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Bar UKマスターからのお知らせです。 Bar UKで12月16日(金)に開催されますジャズ・ライブ(出演アーチスト:戸倉洋子・ヴォーカル、大橋恭・ギター)ですが、参加申し込みの方でとりあえず席が埋まりましたので、いったん締め切らせて頂きます。何卒ご了承くださいませ。 ※なお、キャンセル待ちを受け付けておりますので、店主までお問合せください(電話06-6342-0035まで)。【Bar UK】 大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円
2016/11/29
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12. ビジュー・カクテル(Bijou Cocktail)【現代の標準的なレシピ】(単位はml) ジン(30)、スイート・ベルモット(20)、シャルトリューズ・グリーン(20)、オレンジ・ビターズ1dash、飾り=マラスキーノ・チェリー&レモン・ツイスト 【スタイル】シェイク さて、今回も日本ではあまり馴染みのない初期の古典的カクテルです。19世紀末に誕生しましたが、現代の欧米では、近年のクラシック・カクテル再評価ブームの中で、“マスト・アイテム”として注目されているカクテルの一つです。 「ビジュー(Bijou)」とは仏語で「宝石」を意味しますが、考案者は伝わっていません。欧米のカクテルブックで初めて登場するのは、ハリー・ジョンソン(Harry Johnson)著「バーテンダーズ・マニュアル」(1882年刊)です。そのレシピは「プリマス・ジン3分の1、スイート・ベルモット3分の1、シャルトリューズ・グリーン3分の1、オレンジ・ビターズ1dash、レモン・ピール、飾り=マラスキーノ・チェリー(またはオリーブ)、ステア・スタイル」となっていますが、ジョンソン自身は同著で創作かどうかは何も触れていません。 前述の理由からしても、少なくとも1870年代には登場していたカクテルと思われます。ちなみに、ハリー・ジョンソン以降で、ビジュー・カクテルを収録している本は、1910年代まで見当たりません。1910~40年代の出版で収録している主なカクテルブックは、現時点では以下のようなものです。 ・「ABC of Mixing Cocktails」(ハリー・マッケルホーン著、1919年刊 ※「ニュー・オーリンズのバーテンダー、ハリー・ジョンソンのレシピ」とのコメントを記しています)英。 ・「Cocktails: How To Mix Them」(“ロバート”著、1922年刊)英 ・「The Savoy Cocktail Book」(ハリー・クラドック著、1930年刊)英 ・「Cocktails by Jimmy of Ciro's」(“ジミー”著、1930年刊)米 ・「Café Royal Cocktail Book」(W.J.ターリング著、1937年刊)英 ・「The Official Mixer's Manual」(パトリック・G・ダフィー著、1948年刊)米 (以上の本のレシピは、ジョンソンのものとほぼ同じです)。 ・「The Artistry of Mixing Drinks;Ritz Bar, Paris」(フランク・マイヤー著、1934年刊)仏 ジン3分の1、ドライ・ベルモット3分の1、キュラソー3分の1、オレンジ・ビターズ1dash、マラスキーノ・チェリー(ステア) ※スイート・ベルモットではなく、ドライ・ベルモットを使っているところに目が引きます。 ・「World Drinks and How To Mix Them」(ウイリアム・ブースビー著、1934年刊)米 ジン2分の1、スイート・ベルモット4分の1、シャルトリューズ・グリーン4分の1、オレンジ・ビターズ1dash(シェイク) ・「The Old Waldorf-Astoria Bar Book」(A.S. クロケット著、1935年刊)米 グランマルニエ2分の1、ドライ・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ2dash ※このレシピからは、まったく別の創作カクテルのように思えます。 ・「The Stork Club Bar Book」(ルシアス・ビーブ著、1946年刊)米 ジン40ml、スイート・ベルモット25ml、シャルトリューズ・グリーン25ml、レモン・ピール、マラスキーノ・チェリー(ステア) 以上のように、レシピについては言えば、初期には若干の“揺れ”が見受けられます。 「ビジュー・カクテル」は、日本にもかなり早い時期に伝わっていたと思われ、1900年代の文献にも紹介されています。しかし、アルコール度数がやや高いカクテルであることもあって、大衆の人気を得るというところまではいかなかったようです。残念ながら、近年発刊されたカクテルブックでは、ほとんど取り上げられていません。【確認できる日本初出資料】「洋酒調合法」(高野新太郎編、1907年刊)。レシピは、「プリマス・ジン3分の1、スイート・ベルモット3分の1、シャルトリューズ・グリーン3分の1、レモン・ピール、飾り=マラスキーノ・チェリー(またはオリーブ)、ステア・スタイル」となっています。※ビターズを入れない以外は、ハリー・ジョンソンのレシピとほぼ同じです。・こちらもクリックして見てねー! → 【人気ブログランキング】
2016/11/29
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11.ビトウィーン・ザ・シーツ(Between the Sheets)【現代の標準的なレシピ】(単位はml) ホワイト・ラム(20)、ブランデー(20)、コアントロー(20)、レモン・ジュース(10)、レモン・ピール (※ダークラムを最後にフロートさせるレシピもあります) 【スタイル】シェイク 「サヴォイ・カクテルブック(The Savoy Cocktail Book)」(1930年刊)や、「カフェロイヤル・カクテルブック(Café Royal Cocktail Book)」(1937年刊)にも紹介されている、代表的なクラシック・カクテルの一つです。有名なカクテル「サイドカー」のレシピにラムが加わっていることからしても、「サイドカーのバリエーションの一つとして」考案されたという説もありますが、真偽のほどは定かでありません。 「シーツの間で=ベッドに入って」というその意味深なネーミングもあって、「ビトウィーン・ザ・シーツ」は現代でも、国内外を問わず不動の人気を持つカクテルです。しかし、口当たりは良いけれどアルコール度数はかなり高めなので、お酒に弱い人には「要注意な」カクテルでもあります。 誕生の由来、時期については、以下のような3つの説が伝わっていますが、いずれの説もそれを裏付ける文献資料は確認されておらず、現時点ではあくまで「説」にすぎません(出典:英語版Wikipediaほか)。 (1)パリの「ハリーズ・ニューヨークバー」のオーナー、ハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)がカクテル「サイドカー」のバリエーションとして1930年代に考案した。 (2)ロンドンの「バークリー(The Berkely)・ホテル」のマネジャー(Mr. Pollyという方)が、1921年頃考案した(※ただし、バークリー・ホテルのHPのBarページでは、「Between the Sheets」や「Mr.Polly」の名には一切触れておらず、掲載されているカクテル・メニューにも「Between the Sheets」はありませんでした。なので真偽のほどは分かりません)。 (3)20世紀初頭のフランス国内の売春宿(Brothel)で、女性たちが好んで飲む食前酒だった。その女性たちを通じて酒場にも広がった(※カクテル名からすれば、この説もあながち嘘ではないかもしれません)。 「サヴォイ・カクテルブック」に掲載されていることからも、1920年代には欧州のバーで、ある程度認知されるカクテルであったことは間違いありません。従って、少なくとも(1)の説には無理があります(もしマッケルホーンが考案したとしても、それは1910〜20年代のことでしょうが、マッケルホーンは1919年に出版した「ABC of Mixing Cocktails」だけでなく、1927年に出版した「Bar Flies and Cocktails 300 recipes」にも収録していません)。 参考までに、1930~40年代の主なカクテルブックに登場する「Between the Sheets」のレシピを見ておきましょう(スタイルはいずれもシェイク)。 ・「The Savoy Cocktail Book」(Harry Craddock著、1930年刊)英 &「Café Royal Cocktail Book」(W.J.Tarling著、1937年刊)英 ラム3分の1、ブランデー3分の1、コアントロー3分の1、レモン・ジュース1dash ・「The Artistry of Mixing Drinks; Ritz Bar, Paris」(Frank Meier著、1934年刊)仏 ラム3分の1、ブランデー3分の1、コアントロー3分の1、レモン・ジュース1tsp ・「The Stork Club Bar Book」(Lucius Beebe著、1946年刊)米 ラム4分の3オンス、ブランデー4分の3オンス、コアントロー4分の3オンス、レモン・ジュース半個分 ・「Trader Vic's Bartender's Guide」(Victor Bergeron著、1947年刊)米 ラム2分の1オンス、ブランデー2分の1オンス、コアントロー2分の1オンス、レモン・ピール ・「The Official Mixer's Manual」(Patrick G. Duffy著、1948年刊)米 ラム3分の1、ブランデー3分の1、コアントロー3分の1 ちなみに、キューバ・ハバナの有名なBar「La Florida」が1935年に出版したカクテルブックに、同じ「Between the Sheets」という名のカクテルが収録されています。しかしそのレシピは、コニャック3分の1、クレーム・デ・カカオ3分の1、生クリーム3分の1、砂糖1tsp、アンゴスチュラ・ビターズ1dash、レモン・ピールというもので、まるで有名な「アレキザンダー」のバリエーションのようです。なのでこの稿で取り上げているのとは別物のカクテルです。 なお、「ビトウィーン・ザ・シーツ」は日本には戦前に伝わっていたという説もありますが、文献で確認できるのは1950年代に入ってからです。 【確認できる日本初出資料】世界コクテール飲物事典(佐藤紅霞著、1954年刊) ※レシピは、バカルディ・ラム3分の1、ブランデー3分の1、コアントロー3分の1、レモン・ジュース1dash です(「サヴォイ…」と同じです)。・こちらもクリックして見てねー! → 【人気ブログランキング】
2016/11/27
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10. ベリーニ(Bellini)【現代の標準的なレシピ】スパークリング・ワイン(※できればイタリア産のプロセッコまたはシャンパン)(適量)、桃のピューレ、グレナディン・シロップ1~2dash 【スタイル】ビルド その素晴らしい味わいから、このカクテルが誕生したイタリアのみならず、現在では、世界中でかなり人気と知名度があるカクテルの一つです。 ヴェネチアの「ハリーズ・バー(Harry's Bar)」(1931年創業)のオーナー、ジュゼッペ・チプリアーニ(Giuseppe Cipriani)が、1934年から48年までに間のある時期に考案したと伝わっています(出典:Wikipedia英語版&日本語版 ※考案者名については、「アリゴ(Aligo)・チプリアーニ」という表記もあります<出典:PBOのHP>)。 「ベリーニ」の名は、ルネサンス期の画家の名(ジョバンニ・ベリーニ<Giovanni Bellini> 1430?~1516)に由来します。鮮やかなピンクはベリーニの絵画をイメージしたと言われています(出典:Wikipedia英語版&日本語版)。 このヴェネチアの「ハリーズ・バー」や同じイタリアのフィレンツェにある「ハリーズ・バー」(1952年創業)は、「本家」でもあるパリの「ハリーズ・ニューヨーク・バー」(ハリー・マッケルホーン<Harry MacElhone>が、前身の「ハリーズ・バー」の経営権を買収して1923年に創業)とは経営的には無関係です(ただし、いずれの店も後年、パリの「ハリーズ・ニューヨーク・バー」から店名使用の了解は得ています。※マッケルホーンの著書「Harry's ABC of Mixing Cocktails」の後年の改訂版前書きにその旨が記されています)。 「ベリーニ」は1930~40年代に誕生したと伝わっていますが、なぜか、欧米のカクテルブックに登場するのは比較的最近です。確認できる初出資料は「The Pocket Bar Book」(マイケル・ジャクソン著、1981年刊)。その後は、「Vogue Cocktail Book」(1982年刊)、「New York Bartender's Guide」(サリー・アン・バーク著、1995年刊)、「The Craft of the Cocktails」(デイル・デグロフ著、2002年刊)など多数の本で取り上げられています。 日本のバーでブレイクしたのは、比較的最近の80年代以降で、カクテルブックでよく紹介されるようになったのも90年代以降です。今では、ほぼ全国的な知名度を得たカクテルと言えるでしょう(80年代以降に出版されたカクテルブックには、かなりの確率で収録されています)。 ちなみに、「ベリーニ」カクテルは、ヴェネチアのハリーズ・バーをたびたび訪れた作家ヘミングウェイや映画俳優のオーソン・ウェルズがお気に入りだったことでも知られています(出典:Wikipedia英語版)。 【確認できる日本初出資料】「カクテル入門」(福西英三著、1982年刊)。※レシピは冒頭のものとほぼ同じなので省略します。・こちらもクリックして見てねー! → 【人気ブログランキング】
