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龍年2012~巳年2013へ ムックきのこクラブの奈良公園納め探訪会の際に見染めた蛇灯籠 菩薩於定位 観影唯是心義想既滅除 審観唯自想如是住内心 知所取非有次能取亦無 後触無所得 無著教授頌より ぼさつは定位において 影(よう)は是れ心と観ず義の想 既に滅除し つぶさに唯だ自らの想なりと観ず是の如く内心に住し 所取(認識されるもの・客観)は有に非ずと次の能取(認識するもの・主観)も亦た無なりと知り 後に無所得にふれる ゆく年くる年 贈る言葉 きのこは、唯識でいうところの一切不離識 唯識無境(すべては心の中にある。心を離れてはものは存在しない) という認識から空(くう)への道筋を指し示しすかのように空の蒼、森の緑にも染まずに今日も薄膜一枚隔てた身ほとりの風景に溶け込んで佇んでいる。
2012年12月31日
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玄奘三蔵が訳した『瑜伽師地論』や『成唯識論』に基づいて、彼の弟子の慈恩大師・窺基(きき)が開いた宗派が法相宗で、この法相宗の教理が唯識思想で、奈良時代に河内の船氏出身の百済渡来人・道昭が唐に留学し、玄奘三蔵から学んで661(斉明7)年にわが国に伝えたのが初伝である。 この唯識思想は仏教のものの見方の基本中の基本で、僕はその本質的な部分を生涯唯一の師である柴犬ハ―フの美しいクロちゃんと17年一緒に過ごすうちに学んだ。そしてその思いはクロちゃん亡き後、端山の旅の途中で突然きのこと出会って決定的なものとなった。 法相宗を伝えた道昭は、王辰爾(じんに)の子孫で飛鳥寺の南隅に禅院を建て後進を指導、そして唯識のメインテーマである菩薩行に基づき各地のため池、井戸掘り、渡し開設、架橋など社会事業の道を拓いた。その弟子に当たるのが行基である。 この『瑜伽師地論(ゆがしじろん)』は紀元後3~4世紀にインドに於いて創作されたもので、中国の三蔵は7世紀にこの旧訳に当たる『十七地経(じゅうしちじきょう)』の本意を正すためにサンスクリット原本を求めて国禁を犯してインドへ求法の旅に赴いたとされています。この『瑜伽師地論』は、漢訳でも百卷にも及ぶ膨大なもので単に大乗仏教の教えが唯識瑜伽行派の立場から説かれているだけでなく、それまでの部派仏教の思想、仏教以外の諸派の教理、さらにはインド文化の諸相までを網羅した当時第一級の百科全書というべきものだったようです。<横山紘一著の『やさしい唯識』より> 僕の事業の協力者に不東庵の号を用いる人物がいますが、不東とは玄奘三蔵のインドにたどりつくまでは決して東、すなわち中国には帰らないという厳しい気構えを述べたものだったようです。しかし、この孫悟空でおなじみの三蔵法師は、とても凄い精神力の持ち主だったようで、行く先々の国王から歓迎されそれぞれに深い感銘を与え、17年をかけてこの経典をはじめとする当時の最新の思想書の数々を中国にもたらしたのみならず、帰国後から入滅までの19年に亘り75部1335巻にもおよぶ経論を極めて精緻な漢語に訳したことでも知られています。 僕は、幼少期より山の生活、山林修行者にあこがれ、仏教に魅せられ出家しようとまで思った中学時代、そして神の問題から一転してジャズとフランス実存主義にぞっこんだった高校・大学時代と、その間に中途半端につちかってきた雑学が、きのこと出会って急速に収斂し、近年にいたって再び唯識という見事な人間存在の深淵をとらえたものの見方・考え方に出会い、これらの諸々の知見と体験を自然と都市生活のバランスの問題としてとらえなおし、その両義的なシンボル・きのこを通して21世紀の地球人の宗教を超え、一切の差別を超えた新しい生き方をアートとして提言する運動を展開したいと切望しています。その具体的な事業体こそがきのこシアター構想だということで、巳年の次春からは徐々に鮮明になってきたその目標に向かってイノブタ生まれの僕の蛇行の日々がはじまりそうです。 来年の巳年にちなんでこの夏、甘樫の丘で出会ったヘビキノコモドキ
2012年12月30日
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営業日 金曜日 2:00~6:00(ロシア料理) 日曜日11:00~6:00(キノコ料理)キノコグッズ、ギャラリーコレクション 放出バザー[サロン]1月6日(日) 新年オープン 10日(木) 貸し切り11日(金)6:00~ 第99回不思議なお茶の会 会費1,500円「モスクワ大学で過ごした6年間」 ゲスト 菊地由希子12日(土)2:00~ 第16回「ロシア学ことはじめ」講座 参加費1,500円(茶菓付)「明治初期のロシア文学翻訳--『恋愛』の輸入をめぐって」講師 ヨコタ村上孝之(大阪大学言語文化研究科准教授、専門「日露比較文学」、著書『色男の研究』角川学芸出版 ほか) 4:00~交流会 会費1,000円18日、25日(金)6:30~ リーザさんのロシア語会話クラス 会費2,000円20日(日)4:00~ 第67回DVDでシネマを楽しむ会 参加費1,500円『ククーシュカ』(2002年、ロシア) 監督 アレクサンドル・ロゴシュキン26日(土)5:00~ 第20回「映画で学ぶロシア語とロシア文化」 お茶代500円«Палата No.6» 2009年、カレン・シャフナザーロフ監督字幕なし、説明あり17日、31日(木)3::00よりウクレレ教室があります。木曜サロンはお休みです。2月2日(土)3:00~ リーザのロシア料理教室 参加費2,000円(要申込)3日(日)4:00 第68回DVDでシネマを楽しむ会 参加費1,500円『ウイグルからきた少年』(2008年、日本、ロシア、カザフスタン)8日、15日(金)6:30~ ロシア語会話クラス 会費2,000円9日(土)2:00 第17回「ロシア学ことはじめ」講座 参加費1,500円(茶菓付)「ロシア語をはじめてみませんか、音読学習のすすめ」講師 三浦由香利(神戸市外国語大学ほか非常勤講師、専門「ロシア語学、異言語教育」、共書『授業づくりハンドブック ロシア語』大阪大学出版会) 11日(月、祝)3:00~特別企画「無声映画を楽しむ会」参加費1,000円 定員15名『浮草物語』(1933年、監督 小津安二郎)活動弁士 ひさご亭遊花(京都にて朗読、講談師として活動中)5:00より弁士を囲んで食事会をおこないます(会費1,500円)。17日(日) 4:00~「簡単なキノコ・クッキング教室」 参加費2,000円 要申込23日(土)2:00~ 第18回「ロシア学ことはじめ」講座 参加費1,500円(茶菓付)「漂流民ゴンザが残したもの」講師 輿水則子(『新スラヴ・日本語辞典』ナウカ、『日本語の探究--限りなきことばの知恵--』北斗書房 編集協力者)4:00~ 交流会(会費1,000円)7日、21日(木)3:00よりウクレレ教室があります。木曜サロンはお休みです。Tel/Fax 078-802-2339 kobekinoko.exblog.jp
2012年12月29日
