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今日は、午後一時、大川端を散歩した以外は、ほぼ一日在宅で、パズル、読書などをして過ごした。また、OCRソフトをInftyReader試用版をダウンロードしてインストールした。非常に正確に読み取ってくれる。15日間試用できるが、製品版は8万円と高価。大川端の桜は、7分~8分咲き。この週末にはちょうど満開になるだろう。人出はそんなに多くはないが、花の下で宴を張るもの、ベンチに腰をかけるもの、散策するものなどが散見された。写真は、3月31日現在の大川端の桜。
2010.03.31
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今日は、午前中は、プリントに出す写真の選定とネットでの注文に費やし、午後は図書館へ行ったあと、大丸・心斎橋で開催中の「金子みすゞ展」を見に行った。金子みすゞ(1905-1930)は、山口県仙崎生れの夭折の童謡詩人。今年は没後80年に当り回顧展が開かれたもの。展示は、みすゞの生涯とその作品を紹介する第一部と、63名の著名人の讃を集めた第二部とに分かれていた。第一部は、1.少女テル、2.女学生テル、3.童謡詩人金子みすゞ、4.みすゞと正祐、5.母として、6.奇跡のよみかえり と6つに分かれていた。金子みすゞの生涯についてはよく知らなかったが、この展覧会の第一部を見てよくわかった。18才のとき西条八十が選をする童謡詩に投稿したのがきっかけで、毎号入選し華々しくデビューし、八十は「若き童謡詩人巨星」と絶賛していた。しかし、1年後、八十が欧州出張で選者が変わってからは入選することはなくなり、投稿はやめてしまった。結婚をし一女をもうけたが、さらに不幸は続き、夫の浮気から離婚そして自殺。3冊の手帳に書き溜めていた詩は弟の元に残されたまま眠っていた。そこには、512編の詩が書かれていた。1982年頃矢崎節夫氏によって発見され、1984に「金子みすゞ全集」として出版された。第二部では、早見暁、片岡鶴太郎、日色ともえ、松たか子、荒木経惟、佐藤しのぶ、ちばてつや、黛まどか、山根基世、浜圭介・・・ら63人の著名人が各自の好きな詩一編と自作または讃を書いたものを展示していた。これだけでも見応えがあり、1人ひとりの讃を読むのも興味深かった。どんなものにも愛情を持って接するやさしい心を持った人ということで、多くのファンを惹きつけていると思った。結局、ほぼ総べての詩や説明文を読んだら1時間半かかっていた。重いので買うのはやめたが、カタログも立派なものが出来ていた。画像は、パンフレット、里中満智子の絵、弟正祐とみすゞ、やなせたかしの讃、池内淳子の色紙。
2010.03.30
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今日は、お天気はよいが寒い一日だった。午前中は鎌倉・江の島旅行の写真・資料の整理などをしながら過ごし、午後は、家内の実家関係の雑事に費やした。今日は写真を撮らなかったので、鎌倉で見かけた三椏の花の写真を紹介する。三椏は和紙の原料だが、木自体は京都国立博物館の庭に植えられていうのを見たことはあるが、花を見るのは初めてだった。三つに分かれた枝の先に一個ずつ鞠のような花を付ける。白が普通だが、赤、橙の色もあるようだ。ジンチョウゲ科だそうだ。そう言えばジンチョウゲに似ている。写真は、白い三椏の木、オレンジ色の花、赤い花、白い花。
2010.03.29
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今日は、午前中、淀川探鳥会に参加した。冬鳥が少なくなり、夏鳥がまだ来ていない時期なので、鳥が少ないと思っていたが、種類だけは多く、33種類を見ることができた。ツグミが地上に降りていて川辺でも見ることができた。ユリカモメは数少なくなったが、夏羽根になり頭が黒いものを何羽も見かけた。コガモを近い距離で見ることができたり、マガモの交尾、カンムリカイツブリの交尾も見ることができた。冬鳥としては、オオジュリン、モズ、ツグミ、夏鳥としては、ヒバリ、ケリなどが見られた。今日見た鳥は前出のほか次のとおり。(33種)カイツブリ、カワウ、ダイサギ、コサギ、アオサギ、カルガモ、ヒドリガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、オオバン、コチドリ、ハマシギ、ハクセキレイ、ヒヨドリ、ウグイス、ホオジロ、カワラヒワ、シロハラ、ムクドリ、スズメ、ハシボソガラス、ハシブトガラス。写真は、水辺に下りたツグミ、揚雲雀、カワラヒワ、コガモ、カルガモの飛翔、コチドリ、コサギとダイサギ、ケリ、頭が黒くなったユリカモメ12時半に解散となり、柴島へ出て天六まで電車に乗り、天六で食事をして帰った。帰宅後は旅行の整理などをした。
2010.03.28
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今日は、鎌倉旅行の二日目、虚子庵跡、大仏、長谷寺、極楽寺坂、龍口寺などを訪問したあと江ノ島でしらす料理を食べ、午後は、江ノ島内を散策、夕方6時9分小田原発の新幹線で帰阪した。楽しく充実した2日間であった。朝、5時半に起き、Sさんと一緒にホテル周辺を散策した。若宮大路、段蔓、鶴岡八幡宮、小町通り、JR・江ノ電鎌倉駅などを回ると6時半だった。7時からホテルで朝食を摂り、8時前にホテルを出発。江ノ電の一日乗車券「のりおり君」を買い、8時発藤沢行きの電車に乗り、2つ目の駅由比ガ浜で藤沢から来たMさんと落ち合った。下車して、虚子庵跡を訪ねる。虚子が明治43年から昭和34年まで虚子が住んだ家だが現在は他人が住んでいる。線路際に句碑が建てられていた。 「波音の由比ガ浜から初電車 虚子」8時19分の電車で次の駅「長谷」に行く。先ずは、大仏切り通しというところまで行った。大きなトンネルが出来ていて、ここも往時の面影は見られなかった。続いて、有名な鎌倉大仏のある高徳院へ。胎内に入ったり、大仏のまわりを巡ってりして、8時50分から9時20分まで過ごし、次の長谷寺に向った。長谷寺も花の多い寺だ。広い境内のいたるところに花が咲いている。梅、桜、三椏、黄梅、椿、木瓜、馬酔木等々。ご本尊の十一面観音ほか境内に見所も多い。回転式の経蔵は今日は回転できない日だった。見晴らし台に上がると、鎌倉市内や海が一望できた。なごみ地蔵があちこちに置かれ、弁天窟にはいろいろな仏像が彫られたり置かれたりしていた。ここで、約1時間ほどを過ごし、10時29分の電車で次の駅「極楽寺」に向った。