑)。肥えたウォーリーを探せ!!◎★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「白抜きかスミベタかで迷った挙句、欲しかった白抜きをこの歳で選ぶ勇気がなかった。盆人のクセに吹っ切れろ!(嘆)」
2019.11.20
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『色白で目の大きい丸顔』その見た目とは裏腹な『気の強い』女性。彼の好みには若い頃から”一貫性”があった。ついに『男のケジメ』をつけた大人気アイドルグループの、おめでたい?ニュースが昨晩からTVで話題に。でも、意外にも扱いが”あっさり”した印象。それもそのはず。彼の事務所が“お相手”に触れてほしくない、からだろう。彼女が元フリーアナウンサーだったこと、彼女の出ていたニュース番組で知り合い交際に繋がったこと、それらは海○蔵の結婚エピソードと同じ流れで、何も悪くない。ただ、彼女の交際中の“態度”がまずかった。“大人気”の彼を独り占めできる嬉しさからか、“アナウンサー”らしからぬ行動を繰り返したという。自身のSNSにUPした画像が、彼のファン達には『交際の事実』を匂わせるモノとして映り、『匂わせ彼女』と呼ばれ、嫌われるように。彼が交際を”一番見守ってほしかったであろうファン達”から、彼女は一斉に反発を食らい、“許される”ことなく芸能界を去った。国内外にファンをもつ人気者を彼氏にできた彼女の”喜び”も、解からなくもない。けれど、本気で彼との将来を考えるなら、彼を支えるファンのことを彼と同じくらい大事にすべきだった。某イケメン人気歌手兼俳優が、女優と結婚した際に似たような失敗をして、夫婦共に“好感度”を下げた。それを教訓に慎むべきだった。でもま、雨が降ろうが槍が降ろうが、二人の“目的”を果たしたのだから、ファンも「この“愛”は本物」と認め、祝うしかない。《Wikipedia》にイイこと書いてあった。日本の芸能界における“アイドル”の定義は、『成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する人物』であると。“成長過程”まさに今、彼はひとりの責任ある”大人の男”として一歩踏み出したのだ。36歳という年齢を考えれば、一般人の世界では充分に大人だが。彼は今まで20年もトップ“アイドル”を頑張ってきたのだし、“アイドルには年齢制限はない”と、私は思うし。本人が望むなら『みんなのアイドル』であり続ければいい。それに彼には『家族』をもつことで味わえる“様々な経験“を通し、『役者』としても幅を広げられるメリットだってある。よって、彼のアイドルとしてのイメージは悪くなるどころか、結婚を機に、良くなるんじゃないかと。ただし、これ以上奥さんが『匂わせ』や『のろけ』をしないこと! 恐妻と親の七光り娘が勝手にSNSで“パパ”(彼の事務所先輩)を語り、”カリスマアイドル”だった人の印象を、一気にぶち壊した“悪い見本”があるから。“ニノ“舞を演じぬよう『内助の功』に徹すれば、ファンの感情も良い方に変わるだろう。象徴的な代表も亡くなり、時代も変わった。事務所の方針も改革が必要。事務所に”忠実”な彼が幸せになって仕事でも更に活躍すれば、あの特殊な事務所の考え方も変わるんじゃないの? ******『伝説のバンド、19年8か月ぶり再集結!新たなボーカリストとともに第5期を始動!!』う~~ん、突っ込みどころ満載。編集者時代にその活躍は存じ上げてますがね。伝説、ってほどでもない。再集結で新ボーカリスト?第5期・・・って、モー娘。かぃ!!調べたら、オリジナルメンバー居たの“第2期”までやった。あのバンドの良さって、”ボーカルの力”だったと思うが?そのボーカルじゃないんなら、しかも他メンバーも変わるならそれはもう、『違うバンド名』でいいんじゃないの??