2003年05月30日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
一昨日の話になってしまったけれど、
イタリア勢対決となったサッカーの
チャンピオンズリーグ決勝戦は、
ACミランがユベントスを下して勝利を収めた。
ミランは、今シーズン頭から応援していたチーム
だったので、嬉しくないことはないんだけれど……
0-0の末のPK戦という結末は、やはりちょっと
いただけない。

“カルチョ復権”。

快進撃を受け、この言葉が大会を語る上での最重要語句となった。
この“カルチョ復権”という言葉には、2つの情感が
込められているように思う。
ひとつは、長き歴史と、数々の輝かしい実績を残してきた
イタリアサッカーに対する畏敬の念。イタリアの、あるいは
イタリアサッカーを支持する人にとっては、雌伏の時をへて
雄飛の時を迎えたことへの喜びと誇りが凝縮されている。
もうひとつは、「内容よりも結果を重んじ」るイタリアサッカー
に対する、侮蔑の情。
「あ~あ、結果至上主義のイタリア勢が勝ちあがっちゃうな
んて、またイヤな時代に逆戻りかよ」といった、揶揄に近い


んでもって、わたし的にどうだったのかというと、
年に2回は確実に見られる同国対決よりも、千載一遇の
好カードを見たかったという思いは、まちがいなくあった。
でもだからといって、それが“カルチョ”に対する
否定だったのかというと、決してそうではない。

欧州チャンピオンにふさわしいクラブだと思っている。
でもな~。

試合は立ち上がり、「これはプレミアの試合か!?」と思うほどに
攻守の切り替えの早い展開となり、助走ナシで見る者を
一気に勝負の渦へと取り込んでいった。
シェフチェンコは全盛期の爆発力を取り戻していたし、
せードルフやダービッツは、「こいつら、ピッチ上に
3人はいるんじゃないか!?」と思わせるほどの運動量で、
攻守両面において重要な局面に顔を出した。
モンテーロやフェラーラの、腰の据わったしたたかな守備からは、
“守りの哲学”を見る思いだった。
でも、結果は0-0。
この結果のみを見たフットボールファンは、まちがいなく
「だから、イタリア勢対決なんて、イヤだったんだよ。
やっぱダメだよ、イタリアのサッカーは!」
と思うことだろう。0-0というスコアから連想される
試合内容は、「点を取る歓喜より、失点の失望を回避することを
選んだ、臆病者どうしの球の蹴りあい」なのだから。

「カルチョにおける、唯一にして絶対の正義は“結果”だ」
とは、イタリアにおけるサッカー観を端的に表した言葉だ。
だが、そのカルチョに対する世間の評価は、内容ではなく、
他ならぬ結果によって、低いものとなってしまいそうな気がしてならない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2003年05月30日 22時45分33秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

☆aki☆

☆aki☆

お気に入りブログ

我輩はマジシャンな… sattoangelさん
foot001 foot001さん
プロサッカークラブ… ipizumiさん
我以外皆師也 芝浦小僧さん
人生のポートフォリ… ミドル英二@「ホンカコ」「ホンダソ」発行人さん

コメント新着

ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 http://himitsu.…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: