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今日ネットで出会ったことば。「過去の出来事に力はない」はっ!としてぐっ!ときてぱっ!と目覚めてしまいました♪もう終わった出来事に「今」の自分を動かす力はないんですよね。今の自分を動かしているのは「今」なんですよね。過去の出来事に力はないのに過去こうだったからとかあんなことしなきゃよかったとグダグダになっていたわたしはいったい何だったんでしょう?(笑)過去の出来事に力がないのならどんな過去があっても今の自分が動かされるはずがないのです。「過去のせい」にして「今」、グダグダしたかった自分がいただけなのです。そこに気づけました。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月30日
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揺れるのはそれを「わたしが決めたことだから」と言えないから。本当に決めてないから他人の反応や現れてくる現実で揺れてしまう。決めるとはただ決めるということ。そしてそれに従い動くということ。ただ本気で決めきれてなかったんだということがようやくわかりました。言葉遊びではない「覚悟」というものに少し触れた気がします。「決めたら決まる」ということはこういうことだったんですね。愛するって逃げないってことだったんですね。今まで自分を「納得させるため」にいろんなことをしてきました。逃げてたから「納得させる必要」が生まれていたんですね。ただ決めたことに従うということと結果を気にすることは別のものということがようやくわかりました。愛するって決めちゃいました。「おいおい ほんとに 決めたのかよ?」決めたけどそれは義務ではないんだ。ただそうすると決めただけ。だからそれを実行できるかどうかということもどうでもいいんだ。ただ決めただけだから。今はただ決めることのできた自分を祝福してあげたいんだ。「それって どこかに 逃げ道を 残したいだけじゃない?」そうかもしれない。けどその自分を含めて祝福してあげたいんだ。ただそうしたいという自分に従っていたいだけなんだ。これからどうなるか?ということよりも今ここの心地よさをただ感じていたいんだ。あぁなんてしあわせなんだろう。なぜここでしあわせということばがでてくるのだろう。ずっとずっと遠くに置き去りにしてきた自分。ふとそんなことばが浮かんできた。またもやもやしてきた。よく見られようと思ってことばを選ぼうとしている自分がでてきた。よく見られたいんだよねー。ほめて、認めてもらいたいんだよね。ずっと我慢してきたね。その気持ちを出すことに。出してまた認めてもらえなかったらもう耐えられないと思ってたもんね。また傷つくくらいならもう本音は出さないと決めてきたもんね。また読む人を意識しだす自分がでてきた。読むひとの反応はどうでもいいでしょ。でも意識したいんだよね。素の自分で受け入れてほしいってずっと思ってきたもんね。それが叶わぬ現実を自分をどうにか納得させることであきらめさせようとばかりしてきたもんね。おいおい(笑)もういいって。「よいこと」を書こうとしなくても。もう認めてもらうために「いいひと」でいなくてもいいんだって。「いいひと」やめて愛することに挑戦してみないかい?見返りのないただするという世界を体験してみないかい?どうする?不安なんやね。やったことがないから。無理にとは言わんけどいつか協力してくれんかな。俺は「いいひと」やるよりそっちのほうがなんかええ気がするんや。いつものとおり何の根拠もないけど。そして俺のことやからいつ気が変わるかわからんけど。
2008年09月29日
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ここ数日揺れ揺れモードでずっとひとりでグチをこぼしていました。でも、グチを言いながらもグチを言うことが「本当にわたしのしたいこと」ではないことがどこかでわかっている自分がいたのでただただ自分の感情をひとり静かに感じていました。「認めてほしい」「受け入れてほしい」「反応がほしい」その自分をただただひとり静かに感じていました。そしたら「愛する覚悟」ということばが浮かんできました。なるほどな(笑)とわかりました。「愛する」と覚悟を決めてしまえばもうグチを言うことはできなくなります。ひとのせいにすることはできなくなります。環境を呪うことはできなくなります。自分を責めることはできなくなります。他人を責めることはできなくなります。「わたしだけが正しい」と言えなくなります。自分さえよければでいられなくなります。無関心で楽することができなくなります。自分の思いを見てみぬふりをすることができなくなります。恐れから逃げられなくなります。不安にフタができなくなります。いつも自分を尊敬しないといけなくなります。わたしは「愛する」と覚悟を決めてしまうことにたくさんの「デメリット」を感じていたことがわかりました。「愛さないことで楽できる自分」を選び続けていました。いや~~~!どうしよっ!?(笑)気づいてしもうた。いや~~~~逃げたいよ~~~楽したいよ~~~いやなものと向き合いたくないよ~~~~~いやなひととはかかわりたくないよ~~~~~~もう自分を傷つけるものとは接触したくない!もういい?終わった?あなたは宇宙から逃げられないことがわかった?であなたはこれからどうするの?愛しますもし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月29日
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なんて言うんでしょう。わたしはまだまだ自分で勝手に「優先順位」をつけて目の前に現れてくださっているものを見て見ぬふりをしているような気がします。今日は過去これだけの関係を築けてこれたんだからこれぐらいのことはOKしてくれるだろうという「想像」をあっさりと断られました。ほんと自分が見たいようにしか見ないで生きていきたいという「願望」の元に行動を起こしているんやなぁということを知りました。「期待」を捨ててこそあるがままを観られる。わたしは期待を持つということと夢を見るということをごちゃまぜにしてたみたいです。期待と夢の出所が違うことは「知識」では知っているはずなのに。けど昔ほど卑下も否定もないんです。「事実」と「事実に自分がつける感想」は違うことがやっとわかってきましたから(笑)こんなわたしでもいいと言ってくれるひとがこの地球に三人もいますから。世田谷区と静岡とロンドンに。そこに甘えてそこを拠点にやっていきます。>ここまできたら、もうそろそろ、 理由をつけて納得するというのを やめてもいいんじゃないかなあ。あいかわらず(爆)ほんと「慈悲系」のひとは「こいつは大丈夫」となったら崖から落とすモードにはいりますから(爆)わたしもそうですけど(笑)逃げているから納得させる必要が生まれてくるんですよね。・・・・ったく(笑)わかってながら汲んでくれないんだから(笑)
2008年09月28日
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親には親の生き方がありわたしにはわたしの生き方がある。自分のひととのかかわりかたって自分が親とどうかかわっているかが出発点になっているんですね。親が許せないって何だと思います?なぜそれを何十年もひきずっていると思います?許せないって期待を裏切られたなんです。そしてひとは「自分が好きなひと」にしか期待を持たないんです。ですから自分が好きなひとであればあるほど期待を裏切られたことがいつまでもこころに残るわけです。いつまでも消えない許せない気持ちというのは今でもわたしがそのひとを好きという気持ちの裏返しなんですね。今も好きだからいつまでも消えないわけです。けれども悲しいかなわたしが親を好きということと親がわたしを受け入れてくれるということは別のことなんですね。だから冒頭に親には親の生き方がありわたしにはわたしの生き方がある。と書いたわけです。自分が期待を持つということは自分が勝手に持つだけで相手にそれに応える義務はどこにもないわけです。たとえそれが親であろうとも。親だから子を愛さないとおかしいというのは自分だけの勝手な期待なんですね。このことを「納得」しろとは言いませんけども。