2016/11/25
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9.ビーズ・ニーズ(Bee's Knees) & ベボー・カクテル(Bebbo Cocktail)【現代の標準的なレシピ】 ビーズ・ニーズ=ジン(40)、ハチミツ(15)、レモン・ジュース(15) / ベボー=ジン(40)、ハチミツ(10)、レモン・ジュース(10)、オレンジ・ジュース(10) 【スタイル】いずれもシェイク 今回取り上げる2つのカクテルは、そのレシピからも分かるように“姉妹カクテル”ですが、日本ではほとんど馴染みのないクラシック・カクテルです。しかし、欧米のバー・シーンでは最近、クラシック・カクテルのリバイバル・ブームの中でしばしば取り上げられ、注目を集めているカクテルです(ロンドンのあるカクテル・バーでは人気の飲物の一つになっています)。なので、バーテンダーの方は、名前くらいはぜひお見知りおきください。 いずれも禁酒法時代(1920~1933)の米国内で考案されたと伝えられています。ハチミツがほのかに香る、優しい味わいです。ビーズ・ニーズが先に誕生し、ベボーはそのバリエーションとしてその後考案されたという説が有力です。 禁酒法時代には、ハチミツや様々なジュース類を混ぜるカクテルが他にも数多く存在しますが、闇で流通していた粗悪な密造ジン(風呂桶に水を張って手製の蒸留器を沈めて蒸留されたため、「バスタブ・ジン(Bathtub Gin)」と呼ばれた)の味をごまかすためと、ジュースのように見せかけて取り締まり当局の目をごまかそうという2つの目的があったと言われています(出典:欧米の複数の専門サイト)。 「ビーズ・ニーズ」は直訳すれば「蜂のヒザ」という意味不明の言葉ですが、禁酒法時代に生まれたスラング(俗語)で「最高のもの、うってつけのもの」という意味です(英米の辞書では、発音がよく似た「Business」が語源であるらしいとの解説もありました)。一方、「ベボー」という風変わりな名前については「語源や由来は不明」としている文献やサイトがほとんどです。「インドのある地方言語で『カエル(Frog)』を意味する」と紹介する欧米の専門サイト(出典:ourlibatiousnature.comほか)もありましたが、仮にそうであったとしても、なぜこのカクテルの名前に選んだのかはまったく分かりません。 禁酒法時代の米国では、当然ですがアルコール入りのカクテルの本をおおっぴらに出版することは出来ませんでした。欧米のカクテルブックで「ビーズ・ニーズ」が初めて紹介されたのは、ともに1934年に出版された「The Artistry of Mixing Drinks:Ritz Bar, Paris」(フランク・マイヤー著)と、「World Drinks and How To Mix Them」(ウイリアム・ブースビー著)です。前者はフランス、後者は米国での出版です。そのメニューは以下の通りです。 ・「The Artistry…」=ジンGlass半杯、レモン・ジュース4分の1個分、ハチミツ1tsp(シェイク) ・「World Drinks…」=ジン2分の1ジガー、レモン・ジュース、オレンジ・ジュース、ハチミツ各1tsp(シェイク)※オレンジ・ジュースが入るレシピからしてもほぼ「ベボー・カクテル」ですが、「ビーズ・ニーズ」の名で収録されています。 その後、40~50年代に入ると、そのレシピは少しずつ変化していきます。以下、米国内で出版された3冊から少し紹介しておきましょう。 ・「The Fine Art of Mixing Drink」(デヴィッド・エンバリー著、1948年刊) ジン、レモン・ジュース、ハチミツが各25mlずつ(シェイク) ・「The Bartender's Guide」(パトリック・G・ダフィー著、1948年刊) ジン1ジガー、レモン・ジュース4分の1個分、ハチミツ1tsp(シェイク) ・「Esquire Drink Book」(フレデリック・バーミンガム編、1956年刊) ジン11分の8、レモンジュース11分の2、ハチミツ11分の1(シェイク) 一方、「ベボー(Bebbo Cocktail)」については、禁酒法時代に誕生したと紹介している専門サイトは多いのですが、意外なことに、カクテルブックでの収録例はほとんどありません(前述の1934年刊「World Drinks…」の「Bee's Knees」のレシピがそうだと言えなくもありませんが…)。 現時点で確認している限りでは、「Bebbo Cocktail」の名で収録しているのは、不思議なことに、近年出版された「Vintage Sprilits And Forgotten Cocktails:100 Rediscovered Recipes and The Stories Behind Them」(Quarry Books編、2009年刊)くらいしかありません(このあたりの理由は今後の研究課題です)。【確認できる日本初出資料】ビーズ・ニーズ=壽屋カクテルブック(1955年刊)。レシピは、ジン2分の1、レモンジュース2分の1個分、はちみつ1tsp(シェイク)。ベボーは現時点では掲載例は見当たりません。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/23
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8.バンブー(Bamboo)【現代の標準的なレシピ】(容量単位はml)ドライ・シェリー(50)、ドライ・ベルモット(20)、オレンジ・ビターズ1~2dash 【スタイル】ステア 「バンブー」は、一足早く誕生した「アドニス」というカクテルのバリエーションとして考案されたと言われています。具体的には、アドニスの「スイート・ベルモット」を「ドライ・ベルモット」に代えたのがは「バンブー」です。 バンブーは日本生まれの国際的なカクテル第1号と言われてきました。国内の多くのカクテルブックでは、「1890年(明治23年)、その前年に来日していた横浜グランドホテルの支配人、ルイス・エッピンガー(Louis Eppinger=ドイツ系米国人 1831?~1907)が考案した」と紹介されています。「バンブー(竹)」という名は、「クセのない素直な味わいを、天へ向かってまっすぐに伸びる、日本的な竹のイメージに重ねた」と伝わっていますが、残念ながら、エッピンガー自身の証言や書いたものは残っていません。 エッピンガー=考案者説の根拠として最もよく知られているのは、ウィリアム・ブースビー(William T. Boothby)が、1908年に著したカクテルブック「The World Drinks and How to Mix Them」に「…Originated and named by Mr.Louis Eppinger, Yokohama, Japan」との記述が見られる(洋酒ライター・石倉一雄氏情報)ことや、「1901年の段階ですでに日本から米国西海岸に伝わっていたことは、当時の文献(新聞など)からも確認できる」(石垣憲一氏の著者「カクテル ホントのうんちく話」=2008年刊=や米国の専門サイト情報)という事実です。 しかし近年(2018年)、日本のフレア・バーテンダーの第一人者でカクテル史の研究家でもある北條智之氏(横浜・バー「ネマニャ」オーナー)が、「日本生まれ説」が疑わしいという新事実を発見しました。北條氏は、日本で初めて横浜にバーが誕生して160年になることもあって、横浜のバーの歴史や横浜生まれと伝わるクラシック・カクテルのことを調べておられました。その過程で、「バンブーは1890年以前に、米国で誕生していたのではないか」という指摘があることを知りました。 そこで北條氏は、アドニスが誕生したと言われる1885年から1890年以前の米国内の新聞紙上で、バンブーのことが何か取り上げられていないかを調べてみました。すると、少なくとも3つの新聞で、「1886年には、すでにニューヨークの酒場で流行していた」ことを伝える紙面を見つけたのです。 北條氏のブログからの少し引用させて頂くと、例えば、1886年9月11日付の「Western Kansas World」では、「英国人から持ち込まれた、ある新しいドリンクがニューヨークのバールームで流行っています。レシピはシェリー4分の3、ベルモット4分の1というもので、”バンブー”と呼ばれています」と記されています。また同年9月19日付の「St.Paul Daily Globe(ミネソタ州セントポール)」でも同じ趣旨の記事が掲載されており、「バンブーと呼ばれている理由はおそらく、これを飲んだ人間はみんな騒ぎたい気持ちになるからだろう」とも。 さらに、1895年2月1日付の「The Daily Morning Journal And Courier(コネチカット州ニューヘイブン)」には、「Boston Bamboo」なるほぼ同じレシピのカクテルが掲載されているとのことです。日本人としてはとても残念なことですが、1886年当時の新聞記事という動かぬ証拠がある以上、どうやら、「バンブー=日本生まれのカクテル」という従来の説は見直さざるを得ないようです。 しかし、エッピンガー考案説までも否定されてしまうのでしょうか。エッピンガーは少なくとも英国人ではありませんが、バンブーが(英国が世界的なお酒として有名にした)シェリーを使ったカクテルであったため、「英国人」が考案したという先入観で誤認された可能性もなきにしもありません。もちろんバンブー考案(あるいは流行)に関わった別の人間がいるのかもしれませんが、これ以上のことは現時点では分かりません。 欧米のカクテル史の専門家やカクテル専門サイトも現時点では、エッピンガーが考案者であるとしているところが多数派なのですが、断定していないサイトでも、「バンブーの世界的普及の一番貢献したのはエッピンガーであることは疑いない」としています。来日前、エッピンガーは1877年(40代後半)からオレゴン州ポートランドでサロン・バーを経営した後、さらにサンフランシスコでホテルの支配人兼バーテンダーをしていたと伝わっています。ニューヨークで働いていたという事実は把握していませんが、酒類にも造詣が深く、自らもオリジナル・カクテルを考案したりしていたことは伝わっています。 実はバンブーは、エッピンガーが「サンフランシスコ時代にすでに考案していて、それを横浜に持ち込んだだけ」という説も以前からありました。なので、エッピンガーが1885年頃考案したバンブーが東海岸へ伝わり、1886年にニューヨークで流行するようになった可能性もあながち否定できません(米国では1869年に最初の大陸横断鉄道が開通しいており、1880年代には東・西海岸間の情報が行き交うスピードも相当早くなっていたはずです)。 一方で歴史的には、エッピンガー考案説に異を唱える意見もあります。1919年に出版された有名なカクテルブック「ABC of Mixing Cocktails」の著者、ハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)は、同書でなんと別人説を紹介しています。バンブーの項の末尾に、「ホフマン・ハウス(The Hoffman House)のチャーリー・マハニー(Charlie Mahoney)が1910年に考案」という添え書きを残しています。マハニーは、当時ニューヨーク・マンハッタンの有名な社交クラブ、ホフマン・ハウスの著名なチーフ・バーテンダーで、オリジナル・カクテルもいくつか残しています。 「マハニー=考案者」説は、欧米の他のカクテルブックやHPでもいくつか見られます。例えば、「(マハニーが)1902年にBob Coleが発表した“Under The Bamboo Tree”という歌からヒントを得て考案した」と紹介している本(Mittie Hellmich著 「Ultimate Bar Book: The Comprehensive Guide To Over 1000 Cocktails」=2010年刊=ほか)や、「マハニーが考案し、インド在住の英国人にもとても人気があった。