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南仏のはちみつを一昨日ネットで注文。支払はフランス国内の自分、送付先はフランス国内の別の住所だった。当然、梱包料と送付料金を支払った。それがたった今、自宅に届いてしまった。え?何これ?と思わず叫んでしまった。なんで、うちに届く?しかも、はちみつ屋さんの確認メールにも送付先の別の住所がしっかり書いてあった。私みたいにそそっかしい人が慌てて送付先住所を支払先の私にしちゃったのかも知れないなあ。最悪じゃああん。即、メールで苦情を出したけど、がっかり。どう返事が来るかな。南仏の田舎だからなあ。ネット販売を展開していても、実はあまり注文がなくて慣れていないのかな。いや、実は他にもがっかりする件があった。日本からクリスマス前に日本の家族が小包をフランスに送った。12月14日に送付。フランスで税関に行ったあと、12月20日からフランスの郵便局に届いていた。どこの郵便局かわからなかったので放っておいた。ここ数十年、問題なく日本からの小包は届いていたからである。もっとも、クリスマス前というのはあまりなかったかも知れない。年明けて、1月7日に追跡すると、なんと日本に送り返されていた。普通なら一度はきました、という控えの紙切れがあるはずなのに。それもなかった。姉は日本では国際スピード郵便 EMS で送った、と言う。これはフランスではクロノポストになるらしい。ネット検索すると、この組み合わせの問題が起こっていたようである。いつもお世話になっている郵便局の青い目のお兄さんにこの話をしたら、クロノポストは僕らのサービスと関係のない別の機関がやるので何とも言えないし、クリスマスから元旦にあけて、休んだのは2日間だけだし、小包は見かけなかったなあ。 でも、日本のお姉さんは請求すべきですよ、と心配してくれた。クロノポストに電話し、事情を説明したところ、送付書類に送付先の電話番号とメルアドが書いてなかったので返還されたのだそうです、申し訳ないです、と話していたが、当然、電話受付担当の彼女に何ができるわけでもない。あきらめた。自分はその話を聞いた時、泥棒集団が郵便局のバイトに紛れ込んで小包の中身は抜き取ったのではないか、とすら陰謀説を立てた。昔、ロワシー空港でスーツケースを盗む事件が多発したことがあったからである。日本の姉は電話番号は書いてあったのにねえ、と。小包が戻ってきた、という日本の郵便局からの連絡はあったそうである、中身がちゃんとあったかどうかはまだ聞いていない。実は日本からフランスへの郵便配達サービスでこんな問題は初めてである。私の想像では、一応、クロノポストや他の送付物を一括して地域のサービスが引受け、簡単に住所が見つからない場合はさっさと諦めて戻る。控えの書類なども置いていかない。で、うちは非常にわかりにくい場所に家がある。ある意味、あんたが悪い、と言われてもしようがない。いや、一応、郵便局員さんの軽トラは家の前まで入っては来れる。山越え谷越え、歩いて這い登る場所ではないが、夫の親戚がうちに遊びに来た時は、また、どうしてこんなところに、と驚いていた。私の友人も初めて家に来た時は、ぐるぐる周囲を周り、昼過ぎに到着する予定が夜も暮れた時間にやっと到着したことがあった。しかも彼女の携帯では電波が届かなかった。ま、でもフランスってそういう場所に家が隠れるようによくあったりする。同じ町の郵便局員しかたどり着けないこともあるだろう。その郵便局員さんが退職したらアウトだわ、と思ってしまう。それにしても、12月中は日本からフランスに小包を送るのは避けたほうがいい。クリスマスでフランス国内も混雑しているだろうから。少なくとも、国際スピード郵便とクロノポストの連携が改善されるまでは。
January 26, 2019
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ものすごく昔の話。たぶん、まだフランスに行く前かも知れない。ほぼ独学でフランス語を勉強していた頃。たぶん、入門編をようやく終えて、動詞の活用をすっ飛ばして独学で文法だけは何故か中級に辿り着こうとしていた時か。そんな当時「ふらんす」と書かれた雑誌を購読していた。で、この雑誌の問題を解いて送り、正解だと雑誌に名前が出て、しかも抽選で上位になると、プレゼントがもらえたりする嬉しいおまけが付いていた。で、自分はそうしてこの雑誌に名前を載せてもらい、プレゼントをもらった。それがとっても嬉しかったのを覚えている。プレゼントの内容は何だったかなあ。ほんとうに何だったんだろう。Tシャツだったような気もする。フランス語を独学で勉強しても自分の位置が見えない時にあの懸賞に当たったのはかなり嬉しいことだった。「ふらんす」誌がずっと続いているのもまた嬉しい。頑張ってください。一度、コーヒーの懸賞にも当たって、アストリアコーヒーの詰め合わせが木箱に入って届いた記憶もある。今思っても木箱の詰め合わせなんてなんて贅沢なプレゼントだろう、と思う。懸賞に当たるって中々嬉しいものです。
