全24件 (24件中 1-24件目)
1

ニースで泊まったのはプロムナードデザングレに面したウエストミンスター。4つ星。とは言いながら、それなりに規模が大きく、高級感もあるが気安さもあり、しかも値段が安かった。海側の部屋のツインで、タックス、朝食代込みで1泊 151.2ユーロ(19,200円)。後日、ヴィルフランシュシュルメールのジャン・コクトーゆかりのホテルに泊まったのだが、ここは3つ星で、実際に行ってみたら明らかにウエストミンスターより落ちるうえ、部屋も狭かったのに、値段が高かったのだ(全部で219.6ユーロ)。おかしーだろおかしーだろおかしーだろなんでヴィルフランシュのような田舎町の中級ホテルが、ニースのような世界的観光地の、しかも一等地に建ってる高級ホテルより高いのだ?ジャン・コクトー・プレミアムということか。でも、コクトーはそのブルジョアなイメージに反して、高級ホテルが嫌いな人だったのだ。第二次世界大戦が始まってすぐ、ココ・シャネルに誘われてパリのリッツ・ホテルに一時宿泊するのだが、「リッツは最低」と言ってすぐ出ている。ジャン・マレーは自伝で、コクトーが好んだのは、「質素だが居心地のよい、こじんまりとしたホテルだった」と書いてる。その質素なホテルが今や、ジャン・コクトーの名前を思いっきり利用して、プレミアム価格をのせ、大都会の一等地の4つ星ホテル以上の料金を取るとは・・・。まったく南仏の物価は、意味ワカラン。こちらがウエストミンスターの海側のツイン。部屋は狭めだが、海が見えるし、バスルームも清潔で新しく、それなりに使いやすい部屋だった。この場所でこの値段でこの内装なら、かなりお得感がある。けど、相変わらず、「張り」のないベッドだなあ・・・寝心地は不思議と悪くないのだが(と言って、よくもない)。窓から見る地中海は、絵の具を流したようにペッタリしている。ニース空港を発着する飛行機を座って眺められるので、Mizumizu母は大喜び。窓から身を乗り出すと、プロムナードデザングレはこんな感じ。クルマの往来の激しい道だが、窓を閉めてしまえば騒音も気にならない。カーニュからバスで来て、この道に続くニースの街を見たときは、思わず、「大磯ロングビーチ?」と思ってしまった。カーニュから来るバスは、ホテルのすぐ近くに泊まってくれた。これが鉄道だったら、ニース駅からプロムナードデザングレまで来るのは面倒だった。バスにしてよかった。部屋の前の廊下。豪華な漆喰の縁取り装飾を施したメダイヨンから下がるシャンデリアと金縁の大きな鏡が、いかにも由緒あるホテルだ。エクスアンプロバンスのヴィラ・ガリチもそうだったが、このホテルも趣味がどこかイタリア的。今の時代には広すぎる石の階段。手すりの優美な曲線もホテルの伝統と格式を感じさせる。ホテル全体に、フランスが元気だったころのベルエポックの時代の息吹が漂っている。朝食会場(笑)も豪華だった。おまけに、料理もかなり美味しい。エクスやカーニュで泊まったルレ・エ・シャトーのメンバーのホテルよりずっとマシ。りっぱな円柱と天井画。朝食会場(笑)にしておくのは、もったいないくらいだ。もともとのは何の部屋だったのだろう。サービスはチェックインのときに満面の笑顔で迎えるとか、ホテル内での荷物運搬の手伝いとか、最低限のことはちゃんとできてる。だが、夜、ティッシュがなくなったので1度フロントに電話して補充を頼み、それから寝る前に漢方薬を飲むために熱いお湯をもってきてくれるよう、もう1度電話して頼んだ(そのほかのダイヤルでは誰も出なかったので)のだが、そのときの特に2度目の態度ときたら、信じれらないものだった。同じオバさんが電話口に出たのだが、「アロ~、アゲ~ン」(←「また何か用~?」とでも言わんばかりの、露骨に面倒くさそうな声で)いい年の大人が、よくああいう態度をゲストに対して取れるものだと、心底あきれ果てた。ちょっとしたことを頼むのに、なんでこちらがいちいち不愉快な思いをしないといけないのだろう? こうやって客が物を頼みにくくして、自分がなるたけ働かなくてもすむようにという魂胆なのだろうか?(←本気で考えていそう)観光客相手のサービス業の「雇われ」と口をきかずにすむならいい国なのだが、フランス・・・とはいえ、それは電話口に出たフロントの女性1人が感じが悪かったというだけの話。実際にティッシュやお湯を持ってきてくれた男性は別に普通だったし、他のスタッフに気まずい思いをさせられたこともない。だいたい1人か2人なのだ。こういう感じの悪い「雇われ」は。そして、そういう彼らが彼らの勤務先のイメージをガクンと落とす。こんな労働者に賃金払う経営者も、気の毒といえば気の毒。ホテルを出ると、すぐそこは陽光きらめく大磯ロングビーチ・・・じゃなくて、プロムナードデザングレ。気を取り直して、ニース観光に出かけよう。
2010.05.31

関節リュウマチに悩まされたルノワールが、温暖な地を求め、晩年に移り住んだのがカーニュシュルメール。その邸宅が、今は美術館として一般に開放されている。中は広い。庭はほとんど公園サイズ。この小道はすでに敷地内。母屋の前で撮ったのだが、なぜか勝手にポーズを撮って微笑む見知らぬオッサンが・・・ おちゃめなフレンチおじさんだ(いや、こう見えて、案外若いのか?)奥に見える建物が母屋。キッチンやダイニングといった生活の間とともに、アトリエも公開されている。作品の展示もあるが、ルノワール自身の絵は案外少ない。ルノワールを鑑賞する美術館というより、やはりここは、どこまでも「ルノワールの家」。ダイニングからは、窓越しになだらかに下るカーニュの町が見え、遠くにきらきら光る海が見える。確かに住んでみたくなる場所だ。圧巻は、庭のこのオリーブ林。手入れも行き届いていて、素晴らしい。ルノワールの家そのものよりも、こちらの散策のほうが楽しいかもしれない。向こうの丘の上に見えるのが、昨日紹介したオードカーニュのグリマルディ城。母屋からは海が見え、庭からは鷲ノ巣村と丘の上の城が見える。これほど風景明媚な場所は、なるほど南仏といえど珍しいかもしれない。しかし、この「ルノワールの家」。例によって外国人観光客が個人で非常に来にくい場所だ。一番いいのはニースもしくはヴァンス方面からバスで来ることだが・・・バス停のそばにはインフォメーションがない。地図を入手するなら、バスターミナルからBd Mal Juin通りを500メートルほど下ったところ、もしくはグリマルディ城(44番の無料循環バスに乗って)のインフォメーションに行くしかない。ちなみにグリマルディ城のインフォメーションは、10時から12時、2時から5時半と書いてあったが、午前中は一切開かなかった(苦笑)。ルノワールの家も、午前中は10時から12時まで。午後は14時から(閉館時間はシーズンで違う)と、お昼休みを2時間も取る。さらにバスターミナルからルノワールの家方面に行く49番のバスは非常に本数が少ない。たとえば・・午前中は10:30の次は11:50、逆にルノワールの家からターミナルに戻るバスの時間は11:20、次は12:30と、あまりに使い勝手が悪い。つまり、10時半のバスに乗ってルノワールの家へ行ったとしても、11:20のバスで戻るのではあまりに見学時間が少ない。といってその次のバスは美術館が閉まる12時から30分も待たないと来ないのだ。ふざけてるふざけてるふざけてるバスターミナルからルノワールの家までは1.2キロほどなので、坂道の上りになる行きはバスで行き、帰りは歩いて帰って来るという手もあるだろう。荷物がなく、体力に自信があり、かつ時間があるのなら。体力に問題があり、かつ時間もなかったMizumizu+Mizumizu母はバスターミナルからルノワールの家の往復はタクシーを使った。まずはバスターミナル。タクシー乗り場はあるのだが、例によってタクシーは停まっているのに、ドライバーがいない。周囲に連絡をしてくれるような店もない。困っていると、花を持ったおばさんがやってきて、「乗りたいの?」と聞く。彼女もタクシーに乗りたいのか? と思ったら、なんと・・・!そのおばさんがタクシー運転手だった。まあ、なにはともあれ15分ほど待っただけでドライバーが帰って来たのはラッキーだろう(なんで、こんなことがラッキーなのかわからないのだが)。ルノワールの家まで行ってもらって8ユーロ。帰りはルノワールの家の切符売り場の女性にタクシーを呼んでもらって(これはタダで呼んでくれた)、「10ユーロでどうか」と聞かれ、OKした。クルマで来る人には便利だ。ルノワールの家には駐車場があるし、オードカーニュの細い道に自信がないなら、バスターミナルの近くの駐車場に停めれば44番の無料循環ミニバスで丘の上の城まで行ける。ニースからカーニュは頻繁にバスが出ていて、40分ほどで着く。時刻表に合わせてバスターミナルに行く必要もないくらいだ。たとえば・・・ニース 9:30発→カーニュ(4つ目の停留所) 10:05(これなら10時半のルノワールの家行きバス49番に乗れる)→サンポール村(カーニュから3つ目) 10:25→ヴァンス(サンポールの次) 10:35着というような時間になっている。カーニュからニースに日帰りするなら、19時台まではバスがかなり頻繁にバスがあるが、20時台のバスはないので、それだけ注意。ルノワールの家は昼休みもあるし、フランスの多くの美術館がそうであるように、火曜日が休館。
2010.05.30

<きのうから続く>カーニュシュルメールの2大観光スポットは、グリマルディ城とルノワールの家。このうちグリマルディ城のあるオードカーニュ(Haut-de Cagnes)は、いわゆる「鷲巣村」。丘の上のグリマルディ城の周囲では、中世風の小道の散策が楽しめる。後日行ったエズも結局はこんな感じの中世風の小道がうねっている、観光客向けショッピングストリートだった。オードカーニュのほうが、アーティストが好んで住んだという素朴な雰囲気が残っている。店も少ない。とはいえ、南仏の「鷲巣村」は、だいたいがこんな感じ。こちらは丘の上のグリマルディ城の入り口から循環ミニバス(44番)の通る小道を見下ろしたところ。44番のバスに乗れば無料で、長距離バスが発着するバスターミナルとオードカーニュを循環できる。うねうねした急な坂を上り下りするバスは、乗ってるだけでなかなか楽しい。グリマルディ城内部。一番の見どころは、レセプションルームの奥(わかりにくいので、見逃さないように注意!)に展示されたSuzy Solidor(シュジー・ソリドール、フランスの歌手兼女優)の肖像画群。彼女をモデルにした50枚以上の肖像画が並んでおり、それらはすべて描き手が違う。マリー・ローランサンやジャン・コクトーに交じって、藤田嗣治の作品もある。ポーズは極めて西洋風で、女優の写真グラビアのようでありながら、日本画の美人画に通じるような様式美と、ウィーン分離派を思わせる華やかな装飾性が混在している、なかなか洒落た作品だった。これは一見の価値あり。城の頂上に登ると、360度のパノラマが楽しめる。カーニュの町越しに広がる地中海。緑と青の対比がきらきらしい。逆方向は山がちの地形。海のすぐ近くまで山が迫っているのが実感できる。ニースから日帰りできる村だし、それで十分といえば十分だが、やはり泊まれば、夕暮れの得がたい風景に出会える。こちらの写真は、グリマルディ城の北側の広場から撮ったもの。切り込んだ渓谷に沿って灯りが点り始めた、遠方の山脈を見ていると、海に近い場所にいることを忘れてしまう。どこか懐かしい、山あいの村のような情景。やはり海にも近いのだ。この眺めは、なだらかな海岸線が広がる大都会ニースとも、切り立った崖から海を見下ろすエズとも、生活感にあふれた漁村ヴィルフランシュとも違う。南仏の多彩な空気感をしみじみと味わうためには、やはりここで一泊したほうがいい。しかし、ホテルはLe Cagnardがお奨めといいがたいところがどうも・・・鉄道で来るにせよ、バスで来るにせよ、ホテルに非常に行きにくいし、クルマで来たら、あの最後の私道、タクシーも入らなかったあの超狭いをどうやって走るのか。たぶんメルセデスだったら、もうCクラスでアウトだ。といって駅もしくはバスターミナルまで無料送迎するほど人手はない。というより、その気がない。しかも、今HPを見たら、4/6~4/28と10/1~10/31間のMizumizuたちが泊まった部屋のレートを、5ユーロも上げてるではないか!呆・呆・呆・呆・・・・いくら客が少ないからって、こうやってどんどん値段を吊り上げて利益率を上げようとするフランス人の根性は、まったくどうかしている。ホテルにせよレストランにせよ、客商売の基本は、「リピーターを作ること」なのだ。確かに内装は洒落ているし、一度なら泊まってもいいかもしれないが、あのホテルにリピーターがつくとは思えない。値段を上げるより、バスタブの栓を直すのが先だと思う。でもま、たぶんホッタラカシだろう。ゲストがバスを使うのは夜。たとえ文句言われても、「今日は遅すぎる。明日修理屋に連絡するから」という話にする。たいていのゲストは一泊しかしないから、次のゲストが来たら、また同じことを言えばいい。連泊するゲストには、「今日は修理屋は来ない。明日来る」と言えば、「明日」をどんどん引き伸ばせるというわけ。そんなところだろうと思う。<明日はルノワールの家をご紹介します>
2010.05.29

カーニュシュルメールでの宿は、グリマルディ城美術館のそばにあるLe Cagnard。部屋のカテゴリーは海が遠くに見えて、バルコニーが付いているというSupérieure。料金は部屋代 135ユーロタックス2人分 2ユーロ朝食2人分 32ユーロ合計169ユーロ(カードで払って21,615円、レートは127.9円)こじんまりとしたホテルのインテリアは、可愛らしいアートでいっぱい。エレベーターの内装も凝っている。細い階段には緑の絨毯。ドアにはハンドペインティング。Mizumizuたちの部屋のドア。天井にもハンドペインティングが施されている。机はアンティークだそうで、「重い荷物を置かないで」とクギを刺される。アンティークに造詣の深くないMizumizuには、ただの古くてボロい机にしか見えないのだが・・・ベッドがやや窪んでいるのが気になった。寝心地は悪くないのだが、どうもフランスは高級ホテルでもベッドがよくない。そういえば、ヨーロッパの高級ベッドのメーカーは、たいてい北イタリアもしくはドイツにある。バスルームも南仏の雰囲気ふんだん。一応ダブルボウルになっている。トイレのドアもガラスが綺麗だった。タイルも可愛い。これまた南仏的なストライプ模様のファブリックを張った椅子。しかし、この椅子の上のクッションの置き方は、なんざんしょ・・・ まるでゲストになるたけ座るなと言っているよう。アンティークなチェストは、デザインも美しく、磨かれた木肌もつややか。でも、花が枯れているんですが・・・(笑)。夜になって新しい花をもってきた。ゲストが来る前に替えておけって!バルコニーはとても小さかったのだが、遠くに海が見える窓からの眺めは気に入った。アンティークな家具とハンドペインティングによる内装は、素朴ながら洒落たセンスにあふれている、プチ美術館のようなホテルだった。しかし、例によってサービスと水回りの設備に問題あり。ジャグジー付きバスタブを見たときは一瞬喜んだのだが、ジャグジーはとっくに壊れていた。しかも、最初、シャワーとバスの水を切り替えるハンドルが全然動かず往生した。フロントに電話すると、出迎えてくれた英語を話すマダムではなく、どうもその旦那さんのような老人が出て、しかも一言も英語が通じない。「部屋に来てください」と言っても、わけのわからないフランス語で答えるだけで、そのまま切ってしまった。しかたないので、フロントまで降りて手招きし、部屋に連れて来て、ハンドルが動かないことを伝える。すると、結局力づくで動かして切り替えてくれた。一度動かせば、なんとか女の手でも操作できるようになったのだが・・・ 一体、どれくらい使ってないんだ? こんなに固まっちゃうなんて。さらに、水を排出するバスタブの栓がウンともスンとも動かない。動かないのだが、水は微妙に流れ出していき、逆に言えば、いつまで水を出してもバスタブには水が大量にはたまらないようになっている。中途半端に閉まったままということだ。これにも頭に来て、再度老人を連れてきたのだが、これは男の力でもどうにもならず、ぶつぶつ言いながら出て行ってしまい、それっきり放ったらかしで、この老人とはその後、ホテルでは会わなかった。さらに朝食は悲惨だった。「何時に食べたい?」と聞かれたので、遅めで「8時半」と答えたのだが、8時半に食堂に行っても、誰もいない。客もいないが、ホテルの人間もいない。8時半で誰もいないって、どういうこと?一応用意は整えられているのだが、スーパーで一番安いチーズだろ、というようなチーズとか、これまた一番安いシリアルだろ、というようなシリアルとか、およそ食指が動くものがない。これで1人2000円取るとは大胆だ。マダムが慌てたように食堂に来たのは、8時40分。もちろん、謝るでもなく、おいしくないコーヒーを入れてくれた。生ハムだけはまあまあだったので、集中的に食べてしまった。カーニュの町を見下ろし、海を遠くに臨む、眺めのいい食堂なのだが、中身がこれでは、どうにもならない。タイやバリ島のホテルの朝食に文句をつけてスイマセンでした。フランスの高級ホテル(このホテルは一応、ルレ・エ・シャトーのメンバーなのだ)に比べれば、東南アジアの高級ホテルは、どこでも格段にマシだ。9時過ぎになって、外出するときに食堂をのぞくと、今度はカウンターバーのところに、若めの青年がボンヤリと立っている。身なりだけはちゃんとしている。なんで今頃アルバイトを立たせてるの? やることがずいぶんとチグハグだ。3人ぐらいの老人が食事をしていたのだが、ゲストというより、近所の寂しいヤモメがおしゃべりを兼ねて食べに来た・・・という雰囲気。マダムとさかんにしゃべっている。たぶん、地元の人には安く開放しているのではないだろうか。宿泊したゲストは何組いたんだろう? 夜シニアのカップルを1組見かけただけで、ホテル内で別のゲストにはまったく会わなかった。経営苦しそう・・・チェックインしたときに、マダムに「次はどこに行くの?」と聞かれたので、「ニース」と答えると、「ニースならバスでいけばいいわよ、1ユーロだから」と教えてくれた。そこで、鉄道駅よりは近い長距離バス停まで行き、そこからバスでニースに行くことにした。カーニュの町は、グリマルディ城のあるHaut-de-Cagnesとルノアールの家のあるCollettes Breguieresという2つの地区に分かれ、バス停はその中間にある。バス停からはニースやヴァンスへ行く長距離バスも走っているし、バス停とHaut-de-Cagnesを結ぶミニバス44番とCollettes Breguieresのほうへ行く49番のバスがある。Haut-de-Cagnes地区は44番のミニバスが無料で頻繁に循環していて、交通の便は非常にいい。地元の足という感じだ。逆に観光スポットであるルノアールの家へ行く49番のバスは、めちゃくちゃ本数が少なくて使いにくい。例によって、地元民へのサービスは手厚く、観光客は冷遇されている。ホテルはこのHaut-de-Cagnes地区にあり、城から続く階段がちの坂道を2分ほど下ったところ。44番のミニバスは城の前にも来るが、ホテルに来たとき、私道の前でタクシーを降ろされたところにもバス停があるのが、日中観光をしていてわかった。つまり、そこまでもう一度ホテルの人に送迎してもらえば、44番の無料バスで長距離バスの来るバス停に行き、1ユーロでニースまで移動できるということだ。出発の朝、マダムに、「お昼すぎにニースにバスで行くから、44番のバス停までクルマで連れて行ってくれますか?」と聞いた。来るときに迎えに来た場所なので、問題ないはずだ。ところが、「44番のバスはニースには行かない。ニースに行くバス停は遠い。そこまで送ってあげられるかどうかわからない。お昼に私が忙しくなければ連れて行ってあげるけど。今は約束できない」などと言う。いや、長距離バスのバス停まで行けというのは、ちょっと要求しすぎだろう。それに、こういう言い方をするときは、まず間違いなく、「お昼に私は忙しくなる」のだ。そして、「タクシーを呼んであげるから」という話にするに決まっている。「事前」にダメだと言われれば、別の方法を考えることもできるが、「直前」にダメ出しされたら、相手のいいなりになるしかなくなる。「わからないといって引き伸ばして、直前にダメになる」パターン。これってたぶん、フランス人はワザとやっている。「いや、私はニースに行くバス停がどこか知っている。そこまでは44番のバスで行くから・・・」と言うと、今度は、「44番のバスは上の城から出る。歩いてすぐ」などと言い出す。いやだから、荷物があるっていうの。いくら徒歩2分でも階段を上がるだけの道を荷物をもって行けないでしょ? 「44番のバス停は、私たちがカーニュの駅から来たタクシーの停まった場所にもあるでしょ。あそこまで行ってくれればそれでいいから」ここまで言ったら、もう相手は逃げようがない。わかった、と頷いた。しかし・・・彼女は、44番のバス停がどこにあるかぐらい知ってるハズだ。それなのに、こっちが知らないと思っているのか、「44番はニースには行かない」とか「44番のバス停なら歩いてすぐの城のそば」とか、論点ずらした言い方が実に不親切ではないか。迎えに来たところに送るだけなのに、なんだかんだと言って逃げようとしている。ゲストを招き入れるところまでは、そこそこ親切に対応するが、あとは手抜きで、自分がなるたけ働かなくてすむよう、そっちに知恵を回してる感じだ。お客がいなくてこれなのだから、ハイシーズンになったら、どうなるんだろうね、まったく。カーニュの町を見て回り、お昼過ぎに戻ってくると、マダムはもう黙ってクルマに案内してくれた。ところが・・・!そのクルマ、荷台が大きく、座るところは運転席と助手席の2座しかない。助手席に無理矢理ゲスト2人を座らせ、「今日はこのクルマしかないから」と、マダム。これで長距離バス停まで送れるわけがないのだ。44番のバス停だから、すぐ着いたけれど。南仏のホテルは、だいたいがこんな調子だった。内装は素晴らしいが、スタッフのサービスが三流。というより、サービスの意味も知らない人間が、お高いホテルで働いている感じだ。いったいフランスは、いつからこんな国になったんだろう?
2010.05.28