“Reform Cocktail”という別名もある」と記すサイト(Savoycocktails.appspot.com)などです。 しかし、マハニー自身が著したカクテルブック「Hoffman House Bartender's Guide」(1905年以降、1912年まで4回刊行)には、バンブーがまったく収録されていないなど不可解な点もあり、1886年にすでにニューヨークで飲まれていた事実がある以上、個人的には「マハニー=考案者」説はとても疑わしいと感じています。 「バンブー」は1910年代には、少なくともロンドンやニューヨークではそれなりに知られていたカクテルであったことは確かです。上記の石垣氏は、「ニューヨークで(マハニーによって)先に考案されたバンブーが横浜に伝わり、エッピンガーがそのレシピにアレンジを加えて紹介したため、日本ではエッピンガーの創作(オリジナル)と信じられてきたという考えも、あながち否定できない」としています。しかし逆に、日本から伝わった「バンブー」にヒントを得たマハニーがアレンジを加え、「マハニー版のバンブー」を考案したと考えても不自然ではありません。 なお、ここで抑えておきたい点は、バンブーには欠かせない材料のベルモットには、スイートとドライの2種類があり、1880年代末まではほとんどがスイート・ベルモットだったということです。従って、1886年にニューヨークで流行っていたバンブーにも、まず間違いなくスイート・ベルモットが使われていて、万一、マハニーが考案していたとしても、それはスイート・ベルモットを使ったバンブーだったことでしょう。 当然、「あれ? バンブーって、ドライ・ベルモットじゃなかった?」「スイート・ベルモットを使うなら、バンブーではなく、アドニスというカクテルではないか」という疑問もわきます。 実は、ドライ・ベルモットが登場するのは1890年以降で、バーの現場にも徐々に浸透・普及していきますが、カクテルづくりに本格的に使われるようになるのは1910年以降です。バンブーと言えども、このようなベルモットの流通事情から、1910~15年頃までは、スイート・ベルモットを使うレシピの方が主流でした(他にもベルモットを使うカクテル、例えば有名なマティーニでも、1920年頃まではレシピにかなりの”揺れ”が見られます)。 一方で、バンブーの元になったという「アドニス」は、1884年頃に誕生したと言われていますが、シェリーとスイート・ベルモットが多め(「3分の2」から「4分の3」がベルモット)のレシピでした。一方、1886年頃ニューヨークで流行っていたバンブーは上記の史料「Western Kansas World等」によれば、「(スイート・)ベルモット4分の1」です。ここから分かることは、ドライ・ベルモットが本格的に使われるようになるまでは、「アドニス」と「バンブー」はスイート・ベルモットの割合で区別されたカクテルだったということです。 さて、欧米のカクテルブックで「バンブー」が初めて登場するのは、現時点で調べた限りでは、1900年刊の「The Cocktail Book: Sideboard Manual For Gentlemen」(L.C.Page & Company編)で、そのレシピは「シェリー2分の1、スイート・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ2dash」と当然、スイート・ベルモットを使うレシピになっています。 しかし、バンブーとアドニスの両方を収録しているカクテルブック(例えば、1913年刊「Straub's Manual of Mixed Drinks」)を見れば、アドニスは「シェリー3分の1、スイート・ベルモット3分の2、オレンジ・ビターズ1dash」、バンブーは「シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash」と分量比が逆になっていて、両者をきちんと別のカクテルとして区別しています。 欧米のカクテルブックでドライ・ベルモットを使ったバンブーが初めて登場するのは、現時点で確認できた限りでは、1908年刊の「World Drinks and How To Mix Them」(William Boothby著)ですが、1915年頃までは、ドライとスイートそれぞれのベルモットを使うレシピが混在する時期が続きます。 以下は、私の個人的な想像を交えた総括です。 1.バンブーは、エッピンガーが考案したかはどうかは別にして、1886年の時点ですでに米国の東海岸地域(ニューヨークやボストンなど)で誕生していた。ただし、当時はスイート・ベルモットを使うバンブーだった。 2.エッピンガーはそのレシピを携え、1889年に日本に赴いた。そして翌1890年、横浜グランドホテルの支配人の仕事をしながら、米国でのバンブーのレシピをアレンジして、ドライ・ベルモットを使うバージョンをつくった(ただし、名前は「バンブー」のままで通した)。 3.そして、そのエッピンガーのドライ・ベルモット・バージョンのバンブーがまもなく、再び米国へ伝わって評判を呼び、米国内でも徐々に、それまでのスイート・ベルモット・バージョンにとって代わられるようになった。 なお、エッピンガーのオリジナル・レシピは、「ドライ・シェリー2分の1、ドライ・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ2dash、アンゴスチュラ・ビターズ2dash、レモン・ピール」(出典:A History of Pacific Northwest Cuisine、Marc Hinton著)や、「ドライ・シェリー3分の2、ドライ・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash」(出典:Webの専門サイト情報)などが伝わっていますが、正確な記録資料は、現時点では確認されていません。 ちなみに、1900~40年代の欧米の主なカクテルブックでの「バンブー」の登場状況は、以下の通りです(レシピを本の発行年順に追って見ていくと、バンブーのベルモットがスイートからドライへと移行していく流れがよくわかります)。 ・「The Cocktail Book: Sideboard Manual For Gentlemen」(L.C.ペイジ&カンパニー編、1900年刊)米 シェリー2分の1、スイート・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ2dash ・「Stuart's Fancy Drinks and How To Mix Them」(トーマス・スチュアート著、1904年刊)米 シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「Hoffman House Bartender's Guide」(チャーリー・マハニー著、1905年刊)米 → 収録なし ・「World Drinks and How To Mix Them」(William Boothby著、1908年刊)米 シェリー2分の1ジガー、ドライ・ベルモット2分の1ジガー、オレンジ・ビターズ2dash、アンゴスチュラ・ビターズ2drops(レモンピール、グリーンオリーブを沈める) ・「Jack's Manual」(J. A. グロフスコ著、1910年刊)米 シェリー2分の1、スイート・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「Straub's Manual of Mixed Drinks」(ジャック・ストローブ著、1913年刊)米 ドライ・シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「173 Pre-Prohibition Cocktails」(トム・ブロック著、1917年刊)米 ドライ・シェリー2分の1、スイート・ベルモット2分の1 ※氷入りのグラスに注ぐ ・「ABC Of Mixing Cocktail」(ハリー・マッケルホーン著、1919年刊)英 ドライ・シェリー2分の1、ドライ・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「The Savoy Cocktail Book」(ハリー・クラドック著、1930年刊)英 ドライ・シェリー2分の1、ドライ・ベルモット4分の1、スイート・ベルモット4分の1(※ドライとスイートの両方のベルモットを使う珍しいレシピのバンブー。初版では巻末の追記部分で紹介されていますが、2002年の発刊された日本語版ではこの追記部分が削られていて、日本人としては大変残念です)。 ・「The Artistry Of Mixing Drinks」(フランク・マイヤー著、1934年刊)仏 → 収録なし ・「The Official Mixer's Manual」(パトリック・G・ダフィー著、1934年刊)米 シェリー2分の1、スイート・ベルモット2分の1、アンゴスチュラ・ビターズ1dash ・「The Old Waldolf-Astoria Bar Book」(A.S.クロケット著、1935年刊)米 ドライ・シェリー2分の1、ドライ・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ2dash ・「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年刊)米 ドライ・シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「Café Royal Cocktail Book」(W.J.ターリング著、1937年刊)英 ドライ・シェリー2分の1、ドライ・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ1dash、レモン・ピール ・「Trader Vic's Bartender's Guide」(ヴィクター・バージェロン著、1947年刊)米 ドライ・シェリー1オンス、ドライ・ベルモット2分の1オンス、オレンジ・ビターズ2dash、アンゴスチュラ・ビターズ2dash、グリーン・オリーブ 「バンブー」は日本でも当然、最初期のカクテルブックである前田米吉氏の著書「コクテール」(1924年刊)を始め、様々なカクテルブックに紹介されています。 横浜グランドホテルは1923年(大正12年)の関東大震災で焼失。再建されることはありませんでした。現在の「横浜ニューグランドホテル」とは直接経営的に関係ありませんが、この「バンブー」は同ホテルのBar「シー・ガーディアンⅡ」の「ハウス・カクテル」として受け継がれています。エッピンガーは1907年、横浜で没し、同地の外国人墓地に眠っています(※墓地は一般には非公開なので参拝はできません)。 【確認できる日本初出資料】「コクテール」(前田米吉著、1924年刊)。レシピは、ドライ・シェリー2分の1、ドライ・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ1dash。【御礼】この稿の作成にあたっては、本文にも登場する北條智之氏(横浜「バー・ネマニャ」マスター)のほか、中瀬航也氏(東京・五反田「シェリー・ミュージアム」オーナー)、石倉一雄氏(洋酒ライター)の御三方に貴重な情報、ご助言を頂きました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/21
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バーUKから12月の店休日のお知らせです。現時点では以下のような予定となっております。 日曜・祝日の他に、3日(土)、24日(土)、29日(木)~31日(土)=年末年始休業(1月3日(火)までお休みを頂きます)。 ※なお、24日(土)は団体予約等があれば営業する可能性があります。 以上、宜しくお願いいたします。【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/20
