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仕事師の述懐 集めた金はしめて200億になった。1人1000万円だったが、1人が家族名義で複数出したヤツもいるからな。結局、今回の計画では1000人のカモを引っ掛けたことになる。もちろん細工は完璧に行ったのでもっとカモを集めることはできた。人間の金銭欲は際限がないからだ。しかし仕事の基本は、あくまで目立たず、密やかにだ。欲を掻いて世間の注目を浴びることはプロとして最低だ。当局の目にふれるのも時間の問題となる。ほどほどに稼いで、気づかれないように舞台から降りていく。これがオレの美学だ。次には別の計画を立てる。法律の隙間を突けば詐欺の手口などはいくらでも見つけることができる。 集めたカネはさっそくスイスへ持ち込み、秘密預金をする。そして『株式会社生活者防衛市民会議』はカネを集めた3ヵ月後に倒産させる。代表のムラカミ・アキラは「消える」ことになる。といっても生物学的に消滅させるわけではない。もともとムラカミ・アキラという人間は実態がないのだ。オレは新宿の公園でダンボールハウスに寝泊りするホームレスを2人拾った。それぞれ50万円を渡して1人からは本人の「ムラカミ・アキラ」という戸籍を買い、その戸籍をもう1人に与え、『生活者防衛市民会議』代表、ムラカミ・アキラを演じさせたのだ。戸籍謄本を取り(もちろんムラカミ・アキラ本人が申請する)、もう1人のムラカミ・アキラにアパートを借りさせ、運転免許証を取得させた。ムラカミ・アキラのプロフィールは皆、でっち上げた。そこまで調べるシツコイやつなどいない。シナリオは全てオレがつくり、「ムラカミ・アキラ」に連日特訓させて彼はその通り演じた。仕事が終わった後、二人には、つまりムラカミ・アキラ1号・2号とも手切れの500万円を渡して外国に逃げてもらった。もちろんヤツらを物理的に消すことは考えていない。プロの詐欺師は手荒なことは苦手だ。むしろ知的に仕事ぶりに生きがいを感じるのだ。もっとも異国で事故に合うという可能性は否定しないがね。肝心のオレはどこにも出てこない。カモの誰にも接触していないし、前準備の段階でもオレの存在を匂わせるところはない。一番難しいのは巻き上げたカネをどうやって移転させるかだが、これも地下組織の手を借りることで可能だ。もっとも高い手数料は必要経費だ。もちろん税務申告はできないが。 詐欺師の仕事で最も重要なことはカモからどうやってカネを巻き上げるかという基本戦略だ。脳ミソを使って法律の盲点を探る。なにしろ法律などというものは時々の政治屋とクソ役人がその場での思惑ででっち上げたものだ。だから継ぎ接ぎだらけのハンケチのようなものだ。どこかに必ず糸のほつれ目があるのだ。ここが一番大事なところだ。強盗のような無様なことをせず、いかにスマートにカネを奪うか、ここの作戦作りが詐欺の醍醐味だ。基本戦略が決まったら誰をカモにするか決めることだ。 詐欺は心理学の実践だ。オレは本は書かないが、そこらのボンクラ学者などよりはよっぽど優れた心理学者だと自負する。外個の学者の理論をモノマネするだけの心理学者よりはより上等だ。オレの心理学は理論倒れはなく実践のなかで身につけたものだ。いわば行動心理学者だ。もちろん学会などには全く興味がない。オレの哲学は「美しい詐欺」を実践することだ。日本で起きている詐欺事件は陰惨なものが多い。知力の衰えた年寄りを騙したり、積算見積もりを誤魔化したり、ウラ金をつくったり、どれもユーモアに欠けている。これは小説の世界でも同じだ。日本の小説家が描く詐欺小説も読んでいてウンザリさせるものばかりだ。読後感が痛快なものはない。ここが海外の詐欺小説との違いだ。気候のせいか日本の小説は湿度が高いのだ。心理学といえば、人間の記憶というものは、新しいものほど鮮明だから社会で起きるニュースには常に気を配ることが大事だ。例えば、税金還付金詐欺などというのがあるだろう。「払い過ぎた税金を還付します」などと嘘を言って、銀行のATMに行かせ、手続きをさせるふりをしながら逆に送金させてしまうやり口だ。これからはああいうのが増えてくるだろうね。でも醜い詐欺手法はだね。 オレのターゲットは小金持ちだ。大金持ちは存外、カネには淡白だ。生まれてからカネに不自由したことがないから、もっとカネが欲しいなどという発想は出てこない。この連中をカモにするのならカネより名誉の方がよい。