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10月26日はわが恩師、かめおかゆみこさんのメルマガフォーカスチェンジ5周年記念パーティーが横浜でありました。わたしがホームレスから抜け出すことができて今こうして、パソコンを打っているのもかめおかゆみこさんがわたしの出すメールに100%返事をくれて「わたしは、この世にいてもいいのかもしれない」そのことを思うきっかけを与えてくれたからでした。パーティーは80名を超えるひとが集りかめおかゆみこさんが、普段いかに、周りに愛を与えているかがわかりました。参加者のかめさんに向けるエネルギーを見ていると「何人集ったか?」ではなく「どんなひとが集ったか?」それが大事。そのことを強く感じました。今回のパーティーにはかめさんのご両親の結婚50周年記念のお祝いとかめさんが普段伝えきれていないご両親への感謝を伝えるというもうひとつの目的がありましていろんなものがあいまってとてもすばらしいパーティーになりました。参加者ひとり、一人にかめさん手書きのメッセージカードがプレゼントされましてわたしがいただいたのは「ただ受け取る」でした。ちょうど今、わたしのところに来ているメッセージとまったく同じで「さすがやな~~」と思いました。わたしは自分でご飯を用意することもできず服も持たず未熟ではだかのまま生まれてきました。そこから服を与えられ母乳を与えられ空気を与えられ水を与えられ大地を与えられ陽の光を与えられただただ与えられ続けて今日まで生きてきました。わたしはゼロから何も作り出すことができず初めから地球に用意されていたものをただ受け取ることでしか生きてこれなかったとてもかよわい存在でした。しかし与えてもらうことがいつしか「あたりまえ」になってしまい「よりごのみ」をする傲慢さを身につけていきました。わたしはやってくるものをただ受け取ることでしか生きていけない。そしてそうしないと生きていけないかよわい自分を受け止めていこう。そしてどんなわたしでもいつも与え続けてくれていた存在をこれからは忘れないで感謝していこう。そのことを再確認させてくれたかめおかさんからのメッセージでした。そしてそのかめおかさんから2次会の乾杯の音頭をとったからとさらにこころあたたまるプレゼントをいただきました。キャンディーでできたパンツ。受け取ったけれどもどないせ~~ちゅ~~~ねん!!!(爆)もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪第3回感謝食事会 日時:2008年11月9日(日) 13時~15時半 場所:神戸市勤労会館(三宮) 3F306号室 会場地図講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵 & 西尾敏一(よがふく)ぜひ一度体験してみてください。面白いです。 食べるという基本的な行為をとおして自分と繋がることができるように なっていきます。何度か参加してつづけていくと、自分の体の声、 心の声、そして普段は意識していない、モノ達の声など聴こえてきま す。すごく楽しいです。 詳細はこちら♪
2008年10月29日
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前回お届けしたポールですがまずはその後のポールをご覧ください。その後のポールどうやら2007年度のチャンピオンになってレコーディングも決まったみたいです♪適材適所ということばがありますがひとには誰でも宝が与えてられていて損得抜きでやってみたいことに正直に動いたときすなわち「そうしたいと思う自分を信じて動くことができたとき」その宝は発動するみたいです。「自信」を取り戻したポールはまるで別人です。あいかわらず首は傾いたままですが(笑)もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪第3回感謝食事会 日時:2008年11月9日(日) 13時~15時半 場所:神戸市勤労会館(三宮) 3F306号室 会場地図講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵 & 西尾敏一(よがふく)ぜひ一度体験してみてください。面白いです。 食べるという基本的な行為をとおして自分と繋がることができるように なっていきます。何度か参加してつづけていくと、自分の体の声、 心の声、そして普段は意識していない、モノ達の声など聴こえてきま す。すごく楽しいです。 詳細はこちら♪
