2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1
届けもの 携帯がなる。「今、新宿駅にいる。今日は大阪まで出張なんだ」「はい知っていますよ」」昨日は福岡から帰ってきたのは夜の10時過ぎ、明日は大阪だから朝6時には起こしてくれ。という会話だけで寝てしまう。5時におきて朝ごはんの仕度。ぎりぎりまで寝ている。早く起こすと機嫌が悪いので5時30分に起こす。出張の準備は昨日のうちにしておいた。「あなた、ご飯」「ああ」疲れた体を持ち上げてゆっくりと仕度をする。目は半分閉じている。「味噌汁とご飯だけでいいや」新聞を広げ、お茶を飲む「もうこんな時間だと」独り言を言ってそさくさでかける。すでに2人の子どもはひとり立ちをして、札幌と広島で仕事をしている。父親とはたまには行き先がそちらの方だと会うらしい。夫の行ってきますの返事だけをして、また布団にもぐる。そして今の電話だ。 「書斎の机の上に会社の封筒があるからそれを急いで持ってきてくれ、タクシーでも何でもいいから」ハイの返事も聞かずに切れる電話「いつもこうだわ」と言いながら出かける支度をする。書斎には滅多に入らない、一度あまりにも乱雑なので掃除したら「ここのあった書類はどうした。勝手にさわるとどこに何があるかわからない」といったのでそれからはゴミを捨てるぐらいにした。机の上に商事会社の名前が書いてある封筒が合った。それを取り上げるとその机のシートの下にカレンダーがあった。9月のカレンダー。何気なく見るとハートのマークがある。なんだろう。何かいいことでもあるのかしら。と思いながらも時間が気になり駅へ急ぐ。タクシーで新宿まで行くのに30分かかかるだろう。道の混雑具合もある。私鉄を使えば同じ30分だけれど確実に着く「忙しい人のわりにはこういうところの計算ができないない人なんだ」となんか少しほくそえむ。新宿に着いた。JRの方へ向かう「あ、どこにいるのかしら」すぐに携帯で呼び出すがつながらない。きっと会社と話をしているのあろう。それともハートマークと関係があるのかも。少しキッとした顔になった。「まったく」。結婚する前によく新宿で待ち合わせをした。「新宿にもハチ公前ってあればいいのになあ、こんなに混んでいてどこで待ち合わせしていいのかわからないよね」といつも口癖のように言っていた「じゃあ2人しかわからない場所を決めておこう」なんて言って2箇所決めていた。小田急線で来た場合には、中二階にある高野フルーツパーラーのところ。京王線できたときには、カレー屋の前。こう決めたのは20年前。「しょうがない」と携帯をカバンにしまう。桜上水から来た妻はカレー屋の前に行く。でもいない「まさか何か食べているんじゃないかな」と言いながら中を覗き込む。お金はない2人は良く此処で食べた。一番安いポークカレー。目の前のある福神漬けや漬物をカレーの具と同じぐらいに入れて食べた。250円が350円になっているがその頃と変わらないことも確認してしまう自分がいた。「たまには、カツカレー食べたいね」が2人の小さな目標だった。時間は刻々と過ぎている。大阪に行くのだからJRには乗る。でも一旦改札に入ってしまうともうどこにいるのかわからなくなる。気は急いた。丸の内線のある地下通路を使って西口の小田急線の方に向かう。おかしいなと思ったが携帯がならない。「ああ、もしかして」夫はいつも携帯の電源が切れてしまって大切な時には役に立たない。そうかもしれない、でも公衆電話があるのに、とその時あたりを見回すと公衆電話はあまり見当たらない。「おおい」という声がした高野フルーツパーラーの前にいた。「携帯電池切れちゃって」「カレー屋の前で待ち合わせじゃなかったの」といっても要領を得ない顔をしている。そのことは忘れているようだ。でももう一つの場所にしっかりいた。今度は封筒を確かめながら「良く此処がわかったなあ」という顔をする。つねってやろうと思った左手が白い箱を持っている「おおそうそうフルーツケーキ買ったんだ。今では此処は24時間の営業なんだってびっくりした」あの頃の私達にとっては高嶺の花であったタカノ。