ここでは、極楽寺は山門を見ただけで、極楽寺坂切り通しを見に行った。山を切り開いた様子はなんとか感じられるが、当時は人馬がやっと通れる幅だったとは思われない立派な車道になっていた。次の10時42分の電車で江ノ島に向う。江ノ島駅には11時ちょうどに着き、先ずは日蓮上人受難の史跡・龍口寺へ。日蓮上人石像、大本堂、五重塔、墓地、御霊窟などを見た。ここは龍の口刑場があった場所なのだ。五重塔はちょっと見え難いが立派なものだった。11時40分、しらす料理店「かきや本店」に着き、待望のしらす尽し料理にありついた。しらすが不漁なので、生しらすを出す店は限られているそうで、前もって電話をした段階では多分ダメだろうと思っていた。店は満席だったが、すぐに二階に案内された。出されたシラス料理は、生しらす、しらす丼、しらすのかき揚げ、しらすの酢の物、赤だし、香の物、生麩饅頭などボリュームたっぷりだった。正に旬のしらすを満喫した。午後の江の島散策を控えて、ビールはもっともっと飲みたい気持だったが、午後の江の島散策を控えて、ぐっと我慢した。写真は、段蔓、鎌倉駅、江ノ電、虚子庵跡、大仏、長谷寺観音堂、極楽寺坂切り通し、龍口寺五重塔、しらす尽し料理。12時半に昼食を終え、江の島へ。海岸ではウィンドウ・サーフィンがたくさん浮んでいる。砂浜を歩いて波打ち際まで行く。貝殻が多い。江の島大橋を通って江の島へ。江の島神社前の参道はラッシュ並みの人出で賑わっている。案の定、仲間の1人Sさんがはぐれてしまった。Mさんが携帯で連絡するも繋がらない。私が探しに行くことになったが、江の島神社まで行っも見つからない。先のコッキング苑まで行かれたかと思って先へ行く。誰かに連絡しようにも公衆電話はないし、二人の待つところに戻るには長い階段を登って来たのがもったいないし、結局は先に進むことにして展望台に登ってみた。展望台からの眺めは雄大であった。太平洋まで見える。残念ながら富士山は見えない。降りるのは、階段を使ってみた。少し怖いが展望は抜群。江の島全体がよく分かる。展望台を降り、コッキング苑を出て、奥津宮に行く途中で、S氏から声を掛けられた。どこかで、S氏を追い越していたようだ。展望台にも登っていないという。二人に連絡をして、後で恋人の丘で落ち合うことにして、稚児が淵、岩屋などをS氏と二人だけで行くことにした。洞窟の中にも仏像が彫られたり、置かれたりしていた。イソヒヨドリの姿を見たが、写真には撮れなかった。きれいな色だった。再び階段を登り、奥津宮を経て恋人の丘に来たが、Mさんら二人はまだ来ていなかった。恋人の丘には鐘があり、錠前を吊るす垣根があった。再び電話して、Mさんらと落ち合い、なだらかな道を通って神社参道まで降りた。しばらく休憩後、江の電江の島駅近くでみやげものを買い、16時24分の電車で藤沢に向った。藤沢の小田急デパートでみやげ物を物色したあと、Mさんと別れ、JRで小田原に向った。小田原駅で、かまぼこのおみやげを買い、ビールを買って新幹線のホームjに行った。写真は、江の島海岸、江の島大橋入り口、江の島神社、展望灯台、展望台からの展望、岩屋道、稚児が淵、岩屋、恋人の丘の鐘ところが、発車予定時刻の18時9分になっても電車は来ない。電光掲示板で、「新横浜で人身事故があり、30分ほど遅れている」と知らせている。仕方ないので待つ。25分遅れて新幹線は到着。うまく3人描けに一緒に座ることができた。ビール、コーヒーを飲みながら、旅行の思い出話をしていると、やがて新大阪駅に着き、Sさんを別れる。Hさんとも大阪駅で別れ、自宅には、21時20分頃に到着した。現地を案内していただいたMsんのおかげで楽しい2日間を過ごすことがでした。また、このメンバーで旅行をしたいものだと思う。
2010.03.27
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今日から2日間、鎌倉・江ノ島方面へ旅行する。メンバーは俳句仲間の4人。うち3人は、朝8時13分の新幹線に乗り、現地でもう1人て合流した。北鎌倉に11時45分に着いたあと昼食。その後、東慶寺、円覚寺、明月庵、建長寺、巨福呂坂、鶴岡八幡宮、寿福寺と巡り、18時にホテルに着き、夕食。その後、鎌倉駅周辺を散策して一日目を終った。昨日までの雨が嘘のように晴れ上がり絶好のお天気となった。小田原駅での乗り換えで時間を間違え予定の電車に乗り遅れてしまったため、北鎌倉への到着が15分ほど遅れたのが唯一の失敗であった。かまくら口悦でも懐石料理は、8品が出て満足。ご飯が3回に分けて出てくるのが面白かった。東慶寺には13時に入った。桜も咲き始め、三椏をはじめいろいろな花が見られた。メジロやヒヨドリが桜の花に集まっていた。境内を往復して13時22分に出た。次は円覚寺、鎌倉五山の第二。総門、山門をくぐり、仏殿、方丈、庭園、国宝の梵鐘などを見ながら1時間ほどかけて散策した。ビャクシンの古木、ハクモクレンの花が見事であった。次の明月院には14時30分に入った。紫陽花寺で知られるそうだがまだ時期は早い。花の多い寺で、今の時期は、梅、桜、レンテンローズ、シャガなどが咲いていた。本堂の丸窓や枯山水庭園も素晴らしく、洞窟墳墓も珍しかった。次は鎌倉五山第一の建長寺。山門の大きさにびっくり。方丈の裏の庭はこじんまりしているが借景を利用して大きく見せている。ここのビャクシンの古木は幹の直径が3メートルある大木。シモクレン、桜の花もきれいだった。また、焦禅誹風五哲句碑や石塚友二の句碑なども見た。唐門が修理中だったのは残念だった。建長寺を15時45分に出て巨福呂坂切り通しというところへ行って見た。鎌倉7大切り通しの一つということだが、当時の面影はあまり残っておらず、道は行き止まりになっていた。次は、鶴岡八幡宮。先日突風で倒れた銀杏の大木は根元の部分はむき出しになっており、幹の部分は数個の切断されてそばに立てて置かれていた。牡丹園は入れなかったが、源平池のまわりの桜はすでに7分咲きできれいであった。鶴岡八幡宮を16時54分に出て、今日最後の訪問地・寿福寺へ向った。鎌倉五山の第三の格の寺。源実朝、北条政子の墓をはじめ虚子、大佛次郎の墓があるというので行ってみたが、初めは広い墓地のどこにあるのか分からなかった。運よく散歩の人が通りかかり教えてもらった。娘星野立子の墓や高浜家の墓も教えてもらった。虚子の墓は洞窟の中にあった。最後の訪問地を出て、18時少し前に鎌倉駅の近くにあるホテルに着いた。ホテルで食事を済ませ、駅周辺を散策し、Mさんを見送り、ホテルに帰り部屋でSさんと飲みなおした。Hさんは疲れたのか、すぐに眠ってしまった。写真は、かまくら口悦での懐石料理、東慶寺の梅、円覚寺の梵鐘、円覚寺のハクモクレン、明月院の本堂の丸窓、建長寺のビャクシンの古木、鶴岡八幡宮の大銀杏の倒壊跡と拝殿、鶴岡八幡宮の源平池と桜、寿福寺の虚子墓。
