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昨日に続いて「玄関」という話をしようとしていたら、それどころではない話が舞い込みました。この業界でも、「テープ起こしで有名!」という人物やサイトが幾つかあるのです。掲示板で触れた「廿里美さん」や「たんぽぽさん」など、それからメルマガも幾つかあります。「テープ起こし総合研究所」(略称「おこ総研」)や「さくさく堂さん」。ほかにもあるやもしれません。私も時々それらのサイトに遊びに行って、勉強させていただくことがあります。そんな中、「おこ総研」の方から突然のメールをいただきました。メルマガで紹介したいと言ってくださったのです。うわあ!です。自分の発信してきたことを取り上げてくださるなんて、何たる光栄なことでしょう。それも、「石原発言」の日記に反応してくださったとのこと。やっぱりこの仕事をしている方は一様に気になったんですね。嬉しい、嬉しい。ただ、相当迷いました。この日記、赤裸々すぎる。「おこ総研」のメルマガが、いかにたくさんの反訳(テープ起こし)業界の方に読まれているか、よく知ってます。影響力は絶大。その結果、自分の身にどういう変化が起きるのか。いいのか、悪いのか。登録している会社については、感謝こそすれ、悪口はもちろん言ってない。(ちょっとした文句は許してね)守秘義務も違反してないはず。でも、人物を特定されてしまうことはあるかもしれない。それがどういう結果をもたらすのかは、ほんとに未知数。でも、それを覚悟で、紹介していただくことにしました。この日記を書き始めた原点(って大げさなものではありませんが)は、反訳のおもしろさを伝えることです。そして、「日本語だから」と安易にこの仕事を始めようとする人たちへ、「安易」な気持ちで取り組んでほしくないなと思ったからです。そして、それをあまり大上段に振りかざすことなく語りたいなと思ったから、日記の形式にしたのです。(実際は結構力が入っていたりもするのですが・・・)この日記を開設して間もなくから、ずっと応援してくださっている速記者の方がいらっしゃいます。ご自分で事務所を持っていらっしゃる大ベテランの方です。その方から、過日こんなメールをいただきました。(事後承諾をお許しください)・・・(麻nekoの)「書かれていることは本当に当たり前のこと」です。これはけなしているわけではないですよ。誤解のないようにしてくださいね。この「当たり前のこと」ができない人の何と多いことか。・・・後半の部分は、自分の仕事を他人に頼んだことがありませんので判りませんが、前半の部分は全く同感です。私のこの日記は、仕事をしていく上での本当に「当たり前」のことを、日々入ってくる仕事をきっかけにして、身の回りのことや、思い出話と絡めて綴っています。この仕事が珍しい方にとっては「へぇ」かもしれませんが、同業者の方には至極当たり前のことが多いです。そして、時には相当脱線した日記もあります。ですから、この日記を読むことで「あっと驚く最速入力法」や「テープ起こしに欠かせない最新式機械」あるいは「在宅ワーカーからSOHOへ!」、そういう情報は残念ながら、ありません。本当に反訳していく上での「当たり前」だけど大切にしなくてはいけないことを、自戒を込めて発信しているにすぎません。1人の在宅ワーカーとして、また、反訳者として。そのスタンスはこれからも変わらないだろうと思います。そのあたりをおくみとりいただいて、初めて読みに来てくださる方も、「こんなふうに仕事をしている人もいるんだな」って軽く読み流してくださったら嬉しいなと思います。まだまだ未熟なところもたくさんあります。そういうことも、そのまんま書いてます。お気づきの点、ご示唆くださることがありましたら、どうぞお書き込みください。元気の出る書き込みをくださると、ほんとに嬉しいです。ご紹介くださったメルマガの内容を拝読したところ、かなりの部分を割いて取り上げてくださったことに驚き、「テープ起こし総合研究所」にもかかわらず、「反訳」の部分を取り上げてくださった度量の広さに感謝しました。また、とても好意的に、そして温かい配慮まで書き加えていただいたことにも感激し、改めて「この日記、書いててよかったなー」と心から思えるものでした。LVさん、どうもありがとうございました。厚く御礼申し上げます。こちらが、「おこ総研」さんのサイトです。メルマガでは、言葉について、いつも深い考察がされており、情報閲覧室は資料の宝庫です。日本語に少しでも興味のある方には、とても勉強になるサイト&メルマガでありますので、ぜひお勧めいたします。ご紹介くださった最新号のメルマガは、間もなく配信とのことです。http://www006.upp.so-net.ne.jp/okosoken/ 最後に、これまで書き込みをしてきてくださった方々、書き込みをしないまでも、定期的にご訪問くださることで、この日記を育んでくださってきた皆様に、心より感謝申し上げます。ありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
2003年11月30日
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私は、限りなく出不精なので、家にいるのが大好き。「今日は1日出なくていいんだ」と思うと、つい嬉しくなってしまう。いつも「何とか外出せずに済む方法は」と考えてしまう。それが、思いのほか料理の工夫につながったりもします。今日は朝からコトコトおでん、煮てます。ずっと前、浅草で食事をしていたら、隣りの若い男が「おれんち、おでんの中にコロッケ入れるんだぜ」と言って、連れの女性が絶句していましたが、幾ら料理の工夫といったって、そこまではしません。ほんとにそんな家庭はあるのでしょうか。教えてたも。ようやく苦手な音声データの仕事が済んで、やれやれ。「苦手だ」と思うと精度が落ちるので、念には念を入れて再度にもう一度聞きなおす。ううー。顔が傾く。次に控えているのは、いつもの自治体委員会の会議録。慣れた声、さくさく打てて、嬉しい。こんなときは、手だけ動いて頭は別のことを考える。「家(いえ)」の話じゃなくて「家(か)」の話。「~家」・・・その道に明るい人。それを職業とする人。それをよく(能く)する人。例えば作曲家、音楽家、画家、陶芸家、書家、小説家・・・。 自分で名乗れるには、それなりの自負がないと。 山のこりすだって、相当バイオリンの訓練を積んだに違いない。 一方で「訳す」ことについても考える。「通訳」・・・ほかの国の話し言葉から、ある国の話し言葉へ「翻訳」・・・ほかの国の書き言葉から、ある国の書き言葉へ「点訳」・・・書き言葉から、点字へ「音訳」・・・書き言葉から、話し言葉へ「反訳」・・・話し言葉(または速記符号)から、書き言葉へこの中で、「~家」が一般的なのは「翻訳家」だけなのは何でだ?一般的でないからだけ?実際それぞれ検索してみれば、その差は歴然。「音訳」は「音訳家」=「朗読家」だから、やむを得ないのでしょうか。この日記をずっと読んでくださっている方ならば、私の考えていることは、もうご想像がつくかも。「反訳家」、そっと名乗っちゃだめですか?「テープ起こし」で巷にはびこってしまった「だれでもできる感」を払拭するにはいい考えだと思うんだけどな。もちろん、「反訳」は、もともと速記符号を文字に「反す(かえす)」ことから生まれた言葉ですから、速記士の方への敬意を忘れずにということが前提ですが。
2003年11月28日
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今更かもしれないけれど、ちょっと気になる「イチハラヒロコ」。コピーライターではありません。言葉の芸術家です。「恋人がいると嘘をつくのはよせ。」「ケンカしたおとといからやりなおし。」「この人ゴミを押しわけて、はやく来やがれ、王子さま。」「仮面夫婦。」「万引きするで。」(買い物袋に堂々と印刷されてる)ほんとはもっと紹介したい言葉がたくさんあります。それに、作品として見ていただかないと。単に「コピー」じゃありません。太字のゴシック体で、正面からどうだ!とばかりに訴える言葉の数々。彼女の略歴は、こちらから。ぜひ、作品も検索してみてください。http://www.mojido.com/index.html 読売新聞に掲載されたコラムがこちらで読めます。http://www.table-b.net/3h_ichihara_clm.htm彼女の「恋みくじ」なるものが置いてある神社も全国各地にあるそうな。悩める人に突き刺さる言葉の数々。ツボにはまるものもあるし、はまらないものもある。はっきり言って、ハズレもあります。恋愛ネタが中心ではありますが、それだけではない。だから、この人がアンテナに引っかかったんです。昨日の話題に絡めて言えば、言葉のもつ大きなパワーを、この人はちょっと知ってる。高校時代から書き溜めたメモ帳は100冊を超えるとか。落ち着いたら、もっとちゃんとチェックしてみたい人物でありまする。「ま、いいか。8回もキスしたし。」雑誌に載ってた話です。この作品を見ていた若い男女が・・・8回もキスしたんだから、もう寝てもいいよね(男の子)・・・8回もキスしたんだから、もう別れてもいいよね(女の子)こんなふうに別々に解釈したそうな。さて、みんなはどっち? でも、こんな話題を選ぶ今日の私は、頭がキレている。苦手な音質、苦手な話題、聞き取り間違いの数々。納品間近。泣き言であるが、ここは日記だから。頭の中が沸騰中なのだ。
