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毎年、「今年の10大ニュース」を10年日記につけてます。読み返すと、結構笑えるものも。平成8年の第8位。 「車を売却。車なし生活になる」 (以来、自家用車なし歴7年)平成9年の第6位。 「(子育てが一段落?して)初めて飲みに行けた」(来年は、大人の飲み方をするぞー)平成11年の第8位。「食洗機を買った」 (実感。次は目指せ、洗濯乾燥機)平成13年の第2位。「マンションが売れなくて毎週掃除」(毎週見に来る人はいるものの売却に至らず10カ月。今思い返せば面白かったけど、その頃はドキドキ)今年の10大ニュース、皆さんは何でしたか?私は年明けにでも考えようっと。その1つには、きっと「楽天日記を始めたこと」がランクインするでしょう。ほんとは10個も思い浮かばない年が、穏やかでいい年だったりするんですよね。いずれにせよ、来る年がよい1年でありますように。もちろん、皆様にとっても。
2003年12月31日
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夫の実家に本日より3泊。ここ3年ばかり、夫の母の希望で都内ホテルでのお正月であったのに、今年は実家で年末年始を過ごすことになりました。夫は3人兄弟の次男坊。DINKsの長男夫婦と2人の息子のいる三男一家は明日到着予定です。3人のやんちゃ息子を育て上げたのに孫もたった3人では、賑やか好きの母としては少々寂しかろうとは思うものの、こればかりはいかんともしがたく。いずれにしても、賑やかなお正月になりそうです。
2003年12月30日
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帰省前に、というより、今年の書き納めになるかもしれないので、反訳の先輩でいらっしゃる速記士の方のお話を。(って、私は速記ができませんが)日記を開設したときに、初めて書き込んでくれたのは三洞さんでしたが、知り合いがいきなり来てくれたので、あんまりびっくりして、即座に書き込みを削除しちゃいました。でも、どんな文面だったかは、今でもちゃんと覚えています。そして、同業の方ではじめて掲示板に書き込んでくださったのは「まんでりんさん」でした。最近はいらっしゃいませんが、(お元気でいらっしゃるのでしょうか)とってもとっても嬉しかったのを覚えています。それ以来、たくさんの方に書き込みをしていただいて、励ましていただいたり、笑わせていただいたり。心より御礼申し上げます。同時に、書き込みしないまでも、定期的に読みに来てくださっている方にも、心より感謝です。今年、5月か6月のことでした。開設して半月ぐらいしたときに、私書箱にメールが届きました。私よりも年上の速記士の女性の方からです。「知らない言葉は聞き取れない」というタイトルでの日記に反応してくださったメール。「私もそういう経験、ありますよ。」以来、ほぼ毎日のやりとりで、感想を寄せてくださったり、ご自身の経験をお話しくださったり。私も、所詮「1在宅ワーカー」の書き散らしていることに不安を感じつつもあったので、いろいろ相談に乗っていただくこともありました。なるほど、ネット恋愛というのは、こうして育まれていくものなのかと、何だかわかるような気もしなくもない。でも、もちろん節度ある大人の付き合いでありますし、必要以上に踏み込むことはありません。その方とのメールのやりとりで、何より嬉しく、ありがたかったのは、「否定されない」ことです。速記もできる、経験も積んでる。おそらく苦笑しながらだったり、疑問に思う日記もおありだったに違いありません。でも、日記の内容、それ以外のいろんな悩み、決して否定なさらずに、上手にアドバイスをくださいます。これは、とてもとても大きなエネルギーになりました。同時に、自分の子育てにまで、少なからず影響がありました。「否定しない」ことが、どんなに安心感を与えることか。そんな見える方、見えない方が背中を押してくださることもあって、書き続けることができたような気がします。すっごくたくさんの方とネットでお知り合いになれました。ありがとうございました。来年も、とっても楽しみです。皆様、よいお年をお迎えください。年の瀬に感謝を込めて。そして、ちょっとだけ、留守にします。その間に、のんびり屋さんのカニサボテンがようやく咲きそうなんです。誰にも見てもらえなくて、かわいそう。
2003年12月29日
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1日中、コマネズミのようにくるくる動く。台所からベランダ、リビング、その他。くるくる、くるくる。あまりに普段と違う勢いに気圧され、娘が洗濯を担当してくれました。夫は半日不在。どこへ行ったのやら。そして、掃除機をかけるときと同じように、私の頭の中はいろんなことを考える。(ん?と思われたかたは9/12の過去日記を読んでくださいまし)また月末の気分の沈む波がやってくる。この年末の波は、少々大きいかもしれぬ。そういえば今日は有馬記念。忘れもしない1989年のクリスマスイブ、私は中山競馬場にいました。そして、ほこりっぽい人ごみの中、新聞を握りしめ、最終コーナーあたりからは、「いけぇ~!」とか、「走れ~!」と叫んでいたかもしれません。イナリワンが1着になったとき、溜息をついたような気がします。やがて最終レースが終わった後、人の波をかきわけかきわけ、わけもなく場内を歩きました。渋谷のセンター街を意味もなく行き来する女子高生のように、わけもなく歩きました。(少々年齢は違ったけど)ハズレ馬券や新聞の舞い散る中、人の流れと逆方向だったり、一緒に出口に向かってみたり。来る時から、帰る時まで、たったひとり。そして、肩を落とし、武蔵野線に乗り、家路につきました。あのころの私は、どん底を通り越して、ズンドコでした。それ以来、競馬場には行ったことがありません。
2003年12月28日
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年賀状を作成するのは、我が家では、いつのまにか夫の仕事になっています。ありがたやありがたや。子供の写真を載せるでもなく、印刷屋さんに注文を出すわけでもなく、淡々とパソコンでつくります。毎年デザインは1種類のみ、家族の連名なのだけど、今年、ちょっと私の中で変化が生じました。私だけの名前でつくっちゃいけないのかなあ。こんな些細なことで、と思って笑わないでくださいね。主人に聞いたら、案の定、即座に却下されました。「その必要はない」今までは、主人の会社関係も、親戚も、友人も、みんな家族の名前の年賀状で出すことに、何も違和感がなかったのに。ただ、私の仕事関係にのみ、家族を明らかにすることには確かに違和感がありましたけど、担当者宛のほんの1、2枚程度のこと。家族がいるから在宅仕事なわけですから、許容範囲と自らに言い聞かせ。今年、新しい仕事のつながりが生じました。これからもつなげていきたい取引先です。でも、もちろん家族のことを話すでもありません。そこまで親しくは、まだありません。なのに、自分の名前が2番目の賀状を出して、果たしてわかってもらえるんだろうか?そんな、家族丸出しの賀状でおかしくないか?でも、主人は反対です。「何で、それが、いけないの?おれだって、そうしてる。」何で、わかってくれないの? こんな些細なことでって、笑わないでくださいね。「そんなの、わかりゃしないんだから、さっさと市販の葉書を買って、自分で出せばいいじゃない」・・・・・そのとおりです。ただ、後ろめたい。「そんなの、2番目だろうが何だろうが、仕事の結果が大事なんだから、どうだっていいじゃない」・・・それも、そのとおりです。記憶に残っているんです。習っていたピアノの先生が、それまで家族の連名だったのに、ある年から、お一人の名前での賀状になりました。子供心に不安を感じ、「先生、離婚しちゃうのかなあ」って思ったことがありました。もちろん、今でもご家族仲良く、暮らしていらっしゃるのではありますが。自分がこうして新しいことを始めると、思わぬことで引っかかりが生じるものだと、ちょっと心さびしい年の瀬。
2003年12月27日
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夜中にTBSの「クリスマスの約束」を見てしまいました。小田和正の大人の語りと相変わらずの透明な声に、しばしうっとり。いいなあ、小田さん。それゆえに寝不足ですが、満足。官公庁は、本日仕事納めでしょうに、どうして年内納品なのだろうと思いつつ、自治体の会議録を打ち込んでいます。ようやくトンネルの出口が見えてきた。見えなきゃ困る。昨今の世相を反映し、話題の中心は、学校における子供の安全について、などなど。そういえば、学校でも防犯ブザーが配られましたが、紐を引っ張ると鳴るタイプなので、子供だから、ついどこかに紐を引っ掛け、よく通学路で鳴ってます。これでは「オオカミが来たぞ」の少年と同じになってしまいそう。それから、本会議の話題としては、介護保険料についても、相変わらずある党が噛み付いて、減免措置を訴えています。細かいことは判りませんし、賛否はあるものの、私の実家では、間違いなく介護保険の恩恵を受けています。文字通り老老介護ですから。本日、白寿を迎える祖母がいるのです。何と99歳!日露戦争の頃の生まれです。2年ほど前までは一切公的援助を受けず、60歳過ぎと70歳過ぎの両親が世話をしていました。昭和ひとけた、硬派の父は、自分の母を施設に預けるなんてとんでもないこと。しかし、自ら世話もするわけでもなく、しわ寄せはすべて母のもとへ。祖母も、自力で歩行もでき、それなりに元気ではありました。しかし、2年ほど前のある日、たまたま私が帰省していた折に、祖母は転んで大腿骨を折りました。これ以上、自宅のみでの介護は限界だろうと、市役所に行き、介護保険の説明を受け、無理やり両親を説得して、申請をさせた覚えがあります。自らすすんで申請するのは、身内の面倒を自分で見切れないなんて・・という自責と抵抗の念があったもよう。そして、骨折により、寝たきりになって、死期は間もなくか・・・と思われた祖母は、96にして大腿骨にボルトを埋め込み、リハビリに励み、不死鳥のように甦り、自宅に戻ってきました。そして、今も変わらず、何でも「おいしいねえ」と食べ、5分後には言ったことを忘れ、「みんなに迷惑をかけるから、もう、おいとましたいんだけど、なかなかお迎えが来なくてねェ・・・」とぼやいています。そして、あまりに社交的なので、介護認定の人が来ると、急にしゃきっとしちゃうのです。今回なんか、頭の回転が冴えまくり、気合いが入って、要介護度が1つ、よくなってしまうところでした。そんな祖母と母方の祖母も健在なので、私も長寿が保証されてるような気がするのですが、誕生日も近いので、恒例の人間ドックの予約をしました。実はこれで5年目になります。健康なときに受けておくと、普段の数値がわかって安心かなあと思って。健康なときに受けておくと、いいですよ、人間ドック。いずれ、その報告もしますけど、ぜひ、おすすめします。