入ったことはない。「で、それは」「ああ忘れちゃ困るな、今日は結婚記念日じゃないか」 毎日毎日一人で過す日も増えた。それでもなんだかんだ言っても夫は帰ってくる。会話も少ないけれど、お互いのことをよく知っている。「ありがとう」「昔は良くここへ来たものな」と余計なことも言ってしまうところも夫らしい。「行ってらっしゃい」「ああ」改札を通る時にsuicaの残高がないことに気がついた「ああ、まったく」妻がそっとsuicaを出す。「ああ、気がきくね」とニコッと笑う夫。充電器も忘れているだろう。と思って差し出すと「おおこれこれ」とまたまた喜ぶ。「そうだこのお礼に夕方には此処に着くからさあ、いつも食べていたかれー屋でいつものカツカレー食べような」まったく最後まで・・・「ハイ、待ち合わせは?」「そうだな。此処にしよう」改札口から少し離れたキオスクのとなりにあるコインロッカーの前だ。「おまえ良くこのロッカーに物を入れて、キーがないキーがないと騒いでいたもんな」 思い出は遠くかすかに脳裏に残っている。楽しいこともたくさんあったのに、嫌なこともたくさんあったのに、なぜは思い出すのはほんのちょっとのことである。それが人生かもしれない。「じゃあ」と手を降る姿を追う自分。「まあいいか」と心で舌を出した。
2009年08月31日
コメント(0)
ウォーキングはいいですよ大体30分歩けばご飯一杯分のカロリーが消費されます。その上に次のような効能があります。しかも道具は要らない、お金も掛からない。我慢すればどこでも出来る。勿論近くに遊歩道や公園があるといいのですが。山梨県の山中湖にある文学の森は今まで行った公園の中で最高にウォーキングにいいです。知らない間に30分1時間と歩いてしまいます。ちなみにこの前は6500歩を40分で歩きました。・心肺機能、酸素摂取能力の改善。 ・呼吸筋が発達し呼吸がスムーズになる。 ・心肺機能が発達し血液循環が増え心拍数を下げる。 ・骨、筋肉、毛細血管の新生。 ・血液中の善玉コレステロールの増加。 ・体脂肪の減少。 ・慢性疾患の発症率の低下。 ・糖尿病や骨粗鬆症の発症低下。 ・不安や抑うつ感の軽減。
2009年08月29日
コメント(0)
お弁当人生 人とのかかわりがあまりうまくない女性がいた。角川公子さん19歳。女子高校を卒業後、地元のあまり人が入らない美術館の受付係り。土日でも平均20人ほど。平日は一桁の日もあった。それでも嫌がらず毎日無遅刻、無欠勤。週に何度か市の観光化の人が廻ってくる以外にめったに監督する人は来ない。受けつけで人を待っている間に、本を読むことにしている。今は食べ物に関する本である。9時に出勤。館内を一回りし、空調を整え、照明を調節する。10時に開館。5時に閉館。閉館後見回りをし、セコムのセットをして6時に帰るのである。昼休みにアルバイトの学生が来て、1時間休憩をもらえる。このアルバイトは午後まで仕事を手伝ってくれるが、やることがあまりないので、庭の手入れとか、トイレの掃除とかしている。アルバイトの彼女も口数は少ない「こんにちは」「はい、こんにちは」「じゃあ1時に」「はい」公子さんはお弁当を持って公園に行く。公園といってもその美術館の前に広がる小さいけれどステキな公園である。湧き水の池の近くにあるベンチに座ってお昼にする。12時15分お弁当をあける「美味しそう」自分で作って自分で食べる。「ほんと美味しい」この美術館に勤務して1年になる。ほとんど変わらない毎日を過している、休館日は月曜日である。その月曜日もほとんど家にいる。その日が1週間のお弁当を考える日なのである。買い物は24時間営業のスーパーで11時ごろに行く。人がたくさんいるのがイヤと言うこととゆっくり考えるのが好きというのが本音である。 朝ごはんもお弁当。昼ごはんもお弁当。夕ご飯もお弁当。なのである。家にいるんだから、食卓で食べればいいじゃないと思うのだが。公子さんは家で食事はしない「食事の時以外はずっと家にいるんでる。だらかせめてその時間でも外に出ないと・・・」自分の引っ込み思案を直そうとしているのである。