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三菱一号館は、三菱地所の前身である三菱合資会社の不動産部門が、1894年にイギリス人建築家を招聘して丸の内に初めて建設した赤レンガの洋風建築。老朽化のため1968年にいったん解体されたのだが、丸の内エリア再開発の目玉として三菱地所が2010年に再建した。この再開発事業には三菱のプライドを強く感じるのだが、中でも再建された三菱一号館は外装といい内装といい、部材といい意匠といい、素晴らしいの一言。現在三菱一号館は主に美術館として使われている。その一階の角に、元は銀行窓口だったというフロアをカフェに改装したCafe 1894があり、いつも人で賑わっている。こちらが入り口。堂々とした石の階段は一段一段が高い。赤レンガの風格ある外観は、今となっては貴重な19世紀のクイーン・アン様式。重厚な扉をくぐって中に入ると、二層が吹き抜けになった大空間に驚かされる。ギリシア式の柱、窓枠、天井の羽目板などがすべて木製なのが、いかにも日本の洋風建築。装飾部材が多用されているのにも目が行く。こうしたディテールの過剰さは、近代的な建築空間からは消えてしまっている。窓ガラスもちゃんとアンティークガラスを使っているので、外の景色が微妙に揺らいで見える。天井からここまで長く下げたシャンデリアも珍しい。灯りとしてのデザインはシンプルだが、贅沢な空間演出だ。明治時代に貪欲に欧米の技術や文化を吸収しようとした日本人の意気込みが感じられる。こうしたカフェは、往々にして内装「だけ」が素晴らしく、味はイマイチなことが多いが、Cafe1894ではそうした心配はご無用。コーヒーはオーガニックの豆を使っているとかで、香りの高さに驚いた。こちらはマロン・アラモード。ネーミングも見かけもクラシックだが、案外(失礼!)アイスクリームがフレッシュでさっぱりと美味しいのにまたまた驚いた。なるほど、この味なら客も入るはずだ。食器はニッコーのWhite Crownシリーズ。コーヒーが透けて見えるほど薄い。雰囲気といい味といい、丸の内エリアでは一番のお奨めカフェ。クルマを利用される方なら、丸ビルの地下1階で年会費無料のポイントカードを作れば、丸の内エリアに17ヶ所ある駐車場に1時間まで無料で駐車できる(ただし無料で置けるのは1日1ヶ所)ので便利(こちらを参照)。カードはその場で発行してくれる。一店舗で3000円以上買い物をすればさらに1時間駐車がタダ。三菱一号館に隣接する丸の内パークビルも、地下の駐車場へ通じるスペースまで凝ったインテリアを施している。細部に至るまで個性的だ。これはエレベーターの昇降ライト。左右がエレベーターが来たことを知らせる昇降ライト。その間にバラの花が閉じ込められている。壁面のライトの脇にまで、曲線の可愛らしいデザインが。三菱一号館と丸の内パークビルに挟まれた一号館広場に出ると、木々に囲まれたベンチで人々がくつろいでいる。この2つのビルを擁するブロックは、ブリックスクエアという名前がついており、その雰囲気はアメリカのボストンの街角を思わせる。ブリックスクエアから馬場先通りに出て、ブランド店の立ち並ぶ丸の内仲通りに抜けるのもいい。このあたりは、東京でも、いや、恐らく世界の有名都市の中でも、最も洗練され、最も清潔で、最も平和で、最も裕福そうな場所だ(ただ、衣類や鞄を扱うブランド店にはあまり人が入っていない。あれで経営は大丈夫なんだろうか)。Mizumizuが仲通りに出たら、ちょうどメルセデスのCLSが道の脇に停まっていた。石畳と並木の洒落たこの道には、流麗なデザインのCLSがいかにも似つかわしかった。巴里も倫敦も紐育も何度も行ったが、今の東京ほど手ごろな価格の美味しいもの、可愛いものが溢れている都市はない。若者が海外に興味をもたなくなったのも、これだけ快適で清潔で秩序正しく、しかもなんでも手に入る国に住んでいれば、ある意味で当然のことかもしれない。
2010.09.25

