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いやー、韓国からでございます。今6時、18:25発の名古屋行きJL984便が1時間遅れということで、1時間ほど自由時間ができてしまったので、韓国で多いと聞いていたインターネットかふぇが空港にあったので、とらいしているというわけです。全くわからないはんぐるのきいぼーどを何とかたたいて、自分のぺーじが出てきたときには感動しました。なんといあんたーなしょなるなんや、ワシ、という感じで、ちょっと舞い上がっておりますのはご勘弁くださいませ。いやあ、日本語でてくるんです。しかーし、どうも漢字変換に比べ、カタカナの変換が遅いと思っていたら、どうも押している箇所が違ったようです。でもまあ、韓国、やっぱ流行ってますな、日本人に。今も横で電話をしているのは日本人だし、ヨン様ですか、なんか看板ありまくりだし。でもやっぱりちょっと不便。きりとり、はりつけがはんぐるでぜんぜんわからないし。。。まあ、インターネットのことはこれくらいにして、今回の中国出張に関し、ご報告。このカードは50分しか持たないようですので、途中で切れたらすみません。行きのフライトでもらったおつまみと、さっきのフライトでもらったオレンジジュースを食しながら、なかなかチープながら、節約気分なのである。で、ひとつ失敗なのは、トイレに行きたいこと。50分しか使えないので、我慢せざるを得ない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー今回は2泊3日で中国チンタオというところにいった。実は2回目で、前は約10年前。中国、進んでいると聞いていたが、確かに全然ちがう。まずは、中国へ降り立つとまず感じるあの豚の油のにおい(ま、かってにそう決め付けているわけですが)が減った。で、車。なんか日本車がいっぱい。個人車が増えているとか。驚いたのは、家の車と同じ車が走っていたこと。1500ccの中途半端なミニバンだが、中国で走っているのを見たときはなんか不思議な気分。4WD車はやっぱり多いが、なんだか幅がでてきた感じ。軽も走ってたし。運転は相変わらずで、やはり事故ってた。転倒し、道の真ん中で座り込んでいるバイクのおっさん。で、正面衝突した車、初めて見た。しかし、これだけハードな運転をしていると、やっぱ事故るわなあ。。。しかし、チンタオ、観光地ということだが、埃っぽくない、あまり。街路樹というか、最近気になっているおおーっと、時間切れのようだ。では!!!なんか新しいパスを入れろ、といっている感じ。でもよーくみると、あと3分くらいか。あまり中国について書けなかったが、またあとで。ロッテ免税店でもぶらつきますわ。。でも、金がないしなあ。。。。
2004.05.29
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2泊3日。韓国経由、中国青島。ほぼ4年ぶりの海外出張。なんかこの2日ほど、どうやってカバンを軽くするかばかり考えていた気がする。まあ、なんとかまとめた。第3の波”と路上観察入門”By赤瀬川2冊の読んでいない文庫も入れた。蔵書票の新書をいれようとしたが見当たらない。どこかにまぎれてしまったようだ。しかたない。土曜の20:40、名古屋空港帰着予定。出張でちょっといいのは、本をすこしまとめて読めることかな。少し頭痛がする。それでは、いってきます。。
2004.05.26
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昨年幼虫で購入し、成虫となったカブト虫ペアが残した幼虫(人にあげて現在25匹程度)の土をぼちぼち変えねばな、ということになってきた。一応何とか越冬したので、折角だからできるだけ成虫となってほしい。ということで、近くのホームセンターへ。最近、この店の1階にある、園芸コーナが気になって仕方ない。こなまえ、ウェルモ(だったかな?コノテヒバ、みたいなやつ)とゼラニウムを無い金ひねり出して購入、無事育っている。黄緑色のウェルモ(だったかな?)と、ローズピンクのゼラニウムに、朝水をやるたび、その色が目に心地よく刺激をもたらし(←なんか大げさ)、気持ちいいんである。あと、昨年実家でもらったハーブ。ラベンダーに花が咲き、ミント、その他名称不明のハーブも冬を越えて咲いている。ほっといても生える花はすきだなあ。面倒が無くて・・・。そんな感じですっかり心は園芸モードである。もちろん毎年おなじみのオシロイバナも、急激に伸びてきている。そんな中で行ったホームセンターで、”お買い得品”、値下げベゴニア48円を発見!。5-6個あったので、カブトの土を買ったら買おう、と思っていたら、見事売り切れていた。花でも特売品は、見つけたら買え、なんですな。ひとつ勉強になった。