2003年12月26日
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昨日の「メリークリスマス」は、南人さんの真似をして書いたら、三洞も真似しました。2人とも、「お気に入り」の楽天仲間です。3人で時々こんな言葉遊びをしていますので、おもしろがってくださる方は、南人さんの12月11日の日記を見てくださいね。ところで。年末、帰省前、年内納品あと1件。そんな状態なのに、こんな力の入った日記を書いていていいものか。でも、ちょっと書きたい。12/22「賢いお嬢さんの話」で、「調べて書く」ことの大切さに触れたのですが、もしも楽天のお仲間の方が、これを読まれて「あっ、調べもせずに書いてる・・・」と恥じ入ることは全くありません。私もそういうことはありますし、所詮、日記です。がっ!!やはり、仕事として「エッセイスト」を名乗る以上、きちんと書いてほしいなと思うのです。個人攻撃になってしまうかもしれませんが、聞いてくれますか。愛読紙「毎日新聞」に月1~2回、全面広告の頁があり、右隅に毎回エッセイが載ります。「エッセイスト・橋出たより」と署名があります。この名前で検索しても10件も出てこない、無名のエッセイストです。でも、なかなかいい文章を書きます。読後感の爽やかな、背伸びのない、気持ちのよいエッセイです。以前から、気付けば必ず目を通していました。私の過去日記で「ニュートラルな1日」というタイトルがありますが、この方の文章から拝借した言葉です。きっと、この人のエッセイがまとめられたら、文庫本なら買うでしょう。そんな、軽い、気持ちのいい文章を書く人です。ところが、ある日の紙面で、少々引っかかりました。「王様の耳はロバの耳」のあらすじを紹介している部分です。「・・・・、こんな話だったと思う。」調べてない、と思いました。だれでも知ってるあらすじです。ネットで容易に調べはつくだろうし、この方はお子さんもいるもよう。それなら、図書館なりで絵本コーナーに行くのは雑作もないこと。やっつけ仕事じゃないかな、と感じた第1弾でした。次に読んだときは、絵本の紹介でした。これは、エッセイじゃない。他の方の日記にも、(「橋出たより」で検索すると出てくる数少ないヒットです)最近つまらないという感想が述べられていました。「つまらないことを書いて字数を稼いでいる」と。同感です。さらに極めつけが12月18日の朝刊でした。「空の青さが知りたくて」というタイトルです。素敵なタイトルでしょう? 読んでみて、やっつけ仕事をしていたらしい謎も氷解しました。この方は家を新築中だったのです。人生の一大イベントを前にして、多忙な日々を送っていたのかもしれません。その姿勢が仕事にあらわれることがいいかどうかは別にして。そして、今回は、久々に字数の多い、力の入った文章でした。海辺に建てられつつある自分の家を楽しみにしている様子が軽やかに描かれていました。いい文章でした。ただ! 最後の締めの部分です。長くなるけど引用します。新築現場に訪ねてきた友人との会話。「井の中の蛙、大海をしらず、か。この格言に続きがあるの、知ってた?」「うそ、知らない」「『されど』ではじまるんだけど」「されど?されど、何よ」「されど、空の青きを知る」この言葉についての感想で、このエッセイは終わります。「思わず、新築現場の防塵シートのすきまから外をのぞくと、十二月のきっぱりとかわいた青空がきもちよかった。」一瞬、「へえ、続きがあるんだ」と信じそうになりました。が、調べてみたら、それは嘘のようです。続きの部分、「されど空の青きを知る」は、後世の人がつけ加えたものらしく、「空の深きを知る」「天の青さを知る」「天の深きを知る」など、諸説分かれています。私たちは、反訳の仕事をするたびに、調査をします。確認をします。ネットでも検索します。おびただしい情報の中から信頼できる一握りのものを探します。ですから、「正確な情報」を出してほしいのです。いい加減なことを、さも正しそうに書いてほしくないのです。それが個人の日記なら別です。でも、仕事として書いているのですから。結局、個人攻撃になってしまっているかもしれません。私がこんなふうに書かれたら、泣いちゃうかもしれません。きつい言い方になってしまっていて、ごめんなさい。でも、あの文章を読んで、「へえ、あの格言に続きがあったんだ」と信じる人がたくさんいるでしょう。タイトルにさえ使っているのだから、ご本人も、一番言いたかったことに違いありません。一番インパクトのある部分だからこそ、きちんと確認してほしかったと残念でなりません。この人の筆力ならば、どうしても調べがつかなかったとしても、「真偽のほどは不明だが」と、どこかに加えることは何でもないことです。いい文を書く人だからこそ、自分の筆に溺れることなく、ちゃんと調べて書いてほしいんです。もしも、この人がこれからも「エッセイスト」という肩書きをつけて仕事を続けるつもりなら。
2003年12月25日
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寂しい夜を過ごしてはだメ誰かがあなたを待ってたリ楽しいひとときすごしたイ うきうき気分でどこへいク会いたい人に電話をしたリたのしいイベント考えまスそんな昔は過ぎ去ったまマ孤独で、駄文なクリスマス皆様、メリークリスマス。私は、いつもどおりに家の中。恵比寿のバカラはケースの中。
2003年12月24日
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片頭痛?偏頭痛?そんなこと考えたら余計痛くなってしまう。今日はお休みします。
2003年12月23日
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私の「お気に入り」に登録されている中で、おそらく最年少が「あやこ姫」だと思われます。本日は、老婆心のお話。ばあやの気持ちになった出来事。「bombom26」というHNで日記を書いておられるあやこ姫は、札幌交響楽団に所属するビオラ奏者のお嬢さん。関西系の軽いノリと、何ともいえぬ語り口。一読すれば、すぐさまファンになること請け合い。お勧めは「アホを露見する」シリーズでしょうか。大阪案内もよかった。タイ紹介(11/4)も抱腹絶倒。過日の加湿器も笑えた。開設日数とアクセスの数を比べれば、いかに彼女の日記が面白いか、楽しみにしている人が多いか、おわかりになると思います。オーケストラの団員さんだから、お知り合いの人数が多いんでしょうって?いえいえ決してそれだけではありませぬ。かる~い書きぶりの中に、ちらっと見える素顔もある。ああいう日記はなかなか書けるものではありません。ところで、ある日、彼女が「ゲンを担ぐ」の語源について、日記をかいておられました。その内容は、「ゲンを担ぐ」の語源は、「縁起(エンギ)」が逆転して「ギエン」になって、「ギエン」→「ギェン」→「ゲェン」→「ゲン」となったものだという説でした。???ほんとかな~。「ゲンを担ぐ」、すぐさま私の思い浮かぶのは「験を担ぐ」の「験」の字です。霊験あらたかの「験」の字です。「縁起」から「ギエン」だって?そんなギョーカイ用語みたいな語源で正しいとは思えず。「広辞苑」でも確認し。そうっとあやこ姫にメールを出しました。「これは、験を担ぐが正しいのでは?」普通なら、他人のそんなアラを探し、なおかつ指摘するような失礼なことはしません。でも、姫の日記の面白さとおびただしいアクセス数を考えると、誤解や過ちだとしたら、どうしても放っておけなかった私の老婆心。お許しくだされ、あやこ姫。すると、間もなく返事が来ました。何と!彼女はきちんと事前に調査し、「験」と「縁起→ギエン」の両方の語源を確認した上で、面白そうなほうを取り上げて日記にしたというのです。きちんと出典のアドレスまで挙げて返信してくれました。とてもとても感激しました。このお嬢さんは、自分の日記をわかってる。心得ている。面白い日記を書き散らしているだけではなく、読ませること、読まれること、ちゃあんと承知の上で書いている。確認の大切さ、調査の大切さもわかっているご様子。さすが賢いお嬢さん。ますますファンになりました。同時に、文字通りの老婆心に反省いたしました。頭のかたくなっていたのは私のほう。「ゲン」には「験」しかないと思い込んでいた自分のほうが、よほど愚かでありました。そんなあやこ姫に比べて・・・と、どうしても言いたい人がいるんです。明日あたりにその話。もちろん、日記のお仲間ではありませんから、どうぞご安心。
2003年12月22日