人間、カネに欲がなくなると今度は名誉を求めだす。貧乏人はカモにしやすい。なんせ始終、カネに困っているわけだからエサを垂れればすぐ食いついてくる。しかしオレはやらないよ。困っている連中からさらに巻き上げるなどというのは美しくない、オレの詐欺美学に反することだ。かといって儲けたカネを貧乏人に分け与えるといった義賊趣味もカッコ悪い。ただこの連中には手を出さないだけだ。 オレが最も得意にするのが小金持ちの成金のヤツラだ。急に持ち慣れない大金を手にして鷹揚になるかと思いきや、逆に欲が増大していく。自分の力で得たものではなく、単に運が良かったというだからそうなるんだろう。自分の力で手に入れたのならどうやって有効に活かすかを考える。うまい話にはウラがあると心底いつも思っているから見え透いた詐欺の手口に乗せられてしまうこともないのだ。楽をしてもっと儲けてやろうなどと歪んだ考えをするから、オレたちの仕掛けに乗りやすい。オレもこいつらから騙し取ることには何の心の痛みも感じない。身包みはがれても元に戻るだけの話しだ。 カモが決まったらいかに自分のペースに巻き込むか、そのことを考える。人間という生き物は無意識という闇の世界をもっている。何かを決定するときは意識の中で行っている。自分らしさというものもこの意識世界のなせる業だ。そして意識と無意識は常に行ったり来たり交流をしているのだ。時々、夢を見るだろう。目が覚めてそれを覚えているとき、何であんなことをしたのだろう、と思うときがあるけれどそれは無意識という、もう一人の自分が「こころ」の中にいるかららしい。だから、何かを企んで誰かにそれをさせようと思えば、無意識世界に働きかけてやってそいつの意識世界に呼び込んでやればよいのだ。 ところでこの成金という人種は、何せ欲が顔一杯に出ている連中だ。それは訓練するは見ていて分かるよ。鼻の穴が膨らむんだけど当の本人は欲を抑えよう制御しようとする、すると表情が歪むんだ。これがカモのサインだ。もっともおいしい話しを切り出されるとまず疑ってかかるのもこの連中だ。だからヤツラが想像すると思われる疑いをあらゆる手法を使って解いていくんだ。ヤツラがもっている疑り心を取り去ってしまえば、後は如何様にも料理できる。人間は意識の方向性を統合しようとするから、疑りを捨ててしまえば信念に変わる。その後、信念を覆しかねない事実が出てきても、今度はそれを否定するようになってしまう。そうしないと心の統合を維持できなくなって精神分裂症になってしまう。そうなれば味噌味でもしょうゆ味でも味付けはこちらの思いのままだ。もっとも少しずつ徐々に進めるのが大事だ。人間の意識は急激な変化は望まない。それは逆効果になってしまう。だからいきなり本題に踏み込むのもダメだ。女を落とすときと同じだ。最初はゆっくりと控えめにアプローチする。心理的にジリジリさせておいて、頃合を見てスピードを速めていく。相手の方から迫ってくるようにするのが詐欺の醍醐味だ。そして最後に釣り上げる。大きなお土産をもたせて。 これまでの話しはいい面だけを述べたものだ。堅気の人の暮らしもそうだろうが、オレたちの仕事もそれはそれで大変だ。詐欺というのは自分の心理との戦いでもあるから、進行中は、常に、バレないか、という不安の毎日を過ごさなければならない。今回の仕事でも、ムラカミ・アキラの素性を興信所などで調べられたらそれだけで仕事は失敗する。何が飛び出すかわからないからだ。もちろんオレ自身も知りはしない。だから詐欺師になるには強い精神力をもつことが必要だ。常に、オレは名君の領主で、カモのヤツらはオレに従う、アタマの悪い領民だと思わなければ、また自分の無意識に働きかけなければならない。パンフレットに有名人などを勝手に載せているが、多少の小遣いをやって口止めはしているが、バレる危険性はある。何しろ犯罪に使うなどとは一言も言っていないからなあ。上海の消費者金融会社に連絡されても詐欺は露呈する。どこにもオレの名前は出てこないからオレ自身がパクられることはないにせよ、期待した儲けはゼロになってしまうわけだ。どんな仕事でも楽はできないということかな。 こんな緊張を強いられるから毎日のように詐欺を働くということはできない。ほとぼりを冷ませてから再び仕事に取り掛かるということになる。人生の終始決算から言えば堅気のサラリーマンの方が得といえるかもしれない。しかしこの仕事は一度始めたら止められない。