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今日は私の月に1回の精神科でのカウンセリングと診察日。父の容態、母からの電話。母に対して「どうして自分のことばかり話すの?私は子どものことを聞いてくれるとうれしいの」と言ったこと、母が私にわびたこと。それを母が姉に言い、姉から私に連絡。母がどれほど介護疲れで精神的に不安定か、どうして母を責めるのか、といわれたこと。私と姉の見方が大きく違うこと。色々話した。私は言った「母に対する怒りを手放せない」と。「許せない」ではなく「怒りを手放せない」と言った。その怒りを手放すと「ハダカにされるような気がする」と。カウンセラーは言った。「怒りはあなたの杖だからね・・・」怒りは私の杖?怒りなしには私は歩けない?私は両親への怒りによって立っているのか・・・そんな気がする。その怒りが今の生活を支えているのかも知れない。ここのところ薬は減った。以前はソラナックスという不安発作を抑える頓服を使わなければならなかったけれど、今はほとんど必要ない。リボトリール(日本で抗てんかん薬として認可されているが、アメリカでは広く抗不安薬として使われている)と漢方のツムラ炙甘草湯エキスで落ち着いている。そんなこんなでバッチフラワーレメディの話になった。1930年頃にイギリスの医師によって開発された自然療法。花などの抽出液を摂取することで、精神的安定をもたらすってやつ。38種類のバッチフラワーがあって、そのときの自分の精神状態によって選ぶ。例えば今日は大事な会議があってとても緊張するから、ミムラスを4滴ほどミネラルウォーターに入れて飲むとか。長年お世話になっていて、とてもウマの合うカウンセラーが「効く」と。普通はそんな話はしないのだけれど、もう付き合いも長いし私の性格やら状態を熟知した上でのちょっとした雑談の中で。楽天でも売ってました。この画像のやつはレスキューレメディといって、何か大きな不安や緊張がきたときに使うと良いといわれているもの。その他自分の精神状態に合わせて38種類のバッチフラワーを調合して使っても良いらしく。買ってみようかな?自然のエネルギーの力って大きいと思うから。
2006年10月31日
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月曜日はお疲れモードの帰宅。でもお隣の優しい兄ちゃんの野球教室がはじまると、喜んで飛び出して外に飛び出していきました。兄ちゃんのおかげで、二男はとっても野球好きになってリトルリーグに入部たし、あれほど協調運動の苦手な長男が、優しく厳しい指導のおかげでキャッチボールもできるようになった。ドッジボールさえ受けられない、投げられなかった長男が、あんなに小さなボールを扱えるようになったのは嬉しいことで、兄ちゃんに感謝。機嫌よく大きな笑い声が聞こえてきて、楽しそうな雰囲気だった。忙しかったので、晩ごはんはパパッと作った牛丼にニラ玉汁。ご飯を食べ終えたとき、二男がそーっとやってきて小さな声でいいました。「長男くんがね、外で出したんだよ。」「何を出したん?」「あのね、チンチン出したんだよ。」「・・・・。」外遊びが楽しくて、テンションが上がりすぎて思わずパンツを下ろしてしまったらしい・・・。そういうことってあるのかな?よくアメリカの青春映画みたいなので、おしり出してる男の子たちを見ることもあるし。でもやっぱりダメなものはダメ。長男を呼び「あんた、外でチンチン出したん?」と聞いた。「ううん。僕は何もしてないよ。二男のやつ、ぶっ殺してやる。うー・・・。」「あのね、大きいお兄さんがチンチン出したら、警察に捕まるんよ。チンチンは大事やし人に見せるものと違うな。赤ちゃんと違うんやから絶対にしたらあかんのよ。」と教えた。つい先日、長男のクラスのお友達が外で脱いでしまう、という話を聞いたばかり。大変なんだなあ・・・って思ったばかり。あーあ。もう下半身出して笑える年じゃないよぉ。
2006年10月30日
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Q1.どこに住んでみたい?(国内外どちらでも可)ハワイ。ハワイ島かカウアイ島の日本人のこないビーチ近くにコンドミニアム借りて、のーんびりしたい。家族で毎日ビーチに出たり、バーベキューしたりして時間や障がいを気にしない生活をしたいな。Q2.自分はどんな人?実は一人好き。パソコンに向かったり、手芸したりして家にこもっていたい。でも周囲からはアクティブでアネゴ肌と思われている。人と長時間はなすと疲れることが多い。どれも私やな。Q3.今一番欲しいものは?ソファー。○トリで数年前に購入したソファーは肘掛やら座面が破れて、布かけてごまかしてる。今度はIKEAで買うゾ~!!いつになるやら・・・。Q4.胸キュンしちゃう子供のしぐさは?やっぱり「ママ大好き!」かな。Q5.生まれ変わったら何になりたい?普通のおかんでええな。やっぱり今の家族と生きたい。Q6.タイムスリップしたらいつの時代に戻りたい?平安時代とか。通い婚とかしてみたい。恋文詠んで男前が来てくれるのをワクワク待ちたい。Q7.あなたの一番の思い出は?旅行業者に勤めて、初めての添乗。関西でおなじみの長寿ラジオ番組のハワイツアーで400人のお客さんとジャンボ一機借り切ってでかけた。添乗員は10人だったけど、私のグループに視覚障害者の方々がいました。あらゆる観光ポイントでかわるがわる写真をとり、カメラに笑顔を向けている姿を見て「この方たちにはこの景色が十分に見えていないかも知れないけれど、きっとこの空気や気配やあらゆる感覚でこの旅行を楽しんでいるんだな」って感じて、その後の人生に大きく影響を受けた出来事でした。Q8.最近観た、映画(DVD、VHS可)は?「博士の愛した数式」これは小説の方が良かった。 Q9.バトンをまわす130代目3人は・・・・・今読んでるアナタ、どうぞ持っていって~!!