2003年11月27日
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本日はマダムな麻neko、日本橋高島屋までお出かけ。おやおや、いつもと様子が違う。注文用紙がない。承りカウンターにはずらっと居並ぶ店員の脇に1人1台のパソコン。ついにここにも機械化の波が来たか。常々女性社員による手書きの伝票には時代錯誤を感じていたが、ようやくこのお歳暮シーズンより導入されたもよう。気が付くと、例年のカウンターに比べて男性社員の割合が高い。私の前にも若い男性。実直そうで、イケメンではない。「あたしゃ、機械に弱くて・・・」と逃げ腰のおばちゃんパートは駆逐されつつあるらしい。そんなことを言ってても、私自身、がちがちの文系で機械や数字はほんとに苦手。ビデオの録画は娘任せ、DVDの操作は夫任せ。できれば自分で触れたくない。でも、この仕事をしているために、やむなくワープロからパソコンに慣れ、ネットに慣れ、「待って~、置いてかないで~」と時代の波にしがみついてきました。そして、今は過去日記でも触れたMP3の壁 に出会ってます。でも、これも慣れなきゃいけません。昨日の日記に書いたように「テープ起こし」から「録音反訳」を普及させようと言ってるだけに、「テープ」以外の媒体もこなせるようにならないと。登録先の会社のサイトにアクセスし、セキュリティーで保護されたページにログインすれば、反訳すべき音声ファイルがアップロードされています。それを、まずダウンロード。所要時間は1時間録音につき15分。ADSLとしては、速いでしょうか、遅いでしょうか。その音声ファイルを、この業界では有名な「おこしやす」に似たような再生ソフトで起こします。こうしてみると、操作自体は難しいものではありません。ただ、まだ耳がデジタルの音に慣れません。音が硬いのです。おまけに今回は片耳(?)録音だったので、起こしながら、だんだん顔が傾いていくような気分になってしまう。残念ながら、内容もいまひとつ。そんなこんなで気がかりな仕事を背負い、マダムな麻neko、さっさと帰宅。洋服売り場も、化粧品売り場も、宝飾売り場も、素通り。もともとあんまり興味なし。寒い中を家に帰り、お気に入りの鉄瓶でお湯を沸かします。過日、落語の反訳をしたときに「おい、鉄瓶のふた、切っとけよ、お湯が噴きこぼれっちまうから」というセリフがありました。ほんとに、すぐ噴きこぼれてしまうので目が離せません。まろやかなお湯で入れる紅茶で、ほっと一息つきました。過去日記鉄瓶のすすめに、その写真をアップしました。思いのほか、お洒落でしょ?----------<追記>音声ファイルについて、詳しく解説されている「オフィス・ワイ・デスク」さんのサイトをご紹介します。同じように反訳のお仕事をされている方です。http://members.jcom.home.ne.jp/yuki.san/index.htmとても読みやすく、きれいなサイトで、勉強にもなります。ぜひ。
2003年11月26日
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4500首余りの歌集「万葉集」の巻1の1、つまり巻頭をかざる歌は、こんな歌です。籠(こ)もよ み籠(こ)持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串持ち この丘に 菜摘ます子 家告(の)らせ 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居(を)れ しきなべてわれこそ座(ま)せ われこそは 告らめ 家をも名をも雄略天皇が歌いました。うーんと省略すると、「そこで若菜を摘んでる娘、名を名乗れ、おれ様か、おれはここを治めている者だぞ」というような意味です。昔は名前には魂がこもっていると信じられていたので、安易に自分の名前を名乗ってはいけなかった。名乗ることで、その相手に魂をとられてしまう、この場合は天皇の女になってしまう。事ほどさように「名前」は大切。武士の時代、「やあやあ、我こそは・・・」と口に出すのも、単に名前を言うだけではない、何か信仰的な意味合いを感じます。名前によって、受けとるイメージも変わります。私は左利きですが、「サウスポーなのね」と言われると、ちょっとニコッとします。「左利きなのね」には何も感じません。「あら、ぎっちょなのね」と言われると、上から塩を振りかけてやりたくなります。同じことですが、言われ方で全然違う。昔、旅行会社の「外人旅行部」というところに勤めていました。ちょうど、「ガイジン」という言葉が使われ始めた時期でした。朝礼のスピーチの場で、ある日、意を決して、左利きのことを例に出しながら「ガイジン旅行部は、もう変えたほうがいいのではないか」ということを提案しました。残念ながら、大手J社が動かないと自分のところはやらないよ、という及び腰の会社だったので、すぐに取り上げられることはありませんでしたが、2,3年後、J社が呼称をかえると、すぐさま「国際旅行部訪日何とか」という名称にかえられました。ほら、さっさと変えればよかったのに。ことほどさように、名前は大切。だから、今、私はMP3の音声ファイルの壁を、懸命によじのぼっています。(って、大したことはないんだけど)テープから、MDやICレコーダーが普及しつつある今、「テープ起こし」の呼称を変えるチャンスなのです。ここで、また中途半端な「MD起こし」や「IC起こし」が定着しては、意味がない。「テープ起こし」の呼称を「反訳」に変えたいのです。これを読んだ皆さんが、少しでも「反訳」という言葉を頭にとどめてくださると、とても嬉しいのです。どうしても、「テー」の部分にトリビアの「へぇ」と同じような軽侮の意味合いを感じてしまう。「へぇ、内職商法だっけ?」「へぇ、日本語だから、だれでもできるよね」ほんとは、そんなこと、きっとないのです。左側のページ、「録音反訳って?」と、その下に続く項目を、どうぞ読んでみてください。おもしろいけど、だれでもが向いてるわけではない、資格をとったり、講座を終えたらすぐにできるってもんじゃない。話し言葉を書き言葉に変えるのは、ただ移すだけじゃなくて、「訳す」技術が要るのだということ。こんなところで小さく発信しているだけじゃ、やっぱりだめなのかなあ。
2003年11月25日
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本日はとりとめのない思いつきの日記。1 音声ファイルの仕事を初めて手がけています。いきなり3時間録音。 愛用のディクテーションマシンではなく、パソコンにヘッドホンを差し込んで仕事してます。テープの音質に慣れた耳が、デジタルの音に拒否反応を起こしていて、ちょっとしんどい。2 実はペン字も習ってます。到着後、2,3日ほったらかしにしておいた会誌を、何気なく見たら、送った課題が写真版に載ってました。「写真版」というのは、その段や級の上位3人くらい、提出課題を写真入りで掲載してくださるもの。ありゃりゃ。いくら人数が少ないとはいえ、ちょっと何かの間違いじゃないの。普段の字に全く反映されないのは何でなんだろう。真似はうまい麻neko、普段はほんとにひどい字です。年賀状の季節がユーウツ。3 家の中をクリスマスの飾りにしました。毎年今ごろ出すことにしてます。東京、高輪に「プリンツヒェンガルテン」という1年中クリスマスグッズを扱うお店があり、そこでリースを買いました。面倒くさいなと思いつつ、出せば気持ちがほんわかします。「ママ、へたくそだから。」と、ツリーは娘が飾りつけをしてくれました。淡々とした連休最終日。窓から見える桜の紅葉が見ごろです。桜って、春も、秋も、心が動かされるんですね。
2003年11月24日
