2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全24件 (24件中 1-24件目)
1
本日2回目のブログです。このところゴルフのラウンドなく練習場と家でパット練習と素振りばかりです。来月は予定があるのでそれを楽しみにしているのですが・・・練習場では課題をもって練習するという事に徹してますが、最近の重点はアプローチの正確性です。人工芝から打つのですから最高の状態ですから本番とは違います。本番ならばラフがあり、さらに左右上下に傾斜があるわけですからそれを考慮しなければいけません。お陰様で、SWやPWなどの30ヤードから70ヤードの感覚は相当良くなりました。方向性もまずまずです。これでバンカー超えや砲台グリーンには少しは自信がもてるかと思います。次の課題は、ドライバーの飛距離です。練習する日によって飛距離が違います。キャリーで200ヤード前後なんですが、気を抜くと190ヤードぐらいになります。練習の初めの段階では身体を温めるという気持ちで距離は気にしていません。9番、8番アイアンのフルショットを十分にやってから7Wでフルショットをし、漸く本格的にドライバーを打っています。距離不足の時には、やはりアイアンの癖が抜けておらず振りぬきが足りないようです。しっかりと振り抜くといい感じで飛んでいきます。方向性も良いですね。自宅に帰って思い出したのは「簡易ヘッドスビピード測定器」があったこと・・・・。先週からこれを装着して前に使っていたゼクシオで振ってみると・・・なんとヘッドスピードは35m/sですよ・・・そんな馬鹿なと思ってスイングしていると、37になり38になり、40になりました。そして最速は41でした。ヘッドより手前で計測しているので2から3m落ちるのですがそれにしても・・・・・ということで、毎晩素振り練習をしています。気がついたのは、自分で飛ばそうとバックスイングもしっかり上げて振りぬいてもHSは上がりません。軸がぶれてもHSは上がりません。バックスイングからダウンスイングにかけて右足に体重を移動して左足に移し変えるのを意識してもだめです。昨夜の練習でわかったのですが、バックスイングが大きかったようです。俗に言うオーバースイングですね。そこで、自分の意識としてバックスイングをハーフ気味にしてスイングアークの円弧の最下点を左足よりも左に置くような気持ちで振ると・・・いい感じです。ビハイン・ザ・ボールを意識することも大切のようです。素振りだと簡単なのでつい数を多く振ってしまうので反対のスイングもして調節しています。これも女子プロの練習を見ても真似してるのですが腰には良いようです。ゴルフ番組を見て最近の大型ヘッドで重心位置が深いドライバーは手首のコックをせずに「丸太」を振るように振った方がよいとありました。これにも取り組んでいますが、あれこれと考えながらの練習です。飛距離は究極はフィジカル、つまり身体ですから筋肉の柔軟性やインナーマッスルつまり小さな筋肉群の強化も必要です。ゴルフのスイング一つですが、身体のコンディションを整える事が大切だとわかりました。フィジカルば良くてもコースマネジメントや集中力という頭のトレーニングも必要なんですけれど・・・
2007.10.31

このブログをご覧頂きありがとうございますさて、ブログ更新が少し滞っていました。一昨日アップしようとPCを触っていたら、折角書いたブログがアップされていません。間違った操作をしたみたいです。ここで気力が萎えてしまって・・・ということで気を取り直して・・・今週の日曜日は九州の大宰府にある九州国立博物館に行って来ました。「本願寺展」が開催されているからです。楽々家の宗派は「お念仏」を第一とする真宗なのでお寺の門徒の皆さんとご一緒のバスツァーです。流石に高齢者と女性が多く楽々は若手でした。苦手ではありませんよ・・・若手です九州国立博物館は東京、京都、奈良に次ぐもので84年ぶりに設置された施設です。場所は大宰府天満宮の直ぐお隣で天満宮の境内から地下鉄大江戸線並みの長いエスカレーターで上っていきました。大宰府のインターを過ぎて暫く行くときれいなコスモス畑がありました。のどかな秋ですね。そしてクルマが大渋滞ということなので博物館の駐車場ではなく天満宮の駐車場で降りることになりました。天満宮の参道入り口ですが、名物の「梅ヶ枝餅」の看板がありますね。伊勢神宮名物の「赤福」は大変なことになっていますが、ここの「梅ヶ枝餅」は作りたてのアツアツを頂くので賞味期限とか消費期限を気にしなくよいですね。冷たくなると固くなって美味しくもありませんし・・・写真の奥の太鼓橋を渡ると天満宮の境内に続きます。今日は学問の神様の菅原道真公には用事がないので太鼓橋はみるだけです。私たちはこの橋の右手にからエスカレータを利用しました。大江戸線のような長いエスカレータを上って館内に入ると1Fから3Fまで再びエスカレータです。久しぶりに長いエスカレータを使いました。 一階のロビーには福岡らしい7月の山笠の「飾り山」が展示されています。肝心の本願寺展の感想ですが・・・真宗教団は親鸞聖人によって鎌倉時代に始まったのですが、難しい理屈や教理ではなく「南無阿弥陀仏のお念仏」を唱えることで救われるという大変シンプルな教えです。鎌倉、室町初期の展示物は大半が親鸞聖人のご真筆とか親族のお手紙などでした。戦国末期、安土桃山時代には今の大阪城のある地に「石山本願寺」を造り武装集団化しました。織田信長との10年に渡る石山合戦は有名な出来事です。当時は家康の三河でも一向一揆がありましたし、伊勢長島でも一向一揆がありましたし、滋賀県や北陸でも一向宗の影響は強かったようです。お念仏を唱えることで救いを求めてきた教団が300年の後には大名とも対抗できる武装集団となっていたわけです。現代でいうならばパレスチナゲリラなんかでしょうか・・・結局信長と和睦して石山本願寺を引き払い京都に転居して、秀吉からの寄進を受けて現在の本願寺の場所に移転したわけです。徳川時代になると、キリシタン禁制ということもあって寺院が戸籍を管理するということになったり、石山合戦の和平案に反対した教如たちが関が原の合戦の時に「徳川方」に味方して「東本願寺」を作るチャンスをえます。1602年に本願寺の東に東本願寺が始まります。石山合戦までの真宗教団は武装宗教団体で反体制的でしたが江戸時代には、体制内に取り込まれて経済的にも恵まれてきます。その結果、伽藍の屏風や襖を「狩野派」の絵師が描くようになります。今回の本願寺展でも江戸時代の展示が多かったと感じました。明治になるとシルクロード探検隊を出したりしていますので先見的とも言えますし、今回も大谷探検隊の展示もありました。時間1時間程度の見学でしたのでザットみるばかりでした。しかし、日曜日ということもあったのでしょうが見学者が多かったですね。本願寺展が終わって昼食は呼子まで行くことになりました。呼子大橋の袂にある昼食会場でお食事です。斜長橋の向こうは加部島です。この島があるから北向きの呼子港は冬の季節風に守られて湾内は波静かなんですね。秀吉が朝鮮征伐をする時にこの呼子に名護屋城を作って兵站基地とした理由がわかります。呼子と言えばイカ料理ですが、活き作りが早速登場です。まだ足も動いているし吸盤も吸い付きますね。有名になったいかシュウマイです。お土産用には1個100円でした。こちらは先ほどの活きづくりの残ったゲソを天婦羅にしたものです。美味しいのですが、少し難をいえば良い油で揚げてもらいたいのと衣に一工夫がいりますね。お店の前の岸壁にはこんなオブジェがありました。博物館を見た影響で芸術的センスで見ていたのですがなんと難破した船の残骸です。マッコウ鯨のオブジェのようにも見えます。そしてこちらも転覆沈没したままの漁船です。岸壁を占拠しているのですが、持ち主不明というよりも「訳あり」の事情があるのでしょう。少し時間があったので波止岬公園まで足を伸ばしました。海中に立っている建物は水中展望台です。穏やかで静かに海ですね。少し波が見えますがこれは漁船の引き波ですね。観光バスの定番ですが必ずお土産によるのですが、これもバス会社と御土産屋の協定みたいなものですが・・・今回寄ったのは「おさかな村」という施設でした。大きな魚屋さんですが、評判のマグロの解体ショーをしていましたので黒山の人だかりです。楽々は干物を少し買いました。生魚はその日に食べないといけないし、は日曜日の夕方は手間のかかる魚料理はしたくないようですから・・高速道路の車窓から少し色づいた山が見えました。今年は暑い日が続いていますし、寒暖の差も激しくないので紅葉はきれいではないかもとガイドさんが言ってました。こちらは博多湾の夕方の景色です。水平線にうっすらと「海の中道」が見えています。こちらも今日は波穏やかです。こんな具合にのんびりとした一日が終わりました。
2007.10.31