January 24, 2019
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南仏の庭師の知人で木こりの仕事もしているFさんが、土曜日の午後、木こりが高い木に上る時の命綱を持ってきてくださった。Fさんは土曜日の朝もすでに高木に登り、一仕事してきたそうだ。一度は40メートルの高さのナラの木を切ったことがあるそうだ。その時は二人で切ったそうだ。木の太さは歩幅で40個の直径はあったそうだ。巨木。Fさんは身長がたぶん180cm前後。それにしても40メートルの高さ。自宅の敷地内にある楢の木も相当高木だ。たぶん20m前後はある。隣人から隣人の敷地の境界線にある木々の高さを低くしてほしいと言われた。それで、夫が命がけで敷地内の大きな楢の木に登り、切り落としていた。Fさんは、太い枝を見て、これは大変、と思われたのだろう。残る枝は僕がただでやりますよ、と言ってくださった。が、夫にはまるでその気がないのも知っている。夫にしてみれば、隣人の家の屋根も破壊することなく、怪我一つすることなく、本職の合間にやったことなので、それは自慢である。木こりが楽しくなったみたいでもある。太い綱をうまくあちこちの枝に引っ掛けて、切り落とした枝が隣人の屋根に落ちないように丁寧に綱を引っ張ったり、緩めたりしながら、地面に少しづつ落としてゆく。私はできる限り落ちた枝を片付けたが、枝といっても直径15センチや20センチになると重くて運べない。30センチの枝もあるので、もはや枝というより、一本の木の太さである。夫は木の上から驚いたことを話していた。この木の平衡感覚がすごいんだよ。自然ってすごいな。安定感がすごいんだ。人間はビルとか建てるけど、木にはかなわないな。ナラの木は地中深く根を張ってゆくので、その安定感を直に足元に感じたのだろう。夫は楢の木と対話しながら切っていた。対話というより、祈りである。高い木に登った夫に一度、喉が乾くだろうと水を勧めたら、いらない、と言う。「切られた枝は水を吸い上げることができなくなっているのに、その枝を前にして俺だけ水は飲めない」枝を切り落とした後は、毎回、大きなナラの木を両手で抱くように、と言っても、木の方が直径が大きいので、木によりかかっているようにしか見えない。そうして、木に詫びを入れている。私も夫のやり方はすごい、とは思っている。が、やめてほしい。ちょっとしたことでいつ木から落ちても不思議ではない。しかも、ほとんど命綱をつけずに高さ7メートル前後まで登ったりしてしまう。とんでもない話しである。が、ちょっとでもそう言えば大喧嘩になる。言えば言うほど意固地になりそうでもある。結局、見守るしかない。さて、木こりも本職としているFさんも、そんな頑固な夫に何かあったら大変、とほんとうに思ってくださったのだろう。お金はいらないから、僕が登って切りますよ。と、まで言ってくださった。隣人は3本の木の高さを彼に揃えてもらった時は5万円前後だと話していたことは知っている。彼がそれを本職として起業しているなら、この小さな村で他の仕事に就くのが大変なことも知っているから、無料でやってくださる、というのを当たり前に受け取るわけにはいかない。それにしても、ほんとうに親切な人だ。Fさんは、何年か前に、私が隣の町に向かう途中、土砂降りにあい歩いていたのをわざわざ車を止めて乗るように促してくださったこともある。その時はすでにびしょ濡れだったので、逆に車の座席を濡らしては、と思い、断ったが。後で、Fさんが、いやあ、僕もあの時、お葬式屋の車に乗っていたから、と明るい笑顔で笑っておられた。何故、お葬式屋の車に乗っていたのかはいまだに不明。村だからね、たまたま急用で借りた車がそれだった、なんてことはあるかも。
January 20, 2019