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「阿川佐和子!」というタイトルで日記を書いたことがありました。(10/25)自分の中で、時折、思い入れたっぷり、剛速球!というつもりの日記を書くのですが、その一つです。それが通じたのか、何人かの方が掲示板に書いてくださったり、書店に行ってくださったり、注文してくださったりしました。ものすごく嬉しかったのです。皆様、ありがとうございました。と、同時に少々心配でもありました。あんなに思い入れたっぷりで書いて、読後、「なんだ、それほどでも」と思わせしまうのではないかと。というのは、私の経験から。以前、週刊誌(だったと思う)で、団鬼六氏「真剣師 小池重明の光と影」(小学館文庫)の書評を読みました。「新宿の殺し屋」といわれたアマ将棋界の強豪、無頼の人物、賭け将棋だけはめっぽう強い、44歳の若さで生涯を終えた、そんな男をご自身が傍で見ていた団鬼六氏の著作です。絶賛の書評でした。とっても読みたくなりました。とはいえ、作家が作家です。30歳代、真面目な人妻、麻neko、書店で手にとるのは勇気が要ります。ある日、すいている本屋さんに1人で行った時、思い立って検索しました。「だん・きろく」と入力しても何も出ません。「???」そうか。「だんおにろく」と読むのか。耳にも口にもしたことがなかったので「だん・きろく」と思い込んでいました。「だん・おにろく」。検索画面に出るわ出るわ。思わず立ち去りたくなる赤面のタイトル。だれも後ろから見ませんようにと念じつつ、急いで「次へ」「次へ」を押しつづけ、結局見つかったのに「在庫切れ」。がっかり。数カ月たって、偶然「アキアカネ」さんが日記で団鬼六氏のことを書いていました。勇気を出して掲示板でお尋ねすると、「ヤフーブックスで注文すればセブンイレブンで買えますよ、タイトルも店員さんにチェックされません」と、親切なご回答。早速注文し、「チェックされません」と教えてもらっていても、やっぱり受け取りの時にはドキドキ。ようやく手に入れて読み始めました。・・・こんな内容だったのかあ。「プロの棋士を負かすほどの腕前」「無頼」「新宿の殺し屋」こんな言葉で私がイメージしていたものよりも、もっとだらしなくて、トホホの男が描かれています。あんなにドキドキしながら手に入れたのに!絶賛の書評にだまされたと苦笑い。途中で読むのをやめてしまいました。あんまり思い入れたっぷりで書くと、単なる読書感想文にすぎなくて、公正中立な「書評」とは言えないなと感じた次第です。そう思って、自分の日記を省みていたら、過日、「あり♪さん」さんの日記に「ご縁」というタイトルで、「だれだかわからないけど阿川佐和子のエッセイがおもしろいと・・・」の書き出しで、新しい作家との出会いを喜んでくださっている日記を読みました。自分の心配が少し軽くなって、とてもありがたい日記でした。「あり♪さん」さん、ありがとうございます。そして、これがきっかけで阿川さんの本を読んでくださった方が、少しでも「おもしろかった」って思ってくださったら嬉しいな♪私も、過日幕張に出かけた際に、改めて「真剣師 小池重明・・・」の本を車内で読み直しました。案外面白く思え、印象好転。自分の気分次第で受け止め方も変わるものです。調子に乗った麻neko、「楽天ブックス」の「無意識過剰」に読書感想を登録しようと試みたものの、1000字以内なので、はねられてしまいました。字数を詰めて、再掲しようかどうしようか、思案中。
2003年11月23日
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午前中は学芸会。小学校最後の学芸会にもかかわらず、夫、来ず。ひとり娘なのに溺愛というわけではないらしい。それとも、心配で見ていられないのかな。家事と仕事をしていた夕方、休日出勤の夫より電話。「会社、見に来る?」だれもいないので、見学可能とのこと、めったにないチャンス!急いで娘と出かけました。仕事場は、高層ビルの上のほう。しずかで、きれいで、広くて、うわぁ・・・・。こんなにたくさんの机があるんだ。当たり前のようにパソコンが1人1台。隔世の感。上から見る中央公園は、落ち着いた色に染まっている。遠くに奥多摩の山々。富士山は雲に隠れて見えず。得意気な夫。家にいるときと、ちょっと顔が違う。緊張ぎみの娘。「ここでお仕事しているの?すごいね、パパ」「ナイショだよ」と、社長の椅子に座らせてもらって、喜んでおりました。娘は父親と一度は距離を置くようになるものです。私もそうでした。でも、今日の様子を見る限りでは、まだまだそれは先のことかな。1階ロビーは、早くも巨大なクリスマスツリーです。この週末、我が家も飾ろう。シクラメンも、買わなくちゃ。
2003年11月22日
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昨日、楽しんだので、今日は終日家の中。買い物も嫌い。出不精生活。自治体の会議録校正中で今日中に終わらせたいのだ。もう次のテープも来ているし。でも、どうも聞きとりにくい!春先の選挙で議員の入れ替わりのあった自治体なので、新人の議員さんが何名かいます。最初は遠慮がちだった議員さんも、このころになると委員会でも発言をするようになってきたのですが、まだこちらのほうが慣れません。声のデータがまだないのです。自治体の会議録は、大抵決まったところを繰り返し担当するので、大体声を聞いただけで「何々議員」「何々課長」とわかってくるようになります。そうすると、発言や語彙の癖も何となくわかってくるので、とても起こすのが楽になります。(反訳初心者に議会の仕事をお勧めするのはそういう理由もあります)ところが、今の仕事、関東の自治体なのに、ある女性議員が関西系のイントネーションで、ちょっと早口。録音も少々悪いので、何ともわかりづらい。初めての人なので、どうも戸惑っている。今、どうしても、どうしても、どーしてもわからないのが「バフルテン」。そうしか聞こえないんだもの。「バフルテン一つとっても、どうぞ利用してくださいという・・・」わっかんなーい!これから、食事をして、頭を冷やしてこよう。聞き取りきれないときは、ちょっと気分転換してから聞きなおすと、パッとわかることもある。「まあ、」という合いの手や、言いよどんだ言葉も拾ってしまってわからなくなっているときもある。おい! 頼むから、アクセントは何でもいいから、もうちょっとゆっくりしゃべってくれっ!! ・・・冷静に聞いて、判明したら、日記に書きます。謎の「バフルテン」。---------夜、落ち着いて何度も聞き返したら、ようやくわかりました。聞き取れない時のポイントは、気分転換したあとで・合いの手「まぁ」「えー」のたぐいを言葉の一部と思って取り込んでいないか・言いよどんだ言葉を、言葉の一部として拾ってしまっていないか・前後の明らかだと思い込んでいる言葉が違うのではないかこのあたりを疑ってかかるのですが、今回は1と3番目でした。「バフルテン一つとってみても・・・」「一つ」ではなかったんです。正解は、「やっぱ、フルタイムの人たちにとってみても」でした。「やっぱ」の「やっ」が微かに入っていること、「一つ」を「人たち」と聞き取りなおしたことで、判明しました。何度か手がけているうちに、だんだんこの早口関西系イントネーションの女性議員さんの言い回しの癖もわかってくるでしょう。掲示板に書いてくださった方たち、大変にお騒がせいたしました。おかげさまで判明いたしました。御礼申し上げます。わかったときの快感があるから、この仕事、やめられません。
2003年11月21日
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あんなに大騒ぎしなくたって、たかがボジョレーヌーボー。ワインの若造を飲みに行くのに、豪勢なお洒落は不要だよね。昨日、そう考えて、シンプルなシャツとパンツで十分と考えていたのに、どうも鏡を見ると、気に入らない。考えあぐねて、結局、定番の黒のミニスカで家を出る。予定よりも10分遅い。やばっ。東京駅、京葉線の乗り換えで、やむなく小走り。快速は本数が少ないのだ。ぜーぜー息切れしてしまう。何でここまでして酒を飲みに行かねばならんのだ。いや、でも遅れるわけにはいかぬ。貴重な友人との時間である。海浜幕張駅前に到着。食事の時間まで少々アウトレット探索。「フランフラン」でかわいい雑貨を楽しみ、ついホットウイスキーのグラスに目が行き、これから始まる楽しいひとときにわくわく気持ちを盛り立てる。何だかんだボジョレーヌーボーにかこつけて、お互い、会いたいだけなのだ。しゃべる、笑う、飲む。しゃべる、笑う、飲む。うなずく。今日の話はオペラから文明論まで。普段あまり縁のない話題なので啓蒙されてしまう。おまけに、何とこの友人は私の笑いのツボを心得ていることか。グラス1杯では到底足らない。気持ちのいい時間は、あっという間に過ぎて、名残惜しく電車に乗る。貴重なランチの時間は、こういう人と過ごすもの。くだらない近所の噂話やお互いの家庭の探りあいなんか、真っ平ごめん。自分をファーストネームで呼んでくれる、そういう人たちを大切にしたい。帰りの私の頭の中では、トワイニングの「レディグレイ」のCM音楽が回っていました。きれいなピアノ曲の一節です。作曲は新居昭乃さん。CMのためだけにつくった曲なので、CDはないそうで、残念。さらに駅前で買った1本のワインを抱えながら。
2003年11月20日