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高山寺の仏足石 仕事納めの28日は、早朝目覚めた時は曇り空だったが、10時前にはらりはらりと天から降ってきたのは雪。小一時間降り、それはやがて雨に変った。心残りの仕事を手際良く汗だくになって済ませ雨の望月を探しながらこの一年の御礼に替えて友人と食事に。うまく時間が合ったのでシネ・ピピアの久保田真琴の古謡採集旅行記「ザ・スケッチ・オヴ・ザ・ミャーク」を鑑賞することも出来た。ヌーボーの影山氏も偶然来合わせていて、ひづるさんからおいしいコーヒーをご馳走になってから100分強の映画を鑑賞した。 藤原新也の『全東洋街道』は小アジアからシルクロードを逆に歩いて、高野山に至る旅だが、久保田真琴の宮古の古謡採集の旅は熊野にはじまり、熊野へ還ることで終わる。すでに、神との交流を媒介する歌謡の担い手は高齢者ばかりとなり、この文化遺産の継承者はいない。この宮古島の古謡伝承の困難さと言い、前座で耳にはさんだシネ・ピピアの文化防衛の存亡を賭けた運動と言い、21世紀はグローバル世界に塗りつぶされて行くこの地球上で、ローカルな文化のかけがえのなさをどう対置させていくかが火急の課題となって久しい。僕の友人たちはそれぞれの得意とする分野で消耗しつつも孤軍奮闘しているのはご同慶の至りだが、これらローカルな文化にかかわる人たちの試行の数々を現代性という観点からきのこ好きな人たちを中心にスマートに再編しようと考えてプランニングをはじめたのが「きのこシアター構想」だ。僕の30年近いきのこの彼方に見え隠れしてきたものを具体化するこの事業にとって、宮古島伝承歌素描というべきドキュメンタリー映画は、僕が「きのこをメジャーに」と働きかける度に立ちふさがってきた厚い壁そのもので、マイナーなもの、古風なもの、ローカルなものを伝え、かつメジャーにする(すなわちペイできる状態にもっていく)ために必要な何かがあらかじめ決定的に喪われているのだ。その何かとは、とりわけたのみとする担い手の問題がもっとも大きい。不易と流行という感覚のバランスが、自己愛とこだわりのために極度に崩れてしまっているのだ。 僕が単なるきのこ屋さんと袂を分かったのもまったく同様の事情からだ。25年以上も前からすでに僕の中ではきのこは単にインデックス(指標)でしかなかったが、僕の息のかかっている周辺の人たちでさえそんな基本の基本が理解できず、当時は気がつくまで待とうと思ってきた。 しかし、この5年余りの間に僕の周辺のさまざまな分野で文化を伝えることに重きを置いてきた人たちの活動が次々とひねりつぶされ、かろうじて命脈を保っている仲間たちも風前の灯火の状態が続いているのを目の当たりにしていると、このような文化総体の危機的状況があからさまになってきた現在ではもう待ってはいられないと感じはじめた。25年待って育たないものは、とりあえず切るほかはないと考えた次第だ。 そして、きのこそのものではなく、きのことの積極的な対話を通して自己の明滅する命をしっかりと見つめて行く人たちとともにささやかではあっても新しい文化の形を模索していこうと決意して2年が経とうとしている。 非権力、無名のきのこは、そのトレードマークゆえに輝く存在である。そんなきのこに秘めやかな愛情を感じている人たちこそが僕の友人だ。 そんなきのこ同様の僕ら、あせっても仕方ないが、少なくともちょっと背伸びの日々を精一杯背伸びして残る余生をあらがいTHROUGH THE KINOKO(T・T・K)の新しい世界への道筋を整えなければならない。この日の仕事納めのアフター・ファイヴはそのために残しておいたものだ。 厚い雲の向こうに雨月の十五夜を感じながら、この1年を振り返ってみたが、そんな意味でも、今年はジャンアント・ステップに等しい足跡を止め得た。お世話になったあの人、この人に、いくら感謝してもし切れない思いがしている。
2012年12月28日
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普茶きのこの小夜更けてはじまったトーク(闘句)ショウ。各自琴線にふれる作品3句と特選1句の計4句を選び、マダラの披講(ひこう)で自句が選ばれたら名乗りをあげる要領で手際よく進められた。生まれて初めて短詩をつくるという人が殆どだったが、初心とは思えぬ作品が頻出して多少なりとも心得のある者たちを驚かせた。高点順に作品を以下に紹介する。ハチャメチャの茶会の果ての苦界入り マダラ茶のかおり風のオカリナセピアの冬 存子茶の中にきのこの花咲く年の暮れ 恵子あんな茶こんな茶地球の香りが立ち込めて 輝彦お茶にしょう! 日常からの非常口 俊美台ふきがブラックホールに吸い込まれ 和美冬しぐれ茶人のお手前ジンとせり 存子 茶飯にぎり 奥村彪生さんの松花堂弁当 カフェインもとどかぬ脳の夕べかな 一哉信太森落葉かおるタカノツメ 道博とんび舞うグレコの空や暮茶会 輝彦円相を描きて茶飲む夢幻境 博子土の香に忘れた童心よみがえる みゆき独楽づくり作り手に似て軸がぶれ 友亮 バター茶でいやが上にも盛り上がる普茶きのこ人と人お茶がつないだ世界旅行 存子 紫のスミレ咲いてる冬至かな 輝彦木枯らしにマネキンかたまるノイローゼ 一哉年の瀬にきのこに集う余裕哉 康昌新たなる出会いは偶然か必然かミクロからひろがるマクロの世界 亜紀子竹節茶節重ねたりつごもりに 道博冬の月飲茶の旅の途上にて マダラ霜月のまち吹きすさぶ小夜嵐 雪雄飲みくらべ句会を茶かすことなかれ 康昌美味な茶も講釈すぎるとまずくなる 和美不思議な茶会世界各地に想いを馳せる年の暮れ 草子 みゆきさんの句の土の香りのしたウーロン茶 鯛の玉子巻と平目の昆布巻
2012年12月24日
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普茶きのこのすすめの仕掛け人佐田俊美さんとガッキ―ちゃん。感謝・感謝です。 午後3時。「マジックマッシュルームの酩酊作用は期待感がなければ成立しない。アルコールやドラッグなどの精製されたものは、そのかぎりにあらず。ナチュラルハイの原点は喫茶である。」との意味深長なマダラーノフの挨拶によりスタート。 まず、ムジカの推薦の紅茶3種(アッサム・ウヴァ・サバラガムア)にはじまり、インドのバジル・トゥルシ―、中国茶yaó zhú zhú jié chá、 雲南のプ―アール茶2種、逝江省の緑茶(高山茶・有里山)、煎じると大輪のジャスミンの花が咲くジャスミン茶、バター茶、ほうじ茶、京番茶、アフリカのハイビスカス茶、高知の碁石茶の15種、と極めつけは澤山さん持参のネズミモチ茶(女貞)。 茶菓は井上さん持参の自生の鬼ぐるみ、ガッキ―ちゃんの手づくりの焼き菓子、前田さんのチョコチーズケーキ、宝塚は山本の銘菓「金覆輪」、山口県・光市の銘菓「鼓の海」、チェサピークのフランス菓子、叶匠壽庵の高級あずき菓子。 めしは佐田さん手づくりの茶飯にぎり、コーヒー飯にぎり、彪生さん秘伝の茶飯と3種、大江くんの熊野古道・中辺道の茶がゆ、奥村彪生さんの松花堂弁当3種。ガッキ―ちゃん再現のネパール・バター茶にはったい粉、粉末チーズを入れて練ってたべるバター茶めし。奈良・山崎屋の鰹節ごぼうと池上博子さん持参の京の高名な料亭の平目の昆布と鯛の玉子巻、手製のシイタケ煮。 最後は澤山輝彦さん開発の抹茶にジンを入れる和風スクリュードライヴァー、銘打って「茶人」。 ここまで究めて日本茶と自家焙煎で飲むコーヒとコピー・ルワックまで遂に辿りつけず。 猿澤恵子さんのワークショップはシャンペンの蓋利用のきのこ独楽制作。 西村存子さんの賢治詩朗読は『春と修羅』「序文」と「白い鳥」。 澤山輝彦さんのオカリナ演奏はラテンの「ラ・パロマ」「グラナダ」「トセルリのセレナーデ」「I can't stop loving you」などなど。 ここではるばる山口県から駈けつけたあきこさんは最終新幹線に乗るため退場。そして茶々に酩酊しまくった面々に「さてこれから句会をはじめますので」とのマダラ―ノフの電撃発言で一瞬水を打ったように座が静まり返ったのも束の間、全員物おじせず、果敢に挑戦。 そして延々午後10時過ぎまで、茶会は続きそれぞれ帰りたくないなと思いつつのお開きとなりました。
