2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1
今日、WOWOWで1968年の映画「いちご白書」が放映された。 この映画は、ベトナム戦争の渦中にあるアメリカの学生運動を描いたもので、当時の若者達のバイブルのような映画だった。 その頃私はまだ中学生で、この映画を映画館で見たのは高校生になった1970年だったと思う。 ちょうどその頃、日本でも東大紛争を始めとして学生運動が巻き起こり、街頭ではゲバ棒や火炎瓶を手にしたデモ隊と機動隊の闘争が日常茶飯事のように繰り広げられていた。 そうした紛争の中で、樺美智子さんという女子学生が殴り殺されて、日本中に大きな衝撃が広がったことを覚えている。 まだまだ高校生になりたてのお子様だった私には、大学生達が何のために戦っているのか、難しいマルクスとかの理論など、いくら本を読んでもよく分からない状態だった・・・・ でも、何か身体の奥から熱くなるような共感を覚えた。 そして私は、高校の社研(社会研究会という同好会で、おもに政治問題、反戦運動に関する勉強会のようなもの)に入って、今の日本社会に渦巻く様々な矛盾に付いて考えるようになった。 そんな私にとって「いちご白書」はまさにバイブルだった。 これは、実際にアメリカの大学で起こった学園紛争を、実際の参加者の体験記をもとに映画化したものだ。 ストーリーは、憧れの大学に入学し日々ボート部で青春を謳歌していた1人の男子学生が、反体制活動家の恋人の影響で次第に反戦・平和運動に目覚めていくというもの。 しかし、共産主義とかマルクス主義とかそういうガチガチの理論などに関係なく、ベトナム戦争時代のアメリカの若者達のありのままの姿が描かれており、特別な思想の持ち主でなくてもわかりやすい映画だと思う。だからこそ多くの人々に愛されたのだろう。 当時の私には、映画のストーリーはあまりよく理解できていなかったが、映画のバックに流れる音楽がとても良かったことが記憶に残る。 映画の冒頭とラストに流れるテーマ曲「サークル・ゲーム」(by バフィー・セントメリー)は、当時の日本でも大ヒットした名曲だ。 微妙に声がふるえる下手くそっぽいボーカルも、不安と希望に揺れる当時の若者達の心情をよく表現できていたと思う。 その他、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとかジョン・レノンとかの曲が散りばめれており、音楽を聴くためだけでも十分に観る価値ありの映画だ。 反戦・平和の反体制運動といっても、主人公はほんのちょっとしたお気楽な好奇心と、恋人に好かれたいという下心から運動に参加したに過ぎないし、おそらく大多数の学生も断固とした主義主張があって、国家転覆を目指していたというわけではなさそうな様子が映像の端々に伺える。 デモ行動で逮捕された時も、学生達はまるで何かのイベントのように盛り上がっていた。 それは、当時のアメリカンの気質をよく見せている。 ・・・しかし、そんなお気楽気分が一気に吹き飛ばされるような衝撃のラストシーンが待っていた。 愛と自由と平和を求めて、大学の講堂に大勢の学生達が立てこもった。 大学の学長は、学生達にただちに退去するよう求め、応じない場合は警官隊を突入させると通告。 大学のフェンスの外には、運動に参加はしないが学生達に共感した一般市民達が手に手に1本ずつろうそくの火を灯して、支持の心を現していた。 大学の建物の中からは、床を叩きながら「平和を我らに」(by ジョン・レノン&プラスティックオノバンド)を歌う声が響いてきた。 学生達は広い講堂で、何重ものサークルの形を描いて座り、手で床を叩きながら歌っていた。 そしてついに警官隊が突入・・・・・! 重装備の警官達は、何の武器も持たず無防備で座る学生達に向かって催涙ガスを噴射し、うずくまる学生達をこん棒で殴り始めた。 阿鼻叫喚の中、学生達は一人一人引きずり出されていく。 頭を殴られ血だらけになる学生達、丸腰の学生1人を何人もの武装警官が囲んでボコボコに殴る・・・・。 映画のラスト30分間で、「アメリカご自慢の自由と民主主義は、いったいどこにいったんだ~~~?」という映像が繰り広げられる。 この映画が日本の学生達に与えた影響は大きいのではないだろうか? そして当時、学生運動で戦っていた世代は、いわゆる団塊の世代と言われる人々だ。 その団塊世代の子ども達こそ、今いわれているロスト・ジェネレーションだ。 巨大な国家権力に立ち向かって、無残にも自分達の無力さを思い知らされた親世代の挫折のDNAを受け継いだかのように、今ロスト・ジェネレーションと言われる人々のおとなしいこと・・・・。 就職氷河期のせいでマトモな職にも就けず、フリーターとして安い時給でこき使われる。 あるいは正社員になれたとしても、膨大なサービス残業を強要され、次々と過労死していく人が絶えない。 自分達を抑圧しているそんな社会に対し、革命を起こそうなどはつゆとも考えず、ただただ毎日を無力な奴隷のように過ごしている。 まるで、親世代から挫折のDNAを受け継いだとしか思えない。 そんな世代に今、「蟹工船」という昭和のプロレタリア文学が読まれているそうだ。 私は思う。 ロスト・ジェネレーションの蜂起こそが、日本の未来を変える力を持つと・・・・・。 立ち上がれ!!!
