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最近のお気に入り。いいオーディオって人の声の再現力も凄まじいものがある。この曲もまたひどくシンプルなのだが、声が・・・とても魅力的で、惹きつけられるものがある。こんな声を身近で聴いたら、きっと背筋がぞくぞくするだろうなぁ~。演奏もまたシンプルで良い。夜中に聴くのもまた良し。ドラマはつまらないが、この曲は良い。別のアルバム Voices of Grace ってのもよさげだ。たまには日本人のヴォーカルも良いものだ。
October 31, 2003
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なんまいだーなんまいだーってクレイジー・ケン・バンドの歌詞にありますが、どうも生来、自分は物欲が強く(あ、それとなんまいだは何の関係もありませんが・・・)新しいものに目がないのです。特にAV機器からPCやカメラなどのハードウェア。それでなくともお金がかかるのに・・・って自分のことだから仕方ない。呑みに行くのも好きだし、カラオケも。本やCDは全くの衝動買いでどっと買い込んでしまう質。これでは、いくらお金があっても足りやしない。「知足」足るを知る、ってことですね。この辺が全くなってないので、自分で言うのも何ですが、もうほとんどブラックホール状態。笑うしかない!ヨーロッパ、特にドイツなんかものを大事にしますね。それにイギリスなんかは日本人みたいにせっかちでなく、気長に待つってことができる。「スローライフ」って奴です。そう言えば昔「シンプルライフ」ってのもあったな~。ピーター・フォンダ。どうしてるかな。もういいおじいさん?「イージー・ライダー」懐かしい!!欲ばっかりかいてると、やっぱりろくな事ないんだろうな~。食べる、呑むも含めて少々おさえ気味で行くことをそろそろマスターしてもイイ頃かも。
October 30, 2003
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今の自分にとってはそんなことは自明のことを、久しぶりに心底思い知らされた。仕事は会社のためにするな!自分のためにしろ!20代の頃、大先輩から言われていたこと。残業して遅くまで毎日会社のために働いたところで、会社は自分を守ってはくれない。最後は自分だけ。だから会社に左右されず、自分の人生を見据えて仕事をしなさい、と。社会に出て初めて就職した頃は、転職などこれっぽっちも考えたことがなかった自分が、今は転職している。しかし会社が変わったところで、特段なにが変わると言うこともない。どこへ行ってもさほど変わりはしない。程度の差こそあれ似たようなものだ。人にももちろんよるが、自分でいうのもなんであるが、負けず嫌いで人に言われるとついつい頑張ってしまうタイプの人間は、自分の行き先など、考えないわけではないが、ついつい目の前の仕事に励んでしまう。そうするとどんどん深みにはまって、いつの間にか抜け出せなくなってしまう。ぬるい油に飛び込んだ蛙のように、なんとなく暖かいのでそのままいるといつの間に揚がってしまい、ごだぶつ、な~んてことになってしまう。しかし、どこへ行っても変わらないのは、宮仕えである以上、会社は社長のもの。社長のやり方がイヤなら、イヤな自分が出て行くしかないのである。そうでなければ、最後は自分でやる、これが最もシンプルではある。とは言ってもなかなかそうはいかないのが世の中。しかし諦めては何も始まらない。一歩一歩ガンバっていくしかないのである。
October 29, 2003
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有能でありたい。有能であることでより高次の仕事をしていきたい。そうして、世の中に貢献できることを行っていきたい。人から求められる存在として、心地よい緊張感をもって、世の中をよりよくしていくことのできる人間でありたい。誰かの手を借りてではなく、自ら進んで、思ったことを自分の手でやっていく。そうできるようにありたい。何かになるではなく、そうありたい、と思うものでありたい。それがつまりは自分自身であること、なのかもしれない。
October 28, 2003