2006年10月29日
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今日は月に一度の「発達に心配な子を抱える家族の遊び場」の活動日。この活動を始めて4年になる・・・。初めは私の所属する教会での「子連れで聖書を読む会」から始まった。全員で10人に満たないグループの中に、発達障害の子が4人いた。みんな赤ちゃんでベビーラックでねんねしたり、おっぱいあげながらの時間だったから、初めはそんなこと全然気付かなかったけれど、2歳3歳と育つうちに「ちょっと違う・・・」ことに気付き始めた。そこで発達障害を持つ子を育てることを学ぶ会を作ろう!と考えて、教会の中のことだから、キリスト教関係で、障がいを持つ子を育てることについて学ぶテキストを探し回った。アメリカに電話して探してまわったが、コレっというテキストに出会わずどうしようかな~と思って考えていたところに、今の短大と出会った。今の担当の先生の前任者の教授はクリスチャンつながりで、すぐに連絡を取りお会いできた。「教会の中で障がいを持つ子を育てることについて学ぶグループを作りたいので、アドバイスをいただけないか?」とメールしたところが、短大の大きな施設を貸していただいて、学生さんの力も借りて遊び場をしようと決まり、翌月にはスタートした。6家族で始めたのが、クチコミだけであっという間に多いときは30家族の登録になった。当初は毎週木曜の活動。2年後には短大主導になったので、就園後就学後の子供たちも集えるようにと月1回の土曜の活動になって2年目。みんなココに来るといい顔してる。幼稚園や学校で緊張しているお友達も、ここにくると何をしても笑われないしバカにされない。でも、この活動も来年度はもうお休みさせていただくつもりだ。長男はスイミング、二男は野球と、大きくなるにつれ家族でまとまって動くのが難しくなってきた。来年度はオバサンは引退して、次の世代に引き継ぎたい。サポートはし続けていくつもりだが、自分が前に出ていくことはもうできないことを、今日の場で話してくるつもり。みんなが動揺しないように、次に引き継ぐ思いを与えられる方が出ることを祈りつつ行ってきます。
2006年10月28日
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昨日は長男の学校の参観&懇談だった。私はクラス役員なので何かと仕事があり、朝からバタバタとパソコンに向かい・・・。参観は5時間目だから、午後から出動すればいいものを、何となく落ち着かない私。自宅から学校まで、車で約45分くらい。早めに出かけて、学校近くで一人でランチして、早めに学校に到着。先生と今後のスケジュールなどの確認をして、お母さんたちがやってくるのを待つ待つ・・・。参観の後、先日の林間学校での様子など先生に伺う機会があった。先生が力説していたこと・・「できないことに慣れていませんか?」食事のマナーができていなくても、許していませんか?自分の身支度をしないことに慣れていませんか?どうせ無理、と決めてかかっていませんか?将来に向けて「感じのよい服装、年相応の持ち物」を持っていますか?いつまでもキャラクターの靴下や下着、大きな体に不釣合いなかわいいバッグなど、持たせていませんか?和式トイレを使えない子が多いですよ。バイキング形式の食事を適量、あらゆる食材をふさわしい器に盛ることができますか?片手でトレーを持ち、片手で食器を扱えますか?うーん・・・と母親たちは無口になってしまう・・・。担任の先生から「長男くんは、雨の日に長靴を履いてきますね?高学年の男の子で、長靴を履いて登校するのは、うちのクラスの子ぐらいですよ。長靴を履くから、いつまでも水溜りの中に入ってジャバジャバやるのですよ。もし、スニーカーならばぬれないように気をつけて歩くし、水溜りの中に自分から入ったりしませんね。もし入っても、気持ちの悪いことがわかりますから、次からしなくなるかも知れませんね。」とのご指摘。そうかぁ~!!世の中の高学年の男の子は長靴を履かへんのかぁ~!!「このことを身に付けさせる、と決めたらとにかくガンとしてゆずらないことです。そういう時期が子育てにはあるものです。この大事な小学生時代を計画的に課題に取り組ませて、将来に備えましょう。」とのありがたいお話。あー耳が痛い。
2006年10月27日
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パーキンソンで介護施設に入所していた父、肺炎を度々起こすようになり、介護施設にいられなくなった。父が高熱を出したといっては、関西の母から関東に住む私に「どないしたらええのん?」とうろたえた様子で電話がある。そして父の容態も安定し、慢性期の老人を受け入れてくれる病院が決まったと母から電話があった。ここ数年はいつも沈んでいた母の声は、弾んでいた。父が介護施設ではなく入院することになったことが、母を解放したようだった。母は息子たちの様子を聞き、私に詫びた。「今まで、あんたの話を聞いてあげんでゴメンな。あんたがしょうがいのある長男やら男の子3人をどんな思いで育ててきたか、聞いてあげへんでごめん。ママは自分のことばっかり考えてたわ。」と。私は「うん。」と答えた。母を赦したいと思うけれど、もう一人の私が「簡単に赦したらあかん。あんたはどれだけ寂しい、辛い思いをしてきたと思う?そんな一言で赦されるような問題とちゃう」とささやく。母の言葉は電話口でのことで、その表情や何かはつかめない。だからどれほどの思いで語ったのか、推し量れない。もっとシンプルに生きたい。過去の重荷を捨て去って、軽やかに悔いのない人生を送りたい。
2006年10月26日
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昨日、3人が持ち帰ったプリント。こんくらいの枚数ある日が続いてる・・・。不審者情報にバザー関係、PTA役員関係、保育所の遠足、図書だよりに長男の林間学校がらみなど色々色々・・・。これだけガサッとくるとキレる。読む気もなくなるので、各学校ごとに分けておけるトレーにぶち込んでおく。とりあえず期日があるものや、お金がらみのものはなるべく早く処理する・・・。わかりきっていることだけど、やっぱり3か所はキツいなあ~。でも来年になったら2ヶ所になるぅ。今日はレスパイト先の再契約に出かけた。自立支援法施行で再契約の必要があるのだ。レスパイト先の所長は、一生懸命長男とかかわろうと努力してくれている。長男のわかりにくい障害、内的な混乱を理解しようと努力し、時々長男に電話をくれる。これからどうやってかかわっていくか・・・。思春期に向けて信頼関係を築きたい、兄弟や親でもなく、他人でもない、親戚の兄ちゃんのような距離感で気持ちを語り合える関係になりたい、と熱心に話してくれた。 長男が所長とどんな関係を築いていくかわからないけれど、これだけ長男のことを一生懸命考えてくれる人が地域にいる、ということがとても嬉しい日でした。今日は寒かったなあ・・・。こちらは真冬みたいな冷たい雨。息が白い。もうこんな長い綿入りコートを着て出かけたのでした・・・。
2006年10月24日