2009.05.29
コメント(2)
![]()
昨日、散らかった部屋を整理していたら、1枚の紙を発見! それは、いつも食材を届けてくれる自然食品店の注文書の裏に印刷されていた一つの文章・・・。 その内容に大きな共感を持ったので保存しておいたのですがどこかに埋もれてて、昨日やっと見つけました(笑) その内容の要約を以下に紹介します。 ・・・・・・・・・・・・・・・ メールで書いた文字は、会話や手紙以上に身体に多大な影響を与えます。 それは、人間の神経レベルの振動とインターネットのメールや掲示板の電磁波の振動というのがちょうど一致しているからです。 手で書いた文字や印刷された文字ならば、神経レベルに共鳴するほどの細やかさはないので、その内容が脳や神経に及ぼす影響は限られます。 しかし、電磁波によって書かれた文字の振動は、人の脳神経細胞のレベルの振動とぴったりと同調してしまうのです。 メールに「大嫌い」などという悪い言葉を書かれてしまうと、受け手は病的なまでにその言葉を脳に刷り込まれてしまう可能性があります。 しかし、逆に良い言葉を使えば素晴らしい効果が望めるのです。 ですから、メールやチャットなどでは絶対に相手の悪口を書いてはいけません。(中略) 最近では、言いにくい事をメールにする人が増えているようです。しかし、言いにくいことだからこそ、対面して言わなければダメなのです。 電磁波に乗せた言葉というのは、陰湿に人間の内面にまで入り込むために、人の心を歪ませていく危険性を持っています。メールの方がホンネを言いやすいというのであれば、相手を誉めたり、元気つけたりする話をしてあげるほうがいいでしょう。 メール以外に神経と共鳴しやすい振動を持つ物として携帯電話があります。有線でつながっている固定電話と違い、携帯電話は電磁波を使うものですから、その扱いには気をつけなくてはなりません。 メールと同様に、携帯電話で話す内容は、ポジティブな内容ならいいのですが、ネガティブな内容だと致命的なダメージを受けかねません。(中略) 電磁波というのは、普通の声で話す分には問題はないのですが、高く響くような声を発すると嫌な音になってしまい、さらに高くすると今度は聞えなくなります。そんな奇妙な性質があるのでいつの間にか気分が悪くなります。 そんな波に乗って内容の伴う会話が来ると思うとそれだけで恐ろしい気がします。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ この文章を書いたのは、「水からの伝言」という本を出した江本勝氏です。 「水からの伝言」という本は、水にも心があって、きれいな言葉に接すると美しい結晶になり、罵倒するような言葉を与えられると結晶が崩れてしまうという内容の写真集です。 人間の身体の大部分は水分からできているわけですから、人間の心身も人から掛けられる言葉に大きく影響されると思います。 人間の身体を構成する水分が美しい結晶を構成すれば、その人は幸福感に満たされるでしょうが、その反対なら身も心もズタズタになり、その結果犯罪行為や自殺などに走る事もあるかもしれません。 この文章によって、他人の悪口を言う事がどれだけ恐ろしい事かを突きつけられた気がします。 自分が傷付けたかもしれない相手は、その恨みをどこかで晴らそうとして、また別の誰かを傷付ける、その別の誰かもまた別の誰かを・・・・、まるでテロの連鎖のように、永遠に続く恨みと憎しみの連鎖が、このようにして生まれていくのかもしれません。 今、私達にできること・・・・、それは恨みと憎しみを自分の所で止める事。。。。。。 誰かにぶつけられた酷い言葉や仕打ちを自分1人の中だけで終わらせる事。 悔しくて悲しい事を、自分の中だけで留めるなんて無理・・・。 そう思ったら、次にこんな文章がありました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ マイナスの感情を消し去る方法 「怒り」や「興奮」というものは、身体の振動を高くして異常な生理状態を招きます。怒ると肝臓を壊します。 (中略) また「寂しい」という思いを強く持つと、脳にある海馬の細胞を痛めて、アルツハイマーになる危険性があります。 「悲しい」という思いは、血液に影響して白血病などを引き起こす可能性を持っており、「嫉妬」の感情は甲状腺を侵します。 なぜそうなるかといえば、それぞれの感情ごとに引き起こす振動の波形があり、その振動にそれぞれの臓器の細胞が影響を受けるのです。 仏教では煩悩が108あると言いますが、人間の身体を構成している元素も同じくらいの数だけあるといわれています。ですから、ある煩悩を持つと、どこかの臓器が影響を受けることは確かです。 しかし、「愛・感謝」があれば、仮にそういうマイナスな感情を持ってしまったとしても中和されます。 