わたしは親から愛されなかったひとというのはほんとに選ばれたひとだと思います。いろんなセミナーで学んでいるひとは腐るほどいますけど言われたことを日常で「実践」しているひとは100人のうちひとりいるかいないかだと思います。なぜならそのセミナーを受ける前のそれまでの自分でも生きていけるからです。自分と真剣に向き合わなくても生きていけるからです。けど親に愛されなかったひとというのは自分と真剣に向き合わざるをえない状況に立たされるわけです。そしてそこに立てたからこそ知ることができることを知っていくわけです。今日楽天ブログのトップページで健康関連のブログにアクセスしました。1日に2万数千のアクセスがあるページだからどんなことを書いているのだろう?と興味を持ったからです。読んでみると北海道の医者が書いているいろんなひとを非難しているしょーもないページでした。そこからほんとにわかったんですね。アクセスの数とそのひとのひととしての価値は直結しないと。アクセスの数ではなくどんなひとが来てくれているのかが大切だと。ぶっちゃけ書きますけどこの世で真剣に自分と向き合っているひとって人口の3%しかいないんですね。(この3%という数字は上から聞いた話しです(笑))(上がどこかという話しは却下(笑))なぜなら自分と真剣に向き合うってしんどいことしなくても自分に嘘をつきながらも生きていける社会の仕組みができあがっているからです。わたしはこれまでわたしやかめおかゆみこさんがなぜ有名になったりブレイクしないのか疑問でした。(かめさん、ブレイクしているという 自覚があったらごめんなさい(笑))でも今日やっとわかりました。それはわたしやかめおかさんが自分と真剣に向き合おうとこの世の3%の仲間入りを果たそうとする少数派のひとを対象としていたからだと。「報道官」の役割をしているひとと個別に救っていくひとの役割は別だと。報道官というのはそのことを報道することが使命であって報道することを理解している必要はないのだということを。親が許せないというところからかけはなれてしまいましたけどわたしは多くのひとから求められないけどそれは自分と真剣に向き合うことを決めたひとを対象としているからでわたしの2時間話せば必ずウロコが1枚落とせるという能力もそのひとたちのために使うためにあるということがようやくわかりました。はっきり言ってこの世でどうかということと宇宙から見たらどうかということは別物ですからね。ようやくそこへ覚悟を持って立てそうです。認められたいという気持ちが自分の中にあることを認めつつそこへ向かっていこうと思います。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月27日
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最近はまっている曲があります。「この星の上で」 作詞・作曲 嵯峨美雅子宇宙の暗やみに浮かんでる 青い小さなこの星よ大きな光の手に包まれて 今生まれ変わろうとしているはじめから全て与えられ この星の上 生きている限りなきいのち与えられ この星の上で生きているはじめから全て与えられ この星の上 生きている起こりゆくことの全ては 善きことのためにあると悲しきことも苦しきことも 全てこの身に受けて何のためにこの星に 降り立ったのかを知らないままで暗やみの中 迷いながら生きている何のためにこの星に 降り立ったのかを思い出したらもう迷わない いのちの道を歩みはじめるやがて全ての人々が 互いに心をゆるしあいやがて全ての人々が 光り輝きだすだろう限りなきいのち与えられ この星の上で生きているはじめから全て与えられ この星の上 生きているこの星の上 生きているこの星の上 生きている無料でダウンロードできます。試聴・ダウンロードはこちらもし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月27日
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世の成功(幸)者の方々が運のことを語っておられますけどわたしは運というものが何なのかいまいちわからないんですね。そこで今朝運とは何だろう?と考えていたら「流れそのもの」ということばが浮かんできました。つたない人生ですがわたしが生きてきた中で感じることは流れにも全体の流れと個の流れがあるなということです。そこから推察するに運のあるひととは個の流れの波(周波数)を全体の流れの波(周波数)に合わせること(調和すること)ができたひとではないかと思うわけです。つまり運とは引き寄せるものではなく自らの流れを全体の流れに調和させて自らの流れが全体の流れそのものになることにより自らの流れが全体の流れに「運ばれて」いくことを運があるというのではないか?と思ったわけです。海岸でテトラポッドや防波堤があるところだけ波がいびつになるように自分の波を全体の波に合わせるにはその、不安や怖れの先にある自分に素直になることがやっぱり一番の方法だと思うんですね。わたしを含めて世の中には「もう、これ以上傷つかないため」に自分のこころを「麻痺」させてしまっているひとが多いと思うんです。「麻痺」させてしまっているから・無感動・無気力・無関心になってしまって「何のために生きているんだろう?」となってしまうと思うのです。素直とは「感じること」を動機として動くということです。だから自分の感じていることに意識を向けることを麻痺させてしまった自分から抜け出すには最初の段階として日々の日常で「自分のからだの感覚」に意識を向けることを「習慣」として取り入れていくことがとても大切だと思うのです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月26日
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あちらよりここを。いつかより今を。ひとがどう思うかより自分がどう思うかを。体験することが目的であってその体験に意味をつけることが目的ではないのです。わたしたちはただ日々の瞬間、瞬間に進化(深化)していくだけで「ゴール」 というものは「こうなれば救われる」 というものは本当はないのです。わたしたちにあるのは愛するか愛さないかその選択だけなんですね。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月25日
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よく自分がしてもらってうれしいことをひとにしてあげなさいと言われます。それはひとがうれしくなると自分もうれしくなるからだと思うんですね。たとえば命の恩人ややっとの思いでできた(笑)大好きな恋人が初めて家に来るときそりゃ~もう~着飾って(笑)信じられないくらい掃除して(笑)自分が食べたことのないような食事を用意して(笑)プレゼントも買ってと「どうしたら相手がよろこぶか」で動くと思うんですね。で、その思いは相手を好きであればあるほど強くなると思うんです。でここでおたずねしたいのがそれと同じように「自分をもてなしていますか?」ということなんです。きれいな服を着たり部屋をきれいに片付けたりちょっと贅沢な食事をしたりプレゼントをしたり大切な相手をもてなすときには相手に対して自然にできることがなぜ、自分が相手だとできなくなるのでしょう?好きなひとに服を買ってあげるときのように値段で決めるのではなく「何を着たいの?」と自分にたずねて自分の着るものを決めてみてはどうでしょう。好きなひとに食事をおごるときのように値段で決めるのではなく「何を食べたいの?」と自分にたずねて自分の食べるものを決めてみてはどうでしょう。好きなひとにしてあげるように「損か得か」で決めるのではなく「なにを選べば自分がよろこぶの?」と自分にたずねて決めること。それが「自分をもてなすこと」だと思うのです。自分がしてもらってうれしいことをひとにしてあげるとうれしくなる。そして自分がしてもらってうれしいことを自分にもしてあげるとうれしさは、さらにふえていく。それが人生の仕組みだと思うのです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月25日
