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整形外科で腰のレントゲン。加齢によるものだろう。体全体のバランスを見てもらう。左足が少しだけ長いとのこと。腹筋を鍛えると楽になるらしい。ウォーキングをすると腰痛になるので困るっていた。これから腹筋をする。続けばいいけど。切羽詰まらないと行動しない性格。三か月も前に言われていた原稿を書かなくてはならない。文章は大の苦手だどーしようこの三ヶ月間は頭から離れなかった。感情たっぷりの文章にするか、事務的な文章にするか。一番いいのは、素直な文章だと思う。素直が一番だけど言いにくい事もキチンと書いておこう。恐れずに。とりあえず原稿の下書きは出来たので今日を終える。神さま、素直になれますように。
2017年06月30日
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静まりと恵みの3日間だった。「知らない」というのは知ってしまった後で冷や汗をかくけど、知らなかったからこその恵みもある。初めて参加した超教派の修養会。これまでは100人を超える参加者があったそうだけど年々と参加者が少なくなっているそうで、今回の参加者は40人位。ほとんどが教職者であった。そんなことを知っていたら恐れ多くて参加しなかった。何も恐れなくてもいいのだけどだけど、知らなかったからこそ参加して、そして楽になった。神に献身された方々はただ立っておられるだけでいい。その姿を見ているだけで自分の抱えていたウツウツした思いが消えた(消えたように思う)。この修養会で何を得たのか(与えられたのか)、まだ分からない。何かが変わっていればいいと思う。自分に期待しよう。留守も守られて良かった。さぁ、この三日間に感謝して、今日を終えましょう。
2017年06月28日
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礼拝に行く前に3人の方に短いお手紙を書く。書いてしまえば簡単なことなのに何事も切羽詰まらないとやらない性格は直らない。夏休みの宿題を切羽詰まってやる子供だった(--〆)Aさんに渡す手紙をBさんに渡してしまい。もうお帰りになった後に気づく。電話をしてお詫び。なんてこった。Cさんには訪問してお渡しした。お元気になってほしい。みんな日曜日には癒されたくて来る。だけどね癒す人がすくない。いやいや癒すのは人ではなくてイエスさまでしょう!と。それはまっとうな答えだよね。まっとうな答えにはハイそうですとしか言えないと独り言。でもね、みんな疲れていて余裕がなくて、なんとかしなきゃねって思いながらどうしようもない現状。大きな会堂が必要なのかなぁ。小さくていいよって思う。そんなことを言ったら不信仰だと思われる。そう思われるのがイヤだから黙っている明日から二泊三日の旅へ。夫は留守番、守られますように。
2017年06月25日
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夜、歯磨きをしながら・・・・午前中は何をしたっけ??思い出せない(--〆)えっっっと、何をしたっけ? 出かけたっけ? うわっ! とうとう短期記憶が出来なくなったのかと不安になった。思い出した。午前中は「交わり会」に行ったのだった。この会をリードしてくださる方のお話しが聞きたくて、また、お互いの学びの感想を聞くのが楽しみで行くのだけど。時間を一人占めしてしまう方がおられてその方のお話しで終わってしまう。ちょっと不満が残ってしまう。皆さん、寛容なので、私ばかりがこんな気持ちになっているのだろうか?なので、この箇所を思い出しながら、私には備わってないなぁと反省する。愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制リードしてくださる方が仰った。すべての土台はイエスさまです。と。夫と話し合う。互いに思っていることを言わないとお互いに分かりあえない。私も言わなければならないのだ。ちゃんと言えたから今日を終える。みたまの実が与えられると信じている。
2017年06月23日
