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トラ公という猫は私の先生でした。今までトータルして100匹以上猫を飼って来ましたが、私が生まれて初めて出会った猫はこの写真のトラ公です。私が生まれた時にはすでに家は猫屋敷状態でした。数匹の猫の中で特にトラ公はメス猫の長老で非常に落ち着いた風格のある猫でした。兄弟の中でも末っ子で年の離れた私の遊び相手はいつもこのトラ公でした。遊び相手という言い方は失礼で実際はトラ公に保育され育てられたという感じなので、私の先生であり恩師、お姉さんといった方が正しいでしょう。その為に我知らす食口の兄弟姉妹から今もしぐさが猫そっくりと言われています。まさか後ろ足で耳をかくことは出来ないので、よく聞けば首の動かし方がよく似ているそうです。神様はペットを何故、人間のために作られ送られたのか・・・それはただ単に可愛いからそうなったというのではないと思います。人間がペットを飼い育てるというよりは神様は人間がペットを愛しながら、愛の心を育てるために創造されたのでは感じます。そしてペットを通して神様はその家庭に入りながら家族として加わり、さらにはその家庭を守られておられることがわかります。ペット目線はまさしく神様の目であり、この目を通して神様は人間がどのようにペットを愛し、尽くしてくれるか・・・あるいは期限が悪くて猫に当たるのか・・・手抜きで餌をあげては外へ行ってしまうか・・・猫目線で神様は見ておられるので、わたしはとても怖くなることがあります。神様は人を愛の人に育む為にペットを与えられて、成長させて頂いていることは過言ではないでしょう。」ペットにもいろいろな性格があり思い出深いでしょう。動物には霊人体はないですが、人間が愛した分だけペット目線でおられた神様に会えることが出来るのでしょう。そしていつかペットの心の正体である神様に・・・トラ公という性格を持った神様に霊界で再会出来るのでしょう。そして地上で出会ったすべてのペット(神様)に愛を育んでくれたことに感謝し、人は永遠の世界でペットと共に共存し幸せに過ごして行けるのでしょう。そして人間の幼児期、子供時代も神様ですね。親は必死に愛し、育てながらも結局は親が神様から愛され、育てられる永遠の世界に通用する人格完成の為の全てと思います。可愛い子供の笑顔も神様そのもので、子供が愛されているようですが人が親として立つために子供(神様)が実体的に家庭に来て下さった真のシークレットサンタさん(子供の期間)であるとあるクリスマスの時期にわかりました。
2009.12.30

私にとって前線は本当に否定が多い毎日の繰り返しになります。否定が本当に辛く、苦しく、痛々しいものですが、本当に必要なものを神様はすべて与えて下さるのでしょう。愛すれば愛するほど、尽くせば尽くすほど否定に多く出会い、傷つくことが増えるばかりなので、道が塞がれているようで、しゃがみこんでお祈りしながら、実際は心の奥から叫ぶような声が聞こえて来ました。これまでかと思うこともありました。しかし、神様はそのような時こそ紙一重のところでおられ神様のすすり泣く声が聞こえて来ました。神様が彫刻家なら、私たちは奇跡の台の上に選ばれのせられた奇跡の素材なのでしょう。必ずきれいに作りあげられるからその台にのせられたのでしょう。神様が丹念に削りながら、余分なものを落として下さる・・・何度も彫刻刀で削って下さり、私の体は傷付けられているようで、未完成の間は本当に見みすぼらしいことに尽きる・・・しかし、削られ否定されながらやがて神様の願いの完成品を目指して行きながら美しくなって行けるのでしょう。そのために私はどんな長くても待つのです。あなたの部屋に飾ってもらえるように・・・♪替え歌『否定の彼方に』(Missing)
2009.12.22