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許せない自分がいるわけではなく許せないこころがあるだけなのです。許せないひとと出会うということは「無条件の許し」を本当の自分が実践してみたいと思っているからなんですね。ひとは大きなステップを踏むとき許せないひとをもしくは許せない自分を許す場面に立たされるのです。もちろんその場面に立たされても「許さない」という選択は許されています。許せないひとを無理に許そうとする必要はどこにもありません。そんなことをしたらますますおかしくなります。けれども本当にあなたが望んでいることは何ですか?許せないままそれを自分に質問することはできるはずです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪2008年10月12日 12時~14時半 松屋町・「煉」の中の楽さんで(長堀緑地線 松屋町下車 3番出口すぐ)第二回感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月24日
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「自分らしく」生きてちょうだい♪ 自分に正直に生きてね♪ 人生がうまくいかなかったり 生きるのが苦しいって ぜんぶ 自分に嘘をつくことが 出発点のような気がするんですね。 わたしが、ホームレスやって ヤクザにも殺されそうになって 幾度となく、生きるか死ぬかを経験して 気づけたことは 「安心」や「安定」や「安全」を 求めている間は 平気で自分に嘘をついてしまうけど 自分の「しあわせ」を 求め始めたとき ひとは自分に嘘をつかなくなる ということなんですね。 守るべきは 「安心」や「安定」や「安全」なのか? それとも 自分の本当の思いなのか? そこに気づけたとき わたしの人生は 変わっていきました。 夢と現実は 陰陽一体もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月18日
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「人生は短いから一瞬一瞬が大切。 だから、草取りや皿洗いも楽しむの」「幸せは自分で創るものなの。 でも、焦っちゃダメ。 時間がかかるものなの」「本当はバーモント州に住みたいと、昔から思っていました。 思ったことは必ず実行しようとするわたしのこと、 とうとう夢を実現させました。 三十年かかりましたけどね」『楽しみなさい』ターシャ・チューダーもし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月17日
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いいことばをいってもらったらこころに刻むといいますよね。わるいことばをいわれたらこころが傷ついたといいますよね。こころに刻むとは自発的な行為。こころが傷ついたとは相手に「刻んでもらった」のでは?とふと思いました。こころが傷ついたとは相手に刻んでもらった意味がまだ理解できていない状態ではないかと。相手に「刻まれた」ことに目を向けず「何を」刻まれたのか?に目を向けたとき刻まれた意味がわかってくるのではないかと。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月16日
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失ったということは新しいものを受け取る準備ができたということです。けれども新しいものがやってくる「保障」はどこにもありません。だから一度手にしたものを失うということはとても怖いことです。しかし受け取る準備が先にできていないと新しいものを受け取れないこともまた事実なのです。一度手にしたものを握り続ける自分。それを手放して新しいものを受け取る準備を整える自分。そのどちらにも正しい・まちがい はありません。あとはどちらの自分を選ぶか?その選択が待っているだけです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月15日
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ある程度こっち側の学び(笑)が進んでくると手放すことの重要性がわかってきます。そして手放せない自分を責め始めます(笑)『手放しさえすればうまくいく』という「信仰」の始まりです。自分の理想とする生き方をしているひとが「わたしは手放すことができたから こうなれた」と言っているもんだから手放せない限りそうはなれないと信じてしまうのですね。なにかを手放せなくて苦しんでいるひとにわたしは「それは『本当に』 手放す必要があるのですか?」といつも質問しています。そのひとはしあわせになるためにそれを、手放したいと思っています。けれども手放せなくて苦しいということはしあわせになることが目的ではなく手放すことが目的に『すりかわって』しまっていることに気づけなくなっているんですね。そういうひとにわたしがいつも言っているのは目的はしあわせになることなんだからそれが手放せないなら『手放せないまま、しあわせになる方法』は『本当に』ないのでしょうか?ということなんですね。確かに手放すことは大切なんですが『なぜ、自分はそれを手放したいと思っているのか?』その理由を自分で知るということのほうがよっぽど大切なんですね。「それが、自分の中にあってはならない」と思うからそれを手放そうと思います。けれどもそれが「あってはならないもの」ではなくなったら『手放す必要すらなくなる』ので手放せなくて苦しむこともなくなるんですね。手放せなくて苦しいとうひとは手放すとは自分からなくしてしまうこと自分から消してしまうことと錯覚しているんですね。けれども手放したい思いを思う自分手放したい行動をしてしまう自分というのは『自分の一場面』ですから消すことはできないんですね。物は手放すことができますけど自分は手放すことができないんですね。だからこころの問題で「手放しなさい」ということは「それをそのまま認めなさい」ということなんですね。どんな自分も「それも自分の一場面」と認めるということです。「その自分もあっての自分」と認めるということです。否定がなくなるということは手放す必要すらなくなるということです。手放せなくて苦しいならそれを認めて「手放す必要性」をなくしてしまえばいいのです。否定をやめることができないなら否定をやめられないことを認めてあげたらいいのです。「それが今の自分」と。明日の自分は否定をやめることができるかもしれないのですから。明日、また同じように否定してしまってもまた「それが今の自分」と認め続けたらいいのです。しあわせとは何でしょう?自分にも周りにも否定がない自分の存在そのもののことではないでしょうか?だからしあわせになるという目的ために何かを手放そうと思い手放せない自分を否定している時点ですでに目的を見失っているのですね。今と違う自分を目指すんじゃなくて今のこのままの状態で「なんでもあり」と思える自分になれたらカウンセラーもセラピストも必要なくひとの目を気にせずに生きていけますよね♪もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月11日
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お金持ちになれたから「しあわせ」になれるのではない。恋人ができたから「しあわせ」になれるのではない。思いが叶ったから「しあわせ」になれるのではない。このことはこの3次元のパラドックスです。お金持ちになることとしあわせになることは実は無関係。恋人ができることとしあわせになることは実は無関係。思いが叶うこととしあわせになることは実は無関係。自分が何かになること自分が何かを手にすることとしあわせを「無意識」に「結びつけて」しまっている自分がいるだけなんですね。それは幼少のころ周りのおとながそうだったから。しあわせというものは何ができない何を持っていない自分でも「感じる」ことができるんですね。しあわせを「感じる」のに「条件」は必要ないんです。自分が何かにならないと自分が何かを手にしないとしあわせを感じられないと思うということは実は自分の中の「無価値感」「不足感」「欠乏感」を自分が何かになることで自分が何かを手にすることで「埋めよう」としているだけでしあわせを「感じよう」としているのではないんですね。しあわせが何か知りたかったら「もう死ぬ」というまで息を止めたらわかります。しあわせとは自分が何かになること自分が何かを手にすることではなく自分の中の「あたりまえ」が「あたりまえ」ではなかったことを知っている自分でいるということなのです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月10日