このブログをご覧頂きありがとうございます。今日は2回目のブログアップです。本日から始まった女子ゴルフ大塚家具レディス樋口久子カップは上田桃子選手はケガの為に欠場です。そして、楽々応援の諸見里しのぶ選手は何と79打を叩いて87位タイという成績です。どうしたのかとスコアを見ると13番で+3つまりトリプルボギーを叩いてますね。前半も3バーディで、後半は10番、17番でボギーがありました。最終ホールで何とかバーディをとったのですが・・・・こんな悪い初日は初めてのような気がします。明日は、頑張って貰って予選通過を目指してもらいたいですね。さて、アメリカツァーで活躍している宮里藍ちゃんもこの所調子が悪いようです。こちらも79:80と大叩きで参加60人中59位の成績です。この人数ですから予選カットはないと思いますがそれにしても凄いスコアです。来週はミズノオープンがアメリカ、日本のツァー共催で三重県の賢島で開催されます。諸見里選手、宮里選手の復活を祈りたいと思います。ところで、宮里選手、諸見里選手は共に沖縄出身なんですが、他にも上原彩子選手などもいます。その他にもたくさんいるんですけど・・来年の女子プロテストの目玉は中学生で「日本女子アマ」を獲った宮里美香ちゃんです。諸見里選手がやられた相手です。現在高校3年生で、強化チームJAPANのメンバーで主将でもあります。中学生、高校生の時から試合経験豊富ですし、海外の試合にもチームJAPANの一員として豊富な体験を持っています。宮里藍、諸見里しのぶ選手と違うのは高校生の時に県外の高校に進学せず沖縄に留まっていたことです。彼女のスイングを見ると「股関節」の柔らかさが際立っています。それに加えて試合経験が豊富であり、日本アマやジュニアの試合経験が多く、中でもメダルプレー(つまりストロークプレー)だけでなくマッチプレーをたくさん経験していることです。ここ一番という勝負の掛った時の「精神面の安定性」が素晴らしいですね。プロに転向してもこの精神面の強さは武器になると思います。惜しむらくは身体があまり大きくないことです。やはり165センチは欲しいのですが、股関節を上手に使うので飛距離も結構出ますね。女子プロゴルファー大学生の佐伯三貴さんや青山加織さんなどもいますし今年のプロテストトップ合格した服部真夕さんもいます。宮里美香ちゃんも大学進学してプロを目指すということもあり得ますね。女子プロ協会としては、2人目の宮里選手の大活躍があれば面白いのですが・・・藍ちゃん同様にツァーで優勝したらプロ宣言なんでしょうね。樋口会長が解説に出るといつも口にされるのは「日本ゴルフ協会」のジュニア育成制度です。チームJAPANに選抜されると海外の試合にも出れますし、その為の強化合宿が年数回開催されます。英語やマナー、ルールを厳しく教えているようです。そして、最近はプロの試合にも主催者推薦で出場しているので試合体験は豊富です。だからこそ、若い選手が活躍できるわけです。日本ゴルフ協会に女子プロ協会が感謝しているのもわかりますね。アマとプロが上手く連動して業界を盛り上げているのは良いことです。しかし、男子の方はJGAが苦労して選手強化しているのに良い選手が出てこないのは不思議です。その他にも女子アマにはプロ転向するような逸材が豊富にいるようなので楽しみです。日本オープンでベストアマを獲った森田里香子さんをはじめチームJAPANの若林麻衣子さん、森桜子さん、などまさに百花繚乱です。アマからプロ転向して必ずしも直ぐに勝てるかというと難しいところです。上原彩子選手はアマ時代にも良い成績を残しているのですが、未だ未勝利ですね。藍ちゃん、さくらちゃんの二人が突出しているのですが、古閑美保選手などもジュニア時代から活躍していますのでこれからだと期待しましょう。チームJAPANとはナショナルチームのことこの選抜方法もしっかり確立していますね。因みに諸見里しのぶ選手の作文などを読むと活動内容など良くわかります。それにしても3年前の高校生の時の諸見里選手の写真は初々しいですね。
2007.10.26
このブログをご覧頂きありがとうございます昨夜は満月でしたね。仕事場から見ると夕暮れに東の空にまん丸お月さまが出ていました。天気も良かったので大きく見えました。そして、帰宅して夕飯を食べてからと二人で「お月見」をしました。9月にはお供えをしたのですが、今月は楽々は「日本酒」は沖縄の泡盛のお湯割りです。楽々の日本酒は以前頂いていた「天狗舞」の冷酒です。秋の稔りを感じながら天空に上がった「満月」を見ながら冷酒用のグラスで、は焼酎用のカップで6:4にお湯割りです。つまみは「銀杏」です。買い置きの銀杏の実を封筒に入れて電子レンジでチンして、チベットの塩をつけてちびちびと飲んでおりました。本当は庭に出て秋の気配を肌で感じながらやりたかったのですが、風が強く少し寒くなってきたので家の中からお月見でした。何だか湿度が高いようで雨の予感がします。風が強いのですがどうやら雷雲がどこかで発生しているようです。天空には満月、肌で感ずるのは雨と自然の営みを感じる一夜でした。今朝は、亀田問題で朝からテレビも姦しかったですね。亀田兄弟の試合についてはこれまでも色々と取り沙汰されてきたのですが、先日の亀田大毅選手の世界チャンピオン戦での反則行為で世間の批判を浴びてしまいました。興行の世界ですから、世の人々の注目が高まるとそれだけで興行にはプラスになるのですが・・・親子、兄弟という設定で悪役を演じて試合には勝つという事で「商品価値」を作ろうしていたのでしょうが・・・・ボクシング業界も人気低迷気味でしたので世間の注目を浴びる選手が必要だったことも良くわかります。しかし、反則行為を世界戦でするようでは精神力も技量もない選手であった事だけははっきりしています。私も亀田兄弟の試合を見たことがありますが、試合開始までの1時間もあって長すぎです。そして、試合後にリングで歌を唄うなんてのもスポーツとはいえません。亀田側としては新しいスタイルのテレビ番組を作ろうなんて野心があったのかもしれません。ボクシングはスポーツとはいえ格闘技です。格闘家ですから、ストイックなものを自ら求め、大衆はそれに共感するわけです。亀田一家はその点では一人合点していたし、自作自演に溺れた感じがします。今日の会見では兄の興毅選手が一家を代表して会見に出ていましたが、悪役ヒールのイメージも薄れて殊勝な態度で終始していました。残念ながら番組の都合で最後までは観れませんでしたが評論家は「好感」していたようです。楽々が観てもスーツ姿で、真面目に応えていたと思うし、20代前半の世間を良く知らない青年という感じでした。これからは、自分が試合に出て結果を出すしかないという覚悟も見えました。漸く普通のボクサーらしい感じが見えましたね。色々とこれまでのやり方には批判もありましたが、次回は良い試合を期待したいと思います。話変わって大相撲問題です。時津風部屋の力士が稽古中に亡くなった事件です。これも数ヶ月の間、報道を賑わしていますが・・・・楽々が思うのは「相撲」はスポーツとは言え「格闘技」であるという事をどこかに忘れているような感じがします。確かに若い青年がムチャクチャな稽古というか仕置きで亡くなった事は事実であり、その原因を明らかにして責任をとらねばなりません。しかし、格闘技という事は「相手」を一定のルールの中で打ち負かしていくものです。叩かれるというのは当たり前、日常ですから・・・相撲の決まり手にも「張り手」なんてのがあるわけです。格闘家の稽古に多少暴力めいたものがあっても仕方ないですね。それに耐えられないような人ばかりで相撲界が出来上がると何の魅力もないでしょう。いろいろと複雑な問題も絡んでいるのでしょうが、「格闘技」であるという事を忘れた論評には虚しさを憶えます。
2007.10.26
このブログをご覧頂きありがとうございます。昨日の夕刻から少し寝ていたせいか、目がさえてしまい深夜まで起きています。このところブログも熱心ではなかったのですが・・・25日のブログをアップするとすれば夕方になるしなどと考えて「今日する事を明日に延ばすな」の格言を思い出して「明日することは今日してしまえ」という先取り格言にしたいと思います。さて、本日のお題は「私の先祖」のお話です。楽々「我家の先祖のことを少し調べようと思ってるのだけど・・・」 「そんな事を調べて何になるの・・・」楽々「地域の歴史書を眺めていたら色々と面白いので・・・」 「どこがそんなに面白いの??先祖のことなんていい加減でしょ」楽々「平安時代、鎌倉、室町、戦国、安土桃山、江戸時代と地域を所領する武士の流れを見ていると色々と不可思議なこともあるので・・・」 「きちんとした家系なら家系図もしっかりしてるんでしょうが、庶民の私たちの先祖なんて調べてもいい加減な話ばかりでしょ」楽々「まぁ、そういうことですが・・・母方は関東の出身だし、父方もどうやら関東にある名前だし・・・いつからこの地に来たのかなぁと思ったりして・・・」 「先祖を調べて何か私たちに役立つのかしらねぇ・・・それよりも現実が大切なんじゃない???」との会話は全然噛みあいませんね。女性はやっぱり現実主義なんでしょうか?男は、歴史にロマンを感じるのですが・・・・net検索しているとご先祖である母方の様子なども漠然とわかります。こちらは昔は侍でしたから・・・・。父方は農民でしたからわかりません。しかし、昔読んだ本の中に「日本人の名前」というのがあって大半の日本人の苗字から先祖が類推できると書いてありました。私の苗字は北関東に多い名前のようですから、父方の先祖は関東からこの地に来たのだと思います。