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いよいろ夏本番ですが、暑さに負けずに頑張って参りましょう!暑中お見舞いカードを書きましたのでもし良ければご覧下さい!☆暑中お見舞いカード☆https://greeting.rakuten.co.jp/app/view/?pcardid=u200604c04-a58648fb75&m=n&夏の季節の素晴らしい思い出を残せますように!
2009.07.31

前回の「これからの人生はその涙を沢山流せる歩みでありたいのです。」の続きになります。神様がアダムとエバを創造されてから16・7年間というものはどんなに天国であり、悲しみのない幸せな世界だったことでしょうか!神様が注がれた愛もどんなに深く喜びに満ち溢れていたことでしょうか!この深さをご存知の方が真のご父母様なのでメシアたる所以と思います。しかし、この計り知れない神様の深い愛は底知れぬ深い悲しみに変わってしまいました。神様の悲しみがどんなに深いものであるか!この想像を絶する深い悲しみがあるなんて、宇宙も霊界も絶対に許せません。この絶対にあってはならない想像を絶する深い悲しみを身も砕け散るほどにご存知な方が真のご父母様であるからこそ再臨のメシアである所以と思います。この計り知れない大きな悲しみをみ言の訓読で表面の一端しか知ることが出来ない私なので、何度お詫びして良いのかわかりません。み言の背後に隠された幾重にも重なる神様の深い愛と悲しみを毎日の出会い、出来事、試練、喜びを通じて100%の感謝と悔い改めの心で心情の根に種を植えて行くしかない私であることをお詫びしながら今日の第一歩を行くしかないのです。より謙虚に高ぶりにならないように、謙虚さを保つために生涯の瞬間瞬間を第一歩にして行くしかない私なのです。与えられる生涯の事実に感謝印を付けながら真の御父母様と少しで心合わせられる道が開かれることを願いながらの第一歩であることを祈願したいと思います。
2009.07.30

神様が人間の親として堕落以来どんなご苦労をされて来られたかは想像に絶するものがあり、到底言葉では表現出来ないものと感じるばかりです。この堕落から復帰する為に、愛する我が子を孤独な場所に連れて来て、子がここから這い上がって来るのをひたすら黙って見ているしかない神様の切ない悲しい思いがやがて明かされ、さらにその思いが天宙人類の一人ももれなく深く深く注がれていたことをいつか誰もが知るようになるのでしょう。その日がどんなに早く来て欲しいでしょうか・・・・どんなに待ち焦がれておられるでしょうか・・・神様は天宙人類の全員分の涙を今も止められないのですね・・・「神様の夢」・・・神様は人間が赤ちゃんとして生まれ産声を上げた時から一人ももれなく堕落世界の子として見ているのではなく、将来天国人として復帰された姿を思い浮かべ、最大の愛を注ぎながらこの人の永遠の生涯での大きな夢があるからこそ、すべての人を一人ももれなく許され復帰されようとされているのでしょう。それはたとえ凶悪犯罪者に対しても同じですね。天宙万民が全て復帰されなければ、たとへ部分天国は出来たとしても神様の悲しみは最後の一人が復帰されなければ神様の完全な喜びはないのです。」み旨(許し)を神様は永遠に諦めることがないです。だから私も神様の心のような許ししか許されないのでしょう。一つの恨みもこの天宙に存在してはならないですね。欠点があって当たり前の堕落世界の復帰途上の人を許せない思いを抱いても何も意味のないことでしょう。例え大きな心情蹂躙されても欠点があって当たり前の堕落世界の復帰途上の人からのものなので意味がない。そもそも恨みというものが存在しないです。もし完成された人へその思いを持ってしまったらお互いが永遠に救われなくなってしまう・・・もう私は恨みという堕落人パスポートを一枚も持つ必要はないのでしょう。そして私が霊界の門番にそれを見せることほど恥ずかしいことはないでしょう。私も神様のように人間が赤ちゃんとして生まれ産声を上げた時から一人ももれなく堕落世界の子として見ているのではなく、将来天国人として復帰された姿を思い浮かべ、最大の愛を注ぎながらこの人の永遠の生涯での大きな夢があるからこそ、すべての人を一人ももれなく許され復帰されようとされているので、私も出会う一人一人の永遠の天国人の姿を思い浮かべて、そのつもりで会話し始めました。すると話す度に涙が流れてきて仕方がないのです。そしてこれからの人生はその涙を沢山流せる歩みでありたいのです。
