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最近の話です。犬の放し飼いについて、俺は常々反対してきました。何しろ、犬です。目を離したすきに、注意をしていてもかみついたり、野性が戻ったりします。これって犬の罪ではありません。でも、最近、もっと辛い問題が起きました。朝、太極拳の練習が終わって、外に出ると、犬のおじさんが一匹だけ犬を連れていました。犬のおじさんと言うと、変な言い方なのですが、先に彼の紹介を・・・・・・・・・・・・・・犬のおじさん(仮名)は俺らが引っ越してきた時から、犬の飼い方について教えてくれた初老でガタイのいいオジサンです。おじさんは、雑種の中型犬とゴールデンレッドリバーのメス、二匹の犬をつれてのっそりのそりと公園を練り歩くオジサンです。2匹の犬ともとても賢く、かつカワイイ。中型の雑種は少々気が強いので鎖につないで散歩しますが、レッドリバーの方、“ジミー”は放飼いです。前々から、ヤバいと思っていました。まあ、マンション敷地外には出ないし、大丈夫かと思いました。ついでに、カンスケは大柄なジミーがお気に入りです。飼い主に趣味が少し似ているのかっ??そして、その朝、そのジミーがいません。『おじさん、ジミーはどうしたの??』『いなくなっちゃったんだっ!!!』おじさん、子供のように吠えました。 いつもの陽気ですが寡黙なおじさんが、絞る様な声で滔々と話しだしました。ちょっとの間だったんだ。科技館近くで外にテーブルを出して友達とビールを飲んで話していて、さっきまでそこにいたんだよ。でも、もう一度見ると、いないんだ。もう、2週間だよ!!!!『おじさん・・・・ 大丈夫だよ、あんなに綺麗な犬だよ。誰かが、連れて帰って飼っているよ』『あそこは民工がたくさん住んでいる。不動産開発区だよ 目を離したすきに、車かどこかの部屋にいれられちゃったら どうしよう・・・・(TへT)』全ては話しませんでした。はっきり表現すると、ジミーは食べられてしまったかもしれない。民工とは、地方から来ている出稼ぎ労働者の総称で、給料水準が低く、ひたすら故郷の家族の為に苦しい労働で頑張る人達の総称です。わずかな賃金と過酷な労働条件でも頑張ってますが、今の日本の人達とは相いれない生活習慣です。従って、アッパーの中国人とも違う“階層”と言えます。これって差別ではないです。現実です。十数年前と比べて限りなく安い製品は彼らの労働力のたまものです。この格差が埋まった瞬間、今の価格帯はすべて以前に戻る事になります(この、文化、賃金、価格、社会についてはいつかブログで書きます。理想論や空想でない、一緒に汗を流し管理者としても仕事をしてきた体験を書きます)。で、ジミーの事。見つかりません。犬は食べられます。大型犬で肉も多いでしょう。骨もグツグツすれば、労働者の明日の活力スープです。ジミーは、俺が、『おはようジミー、こっちこいよ!!』すぐに わー って翔ってきました。気品もあって愛嬌もある。その時、せめて、その時に、おじさんがジミーをつないでいたら。おじさん、意識が足りなかった。おじさんが家族を守る最低限の意識が無かった。家で暴れても叱ればすみます。外で問題が起きたら、責任を取らないといけません。ジミーはかわいそうです。おじさんもかわいそう。はやく、きちんと管理する習慣と規則が出来る事を心から願います。だって、犬を自由にさせたいのは良く分かるけど、規律がないと自由と野放しが一緒になっちゃうよ!!ひるがえって、校則、社則、法律って存在を護る為の礎なんですね・・ジミーが無事である事を祈ります。あの辺は金持ちの外人がたくさんいるし、きっと幸せに暮らしていると、祈ります。
2009.07.28
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私の師父がまたテレビに出るようです。出張先の広州で広州電視台の取材で大刀の指導風景だそうです。大刀ってhttp://plaza.rakuten.co.jp/rainbowraising/diary/200705180000/な武器です。ご興味ある人は今晩7時半広州電視台をご覧ください。ちなみに私は仕事で見る事が出来ないです・・・・
2009.07.17
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太極拳の話が長々としていたので、生活の話を。中国の対法人向け納税方式のうち、領収書の発行手続き方式が色々変更になったようで、おかげで登記している地区まで手続き業務に行く羽目に。めちゃめちゃ疲れました。いやー、私、営業~製造に加えて、この手の仕事も月々やってたら死んじゃうー。と、弱音を吐きつつ帰路につき、帰りの道程で・・・『暗国寺さん、完成しましたっ!!」』と言う連絡が!!!!疲れぶっ飛んで、現場へ急行しました。駅から歩いて20分、5キロの荷物を背負ってくそ暑い上海の並木道を闊歩しちゃいました。何ができたかと言うと・・・・・・これ、皮の携帯電話ケースです。右が携帯入れ。左がデジカメ入れ。横から見るとこんな感じ。本当は5月に出来ている予定だったのですが、2回指し直し。2回目は左のデジカメ入れが出てきて、携帯入れるにはでか過ぎと言う事で却下。