藍染めの衣類は、色が落ち着きすぎているものが多く、いまいち感覚が合わないと思っていたのだが、紺邑には水色がかった明るめの色調もあり、その微妙なトーンの豊富さが気に入っている。こちらはシルクのストール。肌になじむ感触が最高。風にふわりとなびくさまは、ゴッサマーのように軽く、魅力的。紺邑の染めは、徳島の「すくも(藍)」に灰の「灰汁」、それに「貝灰」「黒砂糖」「フスマ」を加えて自然発酵させた伝統的な正藍染めだとか。工房は栃木県にあるが、各地のデパートの催事に出店することも多々なので、藍染めに興味のある方は是非(スケジュールはこちら)。ブログも独立独歩の職人の我の強さが出ていておもしろい。Mizumizuがよく行く日本橋三越の話も出てくる(こちら)。蒲焼きが7,000円する「特別食堂 日本橋」に驚いているお客の様子が微笑ましい。確かに日本橋三越の「特別食堂」は高いんですよ。Mizumizuも最初にメニューを見たときは驚いた。そして、入って食べてみて、その値段の意味は・・・わからないのですねえ。布のテーブルクロスの清潔感と急須で出されるお茶のサービス代が含まれているのは確か。案外お客が入っているというのも摩訶不思議(ただし、ほぼ全員シニア世代)。日本橋三越はやはり、カフェ・ウィーンのヴィーナー・シュニッツェルが最高かと・・・ 人気メニューのせいか、午後1時すぎると売り切れになっていることが多いのが玉にキズ。
2010.09.22

山口県民の郷土の誇り、萩焼。山口県で萩焼の食器をもっていないという家は、ほとんどないのではないか。山口県民には馴染みの深い萩焼は、しかし関東では、茶人を除けばほとんど知られていない。九州の有名窯元のものならデパートに多く入っているが、萩焼はあまり見ない。関東人に萩焼がもうひとつ受けない理由・・・それは個人的には、あの人肌を思わせるくすんだ色調にあるように思う。土色寄りになるか灰色寄りになるか、あるいはピンク寄りになるかという違いはあるにせよ、萩焼といえば基本は肌色というイメージがある。もちろんそれがすべてではない。すべてではないが、イメージとしては「萩焼=肌色」なのだ。高校時代までを山口県で過ごしたMizumizuだが、土着の山口県民でないせいか、何を隠そうあのぼやけたような肌色が苦手なのだ。模様めいた違った色合いの差したものなど、アトピー性皮膚炎の持病をもっている身としては、なんだか皮膚に浮いた疾患を見ているようで、ことさら気味悪く感じてしまう。だが、萩に行って有名な窯元巡りをしてみると、一般に安く流通している萩焼のイメージを覆す作品を作っている陶芸作家も多いことに気づく。先日、そんな窯元の1つである大屋窯を萩に訪ねてみた。山と川に挟まれた緑豊かな土地にある大屋窯のショップは、天井の高い簡素な東屋風で、とても洒落ている。敷地は傾斜地ながら非常に広く、自然の勾配を活かした登り窯やアトリエのほかに、お願いすれば母屋も見せてもらえる(もしかしたら、買い物した人限定かもしれない?)。母屋は思い切り広く、隅々にまで和的な美意識が行き届いた大豪邸(←東京の人間からすれば)だ。ゴージャスで贅沢な暮らしをしているということではなく、自然の懐に抱かれて、精神的に余裕をもった生活しているのがヒシヒシと伝わってくる。創意に溢れた美的な暮らしを東京で見ることはほとんどない。単なる金持ちや資産家ならいくらでもいるが、それと「うつくしく、豊かな暮らし」は別のものだ。大屋窯の器たちは、萩の街中のお土産屋に置いてある手ごろな量産品に比べると格段に高いが、質の高さも値段に見合って図抜けている。まず気に入ったのはこの陶器の大皿。茶色の地に白っぽい釉薬のムラがいい味を出している。カレーやパスタにぴったりだと購入決定。こちらは土色の昔風の色調に、柄がモダンなお香立て。葉を象った、灰色がかった白のソープディッシュ。真ん中あたりにポツッと落ちた、たった1つの茶色の斑点が、ナチュラルなアクセントになっているのも憎い。こちらは陶器にしては表面がつややかだと思ったら、磁器なのだという。陶器のもつ素朴さが磁器にしかない洗練と結びついて、不思議な佇まいを見せている。聞けば、陶器のもつ趣きを磁器と合体させるというのが、大屋窯のライフワークの1つでもあるという。こちらがその「磁器なのに陶器のようなニュアンス」をもった作品の代表例になるだろう。大屋窯の濱中史朗氏の作品。フォルムは古代ギリシア時代からあるような、極めてクラシカルなもの。釉薬を使っていない表面の質感はテラコッタ風なのに、色はといえば、どこまでも白い。こちらに同氏の無釉白磁の作品が並んでいるが、骸骨が中央にあるのが暗示的だ。アトリエにも、ひたすらシンプルなフォルムで、ひたすら骨のように白い磁器作品がさかんに並んでいた。つまりこの作家は、骨めいた白という磁器の色に妄執にも似た愛着を抱いているのだろう。白は純潔を表す色でもあるが、骸骨に代表されるように終焉の色でもある。