2009.07.28

私達のこの復帰途上時代にかける神様の願いとは何かを考えました。この地上で成すべき大切なことは「許し人パスポート」を獲得することではないかと最近感じたりしています。み旨を知った者として私達はいつかは霊界へ行くわけですが、まずは霊界で悪霊にならないための準備をこの地上でして行くことが何よりも大切なことであり、神様にとっても個人に一番願っている事と思います。まず悪霊にならないためにはどうするべきか・・・それはよく言われているとおりに私自身の中に恨みを一つも残さないで地上で解決し霊界へ行くということに尽きると思います。これが非常に至難の業かも知れませんが、どのような苦労多い大変な人生であってもこれを成し遂げなければならないと思います。とにかくあの人が悪い・・・という思いを完璧になくすこと・・・家族であればなおさらのことで、まずは世界の代表である家族への思いを最高の状態にして霊界へ行くべきでしょう。そして霊界の門番様から「許し人パスポート」を頂き、食口の霊界でのみ旨が始まるものと感じます。食口である限り霊界では「許し人」であることが原則と思います。ある意味では人生でのみ旨は「許し人」になるための歩みであったともいえると思います。その為に過去の歴史の清算の為に血統の個人差ゆえに「許し人」になるために大変な道のりを通過して行かなければならない人もおられると思います。個人差が「真の許し人」になるために神様が与えて下さった人生プログラムであることを深く感謝し、総合的に考えれば自分を含めた歴史をすべて許しを持って乗り越える歩みが私達のみ旨と思います。そして霊界で「許し人パスポート」を頂いた食口は「模範許し人」として霊界と地上界の多くの人たちの救いの為にさらに天宙の天国復帰にかけて歩んで行くのでしょう。許しの真の兄弟姉妹として共に頑張って行けたらいいですね!
2009.07.23

「人生は短いから、私は憎しみや不正をいつまでも心に残してなんかいる暇がないような気がするの。」 ☆シャーロット・ブロンテ(英 作家)☆ 今日は妻の活動について少し書かせて頂きたいと思います。公職という責任に与り、神様とTPの前に精誠を持ってつねに努力を重ね歩もうとしている姿には私はただひたすら敬服するしかありません。上記の言葉のように短い人生を切実に歩みながら憎しみなどもいつまでも心に残してなんかいる暇がないほど忙しく活動しているのでしょう。このようにな妻の後ろ姿から学ぶことが多く、神様のみ旨を歩む姿は人間にとって最高の人生時間を過ごしていると思います。妻には恨みや憎しみにはまったく縁ないようで、誰に、何に対しても悪い思いは何もないと言います。これはまさしく悪い因縁の歴史のストッパーの模範的なあり方であり後孫にも伝わる恨みもかなり削減されるのだと思います。毎日忙しく神様とTPの前に精誠を持って歩むゆえに与えては忘れ与えては忘れ、さらに同時に悪いことも思い出す余裕もないばかりか、悪いことを完全に忘れてしまうことも出来る天才です。私にとってもこれ以上の模範はなく、歴史の悪い因縁の削除の最高のVictory Roadをまっしぐらの人生と思います。悪いことを忘れる術を私も相続出来るものなら、これほどうらやましいことはありません。その為にも「人生は短いから、私は憎しみや不正をいつまでも心に残してなんかいる暇がないような気がするの。」 の人生を私も基本にいろいろなチャレンジを心がけて暇なし人生にして行きたいと思います。・・・というよりもともと人間は憎しみや不正をいつまでも心に残してなんかいるようには創造されていないので、この時間を省けば他のことが出来る時間を得て、人生を有効に無駄なく楽しく素晴らしく幸せに過ごして行けるのでしょう。さらに不健康の種である憎しみや不正が心に残ることがなく逆に健康の種である感動が短い人生に限りなく広がるのでしょう。「振り返ればすべてが愛であった」(TPの言葉)を考えればこれは「オール感謝道」とても表現出来るのでしょう。この「オール感謝道」ほど良い因縁しか作らなく悪い因縁のストッパーにるものはないでしょう。天国とはその良い因縁が集まり、積まれて、この因縁が天国の素材となり形成された世界なのかもしれません。だからこれからは家族として天国の素材集めの仕事を大切にして行きたいと思います。