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週末は待ちに待った呼吸理学療法の研修会だったのに、何となく元気がなくダラダラと出発時間を遅らせているうちに時間がドンドン過ぎて、結局キャンセルをしてしまった。結局、土日はウトウトお昼寝をしながらテレビ三昧。土日のお昼って大して面白い番組もなく、興味を引くこれといった番組に出会えず、それでも起き上がる気力がなく掃除も洗濯も、買い物にも出かけず。仕事の日には時間をきっちり守って過ごしているためか、休日になると何時に何をしてとか時間に縛られるのがどうも苦手になる。窓を開ける気力があれば何とかなりそうな気もするが、歩く気も出てこないのだから。何時ものことのように、ゆっくり休めば何とかなるに違いないのだが、ダラダラから抜け出せないときは、ダラダラに身を任せてじっくりと自分の中からわき上がるものを待つしかない。今朝になって、まだ倦怠感があったが何とか起きだして洗面をしたりしているうちに少しずつ元気になりやっと出勤できた。ダラダラしながら、ふと考えたこと。自分は何を目標にして生きてきたのか、と。家も財産も宝石もほしいと思わずにここまで来てしまった。本当に何の目的を持って生きてきたのだろう、そしてこれからどう生きていけばよいのだろう。いくら考えても答えを出せないでいるが、。暇だからこんなことを考えるのか、こんなことをぼんやり考えるから、鬱鬱としてしまうのか。さして看護師になる目標を持たずに、看護師になり、目の前の患者さんのケアをすることだけに心を注いできてあっという間に過ぎた日々。なんだかなぁ、って感じ。
2013年02月25日
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100歳を過ぎたSさん。息子家族と同居しているのに、不自由な手足でベッドから落ちては怒られている。100年も生きた人に対して、過去に何があったにせよ意地悪を言わないで看てあげればよいのにと、訪問の度に思う。便を沢山したから大変だったとか、御飯を食べたら食べたで「よく食べられる」と言われ、立食べなければ「一生懸命作っても仕方がない」と嘆かれ。10年前、デイケアにいらしたころは元気で明るいおばさまだったのに、無表情。背中を静かに撫でていると、うっすらと微笑み、「ありがとうね」とポツリ。そのSさん、だんだん食べられなくなり、ベットに寝たままなのでおしりに床ずれが出てしまい、ご家族もこれ以上家で看て行けないと入院され、亡くなられた。昨日は昨日で、アルツハイマー型認知症のIさんが床ずれが悪化して入院された。去年の暮れから床ずれが出来たということで訪問看護が始まった。夫と二人暮らしで、何から何まで夫が御世話をしてらした。とても頑張っているのだけれど、食事介助、おむつ交換、車いす移乗などしなければならないことが沢山でとっても一人では無理。ケアマネージャーさんが何度も何度もご主人と話し合って、やっと毎日ヘルパーさんの支援を受けられるようになったのに、床ずれの悪化のスピードのほうが早かった。Sさんにしろ、Iさんにしろ入院治療が必要な状態になる前に、予防策があったものをと悔やまれてならない。体位交換やおむつ交換の方法、オムツの種類、車いすやベッドなどの福祉用具の検討など床ずれを悪化させない方法があったものを。家族に代わって処置をしたり、おむつ交換するだけではダメなんだ。床ずれは一晩でも出来るときはできる。悪化を防ぐには、家族の介護力をしっかり評価したうえで、必要な知識や技術を提供しながら、家族の介護力を強化していかなければならない。家族にそれを期待できなければ、在宅サービスを増やすなり、入院を検討するなり別の手段も考慮する必要がある。昨年の秋から褥瘡の悪化で訪問看護を利用した方が4人いらして、悪化して入院された方は三人。ことごとく惨敗だったんだ。なんだかなぁの力量を何とかアップしなくっちゃ。何とか、みんなで力を合わせて力をつけて行かなくっちゃね。敗北感を克服して前向きに進まなくっちゃ。褥瘡の評価や処置の仕方やスキンケアなど、ケア用品はどんどん進歩している。その進歩に追い付いて行かなくっちゃ。
2013年02月21日