自分の頭をつかって金持ちからカネを巻き上げる、これは一種のスポーツだ。社会の富の再配分という言い方もできる。「悪銭身につかず」とはよくいったもので、詐欺師はカネづかいも荒いのだ。経費もそれだけかかる。まあ、その分、カネを還流させているわけで社会の役に立っているといえるのかもしれない。いや、これは言いすぎかな。さて今度は誰をどうやって騙してやろうか、考えるだけで楽しいな。 どうしたら詐欺に合わないようにすることができるかって? そんなことは不可能だよ。人はふだん理性的にふるまっているつもりでも実は、矛盾の固まりなんだ。「自分は大丈夫」などと人間こそ逆に騙しやすい。コップに氷を浮かべたときを考えるとわかりやすい。水が多いときは水面上の氷の面積は小さい、しかし、水の量が少なくなればなるほど氷の面積は大きくなる。上に浮かんだ氷の部分が意識、水のなかの氷が無意識だ。ところで人間は思考と感情の間で意識状態はいったりきたりする。感情の力が高くなれば合理的な思考能力は減退する。そして一度、決めた決定は信念となり固定化する。この人の心理作用を詐欺師は利用するんだ。誰もが精神分析医にかかるわけではない、自分のなかだけで自分の心理状態をコントロールすることは至難の業だ。詐欺師は人間の無意識に働きかけて人間心理を操作するんだ。詐欺などといわずに知的仕事師と呼んでほしいね。ビル・エヴァンスのようにクールに仕事をする、それがオレの理想だ(完)。
2008.05.25
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ビルエヴァンスのようにクールに騙せ-その2 会場は都内の有名ホテルで行われた。受付では名前や住所などを書かされることもなかったので一安心だ。余裕をみて早めに行ったのだが、大盛況で300人ぐらい入る部屋が既に8割がた埋まっていた。身なりのよい年寄りが多い。夫婦と思しき二人連れが多い。そういえば、ご夫婦での来場を奨める表現がサイトにあったように記憶している。 定刻になり『生活者防衛市民会議』の代表、ムラカミさんが壇上に上がった。齢のころは40歳ぐらいか、ポールスチュアートのグレーのスーツにグリーンのネクタイ、ボタンダウンの白いオックスフォードシャツ、縁なしのメガネをかけている。頭髪は七三に分けられて櫛目もきちんと入っている。清潔な感じで違和感は全くない。痩せ型で押し出しも普通の銀行マンのようで申し分がない。第一印象は合格だ。最初に自身のプロフィールを話し始める。声はバリトンで口調はゆったりとしている。終始、落ち着いた雰囲気で聴衆に不安を抱かせるところは全くない。ムラカミさんは、東京大学の経済学部を卒業した後、大手の証券会社に就職した後、28歳のときに会社から派遣されてアメリカのコロンビア大学に留学してMBA資格を得た。その後、35歳のときにファイナンシャル・プランナー資格を取得し、独立系FPとして活躍しているという。 最初にネットのホームページに書いているような建前論というか、そもそも論を話し始めた。もちろん私もここに集まった人々はそのようなきれい事が聞きたいわけではない。建前はどうでもよい。社会福祉事業をやるわけではない、いかに儲けられるか、そのノウハウを聞きに集まっているのである。ムラカミさんは本題に入った。 「私がご提案するのは一般的には、つまり社会正義の上からは好ましいことではない、との批判もあるかもしれません。しかし日本は法治国家です。法律を守ることは義務ですが、法律をクリアーしたうえでの各人の行動は、その人の価値観に基づいて自由に行われるべきです。ですから今からお話しする内容に、自分の価値観に反するというお考えの方は、退席していいただいて結構です」 もちろん退席する人は誰もいなかった。ムラカミさんの『生活者防衛市民会議』の事業内容はこういうものであった。事業の賛同者つまり投資家は各々1000万円を『生活者防衛市民会議』に貸し付ける。同時に投資家は『株式会社生活者防衛市民会議』の意図に賛同した特別会員となり、毎年110万円の贈与を受ける。ちなみにこの金額は贈与税法の基礎控除の上限で税金はかからない。同時に同社の「従業員」となる。「従業員」には年に65万円の「給与」が支払われる。ちなみにこの65万円という数字は、所得税法による最低の給与所得控除額である。つまり65万円の収入にも税金が一切かからない。一方で、投資家はいつでも貸付金の返済を受けることができる。