2012年までの勝利への歩みに向けて神側とサタン側の熾烈な戦いはこれからさらにヒートアップすることと思います。そのような中で神様の本質(本体)をさらに私たちは理解し、把握してこれから何としてでも生き残って行かなければと感じています。神様の本質(本体)を知るにはやはり突然哲学というものを理解せずして前へ進むことは出来ないでしょう。古くからよく突然教会ということばがよく使われてきましたが、この言葉の真髄をよく理解されて使われているかはその人によって動機とレベルは違うと思いますが、この突然という哲学ほど神様を本当の意味において知るには尊い深みのあることはないでしょう。先日大阪にこられたO会長も語られていましたが、その突然教会の会長がまさしく神様であると呼ばれていたように神様こそ突然哲学の本体であると感じさる負えません。分派をはじめUCを通り過ぎて去って行かれた人たちはおそらくこの突然という神様の本体を理解せずに通り過ぎてしまったのでしょう。私もこの突然哲学により非常に訓練されて来た恩恵もあり、この突然という神様のその延長に堕落により失われた真の天国世界というものが少しずつ見えて来る恵みに預かりました。以前、東京にいた頃は公的毎日を与えられる中で、ソロやバンド活動もさせて頂いていたのですが、めまぐるしい中、突然Liveばかりを繰り返して来ました。ようするに全く練習なしに本番を迎えるという演奏の中で最初は緊張で失敗が多かったですが、突然演奏に慣れて来るとリアクション演奏になりその場の空気が会場の人たちと非常に一体化し来て、まさにジャズ演奏のリアクションのようで、それぞれの楽器の担当者がメロディーだけ知っていて、その曲の中で自分の楽器がどこで見せ場を作ったら良いか、お互いが本番で初めて合わせる曲でも演奏者が一体化していて会場の人たちも一体化していてクロージングも完璧に会場に人たちと最高に盛り上がって終われるというものでした。どれくらい練習しても出来ない一度きりの最高に盛り上がれるLiveこそ求めている本当の天国ではと何度もこの領域を求める今までもUC人生でした。神様は、天国は本当にLiveの世界であるからこそ、よく言われている通りにどんなに想像し考えても天国はその30倍以上素晴らしいところという統一哲学があるように想像や、練習によってその予定どうりの完成品の30倍以上の素晴らしい世界になります。その本体を理解することから始めるにあたり、突然教会会長の神様を理解せずして私は神様をどのように理解して来たのか・・・またそれを理解せずしてよく今までやって来れたのが不思議でなりません。よほど守られて来たに違いありません。そして神様が突然教会の会長であることを知らなかったことに何度お詫びしたかわかりません。神様を全く知らなかったのではないかと絶句するばかりです。振り返れば今までの摂理のすべてはサタンも予測し、入れない突然哲学の方針の中で神様とTPの連携ですべて勝利して来ました。そしてこの突然路程を信じ歩んで来た公職者、食口の兄弟姉妹が何て素晴らしい存在であるか言葉に出来来ません。特に私の妻は婦人部長なので兄弟姉妹を引っ張りながら大変な労苦にもめげずに歩んでいる姿にはひたすら敬服の気持ちしかありません。そして突然哲学をさらに学んで行きたいことしかこれからはありません。突然というサタンも知らない世界での歩みに今は絶対安心の心境です。そしてよくお祈りし、深く訓読生活をしながら、感謝の日々を大切にする中で・・・サタンも早くてついて来れない知らない神様の突然哲学の意味があまりにも安心感を伴ってよく見えて来るのです。それによって見えるか見えないか、感じるか感じられないかで心の中で生活の中で訂正しなけばならないことを神様は非常に気付くかせて下さることがわかりました。そして清平にいつも連結して行く中でこれほど気付き、成長して行けるものはないと確信出来ました。突然哲学を理解すればするほど怖いものがかくなるので、非常に冷静になれます。喜怒哀楽の情のコントロール、何があっても動揺しなくなって来ます。突然哲学状の人は教会・食口批判など何も起きなくなるのでしょう。というか必要ないです。分派も必要ないです。日本のアジアへのに残した爪あとの歴史の罪の大きさ故に日本は本来、清算の為に血を流し滅びなければいけませんでしたが、TPゆえに血の代わりにKという救いの恩恵にあずかり生かされているのに分派などに行けるでしょうか。この世の常識、予定通りの計画を進めても30倍以上の感動に出会うには自ら突然哲学状になっていなければなれないでしょう。私たちが本来めざしているふるさとは突然哲学状(天国人)になることではと最近よく感じています。
2009.12.21
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