2010.03.26
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今日も一日中雨で、寒い日だった。明日からの旅行にそなえて、鎌倉の本を読んだり、同行者と最後の打ち合わせをしたりして過ごした。行きたいところとして、虚子の墓がある寿福寺は入れたが、新たに虚子庵というところを加えることになった。場所が分からなかったが、ネットで調べて、由比ガ浜の近くであることがわかった。食事にことでは、しらすが解禁になったので、生しらすが食べられる店をネットで探した。5軒ほど見つかった。いろいろと詰め込みすぎたかも知れないがスケジュール表はどうにか完成した。あとは、お天気がよくなってくれることを祈るのみ。明日は、朝7時半に家を出て、8時13分の新幹線に乗る予定。今日は何も写真を撮らなかったので昨日の胡蝶蘭の写真を載せる。昨日は花の回りを全部黒くしたが、今日は黒くする前の写真を示す。
2010.03.25
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今日も、雨の降る肌寒い日であった。一時図書館へ行った以外は、ずっと在宅で、旅行の本や俳句の本を読んで過ごした。旅行の本は明後日に迫った鎌倉旅行のため、予備知識を得るためのもの。鎌倉は京都や奈良と同じ古い町なので、見所がたくさんあり、とても1泊2日で見切れるものではないことがわかった。今日は、雨のため外の写真は撮らず、今、マンションのリビングルームで咲きつつある胡蝶欄の写真を示す。鉢は5~6個あり、一鉢に3株植えられてる。一株から14輪ほどの花が咲くので、全部咲くと一鉢で42輪となるのである。胡蝶蘭は、最初の一輪が咲いてから最後の14輪目が開くまで2か月ほどかかるがその間ずっとみずみずしい花びらを保っている。ただ、肥料がたりなかったり、育て方がわるいと、花の数が少なくなり、一株に10輪ほどしか花を付けなかったり、花の向きが揃わなかったりする。今年の我が家の胡蝶蘭はまさにそんな状態なので、胡蝶蘭の鉢全体の写真はお見せできない。各鉢の一輪のみを示すに留める。どの鉢の花も白い花なのだが、少しずつ違っているようである。今、こうした花が全部で60輪ほと咲いていて、甘い香りを発散させている。あと1か月くらいすれば150輪以上になるだろう。
2010.03.24
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今日は、雨の降る寒い日となった。外出をせず一日中パズル仲間Y氏から提出された問題を考えながら過ごした。その問題はこうだ。「今年は平成22年です。22は4番目の五角数です。2桁の中央で分割すると、上の桁が2、下の桁が2となり等しくなります。このように、偶数桁の五画数を中央で分割すると上の桁と下の桁が等しくなる、もっともっともっと大きな例を見つけてください。なお、n番目の五角数は、P(n)=n(3nー1)/2 で表わされます。面白い例として、P(34)=17 17、P(334)=167 167、P(3334)=1667 1667 ・・・・・があります。」P(3.....34)=16.....67 16.....67 以外に、このようにいくらでも大きな数が得られるような例を探せという問題だ。早速、U-BASICでプログラムを組んで走らせてみた結果、そのnが9桁くらいまでの数は得られたが、なかなか前記以外に規則性のある例はないように思えた。しかし、よく見てみると、P(445)のシリーズに規則性があるように思え、調べてみると確かに規則性があることがわかった。これが、出題者の意図した解であろう。早速、解をFAXで送った。下記は、題意を満足する五角数の例。今日は、外出をしなかったので写真を撮らなかったが、昨日、大川端で見かけた桜と紫木蓮、連翹・雪柳の写真を示す。
2010.03.23
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今日は、午前中は雑事でぶらぶらして過ごし、午後は今昔亭(暮しの今昔館)へ落語を聴きに行った。落語2題を聴いた後、企画展の「聴竹居」と藤井厚二展を見た。落語の出し物は、桂雀太の「代書屋」と桂出丸の「高津の冨」。どちらも何回か聴いたことがあるが、何回聴いても面白い。特に、「代書屋」は枝雀で何回も聴いたが、雀太は弟子だけあって枝雀の口調そっくりだった。ただ、枝雀は履歴書というとき巻き舌になるが、雀太はそれができなかった。その代り、親父が亡くなるときのポテっという音が上手だった。「高津の冨」もいろいろな人で聴いたが、出丸の話も面白かった。画像は、パンフレットと桂雀太、桂出丸。聴竹居というのは、最近知ったばかりだが、京都山崎にある住居で、藤井厚二(1888-1938)が、1928年に建てた自邸である。日本の気候風土に適合させると同時に、デサインも洋風モダニズムと日本の数奇屋作りを融合させたものにしている。その内部写真や模型、家具類などを展示したものである。このような理想的な建築が、80年も作られていたのに、現在はつまらない建築ばかり作られているのはなぜだろうと思った。現在の建築家は、聴竹居のことはしらないのであろうか。画像は、パンフレットと聴竹居の内部聴竹居は、山崎のアサヒビール山荘美術館の近くにある。事前に申し込めば見学が出来るそうだ。サイトは、聴竹居
2010.03.22
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今日は春分の日、彼岸の中日、例年通り墓参りに行った。昨日に続いて、黄砂の降る風の強い日だったが、雨は降らなかった。10時までに雑事を片付け、家を出て、10時30分の新快速に乗り、近江八幡には11時35分に着いた。駅前で早目の昼食を取り、12時13分の近江鉄道の電車に乗り、八日市には12時30分に着いた。先ず、従姉夫婦の家に行って挨拶やお互いの近況などの話をし、13時半に辞去1キロほど離れた墓地まで歩き墓参りをした。弟が一週間前に来て草取りや墓洗いなどをしてくれたようで、墓地はきれいだった。風が強く線香になかなか火が着かなかった。花を供え、父の好物のお酒、母の好物のぼた餅を供えた。お参りを済ませ、墓地を出たところに生えていた土筆を摘んだ。(10分ほどで200グラム強はど摘むことができた。帰宅後、そのはかま取りに1時間ほどかかった)八日市市まで戻り、14時42分の電車に乗り、近江八幡から15時10分の新快速に乗り、大阪には16時15分に着き、自宅には16時40分頃帰着した。花粉も飛んでいたと思われるが、薬を服んでいたためか、症状はひどくは無かった。ただ、頭がど~んと重い感じがするのと、本を読み始めると眠くなるのは、薬の副作用だと思われる。近江鉄道の運賃は高く、6駅17分のの距離で、片道400円、往復800円かかるのだが、今日はフリー切符の使える日で、往復550円で済んだ。フリー切符で、近江鉄道全線が乗り放題となり、彦根、米原、水口、貴生川、田賀大社などへも行けるだが、今日は、花粉症もあり、どこへも行かず、とんぼ帰りをした。画像は、近江八幡、近江鉄道のフリー切符、八日市駅、額田王の歌碑、中ノ町役場跡、御参代街道の道標、墓地、墓の前で、近江八幡で新快速あかねさす紫野行き標野行き 野守は見ずや君が袖振る 額田王