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近頃、夫が仕事の合間に命がけで大きな楢の木に上り、太い幹をのこぎりで切っている。ほんとうに命がけなので、若い頃は自分もしたもんだ、という庭師の知人もやめとけ、と言うのだが、頑固に、木に上るのはなれている、と言ってやめてくれない。そのフランス人の庭師がわざわざ隣町の映画館のパンフレットを持ってきてくれた。今、日本の映画が来ているから観に行ったら、まだ上映してるから、と。しかもオリジナル・ヴァージョンだよ、と。親切だなあ。「僕も観たんだよ。良かったよ」映画のタイトルは、フランス語では Une affaire de famille という家族の商売みたいなイメージでまさか万引きだとは想像はしなかったが、ネットで日本語のタイトルを知って不安がよぎった。日本人はみんな万引きしてます、みたいな内容だったら迷惑よお。しかも是枝監督の映画だと聞いて不安は増した。確か、以前、親に見捨てられた子どもたちの悲惨な生活を描いた映画を思い出したからである。映画そのものは素晴らしい映画だった。しかし、、、当時、知人のフランス人から、日本にはあんな話があるのね、かわいそうだね、ああいう貧しいことがあるんだね、とやたら同情をかった。いや、あれが日常に起こってるわけじゃないから、映画になったので。是枝監督の映画ではないが、昔の映画でおばあちゃんを山に捨てる映画「楢山節」を観た隣人のフランス人もあの映画には感動した、と言ったが、私はあのような酷い話は少なくとも、自分の生まれ育った環境では聞いたこともない、と説明して、いや、日本では老人を山に捨てたりしないから、と誤解を解くのに必死だった。なのでタイトルが「万引き家族」であることで映画を観に行く前にフランスではどのように受け止められたのか、と少し探してみた。ある番組の中でフランス人の青年がそれは熱っぽく称賛しまくり、カンヌ映画祭で唯一泣けた映画だった、と語り、カンヌのインタビュー会では、誰かが自分はあの映画の中に入って、あの家に入って、あの家族の一員になりたい、とまで語る人もいた。そこに居合わせた日仏通訳の人がすごいなあ、と思った。ネットで「万引き家族」のトレーラーも観た。セリフにはまった。さらっとして自然。セリフの中に優しさがある。怪しげなおじさんもなんだか雰囲気がいい。あの脱力感に安心感を覚えるみたいな。そんなわけで夫と二人で夕方映画館に行った。絶対泣ける映画だと思ったので、ティッシュを用意。小さな映画館には何故か老人が多かった。映画はところどころ笑ったり、泣けたり。夫は、小さな女の子が可愛くてしようがなかったみたい。子どもたちがあまりにも自然な演技で驚いたが、それはこの映画を観た庭師の人もたまたま映画館で出逢った別の知人も夫も驚いていた。なんていい映画なんだ。この一言。どうしようもない優しさと偏見のない眼差し、少年の正義感(なんて美少年なんだ)美しい女優たち。そして映画の最後にキャストなどの名前がアルファベットで出てくる。一番最初に出てくる名前が Lily Franky 思わず、え?!誰、この女の子、みたいな感じで。リリィちゃん。いや、絶対、フランス人なら誰でもそう思うだろう。この笑いを誘う違和感。社会的にはまずいが、限りなく優しいおじさんを演じた俳優の名前。今、思い出したけれど。「そして父になる」もフランスで観ていた。
January 18, 2019
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久しぶりにブログに戻ってきました。気がついたら2019年に。ブログにはフランス語を学ぶ人が訪れていたようです。ともすれば神経衰弱になりそうな細かい規則がたくさんあるフランス語ですが、頑張ってください。年末にフランス人の大学の先生が来て、日本人の学生がいるけれど、発音が苦しそうだ、と言っていました。何度も繰り返しフランス語を聞く、喋る、を繰り返すより王道はないんですね。あとは基本の発音記号と口の開け方を確認すること。イントネーションに注意すること。さてフランスの大学費用がいきなり欧州連合加盟国以外の外国人向けには、ゼロが一つ増えてしまう差額で、高くなる、という話しで、フランス国内でも導入の賛否両論に分かれたようですが、2019年以降から実施されるそうです。日本なら国立でも入学費20万円・授業料で50万円前後は行きますが、一応、フランスは学士号で年間約36万円の費用が要るようです。日本に比較すれば、まだ安い方ですが。教育費は高いけれど、その気になれば、ネット・動画時代、独学も不可能ではないことは確かです。
January 14, 2019
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