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ある海外視察団の報告書になるであろう仕事をしています。現地でのインタビューを反訳中。もちろん通訳つきで、反訳は日本語部分のみ。こういう仕事は、実際の録音時間よりも起こす部分が少ないから嬉しかったりする。通訳つきの仕事というのは以前にも日記で触れたことがあります。何度も経験済み。いつも感じるのは、通訳によって、起こしやすさ、起こしにくさが格段に変わることです。優秀な通訳さんは、ひっかかりがありません。お互いの意志をくみとり、的確に訳し、日本語としても整っている。こういう方の場合にはとてもありがたい仕事であります。文の倒置や、語句の重なりなども、とても少ない。通訳さんは存在しても、ご自身の意志は内容に全く反映されません。透明人間のような、優秀な機械のような存在であります。でも、今回のは、ちょっとひどい。最初はよかったんです。きちんとお互いの意志を伝えていて、透明人間で。でも、だんだんと自分が視察団の一員のように勘違いし始めている。相手の本当に聞きたいことを聞かず、自分の中で勝手に解釈し、それを相手に伝えている。相手のいうことを3分聞いて、日本語に直す時間が30秒。これはあまりに省略し過ぎていないだろうか。そして、自分の判断で話し始めるから、発言者の名前を立てるのが難しい。普通は「ブッシュ氏」と名前を立てて、通訳の発言をそのまま起こせばいいのに、「通訳」と名前を立てざるを得ない発言多し。あんたが勝手に演説してどうする。自分の判断で話題を仕切ってどうする。それが的確なら許せるけど、ちょっとずれてる。結果、質問している日本人側は、通訳と訪問先担当者との英語のやりとりをわけもわからずボーッと聞かされている時間が長く、所在がなくなって、せきばらいしたり、コーヒーカップをガチャンと置いたり。(どっちも、いきなり耳に入ってびっくりするし、聞き取りにくいので困ります)これでは余りに時間の無駄。実は、これはある自治体の海外視察です。税金で議員さんたちが海外調査に出かける是非、あちらこちらで問題になっていますけれど、この自治体は、それなりに意義をを持ち、事前に勉強もし、単なる物見遊山ではないと感じなくはありません。観光だけをしに行っている議員団ではありません。ただ、どうしても会見の内容が深まらない。それは通訳の責任も大きいでしょう。事前に勉強もし、質問項目も事前に伝えている、それでもお互いに意志の疎通がうまくいかないので議論が深まらない。自分はずっとこの自治体の議事録を担当しているので、その地方議会が何を問題視し、何に重きを置いて視察に臨んでいるのか、何となくわかります。それなのに、通訳は、ずれている。ずれた通訳の質問からは、ずれた答えしか返ってきません。きっと、議員さんたちももどかしかったんじゃなかろうか。あの咳払い、あのカップの置き方。同じ「訳す」者として、透明人間じゃないといけないんだなと改めて感じた次第です。やはり反訳した原稿を読んで、「あれっ?」とか「んっ?」という引っかかりはなるべく少ないほうがいい。これは通訳でも、反訳でも、音訳でも、点訳でも、同じことなんじゃないだろうか。海外視察、百聞は一見に如かずと出かけていって、それなりに実りあるものになったのでしょうか。百聞ばかりしている私には、本当のところはわかりませんが。
2003年12月21日
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泥酔する。反省する。以上。
2003年12月20日
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本日は能楽堂。昨日とギャップがありすぎる?母の鼓の会なのです。久々に電車に乗るので忘れず本を携える。昔は通学、通勤の時間が長かったから往復で文庫本1冊だったのに、今は乗り換えにせわしくてあまりはかどらない。案の定、本にのめりこみ、降りる駅を間違える。これは乗車時間の短さゆえよりも、歳のせいか。トホホ。読んでいたのは阿川弘之の「食味風々録」。旧かなづかいだけど、この程度はまだ大丈夫。母は、30年近い謡曲のキャリアを持ち、小鼓は6年ほどになる。弟子をとってもよさそうなのに、そういうことは好まない。緊張気味の初老の母は、淡いピンクの着物姿でちんまり座っていた。両脇には、黒の紋付でどっしり構えた横笛と大鼓の方。こちらは本職。その間に挟まれて、何だかちんまりしていて、可愛い。厳しい母を、時折こんなふうに見るようになったのは、いつごろからだろうか。そして、昔、私のピアノの発表会のときには、母はもっとドキドキしたんだろうな。そんなことを思いながら、しばし幽玄の世界に浸る。番組は「山姥」という。重々しい地謡、鋭い鼓の音。更に鋭く空気を切り裂く横笛。いつもと全く違うリズム感と周波数であるが、もう謡は日本語とは思えない。あらすじも、もともと不案内な上に何と謡っているのか聞き取れない。なんだかさっぱりわからない。まるで地の底から響いてくる呪文のようである。こういう伝統芸能で字幕表示の是非が問われているけど、やはり必要なんじゃないだろうか。狂言、歌舞伎の世界は若手に注目が集まり、ファン層が広がり始めている。けれども能楽まではまだまだ至らず、皆さんそれなりに危機感を抱いているもよう。そうだろう。だって会場ではたぶん私が一番若かったもの。平均年齢は60歳を超えていると見た。母の舞台を見終えて、伯母と叔母にもあいさつし、早々に辞去する。年内に納品の仕事が2件ねじこまれているのでゆっくりしてはいられない。慌しく帰宅したら、お気に入りのイヤリングを片方落としていたのに気がついた。クスン。残念。
2003年12月19日
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打つ、飲む、寝る。打つ、飲む、寝る。この繰り返し。博打屋のような今日の私。内容はおかたい議事録だというのに。ひたすらキーボードを打ち、眠気対策の飲み物を飲み、我慢できないとパソコンの前に突っ伏して寝る。あるいは床に倒れこみ、しばし寝る。これは、職場では、できまい。時折ネットに逃げ込む。楽天をさまよう。そんなことしてたら、見積もりのメールが来た。嬉しくなって、金額と納期をしっかり確認して、えいっと送信した後で気がついた。「いつも世話になっております。」・・・姐御のメールじゃあるまいし。しまった。再びひたすら、飲む、打つ、飲む、打つ。そうこうしてたら、もう一つメールが来た。楽天ブックスの感想文に掲載の由。10/25「阿川佐和子!」の日記を字数を削ったものです。こちらです。もしよかったら見てください。http://books.rakuten.co.jp/b.jsp?i=416743511X 悩んで悩んで随分削りました。結果、ゆとりがないので日記のほうがよかったかも。面白さが少しでも伝わるとよいのですが。今は、父上の阿川弘之氏の本、読んでます。いろんな発見があったので、それはまた後日。
2003年12月18日
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夕方、娘の用事で家を出たら、いつの間にか数軒先の家が取り壊されていました。このあたりは、昔からの家は広くゆったりしているのに、建てかえられるたびに1軒の敷地に3軒、4軒の建売住宅ができ、どんどんちまちました宅地に変わっています。私もそうしたところに建てたマンションに入居したのだから大きなことは言えませんが、街の雰囲気が変わりつつあることは事実です。そして、建売住宅は敷地目いっぱいに建てられるため、樹齢何年という庭木が容赦なく切られてしまう。2年ほど前、近所の高台にある空き地にマンションが建てられることになりました。古いお屋敷の跡で、家はとうに壊されてなくなっていましたが、格調高い石塀と、幹の太いクスノキ数本は、ずっとそのままでした。ある日、近所を歩いていたところ、えもいわれぬいい香りが漂ってくる。爽やかな、すうっとする香り。何だろう。我が家に至る下り坂の途中あたりまで香っている。どこか1軒の家から出てくるような微かなものではなく、辺りいっぱい、空気いっぱいに広がっている。???どうしても確かめたくて、クンクンと香りの元をたどってみたら、くだんのお屋敷の石塀もろともクスノキが無惨に倒されていました。そこから芳香を放っていたのです。そういえば、これはショウノウの匂い。切り口の新しい、生々しい切り株。クスノキの香りは、数日間、辺りいっぱいに漂い続けました。こうして、このあたりの緑が失われ、申し訳程度の庭木の植えられたせせこましいマンションや建売が増えています。そのお屋敷跡も、今は低層5階建ての立派なマンションにかわりました。随分タイトルと離れてしまったけど、あのクスノキの香りが忘れられなくて。悲鳴みたいだったんだもの。そして、本日なくなっていた家にも大きな芭蕉の木があったのに、それもバッサリやられてしまいました。芭蕉の木がわからぬと話が続かぬので、どんな木かキになる方はこちらでチェックしてくださいまし。http://www.bashouan.com/pdPhoto3.htm このサイトのHPには、心なごむフォトギャラリーもあります。こちらです。気分転換にどうぞ。http://www.laphouse.com/jtOh_NATURE.htm/ その芭蕉の葉を見るたびに、私はいつもK氏という華道で有名な人を思い出していたのです。芸術雑誌の取材で、床の間で花を活けながら、ご自身のポリシーや、家庭でできるちょっとした花の楽しみを語るものでした。そのときのテーマが「芭蕉」の葉でありました。祖母が自宅で古流を教えていたこともあり、自分自身、とても興味ある内容で楽しく起こしておりました。ただ、どうも起こしながら気になったのは、その方の「しゃべり」です。ゆとりがないような、自分の主張を押し付けるような、コーヒーのCMの印象からは少々外れた粋人らしからぬ語り口のような気がしました。あれっ?こんな人なんだと思いました。時々、いるんです。自分の才能を売り込む人にありがちなしゃべり。妙に自信に満ちていて、それでいてちょっとせわしく品がない。いつか起こした占い師もそうだった。それ以来、何となく信用できないんだな、その人の占い。そして、1ヶ月ほど経ち、自分の起こした内容が気になって、くだんの芸術雑誌を買いました。あのとき、語りながらどんな作品を活けたのか。芭蕉の葉は、どんなふうになったのか。これは見ないと判りません。!!! ギョッ!何と前衛的。つやつやした、破れ目の一つも無い芭蕉の葉が、床の間いっぱいに上からダラ~ンと下がっています。そして、その一番下に一輪ムクゲの花がくっついています。まるで巨大な舌の先端にピアスでもしたみたい。ほかの作品にしても同様でした。芭蕉という扱いづらい素材だったからか、芸術雑誌だったからか、あまりに前衛的で、冒険を好まない古流の生け花に親しんだ自分にはあまりになじめず、ちょっとがっかりしました。その花人とともに。ところが、最近になって、病院の待合室で手にとった婦人雑誌の特集で、彼の作品を見かけました。あれからもう7、8年は経っています。作風が違いました。もっとシンプルで、肩に力の入っていない、まことに感じのいい作品でした。私の感じ方が変わったのか、雑誌の性格によるものなのか、本人が変わったのか、何だかわかりません。でも、ゆとりを感じます。きっと、今、彼の声を録音したら、話し方も変わっているんじゃないだろうかと、そんなことを感じた出来事。見慣れた芭蕉がなくなったこれからは、もう、あまり思い出すこともなくなるでしょう。