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約2週間ぶりのBar UK写真日記です(By うらんかんろ)。 バーUK店内の成田一徹・原画ギャラリーが模様替えされました。今年初めから展示されてきたプロデビュー前の初期作品3点(版画、水彩画、ペン画)などの代わりに、新たに銀座のスタア・バー、タリスカーの切り絵原画が展示されました。加えて、今月4日に亡くなられた札幌バーやまざきの山崎達郎さんの切り絵原画(肖像)も。 今回の展示は、京都に支店が出来たスタアバーと京都に移転したタリスカーの特集記事が雑誌「あまから手帖」12月号(11月22日発売)に掲載されるのにあたって、同誌とのタイアップ企画です。ぜひ生の原画の素晴らしさをご堪能ください(なお12月号には、Bar UKもささやかなスペースですが、紹介されています)。 バーUKで初めて開催される公式ジャズライブ(12月16日開催)の準備にマスターは追われています。ヴォーカル(戸倉洋子さん)とギター(大橋恭さん)のデュオで、写真のようなチラシをつくってPRに努めています。ヴォーカル&ギター・アンプも当日までに新しいものを購入するそうです。当日が楽しみですね。 忙中閑あり。マスターはこの日、京都で“お勉強”です。懇意にして頂いている京都坊主バーで、素敵なモルト(マルス・ウイスキーの限定品「ウイスキー・キャット2015」)を味わいました。そして、その帰り道、高槻のバー・アイラさんに立ち寄って、さらにモルトの“研鑚”を積んだとか(2枚目&3枚目の写真)。「いずれの店も、うちでは真似できない品揃え。まぁ、みんな同じだと面白くないし、それぞれの店が個性を競い合えばいいと思う」とはマスターの感想でした。 Bar UKのティーリング・コレクションに新しい仲間がお目見えしました。今年秋に発売されたばかりの「ニューポット(樽詰め前の出来たての原酒)」です。3年ほど前に発売された前のニューポットは「コーン80%、大麦20%」でしたが、今回のは「大麦100%」です。ぜひお試しください。 今年もボジョレー・ヌーボーの季節です(最近はあまり盛り上がっていませんが)。Bar UKでは毎年1~2本だけ仕入れるようになっています。ボジョレー好きの方は、ぜひお早めにどうぞ。
2016/11/20
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Bar UKマスターからのお知らせです。 Bar UKで12月に開催されるジャズライブのご案内です。まだ若干席に余裕がございます。ぜひお早めにお申込みくださいませ。★12月16日(金) (1)19:30 (2)20:40 の2ステージ★出演アーチスト: 戸倉洋子(Vo)、大橋恭(Gt)★ミュージック・チャージ: 1000円(別途、Bar UKのドリンク代、サービス料が必要です)。★入替制無し。 お申し込みは、メール( arkwez@gmail.com )または、営業時間中の店への電話(06-6342-0035)でお願い致します。皆様のお越しを心よりお待ちしております。【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円
2016/11/20
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7.バカルディ・カクテル(Bacardi Cocktail)【現代の標準的なレシピ】バカルデイ・ラム(45)、ライム・ジュース(またはレモン・ジュース)(20)、グレナディン・シロップ(適量) 【スタイル】シェイク 国内外のカクテルブックでは、「1933年、禁酒法が廃止となった米国で、キューバのバカルディ社が自社のラム拡販のために、キャンペーン用に考案した」と紹介されていることが多いカクテルですが、これは後世の作り話で、明らかな間違いです。 すでに1917年、米国で出版された「173 Pre-Prohibition Cocktails」(Tom Bullock著)の中で、「Bacardi Cocktail, country club style」という名で収録されていることからも、1910年代には登場していたことは確実です。他にも、1922年に英国で出版されたカクテルブック「Cocktails: How To Mix Them」では、「米国内で(現在)最も人気のあるカクテル(In the USA it is undoubtedly more popular than any other cocktail)」と紹介しています。 レシピは冒頭にもあるようにかなりシンプルなものです。もしバカルディ社が拡販のために考案したのであったとしても、それは1910年代であったでしょうし、後述するレシピの“揺れ”からも想像できるように、街場のバーなどで自然発生的に誕生・流行し、広がっていったと考えるのが自然でしょう。 「173 Pre-Prohibition Cocktails」でのレシピは、ラム1ジガー(jigger=約45ml)、ライム・ジュース半個分、グレナディン・シロップ2dashとなっていて、現代の標準的なレシピとは大きく違うものではありませんが、レシピが固まるまでには、かなり”揺れ”が見られます。ご参考までに、1910~30年代のカクテルブックでの「バカルディ・カクテル」のレシピを紹介しましょう。 ・「ABC of Mixing Cocktails」(1919年刊、ハリー・マッケルホーン著)英 ホワイト・ラム(40)、ジン(10)、ライム(またはレモン・ジュース(10)、グレナディン・シロップ2dash(※ジンを加えるレシピが異色です) ・「Cocktails: How To Mix Them」(1922年刊、”Robert”著)英 ラム50ml、ライム・ジュース25ml、シュガー・シロップ少々 ・「The Savoy Cocktail Book」(1930年刊、ハリー・クラドック著)英 ホワイト・ラム3分の2、ジン3分の1、ライム・ジュース半個分、グレナディン・シロップ1tsp ・「The Artistry of Mixing Drinks; Ritz Bar, Paris」(1934年刊、フランク・マイヤー著)仏 ラム4分の1、レモン・ジュース4分の1個分、グレナディン・シロップ4分の1、ドライ・ベルモット1tsp(※ベルモットを使う珍しいレシピです) ・「World Drinks and How To Mix Them」(1934年刊、William Boothby著)米 ラム30ml、ライム・ジュース1tsp、シュガー・シロップ1tsp ・「Mr Boston Bartender's Guide」(1935年刊)米 ラム45ml、ライム・ジュース半個分、グレナディン・シロップ0.5tsp ・「The Waldolf-Astoria Bar Book」(1935年刊、A.S. Crockett著)米 ラム2jiggers、ライム・ジュース2個分、シュガー・シロップ少々、グレナディン・シロップ少々(※一人分の量としては多すぎる?) 石垣憲一氏の著書「カクテル ホントのうんちく話」(2008年刊)によれば、誕生当初は、シュガー・シロップ、ガム・シロップを使用した場合でも「バカルディ・カクテル」と呼んでいたとのことですが、後年、このレシピのカクテルに「ダイキリ(Daiquiri)」という新たな名が定着するとともに、グレナディン・シロップ使用の場合だけを「バカルディ」として呼び、区別することになったそうです。 日本には1920年代に伝わり、当時出版された本でも紹介されています。しかし、1950年代のカクテルブック「洋酒-ストレートからコクテールまで」(1957年刊、佐藤紅霞著)では、(グレナディン・シロップではなく)パウダー・シュガーを使う「バカルディ・カクテル」を紹介しながらも、「甘口のバカルディをつくりたい時は、グレナディン・シロップを使えばよい」とも記していることからも、同じく20年代に伝わっていた「ダイキリ」とのレシピの区別はまだ曖昧だったようです。 ちなみに、米国では「バカルディ以外のラムをベースにしたカクテルは、『バカルディ』と名乗ることはできない」というニューヨーク州高裁判決(1936年4月28日)が出ていることは有名なので、日本でもバー業界で働くなら一応知っておいた方がいい話です。 【確認できる日本初出資料】コクテール(前田米吉著、1924年刊)。レシピは、バカルディ・ラム1オンス、ライム・ジュース3~4dash、シュガー・シロップ少々、レモン・ピール・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/19
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6.アヴィエイション(Aviation)【現代の標準的なレシピ】ジン(45)、レモン・ジュース(15)、マラスキーノ(10)、飾り=マラスキーノ・チェリー 【スタイル】シェイク 「アヴィエーション」は日本でも欧米でもメジャーなカクテルではありませんが、誕生から一世紀を生き抜いてきたクラシック・カクテルの一つです。欧米のバーテンダーにとっては、今も「マスト・アイテム」なカクテルとも言われています。 ニューヨーク・ワリックホテル(the Hotel Wallick)のチーフ・バーテンダーだったヒューゴ・エンスリン(Hugo Ensslin 1880~1929)が1910年代に考案し、エンスリン自身が1916年に出版したカクテルブック「Recipes for Mixed Drinks」に初めて収録されています(レシピはジン3分の2、レモン・ジュース3分の1、マラスキーノ2dash、ヴァイオレット・リキュール2dash。出典:Wikipedia英語版)。 「Aviation」とは直訳すれば「航空技術(産業)」「軍用機」。エンスリンが考案した1916年は、プロペラの戦闘機が初めて実戦で使用された第一次世界大戦のさ中でした。今後の航空機時代を予感させる、そうした世相を反映して考案されたのでしょう(旅客を乗せて飛ぶ定期航空路の開設はもう少し後で、1930年代です)。 当初のエンスリンのレシピには、ヴァイオレット・リキュールも2dash入っていましたが、「サヴォイ・カクテルブック(The Savoy Cocktail Book)」(1930年刊)で著者ハリー・クラドック(Harry Craddock)がヴァイオレット・リキュール抜きのレシピを示したため、現在ではこちらの方が主流となっています(エンスリンは、禁酒法が施行されるまではニューヨークで働きましたが、バーテンダーとして働く場を失うとペンシルベニアへ移り、別のホテルで働きました。1929年、理由は明らかでありませんが49歳の若さでピストル自殺しています)。 参考までに1930~50年代のカクテルブックに見られる「アヴィエーション」のレシピを見てみましょう。 ・「The Savoy Cocktail Book」(1930年刊)英 ジン3分の2、レモン・ジュース3分の1、マラスキーノ2dash ・「World Drinks and How To Mix Them」(1934年刊)米 ジン3分の2、レモン・ジュース3分の1、マラスキーノ2dash(※「Aviation No.3」という名で収録。「No.1」はデュボネ・ベース、「No.2」はウイスキー・ベースの別レシピのカクテル) ・「Café Royale Cocktail Book」(1937年刊)英 ジン3分の2、レモン・ジュース3分の1、マラスキーノ2dash ・「Trader Vic's Bartender's Guide」(1947年刊)米 デュボネ2分の1、スイート・シェリー2分の1、オレンジ・ピール ・「The Official Mixer's Manual」(1948年刊)米 ジン3分の2、レモン・ジュース3分の1、マラスキーノ2dash アプリコット・ブランデー2dash ・「Esquire Drink Book」(1956年刊)米 ジン11分の8、レモン・ジュース11分の2、マラスキーノ11分の1 なお、このアヴィエイション(※「エイヴィエイション」と発音する方が原語に近い)は、現在でもデュボネ・ベース(上記「Trader Vic’s…」参照)またはウイスキー・ベースの同名カクテルが見受けられますが、知名度という意味ではやはりこのジン・ベースのオリジナルが勝ります。 「アヴィエーション」が日本にいつ頃お目見えしたのかは定かではありませんが、戦後間もない時期には伝わっていたのではないかと推測されています。文献に登場するのは60年代に入ってからです。 【確認できる日本初出資料】カクテルガイド(落合芳明著、1961年刊)。レシピは、ジン5分の3、レモン・ジュース5分の1、マラスキーノ3dash、アプリコット・ブランデー3dash。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/17
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NBA(日本バーテンダー協会)監修の「新オフィシャル・カクテルブック」の改訂版が、先月(2016年10月)刊行され、大手書店の棚に並んでいます。 しかし、中身を見てがっかりしました。サイドカーやマルガリータ、ダイキリ、スプモーニなどに添えられている誕生の逸話は、旧版(1999年版&2009年版)の間違った説明をそのまま引き継いでいるのです。 NBA監修の公式なガイドブックでもあり、出版元は飲食業界関連図書の名門・柴田書店。各方面への影響力も大きいので、残念でなりません。同じ柴田書店からは石垣憲一という方が、従来の逸話の定説を「後世のつくり話が多い」と論拠をあげて否定する本(「カクテル ホントのうんちく話」=2008年刊)を出されているのに、出版元としてはこの整合性をどう考えているのでしょうか? 例えば、サイドカーなどは、従来はしばしば考案者と誤認されていたハリー・マッケルホーン自身が、そもそもその著書で「自分の創作ではない」と認めているのに、なぜまだマッケルホーン考案説にこだわるのか、理解に苦しみます。 もちろんNBA側が、石垣氏の説に反論できる根拠を持ったうえで、「従来説の方が正しい」と主張するなら理解もできますが、今回のカクテルブックでは一切そういう裏付けデータは載っていません。「NBAの監修だから信頼できる」と思って買う人も多いでしょう。ならば、なおさら最新の研究や知見を反映する本であってほしかったです。