2012年12月23日
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15名のかけがえのない友たちの織りなす普茶きのこマンダラ 出会いがしらの一瞥で、その人のポテンシャルな可能性を感じることが多い僕にとって、現前する人物の現在から未来までが透けてみえる人というのはすれ違った瞬間からすでに過去の人となっている。しかし、出会いのはじめから現在にいたるまで、一寸先も見通せない人というのが、稀にある。そんな人が僕にとっての唯一の宝ものなのだ。そんな盟友をきのこを知り染めて以来数名得た。ところが、僕が昨年末の冬至に決意してネクスト・ステージへと旋回をはじめてまもなく、佐田さんや猿澤さんのお蔭で僕のまわりにはにわかにそんな超個性的な人たちが集まってきた。これはうれしいかぎりのことである。そんな年齢を超えた僕の心からの友人たちと気ままな茶会をやろうと声をかけて実現したのが冬至すぎの23日のギャラリーきのこでの普茶きのこの会である。ここに集った人たちというのは、自身の非力さを熟知していて、それでも常にちょっと背伸びを忘れない(肩書、役職とは無縁の)庶民であること、そしてきのこ大好きでしかも夫々何かに一途であることが共通しているだけのつながりなのだ。咋年末から僕の中でひそかに厳とスタートを切った<きのこシアター構想>は、こんな不揃いのきのこそのものの人たちの夫々のドラマを、共同事業として実生活の中で実現させたい一心で練り上げたものなのだ。 一見、無責任なプロジェクトと世狎れた人たちは思うだろうが、僕はそんな打算が入れば立ちどころに潰え去る無軌道なアートイベントをこれまでの20年間に亘ってわずかな資金で200%面白く実現してきた。 しかし、今回のこのプロジェクトの「経済活動とはまったく無縁のアートが世界を救う」というと、ハイパー資本主義のグローバル化一辺倒の世界ではまったく意味をなさないかに見えるのは致し方ない。こんなアイデアを滑り込ませるニッチはすでにないと誰もが考えるからだ。 しかし、金も銅も不如意だった奈良期に東大寺大仏をつくったことに比べればはるかにたやすいこととは思わないか?。しかも、東大寺ビルシャナ仏は千数百年以上の歳月を経て、三度破壊され、破壊されるたびに再建されて現前する。おまけに、この大仏は経済活動と同等の心のグローバル化を目指したものだった。僕が東大寺初代別当となった優婆塞・良弁に注目するのもここらあたりに関心があるからだ。 僕がこの10年かけてやろうとしていることは、これまでの集大成だが、民芸のアートでペイできるかどうかに重点を置いた点が従来とは異なる。当然日本キノコ協会で実現してきたことの焼き直しをするつもりはさらさらない。僕たちに必要なのはきのこではなく、きのこ的なものが大好きという人財なのだ。 きのこシアター構想では、きのこが好きという人たちが集まって協力しあい、きのこアイコンを表現するのではなく、不揃いのきのこたちがそれぞれの生活プランをアートで実現することが目的なのだ。きのこ大好きな人たちの生活共同体、事業共同体がそっくりそのままシアターなのである。 <きのこをメジャーに>、かってのメンバーらが矮小化してしか理解できなかったJ-FAS日本キノコ協会の初心をここで実現する。そのためにこそ僕は生まれてきたのだから。 その意味でこの普茶きのこの会は、美女美女で満たされた200%面白い集いとなった。
2012年12月23日
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2012年霜月9(新暦21)日の冬至から昨日まで、連日今年度最高の日々を賜った。ことのはじまりは冬至の日に、病いに伏せっている筈の夜の顔{脱}俳句会代表の菊地享さんから電話があり、「明日、面白いライブがありまんねん。だまされたと思うて一緒にいきましょ」とのこと。<大上なんとかおばさま>と言う名前だったが、昔どこかで聞いたようなシンガーだと思いつつ深く詮索せずに、とりあえず元気な享くんと会いたい一心でかけつけることにした。会場は心斎橋のアメリカ村手前のかってよく観に行った映画館の4FにあるというBIG CAT。仕事を終えて駈けつけると、1Fのスターバックスコーヒのテラスからダンディー享くんが映画の一コマを思わせる素振りで手を振ったのですぐわかった。ビールとジュースみたいな酒"ZIMA"で乾杯して会場入り。 開演時間を少しずらして幕が開くと、暴力的といっていいくらい強引に彼らの音楽世界にひきずりこまれ、2時間強もみくちゃにされながら「とっても快感!!」と何度も溜息をついてしまった。とても機知に富んだ会話のかけあいと凄い声量とボディーが売りの大上留利子とジェニファー、そして白百合少女隊、というにはちと妙齢の域に達しすぎた婦人服のスリ―サイズ見本のマヌカンとおぼしきシンガーたち。そしてそして、30名強の可愛い可愛い女の子たちとはるか青年(のっぽでひたすら目立ってました)、屋台で将棋を指しているようなおっさんが入り交じるレモンぺコーラス団。舞台装置はさながらギリシャ悲劇のコロルなのだが、内容たるやソウルミュージックのなにわヘテロ・ヘルニア的転回(要するに異様ではみだしっぱなし)で、まさにきのこちゃんとしか言いようのない面白さ。何度も眩暈を覚えるほどすばらしかった。演奏もゴスペルにはじまり、演歌がまじり、ビートルズも飛び出す始末、しかもそれをバリバリの大阪弁で歌いまくるのだが、このコーラスたちのカオスをしっかりとサポートしているのが、バックのインスト'たちだ。乗りまくって、聴衆を翻弄しまくって、突然「ほな、さいなら」と終わった。僕のきのこシアター構想にまさにうってけのなにわソウル・コーラス・グループといよいよニア・ミス!!!の予感。会場エントランスには、シラユリ―ズ(さすが現在は少女抜きのグループ名に変っていた)とレモン屁(聞き間違いかな?)コーラス団がお見送り。僕は、その中でもとりわけ光っていた美人のコーラス・ガ―ル(遺憾ながらメンバー紹介の時、名前を聞きもらした)のもとに飛んでいって握手してきた。悪趣味ねと考える暇も与えずあくしゅをされてきょとんとしていた彼女は年の頃30過ぎ、その手の感触が主婦のそれでなかったのが何故かうれしかった。 大上留利子、バックのギターは北川さん ジェニファー。全員の衣裳も彼女が作ったらしい。 大上留利子はかって、当夜も聴かせてくれた「大阪で生まれた女やさかい」を歌って関西では知る人ぞ知る存在となったと聞く。 会場を後にしてその快適音楽の余韻にひたりながら、「何か熱燗に、くたくたに煮詰まったおでんでも食いたい気分やね」と言うと、心斎橋大丸の南の横町に屋台のおでん屋は無くなったけどスタミナモツ鍋の石鍋亭があると連れて行ってくれた。このホルモン鍋がまた最高!!!!。 いったんは死刑宣告に等しい判決を受けたが、本人の強靭な意志の力で無期懲役にうっちゃりをかけた享くんの、友人思いの粋な計らいに感謝の乾杯をしたことである。 もつ鍋をつつきながら、来年のムックきのこクラブのプレ・クリスマスは夜の顔{脱}俳句会のユニーク・メンバーズと合同でこのライブ演奏ともつ鍋にしようと提案、そして必ず来年の暮れもここで再会しようと固く誓いあったことである。 Noise music?.Oh No! Soul Music!!. 一陽来復 冬至過ぎのテントウ虫。