2003年12月17日
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掲示板のはるぎぃさんの書き込みに触発されて、今日はこの話題を。皆さん、お買い求めになりましたか?「バカの壁」。そして、最後までお読みになりましたか?「バカの壁」。私、実はまだ途中です。本のつもりで読みはじめたら、そうではなくて、まるで養老先生が暖炉の前でお話しされているのを聞くような雰囲気。話題があっちへ飛び、こっちへ飛ぶ。「これは私の話を、新潮社の編集部の人たちが文章化してくれた本です。対談や講演を文章化するのは、よくやることです。でも独白を続けて、それを文章にしてもらったのは、じつはこれがはじめてです。(中略)それを他人に文章化してもらうと、こうなるのか、とあらためて思いました。自分の文章ともいえるし、他人の文章のようでもある。これが奇妙な効果を生じているように感じます。いってみれば、この本は私にとって一種の実験なのです。」(「バカの壁」まえがき より抜粋)話し言葉の文章化。これは、反訳を生業としているものとしては、一度触れないわけにはいきません。ところが、平易な話し言葉で書かれているはずのこの本が、すうっと読めなかったのは、なぜでしょう。私の「バカの壁」があまりに厚く立ちはだかっていたから?「バカの壁」とは何か、その構造、仕組み、それを取り払うための方法、その他が流れるように話されていれば、(あるいは構成されていれば)すうっと読めたのかもしれません。しかし、これは「実験」です。テーマは一応あるものの、養老先生の頭の回路は、あっちこっちに飛んでいきます。飛んでいくままに口にされます。それが活字になっていきます。桃太郎のおじいさんおばあさんが頭に浮かんだその次にプラトンが出てきます。ケニアの話の次にモーツァルトが登場します。養老先生と一緒に暖炉の前に座っていれば、その場の空気でつかめるかもしれないイメージの飛躍が活字からではつかめない。先生の頭の中ではつながっていて、脈拍のようにピョンと飛び出した部分だけが言葉になっている印象を受けます。それが私はとてももどかしかったのですが、皆さんは、どうかな。飛び出す部分は様々だから、読んだ人によって面白いと感じるところが違ってくる。通読して「面白かった!」という感じ方とは全然違う。これでは中谷彰宏の本と切り口としてはあまり変わらない。「どこかでなるほどと思わせればよい」という。加えて「です・ます」調と「である」調の混在。これは小学生の作文だったら、先生に直されてしまう。「文体は統一しましょう」。これも一種の実験なのでしょうか。ただ、自分自身、日記を書いていても混在します。ですから、これはメールやパソコンでつくる文章の特徴かもしれません。それが書物になって活字になると、まだ、あんなに違和感があるのですね。皆さんは、どう思われましたか?『バカの壁』。「バカの壁」がつくられる過程について、編集者にインタビューした記事がこちらにあります。http://media.excite.co.jp/book/news/topics/056/ そして、「バカの壁」を含む話し言葉での書物についてまとめた文章がこちらにあります。http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/news/20031003_01.htm 私自身、もう少しいろいろ知りたい。この本ができあがるまでのいろいろな経緯。10時間ほどのインタビュー、全部編集の方が反訳なさったのか、外注に出したのか、どういう点が面白く、どういう点がご苦労だったか、反訳の過程で話し言葉と書き言葉の間で悩めることはなかったのか。・・・内容自体に触れないで、どうもすみません。仕事柄、そういうことが気になります。この「バカの壁」の実験は、商業的には大成功だったでしょう。だって、タイトルの巧さもあり、暖炉の前の養老先生のところに200万人も集まったのですから。そして、この実験が、文体として成功し、受け入れられていくのか、とても楽しみでもあります。話し言葉を文章化するなら、反訳の需要は増えるんじゃないかなと、ちょっと期待もあります。反面、昔の文語体の文章が消えていったように、今の書き言葉も大きく変化していくのではないかと心配でもあります。もう口にされない、けれども書き言葉では残っている美しい言葉はたくさんあります。もう少し、この本をきっかけとして、話し言葉と書き言葉について掘り下げてみたかったのだけど、1日に書く分量としては私には限界。今日はこの辺で。
2003年12月16日
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ぽっかり1日空いてしまった。次の仕事は明日、宅急便で来る予定。この貴重な時間をどーする。せっかくだから、広尾あたりにまで買い物・・・なんて行きません。次の仕事の録音時間によっては大掃除ができないかもしれない。さて、一番気になるのはどこだろう?ベランダ? 窓? 換気扇? そうだ、換気扇。ゆーうつだけど、気になる。まるでダスキンのレンジフードフィルタのCM、オセロの中島だ。(いや、あんなに色黒でも若くもない)結局、カーテン、換気扇、買い物という家事の日。カーテン洗いも、換気扇も、話したいことはありますが、そんな、ねえ。人の家の掃除の話を聞かされても・・・と思うので、省略。ただ1つだけ、カーテン洗いは簡単なわりに満足感が得られます。さっぱりするし、レースは真っ白。そのまま吊るして乾かせば乾燥対策の一助にも。でも、洗う前にはウォッシャブルかどうか、確認してね。そして、「カーテンは育てるもの」らしいですよ。友人がドイツに滞在していた時に、現地の主婦の方に言われたそうです。「日本人はどうしてカーテンをあけたときにあんなに無造作なの。カーテンの襞は、こうやってきちんと育てるものよ」そう言って、カーテンを開けたときに、きちんと上から襞をつくり、下からも、その襞を引っ張りながら畳み込み、そしてタッセルで束ねたそうです。まるでアコーディオンカーテンのようにきれいに山と谷をつくって。それを毎日続けることによって、きれいな襞のあるカーテンが「育てられる」のだそうです。へぇ。洗濯機で洗うと、いつも干した時はちょっとしわしわ。それをまた、「育てて」やると、だんだん格好がついてくるのです。一度お試しあれ。ちょっと雰囲気が変わりますよ。あっ、皆さんの家は、ちゃんときれいな襞のあるカーテン?それは失礼いたしました!
2003年12月15日
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珍しい即日納品の仕事がやってきました。ほかの人は、よくあることかもしれないけれど、自分は滅多に超特急の依頼を受けません。ドキドキしますが繁忙期でもあり、珍しく数日前からの問い合わせだったので、前後の仕事をやりくりし、受け入れ態勢を整えます。日曜日ですが、幸い夫はゴルフで不在。時間数にして、たったの30分の録音です。量的には全く大したことはありません。トータルで1時間半のインタビューの一部分で、ビジネス雑誌の正月号に載せるそう。・・・・いいインタビューだったんだな、これが。海外で活躍するスポーツ選手、名前を言えばみんな知ってる。話もうまいし、論旨も明快、聞き手もすっかり楽しんでいるのがよくわかる。顔の印象が強いので気付きませんでしたが、実は声もいいんです、その人。出版社といい、内容といい、珍しく早めに予定を伝えてきた理由がよくわかりました。それだけちゃんと起こしたい内容です。こちらも、たった30分の当日納品とはいえ、おろそかにするわけにはいきません。(え~、いつもおろそかにしてませんよ、へへへ)ただ、校正のときに、いつになく迷いました。なぜか。「いいインタビューは、削れない」んです。編集者やライターの方に実際にうかがったことがないので、定かではありませんが、インタビュー、それも聞き手が自分で楽しいインタビューほど、自ら起こして楽しみたいのではないかなあと思うのです。そのときの雰囲気や表情、いろんな状況を思い出しながら、削ったり、倒置して、記事を練り上げていくのではないかなと。もし自分だったら、楽しかったインタビューほど人に任せたくないだろうと感じます。それを、時間に追われてやむなく外注に出す。そう思ったら、必要以上に削れなかったのです。通常の審議会や会議録などでは、発言者の「アー」「ウー」、「いわゆる」「つまり」など不必要に繰り返される言葉、更には意味の重なりなど、削ってしまうことがしょっちゅうあります。(削りはしますが、語句を付け加えることはしません。)重要なのは論旨ですし、書面になったときに読みやすいかどうかが肝要です。ただ、インタビューのときは迷います。例えば長嶋茂雄のインタビューで「・・・ですね」「いわゆるその・・・」を全部取ってしまったら、持ち味が失われてしまいます。田中角栄のインタビューで「ま、そのー」を全部なくしたら、田中角栄じゃなくなってしまう。でも、全部が全部入れるのは、あまりに読みにくい。以前、弁護士の方が言ってました。「証言テープの反訳を、原告の人が費用を惜しんで自分で起こしたものを読んだのですが、やはりプロに任せたほうが読みやすいですね」そのあたりのさじ加減は、経験だったり、納品先によってだったり、だんだんつかんでいくもので、なかなか「こう!」という決まりにはなりません。大切なのは、いかに次の人が加工しやすい形にするか、です。以前、「テープ起こしの分際」(10/14)の日記で書いたように、私達の原稿は最終成果物にはなりません。最終成果物に限りなく近いこともあれば、単なる「たたき台」のこともあります。インタビューなどは、単なる「たたき台」なんだろうなと改めて思いながら、今回テープを起こしていました。というか、「たたき台」の形にしなくちゃいけないんだろうなと。例えば、「・・・楽しかったというか、それで、この間の試合の後も、ああ楽しかったと移動して・・・」という発言があったとします。無味乾燥な議事録だったら、自分の判断でどちらかの「楽しかった」を削るでしょう。でも、インタビューの場合、どちらの「楽しかった」を残すかは、反訳をする自分よりも、納品先の判断にゆだねたほうがいいのではないか。書面として納品してしまうと、それをテープと照合しない人もたくさんいます。ということは、ここで勝手に削ってしまったら、どちらかの「楽しかった」は死んでしまうわけです。もしかしたら、削ったほうの「楽しかった」が、現場ではとてもインパクトのある「楽しかった」だったかもしれないのに。・・・いや、大抵は雰囲気でわかるから、そんな大層なことではないのでしょう。それに、実際は「そんなこと、どっちだっていいよ」かもしれません。わかりません。ただ、これを記事につくりあげるのは、きっと楽しいだろうな、と思えるような内容だったので、起こしながらそう感じた次第です。30分の即日納品、それも日曜日。でも、その楽しい仕事を与えてくれた担当者に感謝したいようなテープでした。こういうテープが来ることもあるので、在宅ワーカーでもいいじゃん、無理に独立しなくても。そして、いい仕事というのは、金額の多寡ではないんだよって思ってしまいます。いや、この姿勢が単価の引き下げの一因になってしまうのかな。在宅ワーカーとSOHO・・・またいろいろ考えさせられてしまいました。どこかのビジネス誌の正月号で、海外で活躍するスポーツ選手のインタビューが出ていたら、麻nekoが一部分録音反訳したものかもしれません。こんなこと、してるんだなと読んでくださるとうれしいです。ただし、立ち読みは、ダメよ。