作り直してみましたが、結局でかいのも買っちゃいました。で、これのモデルにしたのが旧携帯ケース。洛陽で散歩中に買いました。確か2年前、太極拳の推手の合宿けいこ中の休憩時間に見つけたような記憶があります。意外とカッコよく、洛陽の何ともないアンティークの雑貨屋さんで発見したのですが、愛用していました。ところが、今年カミサンに買ってもらった携帯にはデカ過ぎで、2第目を作成したのでした。そのほかに最近ではこのお店で、キーケース(ちょっと自分アレンジっ!!)メモ帳カバー(自分デザインっ!)そしてビジネスバッグ(自分デザインっ!)を作ってきました。思えば、父ちゃんから学校卒業祝いでもらったのがこのカードケース。 どうやら分不相応なブランドものだと言う事が最近判明したのですが、もうかれこれ15年使ってます。もっと大事に手入れしていればよかった。その左が中国の免許証。それから、今年の冬に購入した日本の職人さん製造の財布オイルヌメ皮製と義兄から誕生日にもらった名刺入れ。とりあえず、仕事で目に留まるツールのほとんどを皮で固める事に成功した様な気がしてます。ところで、中国のお店ですが旦那が職人で、奥さんが店を切り盛りしています。納期はちゃらんぽらんですが、ちゃんと仕事をしてくれるので、この数年、こちらを利用しています。無理な値切りはしたことがないですし、職人魂に感謝して買ってるので、向こうからサービスしてくれたり、気合いを入れて作ってくれます。いやー、今回の携帯入れもかっこいいっ!!!オレ、大満足ー職人さんと仲良くなって好きな物を作ってもらうって言う。満足な仕上がりだった時、私にとってとてもウレシイ時間です。
2009.07.16
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上海で太極拳教室を始めて、思う事。うちの生徒さん以外にも問い合わせで言われるのは『太極拳を練習するにはどうすれば いいですか?』『どうすれば太極拳を上手になれますか』回答幾つか大切な事があります。 1、良い先生を見つける事 2、先生と技術を尊敬する事 3、練習できる環境を整える事 4、自分で練習し先生と対話する事 5、かっこいい自分を自覚する事 6、日々、練習を続ける事 7、上記1~6を常に心掛ける事 8、今は稚拙であろうと身に付けた 技に誇りを持つ事1~8を大切に守って生活を回転させると自然に自分の中に文化が溜まって行きます。ぴろっっと授業にでて、技の説明を聞いただけでは無理です。私の教室では、色々な面で日本でも中国でも廃れ始めている何かを大切にしたいと思っています。伝統文化を学び鍛える事によって内面を磨き、更なる高みへ。と、書くと、敷居が高そうですけど・・・そんなわけで、今回は私の練習の記憶を。もちろん、今も修行の途上ですが。私の師父はすごくすごく練習をしていました。私ら弟子がいない時間は大抵、身体を動かしていたようです。何しろ、弟子どもが8時9時に集まる頃には、疲れきってます。5時前には練習を始めて、我々の練習を御昼過ぎまで見ていたそうです。そして、昼は皆、師父の家でご飯を食べて、めいめい、仕事やら自宅に戻ります。私の場合、朝行くと午後は行かない、朝行かない時は午後・・・・何しろ、一応仕事してたので。(正直、仕事か練習の記憶しかないです。)午後練習に行く場合は3時から夜の9時あたりまで。途中でおなかがすくと、近所に硬パンを買いに行ってモグモグしながら練習してました。大雨が降らない限り、外です。暑かろうが寒かろうが。土日は午前午後の練習です。昼、師父か師娘の作った家庭料理と言うか麺を食べて、ガタガタとにぎやかに雑談。家が遠かった私は師父の家のソファーを借り、昼寝します。3時過ぎ、来客も含め、人が集まると、弟子たちは水筒にお湯を入れて外に出ます。下っ端(私)は、師父や兄弟子の折畳み椅子やポットも持ちます。ひたすら練習していると、師父が来て、誰か一人に技の指導と解釈を始めます。全員が集まります。技を軽く掛け合ったり、反復練習したり。師父も練習をしますが、我々、何してるのかレベルが離れすぎてて分かんないので、銘々自分の練習で手いっぱいです。見取稽古にはならんです。内家拳ですんで。疲れた人間はさっさと椅子を開いて師父の隣に座って、兄弟弟子の動きを見たり。師父が自然と昔話や太極拳の話をします。夕方だと、だんだん、暗くなってくる中、堀の向こうの公園から動物の鳴き声や、帰宅する人達の雑踏がちょっと聞こえてきます。私と兄弟子たちが集まった、師父のマンションの裏庭はもう練習できるほどのスペースがなくなっています。あの光景、くたびれてへたたりこむ私、何時間も動き続けている呉師兄、仕事の電話で眉間にしわを寄せるピエール師兄、ニコニコ笑いながら先に帰る李師兄、煙草に火を付けてぼんやりと俺達を眺めている師父。沈む夕日、飛び始める蝙蝠の影と街の光。なんだか、とても一つの絵になる光景だったと思います。当時は結構ストイックな環境だと思いました。味もそっけもないような。でも、今思えば、とてもに充実してました。
2009.07.15
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