この仕組みは投資ではないため金融商品取引法の対象とはならない。つまり国家による規制外となる。なるほど法律の盲点を突いた巧妙な仕組みだ。助平心が疼いた。 でも金を持ち逃げされる恐れはないのだろうか? ムラカミさんの説明によるときちんと金銭消費貸借契約書を作成するという。利子がゼロでは税務署からは贈与とみなされるので年5%の利子を払うという。「贈与」、「給与」の他に、利子分の50万円の収入が入るということか。合わせて225万円の収入になる。利子には所得税がかかるがそれでも元金の1000万円に対して利回りは20%以上になる。うまく回ればノーリスクだから悪い話ではない。それに雇用契約書も結ぶという。とりあえず筋の通る話しだ。 しかし確実に年20%以上の利回りで運用できる方法など今時、あるのだろうか? こういう疑問を予測するかのようにムラカミさんは話しはじめる。 「皆様からお預かりする資金で消費者金融事業を行う計画でいます。グレーゾーン金利問 題で消費者金融会社が新規貸し出しを抑えるなか、借り先に困る人々が増えている国内も 面白いのですが、私どもが狙うのは13億の巨大な中国市場です」 「中国はもう20年もすると世界最大の市場になるでしょう。これから人口が減っていく 日本と違って大きな可能性を秘めています。中国国家もそれを自覚して今、内需で国を振 興しようと躍起になっているのはご存知の通りです。だから消費者金融市場も拡大しています。しかし根本的な問題を抱えています。銀行が融資するのは住宅ローンや自動車ローンなど融資目的が予め決められたものに限定されています。対してクレジットカードは融資額が小額に限定されているのが実情です。共に都市部でのニーズを吸収するのに偏っていることも問題です」 「それでは人口の60%の農村部の庶民が使途の決まっていないお金、つまりは生活 資金を融通するためにどうしているのでしょうか? また中小企業が日々の運転資金をどう確保しているかお分かりですか? 親戚や知人・友人などから借りているのです。ないしは質屋やヤミの金貸しから調達しているのです。しかし経済が拡大する中、このような前近代的なシステムがいつまでも続く訳がありません。私たちはここをビジネスチャンスと見 て、無担保で使途自由なお金を地方住民や中小企業に融資してかれらを助けながら永続的な事業を展開しようというものです」 「皆さんは貸し倒れの問題を心配していらっしゃるでしょう。消費者金融というビジネス はこの点さえクリアーできれば、こんな魅力的なビジネスはありません。しかし貸し倒れ 率は、貸す相手を慎重に選ぶことで統計的にコントロールできるのです。このビジネスが 破綻するのは、法外な利息を課して当局に睨まれたり。無節操に貸付を増やして貸し倒れ が増えることにあります。堅実な営業をすれば永久に続けられるビジネスなのです」 「そのために国内の消費者金融会社の人間をスカウトしているのでそのノウハウを活 用することでコントロール可能です。適切にリスクをコントロールしながら市場の成長力に多いに期待できるでしょう」 「中国という国は日本のような法治国家では人治国家です。法律をクリアーすれば基本的には何でもできる日本とは国情が異なります。政治のバックアップが必要なのです。私たちは、そのために20年以上かけて政府要人ともコンタクト・ルートを作ってきていま す。簡単にいえばワイロ漬けにするのです。政治情勢がどう変わろうとも揺らぐことのな い人的ネットワークも作り上げてきました」 なるほど、勢いのある中国に目を付けるのはよい発想だな。青天井の中国の方がより可能性が高いだろう。国もことあるごとに言っている、貯蓄から投資の時代だと。日本の銀行などに金を預けていてもゴミみたいな利息しかつかない時代だ。これは真面目に考えてみる価値がありそうだ。 「私どもの計画はあくまで悪辣な国家から皆様の財産を守るということに尽きます。事業の収益性などは最初から度外視しています。国は最後には何もかも国民にツケを回せばよい、というのがホンネです。私たちはこんな身勝手な国と心中するわけにはいきません」 入口で貰ったパンフレットを見る。与党の元幹事長の大物政治家が冒頭で顔写真付きでのあいさつ文が載っている。ムラカミさんのことを政策秘書のようにしていろいろ相談に乗ってもらっているというようなことが書いてある。頭は切れ、人柄は誠実だ、などと褒めちぎっている。