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お風呂場、カビキ○ーを拭きつけて磨く。50度のお湯で仕上げ。午後、しごと。整形外科に行く。肩の治療。右肩が良くなったら左肩の痛みが出てくる。腰痛も。初めに、神が天と地を創造した。地は茫漠として何もなかった。やみが大水の上にあり、神の霊が水の上を動いていた。今までこの箇所がなんともオドロオドロしたように感じていた。神の霊っていうのがなんとなくオドロオドロしていたのだ。聖霊なんかではないような気がする。でも、もしかしたらオドロオドロではないのかもしれない。まだよくわからないけど。多人数が関わると行き違いも誤解も生まれる。なんだか面倒になってきました。みんな孤独です。夫に腹を立てた・・・・またか(--〆)だけど夫のほうがどれだけシンドイか。夫もどう一日を過ごせばいいのか分からないのだと思う。そう思うと可哀そうになってしまう。腹が立って、反省しての繰り返しだなぁ。私はどうすればいいのでしょう。壮大な天地創造と夫に腹を立てる私と。なんか関係ありますか?とりあえず今日が終わります。反省で終わります。
2017年06月22日
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台風並みの風雨。ベランダの鉢がひっくり返っている。夜になっておさまる。雨なものだから母と電話で長話。それから久しぶりにHさんにも電話する。雨で祈祷会に行けなかったけど貴方から電話があって嬉しいとHさんが言う。私もそう言われると嬉しい。Hさんは通読をはじめて雅歌を読み終えたと。部屋の模様替え。本棚を移動した。床を拭くと雑巾が真っ黒(--〆) どんだけ床掃除をしてなかったかと反省。壁も拭く。思うのだ・・・・・歳をとると部屋の模様替えとか出来なくなる。体力も気力もなくなる。今のうちにやれることはやっておこうと。お風呂場にカビがはえてきた(--〆)その翌日、ヨハネは自分のほうにイエスが来られるのを見て言った。見よ、世の罪を取り除く神の子羊。その翌日、その翌日、それから三日目に・・・・・・時間の流れがよくわからない。なんだか生きるのを焦っている。気付くと肩に力が入っている。リラックスしよう。イグナチオ教会の祈り場が復活していて嬉しい。明日はあせらないで生活をしよう。今日が終わります。なんだか長い長い一日でした。
2017年06月21日
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ボヤッとした一日であった。何をしたか思い出してみる。洗濯掃除。本を数冊とりだしてホコリをふいた。小さな小さな虫がでてきた。本によくいる虫である。ベランダに広げて日光で虫干ししたいけど気力も体力もイマイチなので後日やることにした。下駄箱の不要になったクツを処分。午後、仕事。買い物。娘から一日遅れの父の日のプレゼントが届く。夫、喜ぶ。聖書は読む気になれず。つづかないのよね(--〆)通読とか続かないし。私たちはみな、この方の満ち満ちた豊さの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。受けています。私は恵みの上にさらに恵みをうけたのです。受けているんですよね・・・・。たぶん、恵みの真っただ中に生かされつづけているものだから、その恵みに気付かないのだと思う。この生活の一つでも欠けてしまうことのないように。何もない一日のありがたさ。だから、今日も感謝で一日をおわる。
2017年06月19日
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8時過ぎに家を出る。帰宅は4時過ぎ。子育てや介護を終えた時間のある人には出来るけれど、そうでない人には無理がある。そんなこともう何十年も前から議題にあがっているのだけど。なにも変わっていない。無理のない奉仕の在り方を具体化して次の役員に引き継ぎをすることが私たちの務めであるように思った。引き渡す準備を今からしておかなければならない。今日の話し合いは上手くいったと思う。だけどそう思う反面、上手くいったと思ったときにこそ落とし穴があるようで素直に「良かった」と喜べない、なんともひねくれた性格だ。好き好んでひねくれた性格になっているわけではないんだけど。自分の弱さをさらけ出すと皆も本音を言いやすいのだと。本音をさらけ出すまではには行かなかったけれど、何人かが本音の欠片を話してくれた。欠片だけでも言いあえたことは良かった。いつも何も話さない一人が気になるけれど。いつか声を上げてくれることを待っていよう。かみさま、あなたに会いたい。今日を終えます。一日、ありがとうございました。明日もささえてください。
2017年06月18日