新しいボーカルの顔見たけど、イメージ違うわ――!『懐メロコピーバンド』になっちゃう予感・・・。餅は餅屋に。何のジャンルであれ、どんなに巧く取り繕っても、“本物”を超えるものはないと、私は思う。仕掛け人のNさん。”あの頃”のあなたはこんなことを許す人じゃなかった。随分丸くなちゃったんですね。今も“怖い存在”で居てほしかった。この変化が一番残念。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「『サクラになる会』じゃないの? “誰の金“で何してるん?」
2019.11.13
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「ロシアで日本食レストラン経営したい」これがアリーナ・ザギトワ(フィギュアスケート)選手の夢。現在“17歳”の彼女。まだまだ“可憐で巧みな”スケート演技で私達を魅了してほしいけど、“フィギュアスケート”の選手生命は驚くほど短い。特に彼女の国は、日本よりもはるかに。だからなのかもしれない。ザギトワ選手も自分が追いかけてきた先輩女子選手達が、”数々の栄光”に輝きながらも”流れ星“のようにあっという間に過ぎ去ったこと。近い将来、自分もその道を辿ってしまうことを、彼女はちゃんと“覚悟”して今を生きているんだろう。“日本好き“を公言し秋田犬まで飼ったせいか、日本での彼女の好感度は、他のロシア人選手以上に高い。スケートに留まらずCMを始めとするメディアの露出も増え、来日する機会も多くなった。その時にただ“仕事をこなす“だけでなく、”将来の夢”に役立つ日本食のリサーチもしているようだ。ラーメンひとつ取っても、スープの違いを解かってて、こだわりがある等、“本気”度が窺える。演技や話す態度や内容を観る限り、とても“真面目”で浮ついたところがない彼女。きっと“次の夢”も努力して叶えられるだろう。17歳の時の夢か・・・。九州しか知らない高校生だった私の夢は、『東京に行ってマスコミで働く』こと、だった。この頃はまだTV、ラジオ、出版、レコード会社・・・と、それぞれに“なりたい”自分が居て、ひとつに定まっていなかった。でも『音楽』に係わる仕事を目指していた。親や祖父母達は、親族の多くがそうだったように「地元の大学の教育学部に入り、将来は教師になる」と私に期待してくれてた。だから有無を言わさず“第一志望”には地元の大学を書き、“教師になる”目標を掲げ、国公立コースに籍を置き、吐きそうな程嫌いな理数系に苦しみながら、無駄な労力と時間とお金をかけて受験勉強に励んだ。でも結局、最後の“三者面談”でこれまでの全部を自らひっくり返した。親も担任も東京に住む親族もみんな揃って、「東京を甘く見るな」と心配するやら何やら・・・渋々私の志望先変更を許してくれたが、“失敗”の二文字を誰もが描いていたと思う。私だって自信があったわけではない。けれど、この機会を逃したら、私の人生は大きく変わってしまう。だから、必死でその糸にしがみ付いて、何とか“上京の切符“を掴んだ。その後の人生は・・・私が思ってた以上に“苦労”の連続だった。でもずっと『揺るがない夢』があったから、人に裏切られても望みが絶たれても所持金が底を尽きかけても・・・どんな困難も乗り越えられた。ただし、見苦しいくらい”死に物狂い”で。でも、この苦境に陥った長い長い時間の中で、“好きなこと”だけを思いつくまま諦めないで続けていたら、それが結局、“夢を叶えた”時になり、全部私の役に立った。むしろあの“職探し以外することがない”時間こそ、私には“自分の強み”を蓄えるのに必要だったのだ。それに加え、失敗の度に徐々に『手応え』を感じていた。採用試験を受けた先々の人の“評価”に、あと少し頑張れば叶えられるかも・・・という感触の良さ。それを感じるうちに、”自信”がつき強気で勝負できた。生きるには、”夢”が必要。