濱中史朗の無釉白磁は、穢れのない無垢な白というより、穢れさえ朽ち果てた先の白ではないか。Mizumizuが買った甕風の花瓶は可憐なレース柄が特徴的なので、「骨めいた白」のイメージは薄まっている。だが、この甕のような花瓶を掌におさめてみると、クラシカルでシンプルなフォルムは遠い過去を、洗練の極限を極めた一色の白ははるか未来を暗示しているような気がした。繊細な柄の花瓶のはずなのに、骨壷のようでもある。きれいな色のはずなのに、それがいつのまにか不気味さを帯び、不気味さの中に静かな美しさが宿る。「一楽二萩三唐津」「萩の七変化」といった萩焼の伝統的な強みをいったん放棄して、新しい表現手法を探っている窯元も確かにあるのだ。伝統に学びながらも、伝統から脱却していく・・・大屋窯の方向性は、これからの日本の伝統産業の職人が生き残る道を示しているようでもある。
2010.09.20

以前、リモージュ焼きのソーサーを直してもらった文京区の修理工房 六屋。またも割れ物がでたので、修理してもらった。こちらは急須のフタ。2つに割れたうえ細かい破片に分かれてしまった。製造元に問い合わせても、フタだけの在庫はないと言われたので六屋に持ち込んだ。漆などを使って接着させたあと、金粉を蒔き、十分に乾燥させたあと、サンドペーパーで研いで表面を滑らかにするのだとか。金の線をさっと描いただけのようにも見えるが、実は手間も時間もかかっている。要はこの部分だけ磁器ではなく蒔絵になるので、食洗器や乾燥器にかけない、漂白は最小限にしなくてはいけないなど、それなりの扱いが必要になるのだが、割れ目が模様のように見え、おもしろい味わいが出た。こちらはヴェネチアで買ったガラスのコップ。食洗器にかけてるうちに、見事に3つに割れてしまった。通貨がリラで、物価の安かった時代のイタリアお土産で、たいして高いものではないし、捨ててしまおうかとも思ったのだが、小さな家族経営のガラス工房で、「誰が作ったの?」と聞いたら、「オレさ!」と自慢げに胸をそらせていた小柄な老人の姿が脳裏に蘇り、捨てるのがしのびなくなった。あの年老いたガラス職人は、もしかしたらもうこの世にいないかも・・・ そんなことを思ったら、直せるものなら直して使ってみようと。実はこちらのガラスのほうが六屋のご主人は確信なさげだった。「うまく接着しないかも・・・」と言うので、「ダメならダメでいいですよ」と答えた。だが、できあがったものを見たら、非常にきれいに直っている。うまくつかなかったらそっと飾っておくだけにしようかと思ったコップが十分実用に耐える。もともと日常的に使うためのコップなので、さっそくそのお役目に戻った。不況のせいか、六屋には地方からも多くの修理依頼が舞い込むのだという。愛着のあるモノを直しながら使う・・・ そんな気持ちを取り戻すことができたのが長引く不況のせいならば、それはそれで悪くない。
2010.09.16

Bunkamura ザ・ミュージアムで8月末まで開催された「ブリューゲル版画の世界」展。ブリューゲルは16世紀にネーデルランドで活躍した画家だ。ネーデルランドとは現在のベルギー、オランダ、ルクセンブルクを含む。ブリューゲルはアントウェルペン(アントワープ)が活動拠点だったので、現在の国で分ければベルギーの画家ということになる。生没年代は1525年(あるいは30年?)~1569年。イタリアならルネサンス時代に属するが、北方ではこの時代はまだ中世末期とされることが多い。ブリューゲルはイタリアを旅行し、ルネサンスの息吹を北方絵画にもたらしたので、北方ルネサンスの先駆け的存在だとも言えるが、その世界観は明らかに中世に属している。Mizumizuは10代のころからブリューゲルの世界観に常に魅せられてきた。たとえば『イカロスの墜落』・・・作品のテーマであり、ギリシア神話の中でも極めて大きな事件であった「どこまでも高く飛ぼうとした少年の悲劇」が、ここではほとんど誰にも気づかれていない。一般庶民の日常生活の中にイカロスの悲劇は埋没してしまっている。こうしたアイロニーにMizumizuは近代人に通じる洞察力と精神性を見たのだ。それは恐らく、黒澤明の「七人の侍」にも通じる世界観でもある。だが、Mizumizuがティーンエイジャーだったころの日本人が一般に好んだのはもっぱらフランスを中心とする印象派の絵画。イタリア・ルネサンスの巨匠ですら、知られた作品は限定的で、さらにマイナーな北方絵画のしかも中世末期の作品なんかに興味をもつ好事家はほんの一握りだった。