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先週には、仕事関係の学習会で、超々エキスパートの方に直接指導を受けたりいろいろとお話を伺うことができた。 その世界では、その方の名前を言えば知らない人はいないくらいに実力もあり実績もあり、数えることが困難なほどその方を慕っている方が無数にいらっしゃる方なのに、それでも職場の人間関係に悩んでいるという。 私は鬱のなるまで、職場管理者をしていた。患者さんのために何が必要かでいつも悩み、そのために新しい知識と技術を獲得して、職場づくりをしてきた。根拠を明確に示し患者さんやご家族から信頼され、経営的にもプラスであればおおむね提案事項は了解を得ていたと思い込んでいた。 しかし、新しいことを管理者であるという理由だけで職場に持ち込むことには、表面的には反対意見はないものの陰では相当批判されていたようだ。 いざ、一職員になってみると手のひらを反すような対応をする人たちが少なからずいて、反対されなかったのはたまたま自分が管理職であり、メンバー以上に働いていたから面と向かって批判されなかったと思い知った。 自分の隣にいる同僚に分かってもらうというのは大変なことである。しかもそのことを実現するためには、その人が相当努力をしなければならないとしたら、簡単に「はい」と返事するのは難しかろうと思う。でも、共に働く仲間に理解されなければ、自分がその場所からいなくなればすぐに ゼロ に戻ってしまう。 分かりやすく、努力が不要な改善策なんてほとんどないような気がする。しかも同僚が経験が10年とか20年という世間でベテランと呼ばれてしまう人たちなら、新卒と違って考え方や働き方を変えてもらうことは至難の業ともいえる。 ただただ一生懸命に仕事をしただけの私は、患者さんやご家族のように相手が心地よいと思ってもらえるケアをしているだけでは、同僚の心は動かせない。 先週、超々エキスパートの方のお話を伺って、そうそう気張らずに一からまた始めようと思った次第。
2017年01月30日
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もう自分の一部になったかのような「鬱」。 ゴールデンウィークの頃から晩秋くらいまでは、結構体調がよくって、もう鬱は治ったと誤解するほど。 しかし、この冬も12月の中旬位から段々元気がなくなり、火事を中心にどんどん億劫感が強くなっていった。 洗濯、ゴミ出し、御茶碗洗いくらいは鬱がちょっと強い時にもできていたのに、ここ2か月くらいそれもおっくうになってしまって、洗濯ものは山積みだし、ゴミ袋に入ったゴミは玄関に積まれているし。 やっぱり冬は体調を崩すんだなぁ、って感じてメンタルクリニックの主治医に相談してみた。 「ごみ屋敷になる前に、少し元気になって片付けものくらいはできるようになりたいねぇ。サインバルタを1Cap増やして少し元気になるか試してみる?」 「はい、おねがいします」と私。 実は、去年の夏位から診察日を忘れてしまって薬がないことに気が付いて受診しなかったことを思い出したり、調子が良いからと数週間受診をしなかったり、結構さぼり続けたメンタルクリニックの受診。日が長い時期にそういうことをしていたから、冬になってガタンと調子を崩したのか。 診察を受けた当日から、夕食後にサインバルタを2Cap、朝食後に1Caにして五日目の今日、とうとうゴミ出しができた。 ちょっと体調が戻ってきた、って感じるだけで気持ちが楽になる。 今日は、清瀬で東京夢塾の呼吸リハビリの研修会が一日ある。 早起きできたし、ゴミ出しもしたし、朝から洗濯もできたし、今週末の2連休は元気に過ごせそうだ。 もし日曜日も元気があったら、東京国立博物館の「春日大社展」に出かけたい。
2017年01月28日
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先週の金曜日、東京の最低気温は2度くらいで、厳冬期用の登山用下着とフリース、登山用羽毛のコートを着て出勤したが、なんだか首元がスースー涼しい。寒いから首元がスースーするのかとやり過ごしていた。後から考えるとこの首元のスースーは寒気だった。 訪問した患者さんが次々と体調を崩していて、お昼もソコソコ、訪問の間に水分補給もせずに夕方まで仕事。 同僚が声がかすれていてどうも風邪をひいてしまったという。咳をコンコンしていた。 その夜、空気が乾燥していたのにマスクもせずに就寝。夜中の3時過ぎにのどの痛みで目が覚める。 風邪をひいたんだとやっと認識。あわててマスクをして、ビタミンC剤と消炎鎮痛剤を服用。土曜日は仕事だったのでN95マスクをして、時々鼻をかんだり無理やりせき込みをして排痰。マスクを外すと外した時にマスクの内側から細菌を患者宅にばらまいてしまうのが怖くって患者さん宅の玄関前で鼻をかみ、咳をしてからマスクを交換。 