2012年12月22日
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もずが枯木で鳴いているおいらはわらを叩いてる綿びきぐるまはおばあちゃんゴットン水車もまわってるみんな去年と同じだよけんども足んねぇものがあるあんさ(兄さん)の薪割る音がねぇバッサリまきわる音がねえ 2012年の冬至は朝からこの歌が耳について離れなかった。サトウハチロウさんの作詞だったかな。 一日どんよりと曇った空に終始し、夕がた5時頃からしのつく雨が降り始めた。静かな冬至をここ数日朝霜ので美しく縁取られ僕の目を楽しませてくれた名残りの落葉を掃き寄せて過ごした。 去年立ち枯れの路樹に出ていたヒラタケ。その木は伐り取れらてしまったが、気になり訪ねると、残った切株から呆けた個体が鈴なり(写真)に成っていた。 僕にとっては冬至は新年に相当し、格別の日。しっとりとした雨の夕べ、少し濡れながら歩いてきた。
2012年12月21日
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毎年正月訪れてきた栂尾高山寺の明恵手植えの茶園。栄西からもらった苗をここで育てて、宇治で栽培を確立したことから宇治茶が全国にひろまった。が、茶葉を入れて呑む喫茶は江戸期でも庶民には高嶺の花だったようで、ほとんどが茶と言えば白湯だったそうだ。今では日本茶と呼ばれる緑茶はお金をとれないほど一般化してしまった嫌いがあるが、マジック・マッシュルーム以上に妙薬だった飲茶のサロンは心身の自由を取り戻す意味でも再検討すべきだと考えてきた。それがようやく不言実行の会員各位の熱意で実現する。嬉しい極みである。 今日は、昼過ぎより上弦の月が頭上から語りかけていた。その月が天心近くに移る頃、母を神戸の実家へと送って行った。まもなく94歳の誕生日を迎える。僕からのプレゼントとして恒例の新年号の家庭画報を贈った。附録をたのしみにしているのだが、今年は「いろはカルタ」がついていて、大喜びだ。話していると思えば寝ているのは僕と同じだが、時々刻々明滅する自身の命の灯を消すまいとかきたてかきたて生きようと懸命にあらがう様子はみていて痛々しいほどだ。 まもなくと言えばこの日曜日、ムックきのこクラブのお茶会(普茶の会)を開く。ムジカの紅茶水木しげるさんのおすすめの紅茶3種にはじまり、ウーロン茶8種、バター茶、煎茶同一茶葉で3態を楽しむ方法、生豆を自家焙煎してたのしむ珈琲とコピー・ルワック(麝香猫のわけありコーヒー)、奈良で買い求めた茶飯のにぎりもSさんが用意してくれるそうだ。目下ムックきのこ会員限定の自己申告参加者は15名だが、ムックきのこクラブは想定外のことが多すぎるので、阪急百貨店で好評の奥村彪生弁当も予備に少々と考えている。茶菓も山口県から新幹線を飛ばしてやってくるたか女さんのチンポコ菓子(と地元でもっぱらのうわさ)をはじめ、何かさまざまに工夫を凝らしたものが届くようで(内諸の話が多くて)愉しみだ。 この試みは溶解しはじめた泥船の日本丸に乗り合わせながら、沈没を食い止めるべく日々あくせく動きまわらざるを得ないきのこファンの人たちが、せめてものゆとりを取り戻すためのひとつのきっかけづくりとして試行される。うまく行けば次年度よりムックきのこクラブの林間サロンに導入したいと考えている。
2012年12月20日
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二上山から戻りふたたびの當麻寺域を散策 きのこ探訪のトポスとして幾度となく訪れてきた今年の秋の二上山は、僕の中で奈良時代の山林修行者の動向が具体的になってくる過程できわめて印象深いものとなった。 わが国の古代史における葛城山、二上山の存在は他界への回路としてのみならず、渡来人たちのわが国における最初の入植地としての意味も大きい。當麻寺には鴨氏につらなる役小角も晩年自身の領有地を寄進しているし、蘇我氏も推古帝に自身の本貫地を葛城と認めるよう申告しているくらいで、天皇家の中央集権化が完備されていく中で天智、天武の7世紀、在地の大豪族の主たる勢力は葛城にそのルーツをもとめる動きがあったことは大いに意味がありそうだ。 當麻寺の東西の双塔形式の寺は天武時代の伽藍で、古い様式を伝えていると言われているのも気になる。 葛城山系の主峰の金剛山から現在の葛城山、そして二上山はまだまだ黙したままで聴く耳をもたねばならないトポスだが、この領域から南河内への街道ぞいの寺社に潜在する古代人のネットワークにはこれからも注目していく必要を感じている。
2012年12月19日
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写真家のM君がエスティ・ローダーのきのこの香水瓶の第2弾の報が届いた。Mくんも知らせてくれたものの前回の香水瓶に比べて評価点は低い。 最近巷間にあふれるきのこグッズにはあまり心ときめかなくなってしまっているが、これとてさほど心に響くものと言う訳ではない。が、持っていて苦にならない代物なので、オークションに参加してもらうことに。
2012年12月18日
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今朝、廊下でばったりと出くわしたのが、僕のもとに訪れるこの仲間ではやや大きい5cmほどの木の葉蛾だ。廊下の片隅で祈るようにうずくまっていたので、もうご臨終だと思った。ところが近づくと羽ばたいて、木の葉のコートの下は緋威しのドレスでびっくりした。しかし、冬至までとてももたないほどの弱りようで、しばらく対話ののちその場を去ることに。せめてものはなむけに、その雄姿をここにとどめることにする。 出会ったときは、全くの朽ち葉状態で横たわっていました。体勢を立て直し。 ややあって動き始めて、挙句の果てには飛ぼうとすらして廊下脇の溝へ。
2012年12月17日