2008年10月23日
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最近の自分の内面の変化は大きくてずっとしがみついてきた過去の怒りやあきらめを本当に手放せるかもしれないという予感の中にいます。それと同時に手が蚊にかまれてかゆいとか「あいつうっとーしーなー」とこころのもやもやを感じるとかそういった「肉体やこころで感じること」 を体験するために自分は生まれてきたんだなーということを本当に感じるようになってきました。肉体やからだを 「通して」「感じる」 ということが「生まれてきた目的」 だったんだということを思うようになってきたんです。だからそれが自分にとってどんなにいやな 「感じ」であってもそれも 「味わって」いこうと思います。それと同時にやはり自分が感じたいものは「感動」 ですから自分が感動できるように自分の行動を決めていきたいなと思います。それと最近わたしの中に「ひとは地球の分身」という考えが芽生えてきまして(笑)わたしは初対面のひとの輪にいることがとても苦手です。とくにやりたいことをみつけてそれをやって食べていっているひとたちを目の前にするとわたしのコンプレックスメーターはふりきれそうになります(笑)そして、無口になります(笑)またわたしは女性に告白してOKをもらった経験が一度もないのでタイプの女性が現れるとつい、目を背けて観ないようにします。けど「ひとは地球の分身」という考えが芽生えてきてからはどんなひとでも「直視」 できるようになってきました。コンプレックスも感じなくなってきました。それはわたしも相手も「同じ地球の分身」と「同じ」 と観ることができるようになって「同じ」 と観ることで「比較」 に意識がいかなくなってきたからだと思います。お互い同じ地球の分身。お互い地球の分身だからお互い完璧。なぜなら地球は完璧だから。ただそこに完璧な自分をどう扱うか?その違いがあるだけ。そんなふうに思えるようになってきました。今日のお昼はいつもの訓練の一環で回らないお寿司やさんにいきました(笑)会計するときいつもなら「おいしかったです。ごちそうさまでした」というのに今日は「おいしかったです。ありがとう」と、口にしている自分がいて脳では「ごちそうさま」というつもりでいたのに「ありがとう」ということばが自然にでてきて自分でもびっくりしました。そしたら板前さんがとても喜んでくれてわざわざ外に出てわたしを見送ってくれました。「そういうルール」ではない店でそんなことをしてもらったのは初めての体験だったのでちょっと驚きました。それと同時に自分が感じていたいものをひとと共有することはとても気持ちのいいことで自分が感じていたいものをひとと共有できるように自分の存在の在りかたを決めることはその在りかたに沿って自分が動くことはとても大切なことなんだなと思いました。「感動の共有」なんだかこれからのわたしの行動の動機になりそうな予感です。もちろん押し付けはしません♪(笑)今回のわたしの役割は広く伝えるために広報官として表に出ることではなく真剣に自分と向き合うと決めたひとに次の扉の鍵穴の場所のヒントを与える門番のような役割ですから(笑)地味~~~~~~~~な仕事ですから(笑)ただ「場」をつくって門番はここに立ってまっせ~~という「場の告知」はせんといかんのかなー?と思っています。親のせいで誰かのせいで環境のせいで生い立ちのせいで経済的な理由で・・・・・いろんなことがあって生きるのが苦しいおもしろくないと思い続けてきましたけど結局は「自分の在りかたを 変えないですむように いろんなものを責めてきたんだ」そのことがよーやくわかりました♪■おまけ♪ヤマトコトバから流れる日本語というものはほんとうによくできていて学べば学ぶほどあきれるくらい(笑)真実を提示してくれています。たとえばよく「種の保存」といったいいかたをしますけどまさしくひとも 「種」 なんです。種は「自分から」殻を破って根を出します。卵の中のヒヨコも「自分から」殻を破って出てきます。それは他から殻を割ってもらうということは「食べられる」ということを意味します。何が言いたいか考えるのではなく「感じて」 ください。自分から殻を破るということこっちはおまけ(笑)もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪第3回感謝食事会 日時:2008年11月9日(日) 13時~15時半 場所:神戸市勤労会館(三宮) 3F306号室 会場地図講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵 & 西尾敏一(よがふく)ぜひ一度体験してみてください。面白いです。 食べるという基本的な行為をとおして自分と繋がることができるように なっていきます。何度か参加してつづけていくと、自分の体の声、 心の声、そして普段は意識していない、モノ達の声など聴こえてきま す。すごく楽しいです。 詳細はこちら♪