地域の歴史書を読んでも、鎌倉時代に地頭職として関東から派遣された武士がいたようです。もちろん地域には地侍もいたようです。地名となっているものはどうやら地侍の「姓」であることが多いようです。そして室町時代の初めに天皇方、足利方のどちらに味方したかで領地を安堵され、それが分かれ目になっています。室町期は、中央集権機能があまり強くなくて、守護地頭が暗躍した時代であり、実質支配をして後に朝廷や幕府から認められるという時代だったようです。この時期にも関東からの武家が派遣されるような事があったようです。そして、豊臣秀吉による全国制覇の中で所領が段々確定します。領地替えのような事が行われています。九州には加藤清正が来るし、広島には福島正則が来るというようなことです。そして、江戸時代は幕府の権力が強化されていく時代ですが、藩のお取り潰しと国替えが横行します。殿様と行動をともにした家中の侍もいるし、地侍として残っている人もいます。神社の記録や侍の系譜、そして地域の歴史書などを読めばある程度のことがわかるのですが・・・我が家系のご先祖の事となると明確なことはわかりません。20年ほど前にアメリカの「ルーツ」というドラマを見たことがありますが、黒人の人が自分のルーツつまり先祖がどこから来たのかを辿る物語でした。黒人というマイノリティーであっても「ルーツ」があって、奴隷であっただけではないと黒人社会に勇気を与えるものでした。アメリカの場合は建国してから230年程度だし、大半の人はヨーロッパ、アフリカ、アジアからの移民ですから世代としても6世代ぐらいを遡ればよいわけです。独立する前のバージニア植民地の時代を入れても400年程度でしょう・・・。しかし、日本人の場合は少なくとも平安時代ぐらいまでとなると1000年近い歴史を遡る必要があると思います。江戸時代にも「家系図」を販売する業者がいたようですし、明治になってもそういうものがあったと思います。家系図なんて他人のものを公に調べるなんてことだと「個人情報」の観点から問題でしょうし、これからは一層わからなくなりますね。楽々は夢想しているのですが、団塊の世代が暇になって「家系図屋」みたいな商売をする人が現れるのではないかと思います。戦後は多くの人が地方から首都圏に移動しましたから出身地の事が次世代にはしっかりと引き継がれていないと心配して自分の元気な間に「出自」を明らかにしよう考える暇人もあるのではないでしょうか?それにしても、大和朝廷を作った初代天皇である神武天皇は宮崎県から近畿まで平定の旅をしましたし、奈良時代は「防人」という事で関東からの守備警備部隊を九州まで派遣していました。日本人も歴史の中で日本列島を北に南に東に西にと移動していますね。中国や韓国の人にお聞きすると自分の家系図は500年間揃っているなんて聞くと驚きです。もっと暇になったら調べてみましょうか????には不評でしょうが・・・・
2007.10.24
このブログをご覧頂きありがとうございます。楽々応援の女子プロゴルファーの「諸見里しのぶ」選手・・・今年の日本オープン選手権で勝利しましたが、その後体調を崩したりして調子が出ていません。先週も2日目に崩れて最終日に巻き返したのですが遅かったですね。スイングの美しさ、完成度から言えば教科書のようきれいなスイングです。今月から諸見里しのぶ選手が出演するゴルフ番組が始まっています。「LOVE×GOLF」 毎週土曜日の午前11時30分から12時までテレビ東京系列の放送です。HPをご覧頂くと練習方法の解説がありますが、ペットボトルを使う練習は効果的だと思います。クラブヘッドの後に水を満タンに入れたペットボトルを置いてそれをクラブヘッドで右側に押しながらバックスイングするというものです。バックスインク゛早くなりがちら楽々には効果があるような気がします。もう一つは連続打ちです。ティーアップした5球を連続して打っていくというものです。バック、フォローのスイングのバランスが良くないと連続しては打てません。自然と身体の力が抜けて遠心力と腰の回転で打つという自然な感じが体得されるのでしょう。家での練習では球は打てませんが素振りで練習してみたいと思います。今シーズン1勝で賞金ランキング5位の諸見里選手ですが、テレビ番組の収録などで時間をとられるのはどうなんでしょう???今週も師匠の江連忠プロのレッスン番組の収録の為に月曜日は遠くまで出かけていたようです。女子プロは試合が3日間ですが、プロアマ競技が一日、練習ラウンドが一日ですから、週に5日はプレーしていることになります。日曜日の試合が終わるとバタバタと帰宅して、月曜日がお休みで火曜日には移動です。水曜日が練習ラウンドで木曜日がプロアマ競技・・・そして試合が3日間です。お休みの一日をテレビ収録で使うと連続しての移動とプレーになってしまいます。気温も下がっているし寒暖の差が激しい季節ですから体調も崩しやすいと思います。女子プロの人たちでも不動選手のようにほとんど試合以外かマスコミに出ないという徹底した人もいます。人気があってもこの姿勢は凄いですね。宮里藍選手、横峯さくら選手、古閑美保選手などは人気が高いのでCMにもたくさん出ているしスポンサーもしっかりついて競技とは別の収入の道があります。人気と実力が備わっている人しかできないことですが・・・反対に試合には出ていても優勝争いをしないので、テレビには映らない人はスポンサーにも恵まれずに試合だけの賞金で頑張らねばなりません。諸見里選手は人気の点でも実力の点でも中途半端な立場です。本当は競技に集中して上位を目指したいのでしょうが日本オープンに優勝したりして時の人にもなったので「テレビ番組」への出演も増えてくるのでしょう。試合中継以外のゴルフ番組の収録としては年末、年始の番組編成を考えるとこの時期に収録せざるを得ません。11月末まで試合はありますし、12月の番組収録では年末、年始の番組には間に合いませんね。「人気がある」というのは良いことですが、実力も備わっている事が重要です。諸見里選手は今シーズンの始まる前に所属事務所との間でトラブルがあってこれまでのキャノン、BMWなどの高額のスポンサー契約を破棄したようです。そして、他のスポンサー契約もないまま今シーズンを戦っています。ウェアなども全部自前ですから横峯選手のようにスポンサーのロゴの入ったワッペンをベタベタとウェアに張る必要がありません。他のプロと比較するわかるのですがまるで「アマチュア選手」のような服装です。僅かにクラブ契約をしているテーラーメイドのサンバイザーとゴルフバッグを使っています。賞金だけで生活すると言っても6900万円も今シーズンは稼いでいるのですから21歳の女性としては高収入でしょう・・・しかし、試合には移動の旅費、エントリーフィー、食費、宿泊費、帯同キャディーなどの費用が掛ると思うので、一試合には最低30万から50万は掛るのではないでしょうか?年間30試合の出場としても1500万は出場するだけで掛るということになります。賞金ランキング50位以下の人は大変だと思います。クラブやボールなどのメーカ契約、ウェアなどの契約、そしてCMなどの契約などがなければ安定した経済状態とは言えないでしょうね。何よりもプロ選手はシード権を無くすと試合すら出場できないわけです。優勝すれば普通の試合だと1年間のシードが貰えますし、メジャーの試合だと3年間のシードが与えられます。その意味では諸見里選手は向こう3年間は働く場所を得たということになります。プロスポーツの世界で一番恐いのは「故障」です。怪我が一番でしょうし、体調を崩すと低迷してしまいます。テレビに出演すればお茶の間人気は高まりますが、練習する時間を失い、身体のコンデイショニング調整もままならないということになります。スポーツ選手の芸能人化が進んでいますが、不動選手のようにストイックにゴルフに取り組むような人がいても良いと思います。その意味で諸見里選手の手本となる人だと思います。来年は、諸見里選手もスポンサー契約が増えるだろうと予想しています。どんなスポンサーが付くのか楽しみでもあります・・・何だか老婆心が多くなってしまいましたね・・・・・
2007.10.24

本日3回目のブログです。何度もアップしてしまいました。新参者の猫族のトラ君もすっかり家族に馴染みました。先日の天気の良い日に「写真」をパチリと撮ってみると・・・・こんなに可愛いくなりました。子猫らしい視線です。大人のトト、カイちゃんたちは決してこんなポーズをしてくれません。特に写真の時は、赤い光が点滅してつぎの瞬間にピカリとフラッシュされるがわかっているからでしょう。トラ君も暴れ回って、兄貴二人にジャレるやら喧嘩をしかけるやらで一人で大活躍です。カイちゃんは超然としていて相手にしないのですが、トトは尻尾にじゃれたり、噛み付かれたりでどうでも相手にされています。運動会のように夜は走り回るし、他の猫の餌は勝手に食べるし、横どりするし・・・でワルサは止みません。可愛い表情の裏側には、子猫らしい悪戯がありますね。食事とトイレはきちんとしているので心配ありません。後は病気ですが、全員室内飼いですから、他所から病気をもらう可能性はありません。人間からしか病気はうつされないのですから・・・・これから段々寒くなると温かい場所を選ぶようになりますね。流行のネコ鍋でもしてみましょうか?