何とか夕方まで仕事をこなして、帰宅したら熱い飲み物を飲み、うどんを食べ即就寝。 横になっていても咳や鼻水が出始めるので、鼻をかむ前後に鼻の周りに白色ワセリンを塗って鼻の周りが赤くならないように予防。日曜日には、緊急連絡用の携帯電話で呼ばれることがなかったので、時々温かい飲み物をとって痰や鼻水を出しやすくしてひたすら安静。 体温は測らなかったが、時々節々が痛くなったり頭痛や寒気がしたり。 完璧に風邪をひいていた。 生憎、仕事がお休みになるのは木曜日。何とか治し切らないと大変と、ウトウトしながら目が覚めたら暖かいの飲み物をとると、痰や鼻水が出やすくなって、少しずつ黄色の痰がでるようになる。やっと、夕方になるとご飯を食べたくなり、ネギたっぷり+卵雑炊を食べる。 昨夜は結構眠れて、今朝になったら鼻詰まりも無くなって、すごく気持ちよく呼吸ができる。頭痛も関節痛もない。 もう治りかけていると出勤。 N95マスクをして、今日一日仕事ができた。 今日の夕方は、体全体がすっきりしてもう鼻水も痰もごく少量になっていた。 今回の風邪ひきでは、消炎鎮痛剤の服用だけで治った。 風邪を二日で治すコツ、とにかく保温安静。暖かい飲み物や食べ物をとって痰や鼻水を出しやすくする。そしてのどの湿度を保つためにマスクを着用。マスクをするだけで自分の呼気でマスク内の空気の湿度が高くなるのでのどの痛みも和らぐ。 たまたまドラッグストアでマスクを買いためていたので、マスクの着用感も試すことができた。やっぱりN95マスクは空気の漏れがなく使い心地が良かった。価格は高いけれど、高いなりのことはあると実感。また、のどの潤いを保つというマスクもそれなりの心地よかった。 空気が乾燥するようになったら、風邪の予防のためにやっぱりマスクの着用が必要かも。仕事がら、手洗いとうがいはしっかりしているつもりでも、ついつい忙しいと水分補給を怠りがち。手洗い、うがい、マスク、そして水分補給は風邪予防のために必須かも
2017年01月09日
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暮れからもいろいろあって、年始にもいろいろな生活問題を抱えている人が多い。 85歳のあるご婦人は、怪我のせいでご自分で靴下の脱ぎ履き、ズボンなどの下衣の上げ下ろしが一人では非常に時間がかかる(下着を履き替えるだけで30分)。 一人暮らし。玄関が北向きのために冬は結構室温が下がる。灯油の入れ物を一人で手に抱えて居間まで持っていけないので、玄関から居間まで新聞紙に灯油の入れ物をおいて足でけりながら移動させるそう。両手で杖をつかないと室内の移動ができないので、そりゃあ一人で灯油の入れ替えをするのは無理。 生活保護費はひと月9万円。季節の変わり目には衣服を新しく購入したくても、この保護費だけではとても無理。北向きの玄関なので、台所の室温が5度以下になることも。腰痛も膝痛もあるので気温が下がるとトイレに行くのもやっと。そのために一日中灯油のストーブをつけっぱなし。大体一日2回灯油を入れるのだこれがとても大変なのだという。ガスストーブにしたいのだが、購入から10年以上たち最近は点火しにくくなってきたが、ガス屋さんに点検を依頼するにもお金がかかるのでやっていない。そもそもガスストーブを一日使ったら、一か月のガス代は一万円以上かかってしまい支払えな。そんなことだから、いくら火が付きにくい10年前のガスストーブでも買い替えるなんてとんでもない。 ちょっとトイレの入り口で転んだというので、トイレを見せてもらったら汚した後にすぐ片づけられるように新聞を敷き詰めている。滑って転ぶ危険がありそうで、もしやと思って用意してきた100均の敷物をカットして敷き詰めてみた。台所のフローリングにも床が冷たいので滑り止めがついていないいろいろな大きさの敷物が敷いてある。 これじゃあ転んでしまう、とこちらももしやと思って持ってきた床に貼れば滑り止めにもなって貼ってはがせる正方形のカーペットを敷いてみた。 これが暮れのこと。 今日行ったら、電気ストーブの温かさがだんだん弱くなってきたという。ケアをしながらちらちら電気ストーブを見るとパネルに埃がたまりにたまって、しかもパネルが汚れている。ほこりを取り除いてパネルを磨いてから、ストーブをつけてみたら結構な温かさ。 台所の敷物交換や電気ストーブのパネル掃除は看護ケアではないという人もいるが、その方の生活環境と整えて体調を安定させるためと考えれば看護ケアとして位置づけられる。 生活保護の方に対していじめとも思われる批判的言動を耳にすることが多くなった。暖房とか冷え予防の衣服を買うことさえままならない人たち。保護費から、数万円する新しい灯油ストーブを購入したり、ましてや5,6万はするエアコンを購入なんてとんでもない。でもその方々は、お上に迷惑をかけているから保護費の増額要求をする権利があるなんて全く考えていないのです。 こういったことが起こるのも、高齢者加算が削られた事によるのではないかと考えています。 何とかしなくっては、年末年始にはこんなことばかり考えていました。 制度改正の働き掛けも大事だが、今困難に直面している人の暮らしを少しでも良くする方法を考えなければならないのです。とりあえず貰い物とかを備蓄しておいて、必要になっている人にお分けするという方法をとっていますが、組織的にするために何かいいアイディアはないものでしょうか。