2003年12月14日
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午前中は相変わらず自治体会議録。加えて飛び込みで入ってきた校正3件。おいおい、土曜日だよというけれど、12月は議会月でやむを得ません。この仕事をするようになって、毎年、大掃除がただの掃除になっていく気がします。年の瀬感もなかなか味わえない。明日は討ち入りの日だ。それがどーした。それでも、午後からは、娘の用事で「クリスマスコンサート」に行きます。たまにはきちんとお母さん。スーツにロングコート、黒のバッグとハイヒール。正装して、お出かけしちゃったりなんかして。おっと、香水も忘れずに。車に乗らなくなってから、我が家に「音楽」が少なくなりました。もともとテレビは好まぬし、仕事中には余計は音は聞きたくない。(校正しているときは、音楽をかけると、はかどるのかなあ?)CDを聴くのは習字の稽古をしているときぐらいです。ですから、こうして、子供を通して音楽に接する機会がとても貴重になりました。ハンドベル、聖歌隊、ミニオーケストラ、パイプオルガン、どれもこれもきれいな音色で(ああ、月並みな表現!)、途中でうとうとして娘につっつかれたり、感動して涙ぐんだり、どうも疲れて感情の起伏が激しくなっている模様。一応、神様の前で敬虔な気持ちになり、教会を後にする。ところが、敬虔なお母さんは数時間でした。夕食にビールと焼酎のお湯割を飲んで、しばし倒れこみ、酔いを覚ましてから、再び校正を仕上げます。明日は即日納品の仕事が来るので、今ある仕事は終わらせないと。話題が変わりますが、11日の日記を真夜中にアップし、今朝確認したところ、誤字発見。普通の日記なら許容範囲かもしれませんが、よりによって「校正の大切さ」を説く日記の、それもクイズの解答の中で!なんというタイミングの悪さでしょう。加えて「おこ総研」さんのメルマガ最新号では、再び編集後記で触れてくださっているというのに!(LVさん、御礼申し上げます。重ねて取り上げてくださって、ありがとうございました)「ガス管」「水道管」が「ガス菅」「水道菅」になっていました。いくら酔眼(睡眼)朦朧で書いたとはいえ、場所が場所だけに、ちょっと、ねえ。お気づきになった方は、あきれたと思います。失礼いたしました。「ま」ぬけな麻neko、ただのneko。しっぽを巻いて、退散。
2003年12月13日
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天気予報が外れて冷たい雨です。10日の日記に、たくさんのお答えをありがとうございました。反訳の仕事をされている方も、いない方も、それぞれにレベルが皆さん高いことを改めて感じ、うかつな日記は書けないなあと、一瞬気が引き締まりました。が、背伸びをしても続きませんので、自分のペースでぼちぼち書いていこうと思います。気長にお付き合いくださいませ。イッタイイツマデカキツヅケルノカ・・・。答えは、11日の日記として、後ほど。生まれ育った町では、今日、酉の市が開かれています。先程、父からの電話では、雨の中をたくさんの屋台が準備を始めているとのこと。毎年必ず12月12日に開かれます。鎮守様の名前は「調神社」。「つきじんじゃ」と読み、「延喜式」にも載っている由緒ある神社です。「つき」にちなんで珍しく、参道入り口には狛犬のかわりにウサギがいます。かわいいでしょ?不況にあえぐ昨今「つき」を呼ぶと話題になり、参拝客が急激に増えているそうな。地元の人はだれも「つきじんじゃ」なんて言いません。「つきのみやじんじゃ」「つきのみやさま」「つきのみやさん」。隣の町の「氷川さま」の「十日まち」、こちらの町の「十二日まち」、それが終わると一気に年の瀬の気配です。皆さんは、お祭りの屋台で何が懐かしいですか。私は幼い頃、赤いタコ風船か、水の入ったヨーヨーしか買ってもらえませんでした。タコ風船って、鉢巻のように細い風船が巻きついている、あれです。「お好み焼きは消化に悪いからだめ」とずっと言い聞かされて、食べ物は一切ダメ。(消化に悪いなんて、うそじゃん! 母親になって、初めて知りました。)多忙な母に連れられて、あまり祭りを楽しむ時間もなく、1つか2つ、くじを引いたりパチンコをするぐらい。夕暮れ時には、境内の裏手にアヤシイお化け屋敷か見世物小屋、そんなものが不気味に建っておりました。人ごみにはぐれまいと、必死に母の手を握って。たったそれだけでも、お祭りに行けるので何だかワクワクしてました。親とも、友人とも、お祭りに行かなくなってしまったのは、高校生のころでしょうか。独身最後の「十二日まち」は、平日でした。夕方、勤めから帰ってきた父と、ばったり駅で会いました。いつもはバスで帰宅するのですが、祭りで道は渋滞しており、歩いて一緒に帰りました。物売りの声、鈍い発電機の音、ほこりと一緒に冬の匂い。他愛のないことを話し、(それは、わざとだったかもしれません)歩いて一緒に帰りました。昭和ひとけた生まれの父は、いつも多くを語りません。でも、私にとって一番思い出深い「十二日まち」になりました。今日は、そんな父の誕生日でもあります。きっと朝食はお赤飯だったでしょう。(いまだに!)お酒とチョコレートが大好きで、友達がとっても多い。ゴルフが大好きな普通のおじいさんです。
2003年12月12日
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昨日の同音異義語クイズ、解答を出そうと思うのですが、2点、言っておかないといけません。すみません。1 あまりに専門的だったこと2 どの辞典を参考にするべきか、明示しなかったことこのクイズは「広辞苑」など一般の辞書で解決できるものではありませんでした。ですから、極端に例えるなら、お医者さんが「さあ、これはなんと読む?」とカルテを患者に突きつけて読ませようとするようなものだったかもしれません。すみません。いくら日本語とはいえ、一般的な例文ではなかったことをご容赦ください。反訳者は、反訳者なりに、それぞれ辞典を活用します。「用字例辞典」というものです。知っているからといって、変換できるからといって、やたらめったら難しい漢字を使えばいいってものではありません。基準があります。今回は、自治体議事録であるということで、日本速記協会の「標準用字用例辞典」を参考にしています。マスコミ関係の仕事だったら、各新聞社から出している用字例のハンドブックを使ったり、会社の決まり、個人のスタンス、いろいろあるとは思いますが、肝心なことは、「どうしてこの字を使ったの?」と尋ねられたときに、論拠になるものがあることです。「何となく・・・」ではいけません。と思うけど、どうかな。そんなわけで、こちらが問題と解答。お気づきのことはご指摘くださいね。「この場合、計上収支比率は下記のとおりになっております。また、費目別には、需要費、不要学それぞれ構成費は柿のとおりです。今回の補正予算は、市外地再開発事業の一貫とした北六丁目の水道管敷設工事によるもので、この箇所は袋工事になっておりますので、通常とは異なる行程で作業をするため、新たに予算計上をするものであります。」①計上収支→経常収支 ②需要費→需用費 ③不要学→不用額 ④構成費→構成比 ⑤柿→下記 ⑥市外地→市街地 ⑦一貫→一環⑧敷設→布設(ガス管なら敷設。水道管だけ布設なの。変よね) ⑨袋工事→袋小路 ⑩行程→工程皆様、解答をお寄せくださってありがとうございました。すばらしい正答率に改めてレベルの高さを感じました。だって、私、辞書を引き引き確認したもの。そして、どうしても1つ言っておきたいことは、これは「レベルが高いから、だれにでもできるんじゃないんだよ、わかったか!」と自慢するために書いたのではないということです。「へぇ」「おもしろ~い」と感じてくださるかどうか、なんです。「こんなの、どうだっていいじゃん、同じ日本語なんだし、大体意味が通れば。調べるの面倒だし。ま、いっか」という気持ちで、そのまま何だか通信教育を受けて、とりあえず試験に受かって、何となく開業して、何となくHPを出し、そのあたりをおろそかにして、安請け合いの仕事をしている、(そんな人、いないことを切に願いますが) そういう人がいたとしたら、それじゃだめなんだよ、ということに気付いてほしいのです。この例文は、跳び箱22段ぐらいの難易度だったかもしれません。(なんじゃそりゃ)普通では、とても跳べません。それを、「経験」や「知識」や「調査」の踏み切り板を使って跳び越えていくんです。「知識」だけで跳べる人もいるでしょうし、「経験」の浅い人だって「調査」や「知識」で跳べる人もいるでしょう。私の場合は「調査」によるところが大きいです。その過程で、「あれっ?」と気付いたり、「知識」を得たり、「調査」することが「おもしろいなあ」と思えたら、この仕事はとても楽しいのです。ほんとは、反訳の話をするなら、同音異義語の話題ばかりではなく、もっと文章整理のことなども触れなくてはいけないのかもしれませんが、とりあえず得意分野の話ということで、文章整理は、またいずれ。昨日、鍋焼きうどんをつくろうとして、左手で、火にかかっている土鍋の取っ手をつまんでしまいました。鉄瓶は見るからに熱そうなので、いつも心しているのですが、土鍋は、ついうっかり。あぢっ!!取っ手をつまんだのと同じようにアイスノンをつまんで、しばらく片手で家事をしていたら、痛みが軽くて済みました。慌しい年の瀬、指の怪我はさしつかえるので、皆様も、どうぞ慌てませぬように。拙いクイズにお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
