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2008年08月16日
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カテゴリ: 信州
今日は母と兄と一緒に、お墓参りをしました。
様々な思いを持ちながら、人生途上ではからずも中断させられた
愛しき人、父、同級生や多くの有縁、無縁の人たちの私たちに託された
思いに心を巡らせました。

以前、町の公民館の記事に載っていた小泉八雲の次の言葉に出会いました。

日本人の祖先の魂は何時もその辺を漂っていて子孫の生活を見ている。
手出しも口出しもせず、ただ見ているだけで見守っているわけではない。


この言葉が私にはすごく感覚的にぴったりしました。
小泉八雲に興味をひかれ『日本の心』講談社学術文庫 1200円を
買って読んでみました。八雲の日本文化についての識見の高さに

(上のことは書いてありません。何方か知っていたら教えてください)

はたし得ぬ思いを持って私たちの目の前から去っていった私たちの
愛し慈しみ人たちは、私たちを見守ってくれるわけではない。
私たちがどんな生き方をしようとも、黙って見ているだけだ。
喜ぶわけでも、悲しがるわけでもない。あくまで自分の思いで
自分の責任ですべきものなのだという、すごく当たり前のことを
再確認したしだいです。
(助けや救いを期待したり、自分の勝手な空想に逃げてはいけないと)

私たちは亡くなりし人たちを祭壇に祀り、冥福を祈りますが、
私たちこそ逝きし人々の願いや思いがこめられた生の祭壇に
祀られし者なのかも知れません。

私たちはその願いや思いを託された存在なのでしょうか。

亡くなりし人々の冥福を祈ることは、私たちがその人たちの願いや思いに
どれだけ応えることの出来る生き方をするかにかかっているのでしょう。
そんな生き方、そんな社会でありたいものだと思いました。

ボーマン船長は胎児になって、大きく見開いた目で地球を見ている。
美しい海と大陸を、そしてどこかで起きた核戦争を、ただ見ている。

                (2001年宇宙の旅 ラストシーン)

青空の 光の奥に ひらきゐる いと大いなる まなこあるらし


部落の墓地から故郷の山並みを望む。私はここから見る故郷の山の姿が好きです。
山並みは南アルプスの山、流れる川は富士川、川沿いに国道20号、川向は甲斐の国(山梨県)

釜無2.jpg





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Last updated  2008年08月16日 08時17分04秒
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