2017年01月05日
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あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。 もともと、気分の浮き沈みが激しくって還暦を過ぎてもそうそう変わりがなく、今年もブログの更新は不定期になるかと思いますが、お付き合いのほどよろしくお願いします。 大みそかから、東京の暮れとお正月を楽しむ心積もりであったけど、年末の数日に帰宅が21時を過ぎることを続けていたら、今はやりの睡眠負債なのか全然起きられなくなって、三が日が過ぎた今日にやっとおきだせることになった。 奈良も京都も東京も、国立博物館は一月二日から開館していてその年の干支にちなんだ催しものが満載。京博は大みそかからカウントダウンがされるということで、京都に一泊、奈良に一泊なんてことを考えていたけれど、やっぱり今年は東京で過ごすことに。毎年年初めの東博に行きたいと思ってやっと今年は年末年始の5連休。 切符を予約していたりすれば何としてでもお出かけするのだけれど、いつでも出かけられる都内だと今日が明日、明日が明後日になってしまう。 でも、今日お出かけして大正解。 二日、三日は相当混んでいた様子。今日は『長谷川等伯の 「松林屏風図」 』だけが立ち見状態。閉館の17時前もやはり人だかりで、やっと16時45分くらいになって全体像をじっくり拝見できた。朝霧の中に浮かぶ松林なのだが、孤独感が迫ってきて涙が落ちそうになる。外国の方も無言でじっと観ていらした。 昨年は、奥村土牛、黒田清輝、安田靫彦、若冲、円山応挙などを見る機会があって、そのためか急いで解説や題名などを追わずにじっと見て感じてどんな言葉が浮かんでくるか、じーっと自分の中から出てくるものを待てるようになった。 東博の展示スペースはすごく贅沢で天井は高いし、作品と作品の距離が十分とってあるので、その作品を見て居たければ作品の前から下がってほかの方が他の作品に移るのを待てばよいので、せかせかする気分にならないで済む。そのうえ、常設展はスケッチは全作品可。写真はNGの物もあるけれど。 B5のノートと5Bの鉛筆を用意して、作品の全体像をさっと書き留めたり、マネしたい図案をちょっと書いたり。ただ見るだけでは、記憶にとどまってくれないのだけれど、案外スケッチすると思い出せる。 今日の一番のヒットは、若冲の「松梅群鶏図屏風」。どの鶏も福良雀のようにふっくら。鶏の視線が様々で上目遣いだったり流し目だったり。母鶏と雛3羽が非常に省略して描かれていて、なんともかわいらしい。そのくせ、肢はとっても力強く太く立派。若冲は鶏が大好きで自分でも飼っていたらしい。松や梅も古木らしいのだけれども、刷毛で一筆って感じで勢いがあって命が宿っているよう。梅の花やつぼみもすごい省略で、でも梅なので。素人なのだけれども、ついついため息が出てしまう。 円山応挙や池大雅の作品もあって、ひょっとして応挙と思ってみていたらやっぱり応挙だった。 昨今は、日本はすごいぞ!って手放しで礼賛する番組や言動が多くってうんざりしてしまうのだけれども、若冲や応挙も南画や禅画を模写したりして研究尽くしたうえでそれぞれの画風を確立した。明治以降の西洋画も日本画も他の国の文化を吸収したうえでそれぞれが自分の作風を確立したものだし。 江戸時代に花開いた日本文化も、侍が戦をしなくても済んで、参勤交代で地方から江戸へ、長崎や京都へ。そういう交流があってこそ。飢饉から内乱の起きたりしたけれども、暮らしが立ち俳句を詠んだり絵をかいたり。そういう余裕が庶民の中にも生まれて、このような豊かな文化が日本の中にも広がっていったのだと思う。戦ばかり続いていたら文化は生まれないはず。 自分は山梨生まれなので交易といわれてもピンとこないが、アワビの煮貝は富士川がもたらしたものだし。養蚕業は横浜の港からヨーロッパに絹を輸出したことで発展したこともあるし。 いろいろ絵を見るようになったら、旅をしたくなった。広重の木曾街道六十三次とかね。いいなぁ。奈良や京都、滋賀にも行きたいしね。 明日は仕事始め。ゆっくり休んで、明日から元気に働けそうだ。
2017年01月04日
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