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十五夜のその日、高校卒業30周年記念同窓会に出席した。参加者は130余名。地元大阪での開催とはいえ、約三分の一が出席とは。関西はいうに及ばず、関東、九州、カリフォルニアからわざわざやってきた者までいる。ちょくちょく会う連中はともかく、大半は卒業以来の再会である。どこか当時の面影を残している者もいれば、すっかり変わり果てて(!)名前を聞くまで分からない者もいる。驚くべきは今回参加された恩師達である。皆さん当時と殆ど変わっていないのには驚かされた。特に私の三年生の担任だったO先生、そこらの卒業生よりもずっと若々しく見える。溌剌としたスピーチの中で、フルマラソンまでされてると聞かされては、その若々しさも頷けるというものだ。みんな最初こそおとなしくテーブルに着いていたが、時間がたつにつれそれぞれがブラウン運動を始め出すと、30年前に戻った顔で話す声が、あちらこちらから聞こえてくる。ただし、どこから聞こえてくる話も大抵は当時の思い出話か子供の話であり、思わず苦笑いする。午後3時から午後9時まで、30年間の空白を埋める時間はあっと言う間に過ぎていく。気がつくとみんなで一日の4分の1の時間を共有していたのだ。「5年後、また会おう」を締めの言葉にして外に出る。すっかり暗くなった夜道には、名残を惜しむように会話の列が続いている。そこにいた者は誰一人、今年の十五夜の月を覚えていないに違いない。
2008年09月16日
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70kgを切る、と宣言したのが、お盆休み前のこと。連日のジム通いで1週間で2.5kg減量したものの、目標にはあと1kg届かなかった。これまでも何度かぎりぎりまで行ったことはあるのだが、あと数百gの壁が万里の長城のように立ちはだかる。それから1ヶ月。エクササイズ前、体重計は70.7kgと表示している。エクササイズで大抵、1キロ前後は落ちる(もっとも、家にもどって飲み食いするとそれ以上に増えてしまうのだが)。社会人になって20数年間、時には80kg台の世界に足を踏み入れそうになるところを辛うじて踏ん張り、いつも今一歩で届かなかった60kg台の世界が目前に迫ってきた。スタジオプログラムを3本こなし、体重計に乗ってみる。70.1kg。またしても100gの壁が立ちはだかる。たっぷりと汗を吸ったシャツを脱げばそのくらいは簡単に減るのだが、これまでの計測ルールを破っての達成では後味が悪いだけである。まだ息が整なわないまま、ルームランナーへと向かう。体は十分過ぎるほど温まっている。スムーズにマシンの動きについていく足の感覚を確かめ、いっきにいつものスピードまで上げる。ものの数分で、汗が顔を流れ落ちるようになる。何度も顔を拭ったタオルの重さが、そのまま体重が減少する様子を教えてくれる。20分後、マシンを止め、再び体重計に乗る。二桁目、いつも見続けた「7」ではなく、そこには「6」が表示されている。69.7kg。体の水分を出しただけに過ぎないが、足が60kg台の体を支えるのは社会人になって初めてのことだ。今日、体に入った飲食物は確実に70kg台に引き戻しているだろう。更に減量し、60kg台前半をキープする。そこに至るには、腹回りの脂肪よりも厚い壁がまだまだ立ちはだがっている。
2008年09月13日
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偶然だろうか。この音(おん)で発せられる漢字、人の本質に関わるものが多いのは。真、芯、心、身、信、神、深… 誰もがこれくらいはささっと思い浮かべるのではないだろうか。実は「しん」という音に意味があって、これらの漢字の読みはそれに当てはめたのではないだろうか、とさえ思ってしまう。しかし、昨今、「しん」が姿を潜め、何かとひっついた「しん」が増えているようだ。「不信」「背信」「震災」等々。「しん」が本来担う意味が、まるで汚れがついてしまったかのように忌むべき言葉に変わってしまっている。もっとも、悪い言葉ばかりでもない。