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午前中は、図書室のボランティアで小学校へ。破損した本を修理するお手伝い。あまり学校行事には熱心ではないのだが、自分の好きなことでぐらいは、手伝いをする。このあたりは専業主婦率が高く、教育への関心も高い。春先の遠足で、駅まで向かう誘導係の母親を募集したところ、断らなければいけないほど応募があったという。午後は会議録の入力作業。昨日とは別の自治体である。タイトルの用字例とは、「どの場合にどの字を用いて表記するか」の意味。すみません、当たり前で。例えば「ご説明」か「御説明」か「~のほう」か「~の方」か「きょう」か「今日」かこんな細かい約束事があって、片方に統一するのはもちろんなのだが、それが自治体によって微妙に違う。複数の自治体の会議録を扱っていると、これが混乱するので、きちんと用字例を自分で表につくり、(会社でつくってくれる場合もある)頭に入れて作業をしないといけない。ちなみに、昨日入力していた中部地方の自治体の会議録は「御説明」「~の方」「1つ・2つ」だったが、今日の関東地方の自治体の会議録では「ご説明」「~のほう」「一つ・二つ」である。気付いた時点で「検索」「置換」で修正すれば済むことではあるが、統一していただいたほうが、ほんとうはありがたいなあ。数字の表記も、少しずつ違う。1億23万4,500円(東京のある自治体)1億23万4,500円(関東地方のある自治体)1億23万4500円だけど、4,500万円(中部地方の自治体)※ 数字の単位が複数あるときは、カンマを入れないきまりらしい。1億23万4,500円(四国地方のある自治体)※ わかりますか?「4,」だけが半角です。ことほどさように不統一。昔は議会事務局ごとに、きちんと速記を学んだ方がいて、用字例には厳しかったのだそうですが、だんだん録音反訳が中心になり、外注に出すようになると、そのあたりは昔に比べて少しアバウトになってしまったり・・・。それで余計に混乱するのですが。手にとって読む人は気に留めないでしょう。つくる側としては、そんな細かい部分まで気にしながら入力作業をしています。別に、性格は細かくないですよ。さて、今週は、母の顔、仕事の顔、なかなかバランスがとれている。明日は、何を着ていこうかなと、ちょっとワクワク♪
2003年11月19日
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自治体会議録反訳&校正中。合併問題で紛糾しているもよう。同音異義語の話ばかりになってしまうので、考えていることを少し。高名な評論家の講演を反訳することもある中で、言われ続けているのが「心の時代」の到来とのこと。物を求める時代から、情報を求める時代にかわり、それがあふれるほどになった今、心の時代に入っている。理系の分野から見れば、心の動きは「脳」の動き。「バカの壁」が売れるわけだし、過去日記「善意と悪意」で書いたように大脳生理学は注目の研究分野である。文系の分野で見れば、オウムの事件がなかったら、世の中はもっと「宗教」が注目されていたはずである。巷に「幸せ」をキーワードにしたものが、たくさん出ている。どれも同じかもしれない。違うかもしれない。見極めるのが大変なほど、たくさんある。何でこうなっちゃったの?みんな、迷っている。これでいいのか、これじゃいけないのか。何を基準にして「これでいい」「これじゃだめだ」と思うのか。こういうとき、信仰の力を持つ人は強い。これといった信仰ももたず、神様や仏様がたくさんいる中で育った自分としては、迷いまくり。これでいいのか、本当にいいのか。「これでいいのだ」と言い切れる天才バカボンを、最近ちょっと見直している。何の根拠もなく「これでいいのだ」と言い切れる。すごいと思う。だれかに「これでいいんだよ」と言ってほしい。だれかに「ちょっとこういう工夫をしたら?」と背中を押してほしい。その「だれか」を何に、どこに求めるのか。「よりどころ」が欲しいのだ。コーチングしかり、ネットで流行り始めている「比較サイト」しかり、みんなの「迷い」がこれらを盛り立てている。私達は、ストレイシープだ。迷える子羊を救うべく、これからいろんなジャンルの「よりどころビジネス」が生まれるだろう。比較サイトだったり、占いだったり、お悩み相談室だったり。ネットの匿名性がそれを後押しする。でもね、やっぱりヒューマンな付き合いも大切にしないと。今週は、たくさん人と話そうっと。そんなことを思いながら、勢いよく掃除機のボタンを押したら、・・・・コンセントが入っていなかった。トホホだよ、全く。
2003年11月18日
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雨かと慌ててベランダの窓を開けたら、隣家のシュロがカラカラ乾いた音をたてていたとき。自治体の会議で、訛りのある人の「土地」「都市」の区別がつかずに困っていたら、読み上げている資料が出てきてバッチリだったとき。「この村は、みかんやかきがおもな出荷作物です」・・・かきは「柿」ではなくて「花卉」だとわかったとき。水道の話は上水道は「配水」だけど、下水道は「排水」。これは、打ち間違ったら嫌だなあと思ったとき。山のような洗濯物を取り込むときに、遠くの高台のケヤキが色付き始めたのを発見したとき。聞き取れない単語を繰り返し聞いて、イライラしていたら、階下の猫さんが「ニャ~」と甘え声で遊びに来たとき。心待ちにしていたメールの返事が返ってきたとき。「ボジョレーヌーボーを飲みに行こう」とお誘いのメールが来たとき。食事をしている家族と話しながらお皿を洗っているとき。山のようなアイロンをかけていて、何気ない父娘の会話が耳に入るとき。こんな他愛のないことで、にこっとした日でした。
2003年11月17日
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本の話をしようと思ったけど、気力がないのでまたの機会にします。ありさん♪さん、ごめんなさい。ナマQちゃんを見てきました。東京国際女子マラソン。春先のような、生暖かい風が吹いて、強い陽射しです。鮫洲付近の復路、声援の飛ぶ中、Qちゃんは、いい走りです。四谷駅前に移動。すごい人ごみ。箱根駅伝よりも、ずっと多い。抜かれたばかりだったのでしょうか。ラジオも持たずだったので、沿道の人々と共に「あれっ? Qちゃんが先頭じゃない!」とびっくり。しばしの後に駆け抜けたQちゃんは、鮫洲のあたりに比べると、とても苦しそうで、いつになく顔がゆがんでいました。実際には背が高いんですね。懸命に走る姿を見て、胸がいっぱいになりました。
2003年11月16日
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年に1度の恩師を囲む会でした。年々穏やかになっていく恩師と、基本的には穏やかな友人と、銀座の夜を過ごしました。
2003年11月15日
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昨日の続きである。なぜ、テレビの字幕には、誤りが多いのか。昨夕、米をとぎながら、NHKに電話をした。ぬかみそをかきまぜながら、日本テレビに電話をした。銀杏入りのがんもどきを煮ながら、フジテレビに電話をした。唐揚の下ごしらえをしながら、テレビ東京に電話をした。各局のカラーが出て、まことにおもしろかった。それらを本日、咀嚼して、日記にまとめることにする。テレビ局の内部には不案内なので、もしも誤りがあったら、教えていただきたい。願わくば、その際、昨日と本日の日記をお目通しいただいて、テレビの字幕についての見解も、お聞かせいただけると幸いである。どこの視聴者センターも、用件を伝えると、「一筋縄ではいかなそう」と、かわいい声のオペレーターから、上司らしき男性にかわってくれた。まずNHK。会話を始めてすぐ、ここに電話をしたのがムダだったことを悟った。心の中で舌打ちし、米のとぎ汁を流す。まず、いわゆる「バラエティー番組」がない。テロップが少ない。「これでも、昔より増えたんですがね、あまり増やすと視聴者からお叱りを受けることもあるんですよ。ごちゃごちゃしすぎるって。」との弁。ただ、国からの潤沢な予算で(?)着々と字幕放送の開発は進めており、通常の字幕より一歩進んだ「なま字幕」を試行中とのこと。野球や大相撲中継で、普通にアナウンサーが実況をし、要点を字幕専門のアナウンサーが読み、それを高速ワープロか音声入力によって、数秒のタイムラグで電波に乗せる試みをしているとのこと。聴覚障害者の方のためにも一生懸命開発してます、と視聴者センターの方は誇り高くお話ししてくださった。いずれにせよ、処理に携わる人数、報道番組の正確性その他、いろいろ鑑みても、どうも他局よりもクレームが少なそうである。そうだろう。NHKは、時間の流れが民放と、まるで違う。テロップが完成するまでにチェックに入る人の数も多そうだ。NHKは、TV局の王道ではあるが、世間ではない。そう感じた電話であった。次が日テレ。しばしの保留音の後、女性の声で、なぜか「字幕に関することは、局内のことですので、お話しする内容ではありません。お答えできません」との答え。まあよい。昨日触れた、「藤井総裁の恋々」の日記中にあるアドレスに行けば、日テレの字幕づくりにかける情熱はわかる。ぬかみその手を洗いたくもあったので、早々に切り上げる。唐揚の下ごしらえをしつつ、テレビ東京。ここが意外であった。内容も、対応も、最も好感が持てた。「テレビのテロップを作成するのは、特に報道番組の場合、相当経験を積んだ人間が担当するようになっています」「クレームがあった場合には、そのままにせずに、事故報告を必ずあげます」などなど。なぜか。この局には株価情報の番組があるからである。株価を扱う番組で、画面の数字が1つ間違えば、どんな結果を引き起こすか。彼らはそれをよく知っている。視聴者に対する文字情報をおろそかにしてはいけない。在京民放の中で、それを一番わかっているのはこの局かもしれない。道理で、「ワールドビジネスサテライト」は誤りが少ない。単に温泉とグルメだけの局ではないのであった。見直した。私は、鶏肉の下味をもみこみながら、深くうなずくのであった。