2003年12月11日
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午前中、自治体会議録の校正をしてから、ランチのお出かけをする。幼稚園ママ時代の友人4人。転居した後でも1学期に1回くらい、お誘いの声をかけてくれる。ありがたいことです。電車に乗り継ぎ20分、引っ越して3年になろうという街は、だんだんよそよそしい。「こんなビル、出来たんだ」「ここ、何屋さんだったっけ?」名物の弁当屋には、相変わらず人だかりです。老舗のこの店は、いっぷう変わった唐揚が有名で、いつも昼過ぎには売り切れになる繁盛ぶり。今日は夫も忘年会だから、夕食はこれで済ませよう。「なつかし~!」と娘もきっと喜ぶだろうし。近況報告、しゃべるしゃべる。中身は大したことはない。あっという間に時間切れ。午後と夜は再び校正。もったいないなあと思うのは、議員さん、原稿はいいのだ。でも、読んでも心に響かない。反訳して読んでみれば、とてもいい文章なのに、それが声になったとき、いい演説にはならない。読ませ上手は聞かせ上手と一致しないなあと改めて思う。ただ、最終的には議事録になって残るのだから、いい演説よりもいい文章のほうがよいのか。そこまで考えて、原稿つくっているのかな。聞いていてつまらない。読めばうまい。そんなこと考えていないで、校正は集中しないと。入力のときは、指を動かしながら結構ほかのことを考えるけど、校正はそうはいかない。同音異義語、意味のつながり、上すべりで眺めると、網の目をすりぬけてしまう。入力と校正、どうもこれも脳の使い方が違うようです。過去日記で右脳と左脳の話をしたけれど、入力しているときよりも校正のときのほうが絶対脳の前、前頭葉のあたりが疲れるもの。厳しい、険しい顔になる。え?他人の日記の間違いも気になるかって?そりゃ、気付くことはあります。でも、一字違いなんて、自分でもしょっちゅうあるからノープロブレム。ただ、話題の大本が間違っていたら、これは少しだけ、気になります。つぶやきモードの日記だったら何を書いてOKですが、人に読んでねモードの日記は「ちゃんと調べてね」って思うこともなくはないです。ただ、これで一度、逆に「おお!」と感心させられたことがあるので、それはいつか書くことにいたしましょう。ところで、今手がけているのは、こんな感じです。例えば・・・。「この場合、計上収支比率は下記のとおりになっております。また、費目別には、需要費、不要学それぞれ構成費は柿のとおりです。今回の補正予算は、市外地再開発事業の一貫とした北六丁目の水道管敷設工事によるもので、この箇所は袋工事になっておりますので、通常とは異なる行程で作業をするため、新たに予算計上をするものであります。」自治体の、予算書の報告はこういう調子です。とっさにつくった文章で、意味が通らないことはご容赦ください。同業者の方は、何箇所の熟語の誤りがあるか、おわかりですよね?5つしか見つからないなんて言ってる方は、もっと研鑚を積みませう。わかったら、そっと左の「メッセージを送る」で教えてほしいな。回答は、後日。おっと、この場合は解答か?そうそう、「謎のバフルテン」の校正が戻ってきました。校正する人は、その言葉のつもりで聞くから、正しければ素通りです。聞き取るために費やした苦労までには思い至らぬことでしょう。無事、クリアでした。よかった。ご協力ありがとうございました。
2003年12月10日
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自治体の会議録反訳&校正中。 同音異義語多し。うっかりしてると通り過ぎてしまうので、普段より、より注意深く。自治体の本会議は、立派な本会議場の壇上で発言します。一国の総理からして国会で原稿を読み上げるのですから、地方自治体の皆さんは推して知るべし。皆さんほとんど原稿を棒読みです。議員さんにしてもだれにしても、もう手書きの原稿は少ないでしょう。きっとワープロソフトで作成するはず。すると、①原稿→②読み上げる→③録音→④反訳→⑤印刷という無駄な手順の一部を我々は担っている。①の原稿のデータさえ手元にあれば、それを決められた用字例どおりに直すだけで済んだりはしないか。実現すると、仕事を失ってしまいそうだけど、手間としてはそれで十分な気がしないでもない。少々むだを感じつつ仕事をする。でも、実際には原稿どおりに済むことばかりじゃありません。野次も飛べば、とっさの反論もある。自分で反訳中にびっくりしたのは、こんなこと。ある自治体の新人女性議員、緊張の初登壇。かわいい声がマイクに乗っていたかと思うと、だんだん途切れ途切れになって・・・・・・・・ガタガタッ!!!「だ、大丈夫ですかっ!」と議長の声。どうも貧血を起こして倒れてしまったようです。暫時休憩。結局、それ以上原稿を読むことなく、「・・・これでわたくしの質問を終わりにいたします」だけ話して、終了でした。 けがは、なかったかな。 原稿どおりにいかないといえば、ちょんまげ松浪健四郎議員の水ぶっかけ事件もありましたね。あれは平成12年11月20日、衆議院の本会議でした。実際の議事録にどう書かれているか気になって、ちょっと調べたので下記に転載します。衆議院のサイトの会議録から抜粋させていただきました。「水をかける」とは、さすがに議事録には書かないんですね。どのあたりで事が起こったか。私は、あのあたりだと思うなあ。----------○松浪健四郎君 こんばんは。皆さん、大分お疲れだと思います。 自民党の皆さんもぼろくそに言われました。森総理もぼろくそに言われました。御安心ください。我々保守党は体を張ってお守りいたします。(拍手) (中略by麻neko) 内閣不信任決議案反対の一つの理由は、森内閣に……(発言する者、離席する者多し)内閣不信任決議案反対の理由は、森内閣に失政がないということであります。明確な理由も論理もなく情緒で動く現状は、山本七平氏が言うところの「空気」の研究対象になるでありましょう。(発言する者、離席する者多し)○議長(綿貫民輔君) 静粛に願います。○松浪健四郎君(続) 自民党、公明党、保守党から成る森連立政権は、さきの総選挙で国民の信任を得、衆参両院における首班指名を受け、国のため、国民のため、誠実に政策を手際よく実行してまいりました。(発言する者、離席する者多し)○議長(綿貫民輔君) 静粛に願います。○松浪健四郎君(続) 例えば、今日の国政の最も重要な課題である経済政策において、前小渕内閣の路線を堅持し、積極的な経済政策を国民の立場から推進し、我が国経済を全体として緩やかながらも改善させ、不況のどん底にあえいでいた我が国経済を見事に立ち直らせたのであります。(発言する者、離席する者多し)○議長(綿貫民輔君) 静粛に願います。○松浪健四郎君(続) 自律回復軌道に乗せるにあと一歩までたどり着いたのであります。 最後に……(発言する者、離席する者多し)余りにもうるさいので、反対討論を終わります。(拍手、発言する者、離席する者多し)○議長(綿貫民輔君) 静粛に願います。 松本善明君。(発言する者、離席する者多し)静粛に願います。 〔松本善明君登壇〕○議長(綿貫民輔君) 静粛に願います。(発言する者、離席する者多し)――静粛に願います。 松本善明君、発言お願いします。(発言する者、離席する者多し)――静粛に願います。 松浪君の件につきましては、後刻議長において処置をいたします。(発言する者、離席する者多し)静粛に願います。静粛に願います。静粛に願います。 松浪君の件につきましては、後刻議長において処置をいたします。(拍手、発言する者あり)後から処置しますから。 松本善明君、登壇願います。(発言する者、離席する者多し)静粛に願います。 松浪君の件については後刻処置いたしますから、議事を進めます。(発言する者、離席する者多し)一たん着席してください、着席。着席してください。後から処置するんだから座ってくださいよ。処置しますから。そんなこと、今休憩する必要は、だめ、後から処置する。 ――――◇―――――・・・・議長さんも大変そうだけど、速記者さんも、きっとトホホだよね。
2003年12月09日
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地方自治体の会議録。2日間の録音は合計6時間半。来週15日の納品。今週はランチの予約が1件あるし、週末は外出がち。前倒しに打っておかないと・・・、と思っていたら、さらに1本電話が入る。登録してある会社の担当者から。週末に1本テープをお願いしたいとのこと。「ムリしなくてもいいよ」といわれるものの、どうもこの人に私はヨワイ。何だか引き受けてしまったが、大丈夫か。必死に3時間分打ちつづけ、あと10分残ったところで、もうだめ。集中力の限界です。今の担当の方は年齢不詳のナイスガイ。時々日記に登場します。必要以上に褒めない。持ち上げない。でも、ミスがあったときも必要以上に責めない。仕事の振り方で、信頼してくれているんだろうな、ということは何となく感じます。問い合わせについてのレスも、すこぶる反応がいい。連絡も常に前広。担当者との相性って、あると思うんですが、この方が担当になってくださったことに感謝。気持ちよく働かせることを(意識せずに)心得ている人なのです。そして、決して使い捨てにせず、息長く働かせようとしていることもうかがえる。これは、人を動かす上でとても大切なこと。いい仕事をしようと少しでも思っている大人には、ムチや罰は要らない。10年近く1つの会社に登録していれば、担当者も変わります。最初の担当は、リタイア寸前の速記者だった方でした。ご自身、お嬢様が嫁がれて、お孫さんがいらして、という年齢だったので、当時幼稚園に通わせながら仕事をしていた自分を、無理なく育ててくださいました。おかげで、少し自信がついてきたころ、ある自治体の会議録も担当させてもらえるようになりました。