2007.10.22
このブログをご覧頂きありがとうございます。今朝は午前中に菜園を見回ったり、PCをいじったりしてました。午後は毎月の検診の為に病院へ・・・このところ血糖値が上がり気味でしたし、体重も食欲の秋ということで少し微増気味でした。覚悟をしていたというか、自覚もあったのですが・・・・先生「前回の数値が悪いですね。前々回から続いてますよ。危険水域突入です」楽々「運動と食事なんでしょうか?」先生「私が言わなくてもおわかりのようですね。この数値が続くのは関心しません。今日は、血糖値のお薬をもう一つ増やしておきますから・・・・」楽々「前回の検査の前に宴会続きで少しハメをはずしたような・・・・」先生「宴会でも何でもご自分で注意して節制しないといけません」楽々「・・・・・・・・・」ということで、今日からお食事前の薬が一つ増えました。食後の運動を早速やってみました。久しぶりに室内で足踏み機械を踏んでみたら足が痛いです。15分もやると汗が出てきました。お風呂に入って汗を流しましたが明日は筋肉痛でしょう・・・・3日ほどで慣れるとわかっているのですが・・・「暑さ寒さも彼岸まで」ではなくて「喉元過ぎれば、暑さを忘れる」でした。運動と食事の記録を取って再挑戦です。自分の命と健康ですから・・・
2007.10.22

このブログをご覧頂きありがとうございます。週末はブログアップを少しサボっていました。お出かけがあったりしたし、何かパソコンの前にいるのが少し面倒になったりしていました。さて、夏野菜が終わって秋蒔きの野菜を作る為に耕運機で耕したお話は以前いたしました。先週には早速、蕪や大根、水菜の種を撒いてみました。今朝、菜園の様子を見に行くと雀たちが菜園にたくさん来ています。近づくと数十匹が一斉にバッと飛び立ちました。雀たちが啄ばんでいたのは、夏の間に繁殖していた紫蘇の実を食べていたようです。秋の実りを雀たちも満喫しているようです。自然の恵みは在り難いものです。こちらは、蕪ですよ。双葉がようやく出てきました。段々と間引いていきますが間引き菜も塩もみしただけで美味しいですね。間引きの要領は出来るだけ元気なものを残して行くことです。一遍にやってはいけません。そしてこちらは大根です。蕪と良くにていますね。蕪も大根もこれから春まで我家の食卓を楽しませてくれます。漬物、鍋物、サラダと根を食べるのも美味しいのですが、間引き菜も美味しいです。自家製の青汁感覚でたべています。菜園の片隅ではわが愛妻の大好きなコスモスが咲いています。夏の終わりから秋にかけてのお花です。雑草のようになっていますが、白、紫の花が元気に育っています。コスモスは「宇宙」という意味ですが、太陽を一杯に浴びている時が一番似合うような気がします。きちんとガーデニングするよりもテキトーに植えて自然観察するように楽しむのが我家の流儀です。整理整頓が苦手な私たち夫婦にとってはこれで満足なんです。野趣豊かと言えばそうなんですが・・・紫色のこんなお花もありますが、雑草のようになっています。今日はとてもよいハーブ系の匂いがします。名前がわかるとよいのですが、楽々は観賞用のお花の名前は苦手なのでわかったら後で訂正しますね。まだまだ菜園にはトマトや茄子、ゴーヤが頑張っています。今年は野菜が高くなっていたので本当にこの菜園では助かりました。でも、手間や時間、肥料などの事を考えると経済的にはどうなんでしょうね。自然有機栽培であるということだけがトリエではありますが・・・
2007.10.22
このブログをご覧頂きありがとうございます。秋らしい爽やかな晴天ですね。外は半袖では少し寒いようですが日向の車中などでは夏と変わらぬ暑さでしょう。スポーツするには汗をかいても涼しいくらいではないでしょうか?読書の秋なんですが、文芸書などを読んで心を豊かにしたいところですが、どうしても時事関係の本を読んでしまいます。本棚に眠っていた「エシュロンと情報戦争」について読んでおりますがこれが中々面白いですね。エシュロンと言っても新しい化粧品メーカーでもブランドでもありません。英米豪加新による世界的情報盗聴、傍受機関です。全世界のインターネットを監視していて疑わしいもの見つけ出しているとのことです。日本人にとってそんなことは関係ないよというのが大半でしょうが何らかの影響を受けているのではないかと思います。英米は100年以上前から盗聴傍受をやっているようです。第一次大戦の時はすかさずドイツと他国を結ぶ海底ケーブルを切断しましたから・・・。第一次大戦後もワシントン軍縮条約締結の時も日本の外交暗号を解読して手の内を知られていました。第二次大戦の時も外交暗号に加えて海軍暗号も解かれてしまっていて日本の開戦意志が事前にアメリカのルーズベルト大統領が知っていたという疑惑が今でも存在します。冷戦時は、ソ連や共産圏の無線、有線を傍受していたのてすが、冷戦終結後は軍事目的ばかりでなく経済目的で盗聴、傍受が行われているようです。10年以上前の日米自動車交渉では日本側の電話などの通信がスパイされていて、日本側の方針が事前に漏れていたとの観測もあります。アメリカの原子力潜水艦は海底ケーブルの中継器から傍受しているとのことですね。空には軍事衛星があり、通信についても傍受できるようです。どこの国も自国民の通信の秘密は守らねばならないのですが、他国が行う傍受について裁く法律がありません。そこでアメリカ国内の傍受はイギリスが、イギリスの傍受はアメリカがという風に任務分担をしているようです。携帯電話も当然盗聴できるわけですから、日本の政治家諸兄や官僚なども盗聴されていると認識した方がよいですね。日本にはスパイ法もないし、経済スパイ法もありません。国民は不正な情報入手をすることは正義にもとるという気風ですから無警戒であり、無関心であると言ってよいでしょう。インターネットや携帯の発展は便利ですが、国益を担う人のメイルや携帯が傍受されている可能性があるとは認識していないのでしょう。太平洋戦争中に山本五十六連合艦隊司令長官の搭乗機が撃墜されましたがこれも無線傍受、暗号解読の成果です。歴史は「情報戦に負けた」と教えているのですが、わが国の国民はこれからあまり学んでいないようです。ネットでも秘密保持の為に公開鍵を使ったり、暗号化が行われていますが万全とは言えないでしょう。情報、暗号、スパイとくれば007などの活劇を思い出してしまいますが、アングロサクソン陣営は100年もこの盗聴、傍受を行っていることを知る必要があります。
2007.10.20
このブログをご覧頂きありがとうございます。今週は秋らしい天気が続いていますね。一ヶ月前に比べると「猛暑、残暑で暑いなぁ」などと言っていた事に驚きます。秋と言えば芸術です。音楽、絵画、彫刻、演劇など様々な分野で展覧会、音楽会などが開催されています。皆さんはどんな「芸術の秋」を楽しんでおられますか?こちらの絵は、「早川俊二」さんの作品です。私の好きな作家です。絵画にはあまり興味がなかったのですが、学生時代の友人から絵画について色々と教えられて鑑賞するようになりました。芸術は何事もそうですが、思考を廻らして理解するというよりも感性で理解することなんだと教えられました。この2つの作品もPCのディスプレイですからシャープさが足りないと思う方もおられるでしょう。しかし、実物もこんな感じです。もちろん、実物、本物には比べると及びもつきません。早川作品に共通しているのは、「光」です。透明感と言っても良いでしょうか?陰影の部分は何も描いてないのですが、暫くジッと見ていると観ている人の精神作用、想像力で描いてない部分が見えてきます。楽々は15分くらい眺めていると描かれていない部分も見えてきましたよ。例えば、両方の絵でモデルが纏っている衣服ですがザッとみると単に何かを着ているだけなんですが、暫くみているとディティールが見えてきませんか?下の絵の胸元の装飾の様子だとか???さらに腰から足にかけてはっきりしないものがどういう風に足を組んでいるのか・・・・がわかってきます。早川作品に共通しているのは「心が落ち着く」ということです。騒々しい日常に生き、陰惨な事件やハードな仕事、論理で進む仕事の中にいると「人間」の感性が退化していくようです。そんな時に絵を見ていると「安心立命」の境地となります。禅の修業の中で、座禅を組んで精神を清らかにするという修養がありますが、早川さんの作品にも同様の効果があると思います。静に落ち着いて見ていると「心」が洗われるようです。早川さんの他の作品をご覧になりたい方はこちらからアクセスして下さい。早川さんの描く対象は静物がほとんどで人物が時々あるのですが風景がありません。日本人の楽々としては風景に期待したいのですが・・・・関東在住の方は「アスクエア 神田ギャラリー」〒101-0054 東京都千代田区神田錦町1-8 伊藤ビル4F TEL:03-3219-7373に行けば所蔵の作品をいくつかご覧になれると思います。
2007.10.17