2008年10月21日
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「ごめんなさいね おかあさん」と呼びかけるこの詩は、 やっちゃんこと・山田康文君が書いた詩です。 ごめんなさいね おかあさん ごめんなさいね おかあさん ぼくが生まれて ごめんなさい ぼくを背負う かあさんの 細いうなじに ぼくはいう ぼくさえ 生まれなかったら かあさんのしらがも なかったろうね 大きくなった このぼくを 背負って歩く 悲しさも 「かたわな子だね」 とふりかえる つめたい視線に 泣くことも ぼくさえ 生まれなかったら やっちゃんの詩の始めの部分ができたとき お母さんに見てもらいました。読み終えてもお母さんは無言でした。ただ、目頭を押さえて立ち尽くしていました。「私の息子よ」と呼びかけた詩が 私の手元に届いたのは すぐ次の日のことです。私の息子よ ゆるしてね わたしのむすこよ ゆるしてね このおかあさんを ゆるしておくれ お前が 脳性マヒと知ったとき ああごめんなさいと 泣きました いっぱいいっぱい 泣きました いつまでたっても 歩けない お前を背負って歩くとき 肩にくいこむ重さより 「歩きたかろうね」と 母心 重くはない と聞いている あなたの心がせつなくて わたしの息子よ ありがとう ありがとう 息子よ あなたの姿を見守って お母さんは 生きていく 悲しいまでの がんばりと 人をいたわるほほえみの その笑顔で 生きている 脳性マヒの わが息子 そこに あなたがいるかぎり このお母さんの心を受け止めるようにして やっちゃんは 後半の詩づくりにまた挑みました。ありがとう おかあさん ありがとう おかあさん おかあさんが いるかぎり ぼくは生きていくのです 脳性マヒを 生きていく やさしさこそが 大切で 悲しさこそが 美しい そんな 人の生き方を 教えてくれた おかあさん おかあさん あなたがそこに いるかぎり この詩を残してやっちゃんは 2ヶ月もたたずになくなりました。「お母さん、ぼくが生まれて ごめんなさい」 向野 幾世/著 より。ひとの人生って「ごめんなさい」と「ありがとう」この2言で成り立っているのではないか?そんなことを思いました。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪第3回感謝食事会 日時:2008年11月9日(日) 13時~15時半 場所:神戸市勤労会館(三宮) 3F306号室 会場地図講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵 & 西尾敏一(よがふく)ぜひ一度体験してみてください。面白いです。 食べるという基本的な行為をとおして自分と繋がることができるように なっていきます。何度か参加してつづけていくと、自分の体の声、 心の声、そして普段は意識していない、モノ達の声など聴こえてきま す。すごく楽しいです。 詳細はこちら♪
2008年10月20日
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瞬間的に感情を浄化する手法を会得しました♪今まで試した中で効果絶大です!!!感情というものは「感じきれば」必ず消えます。それを感じきる前に視点を切り替えようとするから残るのです。で残った感情は感じきるまで自分の中から消えることはありません。ひとの苦しみというのはひとは「いま」にしか生きられないのに意識が過去や未来に行って自分をいま と 過去いま と 未来に分断することで起こります。からだが「いま」 にあって意識も「いま」 にあればひとは苦しむことはないのです。ひとの意識を過去に引っ張るのは過去、感じきれなかった感情です。そしてひとの意識を未来に引っ張るのは過去の体験から導かれる予想や過去得た知識から導かれる予想です。つまり過去をクリアにできたら未来もクリアにできるのです。そして過去、感じきれなかった感情を探さなくても今、わきでている感情をクリアにすればそれでいいのです。怒りを例にあげてみると今、めっちゃむかつくことがあったとします。