2016/11/16
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5. アラウンド・ザ・ワールド(Around the World)【現代の標準的なレシピ】ジン(40)、クレーム・ド・マント(ミント・リキュール)(15)、パイナップル・ジュース(15)、氷(ロックスタイルの時)【スタイル】シェイク クラシック・カクテルの中でもそこそこ知名度のあるカクテルで、日本で50年代以降に出版されたカクテルブックにもよく紹介されています。航空機時代を迎え、各国が世界一周飛行の実現を競っていた1920~30年代に登場したと伝わっていますが、考案者は不詳で、誕生の詳しい経緯・由来もほとんど伝わっていません。 Wikipedia(日本語版)によれば、「旅客機の世界一周航路開設を記念して開催された創作カクテルコンクールの優勝作品で、作者は米国人バーテンダー」なのだそうですが、根拠となる出典などのデータは示されていません。そもそも世界一周航路が初めて開設されたのは1947年ですが、カクテルは遅くとも1930年代にはお目見えしているので、根本的な疑問がわきます。 また、有名な映画「80日間世界一周」(1958年公開)の原題とカクテル名が同じということもあって、この「映画の公開を記念してつくられた」と紹介しているカクテルブックもありましたが、このカクテルの方が先に誕生しているので、映画とは直接関係ありません。 一方、前述の映画の原作となった「フランスの作家、ジューヌ・ヴェルヌの同名小説(1873年発表)にヒントを得て、米国のバーテンダーが考案したらしい」と紹介する文献(橋口孝司著「ちょっと大人のカクテルストーリー」)もありました。可能性としてはこちらの方があり得るかなぁと思われますが、同書には裏付けとなるデータは書かれていませんでした。 何よりも不思議なのは、欧米のカクテルブックでもなぜか、収録している本は極めて少ないということです。WEBの専門サイトでの紹介例はありますが、本では、(確認できた限りでは)米国の「ミスター・ボストン・バーテンダーズ・ガイド(Old Mr. Boston Official Bartender's Guide)」(1935年版&1940年版等)の他に、70年代の1冊のみです。ちなみに「ミスター・ボストン…」でのレシピは、ジン15ml、クレーム・ド・マント15ml、パイナップル・ジュース30ml(シェイク・スタイル)と、現代と比べてジンは少なめです。 いずれにしても、現在の欧米ではほとんど忘れ去られたカクテルで、まだ日本国内の方が知名度があるという謎の多いカクテルとも言えるでしょう。なお、欧米のWEB専門サイトでは昨今、以下のような別レシピの「Around the world」も紹介されています。 1.ダーク・ラム(25)、コニャック1.5tsp、オレンジ・ジュース(40)、シロップ(15)、クレーム・ド・ノワヨー1.5tsp、クラッシュド・アイス。すべての材料をブレンダーにかけてフローズン・スタイルで(出典:Drinkmixer.comほか) 2.ドライベルモット(40)、パイナップル・ジュース(20)、クレーム・ド・マント2dash、シェイクしてカクテルグラスに。マラスキーノ・チェリーとパイナップル・スライスを飾る(出典:Absolutdrinks.com)。※冒頭のレシピのジンをベルモットに代えたものとも言えます。 【確認できる日本初出資料】「カクテルの本」(間庭辰蔵著、1959年刊)。レシピは、ジン(15)、クレーム・ド・マント(15)、パイナップル・ジュース(30)(※「ミスター・ボストン…」のレシピとまったく同じです)。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/15
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【再掲載です】Bar UKマスターからのお知らせです。************************** バーUKでは初めてとなる公式ジャズライブ(非公式なゲリラライブは、過去何度かありましたが…)を、以下の日程で開催いたします。 ★12月16日(金) (1)19:30、 (2)20:40 の2ステージ ★出演アーチスト: 戸倉洋子(Vo)、大橋恭(Gt) ★ミュージック・チャージ: 1000円(別途、バーUKのドリンク代、サービス料が必要です)。 ★席数12名 ※原則、入替制無し(ただし、現時点で7名の方が申し込まれていますので、あと5名です)。 お申し込みは、住所、氏名、連絡先(携帯電話またはメールアドレス)をご記入のうえ、お早めにメールで、arkwez@gmail.com までお願いいたします(お問い合わせもメールでどうぞ)。他のSNSでも告知いたしておりますので、ご予約はお早めにどうぞ。満席の場合はキャンセル待ちとなります。皆様のお越しを心よりお待ちしております。【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円
2016/11/14
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4. アメリカーノ(Americano)【現代な標準的なレシピ】カンパリ(30)、スイート・ベルモット(30)、ソーダ(適量)、氷、レモン(またはオレンジ)・スライス 【スタイル】ビルド 「アメリカーノ」は、今日の日本でもそこそこ知名度のあるカクテルです。カンパリもスイート・ベルモットもイタリア生まれの酒なのに、「アメリカーノ」という不思議な名前が付いています。 誕生の由来については、1920年代にイタリアで生まれたという説、1920~30年代にパリのバーで誕生し広まったという説、また米国の禁酒法(1920~1933)を逃れてイタリアに渡ったアメリカ人が考案し、その後本国に持ち帰って広めたという説など諸説ありますが、(現時点では)いずれも裏付ける資料やデータは確認されていません。 欧米の文献で「アメリカーノ」が初めて登場するのは、フランスで出版されたフランク・マイヤー(Frank Meier)著の「The Artistry of Mixing Drinks; The Ritz Bar, Paris」(1934年刊)です(レシピは、スイート・ベルモット2分の1、カンパリ2分の1、ソーダ、氷、レモンピール)。本のタイトルからも分かるように著者のマイヤーは、当時パリの「リッツ・ホテル」のバーテンダーでした。従って1930年代のパリでは、「アメリカーノ」はある程度知名度があるカクテルだったことが分かります。 参考までに、1930~40年代の他のカクテルブックでの「アメリカーノ」のレシピを見てみましょう(ベルモットとカンパリの配合割合は、当初は揺れていたことがわかります)。 ・「Café Royale Cocktail Book」(J.W.ターリング著、1937年刊)英 スイート・ベルモット4分の3、カンパリ・ビター4分の1、ソーダ、氷、レモンスライス ・「Trader Vic's Bartender's Guide」(ヴィクター・バージェロン著、1947年刊)米 スイート・ベルモット2分の1、カンパリ・ビター2分の1、ソーダ、氷、レモン・ピール(※ソーダとレモン・ピールなしのスタイルも掲載している) ・「Official Mixer's Manual」(パトリック・G・ダフィー著、1948年刊)米 スイート・ベルモット3分の2、カンパリ3分の1、氷、ソーダ、レモン・ピール 「アメリカーノ」という名の由来も正確には伝わっていませんが、20世紀初頭の欧州では、カクテルを出すバーは一般的に「アメリカン・バー」と呼ばれることがよくありました(有名なサヴォイ・ホテルのバーも「アメリカン・バー」という名が付いています)。一方で、カンパリ(発売当時は「カンパリ・ビター」という呼び方が一般的でした)も当時、最先端の飲物でした。故に、カンパリを使った新しいカクテルに「アメリカーノ(アメリカ風の)」という名前が付いても不思議ではないと考えられます。 「アメリカーノ」は1920年代には日本にも伝わっていたという説(出典:福西英三著「カクテルズ」、1994年刊)もありますが、同著ではそれを裏付けるデータは示されていません(※30年代には、似たレシピの「アメリカーノ」を掲載している文献もありますが)。60年代以前の国内のカクテルブックでカンパリを使った「アメリカーノ」を紹介している例は、現時点では確認されていません。日本のバーでも本格的に認知されてきたのは、1960年代以降のことです。 なお、当初は「ビター・ベルモット(アロマ・ベルモット)」を使うのが正式レシピとも言われていましたが、今日ではカンパリ・ベースのレシピが一般的です。小説「007シリーズ」(イアン・フレミング作)では、第1作の「カジノ・ロワイヤル」(1953年)から、(マティーニを愛するというイメージが強い)ジェームズ・ボンドが、しばしばアメリカーノを飲む場面が登場することで知られています。【確認できる日本初出資料】「Standard Mixing Guide」(三沢三之助著、1962年刊)レシピは、コーディアル・カンパリ(30)、スイート・ベルモット(60)、ソーダ、氷、レモン・ピールとなっています。なお、1931年刊の「世界コクテル百科辞典」(佐藤紅霞著)には、オレンジ・ビター2分の1、スイート・ベルモット2分の1、レモン・ピール、ソーダ水というカンパリが登場する以前のレシピで「アメリカーノ」というカクテルが収録されています。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/13
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3.アレクザンダー(Alexander)【現代の標準的なレシピ】(単位はml) ブランデー(40)、クレーム・ド・カカオ(15)、生クリーム(15)、ナツメグ・パウダー 【スタイル】シェイク アレクザンダーと言えば、クラシック・カクテルの代表的存在です。ハリー・マッケルホーンの名著「ABC of Mixing Cocktails」(1919年刊)や「サヴォイ・カクテルブック(The Savoy Cocktail Book)」(ハリー・クラドック著、1930年刊)にも、当然その名が見えます。考案者の名前は伝わっていません。 考案の時期については、1863年、英皇太子エドワード(後の国王エドワード7世)とデンマークのアレクサンドラ王女の結婚式に捧げられたという説が有名でしたが、近年の研究では、当時は生クリームやクレーム・ド・カカオはカクテルの一般的な材料でなかったこともあり、この説には疑問の声が出ています。 石垣憲一氏の著書「カクテル ホントのうんちく話」(2008年刊)によれば、近年では、もう一つの説である「1901年のエドワード7世の即位式か、1902年のアレクサンドラ王妃の戴冠式の際に献上された」という方が、より信憑性があるということです(考案者は英国のバーテンダーでしょうが、名前は伝わっていません)。なお、当初は「アレクサンドラ」と呼ばれていたが、いつの間にか「アレクザンダー」という男性名に変化したという逸話も伝わっています。 欧米の文献で「アレクザンダー」が初めて登場するのは、冒頭でも紹介した1919年刊の「ABC of Mixing Cocktails」です。「アレクザンダー」は、当初はジン・ベースのものが一般的だったと伝わっていますが、「ABC of …」ではなぜかブランデー・ベースです(レシピはブランデー3分の1、クレーム・ド・カカオ3分の1、生クリーム3分の1です)。マッケルホーンがブランデー・ベースを採用した理由はよくわかりません(今後の研究課題です)。 ブランデー・ベースの「アレクザンダー」は欧州を中心に発展したのに対し、米国ではなぜか、(当初は)ジン・ベースのものが主流となりました。禁酒法以前から飲まれていたという記録もありますが、米国のカクテルブックに登場するのは、1935年刊の「ウォルドルフ・アストリア・バーブック」が初めてです。 禁酒法が廃止された1934年以降も、米国では40年代末までに出版されたカクテルブックでは、ジン・ベースのものがほとんどで、今日でも、ジン・ベースの「アレクザンダー」はよく飲まれています。 なお「サヴォイ・カクテルブック」では、ブランデー・ベースとジン・ベースの「アレクザンダー」が並列的に紹介されています。