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なぜ、なぜ時間はひとを置き去りにするのか想いだけがずっと、ずっと変わらず、変わらずそこにひとはなぜ年をとらなければならないのかわたしはもう置き去りにしてきたあの想いを見つけることができやしないきっと、あなたは置き去りにしてきたことを知らないだから、だからあなたはそのことを想い出せやしないわかっている、きっとわかっているそう思いたい思わずにはいられないどうして、どうしてそんな悲しむのかもう泣くことはないそう、もう想い出すことができないのだから悲しむことはない悲しみ事などもうできやしないのだからあなたはきっと繰り返すそう、永遠に思えたあの頃をあのすべての青空と海と虫の声時は残酷にわたしとあなたのすべてを「無」にしていった今日はもう来ない明日になればもう想い出すこともないだからもう、だからもう眠りにつこうきっと明日はいい夢をみれるように何が正しくてそうしてすべてを諦めて前に進むことはあなたが選んだただひとつの ただひとつのものだれにも、だれにも取り上げることなどできやしない闘うことはもう止めよう争いに未来はない受け留めようあなたが望むならわたしはだれも恐がりはしないきっときっとそこには忘れていたあの頃があるはずだから
October 27, 2003
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新宿、東口。地下へと降りていく螺旋階段。最初に訪れた時は、コルトレーンのバラードが流れていた。あの頃はまだ20代で未来は永遠だった。なんでも手にはいると思えた。手に入らないモノなどないと。30代になって訪れたその店はすっかり模様替えをしていた。もうコルトレーンは流れていない。10代の頃、まだ中学生だったあの頃。Mind Games 何度も繰り返し繰り返し聴いていた。飽きるほど。この曲もずっとリフレイン。曲が流れる度に帰り来ぬあの風景、匂い、感触、やさしさに包まれていた時代、きらきらと全てが輝いていた・・・リフレイン・・・もう繰り返すことはないただ、この曲だけがあの頃と同じように変わらず、ずっと流れ続けるだけ・・・
October 26, 2003
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今日は一日ジョンを聴いております。立て続けにソロになってからのアルバム6枚を。当たり前といえば当たり前ですが、どれを聴いてもジョンの曲は良いなぁ~と思えるばかりです。John Lennon/Plastic Ono BandImagineMind GamesShaved FishRock ’N’ RollDouble Fantasyほんとどれを聴いても、今更ながら、改めてジョンの素晴らしさを実感せずにはいられない。今になって9.11以来ジョンの”Imagine”はとても大きな意味を持つようになった気がしますね。もちろん Love & Peace を歌い続けた人ですから、当然と言えば当然。しかし彼のそうした活動から、あの事件はアメリカ政府の組織が裏にあったのでは、とまで言われていましたね。ケネディやキング牧師・・・アメリカはそうした矢面に立つ人をいとも簡単に葬ってしまう、そんな国なのだろうかと、さえ思えてしまう。そうした意味合いもあの日には感じられたものです。
October 25, 2003
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Loveそう、あなたの歌には「愛」がある。歌をつくり始めた頃からずっと。素直に「愛」を求め、そして歌った。生きた。歌詞のそこかしこに「愛」があふれていた。けれどそれは決して押しつけがましくない。すーっと、自然にでてきたことばだから。シンプルだけどぐっと噛みしめたくなるほど、つらい。「愛」を求め、渇望し、そして歌った。あなたそして満たされたのだろうか。「愛」なんて、言葉にするにはちょっと照れくさい。でもあなたなんの衒いもなく、そのことばをわたしたちにとめどなく贈ってくれた。そしていつしか街に「愛」は溢れた。あなたの心は満ち足りているだろうか。ありがとう、たくさんの「愛」を!