で、そのとき「あいつがあんなことをしたから」なんてふうに思うのですが実は、それは過去、感じきることができず自分の中に残った「怒りの残り」の集合体を表に出すきっかけをそのひとを通して与えてもらっているだけなんです。そのとき、出ている怒りはいま、自分に何かをした相手によって生まれたのではなくその相手と出会う前から「すでに」自分の中にあったものなんです。相手が怒らせたのではなく怒る必要(自分に残る不必要なエネルギーを出す必要)があるからそれを出しやすいように相手が怒らせてくれたのです。人生で自分を次のステージへ送り出してあげる効果的な方法は「犯人探し」をやめて今、自分にとって心地よくないと思える不必要であると思える自分を「よりしあわせ」にしないと思える感情を「みずからの意志」で「手放す」と「決める」ことなんです。でそれを決めたひとにとっておきの方法をみつけたんです♪本気のひとなら1分で効果でます♪わたし最近つくづく思います。「覚悟がないとひとは受け取ることができない」と。「無料だからとりあえず」で得たものなんか知識の段階で終わってしまうと。それは、かえって自分にとって、重りになってしまうと。今の日本本気で自分と向き合おうとしてるひと1割もいないです。なぜなら自分にどこかウソをつきながらも屋根の下で寝ることができてご飯をたべることができる仕組みが成り立っている国だからです。それはある意味しあわせなことでありある意味不幸なことでもあると思います。「損得」を超えた世界にほんとうの自分はいます。それを知った上で損得を「楽しめば」いいのです。それは「あ、そうきたか」と結果を笑って受け止められる世界です。エゴに支配されるのではなくエゴと上手につきあっていくことがこの、かたちある世界を楽しむ秘訣だと思います。誰だって思いは叶えたい。だけどその思いの出所を「知ろう」としているひとは少ないのです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪第3回感謝食事会 日時:2008年11月9日(日) 13時~15時半 場所:神戸市勤労会館(三宮) 3F306号室 会場地図講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵 & 西尾敏一(よがふく)ぜひ一度体験してみてください。面白いです。 食べるという基本的な行為をとおして自分と繋がることができるように なっていきます。何度か参加してつづけていくと、自分の体の声、 心の声、そして普段は意識していない、モノ達の声など聴こえてきま す。すごく楽しいです。 詳細はこちら♪
2008年10月19日
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今日、目が覚めた瞬間中華が食べたいと思いました(笑)元町の中華街かなと思ったんですが駅の路線図を見てるとなぜか、高槻に行きたいと(笑)せっかくだから松坂屋に行ったらどーも百貨店特有の「気」が館内にない。なので、西武に行きました。そこの6Fでとてもいい中華やさんをみつけました。料理がでてきてそれを見ただけでまちがいなくおいしいと思える料理と出会えたのは久しぶりでした。料理には作ったひとの波動が乗るものですがやわらかくあたたかいほんとうに料理をすることが好きなんだなーとわかる波動でした。値段もけっこーなお値段でしたけど(笑)最近は、こーゆーとこに意識して行って場の空気に「からだ」を慣れさせるという訓練をしています。今日も、ウエイトレスさんにいろいろしてもらうたびにペコペコあたまをさげていたんですけどそれは、「恐縮」でした。つまりそういった場で、そういう場ならではのサービスを自分が受け取ることを自分に許可できていないということです。わたしの今の課題は受け取ることを自分に許可すること。だからあえてこういう場で食事するようにしています。贅沢にみえるかもしれませんけど自分ではこれからの自分に対する投資ととらえています。けど毎日じゃないですよ(笑)そこから西武を出て見えた鳥居が気になったのでそこの坂を登ると上宮天神という神社がありました。わたしは高槻の医大で生まれたのですが坂を登る途中「ここが俺の産土(うぶすな)さん?」みたいな直感がありました。いや~~~~高槻にこんな場所があったのか~~~~~と感激しました。といいますのもこれから鞍馬山と大神神社で本格的な活動を始めようと思っているのですがどちらも遠いので近場で体験ワークができる場所を探していたからです。