このブログをご覧頂きありがとうございます。昨日終わった女子プロゴルフ「富士通レディース」はプレーオフ2ホール目で勝負がついて「桃とさくら」の対決はさくらちゃんの勝利で終わりました。楽々もテレビで見ていて、15番ホールが終わってこれは4打差だし上田桃子選手の勝利か思いましたが・・・16番で桃子選手ボギーでさくら選手バーディとなって2打差となりました。そのまま終わりかとも思いましたが2ホール残っての1打差は安全圏ではないなぁなどの感想を持ちながら18番のプレーを見ていると・・・ティーショットのドライバーは断然上田選手が良くて、ラフからの横峯さくら選手の2打目は厳しいなぁと思っていたら・・・・良い位置につけました。上田選手も負けじと2打目はグリーンをオーバーしたものの絶妙の寄せで80センチにつけました。しかし、9メートルのバーディパットを横峯選手が乾坤一擲で入れてバーデです。どうしたことかプレッシャーもあったのでしょうが、上田選手が80センチのパットを外して2打差が消えてプレーオフとなりました。プレーオフ1ホール目は両者ドライバーは右に外したのですが、最初に横峯選手がナイスオン、続いて上田選手もその内側にナイスオン、そして横峯選手が再びバーディを獲ると負けじと上田選手が入れ替えしました。プレーオフ2ホール目は右に大きくフェアウェイを外した上田選手に対して、左のバンカーからの横峯選手・・・上田選手はグリーンを狙えずに横に出すだけ、そして3打目が少し足りずに垂直に立ち上がったバンカーへ・・・片や横峯選手はバンカーからナイスオンです。ここでもう勝負ありでした。諦めかけていた勝利を手にした「さくら選手」・・・手中の勝利があった「桃子選手」・・・・テレビ中継としては絶好の最終組の後半とプレーオフとなりました。やはり、15番を終わって4打差と言ってもひっくり返るのですね。日本オープンで優勝した諸見里選手も後半3打差があったのですが、最後は不動選手につめられましたが、17番で2打差あったのでボギーを打っても勝利できましたね。ゴルフの醍醐味でもありますが、勝ちは簡単ではないですね。そして、プレッシャーが掛るとトッププロであれだけ練習していもパットが入らないんですね。ゴルフという競技は、球を打つ競技ではありますが、精神的なプレッシャーや自分の感覚が狂うとおかしくなるゲームなんですね。楽々も長くゴルフをしていますが、練習場と本番の違いは「自分の感覚を乱そうとするホール設計や前後左右の足場が違うことや風などの影響を受けて狂ってしまうことが多いですね。何より簡単なパットから崩れるのは素人もプロも同じです。上田選手は今年の初戦である「ワールドカップ」で惨敗しましたがその後国内で優勝すると破竹の勢いで「賞金女王」の地位を勝ち取っています。しかし、100%の力を出しているので、ゲームの最後になって微妙な感覚のズレが落とし穴を作ったのだと思います。見ていて「横峯さくら選手」のパットが上手でしたね。昨年までのギラギラしたものがなく、淡々とした精神状態でした。反対に優位に立っていた「上田桃子選手」が最後に乱れたという感じです。それにしても良い試合でした。上田桃子選手はインタビューが終わるとロッカールームで嗚咽して泣いていたそうです。負けん気の強い人だし、自分の失敗から負けたのですから悔しさもわかります。熱い女の戦いでしたが、これでまた女子プロゴルフファンも増えましたね。本当に喜んでいるのは女子プロ協会の「樋口会長さん」でしょうか?男子の日本オープンもこの放送の前に観ていたのですが、こちらは難しいコース設定でしたね。楽々も相模原でプレーしたことがあるのですが、田舎にはない「林間コース」で球を曲げると難しかった記憶があります。それにしてもラフも難しいし、距離もありました。男子プロのコースセッテイングでは私たちはいくつ叩くのやらわかりません。その点では女子プロには申し訳ないのでですが、東急700ゴルフクラブは、易しく見えました。今回の敗戦でもうひと回り大きくなった「上田プロ」を残り少ない試合で確認したいと思います。がんばれ、上田桃子選手
2007.10.15

このブログをご覧頂きありがとうございます。すっかり秋めいてきて、朝晩は涼しいというよりも肌寒く感じるようになってきました。楽々の庭の畑も夏野菜が終わろうとしています。「秋茄子は嫁に食わすな」と言われる秋茄子が立派にできました。お盆過ぎに剪定して刈り込みもう一度枝が出て実がなるのを待っていました。9月は好天と残暑で水遣りが悪かったのですが先日の雨で茄子も元気になったようです。こちらはミニトマトです。トマトや茄子は夏の野菜ですが11月の初めまで頑張って実をつけてくれます。今年もミニトマトはたくさん収穫できました。多い時は、ミニトマトでフレッシトマトュジュースを作って飲んでましたよ。こちらはピーマンです。今年はどうしたわけかあまり獲れませんでした。キュウリとかオクラ、豆類など夏野菜を植えていた場所を整理して秋蒔き用の野菜のために耕運機で耕してみました。楽々号が右手下に見えていますが、これで一遍に耕すことができます。鍬を振るって作業もできるのですが、耕運機だとラクチンです。この場所は大根の種を蒔いて育てる畝なので深く掘って耕すことにしました。去年も大根は良く獲れたのですが、深く耕していなかったので短い大根しかできませんでした。その反省もあって地面から30センチほど掘りました。畝を10センチとすれば40センチぐらいの深さになります。夏野菜を取り除いて耕運機をかけるとこんな状態になります。後はとの共同作業で畝を作って、種を蒔いて秋冬野菜を楽しむことになります。耕す時は、牛糞堆肥と石灰をまぜて畑の土に栄養を与え消毒しておきます。楽々の菜園はほとんど有機肥料ですので化成肥料はほとんど使いません。生ゴミもコンポストで肥料化していますが、数ヶ月寝かせないと使えませんので今回は投入していません。これは今年も大収穫だったゴーヤドームです。去年は平面に這わせたので実が葉に隠れていて随分収穫のチャンスを失いました。今年は平面を二つにして上部をドーム状にしたので両面で収穫できたのでよかったです。台風などにも強かったです。もう終わりかけなのですが、未だ花が付いているのでもう暫く様子を見ることにします。去年植えていた大蒜(ニンニク)の収穫を忘れていて耕運機で耕すと土の中から夏を越えた大蒜がたくさん出てきました。耕運機で少し傷がついてますが大蒜独特の匂いが部屋中に充満しています。早速天婦羅の時に粒ごとに揚げてたべましたがホクホクと栗のようで美味しかったですよ。日が暮れてきたので作業を中止して甘柿を収穫しました。既にカラスの食料となっているものもあり真ん中の実は半分突付かれていました。30個ほど収穫したので少しづつ食べてみました。糖度も適当で秋のフルーツを食後に楽しんでいます。出来栄えはお店でうっているものには叶いませんが、中の実の味は同じですね。秋冬野菜は、大根、蕪、人参、ミズナなど根モノ、派モノが主となります。去年は間引き菜が好評でしたので今年も種を蒔いて楽しもうと思います。
2007.10.14

このブログをご覧頂きありがとうございます。昨夜ブログを更新しようと思ってPCの前で色々と操作していたのですが、何とも調子が悪くて接続スピード、反応が遅くなってしまい仕方がないので寝てしまいました。このところ、歴史ネタが続いたので本日は我家の同居人たちをご紹介します。我家で最古参になってしまった「トト」です。夏の晩に帰宅すると亡くなったテスに追いかけられて木登りしていた子猫でしたが今は堂々たる体格で体重は6Kgもあります。肥りすぎで運動不足ですね。腎臓に異常があって成分調整した餌しか食べてないのに・・・。♂だからパイプカットしています。最近は最古参としての風格が出てきました。こちらはペルシア猫のカイちゃんです。立ち上がるとこんな感じです。ペルシアなので本当は長毛なのですが夏場は尻尾の先、足の先、顔を除いて全部サマーカットします。湿度が高くて毛玉も凄いので・・・。今日はサマーカットした部分がだいぶ伸びてますね。性格はおっとりして静かな猫です。あまり興奮したり、騒いだりする事はありません。いつも一人で静かな場所を見つけては寝ています。こちらは4Kgですね。洋猫ですからもう少し太っても良さそうな気もするのですが、鼻と口と目が同じ高さにあるので上手に餌を食べるのが苦手です。気が小さくて用心深い子です。目が恐そうですが、見かけとは随分違います。新参者のトラちゃんです。私は9月1日にやって来たので一九さんと呼んでいるのですが・・・生後3週間でダイエットさんがもらってきました。我家に来たばかりの時の写真を再掲してみると成長がわかります。随分大きくなって子猫ですからヤンチャです。お兄ちゃん猫の尻尾をいつも追いかけたり、餌を横取りしたり、じゃれて噛んだりしていつも喧嘩のようになってますが、大人の猫はあまり相手にしてくれません。いつも家の中にしかいない3匹の猫たちです。一匹でも外に出すと田舎の藪でノミやダニを貰って来て他の猫にも感染させるのですが、それ以上にトトなどは2度も交通事故で医療費が莫大になってしまったからです。みんな♂ですが箱入り息子です。動物を飼うと家族と同様で気持ちが安らぎます。愛情をかければ応えますし、餌やトイレの掃除なども日課になります。一つだけ問題なのは、爪とぎです。指定場所を教えているのですが、気がつかないうちにガリガリやられている箇所が数箇所あります。今日も少しPCの調子が悪いようなので後で訂正します。
2007.10.12
このブログをご覧頂きありがとうございます。前回、前々回と「斜陽に立つ」という毎日新聞日曜版の小説を元にしてブログを書きました。今回も、歴史ネタです。幕末から明治維新に至る過程で疑問に思うのは「尊皇攘夷」の勤皇の志士たちが京都で盛んにテロをやって反対派を暗殺をしたり、長州藩に至っては軍事行動をするのですが、明治維新となってみると不思議と「尊皇開国」となってしまっています。幕末には「尊皇攘夷」「勤皇佐幕」「公武合体」「開国」などの各論があったようです。尊皇攘夷は、天皇を中心としたわが国を犯すものは打ち払い(つまり攻撃して)鎖国を継続すべきというものです。勤皇佐幕は、朝廷を補佐する機関としての「徳川幕府」体制を維持して外国からの侵略に立ち向かおうというものです。公武合体とは公家と武家、つまり京都にいる天皇を取り巻く貴族と江戸にある幕府が政策を一致させて政治を行おうというものです。攘夷の考え方は、京都の公家衆の一部に見られた考え方のようです。日本を侵す外国勢力から朝廷を守れという意見でしょう。幕末の最大の政治論争は「攘夷か、開国か」でした。ペリー率いる黒船が浦賀にやってきて幕府に迫った出来事でした。1年間の猶予をもらうのですが、「日米和親条約」を結んでしまいます。この時に幕府内でも「攘夷か、開国か」という論議ありましたし各藩のなかにもそういう議論があったようです。そして、外交権は天皇にあるのか、天皇から委任された幕府にあるのかという問題が生じてきます。楽々が不思議に思うのは、「鎖国」した時には朝廷の許可などをとっていないと思います。そして、オランダ使節、朝鮮使節が日本に来航しても将軍に謁見しても天皇には謁見していないと思うのです。つまり、幕府の力が強い時は幕府が専一して外交権を行使していたわけです。幕府の統治体制の緩みもあったと思いますが、ここから「尊皇攘夷」というような過激な思想主義が増殖するようになります。鎖国を続ける、異国とは貿易も往来もしないという考え方はそもそも「幕府」が決めた事です。朝廷から命令されたものではないのです。しかし、尊皇攘夷は朝廷の意向であるとして「勤皇の志士」が暗躍するわけです。黒船来航によってそれまで幕府の力でねじ伏せられていた天皇を取り巻く公家衆の先鋭化した人々が幕府批判を始めます。