October 24, 2003
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あなたが逝ってしまった命日(ひ)がまたやってきます。いつの間にかわたしもあなたの享年を迎え、そして越えてしまいました。あの日は忘れもしません。友人と二人でその当時発売されて間もなかったDouble Fantasyを何度も何度も聴き、歌い、酒をあおり、語り明かしました。まだカラオケボックスもない頃だったので、狭いアパートの一室で二人して大声を上げて歌い叫んでいました。なぜあなたはそんなにも早く逝ってしまったのか。考えても仕方のないことですが。何年も経ったというのにその気持ちだけは全く変わることはありません。なぜはあなたわたしたちをおいて逝ってしまったんでしょう。今年でもう23年にもなるんですね。昨日のことのようです。わたしはただ年をとった、そんな気しかしません。まるであの時、わたしも一緒に逝ってしまったようです。わたしのなかの心の底から湧き起こる抑えがたい躍動する情念はあの時、あなたとともに逝ってしまったのかもしれません。またその日がもうすぐやってきます。
October 23, 2003
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「リズム」と「テンポ」。村上春樹が創作の際、大事にしていること。呼吸のリズム。フルマラソンを何度も完走しているこの作家は、マラソンへ参加することで「書くこと」にもその「技術」を活かしている、らしい。そして更に「走る」ことで得られる「呼吸のリズム」だけでなく、音楽もまた彼の作品創作に活かされているというのである。「風の歌を聞け」から「ねじまき鳥クロニクル」までの作品における文体にそれはあらわれているらしい。最初の頃は、もっぱらジャズを聴きながら。そしてある作品では、このアルバムを何度も何度も聴きながら書き上げたというのは大変興味深い話である。ではでは今夜はじっくりとこのアルバムを聴くことにしよう!
October 22, 2003
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なんて番組がむかし(そんなに昔じゃないか)ありましたが、あのお三人のうちのひとり、もたいまさこさんは・・・最近どうしてるのだろう・・・なんて、ふと想い出したりして・・・小林聡美や室井滋はまぁかなりお出になっておりますが、もたいさんは最近お見受けしないような・・・なんて思っているのは私だけでしょうか???ま、そんなこんなはさておき、近頃感じるのが「世代、年代の違い」。何が違うって、本当は違いはあるのは「個体差」なのですが、そうは言っても年齢の差は確かにあるものだと(当たり前と言えば当たり前過ぎますが)つくづく感じる今日この頃。これも当たり前ですが、社会人1年生の新入社員は、やはりまだまだ学生気分の抜けない人たちも多い。他の会社の新入社員はいざ知らず、ここ数年入社した社員にある程度共通しているのは、「知らないということを恥ずかしい」と思わない傾向があること。それも知らないのか、これこれこういうこと、と話して説明しても、「ふ~ん」。ま、心の中では「そうかそういうことか知らなかった」とは思っているかもしれませんが・・・もちろん内容にもよりますが。加えて、結構な学校を出ていても、意外と知らないことが多いのにびっくりすることも。知らなくてもやっていける、そんなこと調べればいい。そうじゃないと思うのですが・・・ま、そんな次元のことにいちいち反応していること自体意味のないことなのかも・・・
October 21, 2003
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基本的に欲張りなせいか、いろいろ首を突っ込みたくなる。そのため自ずと時間がなくなってしまう。よせばいいのに~、ついつい無駄なことに時間を割いてしまう。仕方ない、とは思いつつもこうして遅い時間にならないと自分だけの時を持つことができないでいる。むか~し時間活用術なんて感じの本がよく売れてましたが、そんな本読んでいるだけ、時間の使い方を間違っている、と当時は思ってましたね。やれるとき、やりたい時にやっておく!これが一番の方法かもしれないと近頃は諦め気味。時間をきちきちっと区切ってなど所詮無理なお話なのです。あ~あ、やっぱり時間が欲しい!欲張りなのだ。
October 20, 2003
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わたしは高校時代から、ずーーーっと「文系」なのですが・・・やっぱり「数字」には弱い、と思ってきました。でもでも、それは大きな「思いこみ」による勘違いでした。そもそも脳にとって理系、文系などという「分類」はないのであります。それは育ったあるいは経験したなかで勝手に自分でそう思ってきているだけのことなのであります。だからといって「理系」に向いてます、な~んては思いませんが。ただ、脳味噌ってやつはまだまだ「未知数」な部分が多い、いや未知数なのが「脳」なのでありますからして、何が言いたいかというと、つまりその、「脳の活性化」。左脳と右脳の話はもうかれこれ20年以上前に出会った話で、大半の方がご存じのことかと思われます。そのそれぞれが持つ役割なり能力なりをうまーく使って脳を活性化し、ひいては「知能を活性化」していろ~んな物事の「学習」に役立つ方法・・・とやらがあるそうな。それは何かといいますと、最初にもどって、文系と思っている人は理系の学問をやることで左脳なり右脳が活性化され、はたまた理系と思いこんでる方は「文系」の学問に染まると脳の活性化を図れる、というもの。非常に単純なことのように思えますが、これが結構疲れる。しかししばらく続けていると、案外とコツを掴んで、どうやら自分はやっぱり理系向きなんだ、なんてまた勘違いしたりするわけですが・・・ま、ここは(ココアは森永)ひとつ、騙された(なんて思わない手)と思って、やってみてはいかが?
October 19, 2003
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物事を素直に受け止めて、それに向かってまっしぐらに進む。そんな気持ち、すっかり忘れてますな~。そもそも「単純」なこの私ではありますが、加齢とともにそうしたとてもとても「純粋」だったこころはいつのまにやら、どこか知らないところ消え失せておりました。日々の事柄に埋没。まさしく「心を失う」忙殺されておりました。たまにはテレビにくいいるのもええもんですな~。って、なんの番組かっていいますと(あ、笑われるな~こりゃ、きっと)あのそのぉ~・・・『ビギナー』でございまする。あーー笑ってるなぁ~!!いやぁでも「単純」な性格なので、こういう話には「弱い」。新人さんの演ずる役柄は「ああ、そういうこともあったか」な~んて思いたくなるほど「さわやか」でございました。と、思うのは私だけ?
October 18, 2003
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最近、年とともに体のあちこちにがたが来ていて、なかでも歯医者によく通っているのですが、その歯科医で開眼したのが、肩こりの原因は・・・実は 歯のかみ合わせ だったということ!ずっと左肩が痛くて、♪なんでだろう なんでだろう っておもっていたのですが、それが 歯のかみ合わせ とは知る由もありませんでしたね。それから循環器系でも狭心症ではないかと検査をしたことがありましたが、鎖骨の下あたりがずっと痛かったので、これも結局、歯のかみ合わせが原因だとわかりました。そこで治療なんですが、夜、寝る際に 歯ぎしり をしないよう、それから歯のかみ合わせの矯正 ナイトケア 用のなんていうんでしょ、歯のカバーみたいなものをはめて寝るんですね。効果の程はまだ数日なのでわかりません。ま、時間はかかりそうですが、根本的な原因が判明しただけでもかなりすっきりした気分です!
October 17, 2003
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Stevie Wonder の歌はどれもこれもよかですよね~。結構この頃の曲はStevie Wonderらしい(と思うのは私だけ)と思えてよく聴きますね~。Stevie Wonderの曲は結構CMに使われますが、この曲もそうしでしたかね~。画がつくとまた違ったイメージで聴けるので、今後CDを作るときはできるだけ、画つきがいい・・・なんて値段が上がっちゃいますかね。でも画がある方がわたしは好きですね~。MTV世代?としては。しかしこの頃のStevie Wonderはハーモニカもまだ吹いていてかなりStevie Wonderの原型って感じがいまだにします。
October 16, 2003
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どちらかというと”ブリティッシュ・ロック”の方が好きなのだけれど・・・元気?をもらい時はなぜだか”アメリカン・ロック”を聞いてしまったり・・・ま、そう言うこともたまに。ドライブすると”ドゥービー・ブラザーズ”でしょうか。Pinball Wizardこの曲は、ストレートでシンプルなところがイイです。The Who 自体、曲調は結構シンプルでストレート?かな。こういう感じの曲は「ああ、やっぱりいいなぁ~ロックって」と思わせてくれる。昨今の音楽はなんだか「機械」の操られてでもいるがごとくなんでもかんでも「デジタル」なので、なんとも「人間味」を感じにくい気がする(のは私だけ・・・)。その辺になるとやはり60年代、70年代ロックに戻ってしまう。これもまた仕方のないことかな。今夜は60年代ロックで行ってみよう!!