木の癒しのエネルギーにはおおまかに分けて2通りありまして全体をポワンと包んでくれて癒してくれる木と遠赤外線のようにからだの中心からジワジワと癒してくれる木とがあります。で、上宮天神のご神木は後者だったんですね。このタイプの木は非常に少ないんです。そして遠赤外線タイプのほうが苦しいさなかのひとには効果的なんです。なぜならどんなにブロックがあってもからだの中心から癒してくれるからです。だから「きっかけづくり」には最適なんです。なのでここを体験ワークの場にしようと思いました。ある程度抜けたひとなら全体ポワンタイプのほうが「進み」は速いのですけど。今日ご神木に手をあてていていただいたことばが「あるから 受け取るだけで なくなる心配はない」というものでした。それは、例えるならわたしたちを魚だとすると豊かさとは海水ということかなと。豊かさとわたしたちは「分離」することができない。それを分離してとらえているから「自分のもの」という発想がでてきて「失う」という幻想に恐怖する。海の中でここからここまでがわたしの海水と区分できないように海水はどんな種類の魚にも分け隔てなく与えられていてどんな種類の魚でもそれを享受することができる。だから「所有すること」 が豊かさだと思っているうちは自分という魚は海水の外に住んでいると思っているのと同じでそこから自分という魚は「すでに」豊かさという海水の中に住んでいるんだと思い出せたとき豊かさとは自分とは別のもので所有しないといけないものではなく自分そのものも豊かさの一部なんだということが思い出せるんだろうなーと思いました。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪第3回感謝食事会 日時:2008年11月9日(日) 13時~15時半 場所:神戸市勤労会館(三宮) 3F306号室 会場地図講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵 & 西尾敏一(よがふく)ぜひ一度体験してみてください。面白いです。 食べるという基本的な行為をとおして自分と繋がることができるように なっていきます。何度か参加してつづけていくと、自分の体の声、 心の声、そして普段は意識していない、モノ達の声など聴こえてきま す。すごく楽しいです。 詳細はこちら♪
2008年10月17日
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ここで「成功」という単語を使うことが適切かどうかはわかんないけどわたしにとっての成功とは「愛ならどうするか?」 で動ける自分になることなのかなと思いました。結果のために動くのではなくてその瞬間に行動の動機を「愛ならどうするか?」 で選択できて動けた時点でもう成功みたいなそんな感じです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪第3回感謝食事会 日時:2008年11月9日(日) 13時~15時半 場所:神戸市勤労会館(三宮) 3F306号室 会場地図講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵 & 西尾敏一(よがふく)ぜひ一度体験してみてください。面白いです。 食べるという基本的な行為をとおして自分と繋がることができるように なっていきます。何度か参加してつづけていくと、自分の体の声、 心の声、そして普段は意識していない、モノ達の声など聴こえてきま す。すごく楽しいです。 詳細はこちら♪
2008年10月16日
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よがふくです。酔ってます。わけわからんこと書いたらごめんなさい。今日、さくちゃんに誘われて飲んでました。最初はさくちゃんの話題やったんけどだんだん矛先がこっちに向いてきていつのまにかわたしの親に対する思いの話題になってました。「じゃまくさいな~~~~~」「いまさらかよ」「もういいだろ」と自我ちゃんが言いながらもしぶしぶつきあっていたら親からこうしてほしかったああしてほしかったというさらにその下に「ひとを愛したかった」という自分がでてきました。わたしの本音は「ひとを愛したい」なのに幼少のころに自分の期待する反応が返ってこないこととひとを愛せないということとを「結びつけてしまっていた」ということが見えてきました。わたしは見返り関係なしにただ一方的に自分から愛したかったんだということが思い出せたんですね。