2010.03.21
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昨日、マスクをしないで外出したため、帰宅後、ひどい花粉症の症状に悩まされ、鼻詰りのため夜も十分に眠れないほとだった。朝から、耳鼻科の行きたいと思ったが10時から開くので、少し時間つぶしして10時ちょうどに着いたところ、すでに多くの先客が来ていて1時間半も待たされた。午後から、緑懇会のイベントに参加するため12時20分に家を出て、西向日には13時20分に着いた。汗ばむほどの暖かい陽気の中、向日市にある長岡宮跡、向日神社、笹部桜のルーツなどを訪ねた。花粉症の症状は、薬をのんだあとは、かなり緩和されたが、鼻水はまだ完全にはとまっていない。西向日の南にある公園に集合してインストラクターの先生方から今日の見所を聞く。ここの公園は、剪定を一切せず、樹木の伸びるままにしているのが特色だそうだ。ウバメガシの大木やナナメノキの大木があった。公園の近く長岡宮跡へ行く途中、桜のよう花が満開に咲いていたが、ここはスモモだそうだ。長岡宮跡は向日市にある。となりの長岡京市ではない。長岡京市には阪急の長岡京駅がある。長岡京市が出来るとき、隣の向日町(当時は市ではない)は、反対したそうだ。長岡宮は平安遷都の前10年だけ都がおかれたところで、現在は、公園化された狭いところに長岡宮跡の碑が残るだけとなっているが、当時は広大な条里が営まれていたそうだ。向日神社へは鳥居を抜け長い参道のなだらかな坂を登る。ここはシイの木(ツブラジイ、スダジイ)の高木が多数残っていることだ特徴。天然記念物級の樹木だそうだ。境内の祠とともに神社のご神体となっている。クスノキの大木もある。この神社の一角に、桜守として有名な笹部新太郎が桜の苗木を栽培した苗床があったのだが、道路工事でつぶされたそうだ。笹部の偉業を次世代に伝えるため、地元有志による笹部桜の顕証事業が進められたいるところを見た。笹部が開発して桜を植え、水上勤の「桜守」の文章の一部を碑に書いたりしている。会は、16時頃現地解散となり、徒歩で西向日に出、阪急で大阪には、5時半ごろ帰着した。写真は、ウバメガシの大木、ナナメの木と木の実、スモモ、長岡宮跡、向日神社の参道、向日神社本殿、ご神木と祠、笹部桜顕証事業地の桜、同(品種名不明)下記は、ビッグジョン氏のリクエストに応えて、22222の数楽を再掲したもの。
2010.03.20
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今日は、午前中は、英クロを解いたり、メールを書いたり、図書館へ行ったりして過ごし、昼前に出かけ、京都大丸へ「アート・アクアリウム」展を見に行った。京都に着いたのは13時ちょうど。目当てのレストラン(たわわ)に行ったところ待ち行列ができていて9番目だった。一応リストに名前を書いて、付近を散策していると、京都造形芸術大学の染織の作品展があり、覗いてみた。学生の作品だが立派なものがあった。下記はパンフレットからの画像。ここにはないが、ポリプロの紐にテープを巻いて網の目のように絡ませてハンモックのような物を作り、吊り下げてあったのが、面白かった。14時前にやっとレストランの席に着くことができ、先ずはビールを注文。食事、デザートを済ませると14時40分になっていた。六角堂を通って京都大丸まで歩く。15時ちょうどに着き会場に入った。「アート・アクアリウム」というものは、どんなものか全然知らず、アート水族館ということなので、水族館をテーマにした現代美術かと思っていた。ところが、入場してから驚いた。主役は生きている金魚なのである。金魚をいろいろな種類の水槽に入れて見せるというもの。金魚自体の種類も何十種となく使われていて、珍しい種も多かった。このプロデューサーは木村英智氏。画像は、パンフレットより。左:屏風水槽を背景に大金魚鉢と金魚を描いたパンフ、右:花瓶水槽、万華鏡、大金魚鉢、壁掛け水槽、屏風水槽、行灯水槽一番よかったのは屏風水槽、いわば絵が動く屏風という感じ。時折、波紋も広がり、金魚は実像と影の両方が見られる。水族館でもない、現代アートの美術展でもない、何か不思議な世界に来たような気がする展覧会だった。
2010.03.19
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今日は、午前中は、メールや読書や資料の整理など雑事で過ごし、午後からは俳句仲間と来週の迫った鎌倉旅行の話をするために集まった。鎌倉旅行について、切符の買い方、集合場所、1日目の予定(昼食場所、見学先、ホテル)、2日目の予定(見学先、昼食場所)等を決めた。次回は出発前日の25日にもう一度集まる予定。今日の画像は、最近急に咲き始めた、あるいは蕾の膨らみ始めた春の花。すべて昨日、マンションの庭で撮ったもの。桜、連翹(れんぎょう)、雪柳、椿、著莪、躑躅、陽光桜、紫木蓮、李(すもも)
2010.03.18