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日曜日、二男の野球に付き合った。上級生のお兄さんたちは遠征に出かけていたので、グラウンドには4年生以下が残り、のんびり練習。いつも練習につきあっている慣れた先輩ママたちも遠征先に散っていったので、今日始めてお茶当番をする2年生のお母さんが一人残っていた。「ねえ、munmunchiさん、もうちょっと残ってくれる?」と不安そうだったので、まあ洗濯も朝ごはんも済ませてきたので、午前中つきあうことに。そのお母さん、複雑な心境を持ってグラウンドに来ているようだ。普段はお迎えのときしか見ない。「私も息子も場の雰囲気が読めないの。みんなが何を話しているのかわからないし、ここに来るのが辛い・・・」と話していました。「息子は一人っ子で、私も人付き合いが苦手だから、ここに入るまでたくさんの人の中に入れたことがなかったの。だから息子も協調性がなくなってしまった・・・」とものすごく自分を責めている。私は「母親がこうしなかったからとか、私が遊ばせなかったからっていうのは小さいことだと思うよ。やっぱり持って生まれた性格が大きく影響すると思うし、母の努力がムダとは言わないにせよ、それほど大きいものではないと思うんだ。」と話した。息子くんが一人っ子であること、協調性が低いことをとても悩んでいる様子。長男が小さい頃から世話になっている、発達外来の先生が保育所で講演したとき「集中の難しい子にいくらヤイノヤイノ言ってもムダなのであきらめましょう。みんなお母さん方それぞれも忘れ物が多かったり、集中が苦手だったり、いろんなことがあるでしょう。でも大人になるとうまくそれを隠して生きてる。子供のうちは隠すことができないから、大きくクローズアップされてしまうけれど、だんだんうまくやるようになりますからね」と話していたことを伝えた。お母さんがチームの母同士の人間関係に様々なつまづきを感じているようで「グラウンドに来るのが恐怖だ」と。息子くんを愛しているゆえに、何か怪我をするとその相手やその親を猛烈に攻めたくなるようだ。私は「○○さんは優しいのね。息子くんが大事なんだね・・・」と言った。空気が読めない、けど息子のためにがんばりたい。いいお母さんをしたいって思うマジメなお母さんにとっては辛いことだろうなあ。ものすごく強気に話してる人も、必ず何かの劣等感を抱えて大きな不安や恐怖を抱えていると思う。慣れ不慣れはあるにせよ、みんな恐れながら子供との時間を過ごしてる。みんな事情がある。もうちょっと「バカ母」になれたら、楽になれるのになあってつくづく思った日でした。
2006年10月23日
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ニャンコにハウスを取られたワンコ。「ハウス!」と命令され、追い出しもせずシェアしてる気の弱さ・・・。猫は推定15歳、スーパー裏のゴミ箱をあさっていたのを連れて帰りました。本当に気立ての良い子で、一度もひっかかれたりしたこともなく、犬が増えても子供が増えても受け入れていつも優しく家族を見守ってくれた大事なニャンコ。ひょっとして我が家で一番の権力者か?その3年後、今の家を購入したときにニャンコのかかりつけ動物病院からもらってきた、ワンコ。捨てられて飼い主を探していた人から先生を介してウチへやってきました。気が弱く、分離不安の強いワンコ。飼い主に似たか。父の高熱はどうやら下がり、大学病院の先生の紹介で受け入れ先病院が見つかりそうです。やはり嚥下に問題があって、気管に食べ物が入ってしまうことなどからすぐに高い熱を出してしまうそうです。母は安心して珍しく弾んだ声で電話してきました。父の死後、解放されることを心待ちにしている様子。父の葬儀は姉夫婦と私の家族だけでやること、友人の通っている教会の神父さんに司式してもらうこと、父の死後は今の家を売り、大阪市内の便利な場所にワンルームマンションを購入して、一人でのんびりしたいと語っていました・・・。父は心臓が強いので、なかなか母の思うようにはいかないんじゃないかな?こんなに愛のない両親に育てられたのか、そして私もその両親を赦せずグチグチと生きてるいやなヤツだなあと思わされました。仕方ない。過去は消えない。昨日は二男の野球、初試合。3年生以下のチビちゃんばかりのゲームなので、どんなことになるのやら・・・と楽しみと不安でいっぱいだったけれど、思った以上にしまった試合になりましたよ。二男もヒット打ったし、デッドボールで出塁したし、よくできました。一見お遊びのようなものですが、試合に慣れること、動きを体で覚えるためにとっても必要な機会だったんだなあってつくづく思いました。
2006年10月22日
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静かな2日間が終わり、長男が戻りました。楽しかったと言って機嫌良くしてましたが、それも夕方まで。夜になると疲れからか、とたんに不安定になってしまいました。ちょっとした一言にひっかかって、切れる。二男を殴る。母に食ってかかり、父にパジャマのままハダシで外に放りだされ・・・。静かな町でギャアギャアとあまりにも近所迷惑なので、母が付き合い話しを聞いて家に入れました。林間学校は楽しくても疲れるもの。精神安定剤のゲームボーイもなく、たくさんの友達の中で2泊3日過ごしてきたのだから、疲れて当たり前なんですけどね。二男を呼んで「そうかあ、兄ちゃんに叩かれたんか。痛かったなあ。叩くのはいややなあ・・・でも長男くんは疲れてるんやと思うねん。ホンマは優しいけど神様がちょっと怒りんぼうに造ってしもたから、お薬飲んだり病院行ったりしてるしな。」と話して抱っこした。二男に負担をかけているような気がしてならないけれど、長男もがまんしてるし、三男もがんばってるし、家族やからしょうがない。みんなでサポートしていかんとあかん。今、長男は一人で2階に上がりベッドに入って静かにしています。多分このまま寝てしまうか、起きてきて「さっきはごめんね」って言うかどっちがでしょう。明日はレスパイトサービスのスタッフが、遊びに来ない?って誘いの電話をくれることになっています。長男の困難を理解し共に歩もうと思ってくださる方がいるのは感謝なことです。明日長男がレスパイトサービスのスタッフと出かけてくれるかどうかはわからないけれど、思春期に差し掛かっている今、両親以外に気持ちを語る人ができれば幸せです。二男は8時集合で、3年生以下の練習試合に初出場予定!明日はビデオ持って行かなきゃ。
2006年10月20日
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もうすぐ111111アクセスになりそうですよ~!!先日のブログでご案内した、カウプレをゲットしたい方、ぜひ踏んで申告してくださいね~。たぶんもう1時間以内かも知れなーい。なんかみんな忙しい午前中になっちゃってごめんなさーい。
2006年10月20日
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昨日から一人少ない。長男が2泊の林間学校に行ってる。一人少ないと、こんなに違うんやな・・・特に長男がいないとホンマに楽ですわ。あの巨体と元気パワーがないのは寂しいけど、やっぱり一人少ないと楽。二男と三男だけやと、イライラすることも少ないし声を上げて怒ることもホントに少ない。やっぱし長男との日々は大変やったんやなあ~と再認識しています。今頃何をしていることやら・・・。三男を保育所へお迎えに行ったら、タイミングの悪いことに先生にめちゃくちゃ怒られているところでした。友達と一緒にブランコをネジってぐるぐる回って遊んでいたらしく、危ないからとものすごい剣幕で怒られてました。三男の担任、まだ三年目くらいの若い先生。「どうしてそんなことするの?!」と私の横でわが息子に怒鳴ってる。私はニヤニヤしながら見ていたのだが、「どーして」ってやりたかったからやんなあ・・・。それ以外の理由がどこにあるというのだ。大人のmunmunchiは、若い娘のやることにイチイチ目くじら立てたりしないので、半泣きの三男を抱っこして車まで行き「先生に怒られても気にすんなよ、ちょっとやりたかっただけやんかなあ~」と、こんなこと言っていいんだか悪いんだかわからないことを言っておりました。夕食は昨日作ったカレー。長男がいないとこんなに食事の量が違うもんなんか・・・。ご飯もカレーも減らない・・・いかにヤツが食べてるかということをまたまた再認識。明日は帰ってくる。学校にお迎えに行こう。きっとたくさん経験を積んで輝く笑顔を見せてくれるだろうな。