「ブリューゲルの版画展」は確か1度どこかで開催された覚えがあるが、見に来る人なんて本当にわずか。ブリューゲル作品でも、色彩のある板絵なら少しはアピールしたかもしれないが、版画となると展覧会場はガラすきだった記憶がある。だが、Bunkamura ザ・ミュージアムの様子は昔とはガラリと変わっていた。渋谷というロケーションもあるにせよ、中は若い世代でいっぱい。見に行ったのが週末だったせいか、重要な作品群の前には行列ができるほどだった。この成功は、宣伝手法が功を奏したからに違いない。こちらのPR動画を見てもわかるとおり、「400年前のワンダーランドへようこそ」というキャッチコピーで、イマドキのアニメや漫画に通じるようなブリューゲルの「変キャラ」にスポットを当てている。ブリューゲルの描いた怪奇なキャラクターが、日本の漫画に出てくる異形の存在にどこか似ていることは、昔からMizumizu自身気づいていた。だが、今と違って漫画の文化的地位は非常に低く、アカデミックな美術史研究者が真面目に取り上げることはなかったのだ。当時はもっぱら、ヨーロッパの研究者の研究を紹介することに主眼が置かれていた。ヨーロッパ世界でもっとも大切なのはキリスト教的価値観。キリスト教的な感性では明らかに異端に見える「変キャラ」のうごめく世界を描いたブリューゲルや、彼にインスピレーションを与えたボッシュといった中世の画家が、純粋なキリスト教徒であったのか、異端であったのか・・・そんな論議を真剣に紹介していたのが昔の日本の展覧会だ。だが、もともとほとんどがキリスト教徒でない日本人にとって、そんな話はまったく興味の対象外だろう。「キリスト教」あるいは「キリスト教徒」にとってこうした作品がどういう意味をもつかなど、日本人にはどうでもいいことなのだ。それよりも、1人のクリエーターの創り出した異形の存在が放つ風刺やユーモアに日本人は惹きつけられる。マンガチックなブリューゲルの「変キャラ」は、「表現するものたち」が本能的に関心をもつ「隠れた人間性」を象徴している。その普遍性は時代も地理も超えるのだ。そして、恐らく日本人の漫画家は、こうしたヨーロッパ中世期の画家の作品からもインスピレーションを受けたはずだ。絵を描く人間なら、ヨーロッパ絵画の図版ぐらい目を通すだろう。虫や鳥といった人間以外の生物と人間が合体したようなキャラクター、あるいは壷や木といった無生物と人間が合体したようなキャラクターは、それがキリスト教の図像学でどういった意味をもつかなどということとは関係なく、あらゆるクリエーターに視覚的刺激を与えうる。若者が大勢この展覧会にやってきて、ヨーロッパ中世の巨匠の創り出した「変キャラ」を興味ぶかげに覗きこむのは、だからある面では、ヨーロッパ絵画にも学んだ(であろう)日本人漫画家やアニメーターの功績だと言ってもいいかもしれない。ヨーロッパの画家が創り出した「異形の存在」と日本人漫画家が描いたそれとには、視覚的に共通する部分が多い。キモチ悪いのにどこかユーモラスに描かれたキャラクターを見るとなおさらそう思う。ただ、ベースとなっている思想には明確な違いがある。アニミズム(精霊信仰)の国である日本は、モノや場所にはそれぞれ神様が宿ると信じている。それを視覚化したのが、日本の漫画の「異形の存在」のルーツだろう。一方、ブリューゲルの「変キャラ」で人間と合体したモノは、キリスト教的図像学の意味から読み解けるものが多い。割れやすい「卵」はこの世の「はかなさ」、目に見えない楽しみを奏でる「楽器」は「虚栄」を表す・・・というように。アトリビュートと擬人像もキリスト教図像学における決まりごとだ。たとえはこの「七つの大罪 傲慢」を見ると・・・中央に鏡をもった女性が立っている。鏡は「傲慢」を意味するアトリビュート(持物)、だからそれをもっている女性は「傲慢」を象徴する擬人像だということになる。だが、個人的にはそんなことより、鏡に写った女性の顔が「ニコちゃん人形」みたいにマンガチックに描かれていることのほうがおもしろい。こうした「遊びゴコロ」も、ブリューゲル作品の大きな魅力だ。ヨーロッパ中世期の画家は、キリスト教的な理論でキャラクターの多くを描いている。だが、悪魔的風貌の動物的なキャラクターは、キリスト教図像学ではなく、もっと古い時代にそのルーツを求めることができるかもしれない。ヨーロッパの古い時代、具体的に言えばロマネスクからゴシックにかけて建造された聖堂の柱頭には、「グリーンマン」と総称される半植物半人間の怪奇なキャラクターが掘りこまれていることがある。