それは大きくても小さくても構わない。歳を重ねるにつれ、私の夢も随分小さくなった。この10年の間に仕事の夢は叶えてしまったから、これ以上の欲は出てこないだろう。今は“依頼されるほんの少しの仕事“を締め切りまでに無事終えるだけで、へろへろ(苦笑)。仕事に関しては、『55歳』が今の仕事を始めた時からの私のひとつめの目標。そこに辿り着くまで、マイペースに進むだけ。プライベートの方は・・・これも“終の棲家”に住み始めてからずっと変わらない小さな夢。『保護猫の里親』になること。こっちは飼育するにも“年齢的期限”があるので、急がなくては。親の介護に向き合ってるうちに、私達夫婦の共通の夢が随分遠のいてしまった。私達のリミット的に子猫はもうムリなので、それ以外の猫を家族に・・・。かなりハードル高いのは、解かってる。でも夢を見ないことには、もしかしたら”叶う”かもしれないチャンスを、みすみす逃してしまうから。★ ★ ★ ★ ★今日のやや長めのひとこと。「姑居ないのに、姑の部屋から声や気配がする時がある。最近また多い。中身抜けて帰って来てる?生霊??(笑)」
2019.11.11
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『心のデトックス』、できてる???私は子供の頃から”涙もろい”方だった。感情が高ぶると、喜怒哀楽どれでもぶわっと涙が溢れ出す。『泣き虫』というわけではない。そうではなく、心の状態に連動するというか、『犬のうれション』みたいなものか?(苦笑)そんな私も大人になるにつれ・・・と言うより加齢に伴い“泣く“こともなくなってきた。ドライアイのせいもあるかもしれないが(んな馬鹿な)、“涙を流す”ことが減った。『心震わす』機会が減ったせいだというのは、感じていた。私の心を解かすモノ、つまり音楽やドラマや映画や小説・・・そういうモノになかなか出合えなかったせい、もある。そんな私の乾いた“心に潤い”を取り戻すきっかけとなったのが、『岡崎体育』との出会い。彼の音楽、人柄、生き様・・・ひとつひとつ知る度に、かつて私が音楽に夢中になった頃の『魂揺さぶられる』感覚を取り戻せた。特に彼の描く詞の心理描写と情景描写の巧みさには、惚れ惚れする。ミステリアスな雰囲気イケメンの米○玄師とは、周りが受ける印象は明らかに違い、どうしても“道化”の部分がクローズアップされてしまう。でも、彼の音楽には、米○作品と同じようにとても繊細で美しいモノも実は沢山ある。その言葉の数々に、どれだけ”泣かされた”ことか・・・。音楽を聴いて自然と涙が溢れることなんて、彼に出会うまで「この先ない」と思ってた。そんな私のカラカラになりかけた心に、彼は新鮮な水を与え、再び生き返らせてくれた。やはり私の人生に於いて、一番の“エネルギー”となるのが、”心に届く”音であり歌である。******天皇陛下御即位をお祝いする『国民祭典』にて。奉祝曲「組曲 Ray of Water」を“嵐”が歌唱中に、雅子さまの目にキラリと光るモノが・・・。その後、どんどん溢れてきて、何度も手で拭う姿が生放送で映された。『感情をあらわにしてはいけない』という皇室の立場上、これを”好ましくない“と言う人もいるのかもしれないが。私は思わず“もらい泣き”してしまった。残念ながら、歌唱自体には魂揺さぶられることはなかったが、たまたま読んだ部分の詞の内容が皇后さまへのエールにも取れて、“あの涙”を見てしまったせい。皇室に対して、特別な感情はないが、とても”清らか”な涙だった。どんな立場であれ、『心の動きに正直』であることは、悪いことではないと思うが、そうもいかないのかな。******ずっと前。某“実力派”グループに誕生日を祝って貰った。たまたま私の誕生日近くに新曲キャンペーンで会社を訪れ、“全体会”に顔を出してくれたのだ。うちの会社は毎月、社員の誕生日を祝う風習があったので、その流れで私が壇上に呼ばれ、『びー。