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先週の土曜日、日本武道館でのスティングライブ、行って来ました。実は、スティングについてはそれほど知りません…(^_^;)ポリスの頃は、よくラジオから流れてくるのを聴いていましたが、ポリス解散、スティングがソロ活動を始めた時期の私は出産・子育てで忙しく、音楽とは疎遠になっていた頃でした。聴く音楽と言えば、NHKの「みんなの歌」とか「お母さんと一緒」の歌とかばかりで…(笑)そんな私がスティングに出会ったのは1年ほど前、ブックオフの中古CD売り場で、ジャケットのスティングに見つめられ衝動買いしたのです(笑)う~む、あの鋭い眼に惹かれたのか?CDを聴いてみて、メンタルな響きを感じさせる音楽性に何となく惹かれていました。耳に心地良いとか、覚えやすいメロディーだとか、そういうのは全然なくて、ひたすら何かを求めて走り続けているような音楽。時代の不安感がその根底にあるのかもしれません。スティング自身は、現代の様々な問題を真剣に受け止め、内面的に消化し、音楽でメッセージを伝えようとしている人だと思いました。私はスティングの音楽についてはあまり詳しくないので、もっと聴きこんでいる友人のレポをここで紹介させていただきます。ライブの感動が、素直に伝わってくると思います。**************************** '05年1月22日(土)日本武道館で行われたスティングのライブに行って来ました。今回の"Sacred Love World Tour"で、日本に来るのは4年ぶり、アメリカ・ヨーロッパを回った後なので、良い感じにこなれているでしょうと、いやがおうにも期待は高まっていました。今回はE,W&Fの時よりぜんぜん良い席で、アリーナの前から16列目位、ステージのまんなかあたりで、しかも私は通路側(前の人がでっかかったので、通路にはみ出すしかない)、これだけ近かったら顔もはっきり見えるだろうねー?と、一緒に行ったmさんとワクワクしながらステージが始まるのを待っていました。 私は、ポリス時代も含め、ずーっとそれなりにスティングの歌は聴いてましたが、(ポリスのPVは、すごーくかっこよかった!! ソロになってからのは、"Englishman in New York"しか見てないかな?)すごいファンというわけでもなく、ライヴも行ったことはありませんでした。スティング自身が崇高(orクールorエキセントリック)すぎて、近寄りがたかったのかもしれません。 開演時間ほぼぴったりでステージが始まり、黒いタイトなスーツ(今回のツアーのワードローブはアルマーニだそうでーす)を着て出てきたスティングは、めちゃくちゃかっこいい!スレンダーな身体は、ベジタリアンでヨガでもやってるのかな?って感じでした。(ツアーグッズでヨガパンツ売ってたからという安易な発想(^_^;) でも座禅も組んでそうじゃないですか?) 彼のこと、エキセントリックでピリピリした感じの人かな?と思っていたのですが、全然違って、すごくやわらかくてあったかいオーラを持った方でした。下手な日本語(ゴメン)で「トキオ コンバンワー」とご挨拶。「モシモシ~」とも言って笑いを取ってました。ウケねらいで言ったかどうかわかりませんが(^_^;) 1曲目は"Send your love"で、最新アルバムの1stシングルカット曲なのでまあ当然でしょうと思いながら聴いていたら、2曲目は、ジャケットを脱ぎ黒いシャツ姿になり(カラーとカフスだけが白くてステキなシャツ)、ベースを持って、"Message in a bottle"が始まったではありませんか! まさかいきなりポリスの曲をやると思っていなかったので(やってもアンコールでしょう、と思ってました)、狂喜乱舞の私。ここで頭のネジが1本はずれちゃいました。次の"Dead mand's rope(死刑囚のロープ)"、これは今回のアルバムで1番好きな曲なんですが、ステージの後ろのスクリーンに美しい映像が映され、思わず見入ってしまいました。丘の上の皆既日食の映像から、大きな満月の前を羽虫や蛍?が飛んでいる映像に変わり、その蛍がなにか小さな生き物の魂のように見えてしまって、自然への畏敬の念を感じているうちに、自然と涙が出てきてしまいました。 今回のライヴでは、映像表現も重視されていて、何の曲の後ろだったか覚えていないんですが、古今東西のいろんなシンボルマークが映し出される中、日本語の「愛」と「心」(中国語の「愛」もありました)の文字が印象的だったり、 "Secred love"という曲の後ろでは、ストリップダンサーのなまめかしいダンスが映し出されていて、「いまや "Secred love(聖なる愛)"は、娼婦の中にしか見つからないのかも?」という意味だったのかなと思ったり。(mさんが「なんて曲?」