2006年10月19日
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また父が高熱を出して、介護施設から病院に搬送されたらしい。昨夜夕食の後片付けをして、庭に出ているときに電話がかかってきた。主人が「はい。はい。あーそうですか。悪いんですね。じゃあ彼女に代わりますからねっ」と珍しく主人にしては、強くはっきりとした口調で話していた。「なんかお父さんまたピンチらしいよ」と受話器を渡される。母は電話口でうろたえていて、どないしよ、何て言うたらええの?何をしたらええの?ハアー・・・と今にも泣き出しそうな声。病院は万床で入院できず介護施設に戻っているらしいが、介護施設からは「このようなことがまたあったら、利用していただくことは無理です」と言われている。だからきっとその介護施設を出なければならなくなるだろう。母は父が帰宅することを恐れている。「なあーどうしたらええやろか・・」と泣きそうな声で聞く。姉は介護の専門家なので、近くに住む姉に相談した方が現実的なのに。私はかかりつけの大学病院に電話をして、明日連れていくようにと言った。動かすのが難しいほどの熱が出ているのならば、救急車でも呼んで大学病院に搬送してもらいなさい、と話した。それでとりあえず大学病院のベッドが空いていれば、入院させてもらえるだろう。命を取り留めたら次の入院先を見つける。もし大学病院が万床だったら、ケアマネさんに相談して探してもらいなさい。と話した。「そやけど、もう事務所にいてはらへんもん」と言うので「携帯番号聞いてるでしょ?電話しなさい。」「何て言えばええの?」「私に話したように、そのまま言いなさい。」「ハァ・・・」死にそうな泣きそうなため息をついた。「また明日、ママがタクシー呼んで○○苑に行ってパパをタクシーに乗せて病院に連れていって、いろいろやらなあかんねんなあ。しんどいなあ」薄情な娘かも知れない。でも子供のいない介護の研究者である姉が近くに住んでいるのだから、もうしばらく姉にサポートしてもらいたい。母は私に来てほしいのだろうなーと思った。子供も3人いるし、長男は林間学校に行っている。そんなに身軽に動けない。
2006年10月19日
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父は危機的な状態を脱したようで、かなりホッとした。それは父が亡くならなかったことにホッとしたのではなく、今父に死なれてしまうと、今週末に入っている二男の初めて野球の試合に出られなくなる。チームに迷惑をかけてしまう・・・と思ったからだ。久しぶりに姉と話した。姉は介護うつ状態になりかけている母をとても心配している。姉は母に対しては、複雑な感情を抱えていない。私にとって母は父の暴力の楯にされた、いつも気持ちを受け容れさせられ、父の暴力の標的になっているときには身を翻して父側につき、私を守ってくれなかった母である。姉と私は両親に対する見方が随分違うことを思い知らされた。姉は私に対して「母がどれだけ私を愛しているか」とか「どれだけ良くしていたか」ということを力説していた。私はそんなことは、全く覚えていない。私は子どもを3人育てていて、それぞれ子供たちとの関係の違いに気付いている。長男とは、密着し運命共同体のような感覚。二男とは、同等に語り合える関係。コミュニケーションがスムーズで癒される感覚。三男とは、距離がある。悪い意味ではなく、しつけなどもそんなにチカラが入らない。ただかわいい。孫みたいな感覚か。だからきっと母も、言葉は悪いが姉と私を使い分けていたのだと思う。姉は超優等生の美形。自慢の娘。妹はやんちゃだけれど、優しい。たぶん精神的に私に依存していた、人格的に境界が引けなかったのではないかと思う・・・。姉は言葉を尽くして、母を弁護していたけれど、そんなことは私の耳には届かない。姉は「姉だけが両親に愛されていた」と私が思っている、と感じていたようだが、決してそんなことは考えたことはない。姉は出来が良かったし大人しかったから、父の暴力の標的になることは私よりは少なかったに違いないけれど、姉もひどいことを言われていた。姉は子供を持たないので、親としての感情がわからない。母とはいつまでも母娘の関係のままである。私は子どもを愛し、自分の無力さを思い知らされる日々の中であえいでいる。完全な母ではないけれど、やはり同じ母として、私の母を簡単に許せないのだ。怒るのは簡単だけれど、赦すのは難しい・・・。忘れ去ることができる日が来るのか、来てほしくないと考えている私がいる。なじみのぬいぐるみか、タオルか、毛布のように、手放せないでいる。
2006年10月17日
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夫とすごいケンカになり、気持ちのおさまらない私は久しぶりに姉に電話をした。珍しくすぐに電話に出た姉。聞くと一昨日自宅がピッキング被害にあったらしく、被害総額250万円。すぐにカギを取り替えて、今片づけをしている最中。毎日、警察に行き事情聴取などをしているが、前向きに捜査してくれるような雰囲気もなく、ただ落ち込んでいる、と。そこで父の緊急入院の話を聞いた。私の電話の直前に母から連絡が入ったらしく。父は入所している介護施設で高熱を出し嘔吐して病院に運ばれたそうだ。肺炎の疑いらしい。父は嚥下が困難になっているらしく、家に帰りたがる父は無理をして自宅に帰り、何度も転んで軽い脳の損傷もあるかも知れないらしく、今日、大学病院でCTを撮った。数ヶ月に一度するかしないかの姉への電話、その直前に姉に知らされていた父のこと。虫のしらせ、というのか無意識がつながっているのか・・・。父はもう長くないかも知れない。父に会っておきたいとか、特別な思いがない私、私は冷たく悲しい。
2006年10月14日
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三男の運動会でした。この保育所で7回目の運動会。保育所最後の運動会。7年も毎日毎日、通ってきたんだなあ。三男もがんばりました。リレーもアンカーではないものの、三男が追い抜いて三男の組が勝ちました。組体操もダンスもとっても上手でした。いつもふらふらダラダラとふさげているように見える三男。運動会ではきっちり集中して決まっていました。午後ちらっと二男の野球をみにいき、夕方迎えに行きました。明日は初めてユニフォームを着ていく日。楽しみにしている二男。野球を楽しんでいる二男を見ているだけて幸せな気持ちになれるのでした。食後、庭の小石につまづいて転んで左の足首をひねってしまいました。悲鳴をあげた私。昔、手術をした右ひざの痛みが最近ひどく、右をかばいながら歩いているせいか、左を痛めてしまいました。足をひきずって玄関でうめいている私を黙って見下ろしているダンナ。むしょうに腹が立ち「言葉だけでもいいから『大丈夫?』とか『痛い?』とか言葉かけをしてよ!」と怒鳴った。主人は突然青い顔で怒り出した。「オマエはいつもいつも『あそこが痛い、ここが痛い』って言いやがって。いい加減にしろ。もう聞き飽きた。転ぶな。注意して歩け。痛いなら病院へ行け。」と言い放った。なぜに家族なのに、辛いとか痛いとか言っちゃいけないの?夫は子供が熱を出しても怪我をしても、狼狽して怒り出す。どうしたらいいかわからないのだ。私は主人に言った。「優しい言葉かけをしよう。私たちは仲良くやっていかなければならないから、せめて相手に関心を持って共感するような言葉かけを工夫しよう」と。主人は激高し「そんなことをオレに求めるな。言葉だけでいいのか?気持ちがこもっていなくていいのか?痛いのなら病院へ行け。頭が痛い、腰が痛いと言うな。オマエは心配してもらいたいだけじゃないか。甘えるな。」どうして夫に関心を持ってもらいたい、心配してもらいたいって思っちゃいけないの?食事時に「しゃべるな!食え!」と怒鳴る夫もがまんできない。どうして楽しく話しながら食事しちゃいけないのか。食事時にはいつも顔色が青くなり、イライラしている。「食事時に怒ると、栄養の吸収も悪いし、成長を阻害するから怒鳴らないで」といつも頼む。夫は「そんなこと誰が言ったんだ」と聞く耳を持たない。子供たちは夫に話しかけない。いつも「ねえママ、ママ」と私に話す順番を待っている。受け入れてくれない、共感してくれないことをわかっているからだ。子供たちの気持ちを聞いてやってほしい。そのうち何も話さなくなるかも知れない。だって「しゃべるな」って教えてるんだから、そりゃあ話さなくなるだろうさ。子供の気持ちさえ、受け容れるとか、かかわることが難しい夫なのだ。