フジテレビ。煮物だから時間はたっぷり。腰を据えて話を聞く。局の体質、出る出る。「テロップは、担当者が原稿をワープロないし手書きでつくり、それをテロップ作成の専門が画面におさまるようにつくります」、ここまでは、普通に納得。ところが、「速報性が大事ですからね。遅れて出しても、意味ないですし」。・・・じゃあ、内容は精査されないのか。「いや、テロップをつくったら、それを専門がチェックします」「それは、校閲担当の方なんですか」「いえ、その方面の知識に優れているとかですね、知識人ですね」「必ず、字幕をつくるときには、そういう方がチェックなさっているんですか」「そうです」「どんな番組もですか」「そうだと思います。番組によって違いますからね、何ともいえませんが」・・ちょっと逃げ腰。煮物の落とし蓋をちょっと持ち上げて、中身をのぞく。「字幕のクレームは、他にもたくさん電話が来ることと思いますが」「それは、担当の番組に伝えています」「たくさん来ているにもかかわらず、各番組に伝えるだけで、まとめて局全体で対策を考えるとか、そういうことはなさらないんですか」「それは、してないです。一応、字幕は正しいということが前提ですから」「でも、こうして単純なミスがたくさんあるでしょう?」少々いらつく私。換気扇「強」のスイッチを押す。「・・・ただ、遅れて字幕を出しても意味ないですし」「ということは、速報性を重視するあまり、字幕の正確性はどうでもいいということですか」「どうでもいいというわけではありませんが、全部が全部間違えているわけでもありませんし、局の性格もありますしねえ・・・」バラエティー中心の局は、字幕の正確性なんか、どうでもいいってことか。よほど、担当者の名前を聞こうかと思ったが、やめた。一個人による興味本位の質問である。告発するものでもないし。たかが、日記だし。まとめてみるに、今回の、TBSの字幕違い、それは、おそらく担当者のテープの聞き取り間違いが発端だったのだろう。ただ、それが、校閲担当もいない、携わる人数も少ない、携わった人たちの、字幕に対する意識も低かった、それで、すべての網の目をくぐりぬけて、電波に乗っていった。昨日、思いっきり罵倒したが、所詮人間。間違えることはだれにでもある。私だって、完璧に反訳してるわけじゃない。ただ、電波に乗せる以上、正確性は期してほしい。できるだけ、言葉について高い意識を持った、節穴でない目をたくさん通してほしい。新聞のように校閲を置くというのは時間的に難しいのか。テロップ作成者をもっと教育すれば、何とかなるんじゃないのか。字幕専門という意識を持った人が、電波に乗せる前にぜひぜひ、目を通してほしい。そうでなくても、もう少し、たくさんの目を通しておけば防げたと思われる同音異義語の字幕の誤りは、ほんとうにたくさんある。テレビは、公器である。時間にゆとりのあるバラエティー番組などは、ビデオテープを反訳の会社に外注し、その反訳から字幕をつくっていることもあるらしい。実際に会社で反訳していたのを知っている。予算にゆとりがあるならば、そのほうが絶対に誤字や聞き取り違いは少ない。反訳会社は文字のプロであるから。バラエティーのほうが誤りがなく、報道番組の字幕がおそろかになる。矛盾しているが、それが、時間に追われたTV局の現実なのだ。しつこいようだが、最後にもう一度言う。人間の得る情報は、8割以上が視覚から入る。視聴率1%は16万3千世帯。(ビデオリサーチ社HPより、関東地区の場合)テレビは、公器である。文化の担い手である。それでも、あなた方は、精度の低い字幕を、これからも垂れ流しつづけるのか。
2003年11月14日
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人間が得る情報は、視覚からが8割と言われている。視聴率1%は、16万3千世帯。どれだけたくさんの人が、知らず知らずに画面の字幕を見ていることか。昨日の日記の最後の件、それは、11月2日放送、TBS「サンデーモーニング」の字幕間違いである。常々、テレビの字幕のいい加減であることには憤りを感じており、過去に藤井総裁の「恋恋」という日記で書いてもいた。そこで危惧していたことが、やはり起きたのである。まさに「それ見たことか」。石原慎太郎に取材をしたテープ、「私は日韓併合の歴史を100%正当化するつもりはない」との発言に、あろうことか、「正当化するつもりだ」という正反対の字幕をつけてしまって放送した。石原知事が激怒するのは当然のことである。「捏造報道である」との抗議文を送り、刑事告訴も検討しているという。TBS側の言い分は「取材テープの発言部分の語尾が聞き取りにくく、誤解した」。反訳をしている人間としてコメントすれば、確かに、語尾は聞き取りにくい。肯定と否定が正反対に聞こえてしまうことは、ままあることである。しかし、「そーでしょー。わかるでしょー。そうだったんだよー」 と、もしも関係者が手を差し延べたら、私はその手をパシッと払いのけるだろう。ふざけんな。それでも、プロか。どれだけの人が、そのテロップを目にするか、わかって文字にしてんのか。聞き取りにくくても、肯定と否定は正反対。だからこそ、難聴テープのそれには余計に気をつかい、何度も何度も確認し、わからなければ、傍線を引いて注意を促す。速報性を重視するあまりに時間に追われていたとしても、おざなりにするべきことではないだろう。確認すべきことだろう。前後の文脈や、自分の知識から、「あれっ」と思うべき内容だろう。石原慎太郎は作家でもある。一般視聴者ですらも、各放送局に字幕間違いでクレームの電話を寄せることが多いという。言葉を扱う人間としても、彼は許せなかったかもしれない。発言の内容、捏造云々になってくると、もう私にはコメントのしようがないけれど。「藤井総裁の・・・」で触れたように、どうもテレビの字幕はただの「データ」として扱われている節がある。言葉を吟味せずに、データとしていいかげんに扱うから、こうなるんだよ、バーカ。と、言い放っておしまいならば、それはただの日記である。(スイマセン、どんなに書いてもしょせんただの日記ですが)私は、知りたかった。常々、どうしてあんなにいいかげんな字幕が多いのか。外注に出しているからなのか。担当者の国語力が低いのか。あんなにたくさん間違いがあるのに改善されないのはなぜなんだ。TBS視聴者センターに電話をする。見知らぬところに電話をするのは慣れている。ネットが発達してないころは、こうして調査をしたものだ。用件を告げると中年(らしき)男性が出た。「・・・あれねえ、私も、まずいと思いますよ。(ため息)」「はあ?」「・・・プロデューサーや、ディレクターがきちんと確認するべきでしたよ」「・・はあ。」要約すると、報道番組なので、外注には出さず、字幕は担当ディレクターなどがつくるということらしい。昔は写植でやっていたので、職人さんは校閲もできるほどの腕を持ち、間違いがそこで防げたのにねえ。社内でも、これではいけないと、個々人のレベルを上げるように、総務や教務で対策を考えているんですよ。ためいき混じりに話すのを聞いていて、私は窓際族にヤクルトを売りにきたおばさんのようになってしまい、「私に言わずに、どうぞ社内で言ってください」と懇願し、「やっぱり、社長が担当ディレクターと一緒に謝りにいったほうがいいと思いますよ・・」と、まだまだつぶやくオヤジをなだめて、電話を切った。外注ではないらしい。では、字幕は、担当者のレベルからノーチェックで電波に乗るのか。繰り返す。人間の情報は、視覚が8割である。視聴率1%は16万3千世帯である。(ビデオリサーチ社による関東地区の場合)そんなに簡単なことでいいのか。新聞だって、記者は物書きのプロである。でも、校閲部があり、そこでミスを未然に防ぐ。なのに、テレビの字幕はノーチェックなのか。納得がいかない。夕食の支度の時間である。が、まだ疑問がおさまらない。米をとぎながら、NHKに電話をした。ぬかみそをかきまぜながら、日本テレビに電話をした。銀杏入りのがんもどきを煮ながら、フジテレビに電話をした。唐揚の下ごしらえをしながら、テレビ東京に電話をした。次は、テレビ朝日、というところで時間切れ。娘の好物を焦がすわけにはいかぬ。何より、電話をしながらの揚げ物は、危ない。こうして電話をしてみたら、少し、見えてきたものがある。でも、これ以上書くのは日記の分量ではないので、今日はここまで。続きは、あした。
2003年11月13日