マルセイユまで何分なんだ、まったく。乗ってる時間のが断然短い。苦労してTGV駅まで来て、延々と待たされるとは・・・ 切符を払い戻せればマルセイユまでバスで行くことを選択もできたが、前日になっても動くかどうかわからない、エクスの在来線の駅の窓口は開いていないというのでは、手も足も出ない。とにかく、もう時間どおりにカーニュに着く可能性はゼロになった。実は、カーニュで泊まるホテルは不便なところにあり、ホテルの女支配人によれば、道が狭くて行きたがらないタクシーの運転手もいるのだとか。なので、「こちらでタクシーを用意するから」と彼女がメールで言ってきたので、電車の到着時間を伝えて、お願いしてあったのだ。料金はカーニュからだいたい12~13ユーロぐらいだという話だった。待ちぼうけをくらわせて、余計な料金を取られるのも嫌なので、電話で連絡することにした。ええと・・・親切そうな若い男の子はいないかな?いたいた、あそこに腰をおろしている、明るそうなティーンエイジャーに頼もう。「ボンジュー」と、フランスでは必須の挨拶をして、胸に手を当て、「英語できますか? 助けていただきたいのだけど」と丁寧に言うと、座っていた男の子は、パッと立ち上がり、「何でしょうか? 少し英語できます」と、ものすごく礼儀正しい。事情を話すとホテルにかけてくれた。受話器の向こうの声は、低い声のオバさん。ストで遅れるからタクシーをキャンセルしてくれるように頼むと、「今どこ?」と聞いてきた。「エクサンプロバンス」と答えると、「ここに今日来れるのか?」と心配しているよう。「アンティーブまで行けることは間違いない」「アンティーブからタクシーで来れば?」「いくらぐらい?」「たぶん30から40ユーロ」ホテルの言ってくるタクシーの料金はたいてい「安め」に見積もってある。なので実際には50ユーロぐらい取られるかもしれないが、最悪タクシーで行けるということだ。とは言え、鉄道の切符をカーニュまで買ってあるのだし、できれば最初の予定どおりカーニュからタクシーで行きたい。電話を切って、男の子にお礼を言い、例によってコインを2~3ユーロわたそうとすると、「ノー、ノー、大丈夫」と言って受け取らない。いい子や~エクスの駅前の女の子とはえらい違いだ。このようにして、もう10代のころから男の子はどこまでも女性に親切に、女の子はどこまでも図々しくと、性質が分かれているわけね。そのままオバさんになるのだから、フランスに親切で気がきくオバさんが少ないのも頷ける。余計なおせっかいを焼いたり、一方的に自慢したりするときだけヤケに生き生きするオバさんは多いが、愛嬌があって可愛げのあるオバさんが本当に少ない。遅れに遅れたTGVが来て、乗り込むとあっという間にマルセイユに着いた。例によって大混雑の構内に立ってる案内係に切符を見せると、案の定12:59の電車に乗れという。まだ1時間ちょっとある・・・荷物を預けられれば、マルセイユの駅の近くだけでも散策できる時間だ。有人の荷物預けがあるので、行くと、「1回8ユーロ」とトンデモなことを言う。なんで一律1000円も取るのよ、まったく。それじゃ庶民は利用できんじゃん。そう、利用する人はほとんどいなくて、荷物置き場はガラガラ、お兄さんはひたすらヒマそう。仕事するというより、8ユーロと言って客を追い払ってる感じだ。そのうちもっとラクして利益率を上げようと、「10ユーロ」にするかもしれない。フランス人ならやりかねない。ふと見ると、切符売り場の窓口の列はさほどでもない。もしかしたら、12:59の電車の席を指定できるかもしれない。10分ぐらい列に並んで待って、窓口のお兄さんに聞くと、できないという。「でも、この切符で乗れるから」と偉そうに言う。そんなの当たり前だ! そっちが勝手にマルセイユで止めたんだろうが。エクスに行くときは、裏のバス停にかじりついていたMizumizu+Mizumizu母。とりあえず、街方面に出てみると、アテヌ大通りに通じる階段には、荷物をもったまま「ためられている」乗客が大勢いた。羊のように大人しい。みんなよく躾けられていること。普段は文句が多いフランス人だが、ストに対する忍耐強さと寛容さは日本人から見ると、異様ですらある。こういうのも結局、社会をあげての「一種の洗脳」あったればこそなのだ。そうでなければ秩序は守られない。遠くに見えるのは、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院。マルセイユ、どんな街だったんだろうな。図らずも2度電車から降ろされたのに、駅で待っていただけ。12:59発の電車も、当然遅れてきた。ホームは物凄い人であふれんばかり。乗れるのか一瞬不安になった。とにかく、目の前に来た車両に乗り込んだ。どうやら1等車両だったようで、別の車両に比べれば混み具合はたいしたことはない。たまたま空いてる席を見つけて、すばやく座った。2等の切符しか持ってなかったのだが、知らんわ、もう。出発するころには、1等車両も通路まで人がいっぱいになった。ストのときのこの手の電車には検札が回ってこない。逆に言えば、こういう満杯電車を狙えば、かなりの高確率でタダ乗りができるだろう。それもあって、なるたけ直前まで情報を出さないのかもしれない。実際にこんな東京の通勤電車みたいになった鉄道で移動したいと思う人がいるかどうか不明だが、といって、タダ乗りをまったく誰も考えないかと言えば、そうとも言い切れない気がする。カンヌを過ぎたあたりで、電車はだいぶすいてきた。海が見えてきた。う~ん、暖かそう。苦難の果て(笑)に辿り着いたコートダジュールだ。アンティーブ駅で降り、ホームで接続を確かめたかったのだが、あいにく電光掲示板がない。仕方ないので、重い荷物をもって階段を降り、もう一度階段をのぼって駅舎に行く。はぁはぁ、ゼイゼイ。もっと駅のホームにエスカレーターを作ってよ、南仏! 電光掲示板を見たら、なんと同じホームにカーニュに停まるローカル線が来るではないか。しかも、時間は今!えっ? とさっきTGVを降りたホームを見やると、プロバンスとコードダジュールを結ぶローカル線がしずしずと入ってきた。ゲゲ~! 駅舎から続くホームには下りのエスカレーターがあったのが不幸中(?)の幸い。あわてて地下通路に下り、荷物を引きずりながら必死に走る。日ごろ、「もうお母さんは、走れないから」と言っていたMizumizu母もダッシュでついてくる。はぁはぁ、ゼイゼイ。ホームへ続く階段を早足でのぼり、なんとか間に合った。乗ってしまえば、アンティーブからカーニュまでは15分。カーニュの駅には、タクシーが数台待機していて、運転手もちゃんといた。ヨカッタヨカッタ。しかし、嫌がられたらどうしよう・・・と思いつつ、タクシーの運転手にホテルの名前(Le Cagnard)と住所を書いた紙を見せた。「場所はわかる?」「イエ~ス」別に嫌がるふうでもない。クルマを出発させて、どこやらにケータイで電話している。あとでわかったのだが、ホテルにかけて、狭い道に入る前で降ろすから迎えに来てくれるよう話していたらしい。13ユーロと聞いていたタクシー代、実際には14ユーロちょっとで、切り上げて15ユーロ払った。このくらいなら、まあ別に誤差の範囲だろう。タクシーを降りて、ホテルのクルマに乗り換える。普通のミニバンで、しかも片方のサイドミラーが見事にひび割れている。サイドミラーを破壊するのもわかる気がした。500メートルほど私道のような道を走ってホテルのエントランスに着いたのだが、クルマは小型車1台しか無理そうな「極狭」の道で、しかも道の両脇が石造りの壁になっている。午後1時には着く予定が、もう4時半。朝9時すぎにエクスのホテルを出てから、7時間以上もたっている。あ~、疲れた。エクスアンプロバンスで2泊して身体を休めておいたのは正解だった。
2010.05.27
エクスアンプロバンスの次の宿泊地は、ニースの手前にあるカーニュ・シュル・メール。しかし、ストがどうなったのか、気が気ではない。そこでエクスからTGVに乗る予定日の前日、ド・ゴール広場近くの観光案内所に情報をもらいに行った。カウンターに座っているのはおじさんになりかけの青年。挨拶しながら、女の子のように小首をかしげる。やさしげな声の出し方なども、なんとなく「ソッチ系」の雰囲気。ホッ、この人ならオバさんほど横着ではないだろう。観光案内所のフランス人オバさんは、とっても感じの悪い女が多い。いかにも、「さっさと仕事を済ませたい」雰囲気をアリアリと漂わせている。自分たちのおしゃべりを仕事より優先させるなんてのは、日常茶飯事。まずは、明日鉄道でニース方面に行くという話をして、「ストはまだ続いてる?」と聞いた。すると、続いている、という答え。ガックリ・・・「明日乗る予定のTGVが予定どおり動くかどうか、調べて欲しいのだけど」そう言うと、おもむろにテーブルの下から市内地図を出し、「それなら、鉄道駅の窓口に行くといい。駅はここ」駅の位置を指し示し、さっそく仕事を終わらせようとしている。ここでうっかり、ハイそうですか、と言うわけにはいかないのだ。「鉄道駅の窓口はいつも閉まってるの。たとえ開いていても英語が話せる人がいるかどうかわからないから」するとこんどは、テーブルの下からサッとバスの時刻表が出てきた。「ストを避けるなら、マルセイユまでバスで行けばいい。時刻表はこれ」これで仕事はジ・エンドと言わんばかり。そうはいかんのよ。負けじと、エクス(TGV)10:36 → 13:00カンヌ13:10→13:00カーニュ・シュル・メールの切符を出して、「私はすでにTGVの切符を買ってしまったの。だからあなたに、このTGVが明日予定どおり動くのかどうか調べて欲しいんだけど」「ストの状況はどんどん変わるんだ。明日TGV駅に行って聞けば、動くかどうか分かるよ」そんなことは、誰だって分かるよ!「でもね、モンペリエでストに遭ったとき、その日の時刻表が印刷されて駅に張り出されていたの。つまり、前日にはもうスケジュールは決まっているということだと思う。私が乗るTGVは重要な路線だから、今日のうちにわかるんじゃないの。それにTGV駅はここから遠いから、明日TGV駅に行って電車が出ないと、とても困るのよ」ここまで説得(?)すると、ようやく「わかった」というように頷いて、コンピュータで何やら検索しはじめる、微妙にソッチっぽいおじさんになりかけの青年。やっぱり調べられるんじゃん。それなのに駅へ行けとか、バスで行けとか、どうしてそうやって、自分に都合よく、仕事をできるだけ簡単に済ませようとするのかね?しばらくすると、肩をすくめ、「インターネットには載ってない」「鉄道のインフォメーションに電話できる?」「やってみるよ」案外手際よく、電話をするおじさんになりかけの青年。やっぱり番号すぐわかるんじゃん。そういう作業をさ、外国人観光客が自分でやるのは大変なのよ。ハサミとフランス人(そしてイタリア人も)はうまく使わないとダメなのだ。こちらが理詰めで考えて、向こうがやるべきことをわかりやすく説明しないと、面倒臭がって、「私は知らない」かなんか言ってすぐに投げ出す。これがフランス人の雇われ労働者の行動パターンだ。しばらくすると誰かが出たらしく、「○■△■▼~」フランス語でやりとり始める、おじさんになりかけの青年。「今、調べてもらっているから」とこちらに話す。ニッコリするMizumizu。最初っからそうやって親切にしてよ、まったく。電話しながら、何やらメモを書き留めるおじさんになりかけの青年。しばらくして電話を置き、マルセイユ 12:59→アンティーブ15:17アンティーブ 15:22 ou 16:22→カーニュ 15:35 ou 16:35 と書いた紙を見せた。「明日動くことが決まっているのは、このマルセイユから出る電車だけ。そのあとのカーニュ行きはどうなるかわからない」「エクスプロバンスからマルセイユまでの私のTGVが動くかどうかわからないの?」「わからない」「決まってるのは、このマルセイユからアンティーブまで行く電車だけ? カーニュには停まらないの?」「停まらない。アンティーブのあとはニースに行く電車だけど、カーニュは通過」う~ん・・・MizumizuがエクスからTGVに乗るのが10:36。マルセイユはすぐ近くだから11時ぐらいには着くだろう。万が一、そこでTVGが止まってしまっても、この12:59の電車に乗れば、とりあえずアンティーブまでは行けるということか。もちろん予定どおり10:36のTGVが動いてくれれば問題ないのだが・・・「私のTGVが動くかどうか、明日の朝になれば、インターネットで調べられるの?」「当日なら調べられると思うよ。でもわからないけど。状況はどんどん変わるから」状況はどんどん変わるって? 確かに、国鉄のストをやってる労働者側も、「運行するかどうかは、経営陣との話し合いによる」などと言っているのを新聞で見たが、それはかなり虚構の談話だとMizumizuは思っている。前日に、どの電車をどう間引くかは、ある程度、いやほとんど、決めてあるはずだ。「マルセイユで止めて」「そこで客を待たせて」「満杯に詰め込んで運ぶ」というのはパターンなんだから。それを乗客に事前に知らせないだけだ。しかし、これ以上の情報は、ここで今の段階では得られないことはハッキリした。丁寧にお礼を述べて立ち上がるMizumizu。「ストには、ぼくらみんな苦しんでいるんだ」とソッチぽい仕草で、同情したような声を出すおじさんになりかけの青年。みんな苦しんでるって? 自分と関係ない他人の苦しみに、これだけ想像力を働かせない国民も少ないと思うけどね。たまたま鉄道で移動しなければならないハメに陥った人は苦しむかもしれないが、その「苦しみ」をもし全国民が深刻に受け止めているなら、こんななぁなぁのズルズルのストを許すはずがない。日本で同じ事をして、許されると思いますか? それが国民性の違いだ。誰のどういう権利に重きを置くか。誰のどういう不都合に憤りを共有するか。フランス人と日本人は、いろいろな面で正反対なのだ。とにかく、マルセイユから12:59にアンティーブ行きの電車が動く、ということはわかったので、マイTGVについては、出発の朝、ホテルのフロントで調べてもらおうと心に決めた。そして、チェックアウト当時の朝9時ぐらいに、フロントに行き、チケットを見せて、ストの話をし、「このTGVが今日動くかどうか知りたいんだけど」と相談した。するとすかさず、「ぼくは知らない・・・」オメーが知らないのは、そりゃ当たり前だよ。「ストの状況は刻々変わるから・・・」また同じ台詞だ。フランス人はストとなると思考停止するのか?「TGVの駅に行って、聞けば分かるよ」それで仕事を終わらせる気? もちろん、そうはさせない。「でもね、私のTGVはパリから出ると思う。だから10時半にエクスに来るということは、動くならもうパリを出ているはず。インターネットでそれは調べられると聞いたんだけど?」ここまで言うと、案外素直に働き始めるフロントの青年。Mizumizuの切符の電車の番号をブツブツ繰り返し、コンピュータをガチャガチャやって、「パリからじゃなくて、このTGVはリールから出てる」なるほど、パリより北から来るのね。「今日は動いてる?」「動いてるね。ただし、今のところ15分遅れ。でも・・・」と言ってコンピュータを覗き込むフロントの青年。「あれ? この切符でカンヌまで行くの?」「そう、このTGVはニース行きだから」「ニースまでは行かないよ。今日はマルセイユ止まりになってる」やっぱり・・・!「マルセイユで止めて」「そこで待たせて」「満杯に詰め込んで運ぶ」んだな。でもまあ、マルセイユまで行けることはハッキリした。マルセイユに着いてしまえば、12:59分の電車に、同じ切符で乗れるはずだ。エクスの街からTGV駅までは、バスの切符をすでに取ってある。「バスは動くと思う?」「問題ないよ。今回は鉄道のストだから。バスはストをやってない」そこで、タクシーを呼んでもらい、街はずれのバスターミナルまで行くことにした。来たのは、オバちゃんタクシーだった。最初はメルセデスのタクシーを寄こしたのに、出るときは、バンみたいなタクシーってのは、偶然か?ホテルのボーイから行き先を聞くと、突然オバちゃんが、「お~」と大げさな声を出して、「今日は鉄道のストだから、バスは動いていない」なんて言い出す。フロントのお兄さんと意見が違うじゃねーの。「全然動いてないの?」と聞き返すと、「ふだんよりずっと少ない・・・と思う」いい加減な言い方だ。つまり、バスターミナルではなく、18キロ先のTGV駅までタクシーで行けと言ってるわけね。本当にちゃっかりしてるわ。自分のトクになることとなると、急に気をきかせ始めるフランス人の商売人の特徴ね。「まだ時間は十分あるし、もうバスのチケットを買ってしまったので、とりあえず、バスターミナルに行ってくれる?」譲らないMizumizu。15分遅れとはいえ、TGVは動いているのだから、バスが全然動かないわけがない。いつもはほぼ15分間隔で出てるのだから、多少本数が少なくなっても問題ないはずだ。そこまで言えば、オバちゃんは素直だった。まったく・・・こういうことも知らないと、タクシーのオバちゃんの話を真に受けて不安になっていたかもしれない。情報で武装しないと、フランスで外国人旅行者はいちいち何でも高く払うことになる。タクシーがバスターミナルに着いたとき、メーターは14ユーロちょっとだった。オバちゃん、メーターを止めないまま外に出て、こちらの荷物を出すのを手伝い始めた。こんなことで時間稼ぎされてもなんなので、荷物を降ろすやいなやすぐに、「いくら? 15ユーロでいい?」と言うと、オバちゃんはメーターを見に戻り、「いい」と言うので、切り上げて払った。見ると、「Aix - TGV - Airport」と書いてある大型バスがちょうどバス停に入ってきた。ドライバーに一応確認して乗り込む。ホッ。なにが「バスはとっても少ない」んだか。すぐ来たじゃないの。セザンヌが好んで描いたサントヴィクトワール山を遠くに見ながら、バスは郊外へ向かう。エクスアンプロバンスのTGV駅は、本当に周囲に何もない場所だ。バス停で降り、駅の構内を通って、エレベータでホームに行った。不思議なことに、10:39発のTGVは「On Time」になっている。ホテルで聞いたとき15分遅れだったのに、取り返したのか?・・・ンなわけはないのだった。これが新幹線なら、15分の程度の遅れなら取り返そうとスピードをあげるだろう(そして、かなりの確率でちゃんと時間通りに目的地に着く)が、TGVは世界最速とか威張ってるわりには、遅れは遅れのまま、どんどん遅れる。何のために高速実験をしてるんだろう? 例によって、ギリギリまで「On Time」と表示しておいて、直前にいきなり、「40分遅れ」と出た。40分遅れか!
2010.05.26