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唯識の古くて新しい思想の核心は、自分の外の世界は自分も含めて見えるのではなく、積極的に見ていくことによって得られる影像だということ。そして、これが僕たちのきのこ探訪にコミットしてくるのだが、自然も見ようと意識した瞬間、薄い膜がはがれるように新しい自然が立ちあがってくることだ。これを僕は<きのこのトリップ>と呼んできた。僕たちは、野山に出て、見えているかに見える外界の中で、目を凝らしてきのこを求めるとき、無意識裡にヨーガの瞑想法を実践していることになる。そしてその眼球にきのこが飛び込んできたその刹那、同じ自然の中に身を置きながら、薄皮一枚隔たった隙間の世界へスリップインしているのだ。その自然こそがもうひとつの自然で、その瞬間を過ぎると面白いようにまわりの世界から求めるものが向こうから飛び込んでくるかのように感じられ始めるのは僕の探訪会に参加した人ならただちに納得されることだろう。これはきのこを食べ物としてしか捉えられない人たちやきのこち出会う一期一会のたのしみをきのこ分類学のためにと考える人たちには無縁の世界だ。そこにはすでに執着が生じているから、きのこしか見えないままに終わってしまう。薄皮一枚剥がれた世界では、きのこはいうまでもなく他のあらゆる事象が生き生きと息づき始めるのを感じ取ることができる。きのこにのみこだわるべきではないもっと素晴らしい体験に立ち会っていることを冷静に見つめ、その体験を方法としてしっかりと積み重ねていくことが大切だ。 この行為を繰り返しくりかえし、僕たちは30年近くもきのこをひたすら探訪する旅を続けてきた。「アラユルコトワ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ」 という宮澤賢治の『雨ニモマケズ』のこの下りは、まさにその通りのことだ。彼は超一級の詩人である以上に自然との交感においてわが国固有の自然回帰の伝統的な手法についてさまざまな示唆を言葉で残してくれた。 唯識ではそうした認識を積み重ね、それをヨーガの実践を通じて真実の知にみずからを近づけていくことを勧めている。南都六宗の心ある僧たちが伽藍の奥深くで経典の虫となることを排し、山林修行をもっぱらとしたのには、そうした実践の中にこそ人として生まれてきた意味を見出してきたからで、それは自分を勘定に入れずに他者のために生きようとする菩薩行に通じる心の働きとして法華経、華厳経でも繰り返し述べられてきたものだ。
2012年12月14日
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大安寺のみくじは達磨の芯につめられており、みくじで明日へのヒントを得た善男子、善女人はこうして寺に納めて帰っていました。 覚めて澄む乾坤のひまふくべ垂る 古瓢 早いもので陰暦の霜月だ。本年の冬至まで余すところ9日ばかりとなった。目下、唯識という仏教の究極の認識方法についていろいろ想いを巡らせているが、この思想では僕たちの身体を有根身(うこんしん)ととらえる。根とは感覚器官のことで原語はインドリア(原意:力あるもの)で、感覚器官としての根には扶根(ふこん)と正根(しょうこん)があるとされる。扶根は具体的な器官、すなわち目の場合は角膜、水晶体、網膜などを指し、その扶根の奥に本質的な器官として正根があるとして、原子・分子から成り立った扶根(具体的な感覚器官)は、正根の発するエネルギーを扶助する働きをもつと言うのです。そして、正根とは「浄色所造」(じょうしきしょぞう)として清浄な物質から作られており、目には見えない根だが宝珠のごとく光を発していると説くのです。それはすなわち五根・身体はさまざまな感覚的なエネルギーを発して世界像をむすんでいると捉えることにほかなりません。 この下りを読んだとき、僕はふと僕の俳句の先生だった山本古瓢の作品を思い出しました。深い眠りから覚めた瞬間の様子を短詩に表現していますが、「覚めて澄む」は、老齢の師にとって、日々の目覚めはかくのごとくで、目覚めた際の生死も不分明な一瞬、じっと目を凝らしてみていると自身の身のまわりの世界が再び立ちあがってくるのを他人のように眺めています。そして、乾坤(眼前の天地)の間に瓢箪がぶらりと垂れ下がっているなと認識することで「ああ、今日も生かされたな」とはじめて実感しているのです。私は、ここには自身の身体から発する感覚的なエネルギーが身ほとりの世界を再構成していく過程というものが短い言葉で絶妙に捉えられているように思えて快哉と思ったものでした。ひるがえって、この身体から発する感覚的エネルギーが、身のまわりのものを再構成、再創造していくことによってはじめて世界は立ちあがってくるという唯識の思想は、はじめてこの考えに触れたとき僕にはとても新鮮に思えたものです。 見る「もの」と見られる「もの」があって、はじめて心が生じるということは東洋の「空」につながる認識の方法で、仏教のもっともベーシックな捉え方だとあらためて感じた次第です。仏教ではそれのみで実体として存在するようなものを否定し、ものごとはつねに関係性の中でのみ存在するという縁起的な見方をとりますので、身体と精神は別々の実体であるとは考えません。これがデカルトにはじまる西洋思想とは全く相容れないものの考え方なのです。そこから不断に自身の五根(目、耳、鼻、舌、身)で再創造されていく世界を顕現せしめ、しかもそれを認識しつづけている心のようなものを第六根・阿頼耶識(あらやしき)としたのです。 鎌倉期の法相宗の良遍和上の言葉に「我等は今、生死の夢中に処せれども、しばしば、唯心如夢の道理を観じて覚悟の朝に至る」<観心覚夢抄>というのがあります。この世に生きているということは、自分が、ものが、厳としてあると考えそれらに執着して苦しみ悩んでいるが、これは長い夜の夢そのものなのだから一刻も早く目覚めよと促しているのです。 しかし、古瓢師にとって、覚めて澄む乾坤の隙にみたものを瓢と名づけることもなくなれば、それは覚者としての仏陀となった証しでしょうが、それが凡夫にとっての「死」というものではないのかなと思ってしまう僕がここにいます。本当に難しいものです、生きるということは。
2012年12月13日
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"THE INTRODUCING B.MEHLDAU" J.REDMAN "MOOD SWING" 珠玉のジャズ・ピアノと言えば、かっての僕ならビル・エヴァンスをあげたが、現在ではがらりと変わって文句無しにブラッド・メルドーを挙げる。 このジャズメンとの出会いは、かって僕の仕事上の得意先であった神戸ゆうゆうの里の理学療法士で音楽仲間でもある重友さんがくれたCDがきっかけだ。彼は一定期間聴き込んだCDは惜しげもなく放出する習癖があり、僕は彼から当時入手しがたくなったCDを毎年数十枚単位でもらった。そんな中に"INTRODUCING BRAD MEHLDAU"が入っていて一聴、たちまちはまってしまったのだった。ところがこのピアノタッチはどこかで聞き覚えがあると感じたので、手許のCDを当たってみると、やはりありました。 20世紀の終わりに近くジャズ・ライフ誌でテナ―の新星ジョシュア・レッドマンの紹介があり、買い求めた彼のクィンテットのCD"MOOD SWING"のピアノが彼だったのだ。 以来、彼を追っかけてきたが、東京へ移住したヘテロ・ソフィア・ウエブ管理者だった稲垣くんもそれを聞きつけて彼のCDのコピーを送ってくれたりして徐々にディスコ・グラフィーも充実してきたが、去年の暮れに廉価盤のCDセット"THE ART OF THE TRIO"とクラシック音楽とのコラボ"MODERN MUSIC"を入手するにおよび、彼のブリリアント・タッチのジャズピアノの沸点へといたる道のりを満喫することができた。 とりわけ、KEVIN HAYS, BRAD MEHIDAU piano、PATRICK ZIMMERLI composed & arrangedの中のオ―ネット・コールマンのオリジナル・チューン "LONELY WOMAN" にはぞっこんまいってしまった。 「この半世紀の間にジャズはその本流部分で飽くなき進化を遂げてきたか?」この問いに対し即答する前に、まずは聴いてほしい。僕の感覚がメル度ー200%であることを冷静に考慮し差し引いてもyesのお釣りがくること間違いなし。 J.REDMAN QUINTET 左端が彼 中央がMODERN MUSIC 私的には、THE ART OF THE TRIOの聴きどころはVOL.3 SONGSがおすすめ。