さんのために唄います』と彼等が私の隣で『弾き語り』してくれたのだ。歌詞の内容、ハートフルな歌声、そして当時の私の心身の状態(破局直後)も相俟って、いきなりの“大泣き”。前のめりになりながら、薔薇の花束抱えたまま、声を押し殺して泣いた泣いた(汚いモンが全部出てスッキリ)。あまりの“泣きっぷり”に、会が終わった後、編集部に戻る途中、メンバーに呼び止められ、全員に心配された(そりゃそうだ)。一応『歌に感動して・・・』とお礼を言って別れたが、あの時”何が”私のスイッチを押したのか、自分でもよく分からない。でも、私のためだけに唄ってくれたことは、素直に嬉しかった。なのに私、「好きな歌手は?」と聞かれて即答で「岡村靖幸です!」って胸張って答えちゃって・・・「いや、ほら・・・いるでしょ、他に・・・」って言われてやっと(お世辞で)彼等の名前を答えたんだよなー(腐ってるわ)。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「エビは好物だけど、昆虫食はミンチでも無理~⤵⤵⤵」
2019.11.10
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子供は好き。でも、子供を産んだことも子育てをしたこともない。友達のベビーシッターを数時間やった経験と、中一の無邪気な子供を教育実習で二週間担当した経験が、私の“子育て”に関わった全て。そんな私が触れる話じゃないのかも、と思うが。書いちゃえ。昨日の夜、夫婦でたまたま観たニュース番組の内容に、ふたりで意見をぶつけ合った。我が家にはふたりしかいないので、こうして時々、時事ネタから音楽ネタまでジャンル問わず“論争”になる。特に時事問題については、私は世の中を”斜め”に見てしまうし、半分受け容れ半分批判的に見てしまい、大体が“厳しい意見”になる。それを冷静で正当な考えのダンナが、うまいこと均すという流れ。昨日の話題は、『多胎児の親の子育ての苦悩』について。番組では『多胎育児のサポートを考える会』の代表が、世の中に涙ながらに訴えていた。「“多胎児“の子供を育てる親の苦労を知ってほしい、子育て支援をしてほしい」と声震わせて。支援団体が行ったネットアンケートでは、「育児中に子供にネガティブな感情を持ったことがある」と答えた多胎児の親が、9割以上(1500人以上回答)の結果に。ひと昔前のように、何世代かで同じ家に住んで暮らしていれば、子育てでこんな苦労もなかっただろう。核家族化や近隣とのつき合いのなさ、保育園の不足等・・・多胎児の親でなくても日本が”子育てしにくい”環境なのは、私にも解かる。今日も”バス乗車を拒否された双子の母親”の記事を読んだ。昨日今日とたまたまニュースに触れなければ、私のように“そういう人の苦労”も気づかないままだ。だから知れたのは良かったし、今後どこかで困っている人がいたら手を差し伸べたいとも思った。彼女達の訴えに心から同情はする。多胎児の親の子育て環境が改善される世の中に、早くなってほしいとも思う。でもちょっと、“引っかかる”点もあるにはある。 『子育て経験のない』私が冷たいのかと思ったが、どうもそうではない。記事に対するコメント欄を読むと、彼女達と同じ苦労を経験済みの多胎児の母親からの、鋭い書き込みも。私自身の“引っかかる”点は、そこにあった。つまり、彼女達は子を産んで育てる中で、その問題にぶつかり悩んだ後に『どこまでどう“努力”をした』のかが見えない。子供が泣いてもダンナが協力してくれない。タクシーやバスに乗車拒否された。保育園に入れない。それぞれの悩みは切実な問題で、このままでは良くないと思う。けれど、『精一杯の』工夫や努力をしてから言ってるのかが、伝わってこないのだ。自分だけが何故こんな目に・・・という気持ちになるのも仕方のない産後の心理状態なのだとは思う。