次のページには、人気タレントのAも写真付きでコメントを寄せている。自分も賛同し、この事業に出資しているという。それ以外にも各分野の有名人がコメントを寄せている。おや、このBは庶民派経済アナリストとしてテレビなどによく出てくる人だ。「年収100万円で生活する方法」などという本も書いていたな。 説明会は終わった。ムラカミさんはそれ以上、勧誘を進めるわけでもなく閉会のあいさつをした。私は感触としてかなり乗り気になった。怪しげな印象はなかった。全体として筋も通っている。事業構想としても現実的だ。ムラカミさんも信頼できそうだ。ちなみに私は人を見る目に自信をもっている。 その後、何事もなく1ヶ月ほど経った。私も農作業や勤めの件で少し忙しくなりあの投資話のことをつい忘れていた。そのようなとき新聞にムラカミ・アキラさんが顔写真付きで出ていた。文化欄の「私の余暇」というコーナーであった。ときどき経済人が自分の仕事以外の時間で趣味などを語るコーナーである。だれがどのような趣味をもっているかはどうでもよいが、以下のコメントが記憶に残った。 -自分は、『生活者防衛市民会議』という組織を運営している。ファイナンシャル・プラ ンナーとして人々の金融相談に乗ることを主な仕事としているが、この仕事を国外にま で広げ、中国にも展開することを考えた。この度、上海の大手消費者金融会社と提携し て業務を行うことになった。 私は彼のホームページを訪れた。新聞にあったように中国事業を本格化するという。ついては出資者を募るという。但し、あくまで余裕資金のある人に限る、という。希望者には一人一人、面接をさせていただく。資産の運用はあくまで生活に必要な資金の他で行うべきである。生活資金を運用に回すことは愚かな考えである。これがファイナンシャル・プランナーとしての私の哲学である。だから一人一人とお話しさせていただきながら、ムリのない計画であるか、個別に失礼ながらチェックさせていただく、というわけだ。私は完全にこの人を信頼することにした。この人なら間違いはない。そういう確信を得て、早速、面接のアポイントメントを取った。面接は2時間に及んだ。私のライフプランについてカウンセリングを受け、私の資産明細なども提出させられた。最後に彼はこう言った。 「あなたとお話ししてあなたなら私の計画に参加していただけるという確信を得ました。 但し、このことはいつも念頭に置いてください。あなたはいつでも解約して、元金を取り 戻すことができます。確信をもてなくなったら即座に脱退できるのです」。 私は、1000万円の金銭消費貸借契約書と雇用契約書に署名、捺印した。
2008.05.25
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気分はビルエヴァンスのように-その1 私はもともと金銭というものはそれほど執着をもっていなかった。古老などに話しを聞くと農家の生活というものは、本来、それほど現金を必要とするものではなかったらしい。自分で作ったものの一部を少しずつ食べ、足りないものは隣近所と物々交感をした。山に行けば季節季節で自然の恵みをあった。集落のどの家でも同じような暮らしぶりをしていたから他人と比較するという発想も乏しかったらしい。農家の生活というのは贅沢をしなければ本来、自給自足ができるのだ。昨日の次に今日が来て、暗くなってまた明るくなれば明日が来る暮らしだったのだ。日本人の生活というものは本来、こういうものではないだろうか? ときどき矛盾がたまって爆発することはあるにせよ自然に恵まれたこの国は天然の恵みによって育てられてきたのではないだろうか。そのなかで酒が熟成するように独特の日本文化が形成されてきたのだろう。過酷な自然に翻弄されざるを得ないような外国とこの国が異なるところだろう。 もっとも、テレビもあれば自動車も当たり前という物質文明のなかで私は育った。当然、のこと両親たち生きてきた時代と比べて現金が必要になってきた。私の代となってからは兼業農家となった。それでも農家の長男として成長した私は、性格もあるのか、何がなんでもカネを稼ぐという意欲にはこれまでどちらかというと縁遠かったように思える。私の子どものときにプラモデルが流行ったことがある。友人たちが親にせがんで買ってもらい、学校の宿題そっちのけで組み立て、皆で見せ合っては自慢していた。不思議とその中で私は自分の親にねだったことはない。