そして訓読書「天国を開く門真の家庭」より家族単位から天国が世界・天宙へ広がると言われていますので、家庭を愛することは世界・天宙万民を愛することになということから本当に正しい家庭が本当に必要なのでしょう。とくに家庭は慣れの習慣世界になりやすく、家族関係も掃除状態が非常に参考になると思います。しかし本然の天国生活は家庭中からの毎日涙流すほどの感動の世界の出発なので、天国の最小単位になるので、マンネリ打破の中に限りなく発見出来る最高の世界と言えると思います。このマンネリが突然なくなることが人間の最大の悲しみでもあるので、最高の喜びも家庭から探せるのでしょう。まずはみ旨の道より「万民をアベルとして侍ること」ではないかと感じます。そしてこれは万民の象徴である家族から始まるのでしょう。
2009.07.21

人間を賢くし、人間を偉大にするものは過去の経験ではなく、未来に対する期待である。なぜならば、期待をもつ人間は何歳になっても、勉強するからである。☆バーナード・ショー(英・ノーベル文学受賞作家)☆人生は生涯が勉強であると本当に毎日の生活を通して感じるばかりか、永遠に人間は神様の子供として勉強(発見)そのものが計り知れない感動なのでさらに若く美しく輝いて行くのでしょう。私の仕事は健康関係(指圧)ですが、治療を受けに来られるいろいろな人を通じて沢山のことを限りなく学ばさせて頂いています。この治療を受けに来られるお客さんを通じても感じることは、未来に対する期待と希望、そして夢を持ちながら勉強している人は高齢者であればあるほど体が年齢よりも若く感じられ、考え方、会話も弾んでいます。その反対に自分の過去の実績や功労、地位、名誉、財産にいつも凝り固まり、もう全てが分かったように(自分が真理であるかのような)高い所から世間を見下ろしている人に限って実年齢よりも老けて見え、心も固まり、心のある所以上はなかなか入り込めないように感じることもあります。そしてその心以上に共通して鎧のように体の筋肉が硬なり、血流が悪く、心臓及び各内臓にも負担をかけやすい体質を持っているようです。何故筋が固くなるのか、疲労以上に心の問題が一番の原因となっていることはこの業者ならではの多くの治療を受けに来られた人を通じて感じ取れる恩恵かも知れません。特に知性と言うものはとても周りを惹きつけて魅力的な武器にもなりますが、否定に対して対応力を失い、知性にこだわると不思議と血流が悪くなり、特に前頭葉という情をコントロールする脳に酸欠状態を呼び、情緒不安定を呼び起こすこともあります。これはうつ病にもつながる面があると思います。私の師匠である浪越徳次郎先生は、とにかく、笑いなさいといいます。それは笑いが万病の為の特効薬になるからです。笑いは不思議と筋肉を本当にやわらげます。本心から笑うことが大切です。健康のバロメーターは本心から笑えることが大切なのだと思います。その心には限りない謙虚さと柔和な心をいつも育成すると感じます。もちろん笑いには場をわきまえることも大切なので言うまでもありませんが、その点を理解した上で大いに笑いましょう。笑顔は私を健康にするばかりか、人をも健康にして行くのでしょう。神様の喜び!為に生きる中でも笑顔はその王様でしょう。本心から距離がありながらその場に合わせようとする作り笑いにも注意しなければならないのでしょう。本心からに笑いに委ねられる心は100%の信仰なのでしょう。もし私の中にお笑いを低く思うようなことがあれば、それは老化現象の一部になるのでしょうか。本当の老化について勉強に余念がない毎日のようです。
2009.07.21

毎日いろいろなことがあり勉強ばかりですね。この頃家では掃除をすることが多いですが、分別などは本当に大変ですね。徐々に綺麗になりながらも「まだここが整理されていない」とか言われると、心に疲れを感じてなかなか感謝するまでに時間がかかりそうで・・・時間を経ながらもようやく悔い改めの心情になって行けるようです。掃除をしながらも心の底に後から褒められたいという気持ちが沸いていることがよくあるものですが掃除に後に反応がなく、さらに追求されながら神様は沢山の心情を復帰出来るようにして下さっていることがわかります。さらに謙虚になりその掃除の追加要求の意味を考えるようになりました。当たり前に任されることがどんなに尊いことなのでしょうか・・・家族為、人の為、社会の為に・・・為に生きれる権利を神様から与えられていること知り、実感しながらこうした当たり前に生活出来ることがどんなに感謝なものなのか・・・その大きさに計り知れない感動を感じました。