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ある晩、一人の男が夢を見ました。彼は海岸を 主 と共に歩いていました。大空には自分の人生の色々な場面がぱっと現れては消えてゆきました。そのどの場面でも、彼は砂浜に二組の足あとがあることに気がつきました。一組は自分のもので、もう一組は神のものでした。自分の人生の一番最後の場面が目の前に現れたとき、彼は砂の上の足あとを 振り返りました。するとこれまでの人生で、たった一組の足あとしかないことが何度もあるのに 気がつきました。しかもそれが自分の人生の中で最も落胆し、悲しかった時期だったことにも 気がつきました。「主よ、あなたは、私が一度あなたについていくと決めたなら、ずっと私とともに 歩いてくれると言ったではないですか。なのに私の人生で最も大変だった時期に たった一組の足あとしかないことに気がつきました。なぜあなたを一番必要としていた その時に私のもとを去ったのですか?私には理解できません」主は答えました。「私の大切な、大切な子よ。私はおまえを愛している。そしておまえのもとを 去ることは決してない。おまえが試練を与えられ苦しんでいたとき、一組の 足あとしかなかったのは、それは私がおまえを抱いて運んでいたからなのだよ」☆ブランドン・ベイズ「足あと」(「癒しへの旅」牧野 M.美枝 (翻訳) より)☆ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 試練が本当に大きく、打ちのめされ、苦しんで、本当に見放され、孤独感に溢れている時、神様が本当に遠く感じられ、気高いところにおられ、私など相手にされないのではと感じ・・・さらにまた苦しみ、寂しさがこみ上げて感じている時・・・ それでも神様はそんなわたしを悲しみ、辛い思いをされながら抱いている私に気がついて欲しいと涙を流されながら運んで下さっていたんですね。 私の為に流された神様の涙は海ほどにもなるかも知れません。いや計り知れないくらいの量なのでしょう。 「私の大切な、大切な子よ。私はおまえを愛している。そしておまえのもとを 去ることは決してない。おまえが試練を与えられ苦しんでいたとき、一組の 足あとしかなかったのは、それは私がおまえを抱いて運んでいたからなのだよ」 そして神様ばかりでなく、私の為に一組の足跡になってくれた人たちも大勢おられたのでしょう。 親、家族、ご先祖様、友人、先生・・・そして祝福を与えて下さったあのお方・・・気がつかなかったことに・・・どのようにお詫びしながらのこれからの人生を送れば良いのでしょうか・・・ その全てを日々教えられている私であることにもまた気がつき・・・またあのお方の一組の足跡しか探せない私であることにも気がつきました。こうしてもうひたすら人生を感謝の色で塗り尽くしたい私でしかないのです。
2009.02.17

「聖フランシスコの平和を願う祈り」神よ、わたしをあなたの平和の使いにしてください。 憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように いさかいのあるところに、赦しを 分裂のあるところに、一致を 迷いのあるところに、信仰を誤りのあるところに、真理を 絶望のあるところに、希望を 悲しみのあるところに、よろこびを 闇のあるところに、光を もたらすことができますように、 助け、導いてください。 神よ、わたしに 慰められることよりも、慰めることを 理解されることよりも、理解することを 愛されることよりも、愛することを 望ませてください。 自分を捨てて初めて 自分を見出し 赦してこそゆるされ 死ぬことによってのみ 永遠の生命によみがえることを 深く悟らせてください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実績があったり、気分が上々になっている時に限っていつの間にか愛されることや理解されることを願っている自分を発見します。 これが傲慢というものなのでしょうか・・・ そのことを気が付くだびに、自己中心的な生き方になっていることがよく見えて来て、深い反省と、悔い改めの心情圏に入らざる負えないこともよくあります。 気が付き振り返って反省の境地にある時、傲慢で愛されることや理解されることを願っている時というものは自分の成長が止まっているのでしょう。 この停留している世界から脱皮するには自分がそこに何故いるのかを明確に理解する必要があるでしょう。 でなければ前に進めない・・・ そしてうまく行かなくなると人や環境、体制、組織のせいにし始める悪の流れがやって来るので、この世界に入らない、あるいは相手にする必要のない自分に成長していなければなりません。「神よ、わたしに 慰められることよりも、慰めることを 理解されることよりも、理解することを 愛されることよりも、愛することを 望ませてください。 」(聖フランシスコ)この言葉を胸に刻み、、自分の心を整理し、こういう心境だからこそ、身に染みるくらいに神様のみ言を受けたいのです。 神様は求める心にしっかりと時に相応しい愛のみ言を与えて下さいます。 心貧しく、心の底からの謙虚さの競争をしながら、心にみ言がより沢山染み込むくらいに心貧しくなりたいのです。 愛したい、理解したい、為に尽くしたい、私たちの原点である真の愛という素晴らしい、かけがえない存在を心から受け入れ、感謝を持って実践したいこの頃です。
2009.02.17