2006年10月14日
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マグネループがありマグネ~♪ 磁輪輪輪~♪ここのところ、どうも体調が悪い。二男の野球グラウンドに何か私の体に合わんものがあるのか、グラウンドに行くと涙が止まらない。もう野球見ながら号泣。鼻水も出るし勘違いされそう。肩こりはひどいし、なんかブツブツできてるし・・・。肌は強い方なので、あんまり発疹系は出ないのだが、口の横に大きな吹き出物。そいでつながってるかのように同じ位置のクチの中に口内炎。忙しいとだんなに当り散らし、深ーい海の底に沈殿していたのだが・・・。「これじゃあかん!」まだまだ温かいのに、※ホットカーペットつけて寝転んでいた私が突然立ち上がり、車に乗っていきましたよ。マツキヨ。注※)ホットカーペットは夏の間、しまわずにそのまま敷きっぱなしにしていたものである。普通の家庭ではしまうし、いつもの夏ならしまうのだが、今年はそのままにしていたmunmunchi家だ。ちなみにホットカーペットの上はぱっと見ぃ、木目に見えるダイニングカーペットで、犬にシッコされようが、子供によだれたらされようが、平気なのだ。まず購入したのが、マグネループ。ピップエレキバンを信じてる私、これをつけてるといい感じ。医療用具ですから~効き目のないものは認可されませんよねえ。あとアレルギー用目薬。おかげで目ヤニと涙が半減。チョコラBB。肌荒れやらに効く。これを水曜日にどーんと大人買いし、かなりいい感じ。あと、これも信じている「せんねん灸」これを親指のつけねとか、腕のあたりのあんまり痛くなさそうなツボに。これね、いいですよ~。ホンマに血行がよくなって、かなり長い時間赤くなって温かい。これを息子らの前でやると、みんなかなり引くんですわ。でも尊敬されるので、息子全員集めて火ぃ点けてみせてます。「信じる者は救われる」ピップエレキバンとせんねん灸を信じてる私は、ちょっと元気になりました。調子悪いって思ったら、行動起こさないとね。沈殿してたらダメですわ。しかしまた明日は野球。月曜日には気疲れ肉体的疲れで、どーんと沈殿してるかも。
2006年10月13日
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5歳の三男がうまれた産科医院の部屋で、向井亜紀さんの記者会見を見た。私のベッドの横には産まれたばかりのかわいい三男がすやすやと眠り、テレビでは涙ながらに自分の病気と胎内にいた子どものことを語る彼女がいた。同じ病院で、そう時期をおかず3人目の出産ということもあり、時々看護師さんがゆっくりしにきた。そのときも誰かが一緒にテレビを観ていて、なんだか2人で涙したような記憶がある・・・。その後彼女が代理出産を決意したときか何かの記者会見で「高田の遺伝子を残したい」と語った。この一言が私の中の何かに触った。そのことについて夫に話すと、夫は「そういう言い方をしたかも知れないけど、ただ普通に高田の子どもが欲しいってことなんだから、そんなにムキになるなよ」と言う。「高田の遺伝子が素晴らしいから、それを残したいんか?素晴らしくない遺伝子は残らんでええんかよ~」とモノを斜めに見るmunmunchiは思う。私「そんなん、ホンマに子供が欲しいんやったら、自分の子やなくても理由あって両親に育ててもらえない子を養子にして育てたらええやんか。」夫「ただダンナの子が欲しいんだろ。これだけ医療が進んでるしお金もあるんだから、出来ることだったらやりたいんじゃないの?」確かに私は3人の息子を育てていて、今もしうちの子の誰かが自分の血を引いてないとわかったとしても、びっくりはしても愛さなくならない自信がある。子供はどの子も輝いていて美しくかわいい。それを知っているのは、私と夫の間に産まれた子を育てながら、子供っていうのは愛憎を超えてそれでも愛すべきものなのだということを実感しているからか。お前に子を持てない苦しみがわかるのか?と問われると答えに窮する。戸籍などクソ食らえ~!実子だろうと養子だろうと、愛しているのならば親が動揺しなければ、ええんとちゃうの?でもそういう問題でもないのか?
2006年10月12日
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昨夜は私のブチ切れに付き合ってくださり、ありがとうございます。ブログのヨロコビは、何よりコミュニケーションですね。日記を書いているだけでは、誰からも共感も批判もされない。モヤモヤとした気持ちをブログにぶつけると、どなたかが通りかかって読んでくださる、そしてなぐさめてくれたり、違う視点をくれたり。感謝にたえません。さて、記念すべき111111ヒットのゾロ目記念、カウプレを決定しましたっ。ジャカジャカジャカジャカジャ~!!!ターゲットシール2枚だあ~!これ知ってます?トイレの便器に貼るんですよ・・・。うちは私以外みんな男。4人の男が寄ってたかって立ってオシッコするわけですから、集中してないときには、飛び散るわけで。でもこのシールをヒットポイントに貼っておくと、このてんとう虫めがけてオシッコしてくれます。ヒットすると黒いシールが赤に色が変わるんですね・・・。関空のトイレが世界一きれいなトイレに選ばれたのは、どうもこのターゲットシールのおかげらしく。どうも人はトイレに目標物があると、そこをめがけてする習性があるらしいのですよ・・・。さっそく購入。うちのトイレに貼ってあります。やはり息子らはてんとう虫めがけて、オシッコするらしく以前より飛び散りが少なくなりました。だいたい家庭用というより、企業向けなのか最低ロットが10枚。うちはトイレが10ヶ所もあるような大豪邸じゃございませんので、あまってます。ゆえにプレゼントさせていただきまーす。私が見逃してしまう可能性が高いので、ぜひとも踏んだ方は申請してくださいませ。
2006年10月11日
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長文、怒りをぶつけてるので読み流してください・・・。今夜は休みの夫、でーんとソファーに座ってます。キレました。あまりに家事を手伝わない。夜勤で激務だからしょうがない、甘えたこと言うなという声も聞こえてきそうですが、あまりにも私の忙しさに無関心であることが受け容れられない。朝から泥だらけの二男のスパイクを洗い、あまりに臭い三人分のサンダルを洗った。天気の悪い日が続いたので、湿っぽいにおいを発していた布団を干し、布団パッドを洗った。3人ともとても高いロフトベッドに寝ているから、布団の上げ下ろしは一苦労なのだ。今日まで小学生は秋休み。明日は新学期のスタートなので、提出物やら何やらかやら、色々とある。3か所に通う子らの準備は忙しい。特に長男。もうすぐ林間学校の長男は、明日荷物リハーサルがある。林間学校に持っていく荷物をすべてつめて、大きなリュックを背負って学校へ行く。あれこれと準備。プリントに目を通し、その間に洗濯物を取り込んだり、ご飯の準備をしたりする。夫はといえば、長男と三男を1000円カットに連れて行くと言っていたのに、夕方になってもソファーに座ったまま動かず、テレビのリモコンをカチャカチャ・・・。