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昨年中はあんなに嫌だった上司や同僚の言動が気にならなくなった。お薬のせいか、細かいことにイライラしなくなり、他人の言動をどう受け止めるかは自分自身の責任だと思うようになったというのか、他者にどう思われようと最後は自分自身で決定できると思えるようになったというのか。自分自身のことだが、細かいことは良く分からないのだけれど、他社の動向に気分が左右されなくなったようなのだ。自分の感情の変化に気づき、少し距離をもって自分と向き合えるようになったのかもしれない。今日もそんな経験をした。介護保険では、サービス内容の変更が必要だったり、ケアマネージャーが立案するケアプランを変更するときには、サービス事業所担当者が全員集まりサービス担当者会議を開く。一番大事なのは、サービス利用者とその家族の意向や心配に焦点をあて、その解決に全参加者が知恵を絞り上げるのが本筋と思うが、訪問診察を担当する在宅支援診療所の看護師とケアマネージャーが一番発言量が多い。大勢が参加している会議なので、その場で異を唱えることは差し控えたが、ご本人や家族の気持ちにそわず持論を展開する看護師の発言にイライラしてしまったが、じっとこらえた。自分の気持ちを鎮めながら、自分はこういう人が嫌でたまらなくなっているんだなぁと心の中で呟いたら、気持ちが落ち着いてきた。何も自分勝手のイライラしたからといって、その気持ちを表現しなくっても、心の中でそういう自分を自覚するだけで気持ちが静まるのだ。私がイライラするのは私の感情がそう変化するだけのこと。私の責任なのだ。そっと自分の中でそう思って確認出来るだけで、イライラが治まる。そして、今日の午後のこと。私の直属の上司は、好き嫌いが激しくって自分の意にとめない人の発言はバサバサ切っていく。この方にとっての私の存在はどうもどうでもいい範疇に入っているようで、意見を述べても取り上げてもらえない。一年半も経つとそうした言動にも慣れて気にならなくなってしまった。今日の午後もそんなことがあったけど、気にとめないんだと自分に言い聞かせたらイライラすることもなく、怒りも浮かばず、たいして気持ちが動揺しないですんだ。他人の言動に、一々カリカリ、イライラしても仕方がない。気分をこわしたら自分が嫌な感情に浸るだけだもの。もうどうでもよい細かいことにを気にせずに、患者さんやその家族に希望や以降にそうことを大事にして仕事をしていきたい。上司も同僚も、そういうことを実現するケアチームの一員なのだ、そう思えば腹も立てない。今日の午後、そんなことに気付いた。とっても気持ちが楽になってきた。
2013年02月20日
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今日の東京も寒かった。昨日から雪が降ると脅されていたので、完全防寒で出勤したのに、お昼過ぎになってやっと小雨が降り始め、霙になるかもしれないとの予報もあったが、さして降りもせずに夕方には雨がやんでしまった。成人式の日の雪の後は、二日は徒歩で訪問したので、またあんな日がやってきたら困るという気持ちのほうが先走ってしまって、一日に何回も天気予報を確認してしまう。明日、明後日は晴れるけど真冬の天気という。今年は正月から働いていたし、3週連続で度呼び出勤だったので、明日からの2連休は楽しみ。お家をきれいにしたら、買い物に行って、資源ごみを出して。午後からは美容院に行ってちょっと楽な髪形にしようと思う。来週末は、呼吸理学療法の研修で出かけるのでその準備もしておきたいし。本も読みたいし、勉強もしたいし。ちょっと意欲が湧いてきた。昨日はもうへとへとに落ち込んでいたのでした。気持ちや感情を言葉に置き換えていくって大事ですね。書くことで気持ちの整理され、また進もうという気持ちが生まれてくるのす。研修は兵庫で行われるんです。朝東京を出て、9時半までに兵庫医科大学に到着しなければなりません。17時まで研修を受けて、もう一日研修を受けたら即行で帰京します。翌日は仕事が待っているんです。私の学生時代は、まだ脳血管疾患の方のリハビリが中心で呼吸器理学療法なんてまだはじまったばかりでこの分野については全く勉強する機会もなく、もちろん臨床経験も数例という少なさで知らないことばかり。肺がん、COPD,誤嚥性肺炎などなど、どんどん患者さまが増えてきているので学ばなくてはならない。一念発起して呼吸療法認定士の資格をとったけど実践が少ないので実践力は無い。今年こそフォローアップの研修を受け続けて頑張りたいな。
2013年02月15日
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一週間前、ある患者さまからダメ出しがあった。「あなたを人として信頼できない」って。看護師になってもう30年も過ぎたのに、ここまで否定された経験は初めて。この方に最初に出会ったとき「先走りをしてわかったふりをしてケアをしないでほしい」た言われた。ご本人の意思を確認してからと慎重になっていたら「看護師として判断できることは迷わずやってほしい」とまた指摘され、さらに、一つ一つのケアに対してご本人の意向を確認していたら、ルーチンのことは黙ってやってほしい、とも。黙ってケアをしていたら、表情の変化をくみ取って言葉をかけてほしい、ですって。