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蚯蚓これ何と読むでしょう?答えはミミズです。支払いがあったので散歩がてら夜道を歩いていました。支払いが終わっての帰り道20センチ以上のごっついミミズが道にいました。この道は、散歩やジョギングの道なので踏み潰されると思い道の横の木がはえている地帯にほうり投げてあげました(笑)軽くですよ(笑)そこから数百メートル歩いてもうじき家というところでまた20センチ以上のごっついミミズが道にいました。で、このミミズも同じように・・・(笑)すると、このミミズがピクリとも動かないんですよ。「あちゃ~、投げて死んじゃったの?」と「やっちゃったかな~」ととりあえずミミズにハンドパワーを送ってみました(笑)すると、1分ぐらいで元気に動きだしました♪気絶していたのか死んだふりをしていたのかハンドパワーが効いたのか(笑)わかりませんがもう少しパワーをあてているとまた道のほうに行こうとするので道から離れた木の下に置いてきました。でなんで2度もミミズに会ったのか考えていたんです。で調べてみると1・地震の前にミミズが地表に出てくる事例がある。2・上弦の月、下弦の月、満月のときは ミミズが地表に出てきやすい。ということがわかりました。今月の上弦の月は7日なのでまだそんなに日はたっていません。だからでしょうか。地震が頻繁に起こる日本ではそれと関連づけるのにも根拠が乏しいところがあるようにも思います。で今日、浄化の日記を書いたことを思い出したんですね。普段、地中にいるミミズが出てくることは潜在意識の中にある感情が表に出てくることと似ているのではないかと。その時期に来ているということなのか。それとも単に、表に出る時期だと教えてくれているのか。結局、意味はわからずじまいでしたがこの地表に植物が生い茂っているのもミミズのおかげなんですよね。う~ん。ミミズのような縁の下の力持ちになれということなんかな。それとも前々からやりたかった農業に向かえということなんかな。ま、わからないということは「今は」わかる必要がないからわからないだけであって「時期」が来たらいやでもわかるものですから(笑)「放置」ということで(笑)もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪★お知らせ♪★かめおかゆみこさんがメルマガ発行5周年を記念して記念公演+パーティーをします♪http://plaza.rakuten.co.jp/kamewasa/5012でそれに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。かめおかさんは自身のHPでhttp://kamewaza.com/「こころが元気になる20のエクササイズ」(PDF版)を、500円で販売されています。PDF版なのは、元々これは本だったのですがその在庫がなくなったからです。しか~し!(笑)今日、大掃除してたら「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)が5冊、押入れからでてきました~♪(笑)そこでもうどこでも手に入れることのできない幻の「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)をかめおかさんのパーティに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。もちろん、送料はよがふく負担です♪なるべくなら、すでに持っておられるかたの応募はご遠慮ください。(任意です)お申し込みは上の「ホーム」をクリックして左横の「メッセージを送る」をクリックして住所と名前を書いてください。先着5名ですので、外れたらごめんなさい♪
2008年09月09日
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かめおかゆみこさんの今日のメルマガでこんな文章がありました。~~~~~~~~~~~~~~~(途中から)今日は、すごい発見をしてしまいました。まだ、残っていたんです…。超えられないでいる課題が。それは、たしかに、ひそかに、胸のかたすみにひっかかってはいたのです。でも、表面的には、もう、いたずらに騒ぎだすことはなくなっていました。私は、それをみとめ、受け入れていたし、それがあることを、ゆるしてもいましたから。なのに、今日、突然に、ふうっと、湧き上がってきたのです。ええ、何のまえぶれもなく。なぜかはわからないけれど、今日のこの日まで、それは待っていたのです。胸が詰まりました。涙がこみあげました。ああ、そうか、そうだったのか…!表面だけいい子にして、わかったつもりでいた、その裏がわが、くっきりと照らし出されました。泣きながら、胸の底から湧き上がってくることばを、声に出して、確認しました。そうか、そうだったんだよね。いいんだよ、そう思っても。そう思うことは、けっしていけないことではないんだよ。そんなに深いところに、ずっと隠れていたんだね。そんなにも長いあいだ、それを、大切に守りつづけていたんだね。表層意識さえもが忘れてしまった約束を、あなたは、しっかりと覚えていたんだね…。私は、語りつづけました。声に出しつづけました。声にすることで、内がわからあがってきたそれが、いやされ、昇華していくことが、わかりましたから。痛むところに手を当て、やさしくさすりながら。ときには、まるで、赤子をあやすようないつくしみをもって、私は語りつづけたのです。やがて…。ことばが途切れたとき、深い安堵の気持ちが、私を包んでいました。ひとつの解放が、終わったことを感じました。長い役割を終えたことを感じました。(引用終わり)~~~~~~~~~~~~~~天下の(笑)かめおかゆみこさんの文章を引き合いに出してこんなことを書くのはまことに失礼なんですがこれがわたしが普段書いている「浄化」なんですね。この文章は「浄化のプロセス」が具体的にわかりやすく書いてあるのでご紹介させていただいているわけです。なのに、今日、突然に、ふうっと、湧き上がってきたのです。ええ、何のまえぶれもなく。かめおかさんのように「確認がとれているのに」このように、突然湧き上がってくるのはあらかた浄化の終わっているひとにみられるケースが多くわたしのようなまだまだの人間はそんなことがあったなんてもう、とっくに忘れているのに昔の激しく腹の立ったシーンなどが突然、頭の中に出てくるケースの方が多いです。これには・そのときの感情が自分の中で まだ出せずに残っている・もうそれと向き合えるまでの 自分になれましたよという2つのメッセージがこめられています。ここで何かを責めて「ただ不快な気分を感じて終わる」ひととかめおかさんのように表面だけいい子にして、わかったつもりでいた、その裏がわが、くっきりと照らし出されました。と『かつての、そのときの自分が 本当はどうしたかったのか』がわかるひととに分かれてきます。実はここが大きな「分岐点」なんです。「メッセージはいつもやってきている」とはこういうことなんです。この「分岐点」で「わたしは悪くない「わたしは間違っていない」「わたしは被害者だ」という姿勢で生きていると過去のいやな記憶が突然よみがえったときどうしても何かを責めて「ただ不快な気分を感じて終わる」というのを選択してしまうので「その感情が突然現れた意味」を考えてみることに意識を向けられないんですね。ものすごくおおざっぱにまとめますと記憶では忘れてしまった過去、出したくても出せなかった感情。それが、裏で足をひっぱって今の現実をギクシャクさせています。けれどもそれは「わたしを早く表に出して」という過去閉じ込められた感情からのメッセージなんです。