最近の研究によれば、こうしたキャラクターのルーツはヨーロッパの先住民族ケルト人の文化にあるという。ケルトはアニミズムの民族だった。彼らを駆逐した一神教のキリスト教徒は、アニミズムを野蛮なものと蔑視するようになる。そこでケルト民族が信仰していた、生物・無生物を問わずあらゆるモノと場所に宿る精霊という概念とキリスト教の悪魔の概念が結びつき、ケモノめいた風貌の悪魔像が生まれ、キリスト教の世界では憎むべき存在として定着していったというのだ。つまりグリーンマンは、ケルトの精霊が悪魔に収斂されていく過程のもっとも初期の姿だということだ。ブリューゲルの「変キャラ」にも悪魔的風貌のものがいる。キリスト教図像学では読み解けないこうしたキャラクターの姿はやはり、ケルトの精霊をキリスト教徒が侮蔑的に再解釈した「異形の存在」の系譜につながるのかもしれない。それを見て、キリスト教的な「精神の縛り」のない日本人がまた、自由な想像の翼を広げ、自分なりの解釈をする。生み出されてから400年もたっているというのに、ブリューゲルの世界観は日本という風土でさらに重層的な感動を呼び、フレッシュな目をもった若い世代がその作品に新たな存在意義を見出す。おもしろい現象が起こったものだ。今回の展覧会ではブリューゲルの変キャラを気の利いた商品にしていた。あんまり楽しいので、いろいろ買ってしまったMizumizu。これは「傲慢」Tシャツ「傲慢」の中に出てくる変キャラと・・・アトリビュートをもった擬人像を脇にあしらい・・・逆サイドには日本語で「傲慢」の文字・・・(苦笑)。こちらの黒いTシャツは、ほとんど全面黒なのだが、後ろのお尻の上あたりに、キモ悪キャラが3つ並んでデザインされている。どちらもバカバカしいTシャツだが、デザイン配置が妙に凝っているのがおかしい。ピルケース。銘菓「ひよこ」がマントを着て楽器を背負ったような、このほのぼのキャラ・・・日本製としか思えない(?)。変キャラ付箋。
2010.09.14

同じ「銀座・手仕事直売所」(松屋8階)の催事場で目に留まった、シルバーのアクセサリーショップ。Pfutze(uはウムラウト)といい、若手ジュエリーデザイナー2人のアトリエだとか。パッと見て気に入ったのはシロツメクサをモチーフにしたというネックレス。短い直線のパーツをつなげたチェーンにシロツメクサの花がランダムにあしらわれ、花輪のイメージに。そういえば、昔はシロツメクサはいくらでも生えていて、花輪作りは女の子なら誰でも1度ぐらいは試みたのではないかと思う(でも、だいたいはちゃんと花輪にできずに途中で挫折する)のだが、今の子どもたちは、「シロツメクサの花輪」のもつ乙女チックなイメージを共有しているのだろうか?ネックレスのほうはつけてみると、かなりフェミニンでデコラティブ。といってゴージャスではなく清楚な雰囲気。これだと案外合わせる服が難しいいかも・・・と迷っていたら、装飾性をほとんど排した、きわめてシンプルな別のネックレスが気になり出す。写真だと金のパーツが多いように写ってしまったが、実際にはシルバーがメインでゴールドのパーツは2つだけ。竹をモチーフにしたように見える。縦の溝が刻まれた、長さの違うパーツが細いチェーンにつながれている。普通のTシャツを着てつけても、ネックレス全体が首元に見えるほどの短さ。パーツが案外太いので、単なるネックレスチェーンでは出せない存在感もある。シャープで都会的なデザインなのに、竹林を思わせるデザインのせいか、不思議と和的な「昔」感もある。留め具は、円いパーツにT字の細めのパーツを通すスタイルなのだが、どちらにもメインパーツと同じ縦の溝が刻まれているという細かさ。デコラティブなネックレスはいくらでも持っているが、こういうとことんシンプルで、よく見ると凝ったデザインのものは持っていない気がする。なので、こちらを購入。ほかにも葉っぱをモチーフにしたもの、ツルにインスピレーションを得たとおぼしきもの・・・いろいろあったが、どれも控えめながら、光が当たると質感が違って見えるように細工するなど、細かい工夫がある、ある意味とても日本人的なアクセサリー。都会と自然、モダンと懐古がデザインの中に共存しているのもいい。日本の田舎になら、たいていどこにでもある植物のパターンに、新鮮な美しさを見つける喜び。そんな楽しさを知っている作り手なら、いつまでも胸に秘めているのであろう、幼いころへの郷愁と共感をアクセサリーにのせて届けてもらった気がする。「銀座・手仕事直売所」2010・9月9日(木)-9月14日(火) 10:00AM~8:00PM (最終日5:30閉場)松屋銀座8F大催場