エクスアンプロバンスは、バロック風の装飾のある建物やそこここにある広場、噴水などどこかイタリア的な都市だ。広場のカフェはお客さんでいっぱい。しかも、観光客でなく、地元の人が多い。観光客に占領されたフランスの有名都市と違う活気がある。生活感があり、しかも清潔で洒落た街並み。目だった観光名所はないが、エクスアンプロバンスはやはり魅力ある小都市だ。タピスリー美術館の前のカフェも、ものすごく賑わっている。食べているものを見ると、ピザが多い。しかし、フランスのピザは、イタリアのピッツァとはけっこう違っていて、正直、あまり美味しそうではない。Mizumizu母がピッツァマルゲリータを頼み、やはり「トマトソースもチーズもイマイチ」と、しぶい顔をした。地理的には近いはずなのに、なんでアルプスを越えるとパスタもピッツァもこうも味が落ちるのか。日本のほうがずっと本場イタリアに近い(というか、そっくり同じ)ピッツァがある。フランス人がこんなに軽食としてピザを食べているのには驚いた。やっぱりねえ、フランス料理は、マトモな軽食がないのだ。フランス風の軽食というと、クロックムッシュだとか、あんなのもんになってしまう。南仏は美術館も、昼休みを取るところが多くて不便。だいたい12時から2時の間閉まるというのがパターン。エクスのタピスリー美術館も、10時~11:45、14:00~17:45と、時間のない旅行者にとってはかなり行きにくい。午前中に2時間も開かないって、いったいどういう了見? まったく・・・それでもタピスリーには興味があるので行ってみた。入館料は3.1ユーロ。わりと安いと思ったら、展示物があまりにショボくて、がっくり。兎にも角にもタピスリーの保存状態が悪すぎる。ほとんど色が抜けてしまっているし、傷みも目立つ。NYのクロイスターズ美術館やパリのクリュニー美術館とは比較にもならない。タピスリー美術館は建物のほうが面白かった。壷をデザイン化したような洒脱な階段の手すりとモダンな照明器具が印象的。このシャンデリアもなかなかいい。やっぱりイタリア風だ。サン・ソヴィール大聖堂もたいして見るべきものはない。この回廊つき中庭には少し期待していたのだが、なんと閉まっていて中に入れず(写真は柵の外から撮影)。クロイスターズに行けば、こうした回廊はまとめて見られるのだが、やはりちょっと直しすぎているきらいはある。ここはホンモノの聖堂付きの回廊なのだから、近くから見たかった。保存上の理由で見学を制限しているのかもしれない。こちらはプラタナスの並木で有名なミラボー通り。エクスアンプロバンスを代表する通りなのだが、いかんせん季節が少し早すぎて(というか、今年は寒すぎて?)、緑がない。4月後半でまだ樹木がこの状態とは、まったく予想していなかった。ミラボー通りには、セザンヌも通ったという「ドゥー・ギャルソン」という有名なカフェ兼ブラッスリーがある。緑のシーズンなら気持ちがいいであろう路上の席。このブラッスリーは、店内の内装は時代がかった豪華なものだった。それなりに高そうな店。味はどうなんだろう?珍しくアイスクリームサンデーを頼んでみた。しかし・・・量もすごいが、それより味がよくなくて、ビックリ。シャンティー(ホイップクリーム)は、「いけません」。生クリームじゃないな、これ。植物性だろうか。アイスももっさりしていて、これまた「いけません」。これで8.5ユーロ(1,100円)って・・・たけーよ!イタリアでは、フラーゴラ・コン・パンナ(生クリームつき苺)に目がないMizumizu。すっぱい(そして、しばしば硬い)苺に生クリームを盛っただけのものなのだが、それでもかなり美味しい。だいたいどこで食べても生クリームが重いとか脂っぽいということは、ほとんどない。そういえば、フランスのお菓子はバタークリームが中心。イタリアではどこでも見かける、生クリームをたっぷり使ったお菓子をあまり見ない。なんでだろう??しかし、このアイスクリームの味じゃ、食事の味もあまり期待できないかもしれない。由緒ある店なのだが・・・メニューには昔の有名人の写真がずらり。セザンヌはわかるにしても、なぜここにもコクトー(下段中央)とジャン・マレー(中段右端)が・・・?ジャン・マレーは「オルフェ」時代の顔なので、もしかして、映画に出てきたパリのカフェはここで撮影されたのかも? と思って、家に帰って「オルフェ」を見直してみたのだが・・・わかりませんでした。「オルフェ」の冒頭のカフェのシーン。確かにミラボー通りのカフェのようにも見えるが、パリの町角のようにも見える。そして、プロバンスと言えば、ラベンダー。ラベンダーといえば、中富良野のファーム富田かプロバンス(←Mizumizuのアタマの中では)。そこでラベンダーのエッセンシャルオイルを買ってみた。Chatelard社の製品で、5.5ユーロ(700円)。世に「高品質」を謳うものは多いが、このエッセンシャルオイルは確かに、高品質だった。香りがぎゅっと凝縮されていて、東南アジア産のエッセンシャルオイルに比べると、少量で強い香りが楽しめる。液が無色透明なのも、アロマポットが汚れないので助かる。日本ではこちらで扱っているよう。しかし、根源的な問題として・・・ラベンダーっていい香りずらか?この花のアロマの効用としては、頭痛をやわらげるとか。頭痛持ちのMizumizuには、多少のお守り代わりになるやもしれない。こちらはバリ島で買った、粗悪品の見本のようなエッセンシャルオイル。500円弱。きれいな箱に入っているのだが、箱には「レモングラス」と書いてあり、あけてみたら「ジャスミン」で、しかも使ってみたら、「これ、本当にジャスミン?」と思うような正体不明の香り。中身もラベルも全部間違えたとか?(笑)。香り自体も水っぽい。「水っぽい香り」というのは変な表現だが、そうとしか言いようがない。量を増やしても、水で薄めたような香りで、しかも液体は熱するとこげ茶に変色して、うっかりするとアロマポットが汚れてしまう。アロマポット(アロマバーナー)はタイ製のものを使っているのだが、ベンジャロン焼きのものが使いやすくて気に入っている(こちらのエントリーの下から2番目の写真)。使ってみて、初めて使いにくいもの、使いやすいものがわかる。旅先で出会った小物は、ほとんど一期一会なので、本当に、「買ってみなければわからない」ということだ。追記:この記事をアップしてすぐ、読者のかたより情報をいただきました。「ドゥー・ギャルソン」は、コクトーゆかりのカフェだそうです。エクスをモチーフにした以下のような詩があるとか。百余りの青い泉が、セザンヌの賛歌を歌っているまさきつねさん、貴重な情報をありがとうございました。しかし、エクスにコクトーが長期滞在したという話は聞いたことがないのですが・・・ いつぐらいになんのために滞在したのか、ご存知の方は、是非メールにてご教示ください。
2010.05.25

ホテルのスタッフに紹介されてディナーに出かけた、ド・ゴール広場にほど近いLa Tomate Verte。レストランの多いRue des Tanneursにある。メニューを見て、一瞬困惑。「前菜」「メイン」「デザート」という区分ではなく、「私たちは始める・・・」というような文章になっている。「前菜」+「メイン」でいくら「前菜」+「メイン」+「デザート」でいくら、というような選び方ができるようなのだが、「私たちは始める・・・」のところになぜか、普通はデザートである「タルトタタン」などというメニューがある。リゾットがあるのは、炭水化物系イタリア料理が大好きなMizumizu母には朗報なのだが、それがなぜかメインらしき区分のところに書いてある。リゾットがなぜに、メイン・・・????仕方なくウエイターのお兄さんに、「どこまでが前菜で、どこからどこまでがメイン?」と聞くと、指し示して教えてくれた。見開きのメニューで左3分の2ぐらいが前菜で、その下から右半分ぐらいがメインのよう。リゾットはやはりメイン扱いだ。????フランスではリゾットをメインとして食べるのか? なんかよーわからんなぁと思いつつ、デザートまで食べるのは無理だろうからということで、「前菜」+「メイン」コースにして、かつフランス料理のメインが基本的にダメなMizumizu母のために、リゾット(と海老)をチョイス。デザートではない前菜のタルトタタンも、アップルパイが好きなMizumizu母の口に合うかもと頼んでみた。一口食べて、「うん、美味しい~」と頷くMizumizu母。タルトの上に、リンゴのコンポートをのせて、かつ薄切りのチーズをのせたもの・・・のよう(詳細は食べなかったので不明)。ピンク色の髭みたいのは、なんずら? 聞いたのだが、よくわからなかった。Mizumizuの前菜は、フォワグラのテリーヌ。冷製フォワグラは、大好きというほどでもないのだが、これは絶品! ねっとりしているが、どこかベルベットを思わす舌触り、特徴を言えと言われてても難しいのだが、他の素材では味わえない不思議な味だ。上にふりかけたきらきらした粗塩が、ダイアモンド級のインパクトになっている。大量に食べるものではない。このくらいで十分。サラダもバルサミコの上質感に驚く。イタリア以外で、ここまでオリーブオイルとバルサミコを絶妙に使ったサラダにお目にかかることはめったにない。皿を下げに来たウエイター君が、「どうだった?」と聞いたので、思いっきり褒めちぎった。さらに、「ちょっとイタリア風な感じがする。シェフはもしかして、イタリア人?」と聞いたら、「そう」と頷く。なんだ、やっぱりイタリア人か。そういえば、昼間路上でピザを売ってるお兄さんが、いきなり「ボンジョルノ!」と挨拶してきたっけ。もしかして、イタリア人が多いのだろうか、ここは?メインのリゾットは、海老のグリルと一緒に出た。リゾットの中に海老が入っていると思ったら、こういうことだったとは。確かに海老のグリルならイタリア料理でもセコンド(メイン)だ。「ごはんもの」と「おかずの魚介」が並んでるなんて、ちょっと日本風だ。これにも「美味しい」と舌鼓を打つMizumizu母。しかし・・・リゾットをこういう保存容器に入れるというのは、モダンスパニッシュでよく見られる演出なのだが、あんまり美味しそうには見えない。料理をフラスコに入れたり、スープをスポイトを使って食べさせたり、ああいうウザったいのは誰が始めたんだろう? 「エル・ブジ」か?フランスの肉料理がだ~い好きな、Mizumizuは鴨肉のコンフィ。鴨のもも肉のコンフィは日本でもよくあるが、たいていしつこいだけの肉の塊で、気に入らないことが多いのだが、ここのは絶品。ジューシーな鴨肉の中に、とりどりの野菜の煮込みが詰まっている。野菜の水気が肉のバサバサ感を和らげ、しかも重層的な味に仕上がっている。コーヒー牛乳みたいな(笑)見かけのソースをかけると、ますます味わい深くなる。もちろん、カリッとした肉の表面、と柔らかい肉の中身と、肉のもつ食感の違いもきちんと楽しめるようになっている。う~ん、これはウマイ。こういう肉料理が日本にはないのだ。和牛が美味しすぎるのが問題なのかも。ワインはドメーヌ・サン・ティレール(ラングドック)の赤をハーフボトルで。特に上等なワインではないが、かすかな花の香りと胡椒めいた刺激が楽しい、それでいて軽やかなワインで、料理を爽やかに引き立ててくれた。やはり、ラングドックのデイリーワインの実力は侮りがたい。すっかり満足して店を出るMizumizu+Mizumizu母。ちなみに料金はワイン込みで(水はタダのテーブルウォーターにしてもらった)、71ユーロ(カードレートで9,155円)。これだけしっかり作った料理でこの値段なら、安いと思う。デザートを食べなかったのが、今となっては心残り。ここなら独創的なデザートを出してくれたかも。居心地のいい隠れ家的なホテル、美味しいレストラン、上質の名産品。う~ん、エクスアンプロバンス、だんだん好きになってきた。La Tomate Verte15, rue des Tanneurs, 13100 Aix-en-Provence電話: 04-42-60-04-58
2010.05.24

プロバンスの銘菓カリソン。こちらにも説明があるが、13世紀に国王の結婚を記念して作られたと言われている。アーモンドの粉を使ったお菓子で、フランスで有名なお菓子というのはたいていそうなのだが、もともとはイタリアから来たものだとされている。イタリアのパスタ・ディ・マンドルラ(マジパン)は、香料があまり強いとまったく受け付けないMizumizuだが、香料控えめなものは、かなり好き。それも、最初は、「なんじゃ、これ?」と思ったのが、食べなれるにつれジワジワと好きになってきた感がある。カリソンは食べたことがなかったのだが、Villa Galliciのフロントに置いてあったので、試食してみた。「うっ、まずっ」というのが、正直な第一印象。やはり香料が強すぎる。なので、カリソンは口に合わないのかな、と思いつつエクスアンプロバンスの旧市街に出かけたら、サン・ソヴィール大聖堂のすぐそばに、カリソン専門店があるのを見つけた。Roy René (ロワ・ルネ、つまりルネ王という意味)というメーカーらしい。ショーウィンドウのディスプレイは綺麗だが、微妙・・・ 日本人的感覚だと、お菓子のラベンダーカラーは、少し毒々しい色だとも言える。入ってみると、試食させてくれるという。食べてみたら、あ~ら、不思議。ここのカリソンはフレーバーが自然な感じで、ホテルで置いていたカリソンよりずっと口に合う。というか、むしろ、「美味しい」と思う。やっぱり、パスタ・ディ・マンドルラ(マジパン)と同じだ。香料が多すぎるとダメだが、控えめなものは好き。売り子のお姉さんはとても親切で、いろいろ説明してくれた。結局上の3種類を買ったのだが、左上の袋入りカリソンは1粒が小さいのがわかるだろうか? カリソンは小さいものを作るほうが手がかかるので、割高なのだという。大きいカリソンのほうが値段的にはお得だとか。下のカリソンは長方形の箱にきれいに並んでいるが、これは密閉された箱ではなく、空気が入り込んでしまっているので、一番長持ちしないそう。日持ちは2週間弱だと言われた。Mizumizuが自分用に買ったのは、左上の小さなカリソンを1つ1つ袋にくるんだものなのだが、これは、最初に食べたとき、「大きいカリソンはしつこい」と感じたためだ。1つ1つくるんであるから日持ちもするだろうし、あまり進まなくても傷まないで置いておけるだろうと考えたのだが・・・あ~ら、不思議。食べれば食べるほどやみつきになり、「一度に小さいの1つで十分」と最初考えていたハズが、それでは物足りなくなり、一挙に2つ、3つと食べるようになってしまった・・・アーモンドの粉を使ったお菓子には、やみつきになる「何か」があるのかも。だが・・・旅行先でラファイエットのような大型店に入ると、食料品売り場にほとんど必ずカリソンが置いてあって、しかも、エクスで買ったRoy René というメーカーのものもあると気づいた。味を知らないので、試食させてくれない大型店でいきなり買うことはなかっただろうけれど、Roy René のカリソンなら別にエクスにこだわる必要はない、ということだ(苦笑)。しかも、日本に帰ってきたあと、意外なことが書いてあるブログを発見(こちら)。なんとエクスのRoy René の本店には、そこでしか買えないチョコレートコーティングのカリソンがあるとか。はて・・・?あったかなあ? チョコレート色のカリソン・・・色つきのものは、1つ食べてみて気に入らなかった(例によってフレーバーが人工的すぎる)ので、よく見なかったのだが、知っていれば探したのに・・・惜しいことをした。カリソン屋のすぐ近くでMizumizu母がお友達へのお土産として大量購入した紙ナプキン。南仏風の絵柄が綺麗。しかし・・・この紙ナプキンも、ヴィルフランシュ・シュル・メールで見たら、もう少し安く売られていた。絵柄は同じものもあるが、違うものもあるという感じ。なんで明らかに大量生産の同じお土産物がこうも土地によって値段が違うのか・・・ 日本ではそういう価格差はあまりない気がするのだが(あるのだろうか? 実は?)。同じ店で見たマグネット。こうしたものは普通メイドインチャイナだろうと思うのだが、売られている地方によってずいぶん出来に、「いい」「悪い」がある。エクスのマグネットは「いい」ほうの部類。というか、マグネットとしては、かなりよく出来ている。特に小さなワインは熟練の技。「悪い」ほうの部類のマグネットは、ニースのようなモロ観光地で売られているもの。こういうものの質にも差があるというのは、意外のような、案外納得できるような・・・これはホンモノのカリソンではなく、Mizumizu母お買い上げのカリソンのマグネット。ネット上では神戸で、本格的にカリソンを作っているパティシエを見つけた(こちら)。
2010.05.23

朝食も同じサロンで。もう少し季節がよかったら、気持ちのよい中庭のテラスで食べられるのかもしれない。可憐なピンクの小花模様に金彩を施した器は、典型的なリモージュ。銀製のカトラリー。真紅のバラ。食器類は最高級なのだが、サービスしてくれるお姉さんは、アルバイト感アリアリ。泊まっているお客さんは、Mizumizuのほかに3組遭遇したのだが、中国人が2組、アメリカ人1組(若い女の子のグループ)。コンチネンタルな朝食は、お粗末そのもの。こちらのパンはまあ美味しいと言えば美味しいのだが、パリの飛び切りのパン屋のパンを知っている身には感動はない。そのほかにはジャム、飲み物、市販のヨーグルト、それに洋ナシを摩り下ろしてフランボワーズを添えたもの。ま~、なんとも手のかかってない朝食だ。この貧弱さで1人22ユーロとは・・・ナポリのエクセルシオールに泊まったときは、土地の名産品であるモッツァレッラが何種類も並び、トマトや野菜もふんだんにあった。もちろんハード系のチーズやハムもいろいろ出た。カンパーニャ地方の豊かさを実感したのだが、あそこも今は、コスト重視の「コンチネンタルブレックファスト」になってしまったかもしれない。器が貴族的なだけに、それにともなう内容のない食事に、心底ガッカリした。ほとんど一見さんの外国人ばかり相手にしている「高級ホテル」はこうなりがちだ。リピーターが来ないから、宣伝にばかりお金をかけ、立派なホームページを作り、ガイドブックに載せ、テレビに取材してもらって、イメージアップを図る。フランスの高級ホテルは、軒並みこんな調子。ホテル文化でもっとも大切なのは、ホスピタリティ精神だ。どんなにゴージャスな内装でも、立派な器を使っても、スタッフがサービスのプロフェッショナルでなければ、一流とは言えない。プロフェッショナルなソムリエ、プロフェッショナルなギャルソンのいるフランスで、なんでこうもプロフェッショナルなホテルマンがいないのだろう? リピーターになってくれる自国民ではなく、ほとんどが一過性の外国人をアテにし始めたことで、フランスのホテル文化は凋落したのではないか。その点、階級がフランス以上に断固として固定しているイタリアには、まだ高級ホテルにもパーソナルなホスピタリティが残っているように思う。フランス人ほど「偉そうでない」というイタリア人の国民性もあるかもしれない。どちらにせよ、もう高級ホテルはアジアの時代。そういえば、3月のトリノのフィギュアスケート世界選手権で高橋大輔選手が優勝したとき、ドイツの中継だったか、「彼はアジア人初の男子世界チャンピオン。ペアもシングルも、今はアジアが非常に強い」と解説していた。もともとは、ヒマと時間をもてあましている北ヨーロッパの貴族が優越感に浸るために、氷の上で図形を描いて見せたり、クルクル回って見せたりしていた遊びがフィギュアスケートのルーツだと言われている。それも今はアジアの時代。ヨーロッパのものだった「何か」をアジアが模倣し、やがて超えていくとき、その突破口を作るのは、たいていが日本人だ。ホテル文化にしても、ヨーロッパでは風前の灯のホテルマンのホスピタリティ精神は、日本に移植されて、十分根付いている。他の多くのアジアの国の高級ホテルは、支配者たる白人のためのサービスをスタッフに教え込むことから出発したが、日本人はそうした意識をもたずに、「自分を下げて、他人への敬意を表す」ことができる。もうだいぶ昔だが、オーストリアで由緒ある「白馬亭」ホテルに泊まったとき、足を少しひきずっているMizumizu母を見て、老いたポーターが、「どこまで行くの?」と聞き、行き先がすぐ近くの船着場だと知ると、何も言わずにMizumizu+Mizumizu母の荷物を手押し車に乗せ、ホテルから湖までガンガン運んでくれたことがあった。ああしたポーターは、ヨーロッパの高級ホテルからすっかりいなくなってしまった。今ホテルに突っ立っているのは、正装させてそれなりに見せているだけの、「自分が何をしたらいいのかわかっていない」若者だ。とはいえ、エクスアンプロバンスのVilla Galliciは、隠れ家的な雰囲気があり、かなり気に入った。値段も、とにかく「高い」と感じるフランスのなかでは、妥当な価格だと言える(一番安い部屋で1泊300ユーロ弱)。もう1度来てもいい気のするホテルだ。今年は4月になっても寒く、ホテルの中庭にあるプラタナスが緑でなかったのが残念だが、初夏のころに来たら、より美しく、落ち着けると思う。そしてここは、クルマで来たほうがいい。Mizumizu母が、プロバンスではOlivadesの布地を買いたいというので、ホテルのフロントで場所を聞いて出かけた。幸いにも、サン・ソヴィール大聖堂の前の通りで、ホテルから近い。Mizumizu母お買い上げの布。華やかな花柄模様。Mizumizuは薄手のコットンのスカーフを購入。30ユーロ(3891円)。天然コットンのさらっとした肌触りがバツグン。有名ブランドなので、値段は高めだが、質は確かに高い。Olivadesは日本でも買えるのかな? と思って楽天で検索してみたら、結構ある。Les Olivades ボニスストールボートネックのマリン風ワンピLes Olivades レゾリヴァード / rave et Bonis robeLes Olivades ボニスサック日本ではなぜか青系を中心に商品展開しているようだが、現地には赤系、青系、緑系、黄色系と、明るい色合いのテキスタイルがふんだんにあった。
2010.05.22