そのころです。こんな出来事がありました。組織がわかってしまうので、細かいところは、はしょります。今のようにメール納品はありません。仕事を受けたら、最後は必ず出社して、印刷して、表紙をつけて納品するまでが在宅ワーカーの仕事でした。校正が戻ってきたら、出社して、直して再度納品です。当時、娘は幼稚園。9時過ぎに送り込み、お迎えは2時です。正味5時間。通勤時間が往復1時間半。たくさん校正があったり、打ち合わせがあったりすると、昼食もとらず、ということもたびたびです。今考えると、随分綱渡りでした。ただ、優しい初老の担当者は、そんな自分を気にかけてくださり、印刷だけなら出社しなくてよかったり、お迎えの時間に間に合いそうにないと「あとはやっておくから」と言ってくださったり。大抵はきちんと時間内に処理していたつもりですが、その言葉に知らずに甘えているところもあったのでしょう。ある日、その近くのセクションのベテランの女性から書類とメモが自宅に郵送されてきました。そこには、私の確認ミスによるページ番号の打ち間違いの書類と、辛らつなお手紙。「何度も何度も言っているのにちっとも直らないのは何とかしてほしい。幼稚園に行かせていて出社時間が短いのはわかるけれども、みんな時間をやりくりをして出社してるんだから、あなたもきちんと出て、印刷して納品したらどうですか」細かいことは忘れましたが、こんな厳しい内容でした。ページの間違いは、1度は指摘されたことはありましたが、それ以来何も言われていませんでしたから、お怒りの理由が最初はわかりませんでした。印刷を担当していたのが、おそらくその女性で、いつまでも直らないページ番号を苦々しく思い、加えて担当者の言葉に甘えて早々に引き上げる自分の態度にいらだたしさを覚え、思わず激しい口調の手紙になったのでしょう。感情の起伏の激しい方で、その半年後に会社を退職されました。ぐっさり刺さる文面でした。でも、謝るしかありません。次に出社した際、丁重に非を認め、謝りました。割り切れなさも、少しだけ感じつつ。それ以来、態度を改めたんだよ、という話でも、嫌な人だったね、という話でも、こうしたらよかったのかな、という話でもありません。「こんなこともあったよ」程度の話です。それでも私は今でもこの仕事を続けています。そして、その手紙のことは、忘れることができません。
2003年12月08日
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夫と2人で買い物に出かけました。娘はお留守番。鬼のいぬ間にテレビ三昧するつもり。平日、夫婦の会話はあまりありません。すれちがいの時間多し。唯一ゆっくり話すのが、こういう休日の買い物のときです。車のない我が家では、どこに行くのもてくてく歩く。お散歩に連れて行ってもらう犬のようにまとわりつく私。くっついて腕を組みたがり、手が冷たいと言ってはポケットに手を入れ、のぞきこんで話す。「あのね、メルマガに紹介してもらったんだよ」「あのね、私書箱にメールもらったんだよ」「それでね、それでね・・・」ちっとも聞いてない邪険な夫。私もスミマセン、いい歳をして。でも、脇のショーウインドーを見れば、歩調はぴったり合ってるじゃん。スーパーへ向かう銀杏並木は黄葉が見事です。途中の店で、誕生日の近い父へチョコレートを送る。お酒も大好き、甘いものも大好き。チョコレートに目がない父は5日後が誕生日である。坂を下ってスーパー到着。荷持ちもいるので心強く、まとめていろいろ買い物をする。「こんなの予定にないよ」というものも、さりげなく入れられてしまう。実は私よりも買い物好き。帰りにはケーキ屋に寄る。この通りにはお気に入りの店がある。酒屋にしろ、ケーキ屋にしろ、「ここっ!」と決めると私はしつこい。「デスティネーションアイテム」というのだそうだが、それがものすごく多い。「こだわりがあるのね」と言われるとそうかもしれぬが、実はいろいろ試すのが面倒だという話もある。決めてしまうと楽だもの。冒険は大変。「ローソク、おつけしますか?」振り返ると、黙って手を横に振り、先に店を出る夫。今日は、彼の誕生日なのです。つかの間の4歳違い。ちなみに、射手座と山羊座で相性は最悪です。
2003年12月07日
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(A) 「待って!私を置いていかないで!」と上半身だけ起こして手を伸ばし、ヨヨヨ・・と泣き崩れる女。(B) 「ハッハッハ」と、満足そうに両手を腰に当て、整然とした部屋の中にすっくと立つ女。「捨てられる女。」さて、あなたの思い浮かべたのは、どっち?「ラヴィ・ドゥ・トランタン」最新号の車内吊り広告で、今日見つけました。この場合の正解はB。収納特集の見出しが「捨てられる女になろう」です。とっさに私の思い浮かべたのは「待って~」のほう。何でって、別にそういう気分だったわけじゃなく、「ら」にひっかかったから。「見れる」「食べれる」は、自治体の会議録でも議員さんが発言するようになりました。気持ち悪いと違和感を覚えつつ、「発言どおり」の原則にのっとりやむなく起こします。勝手に校正するべきではなく、議会事務局の判断することです。(慣例があったり指示のある場合は別ですよ)自分では、なるべく使いませんが、もう無意識に使っているかもしれません。ただ、最近は「見ることができる」「食べることができる」と言い換えるようになりました。まだるっこしいので、そこのところだけちょっと早口で、「ミルコトガデキルッ」って。「見られる」「食べられる」は、可能のつもりで言ってても、どうも受け身の気持ちになってしまう。言うたびに、人様から注目を浴びたり、ワニに食べられたりする気持ちになって、どうもいたたまれない。「れる・られる」は、今更ですが「受け身・可能・尊敬・自発」をあらわす助動詞です。しかし、昨今は「られる」から可能の意味が失われつつあります。いろんな人が既に指摘していることだと思います。「れる・られる」、地方によって受け止め方が異なることは、ご容赦ください。関西の方などは、違う感覚かもしれません。「藤木直人、見られた。」 これを読んで、どう思いましたか? どこかで密会の現場を見られたのか。(受け身) ファンが、彼のことを目撃することができたのか。(可能) 恐らく、密会現場ととらえたほうが多いと思います。「鰹節、食べられた」 猫に食べられてしまったのか(受け身) 子供が、苦手な鰹節が食べられるようになったのか(可能) これも猫でしょう。ちょっと例文にムリがあった?ごめん、眠くて。「見れる」「食べれる」の台頭で、「られる」の「可能」がどんどん薄れていきます。くだんの広告に違和感を覚えたのはそんな理由からです。でも、さすがに「捨てれる」とは書けなかったのでしょう。そこまで認知されてない「ら」抜きの書き言葉。こういう揺れている最中の言葉は反訳するときに迷います。柔らかい雑誌の記事ならその口調を生かしたいし、お堅い講演会では直したい。そのあたりのさじ加減も、この仕事の腕の見せどころです。話し言葉の世界で、今揺れている言葉は、きっと、「マニフェスト」。「マ・ニ・フェスト」(ニにアクセントがくる)「マ・ニフェスト」(マにアクセントがくる)どちらで定着していくのでしょうね。こちらもちょっと気になるなあ。
2003年12月06日
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昨日同様、今日も家から出ません。冷たい雨。この冬初めて、仕事部屋でエアコン入れました。1件納品し、宅急便で資料を送る。次は長丁場の自治体会議録なので、また同音異義語と格闘だ。階下の猫とは仲良しになったものの、ほんとは動物が苦手です。実家でも、幼い頃に生き物を飼ったことがありませんでした。夜店の金魚もいつのまにか消えていて。でも、実家の隣に、今でいうブリーダーの家がありました。ペットじゃなくて、「飼い犬」「番犬」の時代です。ただたくさん犬がいるおんぼろな家でしかありませんでしたが、ポインターとか、シェパードとか、チンとか。血統書付の犬がいろいろいました。噂によれば、名犬ラッシーの子供を預かったこともあるとか、ないとか。ところが、そこの家の飼い犬は、時折、首輪が外れ、生垣をくぐり抜けて我が実家の庭に乱入します。狂ったように走り回るのです。散歩させてもらえないストレスを発散すべく、ものすごい勢いで駆け回ります。それも、なぜか私が庭でゴム飛びとか、おままごととか、1人で遊んでいるときに。いや、怖いのなんのって。もう泣きべそです。ギャ~と慌てて家に逃げ込み、家屋にも乱入しかねないので、ガラス戸をぴったりしめて、息を詰める。誰もいなくなった庭はかえって犬には好都合。走り回る、回る。花壇はぐちゃぐちゃ。球根、掘るなよ。そのうち、連絡を受けて、自らチンのような顔の小柄な奥さんがやってくる。割烹着を着てひょこひょこと来る。「すいませんねえ」と言うものの、全然悪びれない。鼻を鳴らす犬に首輪をかけて、ひょこひょこと、また連れていく。ようやく嵐が去る。ドキドキはおさまらず。そんなこんなで今でも犬はちょっと苦手です。マンションではペットを禁止していないので、エレベーターに乗り合わせることもありますが、「ま~かわいい」と言いつつ、私の顔はひきつります。お願いだから、吠えないで。びっくりするから。そんな次第で、我が家は生き物禁止令。観葉植物、わずかにカニサボテンが1鉢と、娘の植えたアサガオ、アマリリス、そんなもん。本日、そのカニサボテンに変化です。緑のギザギザの葉っぱの先に、真珠の赤ちゃんのような、ほんとにほんとに小さい丸いつぼみを見つけました。毎年のんびり屋さんのカニサボテン。今年は、あんまり可愛がってやらなかったのに、ありがとう。クリスマスのころには、ピンクの花をたくさんつけるといいな。
2003年12月05日