以前の日記で「わたしは愛します」というポジションに立つということを決めたはずなんですけど今日決めることを要求された(笑)というか。帰りの電車で試してみたんです。立ちながら座席に座っているひとすべてをわたしは愛せるのか?と。結果はNOでした。中途半端にいろんなことが見えるだけに「批評」 を 加えている自分がいます。そこからわきあがってきた想いというのが「このひとと 同じプロセスを たどっていたなら わたしも きっと このひとと 同じことをしている」というものでした。その想いがでてきてくれたのでこれからのわたしはひとに批評を加えにくい自分になれるような気がします。本当に愛しているのなら「わたしは愛します」という宣言も必要ないのですけど自我との折り合いをつけるプロセスとしてそれも必要なのでしょう。どこまでが本当の想いなのかわからない状態ですけど自分から愛すると決めればどんな状況でも自分とも周りとも争いは起こらないことが理屈としてひらめいたので他に選択の余地はなくもうそろそろそこに行けと言われているようなもう少し楽したいようなけど時期なのねみたいな(笑)一体俺は何を設定してん????という想いがぬぐえないところもありつつどこかで逃げられないんやな~~~~とも想いつつ。そこか~~~(?)みたいな感じです。自分ではそんな高い設定をしてるつもりはなかったもので(笑)
2008年10月14日
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今ここから「初めて」が始まる。
2008年10月12日
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今日は鞍馬山で個人セッションしてました。いつものように天狗堂の前のマンダラでヒーリングしてたとき。まったくの無風状態だったのに急に、右方向から一瞬だけ、風がピュ~~~っと吹いたかと思うとまた、無風状態に戻りました。なんか自然な風じゃなく故意にこちらに向けられた意図的なものを感じたのでふと、風の吹いた方向に目をやるとほんと、映画にでてくるような鳥の羽が、小船のように左右に揺れながらゆっくりと落ちてくるように1枚の葉っぱがこちらに向かって落ちてきました。ほんとに、ゆっくりと。これが、その葉っぱです。で天狗堂にかけられている天狗の家紋? がこれなんです。なんか似てません?それに、葉っぱ天狗のうちわに似てません?ネイティブアメリカンの言い伝えに鳥の羽をみつけたら「その方向でいいんだよ」というメッセージという言い伝えがあるそうです。なぜか葉っぱを見てその話しが思い起こされました。天狗さんは今でもいるのかな?もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年10月06日
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これから先死ぬまで起こる出来事を全部知ってしまったらわたしたちはわくわくしながら生きていくことができるのでしょうか?わたしたちは知らないからわからないからわくわくできるのではないでしょうか?だとしたら人生で求めている答えがみつからないのもぜんぶわくわくのための「演出」ではないでしょうか?道とは未知だからこそ道というのかもしれませんね。だから何でも知っている自分何でもわかっている自分を目指すより何も知らない何もわかっていないということを自覚してしまったほうが人生においてわくわくを楽しめるのかもしれませんね。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年10月05日
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今日は奈良の大神神社の狭井神社に呼ばれて行ってきました。わたしは、見えたり、聞こえたりする人間ではないのですが狭井神社だけは確実に「あそこにおられる」と場所がわかるんですね。今日も、お社の上におられました。お社の前にベンチがありましてそこに座ってじっくり癒していただきました。そこからなぜか今日は足が山道に向かいそこを登っていくと辰五郎大明神というお社がありました。そこにお参りして帰るときなぜか、横にのびるわき道が気になりそこにはいっていきました。道は、どんどん山の奥へと向かいところどころくもの巣が顔にひっかかるので数日は誰も通っていない道なのでしょう。どんどん、山の奥へ向かうのですけど引き返そうという気がなぜか起こりません。すると、左横に簡易な鳥居がありました。