<きのうから続く>ストのせいか、駅舎に入っても、誰も働いていない。切符売り場も閉まり、切符は機械でしか買えない状況になっている。しかも、タクシー乗り場にタクシーだけが停まり、例によって運転手がいない。しばらく待ったが運転手は戻ってこないし、別のタクシーが来そうな気配もない。駅にタクシーゼロって、一体、どういうこと?あとから分かったのだが、街中のド・ゴール広場にはタクシーはいくらでもたむろしているのだ。ストだからなのか、駅そのものが廃れてるのか、とにかくこんな状態では、待っていてもラチがあかない。ホテルに連絡してタクシーを呼んでもらうしかない。また通行人にヘルプを求めないと・・・最初に声をかけたのは、1人でお迎えを待ってると思しき20歳ぐらいの美人。「携帯を持っている?」と聞いたら、「持っている」と答えたので、「かわりにホテルに連絡してもらえる?」と聞くと、「今は持ってない」と、急にニベもない。警戒されたよう。ダメだ、女は・・・ 若い男の子のほうがよっぽど親切。と、めぼしい(笑)相手を探したのだが、若い男の子はあまっていなかった。ふと見ると、若い男女のカップルが、ややヒマそうに市内バスの停留所に立っている。しかも、女の子のほうが携帯をいじってるではないか。例によって、「ボンジュー」と挨拶し、「英語話せる?」と聞くと、男性のほうが話せるという。そこで、事情を話して、ホテルの電話番号を書いた紙を指し示し、さらにコインを見せてお金は払うからという意思を見せ、かけてくれるかと聞くと、快く彼が彼女に通訳し、彼女からわたされた電話でホテルにかけてくれた。ホテルの従業員が出たところで電話をかわり、「駅にタクシーが全然いないから・・・」というと、「全然いない?」と驚いている。「駅というのはTGVの駅か」と聞くので、「ノー、ノー」と言って英語のわかる男の子に、「この場所を説明してくれる?」と言うと、これまた快く電話をかわり、「▲■□○△~」とフランス語で説明してくれた。「どんな服装してるかってことも話しておいたから」と彼。う~ん、なんて気がきているの?お礼を言って、もっていたコインを全部あげた(たぶん3.5ユーロぐらい?)。すると、「メルシィ♪♪♪」と物凄く嬉しそうな声を出してお金を受け取り、さっさと自分の財布にしまう彼女。確かに、ケータイは彼女のものだが、いろいろやってくれたのは彼のほうだ。彼女は彼にケータイをわたしただけ。てっきりもらったお金を、そんな彼と分け合うのかと思いきや・・・全額自分のものかい!?つくづく・・・フランス男は大変だ。こんな自分勝手で役に立たない女を相手にしなければいけないとは。日本女性のほうがまだずっとマシ。フランスの一般男性の親切さは、あれは人生修業の一環なのか? 逆にフランス人男性が大勢日本に来たら、どんどん日本人女性はフランス人男性になびいてしまうかもしれない(親切ったって、それはどのみち「釣る前」だけに、ほぼ決まってる)。親切な彼とそうでもない彼女に別れを告げ、駅の前に立っていると、2人乗りの小さな車がやってきて、Mizumizuの前で停まった。え? これタクシーじゃないよね。「▲■□○△~」運転席から東洋系の女性が話しかけてきた。「Hotel Villa Gallici?」と聞くと、人違いだとわかったようで、「ごめんなさい」みたいなことを言って向こうへ行ってしまった。彼女も誰かのお迎えに来たのだろう。しばらくしたら、メルセデスのタクシーが来た。さすがに高級ホテルが寄こすタクシーはクルマがいい。メーターは押された状態だったが、3ユーロちょっと。フムフム、これなら別に問題ないでしょ。ホテルは旧市街の北にある。タクシーに乗り込むと、あとはあっという間だった。無人のゲートが開く。すぐに建物は見えない。「マフィアの家に招待されたみたいね~」と、小市民的な感想を述べるMizumizu母。こちらがエントランス。し~んとしていて、Mizumizuたちがタクシーを降りても、誰も出迎えに来る気配がない。「ちょっとサービス悪いホテルかも・・・」と若干不安になるMizumizu。実際にはサービスが悪いというより、あまり人手のないホテル(同じか?)だったのだが。タクシーは7ユーロぐらいだった。もちろん荷物代の上乗せ請求もなし。本当に、エクスアンプロバンスまではタクシーに何も心配することなく乗っていたのに・・・通された部屋は、貴族的な雰囲気。シルクのモスグリーンとライトブラウンで統一されたファブリックは、まごうことなきシルク製。重く垂れ下がった窓辺のカーテンを触って、「重いわね~。なんでこんなに重いの」と、庶民丸出しの感想を述べるMizumizu母。そら、あーた、モスグリーンとライトブラウンのシルクファブリックを2枚重ねて縫って(つまり、裏表がないということ)、2.5メーターはあろうかという大きな窓から下げているんだから、重くもなりますよ。窓からはプールのある中庭と緑豊かなエクスの街が見える。塔はサン・ソヴィール大聖堂。部屋はとても静かで落ち着けた。泊り客があまり近い部屋にならないよう配慮しているのか、プライバシーが守られてる安心感がある。泊り客をとにかく固めて集めて、その結果、別の部屋のゲストのたてる音が聞こえてきたパリのランカスターとはえらい違いだ。マカロンが運ばれてきた(本当は4つあったのですが、1つ食べたあと写真撮影)。ガラスの器に入った、薄いピンクのバラが美しい。ここはとにかく、何かをサーブするときは、必ずガラスに落としたバラの花を添えてくる。マカロンを食べて、「美味しい~」と感激するMizumizu母。そのあと街に出て、「またマカロン食べたい」と言って、チェーン店のパン屋で3ユーロのデカマカロンを買っていた。あ~、高級ホテルで出すマカロンと、そこらのパン屋のマカロンは別物なのに・・・案の定、デカマカロンを食べて、「これはマズイ」と、のたもう母(苦笑)。ま、何事も身をもって知っていただかないと。買う前から、「それはマズいよ」とも言えない。Villa Galliciというイタリア系の名にふさわしく、イタリア貴族の別荘風のホテルの内装。廊下の壁には、フレスコ画。壁紙ではありません。天気がよければ、中庭のオープンスペースも気持ちがいい。中庭とホテルの中をつなぐドアの両端においた彫刻は、いかにもフランス的。泉の街エクスアンプロバンスにふさわしい、水汲み場を象った中庭のオブジェ。色とりどりのバラを置いたところまではいいのだが・・・横のホースをしまえって、使わないときはさ~!とにかく、ここのホテル、ゲストがいようがどうしようが、一切お構いなく、スタッフ各自が勝手な時間にあちこち掃除したり、手入れしたりしている。仕事熱心なのはいいのだが、まるで準備が整わずにオープンした直後のホテルのようで、どうもねぇ・・・とは言え、内装や調度品は素晴らしい。こちらはサロン(バーとして使える)。華やかな壁紙に、惜しみなく飾られたバラの花。磁器製のネコの置物。天井にはプロバンス風のファブリックが帆のようにかかっている。夜にはサロンの暖炉に火が入った。本当に4月とは思えない寒さだった。東洋趣味の磁器をコレクションしている貴族の館に招かれたよう・・・調度品だけ見てる分には。暖炉のそばで、オレンジジュースとショコラ(ココア)を飲んだ。ブラッドオレンジ100%のジュースをこんなところで飲めるとは。フレッシュで甘さと酸っぱさのバランスがよく、文句のつけようのない味。シチリアを思い出した。ショコラもポットにたっぷり。ミルクが多めだったが、あまり濃厚なショコラは夜にはふさわしくないので、ちょうどよかった。例によって、バラの花が添えられている。<続く>
2010.05.21
TGVで、カルカッソンヌ7:42→10.27エクスアンプロバンスTVG駅(1人42.8ユーロ)とラクに移動するハズが、パリ・リヨン駅の窓口で、「その時間に出るなら5回乗り換えで11時間かかる」などと意味不明のことを言われ、カルカッソンヌ11:33→14:42マルセイユマルセイユ15:05→15:49エクスアンプロバンス(Centre)駅という切符を、出発後補償を勝手につけられた50.6ユーロで買わされたMizumizu。カルカッソンヌを11:33に出発する列車は、案の定15分ほど遅れてきた。しかも、ギリギリまで「On Time」表示が出ていたのに、いざ30分を過ぎると、突然「10分遅れ」表示が出る。わざとやってんのかい? と非常に腹が立った(後日、エクスアンプロバンスからTGVに乗るときに、同じ目にあい、ますます「わざとやってる」と確信することになるのだが)。電車はもう立ってる人でいっぱいだったが、幸いなことに座席を指定しておいたので、座ることができた。Mizumizuたちの席に勝手に座っている人がいたので、どいてもらったのだが・・・ここで注意! 「自分が予約した席に、予約してない人間が座ってる」姿を見て、日本人はめちゃくちゃハラを立てる傾向がありますが、これは腹を立てることではありません。むしろ、空いてる席には座っていいんです。ただ、予約している人が来たら席を立つこと。これが向こうの習慣。日本的な感覚で、にらみつけたり、声をあらげたりするのはNG。列車は例によって、遅れ遅れでマルセイユに向かって走る。本当なら、マルセイユでの乗り換え時間は23分しかないので、アセるところだが、「たぶん、乗り継ぎの電車は出ないでしょ」という予感があった。15分ほど遅れてマルセイユに着くと、駅はまたも物凄い人。かきわけるようにして進み、電光掲示板を見たのだが、やはり15:05の電車はない。立ってる係員の人に切符を見せて聞くと、「今日はこの電車はない。16:05に代替バスが出る」という説明。バスは駅の裏口を出て左に来るというので、そちらに移動する。バス停らしきものがあり、大きな路線バスが停まっていた。見ると、「マルセイユ→エクスアンプロバンス→アビニヨン」と書いた紙のボードが運転席の斜め前に置いてある。これかしらん? だったらラクちんそう。と、ややホッとして運転手にSNCF(フランス国鉄)の切符を見せながら、乗れるのかどうか聞いた。すると運ちゃんは、Mizumizuのもってる切符をのぞきこみ、「○△▲■□~」とフランス語でなにやら説明している。全然わからない。「英語を話す?」と聞くと、「ノン」と首を横に振り、「○△▲■□~」と両手を広げている。どうも乗れないような雰囲気だ。だが、それにしては態度が曖昧。「○△▲■□~」身振り手振りで、なにやら一方的にフランス語で話している運転手。乗れるか乗れないか知りたいだけなのに・・・困惑するMizumizu。よ~し、英語のできる通行人を探そう。おっ、ちょうど向こうにフィリップ・トルシエみたいなロン毛のビジネスマンがいる。スーツをびしっと着て携帯電話で話してる。彼ならデキそう。駆け寄って、「英語話せますか?」と聞いたら、「ノン」と首を振る。ああ、なんという見掛け倒しのオヤジだろう。仕方なく、フランス語で長々話す運転手に、もう一度乗れるのか乗れないのか、ハッキリ言ってもらおうとバスのほうへ。Mizumizuが離れている間に、フランス人が数人行列を作って、次々に運転手に質問を浴びせている。列に並んでいると、誰かが肩を叩く。振り向くと、フィリップ・トルシエ。「彼は少し話せるって」と、浮浪者みたいな青年を連れてきた。なんとまあ、Mizumizuのために、彼が別の通行人に聞いてくれたよう。浮浪者君に、通訳してもらったところによると、このバスは国鉄とは関係なく、普通はSNCFの切符をもっていても乗れないのだが、もしかしたら乗せろという話が後から来るのかもしれない。それについてはまだ何も聞いてないのでわからない。ということだった。はあ~、なるほど。浮浪者君(←失礼な)に、ニッコリ笑ってお礼を述べるMizumizu。SNCFの職員ならわかるかも、と駅のホームに引き返し、案内係に、「アビニヨン行きのバスが外で待っている。SNCFの切符では普通は乗れないと運転手は言っているのだが、あれが代替のバスになるのか」という意味のことを聞いた。すると、「ノン。エクスアンプロバンス行きのバスが来る」という話。なんだ、やっぱまだ待たないといけないのか。ガックリしてまた駅舎を出て、バス停に戻るMizumizu。するとさっきのバスの運ちゃんが、Mizumizuのほうへわざわざやって来て、トントンと肩を叩き、「○△▲■□~」だからさ~、フランス語がわからんの。そうやって、オールフランス語でべちゃべちゃしゃべられても、な~んも、ひとっこともわからんの。「○△▲■□~」まだ何やら話してる運ちゃん。だが、とにかく親切に何か言ってくれているのは確か。そこへ小さな子供2人を連れたスレンダー美人のフランス女性がやってきた。物凄く大きなソフトケースを引きずっている。「▲■□○△~」運転手にフランス語で話しかけるお母さん。手に持った切符を覗き込むと、SNCFの切符で「マルセイユ―エクスアンプロバンス」と書いてある。おお、同好の士ならぬ同行の士ができた。フランス人の彼女にくっついていれば大丈夫ね、と瞬時に心を決めるMizumizu。「英語話せる?」と黒髪の若いお母さんに聞くと、「イエス、ア・リトル」と言うではないか、やった~!「彼は何と言ってるの?」と聞くと、「SNCFの切符で彼のバスには乗れないって。あとからSNCFのバスが来るそうよ」と、たった今Mizumizuが駅で聞いてきたのと同じ答え。ウンウン、わかった――と、バスの運転手に笑顔で頷くMizumizu。どうやらこの運転手氏も、バスを離れてSNCFの職員に確認に行ってくれたようだ。Mizumizu母が言うには、Mizumizuが駅構内に戻っている間、そこらをウロウロして、どうやらMizumizuを探しているふうだったそうな。う~ん、フィリップ・トルシエといい、このバスの運転手といい、なんと親切な人たちだ。スレンダー美人のお母さんに自分の切符を見せ、「私もエクスアンプロバンスに行くから」とアピールするMizumizu。こうして同行の士とともに、ロクに座る場所もないバス停で待った。美人ママの連れている小さな子供2人のうちの1人は、まだ乳離れしていないよう。「ちょっと荷物見てて、あっち(と草むらのほうを指差して)でお乳をあげたいから」とMizumizuに頼むスレンダーママ。うんうんと頷くと、草むら方面に行ったのだが、すぐ戻ってきて、「あそこは駅の待合室から丸見え」と言っておもむろに、その場でオッパイを出して、授乳を始めるスレンダー美人。は、母は強し・・・というべきか、しかし、道端で授乳なんて、戦争直後の日本じゃあるまいし・・・16:05発と言いながら、代替バスが来たのは、4時10分過ぎ。しかも、「だ、代替バスって、これ・・・?」と目を疑うような、ボロッちいマイクロバス。今どき旅館のお迎えでも、もうちょっと気のきいたのを準備するんじゃないの?SNCFの職員と思しき制服が現れて、えらそうに誘導を始めた。ちっとは申し訳なさそうにしたら? それにもうちょっと早く来て、代替バスがどこに来るのかわからずに困ってる人間に何か言ってもいいんじゃないの? 客のほうが全部自己責任で、あっちこっちの人に確認しなきゃならないって、おかしくねーか?などと反感もつのはMizumizuだけのようで、スレンダーママは文句も言わず、バスに乗り込んでいる。こんな状態になるのだから、「出発2時間後まで払い戻しが可能な(割高)切符」なんて、買う必要はないのだ。それを知らんふりして、なんの説明もこちらの意思確認もなく、笑顔で売りつけるとは。それでも、思いがけずプロバンス地方を、クルマでドライブすることになったのだから、車窓の景色が楽しめるかも♪♪ と内心ちょっと期待した。だが・・・期待は見事に裏切られた。そもそも高速道路からの眺めというのはどこもよくないと相場は決まっているが、プロバンスも例外ではなかった。「南仏プロバンス」の日本でのイメージとはかけ離れた単なる田舎をただ走り、途中何度か停車したあと、これまたえらく寂れた雰囲気のエクスアンプロバンス(Centre)駅でバスを降ろされときには、すでに時間は午後5時近かった。<続く>
2010.05.20
ヨーロッパの街は、鉄道・バス利用の個人旅行者にとって非常に観光しにくい街としやすい街に分けられる。やっかいなことに、ガイドブックを読んだだけでは、その違いがほとんどわからない。駅・バス停から街の中心への距離や交通手段はどうか、荷物を預けられる場所があるかどうか、タクシーは拾いやすいか、などなど。そうした条件を考えたとき、もっとも観光しにくい街、つまり「個人観光客にやさしくない街」の筆頭に挙げられそうなのが、エクスアンプロバンスだ。ここは小さい街だし、アビニヨンとマルセイユの間にあるから、移動の途中にちょっと寄って半日観光しよう・・・などと日本人らしいことは、考えないほうがいい。とにかく、とっても行きにくい。まずエクスアンプロバンスTGV駅と街に近い在来線のエクスアンプロバンス駅(Centre駅)の位置関係。18キロも離れているうえ、鉄道での直接連絡がない。しかも・・・TGV駅から街へ行くバスは頻繁に走っているのだが、そのバスがCentre駅には来ない。街の中心から数百メートル離れた(正確な数字は失念)バスターミナルまで来るだけ。タクシーが拾えるポイントは非常に限られていて、TGV駅もしくは街中のド・ゴール広場(Centre駅から300メートル街中に入ったところ)に「タクシーのいるタクシー溜り」がある。街近くのバスターミナルとCentre駅にはタクシー乗り場はあるが、だいたいタクシーはいない(苦笑)。クルマが停まっていても運転手がいつ戻ってくるかわからない。公衆電話はなく(もうみんな携帯電話をもっているのが前提になっている)、Centre駅には荷物預けすらなし。ぱっとみた感じでは、駅前に預かってくれそうなホテルもなかった。TGV駅に荷物預けがあったかどうか忘れてしまったのだが、なかった気がする(これは不確か)。だから、うっかり重い荷物をもって、エクスアンプロバンスのTGV駅からバスに乗り、街近くのバスターミナルで降りてしまう(1人片道3.5ユーロ、15分)と、途方に暮れるのではないかと思う。周囲に道路以外何もないバスターミナルなので。どっちへ行けばCentre駅なのかも、すぐにはわからないと思うし、そもそもが遠い。ホテルに泊まるなら、街近くのバスターミナルで親切な人をつかまえて、携帯電話でホテルにかけてもらい、タクシーを寄こすよう頼むという方法がある。語学と度胸に自信のない人は、TGV駅からバスには乗らず、タクシーでそのままホテルへ行ってしまうのが一番安全で簡単かもしれない(タクシー代はかさむだろうけれど、TGV駅にはタクシーはちゃんといるので)。トイレは街に近いCentre駅にはない(確か)ので、TGV駅を使う人はここで。だが、2つしかなくて(2箇所にあるという意味ではなく、文字通り2人分のボックスしかないという意味)、細かいコイン(お釣りはでません)のいる有料機械式。行列は必至。まったくも~! もっとトイレ作れよ、フランス! TGV駅で便器2つって・・・TGV駅からバスに乗る人は、とにかく「建物(近代的な駅舎)のあるほうへ」行くこと。TGVのホームから直接出られる近い場所にはタクシーしかいない。TGV駅のバス停は駅舎を抜けてだいぶ歩く(いちいちわかりにくい)。バスは、エクスの街近くのターミナル→エクスTGV駅→空港と行くので、TGV駅から街に行くときは、空港行きに乗らないように注意。エクスアンプロバンスは、外国人観光客のことなんて考えてない街だと思う。観光客はクルマで来るのが前提のようで、よいホテルは街の外にあるし、クルマで来ない人間は現地に友達がいるのが当たり前のよう。Centre駅では、ほぼ全員のフランス人がお迎えに来てもらっていた。エクスアンプロバンスの旧市街は十分歩いて回れるのだが、ド・ゴール広場から市民向けのマイクロバスが旧市街を20分ほどかけて回っていて、1人0.5ユーロ。例によって市民の足はメチャ安。なのだが・・・ハッキリ言って、エクスって街には、たいした見どころはない。北にあるタピスリー美術館に行って、あまりのショボさにがっくり来た。その近くのサン・ソヴール大聖堂もわざわざ日本人が見に行くほどのものでも・・・。ただ、このあたりは道は狭いのだが、プロバンスファブリックや銘菓カリソンなどを売る店が軒を連ねた上品なショッピングストリートになっているので、買い物には楽しい道。まあ、プロバンスファブリックもカリソンもエクスアンプロバンスでなくても買えるが(それを言っちゃあ、おしまいよ)。プラタナスの並木で有名なミラボー大通りは、Mizumizuたちが行ったときは、まだ芽吹いておらず、これまたガックリ。ここは由緒あるカフェなどがある通り。初夏以降は緑が美しいと思う。街の北にあるセザンヌのアトリエには行かなかった。頑張れば歩いて行ける距離のようなので、セザンヌファンでアトリエを是非見たいという方はどうぞ。直通のバスはなし(観光資源にするつもりなら、公共のバスぐらい走らせれば? まったく)。Mizumizuがここに2泊したのは、南西部のカルカッソンヌから南東部のコートダジュールに移動する間に、一度ゆっくりいいホテルで休める場所が欲しかったからだ。カルカッソンヌとコードダジュールでは、「名所・旧跡ぐるぐる」のハードな観光旅行になるので、その間で休息の取れる落ち着いた街はないか・・・と考え、港町のマルセイユではなく、エクスアンプロバンスにした。ホテルはルレ・エ・シャトーのVilla Gallici。フランス式に言うと4つ星デラックス、つまり5つ星。部屋のカテゴリーはClassiqueで、1泊2人で290ユーロ+シティタックス2.7ユーロ=292.7ユーロ(約38,000円)。朝食は別で1人22ユーロ(2,830円)。しかし、この計画のために、移動が異様に大変なことになってしまった。
2010.05.19