October 15, 2003
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就職活動の際、面接で「あなたの尊敬する人は」なんて聞かれても・・・正直何も書くことがなかった。社会に出ていろんなことに出くわし、その度にもがき苦しんだり、感動したり、自分とは異なる価値観の人たちに出会って、尊敬とはいわないけれど、「あ、この人は凄い!本物だ」と口には決して出さないけれど、そう思えてしまう人がいたりする。人間は自分を超えたものに出くわした時、そこを目指そうとする。行動に起こさないまでも、そう感じることができる。自分にとってもそういう人とは、「本物」心底何かに対して「真剣」に取り組もうとしている人。自分の危険を省みず、自分を投げ出してでもそれを成し遂げようとする人。そんな人を目の前にすると、身震いするほど「凄い!!」と心の中で絶叫している。
October 14, 2003
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「人は心の声を聞くために間違ったことをする」心の声に忠実になろうとすればするほど、人は過ちを犯してしまう。しかし何が過ちだというのだろう。心の声に逆らって生きる方が余程辛いのではないか。奔放でありたい。自分を思うが儘に解放して、何もかも思い通りに生きてみたい。しかしそこに本当の幸福はあるのだろうか。幸せとは・・・人は不自由のなかから自由を手にする。なんの抵抗も経ずして手に入れた幸せなど本当の幸せとは言えない。しかし本当にそうだろうか。自由を手にすることに抵抗や困難は必要だろうか。心の声聞こえているだろうか・・・あなたにもひょっとしてもう聞こえていないのかも胸に手を当て、感じてみよう聞こえるだろうか・・・貴方の心の声
October 13, 2003
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書くこと。一種の「アウトプット」。日記をつけるのは、それも毎日ずっと書き続けるなんてのは苦手ですが。書くことは、一種の精神の浄化・・・にもなる。人に話すと結構すっとするように。でも書いてしまったことは、あとに残ってしまう・・・というのが、話をするのとは違うところ。高校時代に臆面もなくよ~く、部室においてあった落書き帳に「詩」を書きつづっていた。ま、ほんと今思えば結構恥ずかしい、なんて思ってしまうこともかなり平気でそれも他人様に見られてもなんとも思わないなんとも図太い?神経だったのにも、ああ、今だからもういいかって思えますが、驚きなのですね。しかし今あの頃書いていたであろう「詩」を書こうと思っても何故だかぜんぜん書けない。不思議。体力が衰えるのは理解できても、感覚、感受性の衰えはあまり実感できない。いや実感したくないのが「本音」。う~ん、なんでだろう?何故にあの頃のような「詩」が書けないのか?全く感受性と言うのは「旬」のものなのですね~。もちろんあの頃は書けなかったような「詩」が今かける・・・のかも知れませんが。人は何かを手に入れる代わりに何かを失わないといけないわけですね。
October 12, 2003
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物事の結果を「運命」だなんて悲観せず、「この結果が今の自分にとって『最善』だ」、「こういう風になったことには意味がある」と受け取って考える。そこにある「意味」を見いだす!つまり目の前のことばかりに囚われてしまわないで、もっと引いて物事を見れば、そう悲観することないし、後から考えれば、結構「笑い話」ってこともあるもんで、根を詰めることもないし、片意地はる必要もない。なんでもかんでも決めつけてしまわず、もっとり「ゆとり」と「物事を良い方に考えることを大事にしよう。
October 11, 2003
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東京と地方の違い・・・ってなんだろうと、よくよく考えてみた。あくまで個人的な見解。一番の違いは・・・「時間」ではないか、と。時間に追われると人はあくせくとしてしまい、自分を、心を失ってしまう。まわりに目が行き届かなくなり、心に余裕が無くなってしまう。都会にいるとどうしても時間、時間に追われてしまう。そんな自分にも気づきさえしないことがある。地方に行くと何故だか他人がとても優しく、親切に見える。いや実際親切である。何故か。心に余裕があるから。いや、時間の流れが違うからではないか。時間に余裕があれば、他人のことにだって構っていられる。ところが都会=東京にいるとそんな人様のことなど通常構っていられない・・・と言う気になってしまうのではないか。一日24時間はどこに棲もうが、居ようが同じ。時間は人に分け隔てはしない。「便利」や「有名」が一番なんて、消費社会にいつの間にか信じ込まされ、刷り込まれてきたことではないか。電車くらい20分やそこら待ったっていいわけだ。待つしかないってのもあるが。仕方ないからそうしている面もあるが、それで別に特段困ることはなかった。田舎ぐらしもいいものだと。「安き」「易き」に流れるにはやめにしよう!それは「考えるな!」と同じ事!自分で思考しなくなってしまう!そう、脳停止に等しい!物事の「プロセス」を楽しみ、「結論を急がない」ことをもっと味わおう!