特別養護老人ホーム、いわゆる特養に勤務する妻の話では、介護士さんの働きぶりはそれこそ、献身的だという。妻の言葉を借りれば、「天使のような心の持ち主」だそうだ。そんな天使の職業の待遇は、金銭的にも時間的にもとても働きに見合ったものではないらしい。「頑張る人が報われる社会に」と声高に叫ぶ一部のエリート層は、介護士さんたちが頑張っていないとでもいうのだろうか。エリート層のいう「頑張る」は、しょせんは競争世界のなかで勝ち抜くための「頑張り」でしかない。介護のように生産性や効率では測れない、しかし真に人の役立つ仕事での頑張りは、残念ながら今の日本では報われるようにはできていない。話が逸れてしまったが、やはり、「シンプル イズ ベスト」である。「しん」をもっとこの世の中に増やしていかなければ。そういいながらも、この楽天日記も「未更新」の日が多くなってしまっている。
2008年09月07日
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昨日は金婚式だった。もちろん、私達ではない。両親の、である。確か、今月だったよな、と半年前に尋ねたメールを見たのが今日。電話で話すのも照れくさいので、とりあえず、グリーティングメールを送る(便利な世の中である)。50年、というと半世紀か。昭和ひとけた、私達などには想像もできないほど目まぐるしい時代を過ごしてきたはずだ。毎年北アルプスに登る元気者夫婦も、さすがに最近は病院通いが日課となっているようだ。そんなに離れていないのだから、もっと頻繁に行けばよいものだが、これがなかなかそうはいかない。時に干渉しすぎる2人の性格は、年を取ったくらいでは変わるものではなく、まだまだお子ちゃまの娘達にすればそれがうざくて仕方がない。ま、こればかりは時の成り行きに任せるしかないか。ともあれ、元気で楽しく過ごしてくれればそれが一番。ゆっくりと二人三脚の旅を楽しんでください、と不肖の息子はただ呟くのみである。
2008年09月04日
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昨日は工場の点検で会社はお休み。私にとっての2学期の始まりは今日である。夏休み中は殆どみかけなかった制服姿が、電車内で俄かに存在感を示している。一様に疲れた顔の大人たちに比べ、健康的に焼けた学生達は夏休みが終わったくらいでは凹んでられない、といった表情だ。いつもは年齢を気にしないが、さすがに若さが眩しく感じられる。夕方、空が暗くなった、と思う間もなく、ホースを地面に向けたような勢いで雨が降りだした。30分もすれば雨足も弱まるのだろうが、アポ先との約束時間に間に合わせるには出ないわけにはいかない。まだしも、風が無いのが幸いである。最近の雨のゲリラふりは、時間的にも空間的にもすっかり板についた感がある。30分待つまでもなく、駅に着くとそこには地面がほとんど濡れていない。まして、数駅離れたところでは、雨が降った痕跡などなく、夏の太陽が照り付けている有様である。局所的な豪雨と並んで、最近とみに多いのが電車の事故である。帰宅して夕食を作り、長女と妻が帰るまでに風呂でも入ろうと思った矢先、長女からの電話である。何でも、阪急千里線で事故があり、千里方面への電車が全く動いていない、という。すぐに地下鉄で江坂まで来るように指示し、車で迎えに行く。途中、事故現場とおぼしき踏み切りの向こうに大型バスが止まっており、サイレンを点滅させるパトカーや警官、それを上回る数の野次馬が集まっていた。死傷者がないことを祈りつつ、その横を通り過ぎる。長女を車に乗せたところで、今度は妻が電車が動かないから迎えに来て欲しい、と長女の携帯にかけてきた。同じ路線とはいえ、妻が待つのは事故現場をはさんで反対方向の駅である。最短で行けそうなルートを頭の中に呼び出し、北へ向かって車を走らせた。結局、3人が帰宅したときは10時前。家族揃っての夜食である。唯一の救いは、妻が明日休みであり、洗濯も後片付けも任せっきりにできることか。今後の波乱を予感させるような、9月最初の日記である。
2008年09月02日
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