私はむしろ自分で木を削り、雑誌の飛行機の写真をモデルに模型を作ったのである。誰かの意図どおり働かせられるのが私は嫌だった。削り出すこととで木の塊は、私によって形を与えられ、命を与えられるのだ。宇宙で一つしかない固有の命を。まあそう大げさに語ることでもないが。 私は10反ほどの農地を相続している。自家用程度のわずかな野菜を作っているが、コメづくりが主力だ。先祖代々作り続けてきたということもあるが、最大の理由は手間がかからないからだ。機械が入り、腰を曲げてのきつい作業とは今では無縁だ。農薬を使えば草取りなどの重労働からも開放されている。多少、手間が必要なのは、田植えと収穫だが、勤め先の役場から休暇を取ることができる(「田植え休暇」というものがある)し、日程を少しずつずらすことで隣近所の手を借りることもできる。昔からの農家同士の助け合いの気風がまだ生き残っているのだ。もっとも農業そのものにはそれほど愛着をもっていない。農業を自分の天職だなどと思ったことは一度もない。生まれた時から農家であったから改めて農業をやろうなどと考える必要がなかったためだ。 私の農地は市街地のなかにある。私が望んでそうしたのではなく、街の方が勝手に侵食してきたのだ。私が農作業をしていると、散歩の人々が、「毎日、自然と接することができて楽しいでしょう?」などと声をかけてくる。冗談ではない、たまにやれば楽しいかもしれないが、週末になると毎日のように田んぼや畑のなかで泥まみれになってみたらよい。単なる惰性だ。昨日もしたから今日もしているだけだ。始終、作物と接していると感動を覚えることもない。単なる物体でしかない。それでも多少は高く売れて経済的なメリットでもあれば張り合いも出てこようが、日本人はコメを食べなくなっていて米価も落ち込んだままだ。こんな状況で農業への愛情など生まれようはずがない。 こういうなか2~3年前から回りの田んぼや畑ばかりの風景には不釣合いなスーツ姿の男たちが頻繁に出入りするようになってきた。建て売り住宅にするから農地を売ってくれ、というらしい。話しをもちこまれた農家でもまんざらでもないらしい。私と同じようにどこも農業などには、うんざりしている。それにどこでも他に仕事をもっている。機会があれば面倒でやぼったい農業などは止めてしまいたいのだ。ウィークエンドには他のサラリーマンのように行楽地へ出かけたいのだ。農地を住宅地にするためには農業委員会で許可してもらわなければならないが、あんなものは出来レースのようなものだ。私のところにもスーツが来た。心のどこかで、渡りに船という感覚があった。どうせタダみたいな土地だ、それに引き換え、ベッドタウン化しているこの辺りでは住宅用地は高い値がついている、莫大な儲けになる。所得税だって知恵を働かせば節税できるはずだ。借金をしてアパート建設をしてはどうだろうか? こういうワル知恵付きで住宅業者が商談を持ち込んでくるのだ。こうしてさしたる躊躇いもなく私は先祖伝来の農地を売り払った。 先もいったように自分は、金銭面では淡白だと思い込んできたが、これまで見たことのないような大金を手に入れると自分の気持ちが変わっていることに気がついた。預金残高がいつも気になるのである。毎日のように残高をチェックして1円でも増えていると、1人でニンマリとしてしまう。事情を知らない他人が、私が預金残高のネット画面を見ながら相好を崩している姿を見たなら、気味が悪くなるだろう。一方で、僅かでも残高が減っていると気が気ではない。どこか自分がきょう食べるコメにも困るような、そんな気分になるのだ。今日は昼飯を抜こう、楽しみにしている晩酌も今日は止めだ、などと思ってしまうのである。やれ物質の豊かさより精神の豊かさだ、お金をいくらもっていても幸せにはなれません、などとキレイごとをいう評論家がいるが、所詮、あれは貧乏人の言い訳に過ぎないなどと思ってしまうのである。所詮は日本は資本主義国だ。カネで買えないものは存在しないのだ。アメリカの大統領選挙がそうではないか。財界人からの大口寄付でもインターネットを使った庶民からの小口の寄付でも手段は何でもよい。たくさんの資金を集めてテレビ宣伝や集会などハデにできる候補が勝つのだ、勝てば権力も名誉も手に入れることができるのだ。それが世界の現実だ。 そのようなときにムラカミさんが現れたのである。きっかけはネットのブログであった。