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2010.11.06
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カテゴリ: 明治期・浪漫主義

『幻談・観画談』幸田露伴(岩波文庫)

 例えば絵画の世界で言えば、パブロ・ピカソなんかがそうですかね。
 何がって、芸術家が長生きをしたせいで、表現様式が二度三度と変化し(ピカソの場合は全ての変化が時代の最先端という天才ぶりで)、最初と最後で大きく作風が異なっているという喩えです。

 近代日本文学でいえば、この幸田露伴などがその典型でありますね(ピカソの次に書くと、なんかスケールが小さく感じられてかわいそうなんですが)。
 本ブログでは作家を、取り敢えずデビュー時に近い頃の流派でカテゴライズしていますから「浪漫主義」なんて所に入っていますが、作品内容によるカテゴライズもさることながら、つくづく筆者がはるばる長生きをなさったことだなーと実感するのは、その文体の変化ですね。

 明治初期の『五重塔』や『風流仏』の、あの恐ろしいような和漢混交擬古文から始まって、今回の、例えば『幻談』は昭和13年の文章ですが、これもある意味恐ろしいような名文へと、はるばる変化しています。

(略)…予の竿先は強く動いた。自分はもう少年には構っていられなくなった。竿を手にして、一心に魚のシメ込みを候った。魚は式の如くにやがて喰総めた。こっちは合せた。むこうは抵抗した。竿は月の如くになった。糸は鉄線の如くになった。水面に小波は立った。次いでまた水の綾が乱れた。しかし終に魚は狂い疲れた。その白い平を見せる段になってとうとうこっちへ引寄せられた。その時予の後にあってたまを何時か手にしていた少年は機敏に突とその魚を掬った。(『蘆声』)

 釣りの場面ですね。しかし、見事な文章ですねー。まるで掌の物を指し示している如く明晰でいて水のように「縦横無尽」であります。

 岩波文庫の表紙にある紹介文には、斎藤茂吉が(『幻談』について)「これくらい洗練された日本語というものはない」と評したとありますが、その高評価には大いに同感致しますものの、他に類例を見ないかと考えれば、それはまた別の話でありますね。

 というのも、私は今回の短編集(五つの小説あるいは考証のたぐいの文章が収録されています。どの文章も見事な文章だと思いますが、あえて述べればやはり『幻談』がもっとも印象深いです)を読みながら、鴎外との類似、谷崎との類似について、ずっと感じながら読んでいました。

 特に谷崎との類似については、文体のみならず、『吉野葛』『芦刈』などにおいて特徴的であった、作品のアプローチの段階では小説の枠組みをどんどん解体して行きつつ、見事に読者をおのれの小説世界に誘っていくという手法が、非常に似ていると思っていました。
 同種のことが、文庫本の解説文にも、このように書かれていました。

固有の幻想、ないし驚異への直覚的な洞察を披露するのに、形式にこだわる気持が次第に薄れ、物語の体をなしているかいないかは、内容の豊かさに比べれば二義的な問題にすぎないという思いが、次第に強まって行ったせいではないかと考えられる。(川村二郎)

 この解説文はそのまま谷崎潤一郎の『吉野葛』の解説文にすることができそうですね。

 ここまで考えた時に私は、しかし谷崎はその後再び、絢爛な物語枠の世界に戻って行ったぞと思いました。
 『春琴抄』を頂点とした、物語を解体しつつ物語を紡いでいくという手法を、谷崎は最晩年の『鍵』や『瘋癲老人日記』では採用することなく、むしろ初期の谷崎に直結するような、絢爛かつ強引で少々「悪趣味」な手法で描こうしました。

 さて露伴は、『幻談』を書いた後、この「天衣無縫」というか「無手勝流」というか、このような手法をどう思っていたでしょうか。
 そこまで考えた時、もう一人の「類似」作家のことが再び浮かびました。
 そうだ、露伴は、鴎外よりも遙かに長生きをしたのだ。ということは、露伴は晩年の鴎外の「表現様式の変化」を見ていたというわけ、ですね。
 晩年の鴎外が小説に「見切り」を付け、史伝へと赴いたことを、露伴はどの様に感じていたのでしょうか。
 それを想像するに、なかなか趣深い物がありますね。

 さて、冒頭の作品の報告からやや離れたようになりましたが、極めて優れた表現者の、晩年における「表現様式」についてであります。
 谷崎タイプがあり、鴎外タイプがあり、そしてたぶんその真ん中あたりに露伴タイプがありそうです。
 この多様性をまれにみる「僥倖」と感じて不足のない豊かさが、露伴の晩年の、小説とか随想とか考証とかのジャンルを越えた「天衣無縫」な作品群の中には、見事に宿っています。


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Last updated  2010.11.06 10:29:58コメント(0) | コメントを書く
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