その感情が自分の中にあることを認めて表に出してあげること。これが「浄化」なんです。泣きながら、胸の底から湧き上がってくることばを、声に出して、確認しました。そうか、そうだったんだよね。いいんだよ、そう思っても。そう思うことは、けっしていけないことではないんだよ。私は、語りつづけました。声に出しつづけました。声にすることで、内がわからあがってきたそれが、いやされ、昇華していくことが、わかりましたから。痛むところに手を当て、やさしくさすりながら。ときには、まるで、赤子をあやすようないつくしみをもって、私は語りつづけたのです。やがて…。ことばが途切れたとき、深い安堵の気持ちが、私を包んでいました。ひとつの解放が、終わったことを感じました。長い役割を終えたことを感じました。自分の中にその感情が存在することを受け止めてあげてその感情に「そう思っていい」とOKをあげる。そしてそれを「声」で表に出してあげる。これが浄化です。「わたしは悪くない「わたしは間違っていない」「わたしは被害者だ」で生きていると何かを責めることに意識が行って浄化の最初の段階の「自分の中に その感情が存在することを 受け止めてあげる」ことができないのでその感情が「早くわたしを表に出してよ」と定期的にまたは特定の場面に出会ったときに「過去のそのいやな思い出」を繰り返し、繰り返し思い出させるです。浄化のコツは正しい間違いはおいといて「自分の中にはその感情がある」という「事実」をながめられるか?ということなのです。「誰かのせいで 自分はこの感情を 『持たされた』」と思っている間は浄化は起こらないんですね。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪★お知らせ♪★かめおかゆみこさんがメルマガ発行5周年を記念して記念公演+パーティーをします♪http://plaza.rakuten.co.jp/kamewasa/5012でそれに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。かめおかさんは自身のHPでhttp://kamewaza.com/「こころが元気になる20のエクササイズ」(PDF版)を、500円で販売されています。PDF版なのは、元々これは本だったのですがその在庫がなくなったからです。しか~し!(笑)今日、大掃除してたら「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)が5冊、押入れからでてきました~♪(笑)そこでもうどこでも手に入れることのできない幻の「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)をかめおかさんのパーティに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。もちろん、送料はよがふく負担です♪なるべくなら、すでに持っておられるかたの応募はご遠慮ください。(任意です)お申し込みは上の「ホーム」をクリックして左横の「メッセージを送る」をクリックして住所と名前を書いてください。先着5名ですので、外れたらごめんなさい♪
2008年09月09日
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ネットでみつけたおはなしです。~~~~~~~~~~~~~~ヘレン・ケラー。 何も見えず、何も聞こえず、何も話せない。完全な闇。。。 三重苦というとびきりの障害をもちながら、アニー・サリバンという最高の教師の力を得て成長し、世界中の福祉に貢献た、誰もが知るとびっきりの偉人です。 彼女の力が、どれほど世界中に莫大な力をおよぼしたか、どれほど多くの人々を救ったか、今さら語るまでもないでしょう。 「なぁんだ~、よくある偉人のおはなし?」 いえいえ、これは、ニュー・イングランドにある精神病院で働く、名も知れぬ、普通のお掃除のおばさんのお話です。 彼女のはたらく病院の地下室には、「緊張型精神分裂病」と診断された、10歳の少女の患者がいました。 何に対しても反応を示さず、ただ暗い地下室のベットにうずくまっているだけ。少女は、もう回復の見込みはないと、考えられていました。 世界から見放され、一言も話すことなく、胎児のように丸まったまま、決して動こうとはしなかったのです。 以前はとても可愛らしい少女だったのですが、いまや日々、やせ衰えていくばかり。。。 彼女は、そんな少女の個室のまわりを、毎日掃除をしにやってきました。そして、ドアの下のすきまから、食事をホウキの柄で、中に押し込みます。 彼女にも同じくらいの歳の娘がいたせいか、少女を不憫に思いますが。。。 そこはただの掃除婦、もちろん、何もしてあげることはできません。 そこで彼女は、せめてそこを去る前に、うずくまる少女の肩を、ホウキの先でそっとつついてあげることにしました。 「 ねえ、あなたはひとりじゃないんだよ? 少なくとも、ここにあなたを気にかけている 人間がいるんだよ」という思いを伝えたかったのです。 掃除のおばさんには、この程度のことしかできませんでした。ほんの小さな愛の実践です。ホウキの先ほどの。。。 そんなことしかできませんでした。 でも、その程度のことしかできなくても、ただただ、伝えたかったのです。だから、くる日もくる日も、彼女は、ホウキの先で、その少女を優しくつつき続けました。 そして、何週間か経ったある日のこと。小さな変化が起こりました。 ただ死を待つばかりだった少女が、なんと、自分の手で、食事を受け取るようになったのです。 さらに時が経つにつれ、少女は座ることもできるようになり、掃除婦のおばさんと話をすることまでできるようになったのです! こんなことって、ありえるのでしょうか? 偉いお医者たちでも、完全にお手上げだったのに!こうして少女は、やがて奇蹟ともいえる回復をとげることができたのです。 それから何年か経った、あるうららかな春の日。その精神病院の院長は、アラバマ州のひとりの紳士から、ある依頼を受けました。その紳士のお子さんが、重度の障害児で、世話をしてくれる人を探しているというのです。その頃、あの奇跡的な回復をとげた少女は、20歳になっていました。院長は、自信をもって、その彼女を、紳士に紹介しました。彼女の名は、アニー・サリバン。 そう、ヘレン・ケラーの偉業を生みだした教師です! 地下室でただ死を待つしかなかった、あの少女が、です。 ヘレン・ケラーの世界的偉業。それは、アニー・サリバンが、創り出したということは、今や万人が認める所です。 でも、ちょっと思い出してみてください。 そのアニー・サリバンを創り出したのは、誰なのでしょう?ヘレン・ケラーとサリバンの業績だけを見ていると、見落としてしまいがちですが。。。 しかし、その成功の「真の生みの親」は、誰だったでしょうか? ~~~~~~~~~~~~~~~~これを読んで思うのはどんな大木も、もとをたどれば、ちいさな種から始まっているようにどんな大河ももとをたどれば湧き水のひとしずくから始まっているようにどんなに自分のことを無力だと思っても「自分のすることは必ず世界とつながっている」ということをわたしたちは忘れてはいけないと思うのです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪★お知らせ♪★かめおかゆみこさんがメルマガ発行5周年を記念して記念公演+パーティーをします♪http://plaza.rakuten.co.jp/kamewasa/5012でそれに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。かめおかさんは自身のHPでhttp://kamewaza.com/「こころが元気になる20のエクササイズ」(PDF版)を、500円で販売されています。PDF版なのは、元々これは本だったのですがその在庫がなくなったからです。しか~し!(笑)今日、大掃除してたら「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)が5冊、押入れからでてきました~♪(笑)そこでもうどこでも手に入れることのできない幻の「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)をかめおかさんのパーティに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。もちろん、送料はよがふく負担です♪なるべくなら、すでに持っておられるかたの応募はご遠慮ください。(任意です)お申し込みは上の「ホーム」をクリックして左横の「メッセージを送る」をクリックして住所と名前を書いてください。先着5名ですので、外れたらごめんなさい♪