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午前カーテンを洗う。窓を拭く。洗濯槽をカビとりクリナーでクリーニングをする。黒いカビ?が出てくる。できることなら洗濯機を分解して洗濯槽の裏側を拭きとりたい。出来ないけど(--〆)午後少しだけミシンがけ。出汁用の袋を作る。食事用の買出し。そろそろ他の人にバトンタッチしたい。気をつけるべきこと。誰にも羊の顔と狼の顔があるということ。また私の中にもあることも。I姉のご主人の手術は13時間かかったそうで。このところ何人もの方が手術をされていて。そのたびに落ち込む。私が落ち込んでもどうにもならないのに。だから落ち込まないようにする。今日は聖書のことばが心にひびかない。感謝もあまりない。ちょっと明日が重い。だけど、今日がおわります。やっぱり感謝します。ヒソプをもって私の罪を除いてきよめてください。そうすれば、私はきよくなりましょう。私を洗ってください。そうすれば、私は雪よりも白くなりましょう。
2017年06月17日
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午前から午後にかけて集会のお手伝い。キリストは私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいます。生ける望みを持たせてくださるのです・・・・・生ける望み・・・・?????生きる望みだとわかるのだけど・・・いやいや・・・・生きていく望み・だともっとわかるのだけど。いやいや・・・生きていくための希望・だともっと分かる。どうして、生ける望みなんだろう・・。これでいいのでしょうか? これでいいのだとは思っていません。ですが、どうしようもない状態から抜け出していることは分かります。今日もおわります。今日も終わります。今日も終われることが良かったです。感謝して。
2017年06月16日
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日記って楽しいのがいい読んでて楽しいのがいい以上。今日の日記のやり直しをしてみた
2017年06月14日
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午前ピアノがなくなった後の床拭きとタンスの裏の拭き掃除。埃とカビを心配していたのだけど思ったより綺麗な状態だった。だけど床を拭くと雑巾が真っ黒になって何回も拭く。サラサラと気持ち良くなった。部屋が広くなって。クローゼットの中も物が少なくなってしまって、あるのは息子と娘の子供のころの写真やCDや本や服ばかり。これでいいのかなぁ。無駄なものって思えるものも生活の潤いになっているのかもしれない。余白とも違う、なんかこう、無駄だなって思えるものもあったほうかいい。午後Kさん宅を訪問。前回、訪問したときにご主人様にお証をしていただきたいと思った。そのことをもう一度確認したところご主人様も奥様もいいですよと仰ってくださった。ただ、このことはKさんご夫婦と私だけの間のことで、誰にどのように話を持っていったらよいのか分からない。役員の誰かにだけど。難しいな。道が開けるようになるといい。先日、夫が言った「僕はそんなに悪い人間かな?」そんなこと聞かれても困る。悪い人間じゃないよ。ちっとも悪い人じゃない。どちらかといえば優しい。そんなこと聞かれても困る。放送を聞いていたら加藤先生の一言が耳に入った「疑ってもかまわないのです」なんだかほっとします。人って疑う者でしょう?だから疑ってもかまわないのですって言われて、許されたような安ど感あるのです。疑う人は許されないのだと疑う自分を責めてしまうのです。疑う人も許してくださると思っていいですよね。今日も一日が終わります。疲れました。
2017年06月14日
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朝から夜まで雨。午前中母から電話。むこうは雨があがってきて晴れ間が出てきたそうで。田植えがおわった田んぼが青々ときれいだそうで。母は田んぼの景色が好きだ。午後Y社に買い取りをお願いしていたピアノを運送屋さんが夕方とりに来た。玄関から運び出す。トラックに載せる子供が小さいときに頑張って買ったピアノだから寂しくなるかなって思っていたけれど意外とサバサバした気持ち。握りしめているものって案外といらないものが多いのかもしれないな。私をささえてください。そうすれば私は救われ、いつもあなたのおきてに目を留めることができましょう。今日も終わります。感謝します。わたしをささえてください。