税金を払うのはイヤだから、節税、節約、カネ儲け・・・などをキーワードで検索するなかで『株式会社生活者防衛市民会議』というサイトに行き会ったのである。開設者はムラカミ・アキラさんという人だった。ムラカミさんはそのサイトのなかでこう言っていた。「日本は今、人口減少・財政悪化・リーダーの堕落という三重苦を抱えています。今後、税金は30度の角度で騰がらざるを得ません。一方でいくら税金を払っても有効に使われることはありません。ここで有効に使われるというのは、困っていたり、苦しんでいる人のために使われるということです。集めた税金は砂漠に水を撒くように利権やムダのために使われてしまうのです。これは自然の法則です。だから私たちは合法的な形で払う税金を減らす努力をしなければなりません。正直者が損をする仕組みなのですから、これは生活防衛の思想だといえます。だから私は『生活者防衛市民会議』を立ち上げました」 以上のような呼びかけで、近く説明会を開くという。全国の主要都市で行われるらしい。新手の詐欺かな、と妖しげな雰囲気もあったが、警戒心をもちながら、とりあえず聞いてみようというところから出かけた。元々私は騙されるような性格ではない。よく詐欺事件が報道されるが、なぜあんなにコロッと騙されるのか、いつも私は疑問に思う。うまい話には必ずウラがあるのだ。世の中にはウマイ話などはそんなにあるものではない。「儲かりますよ」、「リスクはありません」などという話には、まず疑ってかかるべきなんだ(続く)。
2008.05.24
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腕時計型のケータイのスイッチを入れて、ウェブ新聞を脳内にダウンロードする。最新ニュースのまず見出しだけを目を閉じて「聴く」。ミャンマーのサイクロンの死者は10万人を超えた。中国の四川の地震による犠牲者もまだまだ増えそうだ。詳細を知りたいと「ページを広げる」。2次被害が拡大しているらしい。アジアやアフリカなどでは天災が起きても犠牲となる人が多いのかもしれない・・・。そう思ってケータイの想念検索スイッチをオンにする。やはり、先進国に比べて発展途上国の被害は天災の規模に比べて多いことがわかる。被災地の状況はどうなのだろうか? 子どもや年寄りなどが水も食べ物もないなかで苦しんでいる「映像」が意識のなかに描かれる。インフラが整わないままの急ぎすぎる経済成長は持続しないということだ。このように大きな自然災害が起きれば元の木阿弥となる。まず急がないで、農業や都市インフラを整備すべきなのだ。それにしても中国はある意味でラッキーだ。この事故で国際的な中国バッシングも和らぎそうだ。このようなことを思い、これまでの思考を忘れないようにケータイにアップロードしておく。取り留めのないバラバラな情報でよい。後でパソコンに転送して思うように編集すればよい。 今ではメディアは革命的に変化している。「放送」や「新聞」はもはや存在しない。人々はケータイを使ってニュースを直接、脳の中に知覚する。もっと知りたいたニュースは、心に思い浮かべてケータイの想念検索で自由に呼び寄せることができる。ケータイは刻々更新される世界中のデータベースに繋がっており、映像や音声が付いた状態で自由に入手できるのである。究極のオンデマンドである。情報が古いうえに記者の能力に左右される(それも最近、とみに低下している)質の悪い旧メディアは恐竜と同じように絶滅するべき存在なのだ。むしろ今という時に説得力をもって語れるのはもはや物語しか残されていないのかもしれない。人々は情報を取るばかりではなく、今では積極的に情報の発信をも積極化させている。私は今、平城京を「再現」しようとしている。1000年前の人々がどういう家に住み、どんなものを食べて、どういう生活をしていたのかを映像つきで再現しようというものだ。図書館にアクセスしていろいろな資料を入手する。発掘された遺跡、昔話、当時の文芸作品、絵画・・・すべてを総動員する。白地図で平城京を再現しようか、怨霊を登場させ小説にしてもよい、映画にしてもよい。インターネットの発展で電子流通も思いのままだ。ふつうの人が自由な発想で自由に自分の作品を発表できる時代となっている。私は、江戸時代後期に庶民文化が大隆盛したことになぞらえて、今を「平成のポップカルチャー爆発の時代」と名づけている。 翌日の朝、目覚めた。条件反射的に朝のニュースをダウンロードする。しかしいつもと違う。