しかし、こういう”買えない体験”はリベンジを呼びますね。気をつけてみると、スーパーの軒先や、テナントの花やでも結構苗を売っていることに気づいた。買出しに出かけたスーパーで、50円のベコニアを発見したが、そのそばにあったアイビーゼラニウムともうひとつのハーブを各50円にて購入。まあ、なんだかわからないが、花が育つと元気が出るしね。立ち読み、鋼の錬金術師。1-4巻。最近のファンタジーブームもあろうが、ベルセルクしかり、日本のファンタジーはけっこう進化していると思う。まあ、昔の魔法モノの延長、という面もあるだろうが、魔法、というものを楽しむ機能が、今の世代にあるのは間違いないだろう。僕のころは、魔法臭い物語を漁って読んだものだが、今は逆にはいて捨てるほどもある。この話、結構絵もいいし、気に入った。4巻でSTOPするのが苦しかったくらいだ。しかし、昔といえども水木しげるの悪魔くんしかり、考証(出所?)のしっかりしたものもある。印象的には、テーマ的にベルセルクに近いものを、少し感じた。生と死を扱っている部分かな?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー木曜から、すごく久しぶりに海外出張予定。3-4年ぶりか??絶えて使用していなかった、ハートマンのバッグを引っ張り出したら、革の部分がカビだらけ。慌てて拭いたら、何とかとれた。一安心。それで思いついて(いや、バッグもだいぶくたびれたな、ということで)現在通勤で使っているグルカのシリーズを探したら、なんと、名古屋○栄(高島屋系)と契約切れて、今は無いらしい。あー、壊れたら、どこで直せっちゅうねん!!!!ファスナーがやばいのに・・・しかし、高くてなかなか買えなかったが、さらに買いにくくなった、ということで、残念だ。いまのグルカの通勤カバンは、主任昇進祝いに買ってもらったもの。だいぶこちらもくたびれてきた。カバンには結構目がない、というか、バブル残っている僕である。でもなあ、愛着あるカバン持つほうが絶対いいしなあ。でもブランド好きな人は、多分同じこと言ってると思うが・・・
2004.05.23
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タイトルとあまり脈絡はないが、ヤン・トーロップ(Yan Toorop、(1858-1928))というオランダ人画家が最近気になる。気持ち悪い、等と評判は悪いが、そう、気持ち悪いと好きになるのが僕なのです。あの幽霊と称される女性像、すきだなー。で、タイトルですが、本日の朝日に掲載された梅原猛の”反時代的密語”より。日本は2度神を殺しており、一度は廃仏毀釈、そしてもういちどは敗戦による天皇の人間宣言である。神が無いことは、道徳がないことにつながり、現実あるがままに流されているのは、そこにつながる、という。自らを省みると、確かに道徳心・宗教心を警戒する気持ちが強い。自らを縛りつけるもの、というイメージが強いからだ。だが、押し付けでない、生きるためのリズム、よりどころとしての宗教心、ってのもあるのかな、という気が、すこししてきたのも事実だ。この年になってね、やっと。人に押し付けない、美学としての道徳、ってのもある気がする。道徳が嫌いだったのは、価値観の押し付けととったから。自ら選びとる、考えた末の道徳、という形で、受け取っていれば、もっというと、教えられる子供を、リスペクトした内容であれば、もっと素直になれた気もする。勉強ではない、生き方を教えるのが道徳なのに、決まったものとして押し付け、覚えさせようとしたから、道徳ってなくなってきたんじゃないか、教える側の人間も、教える気がしなかったんではないか、そんな気がするのである。でも、確かに、”神”という共通言語、共通認識があれば、理解し、共有する(道徳が広まる)のは楽であることは間違いない。その共通言語がなかったら、どうするか、現代の大きな問題だろう。
2004.05.18
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いやあ、ボボボーボ・ボーボボ、面白いですな。最近とんとTVを見れなくなったからかもしれないが、感動も面白さも、もしかすると自分のハードルが低くなっているのかもしれないが(いや、ついついデカレンジャーで涙ぐんでしまうワタシ・・)まあしかし、あのナンセンス具合は、見てて楽しい。あんまり品がよくないかもしれない点も又良し。板坂元先生の”日本語の表情”講談社現代新書をよんでいる。S53年初版発行だから内容的には古い感じも否めないが、相も変らぬ直言が心に響く。P126から”くしゃみ”の語源について面白いものを見つけたので引用させていただく。”たとえば、クシャミということば、あの語源は「糞食め」であって、むかし「鼻をひる」(ひるは、屁や糞を排セツするときのひるとおなじ)とか、その名詞形のはなびなどと言っていたものが、「糞食め」というまじない言葉に変わったものだ。クシャミをしたとき、体内から勢いよく飛び出す呼気とともにたましいがパッと出てくる。外気にさらされて悪魔かなにかに触れてはならぬ、というので「お前たち魔性の者どもは、口からでたものではなく、肛門から出たものでも食え」と言ったものだろう。欧米でも、クシャミのあとで、ゴッド・ブレス・ユーといったまじない言葉を発するのは、やはり同じおそれがあったからなのであろう。