2012年12月12日
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ムジカ・オリジナルケーキ「ナメコ」 紅茶専門店のムジカへ行ってきた。お茶会の下準備だ。紅茶は3種たのみ夫々たっぷり3杯は充分呑めるのでストレート、ミルク、シュガ―入りと合計9杯呑んじゃった。スリランカのムジカ60周年記念ヌワラエリヤと大分県杵築市産のべにふうきと同じくスリランカの濃くのあるサバラガムワだ。そしてお茶受けにはナメコケーキ。これが以前、きのこライターの堀さんが太鼓判を押したケーキでとってもおいしかった。そうして愉しんでいると、オーナーの堀江敏樹さんがひょつこりと顔をのぞかせて、水木しげる風のとても面白い人だったので紅茶談義に火がつき、挙句の果てにはニュージ―ランド製特許の野点専用湯沸かしが登場。「これで野点(のだて)をやると環境にも優しいし最高ですよ」と方々で実際にやった写真付きで見せていただいたので「欲しいっ」ということになった。といってもニュージ―ランドまで行くわけにはいかず、ネットではブリキ製のものではないステンレス製のがあるけどなぉとコピーをちらつかせて羨ましがらせることこの上ない。そこまで言っておいて紅茶水木さんは「さあ、時間だ!。食事だ!。めしだ!!。」と席を立ったので、残された僕たちは、誰かに頼んでつくってもらおうと寸法・材質・構造などつぶさに書き留めてきた。これも夢のひとつだ。「いずれどこかのきのこの森でやっちゃおう」と固く決意。 これがニュージ―ランド特許許可局公認の究極の野点特許ケットル(ハイ、もう一度言ってみよう) それからガッキ―ちゃんのお友達の漫画家でマトリョーシカの生まれ変わりみたいな日吉ゆい子ちゃんが前から見ても後ろから見てもニコニコしながらやって来たりあとずさりしたりするのを見てたのしんだり、フランス語の名前のついたレストラン部を覗いたりして(白状しますが、トイレはここを通らねばいけないのです)、小1時間お茶で遊んでいざ帰ろうという段になったら紅茶水木さんがお客さんと話しをしているのをみかけたので、写真を所望したら即OKが出た。ただ、よこのお客さん、何を勘違いされたのか自分のポートレートを欲していると思ったらしく、どうアングルを変えても大写しになる。おまけに満面の笑顔で応えているので、うっとおしいことかぎりない。どこにでも、常に自分が世界の中心に居なければと勘違いしてしいる人と言うものは居るもんだなとつくづく自分をみているようでいやになったことである。紅茶水木さんはこころなしか脇役っぼくなっていますがおゆるしください。 ここで僕たちが愉しんだ紅茶の3種ワクチンは、23日のお茶会でお出しします。 それから、いくら食べても胸やけしないのでつい食べ過ぎてしまうなんとか横町の串カツ屋「七福神」さんで、たらふく食べて満腹で死にそうになりながら帰りました。何故かこの数時間、数泊したような密度の濃いひとときでした。 紅茶水木さん、こと堀江敏樹さんと、なにわのおっさん某?!。
2012年12月11日
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マツカサキノコモドキ マツカサに偽根をめぐらしきのこを作る 奈良公園: 大雪の先週7日金曜日はわが町の初氷。そして奈良マラソンと重なった今日は、斑嶺(はだらね)を眺めながらの奈良入り。参加者18名。 きのこ観察会でも、山歩きの会でもない、全くの気ままな林間サロン・ムックきのこクラブは、それでもきのこに目を凝らすひとときのコンセントレーションをもっとも大切にする。それは自然とたった一人で向き合うかけかけがえのない時間となるからだ。この自然に溶け込む数時間の中で見聞きしたもの、語り合うことがそれぞれの心の糧となって極度に心身のバランスを欠いた現代人である我々の人生を豊かにしていく。創造的なアートのきっかけづくりにもなる。自然とのバランスを快復するアートを僕はきのこアートと呼んでいる所以でもある。まずこの時期ここで出会う可能性のあるきのこについて短く解説をした後、公園の隅々に散らばって初雪の日の抜けるような青空のもと、きのこに目を凝らす。まず、山口さんちのママさんがマツカサキノコモドキの群落を発見。それからというもの次々ときのこ出没の報が当方へ届くようになる。お母さんの出産でしばらく参加できなかった黒川一葉くんが、ようやく復帰。きのこ目のするどい彼は巨大な藤づるに発生したヒラタケの群落を発見。桝井くんは、1年2ケ月の椎乃ちゃんを伴い夫婦で参加、彼はいよいよ新しいきのこ映像の世界を開発する心構えを吐露していた。やがて僕の前に卒塔婆小町状態のムラサキシメジが「お待ちもうしあげておりました」と息も絶え絶えにご挨拶。山ガ―ルの前田、上坂コンビが落ち枝に発生したクロゲシジミタケの古いものを発見。ここでいつも出会うマンネンタケも健在だった。かくして今年最後のきのこ探訪会は静かに幕を閉じた。軽い昼食のあと、ここでとりあえず解散して大安寺へ行く人を改めて申し出てもらうと全員行くという。そこでタクシーに分乗して大安寺へ。 マンネンタケ 老齢のムラサキシメジ ヒラタケ 古くなったクロゲシジミタケ 大安寺: 奈良まほろばのきのこ探訪会の最終段階の本日、この1年のまとめの意味で是非訪ねたかった大安寺は、奈良平安時代の仏教者、山林修行者の人的ネットワークのセンターを果たした官許の大寺で、現在は寺域が縮小されてひっそりと鎮もりかえっていたのがうれしかった。見仏の関心からではなく、特定の仏像帰依の心からでもなく、その徹頭徹尾古代史を側面から支えた人物のみを育んで今日まで伝えられた場所(トポス)に、ただ立ちつくし考えをまとめたかった僕の想いは充分達成されたが、同行の人たちにはいささか気の毒ではあったのできのこのオブジェを指摘してお茶を濁すことに。 大安寺は今日癌封じの寺としている。そのため乳房形のきのこが点在した。 奈良町散策ののち山崎屋さんで茶飯の湯葉あんかけ膳でこの一年気ままな僕の探訪にお付き合いいただいた皆さまそれぞれに御礼の挨拶とムックきのこクラブのゆるい趣旨を説明し、その折々に僕の周辺を擦過していく新しい友人の今日の一期一会の出会いを印象深いものにするため、奥村彪生さんに乾杯の音頭をとっていただき、それぞれの自己紹介をしていただいた。 次年度は京への前段階として、近江へと通ずる平安、平城世界の境界を成す木津・紫香楽・笠置を辿り、近江そして湖西地方と京・奈良・比叡山の位置関係の緊密性を楽しむトポスを探訪するが、この日大安寺を訪ねたことでほぼ整った。 女の子たちにとっては楽しいことこの上ないなら町の散策。扇湯の銭湯の煙突 茶飯の湯葉あんかけ膳
2012年12月10日