カルカッソンヌの朝市で買った苺ジャム。ソフトケースの中に適当に突っ込んだままにしていたのだが、旅の終わりにパリのホテルで荷物を整理していたら、なんと・・・!フタはあいていないのに、赤い汁が漏れ出しているではないか!! 下着と靴下の一部が被害を受けている。ええ~?しかも、明るいほうにかざしてみると、ガラス瓶の中で2層に分離しているように見える。なんというか、下のほうは濃い色の層になって沈殿し、泡だったような薄い色の層が、フタのほうまで満杯になり、よく見ると、フタが空気圧で押されたように真ん中が膨らんでいる。なんじゃ、こりゃ?これまでジャムを買って、フタをあける前に中身が漏れ出すなんて事態に遭遇したことはない。もしや、本当に素人が作った手作りジャムなんだろうか?それじゃ、もう腐ってるかも?思い切ってフタをあけ、中身を食べてみた・・・あれッ?やっぱり美味しいのだ。確かに分離しているのはしているのだが、ふんわりと軽い。にもかかわらず苺の風味はむしろ凝縮されている。べったり甘い普通の苺ジャムとは一味も二味も違う。ラベルをしげしげ見たら、ちゃんと賞味期限も記載されていて、2010年9月となっている。それなら、フタをあけないうちに腐ったというのも考えにくい。フタをもう一度閉めて、日本まで持って帰るべきか否か迷うMizumizu。一度フタをあけてしまったので、また中身が漏れ出す可能性大。しかも、普通のジャムよりずっと液体度が強い、つまり水っぽいから、汁が漏れ出したら、周囲のものがまた被害を受けそうだ。飛行機に預けるソフトケースに入れることになるから、ガラス瓶が万が一割れてしまったら悲惨かも・・・とりあえずベタベタになったガラス瓶を洗ってみた。するとラベルがはがれてしまい(まあ、水でこすれば当然だが)、ものすごくみすぼらしいジャムになってしまった。洗っているときに気づいたのだが、ラベルにはジャム(Confiture)ではなくジュレ(Gele'e)と書いてあった。ジュレとは普通固めたゼリーのことを指すが、フルーツソースに近いようなジャムのことをジュレと言うこともある(こちらのサイトによると、「果汁+砂糖」で作るのがジュレ、「果肉(裏ごししたもの)+砂糖」で作るのがジャムだそう)。なるほど、中身がゆるいのはジャムじゃなくて、ジュレだったせいか(←今さら気づいてどうする)。せっかく買ったカルカッソンヌでの思い出だし、第一捨てていくには惜しい味。そこで汁が漏れ出しても多少吸い込むようにティッシュで何重にもくるみ、さらにビニール袋を3重にかぶせた。これなら割れてしまっても、周囲に被害は及ばないでしょう。出発の朝までホテルの冷蔵庫に入れて保存しておいた。大混乱のシャルル・ドゴールから直行で東京へ戻り、自宅に着いてさっそくソフトケースをあけてみると、またもフタから汁が漏れ出していたものの、ティッシュとビニール袋のおかげで周囲のモノに赤いシミができることもなかった。しかし、また瓶を洗ったので、見た目はさらに悲惨に・・・つぶつぶとやはり泡立っているように思う。まるでコーラを瓶の中で揺すったときのように色味が2層に分かれてしまったのは、掻き混ぜたら気にならなくなり、しばらく置いておいたら落ち着いた。パンにつけるには少しゆるいのだが、ヨーグルトにかけると絶品。(注:ジュレの表面が一部白っぽく見えているのは、泡ではなく光の反射です)ふんわりとした口当たりで、やはり舌のうえで発泡性のアルコールのような味を感じる。しかも、驚いたことに、Mizumizu以上に、普通は苺ジャムは甘くて嫌いだと言って食べないMizumizu連れ合いが、「うめ~!!」と大絶賛。「なんかこれ、苦味があるよね」へ? 苦味? Mizumizuはあまり感じないのだが・・・ もしかして、それはジュレがちょっとヤバくなってきたということでは? フタをあけたあとパリから東京までフライトしたし・・・ もしや持ち歩いている間に発酵したのか!?「ビールかなんか入ってるんじゃない?」う~ん。シャンパン入りの苺ジャムというのはあるが、ビール入りのジュレというのは、聞いたことがない。しかし、この泡はやっぱり、発泡性のアルコールを含んでいるせいだという気もする。そういえば市場のお兄さんが、一生懸命いろいろ説明していたっけ。でも、ひとことも分からなかったし。そこでMizumizu+Mizumizu連れ合いは吉祥寺まで出向き、シャンパン入りの苺ジャムを売っているGclefで、くだんのジャムを試食させてもらった。「甘いですね」と、店員さんに感想を述べるMizumizu。「そうなんですよね。シャンパンを入れると甘味が強調されるんです」「・・・・・・」カルカッソンヌで買ったジュレは、甘みが強いというほどでもない。むしろ苦味があるとMizumizu連れ合いは言っている。どうもシャンパン入り苺ジャムとの共通点は感じられなかった。ジュレのラベルのDomaine de Peyremaleというメーカー名で検索すると、HPともいえないようなささやかなサイトがヒットしてきた(こちら)。確かに、フタにかぶせてあった布を見ても、ここのジュレに違いない。家庭での手作りジャムではなかったが、小規模農家のプロダクトのよう。3ユーロというのは、サイズから考えると安くはないが、この手作り感のある個性的な味なら全然高くない。さすがウマいモノの宝庫ラングドック地方。そして農業国フランスの底力はやはり凄い。ふらっと立ち寄った地方の市場で、こんな絶品にお目にかかれるとは。ヨーグルトにかけて数回でなくなってしまった。一応、日本に輸入されていないかネットで調べてみたが、当然見つからない。「もう食べれないのか~」がっかりしているMizumizu連れ合い。そんなに気に入るとは・・・パリなら買えるのかしらん、Domaine de Peyremaleのジュレ。探せば置いている店もあるかもしれない。Domaine de Peyremaleのジュレの泡立ちは、なにゆえ? ヒミツを知っている方は是非ご連絡を。
2010.05.18

カルカッソンヌではホテルは駅前に取った。Hotel Du Soleil Le Terminus、3つ星。ネット予約で2人1泊朝付き95ユーロ(12,430円。このホテルはシーズンによってずいぶん値段が違うよう)。外観は旧き良き時代の貴族階級御用達ホテルといった風。今でこそ3つ星だが、昔は高級ホテルだったのかもしれない。ロビーは広々。木材をふんだんに使い、壁や天井に丁寧に漆喰装飾が施されている。アールヌーボー風の階段も豪華な石材を使っている。この広さといい、今どきではもう決して作れない贅沢な階段だ。今はもうほとんど誰も使わない階段がこれだけ広く、その左に2人で荷物をもって乗ったらいっぱいになるような、小さな小さなエレベーターがあるのが皮肉。フランスのこうした古いホテルは、部屋がボロッちくて、水回りが悪い場合が多いのだが、このホテルは、まあまあだった。部屋は昔風にそこそこ広く、バスルームは質素でそっけないが、一応シャワーはホース付きだった。水の出も悪くなかった。バスタブは長いのだが、とにかく古い。フランス人客がこうした古い由緒あるホテルに泊まらず、安く近代的なホテルチェーン「ibis」などに流れる理由がわかる気がする。ibisは豪華なロビーはないが、ベッドもそこそこ新しく、水回りも悪くない。このカルカッソンヌのHotel Du Soleil Le Terminusも、ロビーは確かに雰囲気はあるが、といって隅々までアンティークな魅力のあるホテルとも言いがたいし、値段も部屋のわりには高めだと思う。朝食もまずかった。ただ、駅近なので、鉄道移動する個人外国人客には便利。ホテルの従業員もとてもフレンドリーだった。今回の旅で一番、観光客相手の人間の感じがよかったのがカルカッソンヌ。それだけ田舎だということかもしれない。ストで思いがけずモンペリエ観光などしてしまい、カルカッソンヌには12時半に着く予定が、午後5時近くなってしまった。ラ・シテの「伯爵の城」は午後6時半まで(10月から3月は午後5時まで)。ホテルでチェックインを済ませると、部屋には入らず、フロントに荷物を置いて、タクシーを呼んでもらい、ラ・シテへ向かった(徒歩だと20分ほどらしい、タクシーでは7~8ユーロ)。ホテルの目の前がタクシー乗り場になっていて、メーターを下ろさない状態ですぐ来てくれた。ラ・シテのお土産物屋でMizumizu母の買ったニワトリさん。Mizumizu母はこうした素朴な手作り感のある人形や置物に目がない。「レジン、レジン」と店のマダムが連呼していた。樹脂粘土製ということだろうか? まるっきり木製のように見えるが、言われて見れば、木にしては軽い。カルカッソンヌでは是非カスレを食べたいと思っていたのだが、モンペリエで重いランチをレストランで取ってしまい、Mizumizu母はもうレストランは嫌だと言う。Mizumizuもかなり疲れてしまい、返って食欲がなかった。それで、レストランはやめてホテルまで戻ったのだが、軽く食事のできそうな店がない。「マクドナルドなら安いんじゃない?」と、Mizumizu母。「ハンバーガーにしようよ」とすっかり乗り気。Mizumizu母は基本的に、フランス料理が口に合わないタイプなのだ。イタリア料理は好きだが、それはつまり、炭水化物系のパスタやリゾットが美味しいから。しかし・・・フランスのマクドナルドは日本より高いのだ。案の定、ホテルの前にあったマクドナルドに入って、ハンバーガー+ポテト+コーラのセットを2つ頼んだら、1600円ぐらいかかった。おまけに肉が重い感じで、日本の味と違う。けっきょくポテトは、1つお持ち帰りに・・・Mizumizu母は以来、マクドナルドと言わなくなった(ホッ)。日本のマクドのセットメニューが800円だったら、競争力を失うと思うのだが、フランスのマクドナルドは案外人が入っている。いかにフランスにウマイ物屋が少ないかということだろう。ミシュランなんだとバカ高くて美味しい店も確かにあるが、そこそこの値段で満足できる味の軽食というのが、本当に少ない国だ。やっぱりラ・シテのレストランでカスレを食べるべきだった。こちらのブロガーさんは、フォワグラともども非常に気に入ったらしい。このL'Ecu d'Orというレストラン、「伯爵の城」の手前の道を左手に下ったところで見つけていたのだが・・・カルカッソンヌでレストランに入ろうと思っている皆様、ラ・シテのレストランにしましょう。駅前には美味しそうなレストランはないし、オード川沿いはもっと寂れています。名物はカスレとフォワグラです。ラ・シテ内に泊まらず、夜になってから駅方面に戻る方は、レストランでタクシーを呼んでもらい、ラ・シテの入り口にあたるナルボネーズ門まで来てもらったほうがいいかもしれない(一般のタクシーはラ・シテ内には多分入れないので)。ラ・シテから下る道は夜は寂しいし、バスはなくなってしまう。おまけにナルボネーズ門から出てしまうと、タクシーを呼んでもらえるような場所はない。今回の駅前ホテルは、特にお奨めというほどでもなし。鉄道での移動が便利で荷物の運搬もラクな駅前か、ちょっと周囲は寂れているが城壁を下から間近に見られるオード川沿いか、中世の雰囲気の漂うラ・シテか。目的に応じて選んでください。こちらの意見もご参考に。翌日は、午前中時間ができたので、カルカッソンヌのもう1つの見どころ、サン・ルイ地区をぶらぶらした。ラ・シテは観光客向けの店が多かったが、サン・ルイ地区は地元民向けのショッピングストリートになっている。中世の古い教会や、18世紀に作られたという噴水などもあるのだが・・・まあ、ハッキリ言って、ラ・シテだけに絞ってもいいと思う、カルカッソンヌ。とはいえ、サン・ルイ地区のカルノ広場では朝市が立っていて、一般人の生活に触れることができたのが新鮮だった。ここで、手作り風のジャムを売ってるお兄さんにひっかかり、試食させてもらったら相当美味しいので思わず買ってしまった。まったく、ひとことも英語の通じないお兄さんで、こちらがフランス語がわからないとわかると、なんと通行人をひっぱってきて、通訳させようとした。のだが・・・そのひっぱって来られた通行人も、全然英語ができないのに、できるような顔してわけのわからないことを言うだけだったのだ。(苦笑)「このジャムはどのくらいもつのか」と聞きたかったのだが、さっぱり通じない。まあいいや、そんなにすぐ腐るもんじゃないでしょ、ということで、お兄さんが特にお奨めだという3ユーロの苺のジャムを買った。これがちょっとしたドラマを引き起こすことになる。<続く>
2010.05.16