2004.05.16
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今日は飲み会。中華料理。満腹だ。眠たいんで、以上。そうだ、会社で英語レッスン。久しぶりで頭の違う部分がフル回転した感じ。ニューヨーカーとのフリートーク。考えたらアメリカ人としゃべった経験はあんまりないなあ。Japanese Education Problem についてしゃべりました。
2004.05.13
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暑かったですねー。自転車で会社行きましたが、帰りは半そで。半そでYシャツ着たのは、今期初めてかな。そういえば、関西ではカッターシャツ、とかカッターというけど、これって関西地方だけらしい。独特の表現かな。そういえば、名古屋では自動車学校を”しゃこう”と略すがこれは名古屋地区独自ではないか。あと、後藤さんの名前を、絶対”後ト”と書く。”ウ”はどこに行ったのか?なぜにカタカナ?と謎は尽きない。こういった、方言とは違う、地方独特の表現、ありますよね。そうそう、”ピンクい”ってのも多分地方語だよな。あーもう2時だ。寝ないと寝ないと・・・
2004.05.12
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赤瀬川先生の名著、”老人力、全1冊”ちくま文庫を読む。北朝鮮に対する認識、ガラリと変えられてしまった。革命的楽天主義。北朝鮮のバスのよこに大きく掲載されているらしい。以上の文章、忘れないように会社で走り書きしたが、いま帰宅してよく読むと、実は革命的楽観主義”だった。でもいいのである。こういう間違いがありありなのが老人力。でもなぜがらりとその認識を変えられたのか。赤瀬川センセイが、ある会合で、大学時代に朝鮮語を学んだ、という新聞記者氏と話す機会を得た。センセイも僕と同じく、北朝鮮、抑圧されて暮らしにも息を抜けない、というカンジをお持ちだったように思うが(ここは僕の推測です)、その新聞記者氏曰く、北朝鮮、結構老人力の国であるらしい。たとえば食料。共産主義で、働かなければ食料も手にはいらず、飢えている印象大だが、儒教国ゆえ、労働を蔑視している、とのこと。まずここで、そうなのか、とセンセイはうなり、僕もうなった。そうか、儒教って、労働蔑視か。なんとなくわかる。で、そんな国に共産主義で、けっこう矛盾し、大変だが、それを意に介せず、棒にひもをつけて魚つり。で、これが結構釣れて、自給自足。そんな感じらしい。なんかメディアから受ける印象とぜんぜんちがいませんか??いやあ、カルチャーショックだったなあ。
2004.05.11
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立花隆氏が大学で行った講義を纏めた本を100円で購入。その中で、氏は学生に、文系と理系の知識の断絶が大問題だと説いている。自分を振り返ってみても、ほぼ高校1年から理系的学問とは完全に疎遠になっている。で、いまいる会社は、製造業なのだ。そのなかで、理系社員との文化的差異がこんなにもあること、そしてお互いが相手を文化的と思っていないこと、それは確かにある。で、それが日本の大問題だ、ということだ。でも欧米でもあるらしいが。確かに理系的知識、皆無だもんなあ。拒否反応すごいし。
2004.05.10
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久しぶりに日記書いてみます。休み中、何にも変更していないのに、来てくださった皆様、大変申し訳ありませんでした。世間的には、今日まで続いてGWというパターンもあるようですが、個人的には、早速この木金とすっかり仕事モードに戻ってしまっており、いいのかわるいのか。休みは、3泊4日で、ボーイスカウトの指導者研修、というのに行ってきた。一人で。折角の休みに一人で、ということで、特に積極的に参加したわけではなかったが、また、3泊はすべて雨、そのなかをテント泊、という条件ではあったが、そのなかで、9人の班の皆さんとの共同生活、皆さんの大人としてのそれぞれのステージ、態度、にじみ出る考え方に、考えさせられる、体験だった。