横でバタバタ。夕食の後もすぐにお風呂に入ってくれない。食後すぐに入ると気持ち悪くなるとか何とか言って、いつまでもダラダラ座っている。私としては、後片付けをしている間に3人まとめて一緒に入ってくれると楽。せめて1人でも2人でも連れてさっさと入ってほしい。朝の早い息子らには9時には寝てほしいから、逆算するとあまりゆっくりしている時間がない。私が夕食を準備し片付けている間もボーっと座っている。洗い物を終えて、ゴミを外のゴミ箱に出して、三男と一緒にお風呂に入る。出てきたら、夫が「おーい、長男、二男と一緒に風呂に入れよ」。その間もテレビの前にデーンと座り、何の関心も示さない。みんなが出た後やっと一人で風呂に入る。それも長風呂・・・。その間、子どもの着替えを手伝い、歯磨きの仕上げをし、洗い物を片付け、二男の学研の宿題をみてやる。庭につないでいる犬を家に入れてやり、猫と犬の食器を洗う。主人は私の動きに無関心。三男は疲れて寝てしまっているのに、放ったらかしでナイターを観ている。長男も二男も明日の学校の準備をしていない。長男は一緒についていてやらないと、なかなか準備が難しい。それでも何も気がつかない・・・。二男を大声で2階から呼び、学校の準備をさせる。長男の大きなリュックと明日の持ち物を持って階下へ。とうとう切れた。「あのね~疲れてるとは思うけど、子どもら3人いて、みんな別々のところに通ってて、提出物も連絡帳もぜんぜん見てないでしょ。通信簿にはんこ押すって知ってる?今日はそこに座ったっきり、何もしてへんやんか~!ええかげんしてちょうだい。もうちょっと家事の忙しさに関心を持ってちょうだい。ガマンできないよ。」とわめいた。パパと一緒に寝ることになっている二男を置いて、長男と三男と2階へ。入眠剤を飲んだけれど、一向に寝付けない。子どもたちは寝息を立て始めたので、階下におりて今パソコンに向かっている。ダンナは昼からずーーーっと変わらぬ場所に座り、今も野球の延長戦を観ている。横で二男が寝てしまっているのに、そのままだ。私が気働きをし、バタバタ動く方なので、主人までバタバタしていたらあまりに落ち着かない夫婦。その景色を想像するに気持ち悪くなるけれど、もう少し家事をやってほしい。せめてお風呂に早く入ってほしいし、野球道具のメンテナンスなんかは、父親の出番でしょ。二男と話をしながら用具の手入れをするのはいいものだと思う。あーむかつく。仕事にでかけていて、不在なら私がやるしかないのだが、家にいて忙しく動き回る私に無関心なのはがまんできない。
2006年10月10日
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またまた別の普通級から特学に移るかどうか迷う方から電話。だいたいこういう電話をする方は、自分で答えを握っている。その答えが私の一言によって大きく変わることはない。ただ自分の考えを他者から受け容れられるものかどうか、確認したいから電話してくるんじゃないかって思っている。そうじゃない人もいるけど。うちなどは普通級から特学に移ったので、その心境やらどこで踏み切ったかなどを参考にしたいと考える人もいるだろう。でも子どもはそれぞれ様子が違うし、親の考えや学校の環境も、家族や親戚の関係などもばらばらなのだから、本来他人のアドバイスなどアテになるもんではないのだ。という考えをもとにまた電話がかかってきた。学校がよくしてくれない、あーだこーだと学校の悪口・・・。確かにあまりにもひどい学校ってのもある。長男が1年間お世話になった学校は、担任の先生と教頭先生は理解があったけれど、校長はどうにもならんかった・・・。あのクソおやじ!!(ごめんあそばせっ)「特学に移してもよいのだけれど、特学に入るのは簡単だけれど、普通級に戻るのは大変なのでしょ?」という疑問。これはよく聞くことで。その子が授業を聞けてある程度勉強についていけて、普通級に戻れるだけの力がつけば、いくらでも戻れるはず。私の知人で普通級に戻った人もいる。それはかなり強引にお父さんの考えで戻った方なのだが、戻ることはできる。戻った後にどうなるかは別として・・・。なぜ普通級、特学とこだわるのか?自分の子どもをよくみて、学校や医療関係者などの意見をよく聞く耳を持って考えればおのずと答えが与えられるはずだ。ただ本当に線引きが難しいのも事実。もう少し学校側のサポートがあれば、楽しく学校で過ごせるに違いないと悲しくなる子もいる。でも私が相談を受ける相手というのは、だいたい身辺自立が課題であったりする子がほとんどだ。「この子の課題はどこにある?」よくわからない自分の課題と合わない時間を6時間過ごさせるのは、将来にわたって大きな影を落とすことになるだろう。私たちが生きていく上で、どの程度の算数や国語を使うだろうか?ましてや理科や社会、歴史なんかはどのくらい必要とされてるだろうか?人が生きるうえで何がその人の人生を豊かにするか、私が思うのは「自己肯定感」だと思う。「オレってなかなかがんばってるな」とか「割りといいヤツだよな」と思えること、そうすることで他者を許し社会の中でイキイキと生活できるのではないかと思う。「特学なんてかわいそう・・・」誰がかわいそうなのだ!親である自分がかわいそうなのでしょう!
2006年10月10日
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二男は今日も野球。土曜日は雨でグラウンドコンディションが悪かったので、休みになったのだが、日曜月曜と朝から暮れるまで、泥まみれで野球をしている。チーム関係者との距離感をつかみかねている私は、顔を出すたびにとても疲れるけれど、がんばっている二男をみるのは嬉しい。母としてとても嬉しい。朝からグラウンドと家を往復する週末なのだが、その間、長男と三男はのんびりやっている。長男は当たる相手である私がいないのが、楽なのかつまらないのかよくわからないけれど、午前中は自分のベッドでごろごろしながらマンガを読んだり、ゲームボーイをしたりして過ごしている。午後は近所の中1と5年の兄弟がやってきて、うちの庭でカードゲームをしたり、一緒にゲームボーイをしたり、自転車で公園へ遊びにいったりしてる。中1から年少までの5~6人がつるんでるっていうのも、面白い風景なわけで。そこの家の兄弟も、よううちの長男なんかと遊んでくれるなあ・・・と感謝しつつ、「なんでうちの子なんかと遊ぶんかな・・・友達いないのかな・・・」と心配にもなる。お母さんがインドネシア人のその兄弟、2人ともとっても優しくて内向的なタイプ。なかなか友達と約束して遊ぶっていうことも難しいのかも知れない。三男は小学生になったら、野球チームに入るといきまいているけれど、どうなることか。それぞれの場所でそれぞれに楽しく時間を過ごしてくれればいい。そりゃあ二男のように野球に汗を流す週末は美しいし、見た目も聞いた感じもよろしい。でもやっぱり無理な子には無理なわけで。そんなに集中が続かない子も多い。みんな楽しい時間を過ごしてほしい。キラキラした、今しかない子供の時間を精一杯生きてほしいなあ。二男のチームでもう一ヶ月ほど前に「お古のユニフォームがあるから、使ってくれる?」と申し出てくれた方がいたので、1万5千円ほどするユニフォームの上着代がセーブできてとっても喜んでいた私。しかし、いつまでたっても持ってきてくれない・・・。「来週、二男くんに背番号渡すからね」と言われて喜んでる二男。でもユニフォームがない。くれるっていうから、注文もしてないし。注文してから出来上がるまで一ヶ月以上かかる・・・。朝、思い切ってそのお母さんに話した。「あの・・・ユニフォームいただけるっていうことだったんですけど~あのあの監督が、来週背番号くれるっていうものですから、あのあの二男が楽しみにしていてですね・・あのあの」「あーごめんなさーい。朝は覚えてるんだけどいつも忘れちゃって・・・言ってくれてありがとうございます。気をもませてごめんなさいね~」と言ってくれた。あーよかった。今日の夕方のお迎え時には、ユニフォームがもらえるかな?また忘れられてたら、どーしよー・・・。二男泣くわ・・・。