これは英国生まれのハリー・クラドックが長く米国でバーテンダーの仕事をしたことも影響していると考えられています。 ご参考までに、1930年代に出版された欧米の代表的なカクテルブックでのレシピを、少し詳しくみてみると――。 ・「The Artistry Of Mixing Drinks」(フランク・マイヤー著 1934年刊)仏 ジン2分の1、クレーム・ド・カカオ4分の1、生クリーム4分の1 ※「アレクサンドラ」という初期の名前で収録されている ・「The Old Waldolf-Astoria Bar Book」(A.S.クロケット著 1935年刊)米 ジン3分の1、クレーム・ド・カカオ3分の1、生クリーム3分の1 ・「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年刊)米 No1. ジン3分の1、クレーム・ド・カカオ3分の1、生クリーム3分の1 No2. ブランデー3分の1、クレーム・ド・カカオ3分の1、生クリーム3分の1 ・「Café Royal Cocktail Book」(W.J.ターリング著 1937年刊)英 ジン3分の1、クレーム・ド・カカオ3分の1、生クリーム3分の1 ブランデー・ベースの「アレクザンダー」は1950年代頃まで米国内ではあまりポピュラーではありませんでしたが、1962年公開の映画「酒とバラの日々」で、小道具として使われたことから、一気にブレイクしました(出典:欧米の複数の専門サイト)。 余談ですが、「ABC of …」では、「アレクザンダー」のベースをジンに換えただけのカクテルを「プリンセス・メアリー」という名で収録しています。そしてマッケルホーン自ら、「1922年2月、メアリー王女のラセル卿(Lord Lascelles)との結婚を祝って私自身が考案した」とわざわざ記しています。 まったく同じレシピの「プリンセス・メアリー」は、「サヴォイ・カクテルブック」や「カフェ・ロイヤル・カクテルブック」(1937年刊)にも登場しますが、「サヴォイ…」では、ジンの割合を2分の1にすれば「アレクザンダーNo1」、3分の1なら「プリンセス・メアリー」とジンの割合の違いで名前を変えているのが何とも奇妙なところです。 また、「アレクザンダーズ・シスター」というカクテルも知られていますが、こちらは「ジン、クレーム・ド・マント(ミント・リキュール)、生クリーム」がレシピ(出典:サヴォイ・カクテルブック)で、「プリンセス・メアリー」のバリエーションの一つとも言えるでしょう。 日本には1930年代に、ブランデー・ベースのものが伝わりました。日本では今なおブランデー・ベースが一般的です。今日でもジン・ベースのアレクザンダーが認知されている欧米では、わざわざ「ジン・アレクザンダー」「ブランデー・アレクザンダー」と区別して紹介しているカクテルブックもよく見かけます。【確認できる日本初出資料】「世界コクテル百科辞典」(佐藤紅霞著、1931年刊)。レシピは、ブランデー3分の1、クレーム・ド・カカオ3分の1、生クリーム3分の1、シェイクしてレモン・ピールをとなっています。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/11
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2.アラスカ(Alaska)【現代の標準的なレシピ】ジン(45)、シャルトリューズ(イエロー)(20)、オレンジ・ビターズ2dash、レモン・ピール 【スタイル】ステアまたはシェイク ※シャルトリューズは130種の薬草からつくるフランス産のハーブ・リキュール。イエロー(アルコール度数40度)とグリーン(同55度)の2種がある。 誕生の経緯や名前の由来等は定かでないカクテルです。欧米の文献では、1919年に英国で出版されたハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)のカクテルブック「ABC of Mixing Cocktails」に初めて紹介されています。従って、少なくとも1910年代の欧州のバーでは、ある程度認知されていたカクテルだったことは間違いありません。 作者について従来、国内外のカクテルブック等では、「ロンドンのサヴォイホテルのバーテンダーとなったハリー・クラドック(Harry Craddock)が考案した」と紹介している文献もありましたが、クラドックが米国から帰英し、サヴォイホテルで働き始めたのは1920年です。欧州では1910年代すでに「アラスカ」はお目見えしていたことからも、「クラドック考案説」にはいささか無理があります。 何よりも、帰英から10年後の1930年にクラドックが出版した「サヴォイ・カクテルブック」で彼自身が、「アラスカ」について「エスキモーたちの日常的な飲物ではなく、(自分以外の誰かによって)米サウス・カロナイナ州で考案されたもの」と記しているのです(しかし、残念ながらその「誰か」については触れていません)。 「カクテル ホントのうんちく話」(2008年刊)で著者の石垣憲一氏は、この「誰か」については、「かつてサウス・カロライナで働いていたジェリー・トーマス(初の体系的カクテルブックを著し、「カクテルの父」とも称される)が考案し、それがゴールドラッシュ時代(1848年~)のニューヨークのホテル・バーに伝わり、アラスカも金鉱掘り目当ての人間の行き先だったことから、黄金色したこのカクテルが『アラスカ』という名で広まったのではないか」という説(推論)を打ち出しています。 アラスカは、1867年に米国がロシアから購入するまではロシア領でした。そしてアラスカでのゴールドラッシュが始まったのは、カリフォルニアからは少し遅れて1880年代と言われています。ジェリー・トーマスは80年代前半はまだ存命中(1885年死去)だったので、トーマスが考案したという可能性はなくはありません。しかしそれならそうで、マッケルホーンの本以前に、米国内で出版された数々のカクテルブックにこのカクテルが登場していてもおかしくはないのですが、調べた限りではそうした例は確認されていません。 日本には、1926年に出版されたカクテルブックに紹介されていることから、20年代前半までには伝わっていたようですが、アルコール度数が結構高いのに加えて、薬草系の独特のクセのある香りもあって、今日に至っても、国内のバーではさほど人気のあるカクテルとは言えません。 日本のカクテルブックではしばしば、イエロー・シャルトリューズをグリーンに替えると、「グリーン・アラスカ」というカクテルになると紹介されていますが、この名のシャルトリューズ・カクテルが存在するのは日本だけです(海外のカクテルブックには見当たりません)。なお、欧米ではまったく別レシピの「グリーン・アラスカ」が見られます。そのレシピは「ウオッカ(40)、ミント・リキュール(20)、マラスキーノ・ベリー(1個)をグラスの底に沈める」というものです(出典:absolutdrinks.com)。【確認できる日本初出資料】「カクテル製法秘訣」(中田政三著、1926年刊)。レシピは、ドライ・ジン3分の2、イエロー・シャルトリューズ3分の1となっています。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/09
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◆カクテル ―― その誕生にまつわる逸話(2017年版:ABC順)(1)【おことわり】冒頭で紹介するレシピは標準的なもので、絶対的なものではありません。文献やバーテンダーによっては違う割合、違う材料でつくっていることもあります(レシピの丸カッコ内の数字=単位はmlです)。 1.アドニス(Adonis)【現代の標準的なレシピ】ドライ・シェリー(45)、スイート・ベルモット(15)、オレンジ・ビターズ1dash、オレンジ・ピール 【スタイル】ステア アドニスと言えば、1884年にブロードウェイでヒットしたミュージカル「アドニス」(主演はヘンリー・ディクシー<Henry Dixey>)にあやかって、1884~85年頃、ニューヨークで誕生したと伝わっています。一説には、ニューヨークの超高級ホテル「ウォルドルフ・アストリア」のバー発祥とも言われていますが、考案者のバーテンダーの名は伝わっていません(出典:https://punchdrink.com)。 「アドニス」の名は、ギリシャ神話に登場する美少年の名前に由来します。カクテル「アドニス」が初めて活字になったのは、現時点で確認した限りでは、1913年に米国で出版された「Straub 's Manual of Mixed Drinks」(ジャック・ストローブ<Jacques Straub>著)で、レシピは「シェリー3分の1、イタリアン(スイート)・ベルモット3分の2、オレンジ・ビターズ2dash」となっています(※ある欧米の専門サイトでは、1887年3月27日付の新聞「New Yorker "The Sun"」にアドニスというカクテルの名が登場しているという情報が紹介されていましたが、残念ながらレシピには触れていません)。 しかし、マティーニが誕生後の歳月とともに徐々に辛口志向になるのと同様に、アドニスも年を追うごとに辛口化していきます。17年後の1930年に英国で出版された名著「サヴォイ・カクテルブック<The Savoy Cocktail Book>」(ハリー・クラドック<Harry Craddock>著)では、「ドライ・シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash」と、早くもシェリーとベルモットの比率が逆転しています。 参考までに記すと、上記Straubの著書(1913年刊)以降、1950年以前の主なカクテルブックでの「アドニス」のレシピは以下の通りです。 ・「ABC of Mixing Cocktails」(ハリー・マッケルホーン著、1919年刊)英 ドライ・シェリー3分の1、スイート・ベルモット3分の2、オレンジ・ビターズ ・「The Artistry Of Mixing Drinks」(フランク・マイヤー著、1934年刊)仏 ドライ・シェリー2分の1、スイート・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「The Official Mixer's Manual」(パトリック・G・ダフィー著、1934年刊)米 ドライ・シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「The Old Waldolf-Astoria Bar Book」(A.S.クロケット著、1935年刊)米 ドライ・シェリー2分の1、スイート・ベルモット2分の1、オレンジ・ビターズ2dash ・「Mr Boston Bartender’s Guide」(1935年刊)米 ドライ・シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「Café Royal Cocktail Book」(W.J.ターリング著、1937年刊)英 ドライ・シェリー3分の2、スイート・ベルモット3分の1、オレンジ・ビターズ1dash ・「Trader Vic's Bartender's Guide」(ヴィクター・バージェロン著、1947年刊)米 スイート・シェリー1オンス、スイート・ベルモット2分の1オンス、オレンジ・ビターズ1dash(シェイクで) 冒頭に挙げたような現代の辛口レシピが登場するのはいつ頃かと言えば、手元にあるカクテルブックで調べた限りでは、1970年代以降になってからです。なお、このアドニスがベースとなって、ベルモットをドライに代えた「バンブー」というカクテルが、1885~90年頃誕生したというエピソードはあまりにも有名です。 しかし、時代が変わればレシピも微妙に変わります。クラシック・カクテルが再評価され始めた欧米では、1990年代後半以降、アドニスのシェリーに、「フィノ」ではなく、「アモンティリャード」や「オロロソ」を使う例が目立ちます(グーグル検索上位の欧米のWEBカクテルサイト10カ所で、アドニスのレシピを調べてみたら、フィノ5、アモンティリャード2、オロロソ2、マンサニージャ1でした)。 バンブーはドライ・ベルモットを使うので、シェリーはやはり「フィノ」がベスト・マッチでしょうが、スイート・ベルモットを使うアドニスは、「フィノよりもう少し重く、甘味を感じるシェリーの方が合う」と記すサイトもありました。確かにある意味、理にかなっていると思います。 アドニスが日本にいつ頃伝わったのかは定かではありませんが、1925年刊行の文献に登場することからも、20年代前半には伝わっていたと思われます。しかし日本国内では、「バンブー」の方に人気が集まったため、「アドニス」自体は、現在に至るまで(名前はそれなりに認知されていますが)知名度では「バンブー」に遅れをとっています。 【確認できる日本初出資料】「風流な飲料 コクテル乃作り方」(佐藤紅霞著、1925年刊)。レシピは、ドライ・シェリー3分の1、スイート・ベルモット3分の2、オレンジ・ビターズ2dashと「ABC of …」とほぼ同じです。【おことわり】本稿の作成にあたっては、シェリー研究家の中瀬航也氏(東京・五反田「シェリー・ミュージアム」オーナー)に数多くのご助言、示唆を頂戴いたしました。この場をかりて心から感謝申し上げます。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/07