2008年09月08日
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サキちゃんのママは重い病気と闘っていました。 死期を悟ってパパを枕元によんだ。 その時、サキちゃんはまだ2歳。 「あなた、サキのためにビデオを3本残します。 1本目は サキの3歳の誕生日に、 2本目は 小学校入学式に。 3本目は ・・・・・の日に見せてあげてください」 まもなく、サキちゃんのママは三本のビデオを残し 天国へ旅立ちました。 サキちゃんの3歳の誕生日。1本目のビデオがかけられました。 テレビ画面に、病室のママが映し出されました。 「サキちゃん、お誕生日おめでとう。ママ、うれしいなぁ。でもママはね、テレビの中に引っ越したの。だから、こうやってしか会えないの。パパの言うことをよく聞いて、おりこうさんでいてね。 だったら、ママ、また会いにいくからね。」 サキちゃんの小学校入学の日、2本目のビデオがかけられました。 「サキちゃん、大きくなったネ。おめでとう・・・。 ママ、うれしいな。どんなにこの日を待っていたか。 サキちゃん、ちゃんと聞いてね。 ママが住んでいるところは、天国なの。 だから、もう会えない。 パパのお手伝いがちゃんとできたら、 ママは、もう1回だけ会いにきます。 じゃあ、魔法かけるよ。 エイッ!ほうら、 サキちゃんはお料理やお洗濯ができるようになりました。」 そんなある日、パパに義母がお見合いの話をもってきました。 パパは再婚する気はなかったのですが、サキちゃんの将来を考えてお見合いすることにしました。 パパが結婚の話をサキにした時、サキちゃんは自分の部屋に走って行き 「サキのママはママしかいないのに」と ママの写真を見て泣きました・・・・・・サキちゃんが結婚を受け入れないまま 新しい母親を迎える日がやってきました。 この日が、3本目のビデオを見る日でした。 タイトルには、こう書いてあったのです。 「新しいママが来た日にサキちゃんに」 それはサキちゃんが10歳のときでした。 「サキちゃん、お家の仕事がんばったね。 えらいね。 でも、もう大丈夫よ。新しいママがきたんだから。 ・・・サキちゃん。今日で本当にお別れです。 ・・・サキちゃん、今、身長はどれくらい? ママには見えない・・・・・・。 (ママの泣き崩れ、カメラを抱え込む姿が映る) ママ、もっと生きたい・・・。 あなたのために、おいしいものをいっぱいつくってあげたい・・・。 あなたの成長を見つめていたい・・・。 本当はサキちゃんと友達の話をしたり、ボーイフレンドの話をしたかった・・・。 ひと目でいいから、サキちゃんの花嫁姿をこの目で見たかった・・・。 ・・・・・・サキちゃん、これがママの最後の魔法です。 それは{ママを忘れる魔法}です。 ママを忘れて、パパと、新しいママと、 新しい暮らしをつくってください。 では、魔法をかけます。1・2・3・ハイッ!!」 そこでビデオは終わった。 サキちゃんは魔法の通りに、3人で仲良く暮らしました。 しかし最後の「ママを忘れる魔法」だけは、サキちゃんにも、パパと、新しいママにも、効かなかった。 ママは、どんなことがあっても忘れることのない "心の宝石箱" として、ちゃんと残っていたのでした。 おしまい。 もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪★お知らせ♪★かめおかゆみこさんがメルマガ発行5周年を記念して記念公演+パーティーをします♪http://plaza.rakuten.co.jp/kamewasa/5012でそれに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。かめおかさんは自身のHPでhttp://kamewaza.com/「こころが元気になる20のエクササイズ」(PDF版)を、500円で販売されています。PDF版なのは、元々これは本だったのですがその在庫がなくなったからです。しか~し!(笑)今日、大掃除してたら「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)が5冊、押入れからでてきました~♪(笑)そこでもうどこでも手に入れることのできない幻の「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)をかめおかさんのパーティに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。もちろん、送料はよがふく負担です♪なるべくなら、すでに持っておられるかたの応募はご遠慮ください。(任意です)お申し込みは上の「ホーム」をクリックして左横の「メッセージを送る」をクリックして住所と名前を書いてください。先着5名ですので、外れたらごめんなさい♪
2008年09月07日
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「手紙」 アンジェラ・アキ「手紙」 アンジェラ・アキ拝啓 この手紙 読んでいる あなたはどこで 何をして いるのだろう十五の僕には 誰にも話せない 悩みの種が あるのです 未来の自分に 宛てて書く手紙なら きっと 素直に 打ち明けられるだろう 今 負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は 誰の言葉を 信じ歩けばいいの? 一つしかない この胸が 何度も ばらばら に割れて 苦しい中で 今を生きている 拝啓 ありがとう 十五のあなたに 伝えたいことが あるのです 自分とは何で どこへ向かうべきか 問い続ければ 見えてくる 荒れた 青春の 海は厳しいけれど 明日の岸辺へと 夢の舟よ進め 今 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は 自分の声を 信じ歩けばいいの大人の僕も 傷ついて眠れない夜は あるけれど苦くて甘い 今を生きている人生の 全てに意味があるから恐れずに あなたの夢を 育てKeep on believing負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は誰の言葉を 信じ歩けばいいの?ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は自分の声を 信じ 歩けばいいのいつの時代も 悲しみを避けては 通れないけれど笑顔を見せて 今を生きていこう今を生きていこう拝啓 この手紙読んでいる あなたが 幸せなことを 願います もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪★お知らせ♪★かめおかゆみこさんがメルマガ発行5周年を記念して記念公演+パーティーをします♪http://plaza.rakuten.co.jp/kamewasa/5012でそれに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。かめおかさんは自身のHPでhttp://kamewaza.com/「こころが元気になる20のエクササイズ」(PDF版)を、500円で販売されています。PDF版なのは、元々これは本だったのですがその在庫がなくなったからです。しか~し!(笑)今日、大掃除してたら「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)が5冊、押入れからでてきました~♪(笑)そこでもうどこでも手に入れることのできない幻の「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)をかめおかさんのパーティに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。もちろん、送料はよがふく負担です♪なるべくなら、すでに持っておられるかたの応募はご遠慮ください。(任意です)お申し込みは上の「ホーム」をクリックして左横の「メッセージを送る」をクリックして住所と名前を書いてください。先着5名ですので、外れたらごめんなさい♪