☆マザー・テレサの言葉☆ 貧しい人たちは、私たちが彼らに与えるよりはるかに多くを、私たちに与えてくれます。 彼らは、食べ物なしで日ごとに生きている強い人々。彼らは決して他人をののしったり、不平を言うことはありません。私たちは、彼らを哀れみ同情を与える必要はありません。むしろ、私たちが彼らから習うべきことがたくさんあります・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私たちの最も大切なこととして願われている復帰のセオリーは「為に生きる」ことですが、 本当に為に生き、活動状態になると与えているつもりが、いつの間にか為に生きるその何倍も為に生きられ、多くのことを与えられ、多くの愛を与えられ、生かされているばかりの自分であることに気が付き、 感謝ばかりがプレゼントとして私の元に届いてしまうことに、神様の深い心情の世界を学び、教えられてばかりいる私であります。 貧しい人たちが食べ物なしで日ごとに生きておられるのですが、ちゃんと食事も与えられている私が活動しても貧しい人たちの方がはるかに私が多くのものを与えられてしまうのは何故なのでしょうか・・・ しかも無限に与えられ、教えられ、中でも謙虚さを教えられる特権が彼らにはあり、私はただひたすら敬服の念に余念がありません。 そして彼らは決して他人をののしったり、不平を言うことはないので、哀れみ同情を与える必要はありません。 むしろいつも生活には満足している私が不平を持ってしまうことに悔い改めることばかりでした。 では私は彼らに何を捧げたら良いのでしょうか・・・ より深い謙虚さに目覚め、彼らからまず学ぶことしか・・・ 為に生きる動機を持っての出発が出来ませんでした。 与えることより学ぶことからしかまずは私の行くべき道は考えられないのかも知れません。
2009.02.15

「人間の行くべき生涯路程」(p318)より 夫婦が愛するということは、神様を植えることです。 本来父母は、本然の神様の立場を代表し、ここで夫と妻は互いに他の一方の神になります。 そして、息子・娘はまた一つの小さな神様です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まさしく神様の姿は家族だったんですね。 今までの私は遠い神様をばかりを探して来たのでしょうか・・・ 心が遠かったんですね。 どんなに寂しく辛い時も神様はいつもそばにいてくれたのです。 まずは神様を心の中に、家族に、家に植えて行きたいです。 その為にも夫婦が愛し合い、親子が愛し合い・・・ そして万民が愛し合い、この天宙に神様を植えて行きましょう! 無限に美しい愛の花を咲かせましょう! 合体? 本然の世界は個人スターよりもファミリースターの時代になるのでしょうか・・・ まずは私が人の非を覚えず人の良きを覚え、尽くしたことを覚えず尽くしてはすべてを忘れ、受けることを考えず与えたいことばかりで心がいっぱいになれるように.心の体質改善を計りたいです。
2009.02.15