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個人的な興味・関心から、長年、クラシック・カクテルの研究続けているうらんかんろは、2012年~13年にかけて、(クラシック・カクテルを含む)約150種のカクテルについて、その誕生にまつわる逸話や歴史的事実をまとめた「カクテル--その誕生にまつわる逸話」を、このブログ上で約50回に渡り連載いたしました (連載は、主にバー業界で働くプロの皆さん、これからバー業界を担う若い世代のバーテンダーの皆さん、そしてカクテルやカクテルの歴史にご興味のある方々を読者に想定した、ややプロ向けの専門的な内容でした)。 それから約3年が経ちました。引き続き、クラシック・カクテルの研究を続けていたところ、新たな文献・資料の発見、知見もあって、前回の連載内容を一部、追加・修正した方が良いと思うような状況になりました。 折しも欧米では5年ほど前から、ロンドンやニューヨーク、パリなど大都市のバーを中心にクラシック・カクテルを再評価する、「原点回帰」のようなブームが起きています。一方で、カクテルの世界ではいま、バーテンディングの技術向上はめざましく、それを支える様々な革新的機械や道具、材料の登場もあって、日々創造されるカクテルの進化には驚くべきものがあります。 しかし言うまでもありませんが、「現在」とは「過去」の積み重ねの結果です。カクテルの世界も、先人達の血のにじむような努力の積み重ねがあって「今」があります。あらゆる職業においても通じることでしょうが、うらんかんろは、「過去」を学ぶことは、必ずや「未来」の創造・発展につながると考えます。日本のバー業界で働く皆さんとっても、いまクラシック・カクテルのことをより深く知ることは極めて有益で、必要不可欠なことではないかと信じています。 そこで、新たに「改訂新版:カクテルーーその誕生にまつわる逸話」の連載を始めたいと思います。今回もABC順で紹介していく予定ですが、「改訂新版」では、以下の4点を基本方針にしつつ執筆したいと考えています(今回も基本は、プロ向けの内容となります)。 1.実際のカウンターの仕事で重要度が高いもの(バーテンダーとして最低限知っていて損はないと思われる知識・史実・データ)を優先して紹介いたします。 2.一方で、前回取り上げたカクテルのうち、バーテンダーの日々の仕事でさほど重要度がないと思われるものは、今回は収録を見送ります。 3.前回取り上げたカクテルのうち、日本国内ではさほど知名度はなくとも、昨今の欧米でのクラシック・カクテル再評価の流れで再び注目を集めているものについては、あえて残すことにしました。 4.前回取り上げなかった比較的近年に誕生したカクテルでも、その後国内での普及が進んで、知識としての必要度が高くなってきたと思われるものを、新たにいくつか加えたいと思います(本編が終わった後に、「追補」という形で掲載する予定です)。 今回初めてこの連載をご覧になるバーテンダーの方で、内容にご興味のある方は(当面は単行本になる予定はございませんので)ぜひファイリングして座右に置いて参考にして頂ければとても嬉しく思います。 なお、連載の各回をアップした直後は、(前回の連載時もそうでしたが)誤字・脱字等の修正や各方面からのご指摘等を反映させるために、随時修正・加筆をいたします。修正・加筆反映済みのものをプリントアウト(印刷)される場合は、連載アップから2週間くらい後の時期をお勧めいたします。 以上、どうぞご期待ください。最後までお読み頂ければ幸いです。この連載が、カクテルという商品でお客様を楽しませようと日々、懸命に励んでおられるバーテンダーの方々のお仕事に少しでもお役に立てば、これに勝る喜びはありません。【おことわり&御礼】この連載にあたっては、これまで定説とされてきたカクテルの逸話・伝説を鋭く分析し、その矛盾をいくつか指摘された石垣憲一氏の著書「カクテル ホントのうんちく話」(2008年、柴田書店刊)から、今回も著作権法違反にならない範囲で、その内容も引用・紹介させていただきました。この場をかりて石垣氏には敬意を表するとともに、心から感謝を申し上げたいと思います。さらにご興味のある方は、ぜひ石垣氏の原著もお読みいただければ幸いです。 また、この連載のベースとなる参考資料閲覧等では、古いカクテルブックに詳しく、貴重な文献も所蔵されている神戸のバー・サヴォイ・オマージュ(Savoy Hommage)の森﨑和哉マスターと、東京・銀座のバー・アンサム(Anthem)の浅倉淳マスターには資料提供等でとてもお世話になりました。洋酒ライターの石倉一雄氏にも様々な場面で貴重なご助言を頂きました。 さらに、前回の連載以降、古い時代のカクテルに造詣が深い岐阜のバー・バロッサ・コクテリエ(Barossa Cocktailier)の中垣繁幸マスターからは、貴重な参考資料やご意見も頂きました。また「カクテル・ラボ」の山口実氏にも貴重な参考資料や情報を頂きました。五人の皆様には改めて、心から感謝申し上げます。 連載「改訂新版:カクテル、その誕生にまつわる逸話」は近日中にスタートする予定です。ご愛読をよろしくお願いいたします(掲載は不定期となりますが、何卒ご了承ください)。また、連載中、お気づきの点がございましたら、arkwez@gmail.com までご連絡頂ければ嬉しく思います。【主な参考文献】この連載にあたっては、上記・石垣氏の著書以外にも、うらんかんろが(原本または復刻本あるいはコピー本という形で)所蔵する以下の文献を参考にさせていただきました。この場をかりて著者である先人の皆様へ心から感謝を申し上げます。また、インターネット上の酒関係のサイト(HP)からも、少なからぬ貴重な参考情報を頂きました。重ねて御礼申し上げます。連載では、出典元やURL等については可能な限り明示するつもりでおります。 <日本>・「洋酒調合法(欧米料理法全書附録)」(高野新太郎編、1907年刊)・「飲料商法・西洋酒調合法」(伊藤耕之進著、1913年刊)・「カクテル(混合酒調合法)」(秋山徳蔵著、1924年刊)・「コクテール」(前田米吉著、1924年刊)・「カクテル製法必訣」(中田政三著、1926年刊)・「コクテール 混合酒調合法」(秋山徳蔵著、1929年刊)・「カクテル」(安土禮夫著、1929年刊)・「風流な飲料 コクテル乃作り方」(佐藤紅霞著、1930年刊)・「世界コクテル百科辞典」(佐藤紅霞著、1931年刊)・「スタンダード・カクテルブック」(JBA編 村井洋著、1936年刊)・「世界コクテール飲物辞典」(佐藤紅霞著、1954年刊)・「オーソドックス・カクテルズ」(落合芳明著、1955年刊)・「壽屋カクテルブック:Enjoy Your Favorite Recipes」(壽屋編、1955年刊)・「洋酒 ストレートからコクテールまで」(佐藤紅霞著、1957年刊)・「カクテルの本」(間庭辰蔵著、1959年刊)・「カクテル・ガイド」(落合芳明著、1961年刊)・「洋酒とカクテル」(斎藤良美著、1962年刊)・「Standard Mixing Guide」(三沢三之助著、1962年刊)・「カクテール全書」(木村与三男著、1962年刊)・「洋酒とカクテル」(寿屋編、1962年刊)・「JBAカクテルブック」(JBA編、1963年刊)・「カクテル小辞典」(今井清&福西英三著、1967年刊)・「酒の百科」(石野誠著、1969年刊)・「バーテンダー教本2:スタンダード・カクテル」(福西英三ら3氏共著、1970年刊)・「図解カクテル」(浜田昌吾、1971年刊)・「たのしむカクテル」(今井清著、1976年刊)・「カクテル・マニュアル」(堀井浩一著、1977年刊)・「バー・ラジオのカクテルブック」(尾崎浩司著、1982年刊)・「カクテル入門」(福西英三著、1982年刊)※カラーブックス(文庫版)・「すてきな夜にはカクテル」(木村与三男著、1983年刊)・「ザ・サントリー・カクテルブック」(サントリー&電通編、1984年刊)・「バーテンダーズ・マニュアル」(福西英三ら3氏共著、1987年初版)・「カクテルブック」(上田和男著、1989年刊)・「新カクテール全書」(木村与三男著、1989年刊)・「カクテル・コレクション」(オキ・シロー著、1990年刊)・「NBAオフィシャル・カクテルブック」(1990年初版)・「カクテル・ハンドブック」(花崎一夫著、1990年刊)・「カクテルズ」(福西英三著、1994年刊)・「スタンダード・カクテル101」(毛利隆雄著、1996年刊)・「リキュールブック」(福西英三著、1997年刊)・「ザ・ベスト・カクテル」(花崎一夫著、1998年刊)・「毛利隆雄のカクテルブック」(毛利隆雄著、1998年刊)・「ちょっと大人のカクテルストーリー」(橋口孝司著、1999年刊)・「カクテル・テクニック」(上田和男著、2000年刊)・「バーテンダーズ・ポケット・バイブル」(なしきひろし著、2002年刊)・「マイ・スタンダード・カクテル」(田中利明、永岡正光、内田行洋共著、2003年刊)・「洋酒うんちく百科」(福西英三著、2004年刊)・「福島勇三のカクテルバイブル」(福島勇三著、2005年刊)・「カクテル・ハンドブック」(YYTプロジェクト編、2005年刊)・「HBAバーテンダーズ・オフィシャルブック」(2006年初版)・「読むカクテル百科」(福西英三著、2008年刊)・「カクテル ホントのうんちく話」(石垣憲一著、2008年刊)・「パブ西川亭 ドリンクノート」(西川英夫著、2011年刊) <海外>・「How to Mix Drinks or The Bon-Vivant’s Companion」米(Jerry Thomas著、1862年初版、1999年再版) ※所蔵しているのは、初版の復刊本・「Bartender’s Manual」米(Harry Johnson著、1882年初版、1934年再版、2008年復刻版刊)・「The Modern Bartender's Guide」(O.H. Byron著、1884年初版、2008年復刻再刊)・「American Bartender」米(William T Boothby著、1891年初版、2009年復刻再刊)・「Modern American Drinks」米(George J Kappeler著、1895年初版、2008年復刻版刊)・「Daly’s Bartender’s Encyclopedia」米(Tim Daly著、1903年初版、2010年復刻版刊)・「World Drinks and How To Mix Them」米(William T Boothby著 1908年初版、1934年再版)・「Bartenders Guide:How To Mix Drinks」米(Wehman Brothers編、1912年初版、2008年復刻版刊)・「173 Pre-Prohibition Cocktails」米(Tom Bullock著、1917年初版、2001年再刊)・「Harry's ABC of Mixing Cocktails」英(Harry MacElhone他著、1919年初版、1986年再版)・「Cocktail, How To Mix Them」米(Robert Vermeire著、1922年刊、2015年復刻版刊)・「Barflies and Cocktails」仏(Harry MacElhone他著、1927年刊、2012年復刻版刊)・「Shaking Up In New Orleans: Authentic Vintage Cocktails from A to Z」(Olive Leonhardt & Hilda Phelps Hammond著、1929年刊、2015年復刻版刊)・「The Savoy Cocktail Book」英(Harry Craddock編 1930年刊の初版&2002年刊の日本語版)、・「Cocktails」米(“Jimmy”late of Ciro’s著、1930年初版、2008年復刻版刊)・「The Artistry Of Mixing Drinks:The Ritz Bar, Paris」(Frank Meier著、1934年刊)、・「The Official Mixer’s Manual」(Patrick Gavin Duffy著、1934年初版刊、1948年改訂版刊)、・「The Old Waldorf-Astoria Bar Book」(A.S.Crockett著、1935年刊、2003年再版)・「Mr.Boston Bartender's Guide」(1935年初版=コピー、40年版~90年版を何冊か)・「Bar