フランス人の誰もが、死ぬまでに一度は行きたいと考えているというカルカッソンヌ。一般には中世の城塞都市の優れた保存例として紹介されることが多い。ユネスコの世界遺産にももちろん登録されている。今回行ってみたが、威風堂々たる城砦は圧巻で、確かに行く価値は大の街だと実感した。こちらは歴史的城塞都市の入り口になっているナルボネーズ門。モンサンミッシェルもそうだが、カルカッソンヌの丘の上の城砦都市も外から見ているほうが「凄い」。まずは遠くから、塔を従えた古い城壁を見て感動する。そして、近づいてみてその大きさ、重厚さに圧倒される。城壁の内部は「ラ・シテ」と呼ばれる、中世の雰囲気を湛えた旧市街。だが、ラ・シテの中に入ってしまうと城壁は見えないし、そこは要するにヨーロッパによくある古い街並みをお土産屋に作り変えた観光地。この印象もモンサンミッシェルに似ている。二重になった城砦の間に立つと、群雄割拠の中世にタイムスリップしたような気分になる。敵の侵入を防ぐために中世人は、ここまで堅牢な建造物で街を囲ったのだ。ラ・シテの中にある「伯爵の城」から見た景色。360度、実に見晴らしがいい。これなら遠くからやってくる敵の軍隊もすぐに見つけることができただろう。今は、のどかな田園風景が広がるカルカッソンヌ。「伯爵の城」の中庭から撮った城の壁面の一部。木組みと窓の配置がおもしろい。城壁の近くでスペインのバルセロナから来たという陽気な学生グループに会った。旧市街の店をひやかして歩くのも楽しかったのだが、やはりナルボネーズ門を出て振り返ったときが、「カルカッソンヌに来てよかった」と思える瞬間だ。カルカッソンヌの城砦はいつできたのか? 最初に城壁が築かれたのは3世紀だという。13世紀に二重の城壁が作られた。フムフム・・・確かに中世の城砦都市だ。だが、よくよく調べてみると、現在のカルカッソンヌを見て中世をイメージするのは間違いだということを知ることになる。19世紀に撮られた写真を見ると、カルカッソンヌの城砦は上部がほとんど崩れ、壁しか残っていない状態だったのだ。それを「修復」したのは、ウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・デ・デュクという建築家。ところが、修復時に作られた尖り屋根は、フランス北部の様式で、カルカッソンヌ周辺にはないものだった。そのときに使われた屋根の素材もこの地方産のものではない。これを果たして「修復」と呼べるのか? 様式まで変えてしまっても、「修復」なのだろうか? 常識的には中世の遺跡の上に中世風の城砦を「再建」しただけではないのか? カルカッソンヌで私たちが見ているのは、中世の城壁の上に近世になって築かれた、中世風の建築物に過ぎないのだ。そのせいか、1997年にユネスコにラ・シテが世界遺産として登録されたときの名称は、「歴史的城砦都市カルカッソンヌ」となっている。「中世」とは誰も言っていないのだ。そして、とにもかくにもカルカッソンヌの「修復」は、のちの歴史的建造物の修復に大きな影響を与えたらしい。あまりに荒廃がひどく、かつ古い時代の本当の姿がわからない遺跡というものは多いと思う。だが、もしオリジナルとは明らかに違う様式で「修復」してしまったら、それはそれとして、きちんと周知するのが当然だと思うのだが、どうもカルカッソンヌに関しては、そうした「屋根の話」はナイナイにしておいて、「中世最大規模の城塞都市」と宣伝ばかり大々的にされ、観光客の多くは、自分たちは中世城砦オリジナルの姿を見ていると勘違いしているように思う。この態度は、非常に疑問だ。詐欺と言ったらいいすぎだが、誇大広告だと感じるのはMizumizuだけだろうか?あまりにきれいに「修復」され、返ってありがたくない歴史的建造物も世界には多い。それの端緒が19世紀のカルカッソンヌ修復だったということだろうか。インドネシアのボロブドゥールもそうだ。オランダ統治時代のボロブドゥール遺跡を見ると、上部は完全になくなってしまっていて、ハッキリ言ってしまえば、「もう崩壊してしまった遺跡」に過ぎない。それが今は、きれいに修復され、世界最大級の仏教遺跡として年間100万人もの観光客を集めている。Mizumizuがボロブドゥールにもうひとつ食指が動かないのは、どう見ても「新しすぎる」から。円形壇上にある仏塔などは、まるでテーマパークの陳列物のようにさえ見える。どこからどこまでがどの時代のもので、どこからがいつ修復(あるいは再建)したものか。それをわかりやすく周知する努力は一切払われることなく、ただ「ユネスコ世界遺産」を宣伝文句に、観光客を1人でも多く集めようとする。こうした経済活動が活発化すればするほど、歴史はきれいに塗り替えられ、遺跡がテーマパーク化していく。カルカッソンヌもそうだ。作りかえられた中世の城塞都市を見て、観光客は歴史を学んだと思い込んで帰る。ラ・シテを囲む城壁はたしかに規模が大きく、圧倒的な存在感を丘の上から放っていたが、だからと言ってこれを「修復された中世の遺産」と宣伝していいのか。そこにはどうしても同意できない。駅前のホテルに泊まったMizumizu+Mizumizu母。夜ライトアップされた城壁を見たいと思っていたのだが、ストで4時間遅れになり、座れるはずの電車に1時間半立ちんぼだったこともあって、夕方ホテルに帰ってすぐに2人とも熟睡。夜景を見に出る体力は残っていなかった。そこで朝タクシーで丘の下のヌフ橋(ポン・ヌフ)まで行ってみた。逆光だったが、このオード川のほとりは、ラ・シテを下から見るのにちょうどいい。駅の近くのホテルから、ヌフ橋までは6ユーロ、ラ・シテまでは8ユーロ前後。ヌフ橋からヴュー橋まで歩いてみた。このあたりのホテルに泊まれば、夜景が見られていいかもしれない。ただし、川沿いは人通りがなく、店もなく、夜出歩けるような雰囲気ではない。朝もひと気がなく、さびれた雰囲気だった。 カルカッソンヌのホテル選びは3つの地域的選択肢がある。1 駅前2 オード川に近く、ラ・シテを見上げる場所3 ラ・シテ内部Mizumizuたちは今回1の駅前にした。荷物をひきずって徒歩2分ほどなので、とても便利だった。だが、2の夜景を楽しめるホテルにしてもよかったかもしれない。駅まではタクシーで6~7ユーロ(荷物代を取られるかどうか知らないが、エクスアンプロバンスで取られなかったし、カルカッソンヌはさらに田舎でタクシーの感じもよかったので、今のところは取られないように思う)で行くだろうし。3はあまりお奨めしない。ラ・シテの中はお土産物屋ばかりで夜には閉まってしまうし、なんといってもカルカッソンヌの魅力はラ・シテを「外から見ること」だから。
2010.05.15

<きのうから続く>このあたりはフォワグラが美味しいかも・・・ということで、旧市街でよさげな古いレストランに入った。フォワグラのポワレ(手前)と火を入れた洋ナシ、それにイチジクのジャム。あとは野菜とトーストが出た。ポワレしたフォワグラのねっとりとした食感が、だ~い好きなMizumizu。しかし、フォワグラの量が多いなあ~。日本の倍はある。味つけは、いかにもフランスらしく、ぼわ~んとしたパンチのない味。でも、これはこれで好きだ。洋ナシのすっぱさ、イチジクの甘み、フォワグラの脂、野菜のシャリシャリ感・・・トーストにのせて一緒に味わうと、パンチはないが(←しつこい)、それなりに深い味のアンサンブルに。今回はかなりフォワグラを食べたのだが、温製はここで食べただけに終わった。温製に関して言えば、日本とさほど差がない・・・というか、日本のフォワグラのポワレのほうが、味付けに工夫があるかもしれない。フォワグラは、冷製のほうが当たり外れが激しく(つまり、食材の質がストレートにモノを言うということだ)、温製は差が出にくい。とは言え、モンペリエで食べた、いかにもフランス的なとりあわせと味付けの温製フォワグラは、思いがけないいい思い出になった。まさに郷土料理を食べた、という感じだったのだ。モダンで高級なレストランでは、逆にだんだんなくなりつつある味かもしれない。フランス料理というのは、栄養のバランスがとてもいい。この一皿を見ても、それがよくわかる。フォワグラのほかに野菜と果物とパンを一緒に取る。パンも多すぎず、したがって炭水化物に偏っておなかをいっぱいにするということがない。フランス人に超肥満体形の人が少ないのは、こういう食事のバランスのよさに秘密がある気がする。本当はワインも飲みたかったのだが、移動がまだあるので、アルコールは控えた。今から思えば、ちょっと残念。というのは、モンペリエはラングドック・ルシヨン地方の中心都市。この地方のワイン、少し前まで、「安かろうまずかろう」ワインの見本のように言われていたのが、最近変わり始めたのだ。Mizumizuにとっても、「フランス産で値段のわりには美味しい」と思った赤ワインの産地を見ると、不思議にこのあたりだということが多くなった。以前気に入ったキュベ・ジャン・マレーもラングドックの村で作られている。ストで混んだ電車に乗らなければいけない・・・と思ったので、ワインはやめたのだが、地ワインを味わう絶好のチャンスを逃したかもしれない。フランスの地方には、いかにも貧しそうな暗い町も実は多いのだが、モンペリエは全体的に豊かで、余裕のある街のように感じられた。洗練された店も、それなりにあった。こちらはMizumizu母お買い上げのホワイトコットンのブラウス。50ユーロ(6500円)。シンプルだが上品なデザイン。控えめなフリルとボタン使いが特に印象的。Mizumizu母にも似合っていた。午後2時半ぐらいに戻り、荷物を預かってくれたマダムに、2ユーロコインを2つお礼にわたし、駅へ。「荷物扱い」される人々で、相変わらず混みあっている。電車はやっぱり、14:55分には来なかった。15分程度の遅れだったかな。こんふうに延々と待たされ、狭い電車に思いっきり詰め込まれるなんていう非人道的な扱いをされて、なぜフランス人乗客が怒らないのか、日本人のMizumizuにはまったく理解できない。まあ、理解する必要もないですね。こんなバカげた、なあなあ怠けのスト、日本ではありえない話だし。中曽根康弘が国労を徹底的につぶしたのは、日本の一般人にとってためになる決断だったのかもしれない。JRから組合員が露骨に排除されていくさまはある意味、非常に残酷で、権力闘争に敗れた者たちの悲惨さを見せ付けたが、あのまま組合員がのさばっていたら、「労働者保護」というキレイ事を前面に出してくる、勤勉さに疑問符のつく労働者の論理で、一般人が多大なる忍耐を強いられる国になっていたかもしれない。お互いのエゴでお互いの首を絞めあっているヨーロッパ。確かに日本にも問題は多いが、結局のところ、青い鳥なんてどこにもいないのだ。モンペリエの駅のカフェで飲んだ、ノワゼット(ヘーゼルナッツ)味のコーヒー。脇に写っているカバンは旅好きのイタリア人の友人にプレゼントしてもらったもの。軽くて丈夫で使いやすいので、今回の旅のお供をしてもらった。Grazie, Itala!
2010.05.14

ストとは露知らず、パリのリヨン駅からカルカッソンヌ行きのTGVに乗り込んだMizumizu+Mizumizu母。パリ 7:19(TGV06203)→10:38 モンペリエ10:55(TEOZ 04757 )→ カルカッソンヌ12:20TGVは混んでいた。通路に座っている人もいる。南に行くほど混雑はかなりなものになった。ニームを過ぎて、モンペリエに着いたのは10時45分。まさか遅れるとは思っていなかったので、ホームに降りてすぐ、乗り継ぎ電車のホームを探そうとしたのだが、なぜか電光掲示板に10:55発の電車の情報が表示されない。あせりまくって駅のインフォメーションに行くと、そこには長蛇の列。そこでようやく、「スト」だと気づいた(ハッキリ言って、遅すぎ)。それでも、「遅れてくるのかも」と思い、列を無視して(申し訳ありません、フランス人の皆様。急いでたので)インフォメーションに立っている係員にチケットを見せ、「この電車は?」と聞いた。「今日はその電車はない」と言って、係員のおじさんが14:55とチケットに書いた。「カルカッソンヌに行くのはこの電車」はああああ~? 4時間後!?そんなに来ないなんて話があるのか? 乗ってしまえば1時間半で着く、たいした遠い駅でもないのに、4時間待てってか?すぐには信じられず、駅でウロウロしている案内役をつかまえて、再度聞くと、「ここに時刻表があるから」と、壁に張り出された紙の大きな時刻表のところに連れて行ってくれ、「ウン。確かに14:55だ」と太鼓判を押す。「他に行き方はないの? バスは?」ない、と首を横に振る係員。「今日のカルカッソンヌ行きはこれだけ」。紙の時刻表をしげしげ見るMizumizu+Mizumizu母。その日1日だけのための時刻表で、日付も印刷してある。「この時刻表は、いつ作ったの?」と、Mizumizu母。まったくだ。モンペリエを発着する鉄道が全部、きれいに1枚の大きな紙に印刷されている。この時刻表を入力し、印刷し、駅の掲示板に張るのはそこそこの作業ではないか? いつ張り出したのかは知らないが、きのうのうちに準備しておかないとできない芸当だと思うのだが。Mizumizuがパリでこの切符を発券してもらったのが前の日の夜。予約とカード決済は日本で済ませていたのに、「なぜか」発券ができず、窓口のお姉さんがどこかに行って発券してきた切符だ。同じく日本で予約・決済してきた南仏からパリに戻る切符は、スムーズに出てきたのに。きのうの夜、切符を買ったときには、モンペリエ10:55発のカルカッソンヌ方面行きの電車が出ないことは、もう決まっていたのではないか? だから切符が出てこなかったのでは?教えてくれれば、なにもモンペリエではなく、その前のニームで降りるという手もあったのだ。ニームには有名なローマ時代の円形劇場がある。カルカッソンヌ行きの鉄道は、ニームを通ってモンペリエに来るから、ニームで観光しても悪くはなかった。モンペリエのほうは、ハナっから通過する街としか思っていなかったので、ガイドブックのコピー(ガイドブック1冊は重いから、行く街のページだけコピーして持ってきたのだ)もない。だが、もはや後の祭り。4時間あるから、荷物をどこかに預けて、モンペリエの街を見学し、お昼を食べて戻ってくるしかない。じゃ、駅内の荷物預けかコインロッカーを探そう。インフォメーションもそうだったが、1つか2つだけ開いている切符売り場の窓口も長蛇の列。どこもここも人、人、人でいっぱい。ズルズルと荷物を引きずりながら、混みあう構内を歩いたのだが・・・ない。コインロッカーの表示マークも、荷物預けらしき場所もまったくない。いや~な予感がする。駅構内には案内係が何人か配置されているのだが、どの人にも砂糖に群がるアリのごとく旅行客がむらがって何か聞いている。大人しく順番を待っていても全然話せそうにない(というか、順番そのものがないカオス状態)ので、案内係が誰かと話していて、一瞬会話がとぎれたスキを見はからって、「ごめんなさい、荷物を預けられるところはありませんか?」と聞いた。すると、案の定、明るい声で、「ノー、この駅にはないです」との答え。ヤッパリ!こんなこともあろうかと予想していたので、大きな落胆はなかったが、普通の日本人旅行者だったら怒るんじゃないだろうか?駅なのに、なんでコインロッカーも荷物預けもないわけよ。ど田舎の小さな駅ならともかく、TGVも停まるラングドック・ルシヨン地域圏の首府ですよ。しかし、ないものはない。じゃあ、どっか預かってくれるところを探さなきゃ。人でごった返す駅からとりあえず出てみると、道をわたった右手に小さなホテルがある。あそこで頼んでみよう。小さなホテルだと、経営者がいい人なら預かってくれることもある。断られることももちろん。あくまで相手次第だ。フロントには中年のオバさん。思いっきり善良そうな日本人旅行者になりきり(←脳内で)、控えめな微笑みを浮かべつつ、「ボンジュー」とまずはフランスでは大切なご挨拶。「私は日本人ですが、ストで突然電車が動かなくなりました。ここで荷物を少しの間預かっていただけますか?」すると、あっけないくらいにこやかに、「いいですよ。何時まで?」と聞いてくる熟年のマダム(←中年のオバさんから格上げ)。「2時半ぐらいまで」と言うと、「どうぞどうぞ」と、とても親切。オドロキ~イタリアのソレントで同じような状況になり、唯一駅の近くで見つけたホテルで荷物を一時的に預かってもらおうとしたのだが、「ダメ」の一点張りで、結局荷物をひきずって街を少し歩いて時間をつぶした・・・という経験があるから、このスムーズな親切さには、まさに「地獄で仏」の気分だった。フロントの横に荷物を置き、もしこのホテルにレストランでもあれば使おうと思って、そう英語で聞いたのだが、なんと・・・!今度はこっちの言うことが全然通じない。なんで荷物の話だけは、ああもカンタンに通じたのか? もしかして、駅に荷物預けがなくて困って駆け込む外国人旅行者が多いのだろうか。「ここに食べるところありますか?」と、もう一度簡単な英語で聞いたら、「地図?」とトンチンカンな答え。でも、よく考えてみれば、市内観光するには地図がいる。思わず、「イエス」と頷くと、地図をくれて、「旧市街はこう」と観光名所への行き方まで教えてくれた。小さなホテルで、どうやらランチのできそうな場所もなさそうだし、地図ももらったことだし、お礼を言ってモンペリエの街見物に出発した。駅前から伸びる道は、ゴミもなくとてもきれい。バロック風の装飾を施した瀟洒な建物が並んでいる。街に入ると、駅の混雑とはまったくの別世界。落ち着いた風情の街を、人々が平和に行きかっている。残念ながら途中で雨が降り出した。だが、旧市街の広場には観光用のトラムもいて、そこそこの観光地なのだということを実感。<続く>
2010.05.13