2006年10月09日
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昨夜、母からグダグダと電話がかかってきた。ナンバーディスプレイで実家の名前が出てくると、ユウウツになる私。とにかく母の話を聞いた。父が介護施設でトラブルを起こしたらしい。隣室の男性が父の部屋に入ってきたらしい。父の部屋は相部屋ではあるけれど、隣のベッドとは棚などで区切ってあって、ある程度のプライバシーが保てるようになっているそうだ。隣室の男性は突然父のところにやってきて、何か言ったらしいが、父は手元の杖でその男性を突いたらしく、その男性は父にビンタをくらわしたそうだ。それで父の老眼鏡が吹っ飛んで壊れた・・・。父はものすごい興奮状態になったと施設から連絡があったそうだ。父はこういう人なのだ。昔から妻や娘に暴力を繰り返してきた。小学生の頃から「怒りとしつけは違う。この人はただ怒りを抑えられないだけだ」と気付いていた。父は高校の理科の教師だったが、とにかく感情のコントロールが難しい人だった。突然激高して、熱い茶を娘の顔に向かってかけたり、膝が悪くて手術を繰り返していた私に、もっとも困難な正座を強いて立てなくなるほどにせっかんする人だった。そんな父の様子を想像して、私の長男の姿と重ねあわせる。怒る背中や表情が父にそっくりになってきた長男。長男は感情のコントロールの困難に加えて、学習障害やら何やらとあるので、その不安定さにすぐ気付くことができたし、彼に必要なトレーニングをすることができた。父は成績優秀な田舎の長男としてチヤホヤされ、その感情のコントロールの困難が許されてきたのだ。その遺伝子は脈々と続いていくのか。なんとも切ない気持ちだ。長男は努力している。脳内がものすごい大嵐のような状態に耐えて感情をコントロールしようと、日々がんばっている。私はその努力を見つめ続けたい。「キミが悪い言葉を使わないように、暴力しないように我慢していることをママは知ってるよ」と伝え続けたい。
2006年10月07日
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本当に久しぶりに母から電話があった。母に気持ちをぶつけて以来、母と話すのは久しぶりのこと。父のパーキンソン症など色々な病気は進行していて、施設で過ごす日が多いそう。それを体面を気にする母は、気にしている。自分で介護しきれないし、夫婦間にも問題がある。母も体が弱いし一人で抱え込むのは無理。それで母は私に「それでいいよ。大丈夫」と言ってほしいのだ。母は何度も聞いたことのあるような話を次から次へと話していた。しまいに私もイライラしてきた。ちっともこちらの様子を聞きもせず、父のこと、自分の体調のこと、飼い犬が手術したことなど、ベラベラとまくしたてた。いつものこと。いつもなら私は我慢強く話を聞く。それで母を励まし「それでええのよ。誰が何と言おうと自分がつらければ辛いのだから」と言って母の気持ちを受け取る。今日の私はもうがまんできなくなっていた。母がまくしたてるうちに「なんでいつも自分のことばっかし話すん?」「私は子どもたちの様子とか聞いてほしい。長男はどうしてる?二男は?三男は元気?って聞いてくれると私は嬉しいのよ。」と言った。母は「あーごめんごめん。自分のことばっかり話して。犬のことまで話してるのに、アンタのことはちっとも聞いてあげへんかったな」「そしたら子供たちに代わってよ。」私は子どもたちに順番に電話に出させ、最後にママに代わってという声をさえぎり三男にバイバイを言わせて電話を切った。私は子どもたちと話してほしいのではなく、私に「どうしてる?」とか「子供たちはどんな様子なの?」と聞いてほしいんだ。私が実家から遠く離れた地で、障がいを抱えた子をカシラに3人息子を育てて奮闘していることを知っていてもらいたい思っている。母は自己中心的で子供じみた依存的な人だ。いまさら変わりようもないだろう。それでも私はもうガマンして受け入れ続けない。母はまた自己嫌悪になって落ち込んでいるかも知れない。母を受け入れなぐさめる役目はもうたくさんだ。
2006年10月06日
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家の前で何か知らんが、ずーっと道路工事してる。うちの前の道は、細い道やけどバス通りで並走する国道の抜け道として、朝晩はかなり混んでる。混んでるのに路肩も歩道もなく、危ない道。うちの袋小路からバス通りに出る道で、ずーっと工事してる。その交通整理してるおっちゃんがめちゃどんくさい!!制止しようとしてるのに、赤い旗振ったりするし、なんかいつもあせっていてわけがわからんので、窓を開けて「おじさん、わからないよ。」って言った。みんな高齢者。雨の日も暑い日も1日交通整理してる。体力的にもきついやろし、一生懸命働いてはるんやが、やっぱり適性ってもんがあるんとちゃうか?長男が将来、就労することを考えたら、どんくさいおっちゃんのことを責めたらあかんって思うけど、やっぱり日に何度も車を出すたびにイライラする。近所の人もみんな切れてて、隣の奥さんなんて、そのおっちゃんに怒鳴ってた。危ない。車の前をウロウロするし。イライラするたびに、優しくない私に悲しくなる。
2006年10月06日
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munmunchiの住む地域は年間2学期制。今日、前期の終業式で明日から火曜日まで短い5日間の秋休みになります。だから通信簿ってやつをもらってくるわけで。長男ももらってきてましたよ。でも特学のそれって普通のと違う。・基本的な生活習慣・集団行動、対人関係・国語・算数・音楽・図工・体育・生活のそれぞれの項目に個別の年間目標があり、「前期の目標」「指導場面、手立て」「変容」と書かれてある。例えばね「基本的な生活習慣」年間目標・・・場面の切り替えがスムーズにできる。様々な仕事に率先して取り組める。食事の準備や片付け、マナーを定着させられる。前期目標・・・自発的に花係の仕事に取り組める。自分の食事の適量を覚え、自制することができる。気持ちが高揚したときに自分で気持ちの整理をして次の行動に移れる。といった感じ。だから、評価がついてる通信簿って二男が始めてで。ふむふむこんな風に書いてあるんか。世の中の子どもらはこんなものをもらってきているのか・・・。ほめてあることは「走るのが速い。運動会でリレー選手として活躍しました」やって。なんか笑った私。先生もそれぞれの子のよいところを見つけるのに疲れてるって感じ。長男のクラスのものと、二男のそれでは随分違う。浅い、薄いなあ。世の中こんなもんなんやろな。井の中の蛙、大海を知った日でした。
2006年10月05日
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となりのとなりのとなり、リハウスの兄さんが来た。そこの夫婦が離婚して、ダンナも家に戻らなくなってからもうずいぶんになる。もう2年くらい、出入りがなかっただろうか・・・。でもその家の狭ーい庭に、奥さんが無造作に植えていた花木が気になる・・・。玄関に植えっ放しのバラ、大輪の赤いバラが毎年きれいな花をつける。テキトーに転がってる大きな「カラー」の鉢。ホントに水遣りも肥料も何もしないままで、毎年ころがったまま、きれいな花を咲かせている。他にも白いバラとか、ぶどうとか、足の踏み場もないように支離滅裂に植えてある。もしリフォームやらハウスクリーニングが入ったら、あの庭木たちは伐採されたり捨てられたりしてしまうのかな?毎朝二男の集団登校を見送りながら、その庭を覗き込み「もらって帰ろっかな・・・」っていう思いがこみあげる。お隣に話すと「手伝ってあげるよ。掘り起こすときは言って~」なんて。どーしよーかな。バラを掘り返すのはえらいこと。せめてカラーの鉢だけでも保護しよっかな。