la Floridita Cocktail Book」(1935年刊、2008年復刻版刊)・「Cafe Royal Cocktail Book」(W.J.Tarling著、1937年刊)・「The Stork Club Bar Book」(Lucius Beebe著 1946年刊)・「Bartender's Guide」(Trader Vic著、1947年刊)・「Esquire Drink Book」(Frederic Birmingham編、1956年刊)・「The Cocktail Bar: How To Make Exiciting Cocktails」("Charles"著、1960年刊)・「The Bartender's Guide」(Patrick Gavin Duffy著、1970年刊)・「Booth's Handbook of Cocktails & Mixed Drinks」(John Doxat著、1977年刊)・「The Bartender's Standard Manual」(Fred Powell著、1979年刊)・「Vogue Cocktail Book」(Henry McNulty著、1982年刊)・「Ritz London: Book of Drinks & Cocktails」(Jennie Reekie著、1990年刊、2008年再版)・「American Bar(シューマン バー・ブック)」(Charles Schumann著、1991年初版刊、2002年日本語版刊)・「Cocktails」(Chancellor Press編、1993年刊)・「New York Bartender's Guide」(Sally Ann Berk著、1995年刊)・「Classic Cocktails of The Prohibition Era」(Phillip Collins著、1997年刊)・「The Classic Bar & Cocktail Book」(Jonathan Goodall著、1998年刊)・「Vintage Cocktails: Authentic Recipes and Illustrations From 1920~60」(Susan Waggoner & Robert Markel著、1999年刊)・「Cocktail」(Oona Van Den Berg著、2001年刊)・「The Craft Of The Cocktail」(Dale DeGroff著、2002年刊) ・「The Cocktails Stories of the Ritz Hotel, Paris」(Colin Peter Field著、2003年刊)・「Cocktails In New York」(Anthony Giglio著、2004年刊)・「The Book Of Cocktails」(Salamamder Books編、2006年刊)・「Imbibe!」(David Wondrich著、2007年刊)・「Cocktails」(James Butler & Vicki Liley著、2007年刊)・「Classic Cocktails, A Modern Shake」(Mark Kingwell著、2007年刊)・「The Essential Cocktail:The Art Of Mixing Perfect Drinks」(Dale DeGroff著、2008年刊)・「500 Cocktails」(Wendy Sweetser著、2008年刊)・「Complete World Bartender Guide」(Bob Sennett著、2009年刊)・「Vintage Spirits and Forgotten Cocktails:100 Rediscovered Recipes and The Stories Behind Them」(Quarry Books編、2009年刊)・「The Best Cocktails In The World」(Janni Davis著、2010年刊)・「Speakeasy: Classic Cocktails Reimagined, From New York’s Employees Only Bar」(Jason Kosmas & Dushan Zaric著、2010年刊)・「Bitters: A Spirited History of A Classic Cure~All With Cocktails, Recipes & Formulas」(Brad Thomas Parsons著、2011年刊)・「The PDT Cocktail Book: The Complete Bartender’s Guide From The Celebrated Speakeasy」(Jim Meehan著、2011年刊)・「Gatsby Cocktail: Classic Cocktail From The Jazz Age」(Ellen Pamavelas & Julia Charles著、2012年刊)・「Cocktail: A Global History」(Joseph M Carlin著、2012年刊)・「The Classic Cocktail Bible」(Octopus Publishing編、2012年刊)・「American Bar: The World Most Glamorous Cocktails」(William Yeoward著、2012年刊)・「Harry’s Bar, The Original」(Isabelle MacElhone編、2012年刊)・「Bond Cocktails」(Katherine Bebo著、2015年刊)・「Cocktails: Maxime Heorth, Le Bristol Paris」(Maxime Heorth著、2015年刊)・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/05
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昨日に引き続き、Bar UK写真日記です(By うらんかんろ)。 2カ月近くも前に、業界向け試飲会での抽選販売に申し込んだウイスキー2本が突然、相次いでバーUKに届きました。イチローズ・モルトの「限定ペドロヒメネス・カスク」と、江井ヶ島酒造の「あかし」の「限定赤ワイン樽カスク」です。「抽選結果はとうの昔に出ているはずなのに、いま頃突然、何の事前連絡もなく、送り付けてくるなんて、何なんだ」と愚痴るマスターですが、まぁ結果良ければということにいたしましょう。 マスターはこの日、神戸でお勉強。モルトの師匠がいるバー・メインモルトさんで、後藤マスターの解説を聞きながら、貴重なアイリッシュ・ウイスキーをあれこれと飲ませて頂きました。そしてその足で、開業前にバーテンディングの修業でお世話になったバー・サヴォイ・オマージュへ。森﨑マスターが今年のNBA全国大会で見事、創作部門第3位輝いた「ラヴァンス」というカクテルを頂きました。「お世辞抜きで、今年味わったカクテルの中で一番旨かったかも」と、マスターを唸らせる味だったそうです。 “お勉強ネタ”をもう一つ。マスターはこの日、故・成田一徹さんが23年前に切り絵にした宝塚のバー・ブリュー(Bar Bleu)へ。比較的近くにあるのに「これまでなぜか、行く機会がなくてずっと気になっていたバー」だったそうです。ドアを開けると、一徹さんの切り絵そのままのステンドグラスが出迎えてくれました。しっとりとして、落ち着いた空間。とても癒されるバーです。店は阪急今津線・宝塚南口駅から徒歩2分ほど。お近くにお越しの際はぜひ一度どうぞ! バーのアイラモルト、オクトモア(Octomore)にまた新しい仲間が。「アイラバーレイの5年熟成」(写真の3本の真ん中)で、公称「258ppm」という、現時点ではおそらく世界で一番スモーキーなモルト・ウイスキーです。従来からある同じオクトモアのスコティッシュ・バーレイ、ヴァージン・オークと一緒に飲み比べするのも面白いですよ。ぜひお試しを! 飲み比べネタをもう一件。ブラックニッカの「60周年記念限定ボトル:ブレンダーズ・スピリット」が11月1日に発売されました。60年熟成の余市モルトもブレンドしたという、とても芳醇で、力強いボディのプレミアム・ブレンディドです。こちらも同じブラックニッカで、昨年出た「初号復刻版ボトル」、20年前に出た「40周年記念限定ボトル:12年熟成」と飲み比べするのも一興かと思いますよ。 バーUKとしては初めてとなる公式ジャズライブが12月16日(金)午後7時半から、店内で開催されます。出演は、戸倉洋子さん(Vo)、大橋恭さん(Gt)のデュオです。座席は限定12名です(先着順締め切り)。早々に満席になるかもしれませんので、お早めにお申込みくださいませ。【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/04
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3週間ぶりのBar UK写真日記です(By うらんかんろ)。 マスターはこの日、発売されたばかりの京都発のジンの試飲会に出かけてきました。柚子や山椒、生姜、玉露など日本らしい原材料を使ったとても美味しいジンだったそうです。最近はこうした面白いジンが相次いでお目見えしています。「来年はジン・ブームが来るかも」とはマスターの予言です。 マスターは相変わらず、営業前のお勉強に忙しいです。この週は、2日続けてウイスキーのセミナーがありました。ブッシュミルズとアベラワー。どちらもバーUKに置いているウイスキーですが、セミナーで改めて新しい発見もあったそうです。勉強の成果(?)がきっと店で生かされることでしょうね。 マスターはこの日、百貨店で開催中の「英国フェア」へ。毎年恒例の催しですが、今年もあれこれと掘り出し物(グラス、水差し、シードル、ビール)を見つけて、とても満足そうでした。帰りには、本場のフィッシュ&チップスを店での夜食に買って帰ったとのことですが、マスターの感想は「量の割には、1500円はちょっと高いなぁ…」でした。 以前、バーUKを訪れてくれたグレンドロナック&ベンリアックのセールス・マネジャー、ダグラス・クックさんから、この日素晴らしいプレゼントが届きました。蒸留所のグッズがあれこれと10点も!「(訪店時に)歓待してくれた御礼」なのだそうですが、「遠来のお客様に当たり前に接客・サービスをしただけなのに」とマスターは恐縮しきりでした。 この日(2016.10.20.)の朝日新聞の夕刊に、マスターも大好きな奈良「コットンクラブ」の村尾マスターが記事に登場していました。切り絵作家の故・成田一徹さんとの出会いと交流を描いたものです。(マスターも知らなかった)村尾さんのオリジナル・カクテルにまつわる秘話もありました。胸に沁みる、とても素敵な記事でした。 寒い季節が近づいてきました。今年も、バーUKでは、ハウス・ハイボール(デュワーズ&角瓶)のピールはこの時季、レモンに変えて柚子を使います。これは毎年お客様にも好評で、楽しみにしてくださる方も多いとか。ぜひ皆さまもお試しを!【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2016/11/03
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Bar UKマスターからのお知らせです。************************** バーUKでは初めてとなる公式ジャズライブ(非公式なゲリラライブは、過去何度かありましたが…)を、以下の日程で開催いたします。 ★12月16日(金) (1)19:30、 (2)20:40 の2ステージ ★出演アーチスト: 戸倉洋子(Vo)、大橋恭(Gt) ★ミュージック・チャージ: 1000円(別途、バーUKのドリンク代、サービス料が必要です)。 ★席数12名 ※原則、入替制無し(ただし、現時点で2名の方が申し込まれていますので、あと10名です)。 お申し込みは、住所、氏名、連絡先(携帯電話またはメールアドレス)をご記入のうえ、メールで、arkwez@gmail.com までお願いいたします(お問い合わせもメールでどうぞ)。他のSNSでも告知いたしておりますので、ご予約はお早めにどうぞ。満席の場合はキャンセル待ちとなります。皆様のお越しを心よりお待ちしております。【Bar UK】大阪市北区曽根崎新地1-5-20 大川ビルB1F 電話06-6342-0035 営業時間 → 平日=午後4時~10時半(金曜のみ11時まで)、土曜=午後2時~8時半、定休日=日曜・祝日、別途土曜に月2回、水曜に月1回不定休(月によっては変更されることも有り)。店内の基本キャパは、カウンター7席、テーブルが一つ(4~5席)。オープン~午後7時まではノーチャージ、午後7時以降はサービス料300円
2016/11/03
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