(きのうのエントリーから続く) だからとりあえず、南フランスの交通の要所マルセイユまで本数減らしたノロノロ電車で来させて、そこで客をため、十分にためたうえで間引かなかった数少ない別の路線(あるいは近距離ならバス)で、北あるいは西へ運ぶというわけ。これもあとから分かったのだが、主要路線の間引き方にはパターンがあって、とにかく南仏では「北・東・西の列車が交差するマルセイユまで来させて、客をためる」のがパターン。カルカッソンヌからエクスに行くときは、遠回りになるマルセイユで降ろされ、待たされた。そして、マルセイユからは結局電車は出ず(間引かれた)、フランス国鉄が用意したチンケなマイクロバスでエクスに運ばれたのだ。それなのに、払った料金は、最初に乗る予定だったTGVより1人6ユーロも高く、勝手にまったく不必要な補償の手厚い割高切符にされたので、その分さらに1.7ユーロ高くなった。1人合計7.7ユーロ、2人だから合計15.4ユーロ(2000円)も、当初予定より余計に払ったことになる。ちなみに、エクスTGV駅からバスに乗って街近くのターミナルに行ったとしたら2人で7ユーロかかるから、それを合計15.4ユーロから引けば2人で8.4ユーロ、つまり合計で1000円高だったということになる。2時間半で移動できる予定が、延長された待ち時間も入れて5時間以上かかったのに、ですよ。マルセイユ-エクス間では電車に乗れず、待たされたあげく、豪華1ユーロ路線バスとは似ても似つかない、チンケでボロいマイクロバスに満杯に乗せられたのに、ですよ。これが、あーた、ストの名を借りた、「自分たちは怠けながら利益率をアップする作戦(ただし、総売上はど~~でもいいもんね)」でなくて、なんでしょう?どうして、総売上はどうでもいいのか? 結局のところ鉄道事業というのは、黒字にならないビジネスなのだ。日本のJRだって、民営化されたといいながら、政府からの補助金と税制上の優遇措置を受けている。もし本当に鉄道運行という事業で利益を上げようと思うなら、料金をもっとずっと上げなければムリだが、「公共」交通機関であるかぎり、それにも限度がある。料金を上げれば客はクルマやバス、飛行機に流れ、ますますガラガラの列車を走らせることになりかねない。鉄道はどのみち時刻表どおり走らせても(実際には遅延も多いようだが)利益は出ない。総売上げを伸ばしたって、しょせんは赤字がかさむだけ。労働者の賃金を上げるには、結局は突っ込む税金を増やすしかない。どうもフランス国鉄のストは、経営側にもそういう投げやりな考え――あるいは達観と呼ぶべきかもしれないが――があるから、こうものんべんだらりと続くのではないかと思うのだ。ちなみに、フランス国鉄(および国際列車)の遅延について。フランス国居住者なら払い戻しを受けられるよう(100キロ以上、1時間以上で半額)。ツーリストはダメ。こちらのサイトに情報あり。通常運行でこうとは、まったくどこまでも投げやりな経営だ・・・本来、こんな状態の組織でストをやったら会社がもたない。そして、それを許しているのが、フランス国民全体に行き渡った「労働者はデモとストで自らの権利を勝ち取ってきた」という共通認識(あるいは思い込み)だ。だが、労働者は納税者でもある。そしてフランスは公務員が多い(こちらを参照)。そういう国の行き着く先は? 納税者の負担を軽くして労働者に我慢を強いるのか? 労働者を優遇して納税者に無理を強いるのか? どちらにも行きにくい。前にも後ろにも行けないから、国鉄ストはますますのんべんだらりと続くようになる。まさに社会の悪循環だ。かつて日本の国鉄で労使が真っ向から対立し、労働組合がスト権ストを決行した結果、一般人を巻き込むストという行為そのものを世間から厳しく非難され、労働者側の勤務姿勢にも批判が集中し(これには当時の権力者の意向を受けたメディアの世論誘導があったのは明らかだ)、労組が壊滅状態に追い込まれた状況とフランス(そしてヨーロッパ)はあまりに対照的だ。フランスで遭遇した国鉄ストは、労働者の純粋な権利要求にしては、あまりに経営論的思考で間引き運転が決定されていた。ストと言いながら労使はどこかで結託、もしくは妥協している。南フランス方面に関して言えば、移動客は予定より数時間から半日遅れてしまうにせよ、ちゃんとその日のうちに目的地に着くようになっている。しかも、「客を一箇所にためて、めいっぱい詰め込んで運ぶ」というのは、コストカットの手法そのものだ。「マルセイユで客をためる」パターンは、たとえば北から来る客には以下のように応用される。エクス(北)からニース(南東)方面のカーニュに行く日、Mizumizu+Mizumizu母の乗った直行でニース方面に行くはずのTGVは、急きょ(本当は計画的に)途中のマルセイユ止まりになった。そして、マルセイユで待たせて客を思いっきりためたあとに、間引かれなかったTGVが来て、目いっぱい客を詰め込んでニース方面に運んだのだ。まあ、当然といえば当然なのだが、切符はそのまま振り替えで使える。この切符も、勝手に不必要に補償が手厚い切符を売られたので、Mizumizuは2人で3ユーロ余計に払った。ストの最中に、客の意向を聞きもせず、ちゃっかり1人1.5ユーロとか1.7ユーロとかコツコツ上乗せした切符を売るってどういう了見?フランスで国鉄の切符を直に買う皆様。「前日の夜までなら払い戻し可(当日の変更・キャンセルは10ユーロの手数料がかかる。出発後は補償ゼロ)」という条件で十分だと思う方は、窓口であらかじめ意思を伝えましょう。そして、電車の間引き方は、実に経営側にとって都合がいいようになっている。輸送手段をなるたけ間引き、荷物をできるだけためて、目いっぱい積んで運ぼうという運送屋の発想だ。荷物が着くのが遅くなれば客から文句を言われるから、こういうコストカットは運送屋にはしにくい。しにくいが、文句さえ言われないなら、そうやってどこか交通の要所で荷物をためて、一挙に運んだほうが「儲かる」のだ。フランスのストで行われているのは、まさにこれなのだ。しかも荷物扱いされているのは人間。そして、ストに関しては、フランス人の客は信じられないほど寛容で忍耐強い。毎回毎回ストに巻き込まれたが、一度も声を荒げて怒ってる客を見なかった。いろいろ聞いてる人はいるが、感情的になって文句をつけてる(らしき)人も全然見なかった。信じられません。「ストの状況は刻々と変化するので、その日になってみないと、どの電車が動くのかわからない」と、フランス人は口を揃えるのだが、これも到底そのまま鵜呑みにできない。確かに乗客に知らされるのは当日だが、どの路線を間引くのかは、事前にほとんど決まっているはずだ。カルカッソンヌに行く途中のモンペリエで足止めされたとき、それを実感した。 南仏の地図。南西のカルカッソンヌ。南の交通の要所マルセイユ(海沿い)。その北にエクスアンプロバンス。マルセイユの東にニース。(続く)
2010.05.12
今回のフランス旅行、日程を立てるのがずいぶんギリギリになってしまったのだが、出発数日前には、乗る電車もホテルもすべて決まった。ホテルの予約はネットでつつがなく終わったのだが、フランス国鉄(SNCF)の切符のネットでの購入がなぜか一部うまくいかない。買おうとしたのは以下の路線で、青が何度やっても買えなかった路線。1) Paris 7:19(TGV06203)→10:38 MONTPELLIER 10:55(TEOZ 04757 )→ Carcasonne 12:202)Carcassonne(TGV05301) 7:42→AIX-en-Provence TGV 10:273) AIX EN PROVENCE CENTRE Autocar 9:55→ 10:10Aix-en-Provence(TGV)10:36→13:00Canne Gare 13:10(Ter 86035)→13:35 Cagnes-sur mer 4)Villefranche-sur-mer12:57→13:03Nice13:35→Paris19:18今から思えば、すでにストが予定されていたので、買えない路線があったのではないかと思うのだが、「スト」の文字は全然頭になかったので、ただ単に、「????」という感じだった。別にフランスで買えばいいやと、日本でのネット購入を諦め(直前に日本で買っても、特にメリットがあるわけではない。現地での手間が多少省けるというだけ)、パリに着いて(到着は夕方だった)、ホテルで一休みしたあと、リヨン駅に買いに行った。もちろん、フランスに着いたばかりで、スト中なんてことは知らなかった。翌日の早朝、カルカッソンヌに行く予定で、(1)の切符は席も日本で指定してVISAカードで支払い済み。単に予約シートを見せて、切符を発券してもうらだけなのに、なんだかそこでもうえらく手間取っている。今から思えば、モンペリエからカルカッソンヌに行く電車は間引き対象でなくなってしまうことになるので、それで発券がスムーズに行かなかったのではないかと思う。窓口のお姉さんは英語をきれいに話すので助かったのだが、発券がうまく行かないと、なぜか席を立ってどこかに行ってしまった。何の説明もなく長々と待たされ、やっと戻ってきて切符を受け取る。ついでに(4)の切符も受け取り(これはすぐに出てきた)、(2)と(3)の切符を買おうとした。ところが!(2)の時間を見て、何度かコンピュータのキーボードを叩いたあと、窓口のお姉さんが言ったのは、「カルカッソンヌをこの時間に出ると、エクスアンプロバンスに着くまでには11時間かかる」という、耳を疑うような言葉。「11時間!?」驚いて聞き返すMizumizuに、ご丁寧に「11」という数字を紙に書き、「5回乗り換えなくてはいけない」などと、ますますワケのわからないことを言う。「ストだから」の一言はなし。ただ、「5回乗り換えで11時間」という説明だけ。こちらは狐につままれたような気分。そのときとりあえず思ったのは、「この時間のカルカッソンヌ-エクスを直行で結ぶTGVは、なくなったのかな?」ということだった。今ならわかるが、要するに、その日はストで直行TGVは間引かれることが決まっていたのだ。「なくなった」と言ってもタイムスケジュール変更でなくなったのではなく、Mizumizuが移動する予定の日は、走らなかったということ。11時間もかけてカルカッソンヌからエクスに移動するなんて、バカげている。実は、途中のニームでローマ時代の円形劇場の遺跡を見てからエクスに行ってもいいかな、と日本で考えていたので、Carcassonne(TGV05301) 7:42→9:40NIMESNIMES 13:32→14:42 MARSEILLE ST CHARLES 15:05→15:49 AIX-en-Provence Centreという別案も立てていた。TGVが走らないなんて知らないこっちは、このタイムスケジュールを手でメモ書きして、お姉さんに渡そうと思った。すると、待つのが面倒だったのか、こっちが書き終わらないうちに、「11時半にカルカッソンヌを出れば、乗り換え1回で午後4時ぐらいにエクスに着く列車がある」と言うではないか。なんだ、それを早く言ってよ。コンピュータに表示された詳しい時刻表を見るとCarcassonne11:33→14:42MARSEILLE ST CHARLES 15:05→15:49 AIX-en-Provence Centreとなっている。エクスアンプロバンスの街から18キロ離れたTGV駅じゃなく、街に近い在来線のエクスアンプロバンス駅に着くのね(Centreとはそういう意味)。フムフム、乗り換え1度が面倒だが、さほど悪くない。だが、よくよく考えればこれは実際には遠回りなのだ。最初に予定していたTGVはカルカッソンヌ7:42→10:27エクス(TGV)→10:41マルセイユと行くのだから。だが、そのときはルートが頭に浮かばなかった。エクスのTGV駅とCentre駅は18キロ離れている上に、鉄道路線でつながっていないのだ。そのとき考えたのは、カルカッソンヌ11時半出発と朝早く出なくなった分、午前中にカルカッソンヌの旧市街を見る時間もできるナ、ということ。お昼すぎにカルカッソンヌに着いたら、すぐにシテと呼ばれる城壁内と、別エリアになっている旧市街を両方見てしまおうと思っていたのだが、最初の日の午後に城壁内の散策をゆっくりして、旧市街のほうは翌日午前中にしよう・・・と、さっそく観光スケジュールを頭の中で組み替えるMizumizu。(3)のほうは、特にトラブルなく買えた。そして、(2)と(3)の切符、つまり日本で自分で予約して購入手続きをしたものでない切符を渡してくれながら、なぜかお姉さんが、笑顔で、「この切符は、出発2時間後まで払い戻しができるから」と言ったのだ。へ?http://www.voyages-sncf.com/?rfrr=PropositionAller_header_Voyages-sncf.com%20-%20plus%20loin%20que%20vous%20ne↑こちらでフランス国鉄(SNCF)のネット予約を試みるとわかるのだが、同じ切符でも、変更可なのが「いつまでか」によって値段が違っている。今見たら、たとえば明日パリから7時19分発でカルカッソンヌへ行く場合、出発前までなら制限つきで払い戻しと変更ができ(これが実際には後述する10ユーロの手数料のことを言っていると思うのだが)、出発後の補償がない切符が114.3ユーロ。出発まで自由に払い戻しと変更ができ、出発後の補償も条件つきながらある切符が120.9ユーロ(これがもっと先の予約だと価格も払い戻し条件も変わってくる。たとえば、出発前夜までなら自由に払い戻しと変更ができるが、当日なら変更には10ユーロ手数料がかかり、出発後は補償ゼロの切符が85.1ユーロ。出発まで自由に払い戻しと変更ができ、出発後の補償も条件つきながらある切符が102.8ユーロ・・・というように)。このように価格も条件も一定ではない(条件は表現が多少違うだけで、最終的には同じだという気もする)のだが、Mizumizuがフランス出発前に見たときは、出発前夜までなら払い戻しと変更ができる切符が114.3ユーロ、出発2時間後までという条件で払い戻しと変更ができる切符が120.9ユーロとなっていた。遠い先の予約ならともかく、直前に買う切符なのだから、別に1人6.6ユーロ(850円。この上乗せ料金は路線によって違ってくる)余計に払ってまで出発2時間後補償のある切符など買う必要はない。なので当然自分では114.3ユーロの切符を予約した。ところが、パリの窓口でお姉さんは、こちらに何も聞かず、かつ事前には何も言わずに、勝手に「出発後2時間後補償」のある高い切符を売ったのだ。切符を渡すときに、さも親切そうに、「2時間後まで払い戻せる」などと笑顔を作ったが、その条件は、こちらが上乗せ料金を払って買ったものなのだ。結局自分で買った(1)と(4)は安くすみ、フランスで直に買った(2)と(3)は勝手に高くされたということ。発券にやたら時間がかかってウンザリしていたので、多少のプレミアムはもうどうでもいいや、とそのときは「ありがとう」と笑顔で受け取ったのだが・・・Carcassonne11:33→14:42MARSEILLE ST CHARLES 15:05→15:49 AIX-en-provence Centreこのタイムテーブル↑、カルカッソンヌからマルセイユまではかなり遅れたものの走ったのだが、マルセイユからエクスまでの電車は間引かれてなくなってしまった。そして、15:05発のはずが16:05発の代替バスに急きょ変更させられたのだ。つまり、「出発2時間後まで払い戻しできる切符」なんて買う必要は全然なかったということ・・・じゃないですか?だって、ストなのだから、なくなってしまった路線の払い戻しは「前夜まで」なんて条件に関係なく保証されるはずだ。調べてみたら、カルカッソンヌからエクスの切符代金は、やはり1人50.6ユーロと48.9ユーロの2つがあり、50.6ユーロの高いほうを、勝手に買わされていた。それだけなら1人1.7ユーロなので、まあいいとしても・・・カルカッソンヌからエクスまで当初予定していた直行TGVは、安いほうの切符なら42.8ユーロだったことに後から気づいた。ただ駅が街から18キロ離れたTGV駅に着くことになるのだが、3.5ユーロのバスに乗れば街の近くのバスターミナルまで行ける。Carcassonne(TGV05301) 7:42→AIX-en-Provence TGV 10:27=42.9ユーロ(プラス街近くのバスターミナルまで3.5ユーロ)Carcassonne11:33→14:42MARSEILLE ST CHARLES 15:05→15:49 AIX-en-provence Centre=48.9ユーロ・・・のところを、買わされた切符は、無用の補償のついた50.6ユーロの切符。2時間半で着く予定の路線がストでなくなったため、待ち時間も入れて4時間以上(実際には待ち時間がさらに1時間延長)の、しかも値段の高い電車に、客のほうが変更を余儀なくされる・・・TGVといっても、カルカッソンヌからエクスまでは一部在来線を走るので、速くはない。速くはないが、直行なので、乗っているほうはラクだ。TGVのルートはカルカッソンヌ→エクス(TGV)→マルセイユ。なのに、わざわざ遠回りしてロカール線でカルカッソンヌからマルセイユまで行き、そこで降りて待ち、それから北上して在来線のエクス駅(Centre)に行く「ローカル線乗り継ぎ」になったから、値段も高くなった。ふざけてるふざけてるふざけてるだって・・・移動するほうから考えたら、直行で、しかも安くカルカッソンヌからエクスに行けるTGVのがダンゼン便利だ。だが、運行するほうから考えたら、あまり乗車率のよくないであろう、田舎のカルカッソンヌからエクス(そしてマルセイユ)へ行く便は、間引いてしまったほうがコストカットになる。(続く)
2010.05.11

フィギュアスケートの高橋大輔選手が、2009-2010シーズンのフリーに使った、ニーノ・ロータ作曲の「道」。この楽曲はロータが、フェデリコ・フェリーニの同名映画(1954年)のために作ったもの。だが、高橋選手がカメレンゴ振付で表現した世界と、フェリーニ映画の物語とには、直接的な関連はないと思う。映画「道」は、フェリーニ作品の中では、かなり筋が「マトモ」でわかりやすい。重い作品だが、リアリズムとファンタズムが交じり合う世界はフェリーニ独自のもので、かつ一種の「ロードムービー」としての魅力もある。そして、「道」はのちの「サテリコン」(1969年)とコインの裏表のような関係になっている。古代ローマ帝国の退廃を描いた「サテリコン」とイタリアの貧困を描いた「道」は、一見まったく異質な作品のようだが、サテリコンも青春の放浪をテーマに据えた一種の「ロードムービー」的ロマンチシズムをもち、かつ物語の展開のカギになるのが、2人の主要人物のうちの一方が第三者に抱く「嫉妬」であるということも「道」と共通している。「サテリコン」は原作では、貴族階級のエンコルピオが美少年奴隷のジトーネと南イタリアを旅する物語だが、フェリーニはそれを、エンコルピオ(ブロンド君)と同年代の青年アシルト(黒髪君)との旅に作りかえている。フェリーニによれば、2人はローマ時代の「ヒッピー」。エンコルピオが少年ジトーネに夢中になったことにアシルトが嫉妬して割り込んだことが発端となって、2人の運命は変転し、果てしないさすらいが始まる。「道」では、女主人公のジェルソミーナを連れて旅する大道芸人のザンパノが、ウマの合わない綱渡り芸人「イル・マット(キチガイ君というような意味の仇名)」をケンカのはずみで殺してしまうことで、2人の運命が暗転することになる。ザンパノとイル・マットが些細なことでことごとく対立するのは、2人の相性が悪いからというだけでなく、イル・マットが微妙にジェルソミーナにちょっかいを出すのが、ザンパノのカンに触ったためでもある。男がいかに嫉妬深い生き物か、フェリーニはよく知っているようだ。主人公のザンパノ。野性的な男で、その肉体の強さを生かした大道芸でなんとか食いつなぐ日々を送っている。見るからに軟派のイル・マット。「うらみはないが、ザンパノの顔を見るとからかいたくなる」などとふざけている。この軽い気持ちの「ちょっかい」が後に、深刻な悲劇を招くことになる。そして、もう1つの隠されたテーマ。それはキリスト教的価値観の扱われ方なのだ。「サテリコン」の宣伝コピー「Rome. Before Christ. After Fellini」というのは、空気を吸うようにカトリック的な価値観・倫理観を刷り込まれて育つイタリア人にとっては、実際のところかなり挑戦的なテーマだ。キリスト教的価値観に支配される前のイタリアを描こうとしたのが「サテリコン」なら、キリスト教的倫理観に徹頭徹尾裏打ちされているのが「道」だと言える。「道」のワンシーン。キリスト像をかかげて行列する人々の列。イタリアといえばこれ、の感がある。みずから跪く人々。ことにジェルソミーナの信心深さが端的に表われるシーン。ジェルソミーナの敬虔さは、ザンパノの大罪を目撃したあと、ジェルソミーナ自身の正気を奪い、ザンパノの良心そのものに変化(へんげ)して、ザンパノを追い詰めることになる。フェリーニ作品に共通して満ち満ちているもの――それは、ヒューマニズムだ。「サテリコン」でもっともヒューマニスティックなシーンは、死んだ友を主人公が悼むシーン(こちら)だが、「道」であまりにも印象的なのは、軟派でいい加減なイル・マットの口を通じて、神がジェルソミーナに語りかけるかのような言葉。「この世で役に立っていないものなんて、何もないんだよ・・・」「・・・(何の役に立つのかは)神様が知っている」観る者に生きる勇気を与えるこの台詞が、映画「道」を不朽の名作にしたと言ってもいいかもしれない。フェリーニは海辺の町リミニの出身。「サテリコン」でも海が効果的に使われているが、「道」でも同じ。海に向かって駆け出すジェルソミーナ。貧しく不運な彼女の人生の中で、数少ないが、確かにあった幸せな瞬間の1つ。思い切り走る彼女の背中には、みずみずしい無邪気さと活力に溢れている。生きる喜びはこんな些細な瞬間に宿る。人生の幸福とは、なにも人並みはずれた大きな目標を成し遂げるとか、誰も経験できない特別な時間を体験することではない。そして、ザンパノへの愛と未来への希望も。それは海とともに、確かにあったのだ。「主人公が出会う人間たちが、さながら大地の泡のように現われては消え、消えては現われる」というのは、フェリーニ作品にしばしば見られる特徴だが、「道」も「サテリコン」も例外ではない。途中で出会った尼僧と妻であるジェルソミーナを乗せて走るこのシーンは、Mizumizuが視覚的にもっとも好きな場面。ロードムービーの楽しさに溢れ、かつザンパノの、野卑だが男性的な魅力がよく出ている。ジェルソミーナも幸せそうな顔をしている。この尼僧との出会いは、ジェルソミーナにとってはザンパノから離れるチャンスでもあった。ジェルソミーナは不幸だとなんとなく察した尼僧は、「あなたがそうしたいのなら、ここ(修道院)に留まることもできるのよ」とささやきかける。まるで神からのメッセージのよう。神は尼僧の姿を借りて、ジェルソミーナに別の人生の選択肢――哀しい死から逃れる道――を示したのだ。だが、ジェルソミーナは自分の意志で首を横に振る。神に仕えるのではなく、人間の男性とともに生きる道を、彼女は自分で選んだのだ。ザンパノとともに去っていくジェルソミーナを見つめる尼僧の目は、彼女の行く末を知る神の目のようでもある。「悲劇」のあと、旅の風景も寒々しく変わる。2人の道は、さらに寒い場所へ向かう。これがこの映画、そしてこの世での、ジェルソミーナの最後の姿。言い訳のようにラッパを置いていくザンパノの卑劣さが哀しい。ジェルソミーナの末路を人づてに聞くザンパノ。このときの表情の変化、役者(アンソニー・クイン)の「表現力」は素晴らしい。そして、ラストシーンは夜の海へ。波打ち際での「ザンパノの涙」の長回しは、1つの作品のクライマックスに留まらない、映画史上に残る屈指の名シーンと言っていいと思う。観客の心にも、さまざまな感情が引き起こされるはずだ。Mizumizuが強く感じるのは、ここには極めてキリスト教的な罪と罰の解釈があるということだ。ザンパノ以外、誰もザンパノの罪を、それも二重の大罪を知らない。ザンパノが世間的・法的に罰せられることは、おそらくはないだろう。だが、海辺に突っ伏し、空を見上げて1人嗚咽するとき、ザンパノはこれ以上ないくらい罰せられていもいる。それはキリスト教的な言い方をすれば「神」によって。神をもたない人間から見れば、「良心」によって。ザンパノはジェルソミーナを愛していた。そして、ザンパノはそのジェルソミーナを失ってしまったのだ。永遠に。それはザンパノにとって、これ以上ないくらいの罰なのだ。Mizumizuはときに、罪人に対する日本人の強く、激しい懲罰意識にたじろぐことがある。罪を犯した人間は、もしかしたら誰も見ていない場所で、「神」(あるいは「良心」)によって強く長く罰せられているかもしれないのに。善良に生きていればいるほど、人はそうした想像力が働かなくなるようだ。ことに神をもたない日本人は。同じ先進国でもキリスト教国の多くで死刑が廃止され、日本では決して廃止されないであろうことも、神なしに自分たちの社会のモラルと秩序をどう守るか、日本人が伝統的・習慣的にその方法を知っているからだろう。罪と罰の意識の問題は、その国の社会や人々の精神が、進んでいる・遅れているといった二元論では語れない。だが、自分たちが大切にしている価値観を守ろうとする意識が、ときにヒューマニスティックな想像力を殺してしまうのは確かだ。ザンパノの転落は、なにもザンパノだけでなく、誰の身にも起こりうることなのだ。人はザンパノの行為を責めることはできる。だがザンパノの魂まで断罪することは、恐らく誰にもできない。それは神の領域なのだ。救いようもなく暗く重い物語のようでありながら、殺されてしまった男の「石ころだって役に立っている」という言葉と、殺してしまった男の言葉にならない涙が、不思議に観る者――神をもつ者も持たない者も――が背負った人生と心の重荷を軽くしてくれる映画だ。
2010.05.10