真の幸せとは”当たり前世界”に限りない宝ものよりもはるかに大切な幸福の種を発見することが出来るのでしょう。もし願いが適うなら”千の空気になって”多くの人たちに当たり前のように見えない存在そして利用されなければならない存在になりたいと・・・まだまだ私は空気よりも劣る身ですが神様は「汚れはてし我を捨て賜わずに死より生かし賜ふ」の聖歌17番の歌詞のように空気のような当たり前を通過させて下さり、さらに空気以上に成長させて下さろうとされておられることがわかりました。そして当たり前であることに人は真の幸せをここから感じ、発見して行くようになるのでしょう・・・世の中にはまだまだこの当たり前の関係が一瞬にして失われてしまうあまりにも悲しい事件や事故が多く続いています。それは本当の幸せを失ってしまうからなのでしょう。そしてこの当たり前が一番大切な命をかけても守りたい内容なのでしょう。この当たり前の中に人間の最高の幸せ(神側)と最大の悲しみ(サタン側)が存在するのでしょう。だからこそ今、この当たり前に心から謙虚になり、永遠に大切にに神様からあまりにも与えられ続けて来た幸福の種を、今この場から探しに歩んで行くのです。
2009.07.15

神様が子供として人間を創造され、一人ひとりに与えられた個性真理体という最高の賜りものは唯一無二であり私たち神様の子供同士がお互いの個性真理体を感じ、発見することが正しく本然の天国世界と感じてなりません。生まれ与えられた家族の個性心理体でさえ成長し発見して行くだけでもこの地上の人生はあまりにも短すぎるのでしょう。家族の一人一人の天性(親なる神様の創造)の素晴らしさを発見して行く感動に追われていることを考えれば人生というものは天性の発見そのものであり、初めから終わりまで感動でいっぱいの内容から「人生=感動」そのものなのでしょう。そして人生学校が感動そのものなら覚え体験することが感動なので、忘れることもなく、より質の高い感動を人は求めて行くのでしょう。さらにその感動ゆえに神様が自分に与えられた私の個性真理体を引き出し、家族をはじめ、出会う多くの人たちに感動を与えられれば自ら為に生きる存在そして永遠の感動の世界(天上天国)へ向けて人生学校を歩んで行くのでしょう。為に生きること・・・お互いの存在が感動であり、常にこの授受が確実に転回され、万有原力(神様の無限パワー)により作られる世界が真の愛の世界なのでしょう!もはやそこには為に生きなければならないというネバならないという使命感ではなく、感動そのものなので為に生きることが一番最高の喜びなのでネバならないなどという思いがどこにあるでしょうか・・・真の愛の世界・・・感動と喜びの世界「一人のから星の数よりも多い良い点を探したい」 一人の個性真理体は宇宙の星の数よりもはるかに多く・・・さらに無限に良い点、感動を発見することが出来るのでしょう!今すぐにでもその感動を捜しに出発したいと思います。その感動発見は自然と謙虚な心を誘発し、万人・・・さらに万物から大きな発見を一瞬刻みで感動を与えられるので、こんな素晴らしい人生はあるでしょうか!今までの知ったかぶりで人の非ばかりに目が行き、高慢な思いに支配されていた人生ともおサラバし、特にお年寄りから感動を発見しながらその人から受けた感動をこの地上に、私の心の中に残しながら神様にその感動をお捧げして行きたいです。その感動が正しく神様が一番喜ばれ、真の親子の因縁になるので、永遠の世界でもそのお年寄り(人生界での先輩)との再会が楽しみであり、感動を供給慕った関係だかこそ天上天国の基本形態も地上界(本来は地上天国)でも感動でなりたっているのでしょう。感動こそ、いくら年齢があろうとも「天国は幼子の心を持った人が住める所」所以(ゆえん)と感じるばかりです。感動は真の謙虚さを生み、真の心の温かさがその人から伝わり、そして私も伝えられ、幸せを供給し合って行けるのでしょう。もはや人の良い点を捜す生活三昧のスタートです。心の闇や病も飛んで行け!もう二度と帰って来るな!人の良い所を無限に発見して行こう!感動が始まればその気持ちを誰も抑えることが出来なくなるでしょう。人生はネバならないではあまりにも忙しい・・・しかしこの忙しさが一番の感動で感謝なのかも知れません。どれだけ感動の山を神様にお捧げ出来るでしょうか!