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今日は、午前中は、ビデオで歌劇「アイーダ」を見て、午後は、実家の庭を見に行き、夕方から市内の天然温泉へ行った。歌劇「アイーダ」はヴェルディの作曲、ビデオは1989年10月メトロポリタン歌劇場でのライブ録画である。アイーダは、凱旋行進曲くらいしか知らないし、ストーリーも登場人物も全然知らなかったが、そのためか、ストーリー展開に引き込まれるようにして見入ってしまい、2時間40分という時間を長いとは感じさせなかった。感じたことは、いろいろあるが主な点は次のとおり。1.アイーダ役ミッロのソプラノが非常にきれいであった。2.最後は悲劇に終り、どんでん返しを期待したが無駄だった。3.バレエではないのに、バレエ風のダンスが挿入されていた。4.舞台装置が大きく立派である。5.凱旋の場面は音楽と相まって迫力がある。画像はビデオのクリップより。タイトル、王女アムネリスと隊長ラダメス、アムネリスと奴隷アイーダ、アイーダとその父アモナズロ(捕虜)、アマナズロがアイーダにスパイを依頼、ラダメスがアイーダに秘密を漏らす、ラダメスに弁明をするよう懇願するアムネリス、生きたまた石棺に入れられたラダメスとアイーダ、石棺の中で抱き合う二人。次の数式は、13日の当ブログに対するビッグジョンさんのコメントの応えた2222の数楽。実家への行き帰りに大川の桜を見たが、すでに蕾が膨らみ始めていて、ビンクの花びらが覗いているものも見かけた。2~3日のうちには開花するものと思われる。その他、春の花が一騎に開き始めたようである。桜のほか、雪柳、椿、躑躅、万作、辛夷、著莪、木蓮、連翹など。
2010.03.17
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今日は、午前中は、昨日の句会のまとめを行い、午後は、ビデオで歌劇カルメンを見た。カルメンのストーリーはかすかに覚えていた程度で、オペラを見たのは多分初めてだと思う。ビデオは、1980年パリ・オペラ座でのもの。2時間40分の長いオペラであったが、次第に迫力が出て来て、最後にクライマックスを迎えるという趣向。よく聴く音楽ばかりだったが、どういう場面で歌われるのかがよく分かった。画像は、ビデオ画面より。タイトル、カルメン登場、ミカエラとドンホセ、カルメンに迫るエスカミーリョ、カルメンとドンホセ、ドンホセとエスカミーリョの決闘、ドンホセとカルメンに迫るミカエラ、カルメンとのよりを戻そうとするドンホセ、拒まれカルメンを刺す。
2010.03.16
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今日は句会の日、午前中は、句会資料のプリントをしたあと、出句する5句の選定と最後の推敲を行った。句会の成績は上出来で、先生から3句が選ばれた。しかし、他の2句はだれからも選ばれなかった。今日先生に選ばれたのは次の句。 耕しの畝くろぐろとながながと (先生ほか4票) ジーパンに模様となつて春の泥 (先生ほか3票) 蒲公英や毛馬の堤の蕪村句碑 (先生ほか2票)誰からも選ばれなかったのは次の句。 不気味だと思へば不気味目刺の目 三献の茶の寺訪ね温かし今日、先生の特選に選ばれたのは、次の句。 春泥にバランス崩す一輪車 茲子(先生特選はか1票) お松明火の粉振るたびどよめけり (先生特選)今日、一番多く票を獲得したのは先生の句だったが、生徒では次の句。 春泥に鼻緒のゆるき宿の下駄 隆司(先生ほか5票)先生の句で今日一番人気だったのは、次の句。 お松明仰ぎ見るもの仰ぎづめ 塩川雄三先生(7票)写真は梯梧の木を背景に、句会の模様。
2010.03.15
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今日は、午前中は、NHK俳句、日曜美術館を見たりしながら、午後のパズル会の準備をしテ過ごし、午後は、その関西ぱずる会の例会に参加した。今日の例会は、まず、83号の会誌編集者のH氏から編集の弁があったのち、参加者から順次発表があった。H氏はオーストラリア出張で見つけたパズルの紹介、N氏は不可能物体の作り方の本の紹介、H氏はロボテルという遊具の紹介、I氏は小町数の計算、M氏はパズル本の紹介、Y氏は新聞記事の紹介、私は、2345の数楽、2222の日と22222の日の消印コレクションの紹介などがあった。T氏の回覧物はいつもながら多種多量であった。その後、S氏から今後の宿泊例会場所のことや、会員増強の方策などの提案があった。また、今年11月で当会が設立30周年を迎えるので、何か記念行事を行うかどうかについて話し合った。写真は、回覧されたパズル、パズル関連物、パズル関係書の一部。
2010.03.14
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今日は、午前中は句会資料、パズル会資料などの準備をたり、テレビで俳句王国を見たりして過し、昼は外食、その後夕方から、大阪南港のATCサンセットホールで開催されたコンサートを聴きに行った。「低音金管:魅惑のトロンボーンとテューバ」というタイトルで、アンコール曲を入れて10曲が演奏された。トロンボーンとテューバのデュエットが2曲、ピアノとトロンボーンのデュエットが2曲、ピアノとテューバのデュエットが2曲、ピアノとトロンボーンとテューバのトリオが4曲だった。聴いたことのある曲はクライスラーの愛の歓びとサンサーンスのカヴァティーナくらいで、あとは曲名も作曲者名も知らない曲だった。その中でヘンリー・フィルモアのラッサス・トロンボーンという曲はラグタイム風の軽快で楽しい曲だった。アンコール曲は、題名を聞き逃したが、これも楽しい曲であった。(最初のボワモルティエのソナタも軽快な曲だった)どちらの金管も低音楽器で、これまでこのような低音楽器だけの曲を聴くことがなかったので、新鮮な感じで楽しむことが出来た。画像はパンフレットとコンサートの模様。トロンボーン:田中一也、テューバ:中村一広、ピアノ今中千絵
2010.03.13
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今日は、午前中は、昨日の落語資料のまとめをしたり、句会資料の挿絵を入れたりしながら過し、午後は図書館と文房具屋に行き、ファイルなどを買った。帰宅後は、2345の数楽を考えなおして、清書した。昨日オチの分からなかった「天神山」という落語をニコニコ動画で聴き直した。演者は六代目笑福亭松鶴で、昨日の桂雀三郎より聴きやすかった。オチは分かったが、昨日はこのオチを言っていなかったように思う。狐の女房が子供を置いて森へ逃げ帰るとき障子に書いた歌は、 「恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」でこれは、次の題名の歌舞伎の中に出てくる。 芦屋道満大内鏡葛の葉の子別れ という。 これをもじって、 貸家道楽大裏長屋愚図の嬶(かかあ)の子放ったらかし というのがオチ。図書館では、オペラのビデオ「アイーダ」と「カルメン」と、本「ダヴィンチの暗号を解読する」(中見利男)を借りた。2345の数楽は、2345の数字を使って0から100の数を表すもの。下に示す。
2010.03.12