そこをくぐると目の前を野うさぎが走っていきました。そのうさぎが飛び出してきたほうに向かうと黒い岩がおまつりしてありました。「あぁ、この岩に呼ばれていたんや」ということがわかりました。ほとんどひとが来ないような雑木林の中に、ぽつんと岩がひとつ。とても不思議な空間でした。「なんか、地球の岩じゃない」そんな感じが、ふと、しました。帰り道神社の関係者らしきひととすれ違ったのであの不思議な岩のことを聞いてみると大正時代に発見された岩で発見された当時、周りから勾玉や土器がでてきたそうです。大神神社の歴史から想像すると縄文、弥生時代あたりから信仰されていた岩なんだなと思いました。今は、誰もおまいりすることなく雑木林のなか、ひとりぽつんとある縄文時代から信仰されていた岩に呼ばれたなんて、なんて光栄なんだろうとひとり悦にはいっていました(笑)そこから、今度は、ハイキング道として整備されている別の山道を入っていきました。しばらくするとそこには日本最古の社と書かれた竜神神社がありました。池があって、池の対岸にちいさなほこらがおまつりしてありました。柵があって、直接おまいりできないようになっていました。ここも不思議な場所でした。そこからさらに進むとなんとかという坊さんが隠匿してた庵があってこの坊さんはこんな、現代でもひとけのない土地で何を思い、ここで死んでいったのだろうとふと、思いました。そこからさらに進むと今回の最終目的地檜原(ひばら)神社があります。ここは、元伊勢のひとつです。ものすごく、威厳の高い土地でした。(ものすごく、神聖な場所なんやなぁ)と思いながら手を合わせていると女性の声で「それと同じように、自分を扱いなさいよ」という声が聞こえてきました。ここで、おまつりしてあるのは豊鍬入姫命という女性の神様なんですけど「まさか」と思ってさらっとながしました(笑)すっかり日も暮れてさんざん迷いながら駅を探しました。駅に向かう途中ため池の横で、ふと「どこに住んでも同じやな」と思いました。どこに引っ越して環境を変えても自分と一緒についてくる自分の内側が変わらない限り感じるものは変わらないんだと。やっとたどりついた駅は単線で電車から降りたひとが線路の上を歩いて帰っていきます。無人駅ですので線路からホームに上ってくるひともいます。「田舎やな~」と思いました。次の電車まで30分あるのでホームの端に座り込んでビール飲みながら虫の声を聞いていました。いろんなことばが浮かんできました。正解を求めず何かになろうとせずただ楽しめばいい。私たちはただ流されていくだけ。意志には反するかもしれないけどちゃんと魂の志には沿って流れている。毎日自分の感じることを大切にして丁寧に生きていきたい。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年10月03日
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今日は人生で何かに気づいて「わかった!」と思うことは自我が「落ち着く場所をみつけた!」と言っているのと同義であるということがわかりました(笑)だから何かを説明して読んだひとに「わかった」と思わせるような日記を書くことはそのひとの自我に落ち着く場所を提供しそのひとの流れを停滞させる危険性をはらんでいるなということがわかりました。「説明」している時点で思考の範疇で文章を書いているからです。上の文章で「わかりました」と表現しているのも思考でわたしがこれを書いているからです。先日とあることが腑に落ちる体験をしたんですけどそのときの感覚は本を読んでひとの話しを聞いて「わかった!」と思ったときの感覚とは明らかに異なるものでした。腑に落ちたときの感覚はことばでは表現できないんですね。わたしの場合はですけど。だから出来事に意味をつけたり、求めたりこうなって、こうなるから、こうなるみたいな人生の段取り? を自分で決めたり「ことば」で人生を処理しようとしているあいだは思考から抜け出せないんだなと思いました。ことばで表現できない体験をしていくしかないんやなと思ったんです。ことばではすべては伝えられなくて結局はそのひと自身が体験していくしかないと。ほんとうのところはことばでは表現できない。ことばにすると「そうだからそう」としか言えない。なんかそういうところにすごく触れた日でした。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年10月02日
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