「地上生活と霊界(p530)」より 皆さんが全部何かを探す心がなければなりません。 皆さんが朝に祈祷し終えると、「あ、今日は良いことがある」というのが分かるのです。 「良いことがあるから、ただ良いことが現れるだろう」これではないのです。 それを探さなければならないのです。 このような生活態度が、皆さんの信仰生活にならなければなりません。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今日のこの言葉は私にとって大きな改善用語にふさわしく感じられます。 一番の反省はやはり「何かを探す心」が非常に欠けて来たようで、本当は探せば良いことばかり見つかるのに、探さずに良いことが過ぎ去ってばかりいたのではと後悔と反省と悔い改めが私の心の中を交差しているようです。 探さずに待つことばかりで誰がそれを探してくれるというのでしょうか・・・ この探せば心の中に起きなかった不平・不満でもあり・・・ 気が付くことは探さないことが不平不満の種になっていたのかも知れません。 探そう!神様を!感じよう!真の愛を・・・出会おう! 神様が本当に愛してくれている自分に・・・
2009.02.13

地上生活と霊界(下)(P674 ) 天国に行く道は、兄弟を神様のように愛するところから開かれます。 皆さんは、先生についていこうとしますが、その心で兄弟に従ってともに行こうと努力してみなさい。 このように見るとき、天国にいちばん高く、早く、良く導く者は、神様でもなく、先生でもなく、兄弟だという結論を下すようになります。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 天国に行く道は、兄弟を神様のように愛するところから・・・ という内容に、とても悔い改めさせられました。 このみ言によれば、私にはまだ本当に天国に行く道が出来ていたんだろうか、あるいは見えていなかったのではと・・・ ようやくわかりつつあるようです。 兄弟姉妹を神様のように果たして愛せていたのだろうか・・・ これを自分に問うと・・・ 言葉に出ません。 兄弟姉妹ばかりか、全人類も含めて一人も漏れずにこれからは神様のように当たり前のように自然に本心の発露から愛せるようになりたいです。 考えようによれば、私はいつも神様に会っているのでしょう。 人を人としてではなく神様と思ってこれが当たり前のようになれば、私にも天国に行く道が見えて来て、作られて行くのでしょう。 為に生きること・・・ 今日も私は神様に会う為に天国への道を行くのでしょう。 終わりなき果てしなき道を歩んで行こう・・・
2009.02.13

新しく作りたての歌を2曲載せさせて頂きました。まだ録音していませんが、歌詞を紹介したいと思います。『アージュハレルヤ』 W&M Minoru1.世界の国から人々が集う復帰されたエデンの園へ胸を打つ歓喜の渦はなくした全てを取り戻してゆく真の愛を復帰して広げよう世界へ真の家族をアージュハレルヤ 勝利の凱歌よ 天宙に響けアージュハレルヤ 真の愛の 世界の幕開け(間奏)2.神様の悲願を受けて蘇れ!真の絆よ立ち上がれ!真の兄弟姉妹栄光の道を歩んで行こう暗黒の世界に一筋の光りと道を開かれたご父母様に続こう!アージュハレルヤ 勝利の凱歌よ 天宙に響けアージュハレルヤ 真の愛の 世界の幕開けアージュハレルヤ 真のご家庭の 大勝利!アージュハレルヤ 喜びの歓喜よ 永久に続け!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『ハレルヤ・マンセー』W&M Minoru1.ハレルヤ・マンセー 愛と希望を持って 行こう神の国へハレルヤ・マンセー 全ての悲しみ解いて 復帰しよう 真の愛を神様の愛が 世界へ広がって新しい時代を 地球に迎えよう歴史の悲しみを 解怨しながら振り向けば愛と 全てを染めよう歓喜のハレルヤ 声高らかに心を合わせ 歌い続けようハレルヤ・マンセー 信仰と真理を持って 語ろう神の国をハレルヤ・マンセー 全ての悲しみ解いて 復帰しよう 真の愛を(間奏)神様の愛が 世界へ広がって新しい時代を 地球に迎えよう歴史の悲しみを 解怨しながら振り向けば愛と 全てを染めよう歓喜のハレルヤ 声高らかに心を合わせ 歌い続けようハレルヤ・マンセー 信仰と真理を持って 語ろう神の国をハレルヤ・マンセー 全ての悲しみ解いて 復帰しよう 真の愛を
2009.02.04
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