と聞いてきたので、「聖なる愛」と答えたら、「性なる愛」と勘違いして納得していたような感じでした(^_^;))あの忌まわしい 9.11の日、自宅でのプライヴェートライヴで1曲目にやったという"Fragile(儚いもの)"の後ろでは、無数の爆弾が投下され、無数の戦闘機が空を飛んでいくという、赤と黒と白だけのシンプルなアニメが映されました。私は、歌を聴きながら、その日2回目の涙を流していました。 "Never coming home"では、窓ぎわに置いてある椅子にうなだれて座っている女性が映っていて、窓の外の景色が、最初は経時的な空模様の変化だったのが、そのうち部屋が電車のように走り出したかと思えるような横方向への変化になり、いつしか女性も立ち上がり踊り続けるという映像が流れ、それに見とれていたら、ステージのそでに移動していたスティングを見失っちゃったー(^_^;)ということもありました。踊る女性の映像が多く、中近東あたりのエスニックなダンスもあり、このあたりは最近の彼の嗜好を現しているんじゃないかと思いました。 アルバムではメアリー・J・ブライジとデュエットしていた"Whenever I say your name"をジョイ・ローズというキュートな黒人女性とデュエットしたのですが、手をしっかりつなぎながら2人並んで歌っていて、恋人同士と言うより、親子みたいでほのぼのしていました(*^_^*) そんなジョイですが、すごい声量で聴かせてくれる場面もあり、さすが5才の頃から教会で歌っていただけのことがあるなーと思いました。スティングは53才になるのに、まだまだ現役で、伸びの良い素晴らしい歌声を聴かせてくれて、こういうのって天性のものなんだろうなーと思いました。 今回、大サービスだったと思うんですが、往年のヒット曲をガンガンやってくれて("Englishman in New York","Set them free","Every little thing she dose it magic","Roxanne" などなど)いいかげん舞い上がっていたところに、1回目のアンコールのラストは、なーんとなんと天下無敵の(?) "Every breath you take"(見つめていたい)だったので、感極まって、また泣いてしまいました、私(^_^;) その後、2回目のアンコールまであって("Thousand years")、出てきてくれたときには、"Sting, I love you ~!"と叫びそうになりましたが、"Sti~ng"だけでぐっとこらえました(^_^;)。ラストのラストは、みんなで手をつないで横一列に並んで、何回も大きくおじぎをしてくれました。その後、スティングは、胸の前で手を合わせておじぎをしながら、ステージの奥に消えていきました。 今回のライヴで感じたのは、この混沌とした世界を音楽の力でなんとかすることができないか?という彼の崇高な意思でした。それは、最近のU2のボノにも感じたことなのですが、彼らは天から自分たちに与えられた使命をよくわかっていて、それを全うしようと思っているのではないでしょうか? 彼らは音楽の力を使って、「大いなる愛」で世界を包み込みたいと思っているのではないでしょうか? いえ、そうしようと思っていなくても、私は包まれているような感じがしました。そしてもっと包まれたいなーと思っているのです。最終日に行かれて、彼のことを「王様のようだった」とおっしゃった方(その方も音楽をされるひとです)がいましたが、そんな王様が君臨する国なら喜んで住みたいですよね(^-^) とりあえずは、自分のまわりを愛で満たすべくがんばろうと思います。でも、すごーくがんばらなくても、スティングの笑顔を思い出すだけで、自然と優しい気持ちになれる気がします。☆おまけ☆スティングの名前の由来:ポリス結成前、黒と黄色の縞模様のシャツをステージで着ていたから「sting(蜂の針)」と呼ばれるようになったそうです。ずーっと彼一流のアイロニーでそう名乗ってるんだと思ってたので、「なーんだ」みたいな感じ(^_^;)*****************************************************ライブの雰囲気が良く伝わってくるレポだと思います。さてレポにもありますが、ライブの最初のほうで、スティングが言った「もしもし~」のあいさつ。本人はきっと「ハロー」のつもりで言ったのだろうと思います。最初に「コンニチハ、トキオ」と言って、その後に小さい声で「もしもし~」でした。アメリカでは、日常のくだけた挨拶の言葉「ハロー」が、電話での呼びかけの挨拶にも使われますが、日本の「もしもし」は電話の時だけの言葉です。その辺の違いが外国人には分かりくかったためだろうかと思います。会場からは小さな笑いが起こりましたが、本人はなぜ皆が笑ったのか不思議だったんじゃないかと思うと、また可笑しくなりました(*^_^*)何だか微笑ましいな。
2005.01.27