そこで大切な事は、マイナスな感情を持ってしまっても、臓器を痛めずに済ませるためには、その逆のことをイメージすると良いのです。 例えば、「恨み」の感情を持ってしまったら、逆に「感謝の思い」を持つことで、身体への悪い影響を消すのです。 これが可能なのは、恨みと感謝は波形が同じだからです。 おなじ波形が、ネガティブに出るのが「恨み」で、ポジティブに出るのが「感謝」です。 しかし、恨みを持った相手に対して感謝するなんて、お釈迦様やキリストでもない限り、なかなかできることではありません。(ホント、ホント) そこで、こんな手を使ったらいかがでしょうか? それは、本当に感謝している人を、そこにすり替えてイメージするのです。 嫌な相手から電話があった時は、少しだけ頭を切り換えて、好きな俳優や女優などの顔を思い出すのです。そうすれば恨みの気持ちは消えて、愛・感謝の気持ちで一杯になるでしょう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 人間の持つ感情・・・、つまり心のあり方が、自分の身体の健康にまで大きな影響を与えるとは・・・・。 「病は気から・・・」という諺がありますが、本当にそれ以上に自分の心の持ち方が、身体に大きな影響を与えるのだと思いました。 そう言えば、健康で長生きしている人って、たいてい心がおおらかで、あまり小さなことに悩んだりくよくよしてない人が多いんじゃないかと思います。 不平不満ばかり言って、いつも人を悪く言ったり、恨んだり憎んだりしている人は、あまりロクな死に方をしないんじゃないかな? まあ、それは自業自得でしょうけど・・・・ 今、この文章をまた発見できた事は、きっと偶然ではないと思います。 自分の心のあり方を変えていかなくては・・・! と、強く思った次第です。 泣いても笑っても人生は人生・・・・。 それならば、笑って過ごした方がどれだけ得か。 人生、いろんな事があるでしょう。 時には、理不尽な目に遭わされたり、不当な扱いを受けたり、身に覚えのない誹謗中傷を受けることだってあるかもしれません。 でも、それに対して怒りを持ってしまったら、結局、傷付くのは自分自身です。 当の相手は、こちらが地団駄踏んでも涼しい顔でしょう。もし復讐しても、その行為はまた自分の身に帰って来ます。 それならば、すべてを捨てて、自分は自分の新たな希望に向かうしかありません。 過去を過去として葬り去り、すべて過去があったから今の自分があると、いつしか感謝ができるようになるために、今は頑張るしかありません。 「感謝」の効能は、相手を幸福にするだけでなく、自分の心身に大きな良いエネルギーを充填してくれます。 「憎しみ」や「恨み」は不幸しか呼びません。 賢明な人間なら、どちらを選ぶかは明白だと思います。 上記の文章に興味を持たれた方は、江本勝氏の「自分が変わる水の奇跡」という本を読んでみて下さい。 ↓自分が変わる水の奇跡
2009.05.24
コメント(0)
新型インフルエンザ感染者が、ついに私の居住エリアに現れた・・・・先日、関西で発生したと聞き、1週間くらいで東京エリアにも来るだろうな・・・、と思っていたら、予想より早かった・・・・・・川崎市の洗足学園の高校生で、アメリカから帰国途中に発熱し、そのままバスと電車で帰宅したという昨夜のニュースに驚いた・・・。その帰宅経路が、私の娘の通学経路に重なる上、患者の自宅最寄り駅は通っている大学に近いのだ。こうなるともう、近辺で感染が広がることは目に見えている。今日から我が家でもマスク生活を始める必要があるかもしれない。やっと、花粉の季節が終わり、マスク生活から解放されたと思っていたのに・・・・[m:55]それにしても、11日に渡米したというが、多くの学校で学校生活最大の思い出つくりである修学旅行を中止・延期にしているというこの時期に、なぜわざわざアメリカに子ども達を派遣しなければならなかったのか・・・?何だか納得できない。。。学校の危機管理意識が疑われる。国内の修学旅行に比べたら、はるかにリスクの高いアメリカに、しかも修学旅行ほど重要とも思われない国連行事に、なぜ子ども達を行かせたのだろう?100歩譲って行かせるとしても、現地でマスク着用を指導したのかどうか?おそらく無防備な状態でアメリカに滞在し、結果として海外から病原ウイルスを持ち込んでしまったのだろう。国を挙げて感染防止に躍起になっており、保育園や学校が休みになったため、仕事に出られないお母さん達がたくさんいるというのに・・・・。洗足学園の校長が涙を流していたけれど、泣いて済むなら話は簡単だ。この時期に、あえてアメリカに行かせる必要があったのか?慎重な判断を行なって、参加を中止にする判断をすべきではなかったのか?