2008年09月07日
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今日は、朝、窓を見て「拭こう」と思い気がついたら超大掃除になっていました(笑)押入れの中、捨てて、捨ててカーテン洗ってかけぶとん洗ってシーツ洗って窓全部はずして両面、拭いて、拭いて洗濯して掃除機かけてエアコンのカバーはずして内部掃除して晩の7時過ぎにようやく終わりました。ぐうたらなわたしがこんな大掃除してしまうなんてなんかふっきれたんでしょうね。よくよく考えてみたら仕事をやめて遊び始めて今日がちょうど1年目の日でした。そろそろ次のステージなんですかね。「稼げる」=「自分に価値がある」男子は女子に比べてこの価値観の占めるウエイトが大きいと思います。これからはこのボスキャラ級の価値観と対峙していく時期になるでしょう。「セルフイメージ」が目の前の現実の創造に与える影響半端じゃなく大きいです。これからは「前」に出ようと思っています。~~~~~~~~~~~「自由」ということばがあります。福沢諭吉が「西洋事情」で「自主自由任意、この三字英語に之をフリードム又はリベルチといふ、未だ適当の訳字あらず」とFreedom(フリーダム)やLiberty(リバティ)を訳するに際して、仏教用語より 「自由」という言葉を選んだことから「今の意味」で使われ始めたといいます。元々仏教用語での自由は、「自に由る」(おのずからに、よる)の意味から無我や自己責任の概念で使われ転じて「勝手気侭の意味」とされていました。つまりあまりいい意味の日本語ではなかったのですね。『心地観経』には、「常に乞食を行じ、以て活命し、出入自由にして他に属せず と見えたり」といった記述もあります。ちなみに英語での語源はというとラテン語にliber という言葉がありましてもとは「社会的・政治的に制約されていない」とか「負債を負っていない」といった意味でしたが、今は広く「自由な」と訳されています。これが英語に入ってliberal (自由な)や名詞形のliberty (自由)の語源になりました。ここからみると福沢諭吉先生の訳は日本語の歴史に何か大きなものを与えたようにわたしは思います。しかしながら福沢諭吉先生の時代から時代も文化も大きく変わりました。そこで、まことに僭越(せんえつ)ながら現代に住む、よがふくの「自由」の解釈を書かせていただきたいと思います。わたしは現代における「自由」とは『自らを由とする』(みずからをよしとする)だと思うんですね。つまり『どんな自分にもOKをあげている状態』が「自由」だと思うんですね。つまり「自由」とは環境や、状況を指すのではなく『自分のこころのありかた』そのもののことだと思うのです。お金がたくさんあって好きなものを自由に買える状況とそのひとのこころが自由なこととは違うと思うのです。ですから「自由なる」とは生まれてから死ぬまで自分を制限するものは本当はないんだ。その制限をつくっているのは他ならない自分自身なんだということを思い出すということだと思うんですね。だから「何かがあったら自由になれるのに」「何かがなくなったら自由になれるのに」と思っている間はいつまでも環境、状況に関係なく『自分のこころは死ぬまで自由なんだ』『何を思ってもいいんだ』『何を言ってもいいんだ』『何をしてもいいんだ』ということを思い出せないんですね。自由とは現実の中に数ある制限に肉体的には制限を受けるけれどもこころまでは制限を受けないんだ。肉体的制限 = こころの制限ではないんだということを思い出すということ。だと思うのです。~~~~~~~★お知らせ♪★かめおかゆみこさんがメルマガ発行5周年を記念して記念公演+パーティーをします♪http://plaza.rakuten.co.jp/kamewasa/5012でそれに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。かめおかさんは自身のHPでhttp://kamewaza.com/「こころが元気になる20のエクササイズ」(PDF版)を、500円で販売されています。PDF版なのは、元々これは本だったのですがその在庫がなくなったからです。しか~し!(笑)今日、大掃除してたら「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)が5冊、押入れからでてきました~♪(笑)そこでもうどこでも手に入れることのできない幻の「こころが元気になる20のエクササイズ」の本(定価800円)をかめおかさんのパーティに「参加申し込みをしたよ」または「これから申し込みます」という方先着5名にプレゼントをしたいと思います。もちろん、送料はよがふく負担です♪なるべくなら、すでに持っておられるかたの応募はご遠慮ください。(任意です)お申し込みは上の「ホーム」をクリックして左横の「メッセージを送る」をクリックして住所と名前を書いてください。先着5名ですので、外れたらごめんなさい♪もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月06日
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大切なのは『自分を目覚めさせること』であって自分を何者かに変えてしまうおうとすることではないんですね。「目覚めている自分」とは「赤ちゃんのときの自分」なんですね。好奇心のかたまりでなんでもとりあえずやってみる。そこに思考のブレーキが働いていない状態です。それが「目覚めている自分」すなわち「本来の自分」です。つまり『自分を目覚めさせること』というのは「あれをしちゃいけない」「これは言ってはいけない」「どうせだめだろう」などとブレーキをかけている自分を自分だと思って生きる生き方からブレーキをかけようとしている対象が「本来の自分」なんだということを思い出していくということなんです。「こういうことができるようにならないと」「こんな自分にならないと」「こういうことを覚えないと」「こういうことが実行できてないと」「こういう資格を持ってないと」などと自分というクリスマスツリーにいろんな飾りをつけていくことに一所懸命になってきたのがこれまでの時代です。けれどもこれからの時代というのは飾りなんか付け加えなくても本来の自分を解放してあげるだけでクリスマスツリーそのものが輝くんだということを思い出していく時代なんですね。何も付け加えなくても生まれたときから自分の中にあるものをただ、解放してあげたらいい。そうしたら「本当は自分はどうしたかったのか?」がみえてくるようになるんですね。そのことを思い出すときに来ているのですね。解放する必要があるということはそこに縛りがあるということです。「あれしちゃいけない」「これしちゃいけない」「しょせん、自分とはこんなものだ」などの。つまり『自分を目覚めさせること』とはその縛りをひとつずつ丁寧に取り除いていくことでもあるんですね。これまでの未熟な自分を守っていくためには「あれしちゃいけない」「これしちゃいけない」そういう縛りは自分にとって必要不可欠でした。けれども「これから先もそれは必要ですか?」と自分に問い直す時期に来ているのですね。そしてそれは今していることが妥協や打算や惰性ではなく「本当にやりたくてやっているのですか?」と自分に問い直す時期でもあるのですね。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月04日
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今日は変な夢を見ました。いきなり「ワラタの法則」という言葉がでてきてその法則の説明なのか続いて『ひとの一生とは 自分に宛てて 手紙を書き続けることと同じ』ということばがでてきました。これは夢みながら「うまい例えやな~」と思っている自分がいました(笑)つまり自分の人生って自分で出したものを自分で受け取っているその繰り返しなんですね。自分で出した手紙(こころから信じていること)を目の前の現実というかたちで受け取っているだけなんですね。だから目の前の自分をイジメるひとや自分の邪魔をするひとも以前、自分の書いた手紙に自分が書いたから現れているのですね。しかしながら何が起こっているか?ではないのです。「あんなことされた」「こんなついてないことが起こった」よりも自分がこれからどんな手紙を書くか?(何をこころから信じていくのか?)そこに意識を向けることが大切なのです。目的は自分が笑顔で生きることであって相手を説得したり、変えるためにわたしたちは生きているのではないのですから。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月04日