2010.09.13

土曜日に新装開店になった銀座三越に行ってみたら・・・恐ろしい人出に圧倒された。「こちら出口専用となっております」と、入り口を制限され、エントランス専門とおぼしき場所に行くと今度は、「こちらの入り口は大変混みあい、危険な状況となっております」と脅された(笑)。1階は押すな押すなの人ごみで、歩くのさえままならない。とても落ち着いて買い物ができる雰囲気ではないので、そそくさと近くの松屋へ移動。三越効果なのか、松屋のほうも普段の週末より混んでいる気がした。松屋の8階の催事場では、インテリア用品やアクセサリーを作っている個人レベルの工芸作家が作品を展示販売しており、好みの雰囲気だった。さっそく手作り感溢れる吹きガラスの食器類に目が留まる。出店していたのは、飛騨の「ガラス工房 あづち」の若手工芸作家 安土草多氏。厚手で、形は1つ1つの違い、多少のいびつさが未熟さではなく個性になっている。均一でない表面が光を不規則に反射し、閉じ込められた気泡がアクセントになっているのが可愛い。透かして見ると向こうの景色が歪んで見え、アンティークガラスの味わいがある。造形がプリミティブで力強いのに、繊細なやさしさもある独特な作風。ちょうどアイスクリームカップが欲しかったので、実用的なものを買った。http://hidacolle.shop4.makeshop.jp/shopbrand/014/O/ほかにもさまざまな分野の工芸家が自分で作ったものを自分で売っている。作品の説明も、なにしろ作った本人だから、熱心だし詳しい。ベテランもいるが、どちらかというと若手が中心。最近の新進工芸作家は積極的だ。自分でどんどんアピールしていかないと、売れないということを知っているのだろう。こうした仕事で食べていくのは本当に大変なこと。だから、応援の意味もこめて、気に入ったものがあれば即買いすることにしているMizumizu。フロア全体もかなり賑わっていて、活気のあるイベント会場になっていた。レジには長い列ができていて、レジ係も生き生きとしている。やはり、モノが売れれば、作り手だけではなく、売る方も嬉しい。あまり「節約、節約」と財布の紐を締めてしまうのは考えものだと思う。そうやって皆で皆の首を絞めているのが今の日本だ。 「銀座・手仕事直売所」2010・9月9日(木)-9月14日(火) 10:00AM~8:00PM (最終日5:30閉場)松屋銀座8F大催場
2010.09.11
浅田真央は世界的ブランド・・・と先日書いたが、新コーチが佐藤信夫氏に決まったことを知ったのも英語のニュースでだった。 http://www.universalsports.com/news/article/newsid=491776.html日本国内でのニュース配信とタイムラグはほとんどないのではないか。Two-time world figure skating championの動向は海外からも注目されている。しかも、このニュース記事は美しくも気品のある浅田真央の写真入り。浅田選手のジャンプの問題点は「ジュニア時代の幼さが残っていること」だとか、トンチンカンなことばかりネットに書いて、熱心な浅田ファンから特に顰蹙を買っている自称「元選手」などは、浅田選手のコーチが決まらないことについて、「海外のコーチでないとダメだと思い込んでいるのか?」などと的外れもはなはだしいことをつぶやいていたが、多少なりとも事情を知っている人間なら、浅田選手が日本人コーチを探していることは皆わかっていた。タラソワも浅田サイドにそうアドバイスした。言葉が通じてコミュニケーションが取りやすい日本人コーチを探せと。だが、日本人コーチの選任が非常に難しいのもまた、明らかだった。長久保コーチには鈴木選手、山田コーチには村上選手というように、日本のトップコーチはそれぞれ浅田選手のライバルになる名選手をすでに教えている。一時期、佐藤コーチのもとに日本女子の有力選手が集中してしまったことがあるが、これはあまり好ましいことではない。高橋選手がモロゾフコーチと師弟関係を解消したのも、織田選手がモロゾフについたことがきっかけだった。世界トップを目指せるほどの才能のある選手1人に対しては、やはりコーチも「専任」が望ましい。