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今日は、午前中は、昨日の長浜旅行の資料の整理などをして過し、午後は、俳句仲間に誘われ、「現代アート新星展」を見たあと「城北にぎわい亭」の寄席を聴きに行った。「現代アートの世界に輝く新星展」は、谷町3丁目の大阪府現代美術センターで開催されている。大阪府が現代アートの新星を発掘するプロジェクトとして障害のある人を対象に2009年に公募し、応募された791点の中から、68点が入選し、今回一堂の展示されたものである。先日、見た二期会入選の吉田美紀子画伯の教え子、赤坂淳子さん、馬場洋介氏も揃って入選を果たした。ともにメルヘンチックな仲にも力強さが感じられる作品である。他の作品も、障害を持った人の作品とは思えないような力作揃いであった。我々が見ているちょうどそのとき、橋下知事が会場を訪れた。上位入賞作品を中心に説明を受けながら、知事自身が興味を持った絵についても熱心に見入りながら質問をしていた。最後に馬場洋介の作品をじっくり見てくれたのは、彼の作品を知っている者として嬉しいことだった。知事の観覧時間は15分ほどだった。写真は、展示会のパンフレットを中心に、馬場洋介氏の作品(オペラ座のライオンキング)と赤坂淳子さんの作品(ギリシャのhana)、会場風景と橋下知事の観覧の模様。展覧会を見終わり、再び地下鉄に乗り、関目高殿で降り、「城北にぎわい亭」の会場、城北市民学習センターへ向った。15時開演の20分前に着いたが会場は7分通りの入りであった。端の方ではあるが、前から5列くらいのところに席を確保した。今日の出し物は、桂枝雀の弟子桂雀三郎一門による古典落語4題で、以下の順に演じられた。1.桂雀喜 「軽石屁」2.桂雀太 「替り目」3.桂雀三郎 「天陣山」4.桂雀五郎 「ねずみ」30分ずつの4題、途中休憩なしで聴いたが、いずれも上手な話振りで、あっという間に時間が経ったように感じた。雀三郎は流石、枝雀の直弟子、語り口にしばしば枝雀を思わせるところが見られた。写真は、パンフレット(左)とプログラム(右)、会場の様子、演芸中の雀喜、雀太、雀三郎、雀五郎。寄席が終ったあと、都島の「すし中」に立ち寄り、造り、天麩羅、寿司を当てにビールを飲みながら、楽しかった一日の最後を締めくくった。トロ、エンガワ、タイ、カニ、タコ、エビ、イカ、キスなどここの魚はいつ来ても新鮮で美味しく、堪能した。ついついビールも進んだ。
2010.03.11
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今日は、ジパング倶楽部の企画で「石田三成生誕の地 長浜石田町をゆく」というイベントに参加した。寒の戻りとなり、ときおり雨も降る生憎のお天気だったが、充実した内容に満足した一日だった。朝7時54分大阪発の新快速に乗り、長浜には9時20分に着いた。集合場所の彦根歴史博物館に着いたのは9時半。ここで、約1時間展示物を自由観覧した。2階では、「湖北のあけぼの」として、土器や埴輪、石器など、特別陳列として「現れた水辺の神社ー塩津港遺跡を探る」として儀式用呪具、木簡など、「信仰と宗教文化」として古い絵図など、「秀吉と長浜」として、人物の肖像画、書状、兜、絵巻などの展示があった。3階では、「姫様の雛人形」として雛人形7点のほか、砂千代姫の婚礼調度20点、「国友鉄砲鍛冶と一貫斎」として、火縄銃などが展示されていた。また、5階展望室からは、琵琶湖をはじめ長浜市街が一望できた。自由観覧のあと、博物館学芸員の方から、「石田三成」についての話を1時間聴いた。三成の生地石田町のこと、三成の業績、関ケ原合戦の布陣、敗戦後の逃亡経路、石田町に伝わる秘話などスライドを見ながら興味深く聴いた。近くの料亭「浜湖月」にて昼食後、バスで石田町に向った。バスでは地元ボランティアガイドの方の説明で、車窓の説明を受けた。20分ほどで石田町に着いた。三成生誕の地に建てられた石田会館で、木下館長から館の展示物の説明と毎年の三成忌法要(11月6日)のことなどを聴いた。三成に関する文書、図、写真などを多数見ることができた。続いて、近くの八幡神社の境内奥にある三成供養塔と和歌碑を訪ねた。供養塔は昭和16年になって掘り出されたものだそうだ。再びバスに乗り大原観音寺に向った。鷹狩り帰りの秀吉に三献の茶を献じたとの伝承が残る寺である。付近には茶のための水を汲んだ井戸も残っていた。長浜歴史博物館、石田会館前の三成像、木下館長、三成供養塔*、三成の自筆歌*、三成の辞世歌*、三成水汲みの井戸、三成が三献の茶を献じた観音寺、秀吉と三成の像歌は、 散り残る紅葉はことにいとおしき秋の名残はこればかりぞと 筑摩江や芦間に灯すかがり火とともに消えゆくわが身なりけり三成関連の見学は以上で終り、2時50分にバスは長浜の黒壁エリアに着いた。ここから又別の地元ボランティアガイドの方に説明説明を受けながら、大通寺、曳山会館、鉄道スクエアなどを順次見学したあと、最後に景雲館の盆梅を見た。大通寺は大きな寺で、開催されていた馬酔木展は、鉢植の馬酔木を100鉢以上並べて展示いしたもので、珍しかった。また、慶雲館の盆梅は今年2回目の観賞だが、1か月前に見たときの梅は殆どなく、全部が違う盆に変わっていた。こんな大きな盆梅を夜の間に入れ替えるのは大変なことだろうと思った。長浜発17時6分の新快速に乗り、18じ43分に大阪に着いた。今回のイベントも地元ボランティアガイドの方々に大変お世話になった一日であった。また、同行者の中に彦根のボランティアガイドの方もおられ、彦根での三成の話をしていただいたのもよかった。大通寺本堂、大通寺の馬酔木盆栽展、大通寺の庭、鉄道スクエア、同外観、浮世絵展、慶雲館の盆梅(仁義)、盆梅(左の字は清水寺清範貫主の筆「慶梅」)、盆梅(春泥の大手に月の出たりけり 月斗)*3枚の写真は、下記のサイトからお借りしました。「ぶらり重兵衛の歴史探訪」http://www.geocities.jp/bane2161/index.html
2010.03.10
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今日は、午前中は、昨日の句会のまとめを行い、午後からは、わいわいパソコンの例会に参加した。そのあとは恒例により有志だけの飲み会となった。今日のわいわいパソコンは雨と寒さのせいか欠席者が多く、参加者7名だった。今日のテーマはワードで絵を画く勉強で、見本のお雛様をワードのオートシェイプを使って画いた。出来上がった絵を見たとき、こんなきれいな絵がワードで画けるのかと思ったが、Sさんが配布されたテキストの通りに作業すると、2時間ほどで皆んな立派な絵を完成させることができた。いつもは、わいわいがやがやと騒々しい例会だが、今日はみんな真剣にパソコンに向い、静かな例会であった。この絵を作るために、ワードのいろいろな機能を使うので、ただ、絵が完成したというだけでなく、大変勉強になった。指導のSさんに感謝。写真は、完成したお雛様(額縁をつける前とつけた後)、飲み会の模様。