けど「私は子育てでこんなに大変なのに、周りが何もしてくれない」という“ない物ねだり”に、どうしても聞こえてしまう。私は子供が欲しくてもできにくい体だったから、子を産み育てることの“喜びと苦労”を知らずにきた。必死の努力も婦人病と長年闘うのが精一杯で、叶わなかった。そんな私からすれば、『自分の子を一度に何人も得られた』ことだけでも素晴らしく感じる。今は本当に大変だろうけど、あと数年したら、その子供達は必ず『お母さんの味方・支え』になってくれる。それを楽しみに前向きに育児すれば、困難も楽しみに変わるのに。その奥さん達も『周りと比べる』のではなく、視野を広げて考えてみたらいい。例えば、ひとりで親を介護をする人の家庭、重い障がいや病気の子供を育てる家庭・・・自分の周りにはもっと大変な人は大勢いて、国からの保障も期待できない家庭はいくらでもある。それに今の時代、SNSで簡単に『同じ悩み』を共有し合えるチャンスもある分、少し前の同じ悩みを抱えたお母さんたちより、間違いなく『恵まれてる』のだ。とりあえず、同じ女でも『産みたくても産めない』不妊治療や不妊症で、国からの理解薄く高額な医療費を吸い取られて、それでも夢を諦めなきゃいけなかった女性がいることを、一度でも想像してほしい。その人達の“悩み”に比べれば、まだ何か打つ手はある。なんたって、“愛する”かわいい我が子のため、なんだから。その笑顔に癒されることができるのなら、まだ救いがある。私が彼女達に言いたいのは・・・・・・・自分の考え方に固執せず、柔軟に。『広い視野』を持て!ってことだな。ほんと聞いてる限り、彼女等には『救い』もまだあるし、この苦労の先に『希望』もある。しかも双子なら二倍、三つ子なら三倍も!その『素晴らしさ』に、今は気づいてないだけ。あと、『できない。手に入らない』ばっか言わないで、なきゃ自分が音頭とってやる! 不満言う暇あったら、自ら動くしかない。風を待ってるだけじゃ、何も変わらない。ついでに書くと。子育てに似た介護(姑)をしたけど、そりゃ地獄よ。酷いこと言われながら汚いオムツ替える(しかも替えてすぐ漏らす)介護者の気持ち、解んないだろうな~。一時期実母の帰省介助と私の闘病も重なったよ。何度も歯を食いしばった。振り上げそうになった握り拳の掌に、爪痕何個も付いたわ。ネガティブな気持ちだらけよ。ずっと暗闇だった。多親ワンオペ介護の人だっている。その辛さに比べたら・・・やっぱ、あの奥さん達は幸せだよー。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「外の工事音が許容を超えてて、ライブ用の耳栓が活躍してる(悲哀)。」
2019.11.08
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快晴の秋空にふさわしい、何とも微笑ましいニュース。親の教育が行き届いている 小2の娘の解答がこちらです。のツイッターが話題に。小2女児解答はココをチェック。算数の解答で、小2にして“気持ちと行動に余裕持たせる5分前行動”をしてしまう女児。なんてカワイイの―――! おばちゃん涙目で”はなまる”をあげたい。しかもハグしたい。『どうしてこの答えがいけないのか?』と聞く娘に対して、粋な答えを返せるお父さんもイイ。私なんかよりずっと若いのに・・・立派な父と娘だな。国語の場合と違い、子供の頃の算数って『コレが答えだ』としか認めない空気がある。この先生は、彼女に対して“褒めたかった”のだと思うが、そのコメントさえ余白に書いてはいけないルールがあったようだ。コメントくらいいいじゃん。と思うが、丸しないのに褒めるとか、子供が混乱するし、全員分の用紙にも同じように何かしら書かなきゃいけなくなるから、結局ひと言書き添えるのも無理なんだろう。○か×か。答えはいつも、パキッとクリアに出すのが望ましい。