「では、どこで」「はい」ある日の1日を聞いてみた。8月15日 朝6時に起床。弁当を朝と昼用を作る。7時に家を出る。美術館に行くまでにいくつかのお気に入りの場所を見つけておいてそこでお弁当を食べる。その日は綺麗な湖畔でイスを自分で持っていって食べる。「うん、おいしい」そして9時には職場に入る。昼は公園で食べる。6時に美術館を出て、日の長い時は外で食べるが、そうでないときは夜景の綺麗なところなどを見つけて車の中で食べる。映画館で好きな映画を観ながら食べることもある。同じ所で食べるのではなくていろんなところを見つけておく。外なら湖畔 河原 公園 道の駅 草原 ドライブイン 遊歩道 林道などの気持ちいいところを見つけておくのである。 こういう人生もあっていい。自分の世界をきちんともつこと、自分の気持ちをゆっくりと考えることができる。そうして「居場所」を見つけるのである。 もちろんお弁当の中身もそれは凝っている。ある日「これ」とあるバイトの学生にお弁当を作っていった「ありがとうございます」どうしたのかその学生は涙を流していた。いろいろな人生の苦悩を背負っていると感じた「いいの話さないで、ゆっくりお弁当を食べてね」1時の交代の時間の時に渡すお弁当を楽しみにしている人もいる。「そうか私も人に頼られているんだ」と感じた公子さん。今度は水曜日に来る市の職員に・・作ろうかな。
2009年08月26日
コメント(0)
マディソン郡の橋 4日間だけの出会い。イタリア出身の女性。アメリカに憧れ第二次大戦時にイタリアの駐留していたリチャードと結婚。子ども2人に恵まれる。ワシントン州出身のカメラマンロバート。ナショナルグラフィック社の依頼で屋根のある橋を採り続けている。一つの橋を納得いくまで撮影するので1週間ぐらいかけてアメリカ中をまわる。 そんな2人がふとしたことから出会う「あの屋根のある橋はどちらにありますか?」「案内します」こうして2人はお互いに惹かれ合い恋の落ちる。それでも家族への後ろめたさ、アイオワという田舎にありがちな人の目。そうしてこれからどうすることも決めないまま女性は家族を向かえ、男性は立ち去る。「これでよかったのかわからない」と女性は悩むが目の前にある平凡でも堅実な生活を捨ててでも男性のところへ行くのかも決めかねていた。 ある日。雨の中、街に買い物に出た。買い物袋を抱えてできてた女性は彼のピックアップトラックを見つける。「一目でも見たい」そして目の前に停車する。すぐ後ろに夫の運転する車が停まる。目を凝らして見つめる。バックミラーに彼女が送ったロザリオをかけるロバート。信号が赤になっている、女性はドアノブに手をかけてゆっくりとあけようとする。目の前の車に飛び乗りたい。信号が青になる。ドアを開けようとする女性。でもそれはできなかった。今の生活が嫌なわけではない、夫に不満なわけでもない。自分が変わりたい自分を変えたいと言う気持が彼女を悩ませたのである。声を殺して泣く。 その後。平凡ないつもの生活に戻る。それでも1日たりとてロバートのことを忘れたことはない。何年もの後夫が亡くなった。それで連絡をしようとしたがもう会社にはいない。そんなある日。小包が届く。ロバートの弁護士からである。思い出の品々と彼女への手紙。そして彼女は一冊に写真集を取り上げる。中から1枚のメモがでてくる。それは彼女はロバートに会いたくてマディソン郡の橋に貼り付けておいたものである。誌であった。その誌は本の巻頭に印刷されていた。「FOR F。」とFとは彼女の名前フランチェスカである。泣き崩れる女性。でもこれでいいのであると自分に言い聞かせる。人生の中のあの4日間が今まで自分を支えてきた。もしそれがなかったらこの町をこの土地を出て行ったかもしれない。 息子のマイクと娘のキャサリンは母がなぜ死後火葬を望み、しかもあの橋で遺灰を巻いてくれと頼んだのかその彼女の細かい毎日の記録を見てわかった。 人生の中で平凡だけれどそれがいいと思う自分と、その中でも時々何かを求めている自分が人には必ずある。それが人間ではないかと思う。 見渡す限りのトウモロコシ畑。土のにおい。刺激的ではないけれどどこか郷愁を誘う景色が広がる。今でもその橋はあるだろうか。ラストシーンで近代的な橋のとなりのその屋根のついている橋はちゃんとあった。今でも2人がここであっているようなそんな気配のする橋であった。