・・・こう書くのはちょっとくやしいような、簡単にまとめすぎであるような気が、僕のあまのじゃくな内面よりするのだが、でも、まあ、貴重な体験であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーボランティア、というもの、いろいろありますよね。いままでは、ボランティアをやろう、いいことだ、という雰囲気を感じるたびずーっと反発して、なんだ、ボランティアは自発的なもんだろう?と思って、強制するなよ、という思いが強かった。(学校の査定で、ボランティアやったら、内申書?にいい、 とか聞くたびに、そんな歪んだボランティア、ええのか??? とすごく思ってきた。 査定の為に、やりたくもないボランティアをやる、というのは 教育的にもマイナスちゃうのか、自分の心が歪むやろ、と) これは、宗教に対する思いも同じ。おまえ親が何宗だからおんなじもの信じとけ、と強制される仕組みがあるような気がして、その強制の部分に反発して、おい、そんなもの自発的に選び取るものやろ?という気持ちがいっぱいで、今まできた。僕の場合、宗教で特に親からなにか強制されたことは何もないが、一般の宗教に対する状況として、ね。まあ、自分の内面は、自分のものだ、という思いが強いわけで、それはそれで必要なものだ、とは思っている。ただまあ、何の因果か、自分の子供というものがあり、その子の成長によかれ、と思って、軽い気持ちでスカウト運動に参加させ、子供が心配でまめに活動に顔をだせば、あー、活動に熱心な親だ、と誤解され、(自分の子が心配なだけなんですが)今にいたるわけだが、自分が自発的ではなくとも自発的活動に入ってしまい、それを経験し、同じくその活動に入り込んでいるひとが、同じような戸惑い、めんどくささをいっぱいに抱えつつ、いろんな意味で活動しているのを知ると、あー、みんないっしょなんや、僕は真のボランティアじゃない、と声高に叫ばなくともみんな多かれ少なかれ、おんなじなんやなあ、で、そのゆるさ、しょうがないな感のなかでやってるんやなあ・・・・ということがしみじみわかった。これがもし、使命に燃えて、やるぞー、見たいな人が多かったら、多分僕は違いマース、みたいな逃げにまた入り込んでいたと思う。宗教(スカウト運動は、宗派は問わないが、宗教を奨励している、とのこと)面でも、そう。僕の場合、父親:神道、母親:キリスト教、母親の父親:大の宗教嫌いで、積極的な無神教、といった関係で、日本でポピュラーな仏教の要素が生活の中でなかった。父親の場合も、神道とわかったのは、僕が成人してから。父親の父親の葬儀が、神道だったから、初めてわかった位。そこには両親の、信仰は強制しないよ、というメッセージがあるように思う。それを感じ、大事にしてきた。でもそれとは別に、おおいなる摂理といいますか、自分がいま存在することへの感謝、というか?そんな気持ちがあってもいいな、という気持ちが最近すこしずつ芽生えてきた気がします。それを何宗、何教というふうにいうことは難しいんですが、あえて言えば、すべてのそういったものを肯定する、というか、そんな感覚です。いままでは、神がいるのか、とか、天地が一日でできるわけないとか、無理にそんなこと信じられない、みたいな問題に拘泥していたんですが、そんなこと、みんなわかってるよね、でも自分の心のありかた、前向きなありかたの中に、宗教ってものはありではないのか、という風に、いまは思ってきた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーちょっと今日はカタイ話題になってしまいました。すんません。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーなんか最近ドラゴンボールが(たぶん集英社の仕掛けで)子供にプチブームだ、ということなので、久しぶりにコンテナから40-42(最終巻)を引っ張り出して読んでみた。1995年刊。考えたらもう9年前か。子供にしたら、新作といっしょですな。Dr.スランプで、あまりの絵の密度に嫉妬して以来、鳥山氏、長い付き合いですが、子供マンガの巨匠、という意味では、手塚、石森(石ノ森)、藤子、松本、永井、赤塚、横山、ちば、水木といったBig Nameの中に新世代として入ってくる名前なんだろうな、と思う。あと高橋、も入るかな。まあ、上記は個人的な思いも入ってます。ほかにも挙げるべき人は多いですが、まあ、マンガ好き以外にも有名、という意味で。
2004.05.09
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すっかりご無沙汰です。昨日帰宅。詳細は別途・・・
2004.05.06
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