けれど我々の実際の生活は、算数のようにそんな簡単に“割りきれない”ものだ。小学校の算数って、”将来の暮らし”のために習うのに、彼女のような“実生活で有効な解答”を×にしてしまうのは、ちょっと悲しい。こういう”心理的”で“道徳的”な部分まで算数に含めて教えてしまうと、まだ分別のできない子もいる年齢だから難しいよな。よって、義務教育では先生に教えられる数式をもとに、通常の算数として“正確な答え”を書くしかない。そう、これはあくまで算数の答えとしての“正確性”であり、本当に”その時の状況“に合う『正しい』答えかどうかは、別として。彼女は算数の“正確な答え”を理解した上で、“状況を踏まえた5分前”の時刻を書いた。引き算も時計も解かってて、その上、周りが見えている・・・ほんと好い子だ! こういう考え方の子がいると「日本もまだ捨てたもんじゃないな」と思える。私も仕事を通して若い世代と触れ合う機会があるが、文章もこれと同じで、作文の巧い下手じゃなく、書き手が『何を考え、どんな言葉を紡ぐか』の方に興味があるし、出来が良くなくても惹かれる。”人間“を作るのは点数やマニュアルじゃない。『日々どう生きて、何を活かすか』が肥やしとなるのだ。******昨日、”旧姓併記制度”がスタートしたらしい。ふーん。これまで主に既婚女性が住民票等証明書を取る時に、散々煩わしい想いをしてきたわけだが。その面倒くささをようやく“解消”できるってことで、ホッとしかけたが、そんな今、必要なかったわ。“女性の社会進出を後押し”とか、表向きは素晴らしい。でもよくよく聞いてれば、『マイナンバーカードを使えよ』って方向に持っていきたいんだなぁ。そりゃ、便利だと思うよ?あのカード出せば、これまでの結婚離婚による名義変更とか細かいぐちゃぐちゃした“手続きの手間と時間”が省けるんだから。けど、その『マイナンバーカード』を、まず使いたくない。なんか全部“国に管理”されてしまったIDみたいで、いまだ抵抗が。だから『強制』されるまで持ちたくない。それはそうと。主に女性で結婚した人達は、『戸籍』をどこにしてるんだろう? 私は当時何も深く考えないで“ダンナの本籍地“にしてしまった。田舎の長男と結婚して名前変わるってのは、そういうことだと半ば“諦めてた”のかもしれん。何も疑うこともなく、書類を提出してあっという間に私は生まれた九州から、見知らぬ土地に籍が変わった。戸籍謄本等を取るにも便利だったから、これまで何も問題はない。 ただ、ある時ふと免許証の本籍欄に目をやり、“違和感”というか“お尻の収まりの悪さ”のようなものを感じてしまった。なぜあの時、もう少し真面目に考えて決めなかったんだろう?と。でも、さっきこの手の記事を見つけて、アンケート結果を見て『これが当たり前』(夫の戸籍に合わせる)なんだと、一応納得。中には、“ふたりの想い出の地”にする人もいるとか。どーするんだろう、何かしら書類作成する時・・・。ま、そのふたりが今も幸せなら、それでいいんだろうけど。あ。ちなみに名前は、ライターの頃まで“旧姓”で通してた。音楽業界ではその方が名前を知って貰えてたし、ありきたりな名前でも愛着あったから旧姓を残しておきたい気持ちもあった。一番は、”仕事とプライベートの気持ちの切り替え”がしやすかったから。オンとオフの自分で、便利に使ってた。今はもう、結婚後の苗字でも慣れたかな。病院とかの受付で名前呼ばれても、旧姓の苗字に反応することも減った気がする。名前はどっちも地味だから、今となってはこだわりがない。読み間違いをされるのだけが、ちょっと嫌かな(苦笑)。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「目覚めた瞬間、後ろ向きな日がある。誰か・・・一日を乗り切れる『魔法』をかけてください。」
2019.11.06