2009.07.10

。他者に貢献することは、この地球でのあなたの居場所に払う家賃である。☆モハメド・アリ☆ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この言葉を聞く限り、私は今与えられている自分の居場所である唯一無二の宇宙空間に対して家賃を払うどころか、自分はいかに家賃を滞納していたかがわかります。考えれば未払いでも追い出されずに済んでいることがあまりにも奇跡中の奇跡でしょう。私の居場所の家主さんは忙しくて家賃滞納者の私まで手が回らないのでしょうか・・・こう思うと不安がよぎりますが、家主さんは手が回らないのではなく家主(TP)さんが私の未納の家賃を代りにオーナー(神様)に全部出費して払って来て下さったことがわかりました。今まで他者に貢献するというよりは、自分に貢献することばかりを考え、自分が回りからどう見られたいとか・・・そればかりに夢中になり、とりわけ自分の為に追われて生きてきた人生だったのでしょう。これからはそのかなり溜まってしまった滞納金を利息も含めて返済して行くことがこれからの私の生涯路程になって行くことでしょう。しかも家主さんはこれを全体責任として個人には返済がなるべく楽になるようにと還元して下さっていることに、あまりにも感謝であり幾重にも言葉に出来ない限りない大きな恩恵であることに今ほど、このことを強く感じたことはありません。この滞納金(罪と堕落性)を清算して行くには「他者に貢献すること」すなわち「為に生きること」ですので、心して何倍も為に生きて行くようにしたいと改めて感じている次第です。大母様が他者に貢献する為の最も大切な基本を与えて下さいました。「今まで眉間に皺を寄せていたとしても、これからは笑ってください。笑うことが出来る生活をすれば福が来ます。鼻歌を歌いながら生活すれば、文字通り「祝福」を受けていくことが出来る貴い時代が来たのです。」(~天一国祝福家庭新しい出発特別修練会での大母様のみ言葉~) 笑顔がまず大切ですね。この笑顔をもっての生活を基本に福が訪れる基本を体制をまず作りたいと思います。この大母様が言われる「笑うことが出来る生活をすれば福が来ます。」と言われるようにとにかく笑顔を絶やさない人生が必要と感じるのです。 赤ちゃんの時代が一番家賃を返せてたのではないかと感じます。赤ちゃんの笑顔ほど大きな家賃を返せることはないと思います。今の私を見ればとても赤ちゃんにはかなわないです。初めて出会う全てに感動し、その笑顔の赤ちゃん、幼児時代の頃がどんなに神様の喜びの対象になっていることでしょうか・・・ 天国は幼子のような者が行ける所という聖書の内容所以と感じます。 大人になって、知識と経験を積み重ねながらも赤ちゃんや子供のように素直に反応する感情が冷めてしまったのではと感じながら、それでは神様は喜びを感じられないのではと思います。神様の本当の喜びとは何かをわかる人生にして行きたいです。どんなに知識が増え、経験が多く積み重なっても、同じことが何度あっても時間が違うだけでも初めての出会いのように全てに感動するような童心の世界が本当の天一国ではないかと感じることがあります。 人はマンネリ化し心が冷めるとどんな良いものでも悪く見え、見るようになってしまうこともあるかも知れません。それでは神様からますます遠くなって行ってしまいますね。誰かを見て子供騙しや幼稚なもの、馬鹿馬鹿しい思いが根にあるうちは神様の心はわからないのでしょう。これからもさらに永遠に私は赤ちゃんから沢山のことを学び心の理解を深めて行くのでしょう。唯一無二の個性真理体を学ぶことに永遠に終わりはないのです。天国で神様の愛を生素を吸って行くためには幼子のような心がなければならないのでしょう。 神様は真のお父様にいつか天宙を肩車してあげて連れて行ってあげたいと約束されています。このような神様とお父様の素直な本当の関係を目指したいと思います。そして神様は私にさえも夢の約束を生まれた時から沢山して来て下さっています。そして神様との夢の約束はこれからも永遠に続くのです。