もちろん、五輪前に「ジャンプのアドバイスをしてもいい」と自ら浅田選手に言ってくれた長久保コーチ、「よく練習場で会っている」と言っていた山田コーチ、両者とも浅田選手を支えていたことは確かだ。長久保コーチをメインコーチに据える、あるいは山田コーチのもとに戻るという選択肢もあったはずだが、浅田陣営としては、自分とはライバルにあたる日本女子トップ選手の心情も配慮しただろう。その点、佐藤コーチは中野選手が引退し、「女子の日本トップ選手」がちょうど空席になった。多くの世界的選手を育て、基礎的な滑りの技術を重視する佐藤コーチから得るものも、浅田選手にとって大きいはずだ。Mizumizuは今でも安藤美姫選手が佐藤コーチから離れた時期が早すぎたと思っている。もう少し佐藤コーチのもとで基本をみっちり練習していれば、今彼女の滑りを見て、「気になる」と思う部分がだいぶ少なくなっていたかもしれない。だが、こればかりは相性ということもある。いい選手にいいコーチ、それだけで条件が十分だということではない。どちらが悪いという話ではなく、人間である以上、理屈では説明できない部分での「合う」「合わない」は、どうしても出てくるし、単に2人の問題だけではない、周囲の人間関係がコーチと選手の間に溝を作ることもある。そうしたことは浅田真央と佐藤信夫にも起こらないとはいえないが、それはまたそのときのこと。まずは、この名選手と名コーチの「縁」に期待したい。スケーティング技術の指導に定評がある佐藤コーチがメインコーチとしてつき、「日本でもっともジャンプを教えるのが上手い」と言われ、日本フィギュア界の最高のジャンパー・本田武史を育てた長久保コーチがジャンプコーチについているということは、理論上は「フィギュア強国」日本の中でも最高のコーチ陣ではないだろうか。さらに振付はロシアの誇るタチアナ・タラソワと北米の誇るローリー・ニコル。まさにフィギュア界の至宝に相応しい最強の教育陣だ。問題は、「船頭多くして船山に登る」にならないかということだろう。長久保コーチと佐藤コーチは、コーチとして「天下を二分」するほどの存在。バンクーバー五輪の3枚目の切符をめぐって争った鈴木選手と中野選手の全日本での競演は記憶に新しい。ジャンプの組み方に関しても、この2人のコーチのやり方はある意味で対照的だった。佐藤コーチのほうは、王道を行く「理想追求型」。完成形のジャンプ構成を組んで、それをできるまで繰り返そうというのが基本。長久保コーチのほうは徹底した「ルール適応型」。ダウングレードされがちなジャンプ、あるいはエッジエラー判定を受けやすいジャンプはなるたけ避け、連続ジャンプがダウングレードされると見るやジャンプシーケンスを多用するなど、柔軟に何度もジャンプを組み替えた。佐藤コーチのほうも、オリンピックシーズンには中野選手のジャンプ構成をだいぶ工夫したが、やや対応が遅かった感もある。長久保コーチのほうが、ジャンプの組み替えに対してはより能動的だったと思う。このトップコーチ2人が1人の選手を同時に見る。これは初めてのことではないだろうか。仕事の「棲み分け」でやや戸惑う、あるいは互いに遠慮する部分が最初出てきてしまうかもしれない。この2人は性格も対照的だ。だが、実績のある超ベテランコーチ同士、「日本の宝を育てる」という目的は同じなのだから、是非ともこの前例のない試みを理論上だけではなく、実際に成功に導いてほしい。先日も書いたが、政治色を強めるフィギュアスケート競技で、日本選手が世界で活躍するためには、この狭い国内でメンツがどうだとか、どっちが偉いとか、せせこましい話にこだわっていてはダメなのだ。皆の英知を結集して、それぞれの強みで選手をサポートする必要がある。佐藤コーチは特に女子で素晴らしい選手を多く育てたが、世界女王の横に座った佐藤コーチは、佐藤有香以来見ていない。あのときのインタビューで、「どんなお嬢様ですか?」と聞かれ、「ワガママな娘で・・・」と言っていた佐藤コーチの控えな喜びの表情は今でも記憶に残っている。もう1度、世界女王のコーチとしてインタビューを受ける佐藤信夫コーチが見たい。浅田選手はジャンプのリフォームを始めたばかりで、長久保コーチは「2年がかり」と見通しを語った。本人もそのつもりだし、ファンもそのつもりで応援している。そもそも浅田選手のルッツの矯正が遅れたのは、「常勝浅田真央」の周囲からの期待に、本人がどうあっても応えようとしたためだ。ジャンプは長久保コーチにまかせるとして、佐藤コーチからもフィギュアの王道を行く選手に相応しい多くのことを学んで欲しい。3月の東京ワールドでは佐藤信夫コーチのフィギュア殿堂入りのセレモニーもあるはず。それに花を添える浅田真央の素敵な演技を、多くのファンとともに、Mizumizuも待っている。