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日の暮れるのもすっかり早くなり、朝夕の冷え込みにも気が滅入る季節になった。家を一歩出ると、町には気の早い『クリスマスとお正月』が入り乱れて飾られて・・・。この分では、数度まばたきする間に新年がやって来てしまう。ずっと“後回し“にしてたアレを、この冬に備えて昨日済ませて来た。“衝動買い”は滅多にしない私とダンナ。まだつき合ってた頃か結婚してからか・・・とにかく随分前に何かのついでに銀座に寄り、たまたま“ヒヤカシ”で入った靴屋で、ひと目惚れ。私にしては久々の”高い買い物“をした。イタリアンレザーを活かした明るい茶色のサイドゴアブーツ。そんな物を買うつもりは全くなかったのに、ふたりして惚れてしまい、家に連れて帰った。あれ以来、秋から冬の時期に私の足を守り、オシャレにひと匙のスパイスを与えてくれている。買った当初は『贅沢してしまった』と、“身の丈に合わない”買い物をしたと思ってた。けれど履き続けるうち、だんだん革が馴染み、私の足にフィットし始め、その”履き心地の良さ”に魅せられて・・・。「奮発してでも手に入れて良かった」と、やっと思えるように。そんなに手入れがマメじゃないのに、今も普通に履ける。かかとの減り方も、持ってる安い靴達とは明らかに違う。やっぱり“それなり”の物は出来が違うんだなぁ。十数年履いて最近になり初めて、ヒールやつま先周りに減りが出たので、”靴の修理”をお願いした。うちの近所で探したが、チェーン店は相次ぎ撤退。それ以外の修理屋は専門的じゃなく頼りにならないので、“安心して任せられる店”を求め、隣町まで行くしかなかった。今や靴もファストファッションが流行りで、“見た目もオシャレで安くてそこそこ履けるモノ”が、大量生産される時代。『ワンシーズン履けたらいい』という考えの人が多いのだろうか。また、若い人を始めとする女性のファッションの好みが変わり、ヒールの高い靴を履かなくなったのも影響しているのだろう。ついこの前、開店したと思った靴の修理屋が町から跡形もなく消えてるなんて・・・。でも何とか見つけた靴の修理屋さんは、”古き良きもの“を代々受け継いで使う人が多そうな(イメージの)エリアにある。だから修理屋が成り立っているのかもしれない。直接スタッフ(林遣都似のお兄さん)に相談できて、“私の願い”を叶えて貰えた。それも良心的な価格&短時間で♫何より嬉しかったのが、そのスタッフさんからは「靴が大好き」という気持ちが溢れていたこと。靴に精通して、靴を愛して、自分の仕事に“誇り”を持って楽しんで働いているのが、とても伝わる姿勢に安心して靴を預けられた。長年履き続けたので、そろそろ処分?と一度は諦めかけたものの・・・全く“捨てる”必要もなく、むしろピカピカに磨かれて前より“いい味”が加わった。まだ足を通してないけど、今度履いて出るのが楽しみになった。この先、いつまで履けるのか分らないが・・・・・・できるだけ長く、私と共に時を刻んでほしいと願う。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「お鍋の季節到来。何鍋がお好き?」
2019.11.04
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今、ラジオのアナウンサーが『エンブレム』を『えんぶらむ』って言った。乾燥や冷える時季だもん。滑舌も悪くなるわなぁ。“生放送”はそのまま流されるから、とり直しきかないし。毎日の番組で慣れてたって、この程度のミスはあるよなぁ。今朝この時間帯の前の生放送で、聴いてるこっち(=私)も『ハラハラする放送事故』が起きてしまった。番組放送中に、生CMの時間がある。メーカーの宣伝マンがパーソナリティと一対一の”会話形式”で、オススメ商品を紹介し、お試し版の申し込みを促すという流れ。いつ聴いてもこのコーナーがあるから、内容は同じだし宣伝マンもいつも同じ人だと思う。