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落語のテープは合計でも1時間足らずの4席なので、2日間しか手元になかった。恋焦がれたわりには、あっけない逢瀬であった。また来ることを念じつつ、納品。でも、実はこの落語のテープ、反訳する側からは、苦手だったり敬遠されたりすることもあります。興味がある人には嬉しい楽しい仕事ですが、実際に起こしてみると、わかります。時間がかかるのです。反訳の仕事は録音時間で計算します。録音1時間当たり幾らという計算方法です。つまり、速く打てれば、それだけ時給も上がるというわけです。速く打てるのは、どういうテープか。音がいいのはもちろんですが、加えて、「単語登録」を活用できると入力が速くなります。決まった語彙の登場回数が多ければ多いほど、「単語登録」の活用で速くなります。そのような理由で、自治体など、お役所の会議録と、今回のような落語のテープでは、圧倒的に速度が変わってくるのです。つまり、それは、政治家やお役所の語彙が貧困だということとも通じます。「聖域なき構造改革」。キャッチコピーはよいのです。でも、中身がない。表現力に乏しい。私達にとっては、好都合です。「構造改革」を「こかか」と単語登録しておけば、オッケー。会議の語尾にしても「~と思います」・・「とす」「というふうに思います」・・・「とふにおす」「と思っております」・・・「とってを」これが私の単語登録で、人によって様々ですが、大体こんなもん、プラス数種類でオッケー。落語ほど話し言葉ではなく、書き言葉に近い。熟語も多い。同音異義語さえ注意すれば、入力はどんどん楽になっていきます。だから、政治家の演説って、心を打たないのでしょうね。語彙が乏しい。キャッチフレーズを広げるための、豊かな表現力が生まれない。過去(7/9)に「日本の政治家が演説上手にならないわけ」という日記を書きましたが、生きた言葉で話してない。漢語中心の、お役所言葉だからやむをえないのかもしれませんが、もうほとんど書き言葉です。落語など演芸本の速記は、議会で速記をする方たちが、手がけ始めたそうです。毎日毎日議会があるわけではありませんので、議会が休みのときに演芸速記をしていたそうな。(三一書房 古典落語大系第1巻編集月報より)わかります、わかります、その気持ち。議会の、お役人の、漢字だらけ、表面だけの話し言葉に埋もれていると、落語のように、生きた話し言葉に触れたくなるものなんですね。こうして、議会速記と演芸速記の2ジャンルの流れができていき、それは、今でも何となく流れがあります。マスコミ系と議会系では、起こす側でも意識が変わります。ただ、用字の厳しさ、細かい決まり事がきちんとしているのは、圧倒的に議会の速記です。マスコミ系でも、おろそかにしてよいということではありません。言わずもがなのことです。録音反訳をしようと思っている人は、自治体の議事録、こちらのほうを一度きちんと経験なさるといいと思います。地味です。単調です。用字も厳しい。「ひとつ」「一つ」「1つ」、こんな一文字の使い分けにも神経を使います。でも、それを苦にするようだったらば、あなたは向いてないんです。ほかの仕事を探したほうがいい。それなのに、安易に「マスコミの仕事!」「講演をタダで聞けてためになる!」そんな宣伝に乗って、簡単に始める人がいるから、レベルも下がるし単価も下がる。憤りを感じます。安易な言葉の扱いによって、今、私がひそかに「ほーら、見たことか」と思っている件が1つあります。それは、明日の日記で。
2003年11月12日
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えー、指先ひとつのクリックで、こちらにお運びくださいまして、まことにありがとうございます。何でこんな口調になっちまったかってぇと、寄席の録音反訳してたんですね。落語と速記は昔から、ふかーいご縁があるんです。切っても切れない間柄。さかのぼること明治の時代、円朝って有名な落語家がおりましてね、この方が、自分の噺を速記させて、反訳してっから出版したんです。んなわけで、この方は東京のみならず、全国で有名になったってぇわけで。ラジオが庶民に行きわたるまで、落語の人気ってもんは、こんな速記本から広まっていったというわけでございます。そんな寄席の反訳、何と私、初めてだったんでさぁ。10年もこの仕事をやってて、初めて。速記の原点ってんで、ワクワクドキドキしながら打ってみたんすけどね。いやまたこれが、おもしろいけど難しい。大体、これは記録なのか、読み物なのか、どっちなんすかね。そのあたりがわかってねえと、ちいと反訳しにくいってところもある。いや、何がおもしろいって、むずかしいって、「擬音」ですよ。蕎麦は「ズズーッ」、そんな単純なもんじゃありませんぜ。酒を飲む音、せきばらい、会話の途中のまごつく様子、一体どんな文字であらわしたらいいんです?せきばらいなんて、「エヘン」じゃなくて「グフン」、「ゴホン」、いろいろ聞こえちまう。それをあっしが文字にした途端に、読む人にはその音しか聞こえなくなっちまう。ほんとに、この文字でいいのかって、そりゃあドキドキもんですよ。酒を飲む音なんて、どうしたらいいんでしょうね。実際に聞いてみると「クイクイ」なんて、聞こえませんぜ。会話ってぇのも、むずかしくて、おもしろい。「あーら、我が君、あーら、我が君」「・・・・え、それ、あっしのことですか?」(これを読んで、何の噺か、わかった人は、えらーい)「ええ? それ、あたしのことですかい?」「え、それ、私のことですか?」一つの話言葉でも、こんなふうに微妙に変わっちまう。一体どう打ったらば、一番その場の雰囲気に合うか、そのさじかげんがまことにおもしろく、また悩めるところってんで、いい勉強をさせてもらいました。納品した後、担当の男性が、「落語とは、話し言葉を書き言葉にする限界もしくはその差異を考察するのに最適」と話してくれましたが、ほんとにその通りでさ。起こしながら笑っちまうテープなんて、久しぶりだったから、楽しく仕事させてもらいました。いや、ほんと、ありがてえ話です。いきいきとした会話文も、起こしてて楽しゅうござんしたね。「おう、おうめ、湯ぅ行ってくるから、手ぬぐいとってくんな」「あいよ、お前さん、気ぃつけて行っといでよ」たったこれだけなのに、いい会話じゃありませんか。
2003年11月11日
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鬱陶しかったので、髪を切りました。少し、短くなりました。美容院に行く日は、なぜかいつも雨ばかりです。表参道で地下鉄をおりて、南青山まで。帰りのバスは西麻布、広尾、白金・・・おしゃれな街を通る割には、車内は地味なご老人多し。私も、地味だし。帰ってからとりかかる、待望の落語のテープ。これが、おもしろいんだな。10年近く、この仕事をしていて、また新たな発見があるってえんで、明日の私の日記は、絶対に、この話題。兄も落語好きで、会社帰りに寄席に寄り道することもあるほどなんですけどね、話し方が、どうも普通の会社員とちょっと違う。お酒が入ると、さらに違うってえんで、べらんめえ口調になっちまう。確かに、しっかり聞いていると、噺家さんの口調が乗り移ってくるー!
2003年11月10日
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またね、よぱらちゃたのよ。はじめてのひとは、9月13日のにき、みてね。ごぜんちゅ、おしごとしました。午後は、パソコン、買ちゃたのよ。ふじつー。でもね、じぶんのちからで、どにもならないこと、あるのよ。がむばても、きもちのおさまらないこと、あるよの、あれ?あるのよ。「私の血はカベルネ、涙はシャルドネ」て、かわしまなおみが言てましたあ。てやんでー。かなしみのしゃるどね。ボトル半分で、沈没。
2003年11月09日
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「五味宏基って、だれ?」という人は、もう多いと思う。今年の5月、ヨルダン、アンマンの空港で、手荷物のクラスター爆弾が破裂し、空港職員を死傷させた事件を起こした人物である。彼の弁護をするつもりはない。でも弁護かもしれない。見ず知らずの私だけど、どうしても言いたい。聞いてもらえますか。いつか、ある大きな新聞社に勤める記者の講演を、録音反訳しました。冒頭、その人はこう言い放ったのです。「我々の給料は、M新聞にくらべると、全く違う。優秀な記者が集まるのは当然である」あっけにとられました。給料の多寡が能力のよしあしを決める、ある意味では真実でしょうが、自分からは言ってほしくないし、それを第一のはかりにするような新聞記者は、品性が欠けていると思いました。私は筋金入りの毎日新聞読者です。会社に知り合いがいるわけでも何でもありません。宣伝のつもりはありません。長い間のつきあいで、読みやすいから読んでいます。内輪の話になりますが、「くりくり」は、創刊号に感激しましたし、中学生のときには竹橋の編集部に遊びに行ったこともありました。地方版に詩が載ったこともありました。あれは小学3年のとき。それで、この事件が起きたとき、びっくりしたのです。「五味宏基」。この名前はよく紙面で見かけていたからです。報道写真に署名があります。いつも、いい写真を撮る人でした。心が揺れる写真も多かった。でも、インパクトの強い写真ではありません。むしろ、穏やかな、きれいな写真の印象があります。それらが、珍しい名前と共に記憶に残っていたのです。毎日新聞は、事件を起こしたときに、すぐさま現地に本社の幹部を派遣しました。当然のことと思います。「五味宏基」で検索してみてください。この事件の報道以外に、たくさんたくさん彼の撮った写真も検索されるはずです。それらの写真をごらんになれば、きちんと仕事を積み重ねてきた人物だったと、おわかりになると思います。彼の撮ったこういう写真が、たくさん紙面を飾っていたのです。何も起きなければ、彼が軽率にも爆弾を拾って「使用済み」と思い込まなければ、ある程度の出世の道がひらかれていたのかもしれません。