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今日、目が覚めた瞬間いきなり聞こえてきたのが「ひとが死ぬのはあたりまえ」という声でした。それを聞いて「ひとが死ぬのはあたりまえなんや」ということが頭だけの理解からストンと落ちました。わたしはこれまで自分が死ぬことを「特別視」してきたんですけど「ひとが死ぬのはあたりまえ」という声を聞いて自分が死ぬことが「特別なこと」ではなくなりました。「死」とは「特別」なことではなく「あたりまえ」のこと。かたちある3次元の視点から見たら「死」とは特別なことになりますけれどもかたちがある、かたちがないそこをすべて含む「宇宙」という視点から見ると「死」というのは人間が勝手につけた定義で進化の過程にすぎない。いや、進化というものもなくてただ単にただあるがままのものが変化を楽しんでいるだけなのかもしれません。わたしたちは「ことば」に縛られている限り本当のところへは到達できないのでしょうね。けれども「それもよし」として楽しむことが肉体という壁であえて自分を分離してわざといろんなことを忘れてこの3次元やって来た意味なのかもしれませんね。「今回自分が選択した設定を愛する」それが自我に支配されず人生を楽しめるコツなのかもしれませんね。おそらく自我に支配されることもその設定に含まれてはいるのでしょうけど(笑)しかしながらその設定よりも『「今の自分の選択」が優先される』ということを知ることを許されるまでに今のわたしたちは意識レベルを上げることができました。何も知らない子どもに核ミサイルの発射ボタンの管理を任せられないように人間の意識レベルの向上の段階に応じて「扱える知恵」が与えられてきました。「誰からか?」は好きに想像してください(笑)その存在が次に伝えたいと思っていることはわたしたちは「創造されたもの」ではなく「創造するものの一部」ということを思い出してその力を有効に使ってくださいということなのです。実はわたしたちが今いる環境目の前に現れる現実というものはすべて自分で創造しているのですね。それが「好ましくない」と思えるのは「自分が何によって動かされているのか?」ということが自分でまだ確認がとれていない段階だからなんですね。現実を創造する力というのはコンピュータのプログラムと同じです。与えられた命令を忠実にこなすだけです。その命令を与えるのが「自分」なわけですけどその自分が「自我」なのか「自分」なのかそこの確認をとってくださいというのが今の地球に流れている流れなのですね。世の中にはいろんな願望実現の法則を謳っているひとがいますけどこの3次元がすべてという立場で提唱しているひとのことばと宇宙の中の地球という立場で提唱してるひとのことばと2通りあります。これからは宇宙の中の地球という立場で提唱してるひとのことばが広がっていくんですね。それはかたちある3次元に存在しているからかたちあるものしか認識できないわたしたちがそれだけが宇宙のすべてではないということを知る時期に来ているからなんですね。ひとに「価値」なんてものは初めからないのです。わたしたちは「ただある」だけです。ひとに「価値」というものが「存在する」と思い込んでいるから「こうしなければ」「こうあらなければ」で自分を縛ってしまうことから卒業できずにそこから卒業できるまで輪廻転生をわたしたちは繰り返してしまうのです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月03日
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「正解」を求めているから何かにすがってしまうのですね。「正解」を求めているから自分が劇的に変わった「教え」やそれを伝えたひとを「信じて」しまうのですね。すべては自分の中にあるものと自分がつながる「きっかけ」にしかすぎないのです。もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月02日
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今日は1日で映画1000円の日でしたのでハンコックを観てきました。わたしは、単純な人間ですので予告を観る限りズキュ~ン!ドカ~ン! ↓強敵登場、地球の危機 ↓ボカ~ン!ハッピーエンド!こんなイメージを漠然とこの映画には持っていたのですが最近のハリウッドの流れといいますか妙に精神世界をからめてくるところがありますね。最近は「何も考えずに」観れる映画が少なくなってきたように思います。わたくし個人としては、やはりウイル・スミスを起用してこれだけCG使ってズキュ~ン!ドカ~ン!ならそのまま「単純明快」「予定調和」でいってほしかったなぁ~という感がぬぐえませんでした。しかし、これも国が違えば文化や感性や感覚が変わってくるのと同じなのでしょうね。アメリカでは、今はこういうのが求められているのでしょうね。この映画の一番の特徴はわたし的には「新しいヒーロー像をつくった」ということがあげられると思います。昭和43年生まれのわたしの持つヒーロー像の概念からは発想するのが困難なこれからのヒーロー映画のひとつのかたちを提示した映画だと思います。そういう意味では評価できる映画だと思います。ただ、ウイル・スミスが暴れまわる姿を見て、単純にスカッとしたいと思って観ると少々、がっかりするかもしれません。少々、フラストレーションがあったので何も考えないで観れる映画が観たいと家に帰ってから、レンタルで借りた「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」を観ました。監督がムトウユージに変わって3本目の映画で全然期待してなかったのですが映画化15周年記念作品だったらしく結構観れました。ただし、ブロックを組み立てたような昔のパターンの寄せ集めでした。全体的に「感動」が前に押し出されていましたが原恵一監督のそれとは違い「日常で感動がなく生きてる人間が感動を演出するとこうなる」というののお手本のような映画でした。ただ、ギャグの部分では本郷みつる監督、原恵一監督時代のテイストが踏襲されていて、結構観れました。わたしは、クレヨンしんちゃんの映画は全部観ているのですがわたしが、クレヨンしんちゃん(劇場版のみ)に惹かれるのは野原しんのすけ(5歳)が、その生きざまで、わたしたちおとなが持つ「価値観」や「既成概念」に「本当にそれでいいの?」と質問をぶつけてきているような感を受けるからなんですね。「やりたいから、やる!」わたしは、いつからそこに飛び込めなくなったのだろうって思うんですね。「正解」や「無難」を求めないで「本当にそれで楽しいか?」といつも自分に聞ける自分でいたいと思うんですね。もし、これ読んで万が一(笑)クレヨンしんちゃんの映画を観てみたいと思ったひとがいたら(笑)「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」を観てみてください(笑)もし、あなたのこころが行き詰っているのなら↓この写真をクリックしてみてください♪9月23日 午後1時~3時半三宮の神戸勤労会館2F和室で感謝食事会をします。「いただきます」の意味を一緒に考えてみましょう♪講師:「いただきます」研究会 会長・石坂好絵詳細はこちら♪わたしの仕事はひとが、自分の中の本当の自分と出会うきっかけを提供することです。そのきっかけ作りをどうか、お手伝いしてください。そのために2つのクリックご協力ください♪ブログ名は「光の音」で登録しています♪
2008年09月01日
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