2006年10月05日
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うちの家は袋小路の奥にある。築11年の一軒家。10件の小さな建売住宅がU字に並んでる。11年前、この場所は大きなかやぶき屋根のお屋敷が建っていた。昔の田舎の家。倉庫やら蔵、母屋があって、きれいな手入れされた庭を土塀越しにのぞいたものだ。住人の夫婦のどちらかが病気で亡くなり、息子はギャンブル三昧で借金まみれ。手放さざるを得なくなり、10軒の家が建った。1年ほどの差はあるものの、ほぼ同じ時期に入居し、同年代が多く子供もみんなで育ててきたようなところ。ただ一軒、ほとんど人の出入りがない家があった。夫婦の2人住まいで、奥さんは夜の仕事をしていた。だんなはいつもダルそうな感じのパッとしないオッサンで、どこかのメーカーのエライさんやとか聞いてた。その夫婦は離婚し、奥さんは母国の韓国に帰国した。ダンナもほとんど家に戻らなくなり、先月突然知らないおばあさんが挨拶に見えた。そのダンナのお母さんという方、話によると離婚後ダンナはバンコクに転勤になったか何かで移り住み、バンコクの女性の家で心臓発作で死んでしまったそうだ・・・。それで、相続者は母親であるこのおばあさんになったそうで、後始末をしにきたと話していた。11年前、まだバブルの名残りが残る時代、この条件で安いと感激して買った家。3800万くらいだったか・・・。今日のリハウスの兄さんにお隣といろいろ聞いてみたところ、売れれば800万くらいじゃないか、と。ほとんど使われていない家なので、逆に痛みが激しくリフォーム代もかかり、800万で売れたとしても手元にはほとんど残らないだろう。リハウスの兄さんたちが細かく査定する横で、私を含めた近所のおばはん3人が集まっていた。家の中を見ると冷蔵庫や電子レンジ、テレビやエアコン、何もかもそのまま。売れるやろか・・・売れないんとちゃうか?ええ人が来てくれたらええけどなあ・・・。変な人が来たらまたややこしいなあ・・・。ここの主であったあのオッサンは、暑いバンコクで死んだ。たぶんまだ50になるかならへんかの歳やったと思う。こういう人生もあるってことやな・・・。
2006年10月03日
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今日は月に一回の私のカウンセリング。担当のカウンセラーは、そうだなあ・・・50代くらいかなあ・・・。優しさと知性が感じられる「母」でもなく「姉」でもない。「先輩」といった感じ。夕べの夢の話をしてみた。「長男に暴行されそうになった。性的暴行をされそうになって怖くて怖くて逃げた。担任に電話して相談したり、警察に通報しようかと考えたりして、のどがからからになって目が覚めた」もの。どうも私は長男の反抗期というか、思春期にさしかかっていることを心配しているようだ。そこで担任に相談した、というのが、自分のことを心配しているのではなく、長男を心配しているのを象徴しているらしい。そこで相談相手が私の信頼する友人であったり、カウンセラーであったりしたら、自分のことが心配なのだそうだ。確かに長男は「ママ~」と甘えて膝に乗ってきたと思ったら、ものすごい勢いで拒絶してみたり、包丁を振り回したり、みぞおちを殴ってきたりした。それも夏休み前後の環境の変化が不安だったのか、今は少し落ち着いている。あと、疲れていること。二男の野球チームで、あらゆる人との距離感を図ろうとものすごく気を張っているらしい。その距離感がだいたいつかめるようになるまで、疲れは続くのだろう。そのカウンセラーの話。あるトレーニングで、快適な距離感の課題があったそうだ。初対面のグループで、知らない同士が2人組みになる。それでその相手と自分がどういった距離感が快適か見つけるトレーニング。背中に立つのがいい、それも距離は5mくらい離れていたり、背中に覆いかぶさりたくなるくらい近かったり。正面が良かったり、斜めがよかったり・・・。その人とは初対面で全くキャラクターを知らなくても、それぞれに快適と思える距離や位置はそれぞれ違うことを体験した、と話していた。二男のチームの保護者や監督、コーチとの私にとって快適な距離感や位置を知らないうちにはかり続けてクタクタになってるんだろうな。なんだか納得。同じ疲れるのでも、理由がわかって疲れるのとただ疲れるのでは大きく違う。人と会うとき、特に初対面だったりあまり知らない人と会うときには、快適な距離感や位置をさぐってみるのもいいな、と少し楽しみになったのでした。
2006年10月02日
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フライドチキンとダイエットコーク、チョコレートケーキと、ものすごいヘビーな夕食を食べて疲れのために9時には寝てしまった私。なんだか小刻みに夢見ていたようで、1時に目が覚めてしまった。長男に暴力をふるわれる夢。長男に性的暴力をふるわれそうになるのだが、逃げても逃げても逃げられない。なんとか主人に助けを求めるのだが、私の恐怖はおさまらない。担任に電話して相談したり、警察に連絡することを考えたり・・・。どうしたのかな?夏休み前後にはかなり荒れていた長男も、今は少し落ち着いていて、私に対して手をあげることはない。性的発達がすすんでいるような様子もないし、逆に遅いんじゃないかって心配するくらい。まあいいや。明日は主人もいるし、のんびりしよう。二男の野球の人間関係で無理してるのかも知れない。肩こりがひどくて頭痛がしてる。明日は午前中は私のカウンセリング、午後は長男のプレイセラピー。午後の予定は主人に頼んでもいいし。こうやって書いてると気持ちの整理ができてくる。知らず知らずのうちに、呼吸が止まっていたり浅くなってることが多い私。しっかり息を吐ききって、大きく吸って・・・と深い腹式呼吸をしているだけで、気持ちが落ち着いてくる。もう少し静かな時間を過ごしてから寝ることにしよう。明日も5時おき。もう2時間半しかないな。
2006年10月01日
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今日も野球は7時半集合。朝から家とグラウンドを往復する1日でした・・・。誕生日のプレゼントというつもりではないのですが、カシオのソーラー電波時計を買いました。手持ちのダイバーウォッチの電池交換代金が4500円。この時計ならランニングコスト要らずで7980円。10気圧防水で水がかかっても大丈夫。パチもんのブランド時計とはさようなら・・。もう背伸びする必要もないでしょう。週末は泥んこになる覚悟ですから、もう高いヒールやらフリルのついた服も必要なさそう。夕食はケンタッキーフライドチキンとチョコレートケーキを主人が買ってきてくれました。なんてメタボリック的ディナー!子供たちが「ハッピーバースデー」を歌い、ろうそくを吹き消してみんなみんな笑顔でした。父母は私の誕生日を思い出していてくれるだろうか・・・ふと思いました。父は今、パーキンソン症で要介護の身。阪急ブレーブスの熱烈なファンだった父に連れられて、西宮球場によく行きました。上田監督のとき、強かったなあ。山田久志、福本豊、加藤英司、長池徳二・・・こんな人たちが活躍していた時代。二男が入部したチームのユニフォームが、その時代の阪急ブレーブスのものとそっくりなのです。まだ手元に届かないですが、ユニフォームが届いたら父に写真を送りたいなと思ったのです。まだ父が二男のことをわかるうちに。
2006年10月01日
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