社内のことや彼個人を知りませんので何ともわかりませんが、読者にとっては「いい仕事をする人」だと思っていたのです。繰り返しますが、私は彼の知り合いでも何でもありません。実際の人柄も知りません。ただ、事件を起こした後の、彼の態度、コメント、新聞社の対応、紙面での扱い、どれをとっても、「誠意」がありました。きちんとした報道を感じました。もちろん、人を殺める結果になってしまったことに同情の余地はありません。普通の精神状態を保てないような戦地で仕事をしていたとはいえ、軽率だったことは否定できません。彼についての報道は、もちろん否定的なものばかり。それは、当たり前でしょう。でも、「事件」だけで彼のすべてを断罪する記事ばかり。あんなにたくさんいい仕事を積み重ねてきていたのに。すでに使用済みだったとの「思い込み」。「思い込み」は、よくあることです。彼の場合は、それが取りかえしのつかないことだった。致命的な地雷を踏んでしまった。大変に不謹慎な言い方をお許しいただければ、もしも、彼がフリーのカメラマンで、日本で、ノンアルコール飲料だと思い込んだ飲み物が実はお酒で、車を運転し、死亡事故を起こしていたとしても、これほどの大きな報道にはならなかったでしょう。たまたま、それが酒ではなくて爆弾で、場所が海外の空港で、空港職員を死傷させ、彼が新聞社に勤めていたばかりに、狂った歯車が、さらに大きく回ってしまいました。神様のいたずらとしかいいようのない、彼の「思い込み」。帰国後、五味記者は、毎日新聞を懲戒解雇されました。その後の消息は、わかりません。一生償いきれないものを背負って、彼がどうやって生きていくのか、もちろん気にするのは大きなお世話です。でも、少しだけ、気になります。おかした罪を償うための事件の顛末本なんか、決して書いてほしくない。言い訳なんかしないでほしい。あの、たくさんの紙面を飾った写真の腕で、人知れず再起してほしい。五味宏基、当時36歳。大きな十字架を背負ってしまった彼のこの先、どうか荒れずに、くじけずに、いい写真を撮りつづけてほしい。見ず知らずの人なのに、思い入れが深すぎると言われれば、確かにそうなんだけど。変かなあ。
2003年11月08日
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ずっと入力しながら我慢していた筋肉痛。こらえきれずにカイロにお出かけ。予約をとっておいて、よかった。もう限界です。ディクテーションマシンを右足で踏みつづけていると、意外なところが凝るのです。何と右の中臀筋。おしりのえくぼの少し上。それを放置しておくと、だんだん凝りが上がってきて、背中や肩に来るのです。7月に発見しました。それまでは、単なる肩こりだと思っていたのに、そこが根本なんですね。グググーッと横から中臀筋を押してもらって、肩甲骨の周りをほぐしてもらって、右肩の付け根をほぐしてもらって。「ううう~っ」「あ゛~」「そこですぅ~」「ぐぅ~」「ふむぐぅ~」・・・普段の私が出さない声だけど、ここでは我慢しないんだ。まな板の上の鯉どころじゃない、ぐにゃぐにゃで、タコ。「麻nekoさん、溶けてますよ」ほんとに、そうでした。た~っぷり1時間。歪んだ体が元通りになった気がしたことと、普段浅くなっていた呼吸が深くなった気がします。 夜、外出したとき、遠くの横断歩道が青信号だったので、50メートルぐらい、走りました。気持ちよかった。走るのって、案外気持ちいい。
2003年11月07日
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午前中、納品です。一昨日の「あやうくテープ誤消去事件」の会社まで。予定の納品よりも早いのですが、少しでも信頼回復。もちろん、原稿はバッチリ。行ってよかったです。録音反訳という仕事を、外部に委託したのが初めてらしい今回の担当の方に人によって、原稿は千差万別になること、精度も異なること、読みやすさも変わることいろんなことを、つい熱く語ってきてしまいました。子育て中、子育て後の女性のスキルアップや再就職を支援する会社なので、なぜ、私がこの仕事をはじめるに至ったか、いかにこの仕事が、そういう人たちに「安易に在宅でできる仕事だ」との誤解を与えているかというところまで、ただの納品のつもりだったのに、1時間近くお邪魔してしまいました。普段、こうして書くことで整理できているからか、話し下手な私が、「あれも言いたい、これも言いたい」と、次から次へと言葉が出ます。日記の思わぬ効果でした。最後には、スタッフの皆様と名刺交換。まるで新入社員の訓練のように、たくさんの方と。全員、はつらつとした女性の皆様で、これからも気持ちのいいお仕事のできそうな会社でした。夜は、久々に自治体の仕事。こちらは、なじんでサクサク打てる。気分が変わって気持ちいい。そうそう、落語のテープも来たよ!担当者さま、ありがとう!これも、楽しみ~。
2003年11月06日
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ワタシハ キョウハ キカイデス。キカイノ オンセイデ ヨンデクダサイ。キノウハ ミナサマカラノ タクサンノ カキコミヲアリガトウ ゴザイマシタ。イチニチジュウ ニュウリョクシテマスイチニチジュウ コウセイシテマスキカイハ タベマセンキカイハ ヤスミマセンキノウミタ ホトトギスノ ハナノイロモ ワスレマシタサムサノトキハ オロオロアルキ (おっと、ちがった。)ジョセイ ゴニンノ ザダンカイデスモニター ケッカノ ザダンカイデスロクオンテープヲ オコシテイマスフタリ クベツガ ツキニクイデスリョウホウ コエガ タカイノデスワタシハ キカイ キカイハ ワタシキノウミタ ホトトギスノ ハナノイロモ ワスレマシタ
2003年11月05日
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思い出してもドキドキして、手が冷たくなります。そんな出来事でした。数日間かかっていた、東アジア情勢についての会議の議事録。昨夜、ようやく納品し終え、真夜中、ぼーっとした頭で次の仕事の段取りを考えました。過日、嬉しい再依頼をいただいた会社からの座談会です。テープは既に手元に着いてる。「まずは、ダビングしておかないと・・・」とりあえず、カセットテープをBM-76というディクテーションマシンに入れ、イヤホンジャックから別の録音機に線をつなぎ、自分のカセットテープに録音して、寝ました。今朝、鼻歌まじりで家事を済ませ、「さて、座談会」と録音したばかりのマイカセットテープをセットする。「ザー、ザー」。音がない。「あれ? うまく録音できなかったんだ。しょうがない、送られたテープを使おう」。セットする。すると、こちらも、音がない。音がない。音がない。音がない。いくら聞いても 「ザァ-------」。これは、マスターテープのはず。・・・・・・消した?顔から血の気が サーーーー、どころじゃない。どうしよう。どうしよう。テープ起こしは音が命です。録音がなくちゃ、仕事になりません。1時間45分の座談会。村松友視が編集者のころ、高名な方の対談を2時間録音しそびれて、記憶だけで原稿をまとめたというこぼれ話を聞きました。昔の日記に書きました。でも、私は現場に行ってない。 テープも、ほんの出だししか聞いてない。 内容が全くわからない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。落ち着け。熊のように、やみくもに部屋をうろうろ歩く。心臓はバクバク、手足が震え、頭の中は真っ白。でも、真っ白な頭で考えるしかない。もしかしたら、会社でダビングしてあるかも。すがる気持ちで電話をする。「あのテープ、ダビングはされていますか・・・?」「いえ、あれがマスターテープですけど?」、担当の方の明るい返答。「・・・音が、入ってないんです。」「は?」「音が、入ってないんです。でも、もう一度確認して、またご連絡いたします」カセットテープは送ってもらった実物か?・・・直前に使ったテープも確認するが、新たなテープはそれしかない。A面、B面の確認間違いではないか?・・・目の前で、見てるんだもん、見たとおりだよ。私は、誤って、座談会の録音を全部消去してしまったのか。あろうことか、とりかかる前に。「これは、今後のクライアントの方針を決める、重要な座談会です」。メールの内容が頭に浮かぶ。せっかく声をかけてもらった再度の仕事でもある。どうしよう、どうしよう、どうしよう。正直にすべてを話しに行かないと。与えた損害ははかりしれないものがあるだろう。今後の仕事が来なくなるのは当たり前だ。それだけでは済まないかもしれない。再び、BM-76の周りをうろうろ熊のように歩き回る私。そこで、はっと気がついた。昨晩、たしか、線をつなぎかえたよね。ヘッドホンから、ダビングの線へ。!!!!!ヘッドホンの差込口が、外れてる。イヤホンには、別の録音機への接続コードがささったまま。私は、差し込んでいないヘッドホンを頭に乗せ、外から入ってくる「ザ-------」の音を聞き、真っ青になっていたのだ。イヤホンの穴がふさがっていて、音の出るはずがない。ばっかじゃないの、アタシ。慌ててジャックを差し替える。