今日もいつもと変わらず、滑り出しは順調。と思ったら、宣伝の途中でいきなり電話のプープープーが流れ始めた。ほんの一瞬、沈黙のラジオDJ。彼はなんとか目の前にある情報をもとに、自分の体験談も盛り込み話を膨らませ、“必死“でその場を繋ぎに繋いだ。けれど努力虚しく、その間に相手からの電話が復活せず、一曲音楽を流し、そのままスポンサーCMに突入。この後やっと宣伝マンは“戻って”来た。「”初めて”の感じで、ではお願いします」苦笑い気味のDJに応える宣伝マンもばつの悪そうな声色で、さっき聴いた説明を初めから始めた。この時の私は、“リスナー”ではなく“向こう側”の気持ちになっていた。そしてブースの外側のスタッフのドタバタぶりを勝手に想像し、変な汗をかきそうになった。“似たような失敗”を何度か、したことがよみがえる。私の場合は、自分でインタビュー取材に行った先で、だが。ある時は同僚から直前に借りた新型機材の操作ミスで、ひと言も録音できておらず、いざ作業しようとなった時に気づき、頭真っ白になった。幸い、話し上手な関西出身のタレントさんだったので、話に無駄がなく、私が全容を記憶してたのもあり、必死に思い出し記事にまとめることができた。それより焦ったのは、男女二人の音楽ユニットの取材。”作り手”の男性の方だけの取材に行ったのだが、彼は超高学歴で見た目もとっつきにくそうな神経質な人で。しかも音楽のジャンルも、私の好みから外れていた。だから会う前から私は、正直ビビってた。それが悪い方に出たのだろうか。30分のインタビューを意外とスムーズに終えた時に、確認”でテレコ(当時はまだその時代)を動かしたら――――テープは・・・録れてなかった。それに気づいた時の“脳ミソと心臓が口から飛び出そうな感じ”・・・誰か解かってくれるだろうか?急に汗を噴きだし真っ赤な顔になってたので、彼は“異変”に気づいたようだ。関係者は取材後のどうでもいい話を始めかけていたが、私は引き攣り笑顔をキープしながら、彼とマネージャー等に向かって素直に”録音失敗”告げた。そして彼に次の仕事が詰まってないか確認して、「もう一度初めからインタビューさせてください!!」そう頭を下げた。代案を考える余裕もなく、お願いしてた。インテリな彼の表情が、意外な程、柔らかくなったのを見た。「時間ありますから、いいですよ。でもさっき話したことと違っちゃうかも」と穏やかに呟き、笑顔で返してくれた。『顔から火が出た』ままの私は、一度目以上に緊張したままもう一度、彼に“初めて”のように話を聞き、なんとか終わった。あまりにも取材のこの場面が印象に残りすぎて、彼等がどんな音楽で、私は何を聞き何を書いたのか・・・さっぱり覚えてない。あのユニットはマニアックすぎて、ヴィジュアルの派手さもなかったから、いつの間にか消えてしまった。でも、私の人生の“失敗”と言えば、まずこの日の出来事を思い出してしまう。それくらい、『絶対に繰り返してはいけない』私の失敗である。それを今日、朝のラジオで思い出してしまった。あの時のどうしょうもなく追い詰められた気持ち・・・絶体絶命の、窮地に立たされたシーン。あんなことはもう、二度と経験したくない。でも、ああいう“大失敗”の数々が、私という人間を強くして、時に『開き直る』ことも大事だと教えてくれた。『厚かましさ』が漏れなく付いてきたのは、余計だけどね(苦笑)。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「洗濯物にとまった丸い虫を、大事に手に収め放してあげた。?!!くさっ。カメムシの臭いやん。てんとう虫みたいな体すんなー!(嘆)」今日のふたことめ。「本日で1201件目のボヤきらしい。誰も読まないのに暇だな、私。」
2019.11.01
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