October 10, 2003
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勝利V絶対つかもう!???て書かれても何って思いますよね~。♪勝利V絶対つかもう! これでもわかんないですよね。そう、ダンスマン。ダンスマンの曲です。ほとんどEW&Fのパクリ?ものまね、なんて言えばよいのでしょう?いやいや、EW&Fを日本語バージョンで歌っちゃうなんぞなかなかしゃれてます。カラオケでものりのりで歌えちゃうのでいっぺんでお気に入り!ちょっとパパイア鈴木を思わせるような「声」ではありますが、風貌も似てる?そこまでは・・・ないか。いやでもいい!いいーね!歌詞を聴いていてなんとも吹き出してしまう!スネークマン賞もの(そんな賞はありませんが)。やってくれたって感じ!サイコ!♪チョットファンキービート!(二中のファンタジー?体育を休む女の子編? もいけてます)
October 9, 2003
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車中、FMを何気なくつけて聴こえてきた声。おや?と思ったら、いやいや大好きなChar。とても久しぶり。なにやら新しくFMの番組を持ったらしい。ツェッペリンのLiving Loving Maid (She’s Just A Woman)なんてかけるもんだから~、わぁ~懐かしいーが車中いっぱいにひろがって・・・さらにさらにおっと~、オールマン!!ジェシカではござりませんか。いやぁもうなんだか高校時代が一気にback toしたような・・・そんな錯覚してしまいそうな曲でした。夏って感じの曲ですが、このインストは名曲です。何気なくBGMに使われたりしているので、聴いたことはあるはずです。う~ん、なんだかグットタイミングで今日は気分上々!やっぱ懐かしい曲はよかですね~。
October 8, 2003
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何か悩んでいる時は、一体何をすべきか、それまで普通にやっていたことさえ、なんだったか忘れてしまうくらいに、頭の中が混乱してしまう。一体、何をやりたかったのか、やらなきゃならなかったのか・・・それって案外「必要に迫られれば自ずと決まる」ものなのかもしれない。悩んであれこれ考えるより、目の前のことを片づけてさえいれば、自ずとやるべき事やりたいことは向こうからやってくるのかもしれない。
October 7, 2003
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「その顔にピンときたら・・・」は110番!「ムカッときたら・・・」むかっ腹が立った時、どうするか。いつもいつも腹ばかり立てていても仕方がないし、疲れるだけ。自分のことはどうにかできても、他人様は自由には操れないもの。たとえ自分の肉親でも。カッとなって言ったこと、やったことって後から考えると、なんでそんなに怒ったんだろう?なんでそんなことしたんだろうって反省に反省を重ね、恥ずかしい思いをしたり・・・感情に左右されると、自分を惑わし、的確な判断が時にはできなくなって、悪い方、悪い方ばかりに考えてしまうモノ。不快に感じたりするのは、その感じている自分だけであって他人ではないこと。あくまで「自分」がそう思うだけのこと、ならばそれに左右されるのもされないのも自分次第。感情に乗っ取られた時は・・・迷わず・・・沈黙!冷却期間をおくこと!