2017年06月13日
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午前中保険など書類の整理をする。午後 仕事。下の階で働いていた方が4月いっぱいで辞めたとのこと。生活にゆるみがでているような気がしていたのは、そういうことだったのかと思う。生活指導って難しいのだと思う。当人達を思えばこそ厳しくなるのだと思うけれど。どうなっていくのか少し心配である。きよい心で主を呼び求める人たちとともに、義と信仰と愛と平和を追いもとめなさい。パウロはテモテに言う。ともにと。一人で追い求めるのではなく、ともに、一緒に、信仰の友と。もう一度、心を開け放して友と話すことが出来ますように。今日も一日が終わります。ありがとうございました。
2017年06月12日
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礼拝を休もうかと思ったけれど行った。軽い吐き気がありお腹の調子が悪い。そんな症状がもう数カ月つづいている。だけど気合いをいれて行く。お花をもってK姉とO姉を訪問する。お二人とも顔色がよくてお会いできて本当に良かった。賛美を捧げお祈りをして、共に涙ぐみ笑いあった。互いの慰めであった。帰宅するとドッと疲れが出て、しばらく横になった。頑張って夕飯を作った。嬉しいことがあった。神さまのお導きと思った。今日も終わります。ささえてくださって感謝です。もしも私が「私の足はよろけています」と言ったとすれば、主よ、あなたの恵みが、私をささえてくださいますように。
2017年06月11日
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午前中 会堂掃除。その足で息子と会う。ムジカフェで一時間ほど話す。午後 娘に会いに行く。いい子供たちだとしみじみ思う。恵まれているとおもう。娘のピアノの先生の思い出で大笑いした。最初のピアノの先生は楽譜に大きな大きなはなまるをつけてくれた。引っ越しをして習いに行った先生は小さな小さな○を題名の所につけた。その差があまりにもあったので二人ともしっかり覚えていた。こんな楽しい思い出があったんだ。暴力をふるうわけでもないし、ギャンブルをするわけでもない。悪い人ではない。うつという言葉を軽々しく使ってはいけないと思った。当事者はどんなに苦しいか。わたしは大丈夫だ。みんなが幸せに包まれていることが私の幸せなのだ。子供たちは幸せである。だから私は幸せである。幸せに包まれている。今日も一日が終わる。感謝をもって終わる。ありがとうの言葉で終わる。
2017年06月10日
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日記を書いたのだけど久しぶりに写真をUPしようしたら操作を間違えて書いたものが消えてしまった。簡単にすまそう。午前、母と電話で話す。元気で嬉しい。午後の体操のあとI姉のお見舞いに行ったのだが病院の受付でI姉のご家族から面会は出来ないようになっていると説明された。会えなくて残念であった。教会へ行くとNちゃんが一人でいたので5時まで一緒にお付き合い。用件を一つ終わらせる。新聞記事から。加齢が進むと前頭葉が委縮してくる。前頭葉は、理性や感情をコントロールし、意欲を保つ。委縮によって認知症まで至らなくても、落ち込み出したら止まらなくなったりしやすくなる。さらに、脳の神経細胞に情報を伝達するセロトニンが減少する。セロトニンが減少すると、うつになりやすい。環境や悩み事のせいではなく、生物学的にうつになってしまう人が多い。どうも私は生物学的にうつになっている???いやいや、違うでしょう!たとえ、そうであったにしてもそれを受け入れる強さが与えられる。わたしを支えてくださる。今日も一日が終わる。感謝をもって今日を終える。
2017年06月09日