2009.05.21
コメント(0)
ガンで闘病中だった忌野清志郎さんの訃報を今朝の新聞で知りました。 私が初めてRCサクセションを聴いたのは1970年頃、高校生の時でした。 その頃何とも人を食ったような「初期のRCサクセション」というバンド名でやっていました。 今思えば、清志郎さんの頭の中には、次のステップのイメージがあったのでしょうね。 当時は清志郎さん20歳。幼馴染と一緒に3人のアコースティックバンドでやっていました。 アコギとウッドベースというスタイルで、激しいロックンロールを繰り出していて、初めて聴いた時は衝撃でした。バンド名のネーミングは、ある日突然思い立ってバンドを結成したので、「ある日作成しよう」をもじってRCサクセションと名付けたとか、ホントか冗談か分からないようなことがささやかれていました。 当時はアコギと言えばフォークソングで、ロックはエレキギターと相場が決まってました。 70年代初め頃にあちこちで開催されてた「フォーク&ロックのコンサート」で初めて見たRCは、そういう音楽の垣根をぶち壊すような、強烈なインパクトがありました。 おまけにルックスも可愛いので、女性ファンがたくさん付いて(笑)、ライブ会場ではキャーキャーと大人気でした。 当時はマイナーな世界で活動していたので、初期のRCを知る人は少ないかもしれませんが、私の印象では清志郎さんはこの当時からまったく変わっていません。 言う事もやる事も、ずっと一貫してて、筋が通っているんですね。 しばらくして初期のRCは、バンドの仲間の就職などで解散して、清志郎さんは表舞台から姿を消しました。 私も同じ頃、専門学校をやめて、人生の流浪の旅が始まりました(笑) 家を飛び出して、福生の米軍ハウスの共同生活を経て、東京の国立という街のぶどう園アパートに住み始めました。 噂によれば、この同じアパートに清志郎さんが住んでいたらしいです。アパート住人から聞いた話なので、私は実際には会っていませんが、同じ住人仲間は清志郎さんを見かけたと言ってました。 時期としては1977年~79年くらいです。※ぶどう園アパートとは、国立市のど真ん中にある広大な敷地のブドウ畑の中に、地主が建てた学生向けアパートです。4畳半の部屋がある小さな建物が何十棟も建ち並んでいて、学生や得体の知れないアーティスト達が住んでいた、さしずめ東京郊外のグリニッジビレッジのような場所でした。。。今はもう、アパートは無く、広大な土地で大家さんは今も野菜を育てて暮らしています。国立市は、清志郎さんの実家のある日野市の近くです。 同じアパートの友人が、清志郎さんの高校の後輩だったそうです。 当時の清志郎さんは有名な悪ガキで、同級生の三浦友和とつるんで、近所でいろんな悪さをしていたそうです(笑) その頃の三浦友和は、百恵さんとの共演映画で有名になっていたので、清志郎さんと悪ガキ仲間だったと知ってびっくりしました。だって、そういうイメージじゃなかったですから・・・。すごく真面目なお坊ちゃんのイメージですよね。 1980年に新生RCサクセションで大ブレークした時は、またまたびっくりしましたが、そのバンドに元古井戸のチャボが居たのにまあ納得しました。 清志郎さんは、70年初め頃からよくチャボさんのアパートに転がり込んでいたらしいです。当時は貧乏だったみたいです(笑) 何だかいろいろ思い出してしまいましたが、私にとっては70年代の清志郎さんのほうが懐かしいです。 おかっぱ頭で可愛い顔してて、わんぱく坊主がそのまま大きくなったような感じでした。 80年代以降の清志郎さんは、ホントのスーパースターですよね。 最後まで全速力でこの世界を駆け抜けた忌野清志郎さん、きっとあの世でも暴れまくることでしょう。 そして、天国から追い返されて、またこの世に戻ってきたりして・・・?(「帰ってきたよっぱらい」か?・笑) ご冥福をお祈りします。
2009.05.03
コメント(4)
全4件 (4件中 1-4件目)
1

![]()