2009年08月21日
コメント(0)
1、青森県 八戸せんべい汁 (※2008 B-1グランプリin久留米 第2位、2007 B-1グランプリin富士宮 第2位)2、青森県 黒石つゆやきそば 3、秋田県 あいがけ神代カレー4、秋田県 横手やきそば (※2006 B-1グランプリin八戸 第2位) 5、埼玉県 行田ゼリーフライ 6、神奈川県 厚木シロコロ・ホルモン (※2008 B-1グランプリin久留米 第1位)7、神奈川県 三崎まぐろラーメン タンタン麺バージョン8、静岡県 甘藷みしまコロッケ9、静岡県 すそのモロヘイヤ水ギョーザ10、静岡県 富士宮やきそば (※2007 B-1グランプリin富士宮 第1位、2006 B-1グランプリin八戸 第1位)11、静岡県 静岡おでん (※2007 B-1グランプリin富士宮 第3位)12、静岡県 袋井宿たまごふわふわ 13、静岡県 浜松餃子14、岐阜県 各務原キムチ鍋 (※2008 B-1グランプリin久留米 第3位)15、岐阜県 奥美濃カレー 16、兵庫県 姫路おでん17、岡山県 津山ホルモンうどん18、鳥取県 鳥取とうふちくわ膳19、福岡県 久留米やきとり20、福岡県 小倉発祥焼うどん
2009年08月17日
コメント(0)
チェンジング 映画を見た。もちろんDVDでである。映画館で見る機会も今年は意外と多くもてている。それでも時間を考えると部屋で好きな時間好きな格好で観るのもいい。近くのDVDを貸し出している店は水曜日は5本で1050円となる。それ以外の日は3本でそうであったが、この7月からは4本となった。競争も激しいのであろう。「今日は時間があるので借りていくか」といった動機がほとんどである。それでも何を見たいというときもあった。アニメであるが「モンスター」はドキドキしながら借りてきた。シリーズ物・・アメリカのドラマはよく連続で借りてきた。24 トルーコーリング プリズンブレイクエイリアス それとあれ・・人の体にさわると未来や過去が見えてくる人の話。奥さんになるべきあった恋人が人に妻になるがなんだか面白い関係が続くドラマ。それと数字で3桁か4桁だったと思うが、何かの理由で失踪した人たちが戻ってきた。その人たちはその失踪した当時の年齢である。娘が母親より年齢が高いとか。おじいさんが2歳の子を見るなんてこともあった。しばらくするとその人たちは何か人並み外れた能力を持っていることがわかってきた。何かの目的でこの現世に戻ってきたのであろうか。結末は「うんなるほど」であった。多分続編があると思う。 アメリカ ロスアンゼルス 警察の不正が横行し、政治と癒着し罪のない人たちが蛍雪に令状なしで逮捕され闇から闇の葬られる。仕事に行っている間に子どもがいなくなったシングルマザー。この街ではそんなにおどろくことではない。「いずれ出てきますよ」程度であった。それでもこの事件が有名になったのは。警察が不評を払拭するために「なりすまし」の子どもを見つけてきて「あなたのお子さんです」と3ヶ月たったある日母親に合わせたのである。見た瞬間「違います」と言ったが警察は「あなたは息子さんがいなくなったことで精神的に錯乱しています」ということで、その子を押し付けて警察の手柄にしてしまう。「ちがうんです」と訴えた母親を今度は警察の息がかかった精神病院に無理やり押し込んでしまう。「警察のしたことが正しいと認めればここを出ることができます」と医師が言う。ここにいる人たちは皆警察にとっては厄介者であることを、同じような目にあっている女性が言う「戦って」 ロス郊外の養鶏場で子どものいたいが26体発見される。なたで体中をばらばらにされた遺体である。その現場にいた少年が事の顛末を警察に告げる。