2009.07.08

昨日は「千回のありがとう」という「感謝言葉」を考えました。 先日の「健康言葉」と「厄病言葉」について考えましたが、やはりこれを生活化するには習慣化と出来るように、またこれが喜びを伴うなければならない当たり前にする為に最初は本当に意識して行かなければならないでしょう。そうしてこれが意識ではなく自然に「感謝言葉」「健康言葉」出て来るようになれば、心もあらゆる霊的障害も排除出来るようになり健康に向かって行くと感じます。 いわゆる心の体質改善になり、これが土台となり、体の体質改善も起動はじめ、時間をかけて病にかかりにくい体質になって行くと感じます。「ありがとうの感謝言葉」「健康言葉」がごく当たり前で、普通言葉として自らの中に設定し、これを会話言葉、心の言葉として無意識に使えるようになりたいものです。 その為にも毎日を振り返り、時間の余裕があればどちらの言葉が多かったかを回想することも必要と思います。 もし厄病言葉が出てしまえば、何故そうなってしまったのか・・・時間を経れば必ずわかるようになっていると思います。 そしてこれを反省しお祈りし、次のパターンの時には「ありがとう」と言えるように持って行くところに大きな成長があるのではと思います。 これを繰り返して行くと心情の中にギアボックスが出来て来て「ありがとう」ギアへすぐにチェンジ出来るようになります。そして「ありがとうの感謝言葉」「健康言葉」対応で対応すると心が非常にすっきりして来て、心身の病の霊界を退くことが出来と思います。 今まではこの二つの心情圏と言葉の戦い・・・ そこから放たれる善の気と悪の気が自分に帰って来た結果が自分の人生になりますので、大きく見れば悪人はいないということになります。 というより自分の悪い気の雇われ人に過ぎません。 心傷付く言葉を言われたり、誤解されても何故そうなるのか・・・ それは自分が今まで放った悪い気が違う形で帰って来ているのでわからないだけで、時間をかければ全てが読めてきます。 そして自分も意識を持ち、注意すれば因縁清算の為の雇われ人にはされなくなると感じます。 その人を責めれば自分を責めるのと同じになってしまいますので、これからの人生は善の気、感謝の気、希望の気、神様の夢の気などの良い気を放つだけで十分と感じます。 自分の悪い気が自分に帰って来る際にその悪い気の雇われ人になった方と、その人のご先祖様、神様にお詫びをさせて頂きました。 そしてもう二度と私から出た悪い気の雇われ人が現われないようにと・・・ 今まで放ってしまった悪い気はもう放っているので帰って来るのを待つしかありませんが、その際もそれを温かくお迎えし、善に切り替え「ありがとうの感謝言葉」でお迎えしたいと思います。 そうでなければ今までの自分の帰る家がありません。 この迎えられた自分を愛の気で、善の気で、生み変えてあげたい・・・ この熱い思いが、さらに「ありがとうの感謝言葉」「健康言葉」を起こさせてくれるのです。 同様に家族を温かくお迎えし、万民を温かくお迎えし、万物を温かくお迎えし、真のご家庭、神様を温かくお迎え出来るようになりたいと改めて決意させられました。
2009.07.01
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