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今日、音楽専門チャンネル「MUSIC ON TV」で放送していたライブ番組にジミー・クリフが出ていた。ジミー・クリフと言えば、知る人ぞ知る元祖レゲエ。70年代に「ハーダー・ゼイ・カム」で、世界に名を轟かせた。いや~、今聴いても名曲だぁ~~~(*^_^*)30年ぶりくらいに見たその姿、頭はすっかりツルツルになって(^_^;)、でもカリスマチックな風貌はさすがレゲエの神様。たぶん結構な年齢になっていると思うが、歳に似合わずリズミカルな身体の動きが素晴らしい。若者に負けないくらいカッコいいブレイクダンスを披露していた(^o^)丿レゲエは社会的政治的なメッセージを含んだ音楽として、多くの抑圧された民衆に支持されてきた。故ボブ・マーリーは当時のジャマイカの政治にも大きな影響を与えたと言われる。音楽が社会を動かす力を発揮したのがレゲエだった。そのレゲエシーンに何十年も生き続けてきた彼の言葉。音楽は精神を刺激する一つの要素です。時には癒し、時には戦を起こし、破壊する。音楽はモノを変える力を持っていて、私は何かを変えたい。音楽で世界全体を変える事はできないけれど、少なくともシステムにへこみを入れる事はできる。今、何十年ぶりかで、日本にレゲエブームが来ているが、日本人のやってるレゲエって、何だかファッションでしかないように思えるんだけど・・・。どうなの?身体張って、社会の歪にメスを入れようっていう熱血レゲエマンはいないの?腐りきった社会のシステムに一発食らわせて、ヘコミを入れてやろうと思う奴はいないのか?何かを変えようと思わない限り、いくら爆音で叫んでも、単なるマスターベーションでしかないんじゃないかな?
2005.01.18
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最近は、国内外で戦争や自然災害、犯罪など憂鬱な気持ちにさせられる出来事ばかりで、新年が明けても気分も落ち込むばかり。こんな事では21世紀はもう地球も終わりかも・・・?みたいな(-_-;)でも、地球や人類の運命はともかく、今、自分が生きている時間まで憂鬱で落ち込んだものにしてしまっては、ますます先行き暗いような気がする。せめて陽気で明るい音楽でも聴いて、今日も気合を入れて生きたいな、と思う。そんな時にちょうど出会ったのがこの一枚だ。BALANCAの最新アルバム「サンバンバン」。きっかけは、昨年秋に恵比寿ガーデンプレイスで行なわれていた「TOKYO BOSSA NOVA 2004」というイベントでプレゼントされた、日本人によるボサノヴァコンピアルバム。これに入っていたBALANCA(バランサ)の曲が気に入って、ついにアルバム購入に至った。「TOKYO BOSSA NOVA 2004」プレゼントCDには、全部で13曲の日本人によるボッサ&サンバが入っている(ジャパニーズボッサの元祖・小野リサは入っていませんが・・・(^_^;))タダでくれるCDにしては内容バツグン!制作したハピネスレコードさんには大感謝!!!!ハピネスレコードのサイトはここBALANCAについては、これまで名前くらいしか知らず、良いという話は聞いていたが、「日本人のブラジル音楽?(~_~)聴くなら本場ブラジルのミュージシャンのでなければ」みたいな偏見があり、CD買ってまで聴こうという気がしなかった。・・・が、買って聴いてみたら、これがもう最高にご機嫌で、まさに日本人による日本人のためのサンバ。聴いていると思わず身体が踊りだしてしまう。冬の寒さに縮こまっていた心も身体が、元気になって解放されたような気分♪たった一枚の薄っぺらな丸い盤が、こんなにも人の気分を変える事ができるなんて・・・。これが音楽の力なんだろうな。バランサ公式HPはここ音楽に、世界を変える力があるのかどうかは解らないけれど、少なくとも人の心に勇気や希望といった生きる力をもたらす力はあるのではないだろうか?世界を変えていくのは人間だ。その人間の心に活力を与えるのが音楽。前に山下達郎がラジオで言ってた事。「音楽で世界を変えられるなんて思わないし、変えようなんて思わない。でも、この小さなお皿から生み出される不思議な世界、夢の世界。そんな世界に憧れて音楽をやっている」人間の心に夢を届けるのが音楽の仕事なのかもしれないね。人間は食べ物がなければ生きられない。だから、食うのにも困るような生活をしている人々には音楽なんかより一切れのパンの方がもっと大切。でも、食が足りても人の心は満足はできない。物をあふれるほど持っていても心は満たされない・・・。そんな人々が今、日本にはあふれている。豊かな生活を追い求めて一生懸命に働いてきた日本人は、ハッと気付くと、生きるための心の栄養素である「夢」を見失ってしまったのではないだろうか?「夢」と「希望」を持つ人間は、破壊より創造を好む、と思う。「夢」と「希望」を失った人間は絶望し、破壊へと突っ走る。今の日本は、どちらに向かっている?創造?破壊?あなたの心に、「夢」と「希望」は生きていますか?