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午前中、集会のチラシ配布をする。もう配布出来る人がいなくなってきている。このところ3人で配布している。ご高齢で、仕事で、介護で、子育てで、病気で、とそれぞれに事情がある。帰宅してピアノを磨く。もうツヤも失われてしまっているので未練はない。運び出すときのためにタンスや本棚を移動しなければならない。ちょっと大変だけどガンバロウ。3時からパート。梅雨にはいり食中毒が心配。テーブルに置いたままの昨夜の夕飯と今日の朝食。責任者から自分のお茶碗は自分たちで洗って食器棚に入れるルールにしているのだから、そのまま置いておくようにと言われているのだけど。食中毒が心配だから、片づける。入所者さんの○子さんがお手伝いしてくれるのは嬉しいのだけど手洗いをキチンとしてほしいなぁ。難しいこともある。明日の朝食はフレンチトースト。でもね、フレンチトーストってアツアツが美味しいのに、それでもいいってことで、アツアツのフレンチトーストを冷めてから冷蔵庫に入れる。冷たいフレンチトーストって美味しくなさそうと思うんだけど。入所している母親が認知の症状があらわれて退所しなければならないかもと友人からのメールに返信する。みんなそれぞれの苦しい重荷を負っている。お互いに頑張ろうね。初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、はじめに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光は闇の中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。このみことばを読むと頭ん中がよじれてしまいます。わけがわからなくなります。この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。過去形? では、どうしてここだけ、光は闇のなかに輝いている。ってなっている?。文法がわからない。よむ力がないのが恥ずかしい。だけど、光は闇の中に輝いている。って何か嬉しい発見。この方もことばもイエスさまと置き換えて読むと少しはわかってくる・・・・かもと思う。藤井圭子さんの本の続きを読みながら寝ることにする。今日も一日が終わりました。感謝します。
2017年06月08日
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午前中にクリニックに行く。午後はSさんとFさんとランチ。半年ぶりに会うSさん。闘病生活はもう6年になるSさん。窓際の席にTさんがお友達といた。声をかけないほうかいいと思い声はかけなかった。昼どきのデニーズのほとんどは女性で、となりのグループの話声が大きく騒々しく早々に店を出てSさん宅に行く。お姑さんにお線香をあげる。まだ納骨はしていなくてお墓も決まっていないと。尽きることなく話をする。「悟りと救い 求道の果てに」藤井圭子昨夜からの続きを読む。今日の一日が終わる。感謝。私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。イエスさま。わたしをささえてください。
2017年06月07日
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今日やったこと。カーテンを新しくした。今までかけていたカーテンのタックをほどいて一枚の大きな布にした。何かの役に立つだろうと思う。糸くずがたくさん出たので掃除機をかけた。北側の部屋の片づけを続行。小さな本棚が空いた。市の担当にどうやって捨てたらよいか聞いてみた。解体して不燃物の日に出すようにと教えてくれた。本棚の後ろはカビが生えていた(--〆)。ということはタンスの後ろもカビが生えているのだろう。なんとかせねば。やっぱり捨てられない本がある。無理に捨てることはない。本があるだけで心が落ち着くのだったら取っておけばいいのだ。写真の整理も続行中。なかなか時間がかかる。いや日数がかかる。何十年分の写真だものね。捨てようとしていた本「クリスチャンじゃない夫をもつ女性たちへ」を読んだ。いまの私に必要な本だった。ピアノの買い取り先をどこにするかY社とS社に問い合わせた。Y社にする。九万円位で引き取ってくれるらしい。夕方、買い物。明日、訪問する友人へあげるお線香を買う。お線香のことを知らないのでお店の人に選んでもらった。ぶらぷら帰宅する。私は、今のところ大丈夫だ。そうだ、こう思ったのだ。一年あとの私にエールを送る日記を書こうと思ったのだった。一年あとの私が今の私に声をかける。よく頑張ったと。どこかで聞いたような話ではあるが。今日も一日守られた。感謝である。
2017年06月07日
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