2010.09.07

マンダリオン・オリエンタルは好きなホテルだ。タイでは必ずといっていいほどここの系列ホテルに泊まっている。東京のマンダリン・オリエンタルもずいぶんと評判がいいらしい。ここのアフタヌーンティーは、週末は予約がいっぱい。ふらっと行って入れるものではなくなっているとか。・・・たかだか、アフタヌーンティーで?信じられない。バンコクのオリエンタル・ホテルのアフタヌーンティーも、ガイドブックなどでは盛んに宣伝していたし、実際に人気もあり、混んでいたのだが、ハッキリ言って、「宿泊できない人たちのためのサービス」という雰囲気がアリアリで、場所や内装も(写真ではよく見えるが)ヘルスセンターまがいで、宿泊客用のサービスとは一段も二段も落ちる感じだった。東京のマンダリン・オリエンタルのアフタヌーンティーはどうかしらん?というワケで、わざわざ予約をして行ってみた。天井のバカ高いラウンジに、大きな窓ガラス。なので眺望バツグン・・・と言いたいところなのだが、南西向きのせいで、直射日光がきつい。シェードを降ろさずをえず、シェードを降ろせば眺望はほとんどなくなり、しかもシェードは太陽を全部遮ってくれるわけではない。折りしも歴史的(?)猛暑の東京。シェード越しの太陽に照らされて、もともと太陽アレルギー気味のMizumizuにはつらかった。せっかく窓際を予約したのが完全に裏目に・・・このラウンジは、明らかに午前中のほうが光の加減で眺めがいいはずだ。ということは、朝食会場にしているのだろうか? 午前中は宿泊客向けの空間にして、午後の直射日光攻撃が始まったころに、外部客用のアフタヌーンティー会場にしている・・・のかもしれない。アフタヌーンティーの定番サンドイッチの代用。フォアグラ、サーモン、かぼちゃ・・・といった材料をパンやトルテと組み合わせている。一見お寿司のようにも見えるのが、そこはかとなくジャパニーズ。味は・・・まあ、可もなく不可もなく。サンドイッチ(のスシ風代用品)のあとはスコーン。えらく小さい(苦笑)。ジャム2種とクロテッドクリーム。ジャムは確かに美味しいが、最近は美味しい(そして高い)ジャムはいくらでも東京に出回っているので・・・ここのアフタヌーンティーの売りは、まさに「ティー」にあるよう。オリジナルのブレンドティーを含め、メニュー1枚分にぎっしりかかれたドリンクが、いわゆる「飲み放題」(というか、注文し放題というべきか?)。ブレンドティーはどれもかなりのレベルで、これだけ種類の豊富なお茶が飲めるなら、場所代も含めて、3800円(だったかな?)は高くないように思う。オリエンタルなディスプレイが際立つスイーツ群。グラスに入っているのはマンゴープリンとココナッツクリームのよくある組み合わせ・・・なのだが、マンゴーのスイーツは、さすがに相当なレベルだった。東南アジアを拠点にしているアジア資本のホテルって、たいがい洋風のスイーツはだめだが、マンゴープリンだけは最高だ(笑)。他のスイーツは・・・味はいいものもあるのだが、とにかく甘すぎる。これも日本以外のアジアの特徴。お茶は確かに美味しかったので、1度なら行ってみる価値はあると思う。ただ、真夏は避けたほうがいいかもしれない。客層は圧倒的に若い女性。これはタイの有名ホテルのアフタヌーンティーラウンジもそうだった。突然日本の若い女の子ばかりになり、物腰の丁寧なウエイターがサービスしている。そんなに人気になる理由・・・イマイチよくわからないのだが、恐らく、憧れのホテルの宿泊は無理にしろ、その雰囲気を味わってみたいという願望にアピールするのだろう。アフタヌーンティーラウンジとは逆方向にある、トイレからの眺めのほうがずっとよかった(爆)。巷で話題のスカイツリーも見える。地上階に下りてショップをのぞいたら、な~んだ、今出されたジャムだとかお茶だとかがさかんに売られている。ナルホド、オリジナル商品の宣伝も兼ねているというわけね。うまい商売だ。とまれ・・・マンダリン・オリエンタルの魅力は、やはり宿泊してみなければ、本当にはわからない。
2010.09.01
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