2010.03.09
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今日は句会の日。いつもなら、出句する5句の選定を最後の推敲をするのだが、鎌倉旅行のたまの調べ物などをしていて十分な推敲ができないまま句会に臨んだ。句会の前に、仲間有志と鎌倉旅行の計画を詰めた。句会の結果はまあまあだった。先生から2句選ばれ、他の3句は、仲間からも一人も選ばれなかった。先生に選ばれたのは次の句。 青空に黒点となり揚雲雀 (先生ほか2票) 上下左右仕来り通り雛飾る (先生ほか2票)誰からも選ばれなかったのは、次の句。 夫婦して迎ふる古希や春炬燵 せせらぎの淀みに憩ふ落椿 春雷にハイビジョンから目を反らす 今日先生の特選に選ばれたのは次の句。 ◎雲雀落ち草に紛れてしまひけり 哲子(先生特選ほか3票) ◎自づから妻の座のあり春炬燵 昇一(先生特選ほか2票)今日、最高得票を得たのは次の句。 残されて独りに広き春炬燵 愛子(5票)先生の句で今日一番人気だったのは次の句。 前山もその奥山も笑ひたり 塩川雄三先生(6票)写真は、天満宮の梅をバックに句会の模様。
2010.03.08
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今日は、午前中は、NHK俳句、日曜美術館などを見て過し、昼前から、OMMビルで開催された「第23回関西スタンプショウ」を見に行った。帰宅後は、テレビをみながら、句会資料のプリントをしたり、鎌倉のホテルを探したりした。「関西スタンプショウ」には、企画展示7点、招待展示7点、支部選抜作品29点と多数のリーフが展示され一通り見て廻るだけでも、十分に見応えがある。招待展示作品は、作成の説明があり、2人の出展者から、それぞれの作品の説明を聴いた。一人目は、茨城県の大沢氏の視覚障害をテーマとした作品で、5フレームから構成されている。内容は、視覚障害の原因、視覚障害教育の歴史、点字と学習支援、アクセスビリティ、視覚障害者の支援と社会活動の5つに分けられ、関連切手が整理されていた。2人目は、兵庫県の赤塚氏の産業図案切手をテーマとした作品で、1948年から数年に亘って発行された普通切手を、未使用のブロック、使用済、封筒付き使用例(エンタイア)などが8フレームにわたって整理されていた。当時の500円切手の未使用4枚ブロックなど、超高価なものや、珍しい使用例など、話術もうまくコレクションの素晴らしさにひきつけられた。その他の作品では、文化人切手、国宝切手、源氏物語の切手、フクロウの切手、美術切手、花の切手、帆船切手、薬草の切手、民族衣装の切手、恐竜の切手、猫の切手等々、収集者の好みがにじみ出たものばかりで、楽しいコレクションであった。写真は、会場受付付近、展示フレーム、同、説明をする大沢氏、同赤塚氏、展示品リスト、記念タトウ、記念はがき(部分)
2010.03.07
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今日は、午前中は2345の数楽と考え、昼前から京都に出かけ、京都文化博物館で開催されている「古代カルタゴとローマ展」と京都高島屋で開催されている「山本丘人展」を見に行った。「古代カルタゴとローマ展」は、今から2800年前にフェニキア人によって建設されたカルタゴ(現在のチュニジア)の盛衰とともに育まれて文化遺産と展示・紹介したもので、紀元前800年から、紀元4世紀くらいまでの作品160点が展示されていた。展示は、2部に分かれていて、第1部は地中海の女王カルタゴ と題して、紀元前8世紀から、紀元2世紀頃までの作品約100点、第2部はローマに生きるカルタゴ と題して、紀元4世紀くらいまでの作品約60点、が展示されていた。会場は4階と3階に分かれ、4階には、第1部の100点と第2部の45点、3階には第2部の15点が展示されていた。会場の広さは、4階も3階もほぼ同じなので、3階には大作が展示されていることがわかるだろう。その大作がモザイク画と呼ばれるものだ。カルタゴでは、日本の縄文時代に、エジプト文明の影響を受けて高度な技術を使った品物が作られていたことがわかる。青銅製のマスク、石碑、ペンダント、小像、壷、瓶、哺乳瓶、胸像、鈴、ネックレス、イヤリング、コインなど、中では圧巻は石棺の蓋で有翼女性神官の像が彫刻されたものだった。カルタゴは紀元前2世紀にローマ軍に敗れ滅亡するが、3世紀になってローマにカルタゴを再生する。第2部では、ヴィーナス像、ヴィーナスの頭部、マルクス・アウレリウス帝の像頭部など大理石の作品やランプなどが展示されていた。そして、3階に下りると大きなモザイク画15点がされていた。モザイク画というのは、いろいろな色の石をさいころ状に切り、それを地面や壁に埋め込んで描いた絵である。遠くから見ると筆で描いたように見えるが、膨大な数の石をはめ込んであるのである。どの作品も見応えがあったが、このような絵は当時はどこの家でも作られていたのだそうだ。画像は、パンフレットより。薔薇のつぼみを捲く女性(5C)、ライオン像(1-2C)、ヴィーナス像頭部(2-3C)、コイン(-3C)、ネックレスとイヤリング(-6C)、鎧(-3-2C)、有翼女性神官の石棺蓋(-3C)、メドゥーサ(3C)。文化博物館を出て、高島屋の「山本丘人展」へ向った。今日は、2時から、日本画家の上村淳之氏のギャラリートークがあり、それを聴いたあと作品を見て廻った。山本丘人(1900-1986)は、日本の風景を愛した日本画家で、日本の風景を愛し、後年にはその風景に和服の女性を小さく配置した絵を多く書いている。戦後の日本画壇に反旗を翻し、上村松篁らとともに創造美術という結社を設立した、日本画の改革に力を尽した。展示は、次の3部門に分かれ、60点の絵とアトリエの復元が付くられていた。1章 1920年~1950年2章 1951年~1966年3章 1967年~1984年完成画を並べて、大下絵という絵が展示されていたのも面白いと思った。同じ大きさで書かれているのだが、大下絵は水墨画のような感じである。画像は、パンフレットより。地上風韻(部分1975)、婦女坐像(1922)、公園の初夏(1928)、海巌(1965)、満月夜(1963)、残春(1971)、夕陽(1968)
2010.03.06