アーァ、どうしたらよいんだ。皆目見当がつかなくなってしまった。最近の私は、仕事の勉強を疎かにしていたし、看護の倫理的側面についてもそう真剣に考えてこなかった。患者さまの訴えを表面的にしか理解してこなかったので、こんなことになってしまうんだ。その方のお母さまからは、「お年寄りは黙って看護を受けるかも知らないけれど、若い患者は正直に自分の考えを言うので、そういう患者の立場を理解して一生勉強するつもりで頑張ってほしい」と励まされた。確かに、私の担当する患者さまは圧倒的に高齢者の方だが、お年寄りだからって一方的にケアをしてきたつもりは無いのだけれど、そう思われるような態度があったんだなぁ。重ね重ねショック。すっかり自信喪失。20代の私だったら、寝込んでしまったかもしれない。今の私はおばさんよろしく図々しくもなっているので、土曜日に半日の仕事を終えてから蕎麦屋さんによって、蕗のとうの天麩羅や菜の花のからし和えなどをおつまみにしてビールをガンガン飲んでお昼寝をしたら少し気分が軽くなった。でも思い出そうとしなくても、言葉が自然に浮かんできて、気持ちが沈む込む。以前の私だったら,困ったらガンガン本を読んで研修や学会の参加して苦手な分野を克服するのだけれど。今はその元気もなくって。惰性と慢心、だったのかなぁ。
2013年02月14日
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この数カ月、在宅で最期を迎えさせたいというご家族が多くなり、新年になってから毎週新規の患者さまの訪問が続いている。膵頭部癌で予後1カ月という方が、大学病院から自宅に戻っていらした。先週の初めに訪問した時は黄疸が出始めたところだったのに、今日訪問したところ黄染が増していた。娘さんとお孫さんと三人暮らしで、日中は娘さんが仕事に出かけるので、娘さんが仕事から戻るまではお一人で過ごす。先週の往診で、主治医からあと1,2週間かもしれないとのお話があって、娘さんも今後どうしていいのか不安だったよう。先週の土曜日には、まだお一人でトイレに行っていたのに、今日になったらベッドサイドのポータブルトイレに行くのがやっとになっていた。今後の症状の進み方や体の変化、状態の変化に応じた介護の仕方など、ご家族が必要と感じていることについてお話するようにしている。一月の中旬、キネステティクの研修に3日間通った。そこで学んだ体位交換の実際がとっても役立っている。患者さまにとっても介助する人にとってもとっても楽で、身体を動かすことについて明確な根拠があって。おむつ交換の方法一つとっても、ご本人ができなくなったことをどう手助けしていくかがとっても大切。さっそく、このキネステティクの方法を毎日の実践で試している。今年は一年かけて学んでいくつもり。そして、拘縮や床ずれをつくらない看護をご家族の人にも伝えて行けるようになりたいものだ。
2013年02月04日
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今日はとっても暖かく春の予感。銀行に行く用事があって午後有休をとった。行きつけのお蕎麦屋さんでちょっと遅い昼食を食べていたら、お店のママが話しかけてくる。いつも満席のお店だが、昼過ぎのせいかすいていてちょっと余裕があったよう。ママがストレートに聞いてくる、「あなたはもういくつになったの?」。ちょっとごまかそうと思ったけど、正直に答えた方が良いように思えて、素直に答えると「えーそうなの、まだ30代だと思っていたのよ。息子の嫁さんにどうかと思っていたのに残念ねーっ」ですって。確かに、年齢より若く見られるけど30代とはちょっと驚き。多分リップサービスもあるんだろうけどあまりにもママが驚いて何回も同じ言葉を繰り返されるので、なんだか心配になってしまった。まァ、チノパンツに茶色のサボシューズ、紺色のフリースといったいでたちではカジュアル過ぎて誤解されるのだろうけど。数年前まではスーツ姿で仕事をしていたので、どっちかというと落ち着いて見えるらしく年相応に見られていたのに。停年まで10年もなくなってくると若く見られるのは恥ずかしいやらちょっぴり嬉しいやら、年相応に成熟していないのかとガッカリもして複雑。その足で美容室に。たまたますいていてとってものんびりカットをしていただく。春になったらパーマをかけて気分転換をしたいと話すと、ブローが終わってから細いヘアーアイロンで細かいウエーブをつけてくださった。ちょっと雰囲気が優しくなって、こんな自分もいるんだと再発見。行きつけの美容室も良いけど、たまには美容室を変えるのも良いもんだ。
2013年02月01日
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