この先鋭化した人たちが岩倉具視、三条実美などです。そして、長州藩が蜂起して蛤御門の変(禁門の変)を起して会津薩摩連合によって京都から駆逐されます。この時の火災で京都市街は「どんどん焼け」状態になります。天皇を味方につけ、京都を大火災に巻き込んだという理由で第一次長州征伐の原因となるのですが・・・ここで不思議な事は、長州藩の尊皇攘夷の姿勢です。長州の尊皇攘夷も藩論が統一されていたわけでなく慎重派もいました。蛤御門の変の後に武闘派である尊皇攘夷派は慎重派によって粛清されます。遠く「関が原の戦い」「大阪冬の陣、夏の陣」で豊臣方についた毛利藩は創業の地である広島を追われて「周防、長門」の2国の大名として追われます。この事を幕末まで恨んでいたのでしょうか?領土回復の野心を260年間も維持していたのでしょうか?慎重派もいたということですから、野心を維持していたとは思えません。徳川幕府を長州藩と同じで「朝廷」の御墨付きをもって諸大名の頂点にいるにすぎないと考えいたのでしょうか?だとすれば朝廷が徳川幕府ではなく「長州をこれからは幕藩体制のトップにする」と言う事を武闘派は期待したのでしょうか?詳しいことは置くとしてペリーの浦賀来航から明治維新までは15年ほどですが、この間に日本国内の「尊皇攘夷」という考え方から「尊皇開国」となって行く過程で多くの人が意見を変化させていきます。歴史は勧善懲悪のように簡単ではなく、政治権力闘争であり戦闘を伴う行為でもあり、無数のテロや弾圧抑圧もありました。ニュースで伝えられる「ミャンマー軍事政権」などを見ていると明治維新の頃の日本を想起してしまうのですが・・・亡くなられたジャーナリストの長井さんが「生麦事件」で薩摩藩士に殺されたイギリスの兵隊に思えるのですが・・・・大名行列を下馬せずに大名行列を乱したという理由で日本刀で惨殺した事件でした。明治の時代となって「攘夷派」であった公家や新政府の要人が「2年間」という長い時間を掛けて岩倉使節団としてアメリカ、ヨーロッパを見聞して「開国」へと切り替わったようです。
2007.10.10
このブログをご覧頂きありがとうございます。さて、昨日は歴史の薀蓄のようになってしまいました。めげずに本日も続きです。色々とネット検索してみると以下のようなページを検索することができました。昨日のブログで取り上げた中で、明治時代の皇族は伸び伸びと生活していたという話をしたのですが、皇族のお一人である山階芳麿さんが日本経済新聞に書かれた「私の履歴書」に当時のことを触れられています。ご興味のある方は一番下にある「私の履歴書目次」をクリックすると山階さんの一生がわかりますよ。 山階さんは山階鳥類研究所を主宰されていた方で皆さんもお名前を知っているのではないでしょうか?ご紹介したものの中にも乃木大将が殉死する前に自宅を訪れて「中朝事実」を渡されて帰った話が出てきます。同様に明治天皇の孫である昭和天皇にも乃木大将は同様になさっています。山鹿素行に心酔していたわけですし、勤皇の志のある者には伝えておきたいという事なのでしょう。さて、「中朝事実」は江戸時代の文書であり、それを手に入れるのは難しいようです。ネット検索しているとこんな説明がありました。現在の日本で「中朝事実」なんて書くと「中国と北朝鮮」の知られざる事実というように思う人がいるでしょうね。全く関係のないことです。日本が世界の中心の王朝を築いているという箇所には「無理」があるような気もします。当時は外国の文物などを知らない鎖国時代でしょうから、中国や朝鮮の歴史が外国理解となっていたのでしょう。吉田松陰と士規七則についてはこちらの解説をご覧下さい。中朝事実は徳川時代が始まって100年ほど経った頃に書かれたものですが、吉田松陰はご存知のように幕末の人ですから150年ほどたった頃ですね。士規七則も中々難しいものです。武士(もののふ)の生き方を表していますが、松蔭門下の人々がこれを守ったかどうかというと些か疑問でもあります。しかし、侍としていかに生きるかという方向を示しているのは間違いありません。最近の政治家やマスコミ各社の人々には「こういう気概」を持って欲しいと思います。それにしても藩士としては「主君」に仕えているにも関わらず、天皇を畏敬しているというのは宗教に近い行為であったのではと思います。残念ながら、中朝事実や士規七則の中で教えられている事が一部を強調しすぎてしまい、他の侍、武士としての心構えという事がぼやけたのでしょうか?侍、武士を現代風に言い換えれば「社会のリーダー」ということです。政治家、官僚、マスコミなど民主主義の世の中とはいえ、こういう気構えが欲しいですね。乃木大将が殉死にあたって「中朝事実」を配って廻ったということは当時の社会に思うところがあったのだと思います。「斜陽に立つ」を読んでいると乃木大将がドイツに留学した事を初めて知りました。江戸時代の侍の家に生まれ、近代陸軍に入り、留学し、国難である日露戦争に立ち向かう人物であり、明治天皇の崩御に伴い妻とともに殉死した人物です。先進国であったヨーロッパ留学の体験がありながら、「日本人」というよりも「侍」「武士」を貫いた人がいるのが驚きです。西洋かぶれにならずに反対になる人もいるのです。乃木大将の年譜を見ると残念ながらドイツ留学が1986年から1988年となっており、来日していたドイツ陸軍のメッケル少佐とは1年半程度の付き合いだったのでしょう。ここの所が難しい点です。グローバリズムと言って何でもアメリカを見習えという人が現れると反対に「日本主義」が出てきます。海外礼賛でもいけないし、日本礼賛でもいけない・・・中庸という事を考えさせらます。
2007.10.09
このブログをご覧頂きありがとうございます。楽々の雑学事始めは「歴史」に興味を持った小学生の頃からです。毎月配本される「日本の歴史」というA3版ぐらいの本でしたが、毎月楽しく読みました。父と歴史の話をするのが楽しみでもあったのです。父は戦前生まれだったので「皇国史観」であり、戦後の混乱期に叫ばれた「唯物史観」についても知っていました。しかし、私たちが受けている教育では歴史がどのように教えられているのかという事で私たちの読んでいる本を自ら読んでいたようです。さて、本題に入りましょう。楽々亭は「毎日新聞」を購読していますが、その日曜版に「斜陽に立つ」と題する連載小説があります。古川薫氏のものです。題材は乃木大将の「明治天皇崩御」の折の殉死についての事なのですが・・・・去る日曜日は第52回、第9章開戦前夜(2) 乃木に与えよ でした。概ね編年体式で書かれているのですが、現在は日露戦争前の1902年、明治35年くらいです。今週は九州の大演習に明治天皇がお召し列車で下向される際に乃木大将(当時は大将ではなかった)が隋従しているのを知って「もののふの せめたたかいし 田原坂 まつも老木と なりにけるかな」の御製を賜ったというシーンが書かれておりました。『あの日、大勢の若者が゛ここで戦い、傷つき、死んでいった。生き残っている者も、もはや車窓をはしる松の老木に似た古武士の沈黙を守っているーーーー。そんな歌であろう。「乃木に与えよ」とは軍旗喪失をいまだに懊悩する自分のことを心にとどめておられたのだと、希介はその御製を押し頂いた。神格化されている天皇と心が通いあったと気がついた瞬間、雷電に打たれたように、希介は恐懼した。-お預かりした臣希介の命を捧げるときが迫っております。君臣が血の契約を交わした戦国武将のごとく、主君のために身命を惜しまずという覚悟を、希介が新たにしたときであった。主君から賜った録にふさわしく振る舞うということだけでなく、おのれを敬うに足る行為であるかと、自分に問いかけながら身を律するのが、戦国の男道(おとこどう)である。』 『』内は引用です。楽々はこの表現に少し違和感を感じるのです。乃木大将が軍旗を奪われた戦いとは「西南戦争」で反乱をおこした西郷軍との間に交わされた明治10年の「田原坂の戦い」です。当時乃木大将は小倉に新設された連隊の連隊長であり、連隊旗を白兵戦の中で反乱軍の西郷軍に奪われた事件です。作者は「あの日」と言っていますが、田原坂の戦いは20日あまりですから、関が原の合戦のように一日で勝負がついたわけではありません。文学的表現なのでしょうか?それとも乃木大将を「まつの老い木」と直接的に表現されているのでしょうか?そして、明治天皇の立場からすれば「生き残って」というのは政府軍側の人間を指しているのでしょう。「神格化された天皇」という表現にも昭和天皇が戦前に神格化されていた事と明治天皇とを同様に扱っているような気がします。天皇家の人々の書いた日記には「高松宮日記」などがありますが、それらの日記や旧皇族の方が書かれた文章を見ると明治時代は「皇室と国民」の間はそんなに離れておらず気楽だったと書かれていますね。明治35年に「神格化」されていたとは思えないのですが・・・楽々が尊敬する今村均陸軍大将の文章の中にも「明治天皇陛下が日露戦争中の馬車行列を群衆が十重二十重に取り囲み、それに会釈されるお姿を見て歓喜し、涙を流して君臣ここに極まれり」というような表現があります。君臣が血の契約をして~~の箇所も気になる表現です。戦国武将と家臣との間は「そんな契約」ではなかったと思います。乃木大将の出身である毛利藩などは広島の田舎の武将から周辺を上手に篭絡して大大名と成り上がっていくのですが、毛利元就の古い家臣は主君をないがしろにしたりしていました。また、織田信長死後の家臣団を見ると必ずしも主家を尊重するという事でなく、実力で成り上がって行くという気風があると思います。戦国武将と家臣の間に血の契約があったという表現はどうなのでしょうか?戦いで命のやりとりをするのですから、ハイリスク=ハイリターンであると思うのですが・・・・楽々は戦国の家臣は計算高い人が多かったと思います。決して純粋な人ばかりではないはずです。戦国の時代とは乱世の時代であり、下克上の時代を経ているのですから、そんな風潮がある中で血の契約などする馬鹿はいないと思います・・・・そして最後の男道~のところは、戦国期の侍ではなく江戸期の侍が作り上げてきたものではないかと思います。合戦もなく、領地が増えることがないのですから、江戸期の侍は主君への忠誠が評価の対象になると考えていたのだと思います。反対に戦国乱世は戦に勝てば論功行賞で領地も増えるし位も上がる時代であったと思います。どうも作者の古川薫さんの表現が気になります。フィクションなのでどう書いても良いのですが、司馬遼太郎さんのように納得できませんね。ノンフィクションでは読み物としては面白くないので脚色もあるのでしょうが、読者の知識を軽く見ているのではないでしょうか?その点では、司馬さんの見方は「納得の行く」ものが多かったですね。最近は「司馬史観」が批判されているところありますが・・・司馬史観は、戦後皇国史観を失い、唯物史観に毒されて自信を失った日本人が高度経済成長の果実を得る中で共感を強くした歴史観でした。「坂の上の雲」などが好例です。小説には時代感が宿るということなのでしょう・・・・その意味ではこの「斜陽に立つ」も時代感を表しているかもしれません。とすれば、安易な歴史理解が気になります。乃木大将を育てたのは叔父の玉木文之進と吉田松陰と言われています。玉木が教えた山鹿素行の「中朝事実」、松蔭の「士規七則」の事については勉強不足なので少し調べてみたいと思います。