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今日は、午前中は、鎌倉のホテル探し、俳句作りなどで過し、午後から、大阪市内にある天然温泉へ行った。本物の天然温泉で硫黄の匂いがし、湯の華も浮いていた。溢れた湯はすべて排水し、再使用や循環は一切していないそうだ。浴場内も明るく露天風呂も大きく、浴槽も大小7個ほどあった。大阪市内にこんないい天然温泉があるとは驚いた。いろいろな浴槽に入ったり打たせ湯に打たれたりしながらゆっくりと時間を過した。自宅から約1時間ほどで行けるこの温泉、初めて行ったのだが、癖になりそう。今日は、平日で比較的空いていたが、土日は多いそうだ。4年前のオープンだそうだが、今まで知らなかった。でも、あまり知られないままであって欲しい。画像は、パンフレットより。赤釜風呂、露天風呂、内風呂(大風呂)、サウナ、陶器風呂(五右衛門風呂風)、座り湯、岩くりぬき風呂、水風呂、樽風呂
2010.03.05
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今日は、午前中は、メールの返事、俳句作りなど雑事でつぶし、午後からは、俳句の仲間と、三月末に予定している鎌倉旅行の計画を立てた。一泊2日で、一応の旅程ができた。あとは、参加人員を募り、ホテルを予約するだけ。旅行というのは、計画を立てること自体も楽しいものだ。今日は、写真を撮らなかったので、鎌倉観光のサイトからの画像を載せる。左上から、北鎌倉駅、鶴岡八幡宮、建長寺、瑞泉寺、鎌倉駅、江ノ電、大仏、江ノ島、湘南海岸
2010.03.04
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今日は、午前中は、「れる」用法の調査、2345の数楽などを考え、昼前から、北税務署、大阪中央郵便局、中央図書館、富士フィルムサービスセンターなどへ行き、午後は、大阪府現代美術センターへ現代アートの展覧会を見に行き、帰宅後は、ビデオで笑福亭松鶴の落語とバレエ「くるみ割り人形」を見た。現代美術センターでは、「カリン・ピサリコヴァ」のアートの展示があった。彼女は、吉原治良賞記念アート・プロジェクトとして、29名の応募者の中から選ばれたチェコの作家。関西一円を廻ってそのイメージから造形した作品が、展示されていた。写真、映写、置物など奇抜な作品が並んでいた。(写真は不可だったので紹介はできない)吉原治良賞は、吉原の現代アートの灯を継承・発展させるため1980年から始まったもので、別の会場に、暦年の吉原治良賞のポスター、応募作品の写真集などが展示されていた。笑福亭松鶴の落語は、「高津冨くじ」と「らくだ」の2題。前者はくじが当っているのに見比べても気が付かないところ、後者は、使い走りさせられていた古物屋が酒が入ったら、逆に仕切り屋になるところが面白い。喋りのテンポは遅いが、アジは抜群。松鶴も3歳から酒を飲んだ酒豪だ。バレエ「くるみ割り人形」を初めて見た。曲はいろいろあるがどれもよく聴く親しみ易いものばかり。しかし、その曲にバレエの振りが付いていて楽しい。民族舞踊もいろいろ取り入れられている。バレエでは、男が女を軽々と頭上にまで持ち上げているのが、すごいと思う。
2010.03.03
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今日は、朝のうちは、2222の数楽の訂正など雑用のあと、「ポセイドン・アドベンチャー」を見て、午後から、オベラ「リゴレット」とバレエ「ロメオとジュリエット」を見た。今日も、一日中、ほとんど在宅だった。「ポセイドン・アドベンチャー」一度見たのだが、ビデオ屋に今日返す日なので、返す前にもう一度見たのだ。3時間たっぷりの映画だが、2回目のためストーリーはよくわかったものの、感動はあまり無かった。こういう映画は劇場で見るべきものなのだろう。画像は、関連サイトより。レンタルビデオ屋に返却に行ったあと、次に、図書館で借りたオペラ「リゴレット」を見た、2時間ものだ。初めて見たが、最後はハッピーエンドかと思ったが悲劇だった。有名な「女心の歌」を始めてオペラの中で聴いた。次に、同じく図書館で借りたバレエで「ロミオとジュリエット」を見た。ボリショイバレエ団の1954年録画だった。こちらは、ストーリーは分かっているので、分かりやすく見ることができた。最後に死んだジュリエットを抱きかかえて踊るロミオに新鮮な悲しさを覚えた。画像は、ビデオキャプチャーより、タイトルと最後の場面(リゴレットとジルダ)。
2010.03.02
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今日は、一日中在宅で、午前中は、2222の数楽の修正をしたり、確定申告の作成をしたり、オリンピックの閉会式を見たりしながら過し、午後は、ビデオで映画「ネバーランド」と「ピーターパン」を見た。確定申告は、毎年のことだが申告をすれば収めすぎた税金が返ってくるというので、作成しているが、次第に面倒になり始めている。電子申告をすれば5000円上乗せ還付されるということであるが、過去何回か、折角画面上で作成しても、送付ができなくて無駄骨を折った経験があるので、二度と電子申告はしないことに決めている。「ピーターパン」は子供の頃に読んだだけだが、空を飛ぶこと以外あまりよく覚えていない。レンタルビデオで借りた「ネバーランド」を見たあと、ニコニコ動画で「ビーターパン」を見た。「ビーターパン」は、イギリスの劇作家バリーが書いた童話劇であるが、「ネバーランド」はそのバリーを主人公にして「ピーターパン」が書かれた状況を映画化したもの。両方を見て、ウェンディの家庭とバリーが見た家庭が似ていることがよくわかった。「ピーターパン」は、2003年のアメリカ・イギリス映画。ピーターパンとウェンディの恋を描く。フック船長とウェンディの父親とは、同じ男優が演じるよう作者バりーが指定しているそうだ。性格は正反対であるのに。画像は関連サイトより。「ネバーランド」は、2004年のイギリス映画。「ピーターパン」構想のきっかけはある子供ピーターとの出会いから始まる。売れない作家だったバリーを一躍有名にした端緒は、ピーターだったのだ。「ピーターパン」は童話だが、「ネバーランド」は現実の生活を描いていて結末も悲劇である。画像は関連サイトより。なお、ディズニーの1953年のアニメが2007年にDVDにリメイクされているが、これはU-Tubeで見られる。77分の作品。
2010.03.01
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