よかった~、よかった~、音が聞こえる。ほんとによかった~。神様~、仏様~、マリア様~。ありがとう、ありがとう。早速、担当者にお騒がせごめんなさいの電話を入れる。もう少し落ち着いてから、担当者に電話をするべきでした。余裕のなさに、いたく反省。たかが、イヤホンの線を抜かなかっただけ。それを、こんなに大騒ぎするなんて。でも、しまった!と思い込んでしまった、トホホな私。午前中は、入力に集中する。動揺、いまだ隠せず。午後になって、習字のおけいこ。何が何でも今日見ていただかないと、締め切りに間に合わない。でも、手が震えてうまく書けない。一昨日のバドミントンのせいか、午前中の動揺のせいか。「ひ」は、いつまでたってもうまく書けない。墨の乾かぬうちに先生のお宅に伺うと、なんと「書きぶりが変わりましたね。大きく書けました」と。ゆっくり書くと震えてしまうので、えいっと書いたら、かえって勢いが出たらしい。何が幸いするか、わからぬものだ。長い日記になってしまったが、自戒を込めて、ちゃんと書く。今回の一件は「在宅ワーカーの甘さ」と「SOHOの厳しさ」を改めて思い知る結果になりました。この仕事の危機管理は、大ざっぱに言って4つです。①パソコン、②ディクテーションマシン、③データ、④テープ。(自分や家族の危機管理ももちろん大切ですが)在宅ワーカーの私だったら、パソコンが壊れても、30分で行ける会社で作業ができます。ディクテーションマシンは2台あります。データは念のため、いつもFDで保存もしてます。テープは大抵会社でダビングしてあります。(もちろん、会社に頼るつもりのような仕事の仕方はしておりませんが。)ところが、フリーの私で受けた場合は、①と④は、アウトです。パソコンも、もう1台、買わないといけない、これも、ほんとはわかってる。問題は置く場所だ。こんな当たり前の、でも厳しい現実を認識しました。やはり、在宅ワーカーに会社が設定する料金と、フリーとで単価が違うのは当然です。時折、SOHOという仕事形態の方が、在宅ワーカーの甘さを指摘するのもわかるような気がしました。どこかで甘かった。いざとなったら会社に頼れる。そう考えていたところはなかったか。在宅ワーカーがみんな甘えていると言うつもりはもちろんありません。過日の日記(10/29「苦手な・・」)に書いたように、「テープ起こし」の作業に特化してプロ意識を持ち、一定の会社と契約して、すばらしい仕事をなさる方もたくさん知っています。ただ、独立すればするなりに、顔つきも、気構えも厳しくなっていくのも、なるほどと。結果オーライで、いい勉強になりました。夜になっても、ざわざわした気持ちはちっともおさまりません。それを抑え込むように、ひたすらキーボードを叩き続けておりました。
2003年11月04日
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昨日のバドミントンで、ちと腕が痛い。翌々日に出なくて、よかった。今週は、ずっと手がけている東南アジア情勢の会議のほかに、既に座談会が1本入っており、新たに入る予定もあるので、何とか今日中に今の仕事を終えてしまうことにする。今回の仕事で思ったことは通訳さんの「あの」「その」が、合いの手なのか、ほんとに指示語なのか区別がつけにくかったこと。同時通訳なので、整文しながらしゃべるのは、さぞ大変でしょう。2人いたので、上手と下手がはっきりわかってしまいました。調査もたくさんありました。台湾の話題で「レンセン」「レンセン」と言ってるので、なんじゃいと思っていたら、「連戦」という人名でした。なんと激しい名前でしょう。漢字の名前も多いので、みんな確認しなくては。こういうときには、ネットが使える時代になり、ほんとに便利になりました。調べても調べても出てこないときには、聞き間違いかもしれないので、もう一度録音を聞いてみます。案外思い込んで打ってることもあるのです。いろいろ「あった!」があるのですが、本日、一番のヒットは「カイハラ先生」。「カイハラ先生」と打っていて、「海原」「貝原」で調べても、ちっともヒットしません。まさかと思いつつ「会原」や「開原」など、いろいろ変えてもだめ。あれー?と思ってよーく聞いたら、ん?もしや「カヤハラ先生」か?それで検索して、目指す人が見つかったときの「やった!」といったら、「スマッ~シュ!」「ナイスショット!」の快感とまるで同じ。言葉にすると、大したことないみたいでくやしい。もっとうまく伝えたい。わかってほしい、この快感。こんなとき、この仕事、好きだな~ってつくづく思います。無事、納品して、明日からは座談会。どんな話題か楽しみ、ワクワク。
2003年11月03日
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午前中、娘に付き合いバドミントン。小学校も、高学年ともなれば、そろそろ手加減できないぞ。思いのほか、熱くなる。1カ月に1キロ減のこの5カ月。あたしゃ、楽天日記と引き換えに身を削って書いてんのか?いやいや、それは違う、きっと。ごめんなさい、ちょっと酔ってる。今日は、もうこの辺で。タイトルだけが先走り。
2003年11月02日
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私を泣かすのは至極簡単。1冊の本を渡せばよい。「これ、読んで」と。それが、「泣いた赤鬼」です。引用は、集英社のひろすけ幼年童話3「ないた赤おに」を参考にしました。かな表記に若干手を加えてあります。みんなの記憶の片隅に、かすかに残るこの話。一体、子供に何を諭したいのか。「怖そうなおじさんも、実はやさしい」、昨今、そんなことを説いたら逆に危ない。「物事には裏がある」、それとも「友人は大切に」か。子供への説諭に関しては、この物語の論点は不明である。---------心のやさしい赤鬼は、村人たちと仲良くなりたい。ココロノ ヤサシイ オニノ ウチデス。ドナタデモ オイデ クダサイ。オイシイ オカシガ ゴザイマス。オチャモ ワカシテ ゴザイマス。そんな立て札を出してても、怖がる村人、誰も来ぬ。赤鬼、悲しみ、かんしゃくを起こす。そこへ訪れた友人青鬼。悩みを聞き、一計を案じる。・・・・思い出してきましたか?村へおりていき、青鬼、民家で暴れだす。家財は飛び散り、村人は震えあがり。そこへ助っ人赤鬼登場。荒れる青鬼やっつける。 ぽかぽかと、手加減して、殴る。「もっと強くたたかないと。」 済まない気持ちで赤鬼は殴り続け、とうとう青鬼は逃げていく。出るときに柱にわざとぶつかり、こぶまでつくって。赤鬼は、これによって村人の信頼をかちとり、だんだんと村人が遊びに来る。おいしいお菓子、おいしいお茶、居心地のよい鬼の家はたちまち人気急上昇。「おい、赤鬼、早く青鬼を心配しろよ。」いつも、このあたりで私はつぶやく。「けれども日数がたつうちに、心がかりになるものが、一つぽつんととりのこされていることに、赤鬼は気がつきました」・・・遅いよ、赤鬼。このときまで、青鬼の気持ちはどうだったか。毎日、赤鬼の様子が気がかりだったに違いない。電話もない。メールもない。ましてやFAXもない。「便りのないのはよい知らせ」とばかりに、赤鬼が村人と仲良くなっただろうと安堵したのか。あるいは、物陰に隠れてそっと様子を見に行ったかもしれない。旅立つ身支度を整えていたかもしれない。物語には何も書いていない。この間の青鬼の心中、いかばかりか。青鬼の家にはだれもいない。変だな、といぶかる赤鬼。ふと、戸の際にある張り紙を見つける。(村人が来ないような山奥なんだ、きっと。張り紙に真実を書いても大丈夫なのだから)アカオニクン、ニンゲンタチトハ ドコマデモ ナカヨク マジメニ ツキアッテ タノシク クラシテ イッテ クダサイ。 ボクハ シバラク キミニハ オメニカカリマセン。コノママ キミト ツキアイヲ ツヅケテイケバ、ニンゲンハ キミヲ ウタガウコトガ ナイトモ カギリマセン。ウスキミワルク オモワナイデモ アリマセン。ソレデハ マコトニ ツマラナイ。ソウカンガエテ、ボクハ コレカラ タビニ デルコトニ シマシタ。ナガイ ナガイ タビニナルカモ シレマセン。ケレドモ、ボクハ イツデモ キミヲ ワスレマイ。イツカ ドコカデ マタ アエルカモ シレマセン。サヨウナラ キミ。カラダヲ ダイジニ シテクダサイ。ドコマデモ キミノ トモダチ アオオニ。このあたりを読むとき、もう私は涙声である。こうなることを、最初から予想して、青鬼は一計を案じたのか。家を失うことを覚悟で、友人を失うことを覚悟で、職を捨てることを覚悟で(?)、村に入って暴れたのだ。旅に出たところで、世間の風は青鬼には冷たいだろう。だって何しろ鬼だもの。何も足さない。何も引かない。・・・・おっと、間違えた。何も得ない。何も求めない。それどころか、赤鬼のためにすべてを捨てた、青鬼。抱き合って再会を涙し、後々まで友情を温め続ける「走れメロス」のように甘っちょろいものではない。もう会わない覚悟である。この青鬼の潔さ、せつなさ。青鬼は、背中に一切を背負って旅に出る。「泣いた赤鬼」は、究極のハードボイルドであると思うが、如何か。
2003年11月01日
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