2007.10.08
このブログをご覧頂きありがとうございます。10月の中旬といえば「東京オリンピック」の開会式を思い出してしまいます。楽々が中学生の頃の出来事でした。どうして10月10日に開催日が決まったかというと「過去の天気」から一番快晴の率が高いということだったと記憶します。体育の日は10日だったのに連休の設定の仕方が変わって今年は8日の月曜日ですね。確かに仕事をする事から考える3連休の方が飛び石連休よりも良いのかもしれません。しかし、楽々は「東京オリンピック」の記憶が忘れられません。昭和30年の経済白書の副題は「もはや戦後ではない」でした。確かにGNPが戦前を上回った年でしたから・・・・でも、子供の時の記憶として昭和30年代半ばまで、まだまだ戦争の陰が残っていたように思います。お祭りなどに行くと「白い病衣」をきて軍帽を戦闘帽を被った傷痍軍人さんが、アコーデオンを弾きながら通行人からの喜捨を待っていた時代でした。そして、世間を担う大人たちは大半の人が「戦争経験者」でした。明治大正生まれの人が日本社会の中核にいた時代です。東京オリンピックの開催を知ったのはローマオリンピックの閉会式のニュースを見ていた時だと思います。東京はこの開催に伴って首都高速が整備され、新幹線も開通して高度成長の波に乗って行く事になります。薄暗い時代から明るい時代への転換点であったと記憶しています。
2007.10.06
このブログをご覧頂きありがとうございます。昨年公開された「かもめ食堂」の続編として作られた「めがね」を観てきました。予告編や映画の紹介はこちらの公式ホームページでご覧下さい。楽々の感想を申し上げると「ゆったりとした時間」を感じる事ができました。監督は荻上直子さん、出演は、小林聡美、光石研、もたいまさこ、市川実日子、加瀬亮、薬師丸ひろ子さんたちです。全て「与論島」ロケで製作されています。「あらすじ」などをご紹介しても仕方がないし、この映画にはあらすじを追ったりストーリーを楽しむというものでもないと思います。先程書いたように「ゆったりした時間」・・・映画の中では、「たそがれる」と表現していましたし、映画のコピーとして「何が自由か知っている」とありますが・・・今日も映画を見終わって席を立つ時に、ご高齢のご夫婦が「何が言いたいのかよくわからない。どういう映画だったんだろう」と呟いておりました。楽々は昨年「かもめ食堂」を見ていたので「あらすじ、ストーリー展開の面白さ」よりも映画を風景のような見る事に意味があるのだと思っていたので気持ちよく映画を見終えることができました。南の島の民宿に泊まりにきた都会の女性、携帯電話が繋がらないことを自慢している主人、朝になったら子供の時に母に起こされたように声がけしてくれる人がいる、朝食はみんなでテーブルを囲んで食べる・・・そしてみんなでメルシー体操をしたり、マンドリンを演奏したり・・。海辺の海の家の売店では「カキ氷」しかないメニューだけど美味しくてみんながやってくる、代金は「お金」ではなく「物々交換」・・氷屋さんは氷を、お婆さんは野菜を、子供は折り紙と交換でカキ氷を食べに来る。都会の喧騒も忙しさもない・・・仙人のような生活です。浜辺では珊瑚礁のある浅瀬はエメラルドグリーンの透明度のよい海、珊瑚礁の向こうの沖は真っ黒な波が寄せている。2時間の間、日常を離れて「気持ち」を落ち着かせる時間をお持ちになってはいかがでしょう。精神安定剤のような作用がありますし、ささくれ、日々の入った心を修復することにもなるでしょう。「梅干を朝食べると一日の厄逃れ」という言葉も田舎のお爺さん、お婆さんに言われているようで良かったですね。かもめ食堂に続いて料理と食事のシーンが多いのですが、取り立てて「これ」というものはありません。獲れたての野菜を茹でて、ザルに揚げて塩と胡椒をサッと振って食べるなんて朝食のメニューにはヘルシーで良いですね。本当に美味しそうでした。カキ氷はやっぱり「小豆」の煮方に秘密があったと思います。これは男の楽々にはわかりませんが、難しいのだと思います。自分でしっかり小豆を煮るからこそおいしいかき氷ができるのでしょう。与論島のロケでしたが、南の島の朝食に塩ザケの焼き物が出ていたのには違和感がありましたが、沖縄の方にも朝食に塩ザケを食べる習慣があるのでしょうか?バーベキューのシーンで「美味しい肉を貰ったから」というシーンがありましたが、これは納得できますね。お祝いの席では牛一頭を捌くという習慣があると聞いてますから。反対に、豚の料理が全然でなかったのはどうしてでしょう。調教した動物をロケには使えなったのでしょうが、せめて豚の料理があってもよかったと思います。ヤギは出てましたよ・・・「しま伊勢海老」は豪勢に出ていました。一人一匹でかぶりつくシーンがありました。ボイルだけの伊勢海老も美味しいのですが、折角ならソースを上手に作って美味しく食べたいと思った楽々は都会に毒されているのでしょう。メッセージ性はあまりないのですが、薬師丸ひろ子がマリンパークという滞在型、自然農業体感型の民宿の経営者としてチラリと出てましたが唯一のこのシーンだけが自然、有機農法などを押し付ける最近の批判なのかもしれません。マニアックな人にありがちな押し付けですね。この映画の役者の演技も自然でよかったです。特に好演だったのは光石研さんです。一人者の民宿経営者を演じていましたが、変な臭みがなくて透明感を感じることができました。彼も実年齢は45歳くらいなのですが、生活臭とか親父臭さなどがないのが良いですね。かもめ食堂はフィンランドのヘルシンキという日本人には慣れない土地の出来事でしたが、北欧風のデザインを感じる料理道具やテーブルセットなどの小道具でした。 今回は、沖縄の与論島を舞台にしているのに小道具がシンプルなものばかりでしたし、整然としていました。整理整頓がきちんと出来ているのは映画ですから当然なのかもしれませんが、猥雑、狭雑な印象がなく整理整頓の行き届いたシーンばかりでした。こんなシーンを見ると片付けごとが苦手な楽々は「憧れて」しまいます。こういうシーンを見て若い女性の好みが少しわかったような気がしました。映画の背景として使われる音楽も心をかき乱すこともなく良かったです。クラッシック風であり、弦楽のアンサンブルがメインだったと思いますが、電子音に慣らされた生活の中でアナログ系のゆらぎのある音は耳に心地良かったです。見終わって、もう一度時間を置いて見てみたくなる映画です。娯楽、エンターテイメント、活劇、サスペンスなどの要素がほとんどない映画ですから、大ヒットは無理でしょうか?熟年の夫婦で落ち着いた週末に観るのがよいとお勧めします。
2007.10.05
このブログをご覧頂きありがとうございます。昨日 沖縄での異常な抗議集会に疑問を持って調べてみましたと題するブログを書いたところご批判を頂いたので反論ではありませんが私の見解を少し書いてみたいと思います。私が素朴に異常だと思った理由は報道された集会の参加人数です。産経新聞のコラムでは朝日新聞との間で論争が起きているようです。産経新聞の報道によれば、主催者発表11万人のようですが、160メートル四方に11万人が入れるのかという疑問を呈しています。関係者の話だと4万3千人との説もあるようです。どうしてこういういい加減な話になったのでしょう。次にどうして「軍命令があったとする主張」がこのように強いのかと疑問におもったのです。調べて行くと今回の問題の中心となっている渡嘉敷島の集団自決と言われる事件に辿りつきました。そうしてこういう記事にも遭遇したのです。そして、作家の曽野綾子さんが平成12年の司法制度審議会の席上でこういうお話をされています。報道機関というのは事実の一部を伝えるだけだとすればその使命を果たしているとは思えません。世論をミスリードするならば、民主主義を誤った方向に導くと言えます。ネット社会が構築されて個々人が情報検索できるようになってマスコミの真価を検証できるようになりました。楽々が問題としているのは、沖縄での集団自決があったかどうかという事でなく、それに抗議する「集会の報道」です。何故このような集会が開催されるのか?という徹底した取材が必要でありそれこそが沖縄の皆さんの心情を伝えることになると思うのです。残念ながら朝日新聞をはじめ地元の報道機関では「戦傷病者戦没者遺族等援護法」を含んだ報道は聞いておりません。真実を追求して欲しいのです。マスコミや一部勢力のための「言論の自由」だとすれば独裁体制化の報道機関と同じです。日本の各地は空襲で酷い目に遭いました。家屋敷、財産を失い生命を失った事も事実ですが、民間人は先の援護法の適用をうけていないのも事実です。こういう事実も承知しておく必要があるでしょう。
2007.10.04