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今までにこの仕事をしつつ2回の転居をしています。全部マンション住まいです。1、2度目の住まいでは、リビングにパソコンを置いてました。子供も小さかったので、遊ばせつつ仕事をさせることができて好都合でしたが、夜はストレスが溜まりました。家族は「団欒モード」です。私は「仕事モード」のこともあります。テレビの音がどうしても耳に入ってきてくるし、家族にはディクテーションマシンの音がうるさいし。折り合いをつけながら、何とか作業を続ける日々。今の家になって、ようやく仕事部屋が確保できました。といっても7.5畳、普通だったら「主寝室」として使われる部屋です。東側の天井から床まで、全面が窓になっています。脇にかかる深い青色のカーテン。金色の細かいユリの模様が入っているお気に入りのカーテンです。床は赤みがかった茶色のフローリング。そこにダブルベッド(それだけでいっぱいか?)でも置くのが自然なのでしょうが、なぜか家具置き場&仕事部屋と化しています。畳でないと寝られぬ夫によって、思わぬ仕事場がもたらされたわけです。ドアを開ければ左側の壁に沿って、目の前に電子ピアノ、その奥に整理タンス、その先は、もう窓です。タンスの向かい側にパソコン&プリンターの机、その右に電話台兼書類の引き出し。足元にはBM-76を置いた低いテーブル、キャスター付。更に本棚と鏡台。鏡台は鏡を倒すと机になるので、校正は、そこでします。過日買った2台目のパソコンは、居間に置いてあります。ノートなので場所をとりません。そんなこんなの殺風景な仕事場でキーボードをガシガシ叩いていると、その音を聞きつけて階下の猫さんがニャオ~ンと甘え声で鰹節のおねだりに来ます。隣の子供部屋のベランダに遊びに来るのです。ほら、来た。ちょっと鰹節やってくるね。冬場に欠かせない3種の神器です。「肌水」は眠気対策にも効果的。平たい花模様の缶は、ハンドクリームです。ほのかにカモミールの匂い。現在、長時間労働で弱り目に疲れ目。おすすめの目薬があったら教えてくださいませ♪
2003年12月04日
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突然、タコが食べたくなった。無性に食べたい。タコ、食べたい。なぜ私の身体はタコを欲しているのか。わかるような、わからぬような。クレソンとタコをフレンチドレッシングであえたものが食べたい。ど~しても食べたい。振込みの用事もあったので、仕事途中でちょいと出かける。タコ、タコ。スーパーで明石のタコを見つけ、これこれ!クレソンも忘れずに。「台所」のことを書こうとあれこれ得意料理を思い巡らせていたら、母方の出自である西のエリアが頭に浮かんで、明石のタコに至ったのだろう。母方の祖母は神戸、祖父は瀬戸内海のとある島。きっとそのせいだということで、理屈をつけて納得させる。ついでにちょっと気になってオックステールを探すけど、シチューをつくるにはちょっと足りない。今日はやめ。ことこと煮込むテールのシチューは、決してかき混ぜてはいけないというすこぶる簡単な煮込み料理です。明治時代、神戸に住んでた曾祖母がイギリス人から習ったという。イギリス風なのよ、というけど、ほんとかなあ。テールのシチューにフランスパン、サラダにワイン。なかなか素敵ですぞ。今度の週末にでも、久々につくろうか。そんなことを考えていたら、ワイン、ワイン。駅前の酒屋だ。ええ~ボジョレーヌーボーは即日完売だったんですって?「ええ。うちが契約しているところのは、即日なくなりました。評判がよくて」がっかりしている私に、同じ畑の昨年のワインをすすめてくれる。ま、いっか。帰宅すると、ポストに親戚のシスターからXmasのカードが届いていた。2月29日生まれのシスター、というと物語のようだけど、実は80過ぎのおばあちゃん。母方の祖母の妹だ。彼女もきっと修道院に入るまでは、曾祖母のつくったシチューを食べたのだろう。何だか今日は、母方のことばかり思い浮かぶ日だなあ、血が呼ぶのかなあと思いつつ、台所に入る。血といえば、赤ワイン。さてさて、これはおいしいワインであるのかな?・・・・ん?しまった! タコなのに、赤ワイン買っちゃったよ!
2003年12月03日
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12月は、何と「ねばならぬ」用事が多いことか。加えての議会月。いわゆる繁忙期です。この仕事をしていると、12月はいつも「ねばならぬ家事」と「ねばならぬ仕事」でアップアップになりがち。うう~、風邪だけはひかないようにしないと。録音にも、発言者の合間に激しい咳き込みが混じるようになってきました。声に重なると、聞き取れなくて、ちょっと困ります。そんな中、私が1つ捨てた「ねばならぬ」ことのお話。一口に「キレイ好き」と言っても2種類に分かれます。「掃除好き」と「片付け上手」。自分は前者です。床掃除や窓拭きは苦にならず、1月に1度は床にワックスをかけ(るようにしてい)ますが、片付けはちょっと苦手。来客のあるときはさすがに一通り片付けるので、「麻nekoさんの家は何でこんなに床がピカピカなの?」と言われますが、普段の散らかりぐあいは、トホホなこともあります。特に仕事部屋。反対に、夫は「片付け上手」です。出産後、しばらく帰省していた後、家に戻って驚きました。とってもきれい。すっきりしている。余計なものが散らかっていない。でも、あちこちほこりだらけ。そういえば、彼が掃除機に触ったのを見たことがありません。どうも、「片付け上手」と「下手」の分かれ目は、小さい頃からの引越し回数に比例するような気がします。嫁ぐまで一度も住所の変わらなかった自分と、父の仕事の関係で度重なる転居を強いられた主人とでは、物に対するこだわりが、どうも違います。捨てることにためらわない。彼はほんとに捨て上手です。最初のころは、そんな彼に合わすべく、きれいに片付け「ねばならぬ」と頑張っていましたが、どうも家事や育児に紛れて追いつかない。溜まる私のストレス。それで、ある日悟りました。「もう、ムリ。私にはできない。」夫に合わせるのではなくて、自分が気持ち悪くない程度に片付けるにとどめることにしました。すると、ある休日、夫が動き出しました。どうも暇だったみたい。「ここの引出しで、何が必要なの? 捨てるもの、無いの?」したくないことは、自分でするよりも、言われたことだけするほうが、ずっと楽です。要る、要らないを分ければ、後は、片付けのセンスある夫がきれいに整頓してくれます。私のすることは、心からの感謝と褒め言葉。こんな調子で少しずつ、私の片付け「ねばならない」ことは減っていきました。新聞、雑誌の整理も、いつもまにか夫の仕事にかわりました。自分の洋服の管理も自分でしてくれます。家の中のどこかが夫の我慢の限度を超えれば、彼がきれいにしてくれます。「ありがとう」「上手~!」と必ず一言添えて。それでも、そんな窮屈な人ではなく、新聞が読みっぱなしだったり、脱いだ靴下が放り出してあったりで、「もうっ!」と私が怒ることもあります。ああ、どんどん子供部屋から話が逸れていく。で、言いたかったのは子供部屋。ひどいありさまだった子供部屋も、ついに夫が乗り出しました。私は「片付けなさい!」というばかりでしたが、夫の考えは違います。「なぜ、散らかるのか」「どうしたら気持ちよく勉強できる机になるのか」です。私の「きれいにすればよい」という考えとは発想が違います。目からウロコでした。こんなこと、いろんな本に書いてあるのに、すうっと頭に入らなかった私の「バカの壁」。この2つに基づいて、彼は要る、要らないを考え、優先順位を決め、使い勝手を熟慮し、オフィスデポに行き、必要な書類立てを買い求め、ある週末で、子供部屋をすっきりさせました。母親の命令口調の「片付けなさい!」よりもずっとずっと効果的で、以来、娘の机の上は余計なものが(基本的には)なくなりました。片付け「ねばならない」から、「気持ちよく暮らしたい」へ、大もとの発想を変えること。とても大切です。自分は「すごいね~、ありがとう」と感心するだけで、なかなか実践できないので、夫は最近私の仕事部屋に入るのを嫌がります。「だって、散らかってるんだもん」我慢の限度ぎりぎりのもよう。確かにそろそろ何とかしなくては。明日は、その部屋の話でもしようかな。そんなことより仕事仕事!今日中に納品2件だ!
2003年12月02日
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朝、少し日記を修正して、メールをチェックした後でパソコンの電源を切りました。今日は、校正に集中したい。余計なことは考えたくない。自分の周りが落ち着かないときは、念には念を入れないとミスが起こりがちです。当たり前のことなのに、それを忘れて冷や汗をかいたことは何回か。雨の中の、家の中の、静かな1日でした。昨日の新聞、H2Aロケット打ち上げ失敗による、沈痛な記者会見の写真が出てました。その中で、宇宙航空研究開発機構の山之内理事長と河村建夫文部科学大臣が並んでいます。ああ、この2人は、声を知ってる。山之内氏は、何かの審議会の冒頭であいさつをしていました。淡々とした声の方でした。それよりも、この方は日経の夕刊1面下「あすへの話題」でしばらくコラムを書かれていました。科学者らしい怜悧な物の見方と同時に行間に漂う温かさもあって、ちょっと意外な文章だった記憶があります。「あすへの話題」は、曜日ごとに6人が書きますが、意外に上場企業の役員の方が、すばらしい文章を書いています。最近ではサントリーの津田相談役が面白いです。さすが文化発信企業サントリー。常盤新平は老いの繰言みたいになってきているし、小椋桂は面白さの差が激しかったりします。それなのに、多忙を極める一流ビジネスマンのコラムが、常に一定のレベルで読ませる文章だったりすることもあります。一流のビジネスマンは、一流のエッセイも書けるのだろう・・・・か。ご本人が書いているに違いない。私はそう信じたい。ところで、お隣の河村文部科学大臣は、自分がヒヤッとしたので記憶に残っています。名前が「建夫」なのに、うっかり「健夫」にしてたんですね。納品前に気付いてセーフでした。一文字間違うのでも、普通の一文字と名前の一文字では、相手に与えるダメージが相当違います。名前は、大切。政治家のインタビューで思い出しました。ある政治家ご夫妻のインタビューで、もうずっとずっと前のことです。賢夫人の奥様が、よそのお宅を訪問して、玄関がきちんとしていない家は家庭が荒れがちであるということを話しておいででした。当たり前のことだけど、改めてドキッ。そのご夫妻も教育行政に熱心でしたっけ。あれから何年もたったのに、玄関に靴が散乱していたりすると、その奥様の言葉を思い出し、慌てて靴をしまっています。
2003年12月01日
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