「この子もいました」連れ去られ、替え玉を押し付けられた母親は絶叫した。子どもは死んでいるのか・・・。キリスト教団体が弁護士を立て警察と精神病棟の関係者を摘発して裁判に持ち込んだ。日頃からロス市警の不正や汚職にうんざりしている市民はこの時ばかりデモや抗議集会を開いて市政の一新を懇願した。採決は市民の思うとおりであった。その時同時に殺人犯人の死刑も確定した。時は過ぎた「あの子を生きている」と信じてやまない母親の元に死刑囚から会いたいとの連絡。死刑執行の前の日である。母親は詰め寄る「あの子は生きているの」犯人は答えない。死刑は執行される。でも母親は死ぬまでその戸外来ていると信じていた。これは事実に基づく映画である。
2009年08月09日
コメント(0)
チェンジング 映画を見た。もちろんDVDでである。映画館で見る機会も今年は意外と多くもてている。それでも時間を考えると部屋で好きな時間好きな格好で観るのもいい。近くのDVDを貸し出している店は水曜日は5本で1050円となる。それ以外の日は3本でそうであったが、この7月からは4本となった。競争も激しいのであろう。「今日は時間があるので借りていくか」といった動機がほとんどである。それでも何を見たいというときもあった。アニメであるが「モンスター」はドキドキしながら借りてきた。シリーズ物・・アメリカのドラマはよく連続で借りてきた。24 トルーコーリング プリズンブレイクエイリアス それとあれ・・人の体にさわると未来や過去が見えてくる人の話。奥さんになるべきあった恋人が人に妻になるがなんだか面白い関係が続くドラマ。それと数字で3桁か4桁だったと思うが、何かの理由で失踪した人たちが戻ってきた。その人たちはその失踪した当時の年齢である。娘が母親より年齢が高いとか。おじいさんが2歳の子を見るなんてこともあった。しばらくするとその人たちは何か人並み外れた能力を持っていることがわかってきた。何かの目的でこの現世に戻ってきたのであろうか。結末は「うんなるほど」であった。多分続編があると思う。 アメリカ ロスアンゼルス 警察の不正が横行し、政治と癒着し罪のない人たちが蛍雪に令状なしで逮捕され闇から闇の葬られる。仕事に行っている間に子どもがいなくなったシングルマザー。この街ではそんなにおどろくことではない。「いずれ出てきますよ」程度であった。それでもこの事件が有名になったのは。警察が不評を払拭するために「なりすまし」の子どもを見つけてきて「あなたのお子さんです」と3ヶ月たったある日母親に合わせたのである。見た瞬間「違います」と言ったが警察は「あなたは息子さんがいなくなったことで精神的に錯乱しています」ということで、その子を押し付けて警察の手柄にしてしまう。「ちがうんです」と訴えた母親を今度は警察の息がかかった精神病院に無理やり押し込んでしまう。「警察のしたことが正しいと認めればここを出ることができます」と医師が言う。ここにいる人たちは皆警察にとっては厄介者であることを、同じような目にあっている女性が言う「戦って」 ロス郊外の養鶏場で子どものいたいが26体発見される。なたで体中をばらばらにされた遺体である。その現場にいた少年が事の顛末を警察に告げる。「この子もいました」連れ去られ、替え玉を押し付けられた母親は絶叫した。子どもは死んでいるのか・・・。キリスト教団体が弁護士を立て警察と精神病棟の関係者を摘発して裁判に持ち込んだ。日頃からロス市警の不正や汚職にうんざりしている市民はこの時ばかりデモや抗議集会を開いて市政の一新を懇願した。採決は市民の思うとおりであった。その時同時に殺人犯人の死刑も確定した。時は過ぎた「あの子を生きている」と信じてやまない母親の元に死刑囚から会いたいとの連絡。死刑執行の前の日である。母親は詰め寄る「あの子は生きているの」犯人は答えない。死刑は執行される。でも母親は死ぬまでその戸外来ていると信じていた。これは事実に基づく映画である。
2009年08月02日
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1