2005.01.17
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今年は息子が成人式を迎えました。家では特にお祝いとか特別な事はしませんでしたが、息子の希望で羽織袴をレンタルしました。レンタルと着付けで5万円以上もかかったのだからバカにならない・・・。日頃は茶髪でストリート系ファッションでキメている息子に、果たして純日本風の羽織袴なんて似合うのか?と思っていましたが、着付けが終わって羽織袴姿の息子とご対面してみると、意外にもなかなか風流な姿!(*^_^*) 「馬子にも衣装」とはこの事だろうな・・・(笑)さて、近年、成人式での大暴れが話題になるが、今年はどうだろうか?息子の話では、まあまあだいたい無事終わったらしい。でも、日本のどこかでまた大騒ぎが起こっているのかな?と思いきや、今年の成人式はどこもおおむね静かだったようだ。式の簡略化で参加者達が飽きないように努めた成果だというが、それじゃ何だかまるで幼稚園の入園式みたいじゃない?子ども達が飽きて大騒ぎにならないように、ってか?(苦笑)ああ、もう日本もダメだこりゃ~・・・・・・まあ、しかし、いつも思うことだけど、成人式も含めて入学式や卒業式の際にお偉い先生方が壇上で語る、つまらない長~い話、、、あれ、どうにかならないの?おっさん達のわかりきったお仕着せの訓辞なんて誰も聴いてやしないよ。そんな形だけの話より、もっとためになる面白い話を聞かせて欲しいよね。例えば、地元出身でスポーツや社会貢献などの分野で活躍している人の体験談などのほうが、若い人には心に響くものがあるのではないだろうか?話が長いから飽きるんじゃなくて、つまらない話だから飽きるんでしょ?感動できる話なら多少長くたって、真剣に聴いていられると思う。それと、成人式に議員が出席するのってどうなの?それって選挙運動じゃないんですか~?!新成人を祝うと言うよりは、票の確保のための売り込みと思われてもしょうがないじゃんか。去年、それで怒って抗議した新成人が逮捕されたって新聞に載ってたっけな。新成人のためのお祝いの式ならば、もっと若い人達の共感を得られるような式典を考えるべきではないだろうか?どうも、事なかれ主義の大人のエゴだけで、成人式が営まれているような気がする。これじゃぁ、ますます世代間の断絶は回避不可能だわ(-_-;)そんなこんなで成人式も無事終わり、その後、息子達は中学の同級生達と屋形船を借り切って風流な同窓会をやったそうだ。参加人数約90人、マイクロバスで横浜まで繰り出したとか。二十歳という人生の一区切りで、同級生たちの歩む道も様々なようだ。息子の所属していた野球部のメンバーだけを見ても、W大やK大などの有名大学に進学した子もいれば、高校中退してフリーター生活をしている子もいる。中には暴力団に関わっているヤバイのもいるらしい。人生いろいろ・・・・か。「おぎゃあ」とこの世に生れた時にはたいした差はなかったはずなのに、どうしていつの間にか、人は天と地ほども違う境遇になっていくのだろうか?何が人を様々な人生に導いていくのだろうか?・・・運命?運命ならば、その運命はどのようにして決められていくのだろうか?・・・神様?それとも個人の努力とか?才能を発揮して世に認められ、地位も財産も築く人がいる一方で、何をやってもうまくいかずに借金に追われ、しまいには犯罪に手を染めていく人もいる。その人達の運命の差は誰がプログラミングしているの?さて、息子の同級生たちの10年後、20年後はどうなっていくのだろうか?人生、最後の最後まで結果は解らないのかもしれない。最初は負けていても、最後に逆転大勝利!だってあり得る。少年野球で勝って泣いて負けて泣いて、絶体絶命のピンチで最後まで粘って、逆転ホームランで優勝した経験だってある息子達だ。人生の試合はまだ始まったばかりだ。頑張れ!