このブログをご覧頂きありがとうございます。先週からゴルフばかりのブログになっていたので本日は少し硬い話を書いてみることにしました。沖縄では今週日曜日に「太平洋戦争末期に沖縄での集団自決について日本軍の関与があるとした教科書記述が検定で修正意見を出された事に抗議して11万人の集会があった」と報道されています。楽々は那覇の人口31万人、沖縄県の人口132万人を考えると異常な集会であったことがわかります。報道ではそれほど沖縄県民に与えた戦争の惨禍は激しく、厳しいものであったという論調が主となっています。天邪鬼の楽々は、県庁所在地の1/3、全県民の8%が参加した集会は少し異常なような気がしてました。そしてネットなどで調べていると「戦傷病者戦没者遺族等援護法」との関係があることがわかりました。簡単に言うと「軍命令があったとして先の法律の適用」が受けられるわけです。軍命令があるかないかは不明だとすれば援護法の適用の基礎が揺らぐことになってしまいます。つまり軍命令があったならば軍の指揮下にあったわけで軍属、準軍属の扱いを受けて亡くなられた方一人について年額196万円の遺族年金の受給ができます。沖縄戦で亡くなった方は20万人と言われその半数が沖縄県民と言われていますので単純に言えば196万円×10万人=1960億円の遺族年金が支給されていることになります。10万人の方々のご遺族にとっては年間196万円の年金支給が左右される問題ですから重大な問題を含んでいるわけです。これで11万人の人が集まった理由がわかりました。援護法による救済を受けている人たちの集会であったわけです。マスコミにはもっとしっかりした報道、取材をしてもらいたいと思います。素人の楽々が疑問に思って少しばかり調べてみるとこんな実態がわかりました。内地のマスコミだけを見ていると「軍人が民間人に死を強制した」という論調ばかりに映りますが、問題の根幹をしっかり掴んで報道してもらいたいものです。参加者の多い集会だからニュースとして取り上げるのは構いませんが、その動機の本質に迫る報道に期待したいと思います。
2007.10.03
このブログをご覧頂きありがとうございます。今日はテレビ番組のチェックもせずに夕方それとはなしに観ていると先日の日本女子オープンゴルフ選手権最終日を再放送していました。何度も観たのに今夜ももう一度見てしまいました。結果を知っていてみるなんて・・・と言われそうですが理由もあったのです。それは諸見里しのぶプロのブログ「ゴルフの杜のペイン君」が炎上気味になっていて、コーチの江連忠氏を非難中傷する投稿が多くなっていました。理由はNHKの放送の最後でラウンド解説の「森口裕子プロ」が「3日目のコーチ兼キャディの江連さんの声が大きすぎるのでは」と発言したせいかもしれません。ということで最終日を再確認する意味で見ましたが、特に問題なしでした。NHKの集音マイクのせいで少し音声が大きく聞こえる時はあったものの放送を聞いていても何の問題もないと思います。3日目も打った後に声を出していましたが、特に問題はなかったと思います。森口さんはラウンド解説なのでイヤホンをつけていて放送の音声だけは届いていたので集音マイクとは思わなかった可能性もあります。今日から「ゴルフの杜のペイン君」へのコメントは管理者の許可あるまでは掲載されないと言う仕組みになりました。楽々はこれで良いと思います。匿名だから何を言ってもよいという輩はネット社会から退出させるべきだと思います。プロスポーツの選手は勝負の世界に生きている人たちです。どんな人にも守るべき尊厳があると思います。今回の措置は良い判断だったと思います。これも上田桃子プロのブログ炎上、一時閉鎖の体験が生きていると思います。良い試合は、何度観ても良いと感じた楽々でした。今日も安心して眠れます・・・・
2007.10.02
このブログをご覧頂きありがとうございます。昨日の日本女子オープンゴルフ選手権から一日たって漸く興奮も冷めてきました。今日はお昼から「練習場」へと行って参りました。4日間も釘付けのテレビ観戦でしたから練習の暇がなかったのです・・。本日は天気も良くて練習場も人が多かったですね。今日の練習のテーマは「正確なアプローチ」と「安定したドライバー」アプローチ練習はいつもと同じようにできました。そして、昨日の不動プロではありませんが、悪いライを想定してのショット練習をしてみました。グリーンエッジに留まった時という事でマットを一枚敷いて上から打ち込んでみたり、ウェッジの歯で叩いてみたり、ユーティリティで払ってみたりと色々研究してみました。本当は本芝でしたいのですが、これは練習場では無理です。安定したドライバーという事で秋から冬を想定して、低い球、風に左右されない球を打ってみました。フェースをシャットにして、低いバックスイングを心がけて、フィニッシュはハーフスイングという感じです。まずまず打てますね。本番とは違いますが・・・左右のばらつきもないのでこの感じをもう少し自分のものにしたいと思います。もう一つは、左右にOBのあるホールを想定してOB方向へと絶対に行かせないように打ってみました。以前読んでいた「中部銀次郎さん」の著書に左に行かせたい場合は球の向こう側を意識し、右に行かせたい場合は球の手前側を意識すると良いと書いてあったのを思い出しました。ドローやスライスがでるような事はありませんでしたがこれも中々の感じです。練習のメニューはいつも決まっているのでその中での練習でしたが充実した練習でした。200球程度でした・・・先月NHKの番組で大リーグの投手で40歳になっても時速150キロ以上のスピードを出した投手のドキュメント番組がありました。歳をとって故障しない、怪我しないで体力を維持するには大きな筋肉ではなく、関節周りなどの小さな筋肉を鍛える方が良いと言ってました。強い負荷をかけて筋肉を鍛えるよりも軽い鉄アレイで細かい筋肉を鍛えると良いとの話でした。楽々も50代半ばを超えていますので、先週からテレビを見ながら1キロのアレイを上げたり捻ったりしています。速攻で効果ないと思いますが、1ヶ月ぐらい挑戦してみようと思います。今年の夏も色んな番組や雑誌などで身体のメンテナンスの方法を学ぶ機会がありました。強い負荷ではなく軽い負荷で無理なくやるというのが高齢者には良いようです。問題はゴルフのスイングと同様に「正確な再現性」です。つまり毎日やれるかどうかです。真剣に日課に取り込む必要があるようです。身体は精神と違って正直ですから、今からストレッチに取り組んでみます。暑い夏も終わり秋風が涼しくなってきました。楽々亭も大活躍した扇風機を本日撤収しました。今年の夏も扇風機ご一行様には夜となく昼となくお世話になりました。感謝しております。来年も頑張って下さいよ。
2007.10.01
このブログをご覧頂きありがとうございます。昨日の諸見里しのぶ選手の優勝の興奮が冷めやらぬ楽々でございます。昨日はNHKのスンデースポーツに生出演ということで頑張ってみましたよ。着替えもせずに北海道から東京に移動して渋谷のNHKまで来たようでした。最後にアナウンサーが「どうぞ、これで着替えができますね」と労っていました。テレビの優勝インタビューも良かったし、JGAの日本女子オープンの公式HPの記者会見も良いですね。不動選手の凄さをよく表現しているし、「ボギーであれパーであれ淡々とプレーする不動さんを見習って次に自分がそういう立場になったら相手にプレッシャーを掛けられる選手になりたい」と話してました。これまでの諸見里選手は感情が良くも悪くも素直に表情に出て相手に心理を読まれている感がありました。今年は、夏前から表情の変化が見られなくなり、特にこの試合では「よい顔」をしながらラウンドしてました。精神的な成長が著しいと思っていたのですが、大一番の試合で結果が出ました。それでもなお、不動さんのプレー態度を称賛し「自分にない点」を感じたのですから大きな収穫であったと思います。パターが下手と取材の記者にも言われていたようですが、クロスハンドにしてから調子が出て「上手くなった」と言われて自信も深めたようです。そして、キャディーに頼るのではなく自分で判断しプレーするという事も理解できたようです。不動さんや大山さんが、専属のキャディーを使うのではなくハウスキャディー使っていることも刺激になったと思います。さて、予想どおり優勝すると諸見里選手のブログが昨夜から荒れています。本人批判よりも「江連コーチ兼キャディー」に対してのものです。人気が出て人目を引くとこうなるのは仕方ないですね。上田選手にも同様のことが生じたし、不動プロの応援ブログも閉鎖されているようです。ブログのカキコミは誰でもできるわけですから「仕方」ありません。本来のファンが淡々と投稿することで回避するしかありません。有名人としては辛いところですが、これも賞金の一つと思えばよいわけです・・・・。スポーツ紙ではご両親の写真も載っていましたが年齢を見てびっくりしました。お二人とも58歳なんですね。諸見里選手は21歳ですから37歳の時も遅い子供なんですね。昨日のテレビではチラリとご両親の姿をみましたが何より嬉しいでしょうね。お母さんは、プレーが見れずにスタンドの陰にいたようです。立派な子供を持って幸せでしょう。樋口久子会長はNHKの放送の中で、本人は昨日のインタビューでJGAに対する「感謝」の気持ちを言ってましたが、若手育成の観点からジュニアのトップアマを集めて合宿して、技術だけでなく英語やルールに対しても指導し、そして海外遠征をして経験を積ませるという努力の結果、若手が台頭してきたのですね。ナショナルチームに選ばれるという事がゴルフ界の振興になっていると思います。インタビューの仕方などもJGAやJLPGAなどでも講習しているのでしょう。みんな慣れていて上手です。JGAは男子も同様にしているのですが、男子ツァーはJGTOという組織の運営となっていてJGAとの関係があまり良くないようです。JGTOは選手による運営ですので「労働組合」の経営のようになっているではないでしょうか?マーケッティング戦略などがないと思います。そして選手に対して少し甘いような気がします。言葉、態度、服装など「そこらにいるアンちゃん」のような選手が多いのが残念です。反対に女子プロは「好印象」を与えています。協会の指導が徹底してきた成果ですね。樋口会長になって大きく進歩したし、不断の努力の結果でしょう。楽々が想像しているのは10年前に不振となった女子プロ協会は革新をして「マーケッティング」戦略を築いたのだと思います。協会の事務局にこれを推進している方がいると見ています。良い循環になってきましたので来年も女子プロは多くのファンを引きつけることでしょう。ゴルフは自分でプレーしたり、練習するのも楽しいのですが良いゲームをみるのも楽しいです。
2007.10.01
全24件 (24件中 1-24件目)
1

![]()