October 6, 2003
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自分にとって何が大切か。これが全ての「判断基準」ではないだろうか。これだけは人に譲れないもの。誰しもそうしたものを持っていると思う。それを失ってしまったら、拠り所をなくしてしまうことになる。もしも自分を見失ったら、何が自分にとって大切なものなのか、改めて思い出してみるといいのかもしれない。それを全面に出してしまうとどうして軋轢が生まれてうまくいくものもうまくいかなくなってしまいかねないので、多かれ少なかれ多くの人がある面「大切なもの」を人に譲ってしまっている、あるいは知らず知らずの内そうしてしまっていやしないだろうか。それがいつしかストレスとなり、挙げ句の果てには爆発してしまう。他人を傷つける。うま~く自分を自己主張していく「術」を身につけられればそうしたことでいちいち激昂する必要などないはずではないか。それができりゃ誰も苦労しない・・・のである。個人である自分を鍛える「術」。それはたぶん自分を「信じる」ことではないかと。自分を本当に信じられれば、簡単なことで揺らいだりはしない。だから自分の大切なモノも決して人に譲ることはない。そうこころのなかだけは「誰にも左右されない」唯一の自分だけが自由にできる世界ではないか。自信のある人はきっと自分を心底信じ切っている人ではないだろうか。自分を信じられないので、他人を非難してしまったり、こころに余裕がなくなる。もっと自分を大事にし、自分を信じることから、人に優しくもなれる。いつも安定した自分を保つことができる。そう考えてみると、いろんなものが自分に味方してくれる、ような気がしてきはしないだろうか。
October 5, 2003
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今夜は カーペンターズ この曲は(ご存じの方も多いでしょうね)もともとレオン・ラッセルのものですね。レオンのバージョンは、本当に悲しげに声を絞り出すように歌うんですね。これがほんと聞き手のなにか胸を掻きむしるようにさせるんです。でもカレンが歌うとそれはそれはしっとりと・・・もちろんリチャードのアレンジがあってのことですが、彼女の声はそれはそれは美しいだけでなく、音域の広さから多様なジャンルの歌をものにするのにうってつけだったと言えますね。あれだけ幅広い(ほとんどポップスですが)歌をこなしたのも頷ける部分です。しかしアーティストとはかくも「繊細」なこころの持ち主なんですね。でなければ人のこころをつき動かすようなそんな力は持ち得ないでしょうから。そうはいってもナイーヴなこころ(英語ではあまりいい意味には使わないそうですが)は人一倍もろく傷つきやすい。だから短命になってしまうのでしょうか。今夜は眠るまでずっとカレンの声に包まれて過ごします!どうです?貴方もたまに。
October 4, 2003
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たいがいの人はそれほど嫌いになることはない、あるいはイヤな面を見たとしても、あとでその人のイイ面を見つけると「そんなでもないか」な~んて勝手に思っておりますが、どうしても、これはどうしてもイヤだ、と思える人もいます。もちろん本人はそんなに悪気もない、もしくは気にしていないのかもしれない。価値観はみなそれぞれ違うはず。違っていい。いろんな人がいて、みんな違ってそれでいい、はずなのだが・・・人間ができていない私などにはどうしてもダメな場合があって・・・何がどうなのかっていいますと・・・言っていることもやっていることもまじめで人当たりも悪くないのに、どうしてそういうことを言ったりしたりするのかってことがたまにある人。こういう人はまったく信用できない。どうしようもなくイヤになってしまう。何故か。一貫性がない。裏表がある。これは当たり前だが、裏が実は本音、普段は仮面を被っているだけ、って思わせる、その点がどうにも我慢ならない。そういういわゆる偽善がどうしてもダメ。自分にも多かれ少なかれそうした面はあるんだろうなって思い、そういうこともあるさ、なんて流そうとするのだが、どうもどこかで思いっきりひっかかってしまって・・・許せない。そう言う人に限って思いっきり人を傷つける。それも普通に一生懸命頑張っている目立たないような人を陥れたりする。ああもうなんなんだこいつはって思う。つまりこういった人はかなり「陰険」なのである。この「陰険」が何よりも嫌いだ。正直者を陥れる「陰険」さが嫌いだ。人をだましてあざ笑っているのが嫌いだ。しかしそういう面が自分にもある・・・かもしれない。自分が気づいていないだけかもしれない。弱いモノをいじめて笑っている、という面があるかもしれない。そう思うとなおさら・・・イヤなのだ。
October 3, 2003