2005.01.12
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さて、年が明けて8日目です。今年も年頭から様々な出来事が新聞やTVをにぎわせています。私の年明け5大ニュース。5位…よど号ハイジャック犯の家族帰国へ・・・。拉致被害者の安否が不明の今なぜ?一般的な庶民感覚から見ても納得いかない。4位…年末年始に偽札大量に出回る!なんとパソコンとスキャナとプリンタで簡単に偽札が作れてしまうらしい。ま、我が家の安物のプリンタではダメだろうけどな(笑)財布の中の一万円札をチェックしなければ・・・3位…スマトラ沖地震・津波復興支援に有名人の寄付続出!10億もの大金を寄付した花形カーレーサーもいるのに、天下のアメリカブッシュ大統領はわずか100万円?????もしかして、私の数字の読み間違いですか~~~?!!!戦争には莫大なカネをつぎ込んでいるのに、石油の出ないアジアの国々には援助(投資)する価値もないってか?ヨン様だって3000万円も寄付してるんだヨン・・・はい、すんまそん(^_^;)2位…新潟の観光地キャンセル続出でピンチ!地震の被災地と言うイメージのためか、新潟の温泉地では年末年始のかき入れ時に閑古鳥がないていたという。地震での被害がまったくなかった地域でも、被災地と言うイメージが災いして、紅葉シーズンにキャンセルが相次いだそうだ。新潟の復興支援に寄付やボランティアも大切だが、このような地震の二次被害的に客足が途絶えてしまった観光地に、あえて遊びに行くという事も大切な復興支援の一つかもしれないと思った。今度、温泉に行く時はぜひ新潟に行ってみようと思う。1位…奈良の少女誘拐殺人犯は過去にも幼女を襲っていた!年末年始の私の怒りはひたすらこの男に向けられていた。こいつには絶対死刑以外に許される刑はない!自分の薄汚れた快楽のために、無垢の少女を嬲り殺した最低最悪の男。こいつに更正はあり得ない。さっさと地獄に送ってやるべき。新聞記事によるとこいつは10代のときすでに幼女を襲っていたらしい。この時点で逮捕され無期懲役に処されていれば、今回の悲劇は起こらなかったはず。性犯罪の再犯率は非常に高いと言う。その割には刑が軽すぎる。強姦などの性犯罪は最低でも懲役20年以上、未成年に対する性犯罪は無期懲役または死刑にすべき。薄汚い性獣は死ぬまで牢獄につないでおくしか、現在のところ女性や子どもを守る手段はないと思う。なぜ、これほど私が怒っているかと言うと、実は私の娘も一歩間違えば、奈良の少女と同じ目にあっていたかもしれないのだ。小学1年の時、変な男に呼び止められて衣服の上から身体を触られて、とっさに危険を感じて振り切って逃げて帰ってきた。家に飛び込んできた娘の話を聞いた私は、息子が野球で使っていた金属バットをつかんで、娘が男に会った場所に走った。もちろん、そいつを見つけたら後ろから襲ってバットで殴り殺してやるつもりだった。幸か不幸か、男の姿はどこにもなかった。もしまだそいつがうろうろしていたら私は間違いなく殺人を犯していただろう。それから1年後にまた娘が下校途中、塀の影から出てきた知らない男に手をつかまれた。渾身の力を振り絞って娘は逃げて帰った。前回の事もあり、瞬時に危険を察したようだ。家のすぐ近くだったので110番をしてから、私はまた金属バットを手に外に出た。警察や近所の人が近辺を捜索したがそれらしい男の姿はもはや見当たらなかった。私と娘は、警察署に行き被害届けの書類を書いた。その時見せられた不審者リストには、ぼう大な人数の怪しい男の顔写真が載っていた。こんなにたくさんの危険人物が私達の周囲に野放しになっているのかとい思うと、ぞっとした。今回の奈良の事件の男も、このようなリストに載っていたのだろうか?再犯率の高い性犯罪者を地域で監視するようなシステムはできないのだろうか?人権をタテに犯罪者を保護する人達がいるが、今のような時代では、犯罪者の人権よりも、被害者の保護が優先されるべきではないだろうか?女性や子どもが安心して暮らせる社会にするためには、犯罪者の人権が制限される事はやむを得ないのではないだろうか?罪を犯したら人権を制限される、という事が当たり前の社会においては、人間は自由という権利を捨ててまで犯罪に走る事を留まるだろう。犯罪者に甘い社会ではむしろ正直者が馬鹿を見る。そんな社会では、たいした理由もなく人は犯罪に走るだろう。被害者が十分に保護されない社会ではその歪を受けた被害者が今度は社会への復讐として逆に犯罪者に変わる可能性だってある。現に私は、もし我が子が犯罪者の犠牲になったら、どんな手段を使ってでも犯人を虐殺してやりたいと思うに違いない。「犯人の更正を祈ります」などという仏様のような事は絶対に言えない。被害者の絶対的な保護と、犯罪者への厳しい処罰と一生に渡る監視を義務付けるべきだ。