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仏教には新羅系統のものと百済系統のものがあるとここで語ったが、この新羅vers.百済の対立は、わが国の政治を古代より今日に至るまで連綿と2分する勢力図を形成してきた。ただ人間史というものは幼い頃ならいざ知らず、大人になるとよく理解できるが利害の対立が先行し、敵味方、白黒分けがたい複雑な様相を呈しているのはいずこも同じで古代といえども例外はない。ただおおまかではあってもこの視点を導入するとさまざまな事件がよく見えてくることも事実だ。 仏教に限って言えば、新羅仏教を公式伝来以前に受け容れていたのは聖徳太子、秦河勝の流れで、秦氏が新羅系殖産興産民であったことと無縁ではない。古代史は百済の流れを色濃く保つ藤原不比等による律令制度の整備とともに、身分制度が確立する中で、まず古代の大豪族が次々と駆逐され、天智・持統天皇を頂点とする勢力と天武・神功天皇を戴く勢力とが対立し、不比等は天智系のながれに組し、なぜか国家形成に尽力したハイテク集団の秦氏や原天孫のスサノオにつらなる物部氏を猛烈に敵視して駆逐せんとしたように見てとれる。この二つの流れはいずれも、善悪の範疇で分けられるものではなく、両者ともにこの国を良くしようとする強烈な意志に支えられてきたものであるが、律令制度を導入し、税源の基礎を米作りの農民に置いたところに秦氏や非農耕民の悲劇はあったと言うべきか?。平成天皇はその「ゆかり発言」にみられるように平安京の桓武天皇の母(百舌鳥腹の土師氏)につらなる渡来系氏族に親和性をみておられ、それなら現皇統譜は百済系であるとお考えであると言うことか。 古代最大の勢力を誇った秦氏は、新羅系氏族であったが、政治的に動くことを非常に忌み嫌ったようで、今で言うローカル派で、それに反して百済系の藤原の流れは官僚機構という擬制を完備することにより、国家という抽象的な機構ははじめて個人を超えて機能すると考えたグローバル派だったので、常に制度面で秦氏を凌駕していき次第にその勢力をそいでいった。律令完成期の天平時代の東大寺は、藤原の傀儡にさえみえた聖武天皇、光明皇后が、藤原を奇蹟的に遠ざけて築いたユートピア世界だった気がする。そこに新羅系、アンチ藤原のエリート官僚たちがその知力を結集して偶然生じた藤原空白期の10年余りの間に瞬く間に政・経分立とそれを統一する宗教都市としての東大寺大仏建立にはじまり、国分寺、国分尼寺にいたる華厳経の理想世界という奇蹟を成し遂げたというのが僕の考えだ。 経典での新羅・百済で対比してみると、新羅系は華厳経、百済系は法華経を重んじたと思われ、朝鮮半島の対抗勢力につらなる。現在でも朝鮮半島の仏教は華厳系、我が国のそれは法華系と言われていることとも無縁ではないだろう。 その新羅系仏教の系譜に見え隠れするのが飛鳥時代の弥勒の後を埋める十一面観音だ。平安鎌倉以降は天台宗に帰属するようになるが、天平期まではあきらかに新羅系、そして物部系の観音として暗黙の了解を得ていたふしがある。 今月のムックきのこクラブは大安寺もコースに入っているが、残念ながら秘仏あつかいで11月末までの1月間だけ公開されているので観ることはできない。が、ここの十一面観音は天平期のもので良弁・実忠や東大寺建立にかかわった多くの僧侶、優婆塞ら山林修行者たちの崇敬の的となったものだ。良弁が発想し実忠が創始した二月堂のお水取りも正式名は十一面悔過(じゅういちめんけか)とされ、この観音に祈り罪過を消滅してもらうという年中行事であることもその辺の事情を反映していると思われる。
2012年12月06日
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去る11月25日の日曜日、午前中、川西きのこクラブの納め会に駈けつけ、午後は佐田さんとギャラリーきのこで開かれる笑福亭智之介さんの落語会に舞い戻った。智之介さんの落語会はギャラリーきのこで3度目。2度目はニューヨークでの英語落語の成功の直後にお招きし、お出会いの度に芸道の深化が感じられ、会員にもファンが多い。 今回の演題は1席目が「牛ほめ」、2席目は「厩火事(うまやかじ)」。僕たちにとって夫婦もの・人情ものというべき「厩火事」は、智之介さんの新境地のものでとりわけあのイケメンでの女房役の語りは最高で、ちょっと病みつきになりそうでした。寄席のあとは、高槻の本山寺界隈で生息してきて害獣指定された鹿たちのなれの果てをせめてそのいのちの尊さを理解してくれる人たちに食べてもらいたいとのことで池田裕計さんからギャラリーきのこと奥村彪生さんのところへ贈られてきたものを特別のソースで炒め、北海道の遠山さんから送られてきたきのこをふんだんに使った鍋と共に戴いた。鹿と聞けば「奥山にもみぢ踏みわけ鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき」だれしも思い浮かべるこの和歌を反復しつつ。 池田裕計さんの鹿肉、美味しくいただきました。ありがとう。 きのこ鍋と智之介さんのカードマジック 智之介さんは古典落語、創作落語、そしてマジックと、とても多才な方で、鍋のあと、会場に置いてあったギターをつま弾いて聞かせていただいたあと、おもむろにトランプを取り出しカードマジックを披露。至近距離でつぶさに見つめていてもどうしてもその種が見抜けない素晴らしい腕前のほどを見せていただいた。 話しはアメリカ公演のことに及び、日本文化にとても愛着を抱いているロシアでやれば必ず受けるぞということになり、智之介さんを「ロシアへ送り出す会」を作ろうということになり、本人も「ロシア語ねぇ、難しいだろうな」といいつつもだんだんその気になったみたいでした。 写真提供は佐田俊美さん。寄席ほかのピンボケ画像はマダラのおっさん 川西きのこクラブの納め会では、僕たちのタイムリミット直前に色鮮やかなムラサキシメジが待ち伏せしてくれていてたこと。そして、僕たちの去った後の午後には、下山途中に季節はずれのアカダマキヌガサタケと出会ったとM君から連絡が入った。ビール好きできのこ好きの美人山ガールたちへの思いがけない自然から贈り物で下山後の酒宴は盛り上がっただろうなと「キヌガサくんも粋な計らいをするね」とSさんと語り合ったことである。
2012年12月05日
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自然とは独りで向き合うべきである。女性の場合、単独で山に登ることが難しいが、グループで山野を散策する場合でも、独りになってしばし自然と向き合う時間を持つことで充分自然は胸を開いてくれる。その気構えがあれば、都会に隣合わせのこうした公園でも充分にその効果は得られるようになる。雨のきのこ探訪などはそんな中でももっとも素晴らしい時間を得ることができる。雨がそれぞれの人たちの間に立ち込め、饒舌を抑えそれぞれを適度に独りにしてくれるからである。 「仏教伝来ゴミヤ(538年)とともに百済から」高校時代、日本史の授業でこのように暗記した仏教の公式伝来だが、新羅系と百済系があり、新羅仏教はそのずいぶん以前から私家仏教として伝えられていた。この舶来の新思想はわが国の王権とその中枢を担う人たちを震撼させたに違いない。とりわけ、それらの経典の中でも、法華経、華厳経は仏教世界の統一する思想が述べられており諸経を超えた体系的なものとして特別視された。 