いつもなら記事の見出しが心のなかに湧き上がってくるのだが、今日は何も出てこない。かすかにブーンという音が響いているように感じるだけだ。恐ろしくなって半身を起こす。隣に見知らぬ女が寝ている。誰なんだ? それにここは何処なんだ? 何で俺はここにいるんだ? 思わず口走ると隣の女が目を覚ます。 「あなた、どうしたの?」 「君は誰なんだ? どうして君は俺のそばにいるんだ?」 「冗談を言ってるの? 私たちは夫婦じゃない」と女は怯えて言う。 サイドテーブルに結婚式の時に撮ったと思しき写真フレームが立ててある。 「あれは?」 「あなたと私じゃないの。ねえどうしちゃったの?」 鏡で自分の顔を映してみる。確かに写真の男の顔に似ている。ということはやはりあれは俺ということか? ということは横に寝ているのは俺の妻ということか? でも俺は誰なんだ? 俺の名前は何というんだ? そういえばきょうは何年の何月何日なんだ? 何も分からない。俺のアタマは空っぽになっている」 妻(?)はパニックに陥った俺を近くの医院に連れていった。医者は診察を終えてこう言った。「ご主人の脳波はとても弱くなっています。つまり意識がほとんど欠けているということです」 「でもこのように歩けるし、感覚だってある。無意識とは言えないのではないですか?」と私が言う。 「無意識とは違います。生命を司る脳機能は健在です。私の言うのは人間の思考や記憶を担当する大脳皮質がすっかり機能を失っている、ということです。つまりは人間らしい部分が機能を失っているということです。感覚できてもそれを知覚したり、記憶したりすることができない、つまりは思考できないということなのです」 「どういうことなのでしょうか? 私に何が起こったのだ」と私は尋ねる。 「あなたは意識泥棒の被害に会ったのです。最近は、こういう患者さんが増えてきました。意識を盗もうとする輩が増えているのです。それでも覚醒しているときは理性や思考という手段を使って外部からあなたを攻撃する悪人を防ぐことができますが、眠っているときはそうはうまくいきません」 「寝ているときはどうなってしまうのですか?」 「人間が寝ているときは、意識が後退し、無意識が支配しています。言うなればあなたの心は無防備になっているわけです。こんなとき、悪事を働く者は夢を使ってあなたの意識を盗みに来るわけです。今や、人々の脳、正確にいうとその中身ですが、これは大きな財産ですからね。泥棒にも魅力的になっているのです」「昨日の夜、あなたの見た夢を覚えていますか?」と医者は聞いた。 「そういえば、玄関のチャイムが鳴り、『宅配便です』という声があり、ドアカメラに移った人が確かに犬のマークのいつもの宅配業者だったのでドアを開けた、そんな夢を見ました」 「そのスキに犯人はナノロボットをあなたの無意識世界に潜入させたのです。そしてそのロボットは意識世界に入り込んで、あなたの意識世界にある記憶や思考を切り取って人工知能に保存してしまったのです。単にコピーしただけならそれを独占することはできませんからね」 「いや大変なことになった。これまでの記憶を全部盗まれてしまっては、今、やっている平城京の研究作業も一からやり直しだ。それどころか、私のアタマは生まれたときの状態に返ってしまって、これから嬰児のように何もかも一から学習していかなけらばならなくなる。残りの人生を全てかけても時間がもたない。私はどうしたらよいのでしょうか、先生?」 「いずれにしても警察に届けなければなりません、これは犯罪ですから。ところで、あなたは意識のバックアップを取ってありますか? 今は外付けの記憶装置が高性能かつ安くなっていますから。用心深い人は意識情報のバックアップを取っておく人が多いのです。バックアップを取っていないのですか。そうなると諦める他はありません。これからは注意されることですね。警察へは私から通報しておきます。さあ次の方、どうぞ」。 ここで目が覚めた。顔や手足、全身が汗びっしょりとなっていた。ずいぶんうなされてもいたらしい。隣の妻(今度は確かに妻であることを認識できた)も心配そうに私を覗きこんでいる。夢でよかった。早速、意識記憶装置を買いに行こう、それとも寝ているときは頭を体からはずして、鍵のかかる金庫に保管しておこうか(了)。
2008.05.17
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