Mizumizuがパリに行くと聞いて、ブログ仲間(?)のParis+Antiqueさんから直々のメールが・・・!「パリのレストランなら、Passage 53に行ってみて!」ご自身のブログでも大絶賛(こちらの記事)。「ヴェネチアではマドンナ」でも意見が一致したことだし、これはぜひとも行かなくてはと、パリでまるまる1日使える最終日の前日に、ホテルから電話でランチを予約。予約しておいてよかった。20席あまりの小さな店ではあるが、平日のランチが45ユーロからという、決して超安値段ではないにもかかわらず、行ってみたらほぼ満席。ここのメニューは、「おまかせ」。45ユーロと65ユーロから選び、それぞれにメニュー記述はなし。食べられないものは事前に聞かれるので、ぱっと聞かれて答えられるように心の準備を(笑)。まずは第一のアミューズ。ブロッコリーの青臭さが、不思議に洗練されている。タダの野菜でないことは確か。味が濃く、大地の香りを感じさせる力強さがある。そしてその野菜の旨みを生かしながら、エレガントな逸品に仕上げるシェフの並外れた力量は、もうこの一皿の一口でわかる。パンもサックリ、モチモチ。「今日のパンは、わりとモチモチ度が強いですね」とウエイターの日本人男性。日によって違うのだろうか? フランス人相手の店で、やたら硬いパンばかり食べさせられたMizumizu+Mizumizu母は大満足。硬くて、噛めば噛むほど味わいの出てくるパンも、それはそれで素晴らしいのだが、やっぱり日本人は基本、柔らかいパンが好きなのかも。ちなみに、Mizumizu連れ合いは、モチモチの柔らかいパンより硬いパンが好きだという非国民(笑)。この白いの、何だと思いますか? 答えは薄くスライスしたカリフラワー。その下にはヤリイカが隠れている。ヨーロッパで食べるイカなんて、やたら火を通しすぎていて、味もそっけもなくなったものが多いが、さすが日本人シェフ。薄いカリフラワーの食感と噛み応えのあるイカの風味が、うまく溶け合っている。下に敷かれたクリームソースも軽やか。まだまだ続くアミューズのオドロキ。こちらのホタテは、表面をカリッと焦がし、オレンジで風味づけしている。ホタテの寝ているベッドはなんと春菊のソース。センセーショナルな素材の組み合わせが、モダン・フレンチの醍醐味。オレンジと春菊というのは、十分にセンセーショナルだった。調和しあっているか、お互いがお互いを引き立てあっているか、と聞かれると、正直ちょっと苦しいが、ほんのり舌に広がるオレンジの爽快感と、青臭くないのにしっかり感じられる春菊の苦味は、まさに唯一無二の味。平凡なホタテという素材を、ここまで個性的に仕上げるシェフの創意工夫と技量は本当にたいしたもの。第一メインは、銀むつ(メロ)。ソースにはなんと、日本のゆずを使用。ウマすぎるでしょう、このゆず風味のソース。最後にパラパラと落とした粗い塩の加減も、まさに職人技でしょう。いや~、素晴らしいでしょう。やっぱり、魚を調理させたら、日本人シェフの右に並ぶものはいないでしょう。野菜と貝類の取り合わせも、見た目にも美しく繊細で、主張しすぎないにもかかわらず、それぞれの茹で加減が絶妙。この芸術性は、最高の日本料理以外では、ほとんどお目にかかれないのだが、Passage 53は見事にパリで、日本料理の真髄をフランス料理に融合させた。フランス人シェフが日本の懐石料理に大いに啓発されたのは、よく知られているが、逆に日本料理の伝統を、ここまでフランス料理に調和させた日本人シェフは珍しいように思う。入っている客も、日本人よりフランス人のほうが多かった。Mizumizuはフランスではまず魚料理は食べない。フランスの魚料理って、火を通しているのに生臭いものが多いからだ。元来魚があまり好きでないせいもあるのかもしれないが、ちょっとでも魚が生臭いと、もうダメなのだが、フランス人はあまり気にしないのか、あれが風味の一種だということになっているのか、日本のフランス料理店でも、やや生臭い魚料理が出されることがたまにある。Passage 53の魚料理に、生臭さは一切なし。火入れもこれが最高でしょう。皮の周囲だけこんがり、中はしっとりした食感を残しつつ、決して生焼け感がない。もちろん、これもかなり日本人的な嗜好であって、味覚の非国民Mizumizu連れ合いは逆に、魚はきっちり火を通してなくてはダメで、バサバサに近い食感が好きなのだ(信じられないヤツだべ)。これは、南仏エズの「シェーブル・ドール」というホテルの、絶景のテラスで食べたランチのメイン(このホテルのレストランはミシュランの星つきなのだが、それはガラス張りの室内レストランのほうで、テラスのレストランは別。星つきレストランのほうは、さすがに素晴らしかった)。この美的感覚ゼロの魚の品評会みたいな盛り付け、なんなんでしょうね? 厚めの切り身にも中までしっかり火を通すためか、皮はかなりコゲが目立つし、こんなふうにドドド~ンと魚介類「だけ」を大量に出されると、逆に食欲減退してしまう日本人のほうが多いと思う。だが、この魚料理には、フランス人の考えがよく表われていると思う。つまり、シーフードは、タンパク源なのだ。彼らはタンパク質をきっちり取らないとダメなのだ。この傾向はフランス人だけに留まらず、白人全体に当てはまる。チェンマイなどに行くとよくわかる。あんな高地で魚を食べたいなんて思う日本人はそうはいないと思うが、シーフードレストランには白人が大挙して押し寄せる(アジア人はゼロに近い)。そして、たいして新鮮でもない魚介類の「かたまり」をバクバク食べている。さてさて・・・こちらがメインの子牛なのだが・・・残念ながら、おなかがいっぱいだったせいもあるが、この子牛は、Mizumizu+Mizumizu母の口にまったく合わなかった。メインの肉料理がハズれたのは、正直ちょっと痛いのだが、まあ、そういうこともあらぁな。子牛は基本大・大好きなMizumizu。フランスに行くと子牛を食べるのを楽しみにしているのだが。しかし、これは・・・なんつかーコーンビーフみたいで・・・しかもずいぶんと脂っぽい。メインは鴨か子牛になる・・・と聞いていたのだが、もしかすると脂っぽい肉を好む日本人客ということで、子牛になってしまったのか。フランスの肉料理は、ワインと一緒に流し込めば、なんとかなる場合も多いのだが、まずいことに、ワインのチョイスで失敗(自爆)。昼はワインを飲みたくないMizumizu母。なのでMizumizuだけグラスで頼むことにしたのだが、料理の組み立てを全然知らずに、最初のうちに「赤にしますか、白にしますか?」と聞かれて、「赤」と答えてしまった。用意してくれたピノノワールは、さっぱり料理と調和しなかった。そもそもメインが魚と肉の2種ということも知らなかったので。トホホ・・・ 別に白が体質的にダメということではないのだから、もっとよく相談して選ぶべきだった。Mizumizu母も、他の料理は大絶賛していたが、この子牛にはほとんど手をつけず。脇役たちは、申し分なし。特に黒っぽいキノコ(キヌガサダケと言われたように記憶しているのだが、アミガサダケじゃないかと・・・ あるいは、こちらの聞き違い?)。これはエズのミシュラン星つきレストランでも食べた。食感がおもしろく、味も見た目よりずっと淡白で、フレンチの濃厚な個性の主役と合わせても、お互いを引き立てあう最高の脇役になっていた。季節のホワイトアスパラが添えられているところもニクイ。小さなジャガイモは、皮までウマイ。デザートは、ビターなチョコレートタルトにコーヒー風味のアイス。マンゴーとパッションフルーツのムース。信じられないぐらい滑らかなチョコレートとサックリしたタルト地の食感のコントラストは、ありそうでなかなかないフレッシュな仕上がり。コーヒー味のアイスの口どけもチョコレートのアクセントになる。タルトのチョコレートはねっとりと溶け、アイスはさっと惜しみなく溶ける。この対比が楽しい。ふわふわのムースは一転して南国風。甘さと苦さと酸っぱさを一度に味わう、ある意味とっても日本人的なデザート。締めにはエスプレッソを頼んだ。プチフールは暖かなマドレーヌ。しかし・・・、フランス行って指折りだと思ったレストランのシェフは日本人。日本人にはヤッパリ日本人の店が合うのか、いや、もうそういう時代だってことですかね。個人的感想をもし一言にまとめるとするなら、「野菜と魚料理が特に光る店」。そして、その一皿ごとに、「美味しい!」以上の感想を述べたくなる店でもある。Passage 53住所:53 Passage des Panoramas, ParisTel: 01-42-33-04-35(ホテルからかけるときはこの前に0をつければいい、と思います。日本語を話すスタッフがいます)地下鉄の最寄り駅:3号線のGrands Boulevards(旧Rue Montmartre)から徒歩5分。アーケートになってるパサージュ・デ・パノラマ の中にあります。Mizumizuのとった超おのぼりさん的行動は・・・地下鉄3号線のAlma Marceau近くのバトームージュで午前11時からセーヌ川の船旅を楽しみ(所要1時間15分、5ユーロ)、そのあとすぐ地下鉄で1本のGrands Boulevardsへ。12時半の予約に「ちょっと遅れ」ぐらいで間に合ったのでした。これはいいルートなので、バトームージュに乗ったことのない方にはお奨めです。食後はパレロワイヤル方面に南下しつつ、パッサージュめぐりをするという手もあり。
2010.05.03
今回、フランス旅行から帰ってきて、為替レートがこれまでと違う「地殻変動」を起こしていたことを知った。去年行ったときは、VISAよりJCBのほうがレートが(こちらにとって)よかった。問題はJCBが使える店が少ないこと。ところがところが、今回はVISAのほうがレートがいい。たとえば同一日に使ったVISAとJCBの為替レートを、回ってきたカードの請求書から計算してみると・・・4/6(このときはまだ日本にいて、予約したホテルがデボジットとして先に引き落とした)VISA=128.021円、JCB=129.53円4/11(このときはすでにパリにいた)VISA=127.819円、JCB=129.5円だが、JCBのレートがいつもVISA以上に悪いかというと、そうでもない。4/15 VISA=128.991円、JCB=127円という日もあった。もっと驚いたことに、カード利用の為替レートより、VISAカードでフランス現地でキャッシングしたときのレートのほうが良かったのだ!!キャッシングは利息を含めれたカードよりもレートが悪くなるというのが、長きにわたるMizumizuの常識だったのだが。ユーロ導入以前の為替レートの有利さはカード→現地の銀行での両替→日本の銀行での両替→カードでのキャッシングだった。ところがいつの間にか、ドルやユーロは日本の銀行で現金を両替していったほうが、こちらにとって有利になった。日本の銀行で一番いいのは三菱東京UFJ。しかし、今回はカードのレートがずいぶんと(こちらにとって)悪い。フランス滞在中一度だけVISAカードで100ユーロキャッシングしたのだが、レートが126.91円で、利息が26日利用で130円。この「26日利用」というのは、キャッシングした日からカード会社の締め日までの日数で、日本に帰ってきてすぐ「臨時返済」したので、この130円が60円(苦笑)ですんだ。60円を上乗せしてレート計算しても、1ユーロ=127.51円だった。キャッシングした同じ日にVISAカードで買い物もしていて、そのレートは128.97円。たとえ、キャッシングした日が締め日の直後という悪いタイミングで、かつ臨時一括返済をせずに放っておいたとしても、引き落としのときの最高利息は130円÷26×31日=155円ということになるはず。この利息を入れたうえでレート計算しても128.46円とカードのレートよりよかったことになるのだ。為替の仲値の動きを見ると、どうもキャシングのレートが良くなったというより、カード決済のときのレート換算が悪くなったということだと思う。キャシングというのは、要はMizumizuの大嫌いな借金なので、なるたけ避けてきたのだが、今回のレートを見ると、これまではあったカードの有利さ(つまり現金に両替してモノを買うより、カードで買ったほうがこちらにとってレートがいいということ)がなくなってしまった。最後に残った疑問は・・・日本の銀行でユーロに両替していったら、どうだったんだろう? キャッシングよりレートがよかったのか悪かったのか。今回は成田では両替しなかった(ユーロ現金が手元にあった)のでわからない。ユーロの場合、フランス現地の銀行での現金の両替がレートが悪いというのは、変わってないと思うのだが・・・(そう思い込んでいたので、今回はチェックしなかった)。次回の旅行のときは、成田空港と現地の空港で両替レートをメモして計算してみようかな。いつもやろうかなと思いつつ、面倒なのでチェックしないのだが。
2010.05.02

先日のエントリーをアップしたあと、ちょくちょくお邪魔していてコメントの常連になっている俳優のジュード・ロウのファンブログに行くと、なんと・・・!この冬に行かれたアルルでの性悪タクシードライバーの話が載っていた。こちらから。読んでビックリ! このBMW野郎の態度はもはや、立派なレイシスト。ヴィルフランシュのベンツ野郎を超えている! 下には下がいるものだ。これが「自由・平等・博愛」の国フランスなのだ。ローマのタクシー会社や当局ですら反省した(こちらの記事参照)というのに、フランス人が反省する日は来るのだろうか? 日本人ほど世界中でありがたがられる観光客はいない。大人しいし、金払いもいい。なのに、なぜフランスという国の人間は、そういうお客様をいつまでたっても敬意をもって「まとも」に扱えないのだろう?日本人にも、もちろん悪い部分はある。郷に入っては郷にしたがえ。フランスでは、「ボンジュー(ル)」という挨拶がなにより重要なのに、店に入っても、全然自分から挨拶しないし、挨拶されても言葉できちんと返さない。無言。これはとても感じが悪い。「私はシャイな日本人だから、自分からハキハキと笑顔で挨拶なんてできない」という方は、個人旅行ではなくツアー旅行にしたほうがいい。マトモに挨拶もせずに勝手に店に入ってきてジロジロ物色したり、挨拶もなしにいきなり質問するようなぶしつけな人間の相手をさせられるフランス人が気の毒だ。ニースでの「観光のための移動」は、鉄道駅よりMasse’na広場の近くのバスターミナル(Gare Routie're)が中心になるので、ホテルは鉄道駅より広場の近くに取ったほうがいい。Mizumizuのお奨めは、先日書いたようにPromenade des Anglais沿いのホテルの海側の部屋(海側の部屋のほうが値段は高いが、その価値はあると思う)。Nice Villeの鉄道駅に着く人は、駅を出てすぐ左にあるインフォメーションで、市内地図と行きたい町のバスの時刻表、それにニースで行きたい場所へのバスでの行き方を聞こう。長距離列車が着いた直後はインフォメーションは行列になってしまうので、それがイヤでホテルでとにかく一休みしたい人は、たとえばプロムナードザングレにホテルがあるなら、とりあえず以下のように行ける。(ただし、時間はかかる)。Nice Villa駅→Promenade des Anglais沿いのホテルまず駅を背にして、左側へ歩く。2分ほど(荷物を引きずりながらゆっくり。荷物はひきずりやすい道)でトラムの駅に着く。トラムの乗り方は以下のサイトをご参考に。http://africanbazaar.jp/newpage69.htmlちなみに、水を買いたいアナタ。ニース駅の売店で1.7ユーロの水が、トラム停車場へ向かう途中の小さな食料品店(店先に果物を並べている)で、0.7ユーロで買えますので。駅からは徒歩で1分。4つ目のトラム駅Cathe'drale-Vielle Villeで降り(大きなMasse'na広場を過ぎて左折したあと2つ目)、トラム駅のすぐ北にあるバスターミナル、Gare Routie'reに入る(屋根のある大きなバスターミナル)。http://www.lignedazur.com/ftp/plans_FR/Nice%20Centre%202010prot.pdfを見てもわかるとおり、プロムナードを通るバスはたくさんある。ありすぎてわからないぐらいだが、とりあえず100番のVence行きなら確実だし、本数も多い。長距離バスは、日本のリムジンバス同様、座席の下が荷物入れになっている。個人個人で荷物入れのボタンを押して自力入れる。海岸沿いのまっすぐな道、プロムナードに出たら、2つ目のバス停(バス停で乗り降りする人がいないとバスは通過になるので、とりあえず、プロムナードに出て少ししたらボタンを押そう)Congre'sで降りよう。ここならインフォメーションも近くにある。バスの中からバス停の名前はなんとか読める。ここで降りれば、ウエストミンスター、ウエストエンド、ネグレスコなどのホテルはすぐ。万が一乗り過ごしてしまっても、次で降りれば「ネグレスコを通り過ぎたぐらい」で降りられるので、たいして問題はない。ちなみにネグレスコは現在改装中でクローズ。Mizumizuの泊まったウエストミンスターは、シーズンオフのせいか、ニースではホテルの競争が激しいせいか、値段(朝食含めて海側のツインで1泊150ユーロ前後)のわりには、満足度が高かった。プロムナード沿いのホテルがネグレスコホテルより東にある場合、荷物がさほどでないなら、トラム駅から2つ目の駅、Masse’na広場で降りて、あとは歩いてもたいしたことはないはず。Niceのマチス美術館、シャガール美術館へ行くには・・・詳しくは市内地図をもらうついでにインフォメーションで聞くとよいと思うが、簡単に説明すると、Masse'na広場から東にのびているGioffredo通りから15番もしくは22番のバスで。マチス美術館のほうが遠いので、まずはそちらを目指そう。市内地図をもっていれば、バスの走る道がよくわかるし、バスの中からバス停の名前も見えるので、降り方はさほどむずかしくない。ただ、帰るときにマチス美術館から出て、うっかり別の停留所に行かないように注意(1つ別方面のバス停がある)。帰りも15番もしくは22番のバスで帰る。だから、15番もしくは22番のバス停かどうか、きちんと確かめよう。 ニース市内に戻る途中にシャガール美術館がある。15番と22番のバスは頻繁にあるので、さほど時間を気にする必要はないと思う。ただ、ここでMizumizuは20分ほど待った。バスの時間が気になる人は、降りたときに、反対車線のバス停で時間を確認しておこう。ただし、けっこうバスは遅れてくるので、あまりアテにならない。帰りのバスは行きのバスと違い、Gioffredo通りの1つ北のPoste'通りに入る(もしかしたら、ルートの違うバスもあるかもしれないが、Mizumizuの乗ったバスはそうだった)。どちらにせよMasse'na広場のほうへ突き当たる道なので、Masse'na広場で降りる人はそんなに気にしなくてもいいと思うが、Gare Routie'reで別のバスに乗りたい場合は、Poste'通りに右折したら(フランスの道は、通りの角に通りの名前が貼ってあるので、バスの窓から見ていれば、通りの名前はなんとか見える)、郵便局のあたりで降りるとよい(右手)。どちらにしろ市内地図を片手に乗っていれば、だいたい降りるべき場所もわかるので、ボタンを押せると思う。とにかく、インフォメーションでもらう市内地図は必携! Masse'na広場からプロムナード並びのホテルへなら、荷物がなければよい散歩道になるので、バスに乗る必要はなし。Niceから近郊の町はすでに書いたように、Gare Routie'reから各方面に出ている。インフォメーションで、あらかじめバスの時刻表を入手しておこう。Masse'na広場からトラムのMasse'na停留所を見たところ。アーチ型の回廊の続く道。広場の少し手前に停留所がある。Masse'na広場。広々とした空間、中央奥の噴水、赤茶の湾曲した建物の風情は、明らかにイタリア風。高いポールのうえの黄金の人物坐像は、なんぞや?シャガール美術館のバス停で撮った15番と22番のバスの時刻表(市内へ戻るバス)。頻繁にあるが、時間はあまりアテにならない。
2010.05.01
全24件 (24件中 1-24件目)
1