2005.01.08
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2005年だす。明けました、おめでたう!年末は大掃除に明け暮れて、しばらくパソコンと遠ざかってしまった。久しぶりに開いて見ると、メールのたまっていること!しかも、そのほとんどが迷惑メールやいつ申し込んだのかも解らない読まないメルマガのたぐい。こんなくだらないメールがたくさん来るため、大切なメールを見落としてしまう事がよくあるので、困る・・・。アドレスを変えるのも面倒だけど、どうしたらくだらないゴミメールを整理できるのだろうか?くだらないゴミと言えば、年末大掃除で痛感したのは、くだらないゴミの山に埋もれてしまっている我が家の姿だ(苦笑)捨てても捨ててもゴミの山は減るどころか、ますますゴミが溢れ出す始末・・・(泣)いつの間にこんなゴミがたまってしまうのだろうか?よほど気をつけて生活していないと、人間はいつの間にかゴミに生活を支配されてしまうのかもしれない。「捨てる技術」という本を読んで、「こんどこそは!」と張り切ってみるのだが、いざゴミの山を見つめてしまうと途方に暮れている自分がいる。娘が一緒に部屋を片付けてくれた。次々と「これ捨てていい?」と言う。「あ、ちょっと待って!」と私が言うが、娘は容赦なくゴミ袋に私の大切な(?)ゴミを捨てていく(笑)他の人にとってはゴミとしか思えないものが、私にとっては大切な思い出がこもる物だったり、捨てられないこだわりの品だったりするのだ・・・(-_-;)「捨てる」ためには、自分1人でやっていては永久に捨てられないと実感した。「片付けられない女」という言葉があるが、私もその1人だ。いや、片付けられないというよりは「捨てられない」のだ。「取りあえず」どこかにしまっておく・・・、これがいけない。いつの間にかわけの分からない物が空間を埋めていく。数年たって片付けてみると、「どうしてこんな物を後生大事にとっておいたのだろう?」と、自分でも可笑しくなってしまう(^_^;)「捨てる技術」という本には、「今、使わない物は永久に使わない物、だから捨てろ」と書いてある。しかし、捨てられない人間は、「いつか使うかもしれない」と考えてしまうのだ。しかし、結局、使う事はまず8割がたあり得ない。使おうと思って探しても、どこにしまったのか忘れて結局は新しい物を買ったほうが早いのだ。だから結局は使わずに、永久に「それ」は仕舞われている。今まで、思い返してみるとほとんどがそうだった。本に書いてある通りだ・・・・(-_-;)どこに仕舞ってあるのか探す時間と手間を考えたら、今使わない物はどんどん捨てて、必要な物をその都度買ったほうがよほど効率良い生活ができるに違いない。今は、100円ショップという便利な店があり、いろんな物が安く手に入る。しかし、環境問題を考えると「捨てる」事は、ゴミを増やす事になる。それが私の中ではネックだ。そこでこう考えた。「もう、物を買わないようにしよう」と。何かを買ったら何かを捨てる。このようにすれば物は増えないだろう。人生の時間を半分以上過ぎた今、思う事は、残りの人生で今まで貯め込んだゴミを捨てていこう、と言う事。一日も早く、ゴミとオサラバして、スッキリさわやかなシンプルライフを楽しみたいと思う。人間、どうせ死ぬ時は身一つだ。死んだ後に残る物は自分の骨しかないのだ。あの世に持って行ける物は何もない。どんなに物をたくさん持っていても、何も持っては行けない。それならば、せめて死ぬ瞬間に「良い人生だった」と思いながら死んでいけるような自分になるために努力したい。物はいらない。お金も生活できる分だけあればよい。・・・・新年を迎えた今日、こんな事を考えた。
2005.01.01
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