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世に常識ってんがありますが、そんなこと常識じゃないか、とか、何をして常識というのか、なんてこともあります。しかし最近その常識とやらが「通じない」。同じ日本という同じ言語を使用する民族の集まりの中でさえ。と感じる。例えば、自転車。なんで最近の人は、左側を走らないのだろう?なんで夜道でライト点灯しないのだろう?こちらにしてみれば「???」の連続。例えば電車のなか。なんで人の足ふんどいてあやまりもしないのだろう?どうしてリュックを背中から下ろさないのだろう?社内アナウンスがあったばかりで携帯するんだろう?ほんとこちらにしてみれば「???」なのです。でも、見方を変えれば(変えるまでもないか)、こうは考えられないか。彼らはどうしてそういう事をしてはいけないのか「教えてもらっていない」だけなのかもしれない。それならば、仕方がない。教えてあげることが必要じゃないか。でも待てよ、分別のない子どもならいざ知らず二十歳を過ぎた人間にまでいちいちそんなことを教えなきゃいけない?それもそうだ。しかしお知られていないのだからたとえ大人でもわからない、あるいはわかろうとしない人たちがいるのではないか。若い人は教えれば、素直にこれから気を付けますって子もいる。しかし質が悪いのは「いい大人」だと思う。「近頃の若い者は」なんていってるのに限って、人が見ていないところで何をやらかしているやらわかりゃしないものだ。特にいい年した壮年に多い。ひょっとするとそれも「病気」なのかもしれないが。更年期障害とかいろいろ歳をとるとあるそうだから・・・ま、それはさておき、なんでみんな常識ってものがなくなってきたのか。いや、なくなったのではなく、変わったのかもしれない。そう、変わったんだ。そんな訳はない!!誰も注意しなくなってしまったから。注意して逆切れされると「コワイ」から。なんの得にもならないから。ま、理由はいろいろあることでしょ。でもでもとにかく一番感じるのは「分かる人ほど疲れちゃう」んではないかと。何がいけないのか、どうすべきなのか、そうしたことをちゃんと知っている人ほど、今の世の中、彼、彼女にとって大変なのかもしれない。注意しても報われない。教えても「何それ」な~んて言われちゃう。そんなことなら「絶対教えてやるもんか」と口を閉ざすようになってしまう。これは困る。やっぱり言うべきじゃないの?でも「逆切れ」はやっぱり「コワイ」けれど・・・
October 2, 2003
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人生はいつもいつも右へ行くか左へ行くか「選択」の積み重ね、繰り返しである。何かを選択しなければ前へは進めない。選択しないことも選択のひとつである。そうした日々の積み重ねを否応なく続けている。その積み重ねの結果が今であり、それは誰も抗することのできない事実である。一粒百行・・・一粒の米をつくるのに百の手間がかかる=ひとつのことを成功させようとしたら、百の努力が必要である、といった意味らしい。またアメリカでは「ティッピング・ポイント」というのがあって、ひとつひとつの変化が積み上がっていくとある段階でティッピング・ポイント(臨界点)に達し、大ブレイクを引き起こすというのがある。どちらも小さな変化が積もり積もって大きな結果をもたらす、というわけである。これはまったくハデな行いでもなんでもない。愚直なまでに同じ事をなんども何度も地道に繰り返すわけである。私たちが普段なにげなく繰り返していることも実はそうした単純な繰り返しを行った積み重ねの結果なのである。どんなに凄い人でも人には気づかれないあるいは気づかれていてもそうした愚直なまでの積み重ねを実行しているのである。野茂やイチローしかり中田選手しかり・・・である。企業でどんな状況にあっても業績を上げているところもきっと同じようなことを来る日も来る日も繰り返しているはずである。結果的に大きな成果を上げ、世間で評判になる。人はそうした「結果」しか目にすることがないので、「さすがだ」とか「やはりあの人は自分とは違う」などと決めつけてしまい、自分は違うと思いこんでしまっている。そうではないだろうか。俳優の唐沢寿明の著した『ふたり』のなかでも「決してあきらめない」という表現があったと思う。やっぱり人間、あきらめてはいけないのだ、と。日々の繰り返しは味気なく、退屈だったりするかもしれない。しかしそう思うのはどこまでいっても「自分」なのである。だったら、楽しく思えるようにすればいいのである。そうできるのである。自分の心の持ちよう次第だから。つまらない事でわざわざ自分の気持ちを暗いものにする必要は全くない。そして思い続けていることだけに自分の気持ちを集中できるよう、その点だけに全精力を向ける「努力」を行うことである。そうすると自ずとこれまでと違う「何か」がきっときっと見えてくる。あきらめない!愚直なまでにひとつひとつのことを積み重ねる。それを行うも行わないも自分次第なのである。
October 1, 2003
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