仏教は当初個人というよりも、天子の王道の実現のための指導原理の知の体系としてうけとめられ国家事業として鎮護国家的な側面から僧侶たちに仏教教理の研究を奨励した。その最初の総合的な学問の府が飛鳥、藤原京から平城京で展開された南都六宗だ。僕の注目する行基や良弁はそんな時代的雰囲気の中ではぐくまれたが、彼らはそうしたアカデミーに安住することなく山林修行に特別な意味を見出していた。 さきほど述べた2経典は、仏教思想の中でも、空の思想を打ち出した画期的なものだったので、当時の若き学僧たちはむさぼるように読破しただろうことは想像に難くない。とりわけ唯識の「眼前の現象世界は空である」との新鮮な認識論は、意識をもつ人間存在に固有の智慧として魅力に富んだものであったに違いない。実存哲学では人間存在は、常に心ここにない状態、あらぬ方へ自分を投企しその幻影にこそ真実を見るとされる。古代の唯識から現代のアナログ・デジタル論争に至るまで、人間の問題はこの虚実の捉え方にすべてが含まれていると言っても過言ではない。良弁にしても行基にしても経典の言葉を反芻しつつ、薬草、金属の知識を深め、その探索の方法を陰陽道や中国・インド錬金術に求め、人間を超える契機を掴まんと山林渉猟にその根拠を求めたのである。それを近代社会の中で実践した人物が宮澤賢治だったと僕は思っている。宮澤賢治は単独で自然の中に身を置き、自然の声を見聞きし、作品化していった稀有の存在だった。その賢治も法華経信奉者だったことはご存知の方も多いと思う。賢治から良弁・行基・役小角などの虚実世界を自分なりに見極める目をもった雑密の徒が自然に何を求め何を得てきたかをそろそろきのこ探訪の実践の中で身につけていくべきだと考えている。 仏教は虚と実、夢とうつつの無限の反転の彼方に真理へ至る方法を示してきた。経典に説くその人間実存への道は伽藍仏教の学究生活の中では充分には満たされず、当時の血気さかんな若い僧たちは山林にその満たされぬ部分を求めて入って行った。知識と実践の絶妙なバランスの中で瞑想・独思する事によって各自が掴み取っていく何かの中に真理はあると考えたのだろう。この虚実の反転世界が現実化されたものがデジタル化世界で、瀕死の自然のと対比が露呈されはじめたのが現在だ。古代に大陸よりもたらされた法相衆(宗)の唯識で問われた虚実の問題が、どんどん現実化し、デジタル化された(似て非なるヴァーチャル=虚の)世界が百花繚乱の状態となって現在に至っている。完璧でなくとも限りなく近ければ近似値で良しとするデジタル世界と、そのモデルとなってもはや使い捨て状態となった自然=アナログ世界とのバランスが極度に狂ってしまった世界を「これでいいのだ、便利だ」と人類が選びつつあるというところに現在の病理の根源が横たわっている。唯一絶対神を置く一神教は、そのデジタル世界の積極的な影の推進の原理となってきたことはもっと深刻に捉えるべきたろう。 写真の図像と対象の関係(写真評論家の飯沢耕太郎がきのこ世界に注目してきたのはこのことと無関係ではない)、そして、なによりも生物界の中でも唯一虚実交々の世界をふたつながらもつきのこはそんな世界の到来をさりげなく僕たちに示してきた。僕はそんなきのこと出会ったとき、これぞ21世紀の征服されざる唯一の生きものと直感したものだった。このきのこをつくる菌類という生きものを通して、そして自己の内なる自然と出会う旅をくりかえしながら、21世紀、グローバル規模で世を覆いつつあるデジタル世界に一庶民としていかなる穴を穿つことができるのかを考えるひとつのきっかけをつくる場こそがムックきのこクラブの探訪会なのだ。僕が10年以上にわたり聖トポロジーとしての神社ときのこの森を訪ね、再び仏教に舞い戻ってきたのは縁あって僕のまわりに集う人たちの一人でも多くの人が、神道と仏教の、すなわちアニミズム世界と曼荼羅世界の哲学との新しい習合形としての超宗教というべき自然観をそれぞれ体現して行ってほしいと願ってのことだ。
2012年12月04日
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見慣れない花だと思っているとアメリカ芙蓉だってさ。屋外でしかも12月だよ。 先週来、右目が赤いかなと思っているとだんだん真剣に赤くなってきて爬虫類のいわゆる瞬膜みたいなものが白目を覆い始めてにごり目みたいになってきたので眼医者に行ってきた。 結果は結膜の血管が切れて結膜に血が充満したとのこと。ただ瞼の筋力が強いため絶えず眼球をおさえていて結膜をたえず摩擦している状態なので血が散らないとのことです。自分でも虫めがねなしには詳細は鏡で見ても分からぬくらいで先生も僕の瞼を何度も指で上げながら写真撮りしていた。「眼球は大丈夫。これで目が大きかったら、見た人はびっくりするでしょうが、小さくてよかったね」と生まれてはじめて目のことをほめていただいた。単純に喜んでおこう。 「肩凝りがひどいので、時々逆立ちをしますが、それが原因でまた血管が切れることがありますか?。」と聞くと、肩こりと逆立ちの関連に戸惑いを隠せない様子で、しばらく考えた挙句に「まあそれは別条ないでしょう」とのこと。ツムラの漢方とお白酒のようなドロリッとした目薬を処方してくれ目がゴロっとしたりしたときに点すのが一番ですが、視界が曇ったり液が垂れてきたりしますので寝る前に点すことを勧めますとの忠告してくれた。10年ほど前の甲状腺1/2切除以来、歯医者以外の病院に行ったことはなかったので何か人間らしくなったようで心うきうきしています。
2012年12月03日
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姪のサーシャさんのピアノ発表会に招かれて布引のバーブ園の森のホールへ行ってまいりました。見るたびに成長著しくピアノも自信に満ちていました。演奏はバルトークの『ルーマニア民族舞曲』、この後1時間後くらいに和太鼓にも出演すると言われましたが、まだ倉庫の残務整理があり後ろ髪引かれる想いで会場を後にしました。ただせっかくここまで来たのだからと思い直して風の丘駅まで冬ざれのハ―プ園を急ぎ見てまわりました。ハ―プの勉強にはとても良いロケーションで、管理が行き届いており女性にはもってこいの憩いの場所でもっと活用すべきたと思ったことです。コンサートの方は、保育所のプレ・クリスマスの練習会場みたいでマナーが悪く、せっかくの素晴らしいロケーションの中で心身を浄化しうる一日が演奏者、聴衆にとっても台無しになるといった雰囲気でした。これは主催者はもっと真剣に反省すべきだろうと思います。演奏もサーシャさんの次に独奏した影山亜由子さんのベートーヴェン「ソナタop79第1楽章」のみが音楽性ということでは出色のものでしたが、後はただの棒弾きに近く音楽以前の問題を多々はらんでおり、とても心に沁み渡るというようなものではなかったことはかえすがえすも残念です。前回のヤマハのコンサ―トと比べてもその落差は大きく、「悪貨は良貨を駆逐する」という場違いなマルクスの言葉を思い起こしたほどです。そしてなぜかそんな中で黙々と演奏していたサーシャちゃんが決して身贔屓ではなく気の毒に思えたことです。 12月1日の紅葉の錦きわまる神戸と日箭の瀬戸の海
2012年12月01日
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