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愛知万博、もう行きましたか?開催期間はすでに半分をすぎ、残り3ヶ月。この万博、私の実家・名古屋のすぐ近くの瀬戸市&長久手という所でやっています。私の姉がこないだ行ってきて「かなりおもしろいっ!」らしいです。7月にはうちの両親も一緒にまた行くって。あーあー、私も行きたかったなぁ!企業パビリオンでは日立とかトヨタとかの一流の最先端の技術を見れるらしい。グローバル・コモン(外国館)は、世界各地からの出展国が自国の自然・文化・伝統・習慣などを展示紹介していて、興味と理解を深めてもらおう、というもの。ボリビアも、ペルー・ベネズエラ・エクアドルと共同で「アンデス共同館」を出展してます。開幕当時、「アンデス共同館」は4カ国の足並みが揃わず(?)なかなか開館できなかったらしいけど、こないだようやく予定されていた全ての展示が公開されました。「足並み揃わない」ってところが南米っぽい・・・。ボリビア国内だけでも足並み揃ってないようだし(政治的な部分でね)。トピックスは→http://www.expo2005.or.jp/jp/E0/E1/head/0626_003.htmlボリビア情報→http://www.expo2005.or.jp/jp/A0/A16/A16.3/A16.3.2/index.html姉情報によると、ボリビアコーナーにはお土産品として、アルパカのマントとかオカリナとかボリビアンミュージックCDとか色々置いてあるそうです。ボリビアは鮮やかな色彩の織物が有名なので、それも置いてあるのかも?これを機にボリビアや南米に関心を持ってくれる人が増えるといいなぁー。万博行った人、ぜひ感想聞かせてくださいね!
2005年06月28日
村で生活を始めて間もないのに、早くも、お腹に菌を飼っていた。!サルモネラ菌!日本では結構騒がれちゃう菌だと思いますが、こっちでは普通にみんな保菌者らしい。菌がいるって言っても、抗生物質飲めばすぐにいなくなるらしいので大したことないんですけどね。しっかし、処方してもらった薬の高いこと!ボリビアの物価と比べるとアホみたいに高くてビビリましたよ、私は。ちなみにボリビアでは1Bs(ボリビアーノス)=約15円。ミネラルウォーター600mlが1.5Bs(約22円)。おしゃれなカフェ屋でのコーヒーが4Bs(約60円)。地元の人向けのランチが6Bs(約90円)。ネット屋1時間で2Bs(約30円)。こんな感じの物価。私が買った抗生物質は1錠あたり約9Bs(約135円)!1錠あたりだよっ、1錠あたり! 1錠分のお金でネット4時間半もできるじゃんっ!!ま、医療費は所属先が全部払ってくれるので問題ないのですが。話を元に戻して。で、いつ感染?と考えてみたら、心あたりはラ・パス。ラ・パス滞在中に突然の嘔吐・下痢に襲われたことは、この日記でも書きましたが、あの食あたりの時にサルモネラ感染してたんじゃーないか、と。まぁ、薬飲んで様子見ますー。みなさんもちゃんと火の通ったもの食べましょうねー。特に日本は今から夏だものっ!ではまた。ちゃおー。
2005年06月22日
6月6日(月)深夜、ボリビアの大統領が辞任しました。ボリビアは常に政情が不安定で、特に今年に入ってから反政府運動が活発化してたのですが、5月中旬からそれがかなり激しくなり混乱しまくってました。そもそもボリビアにはいろんな問題が山積しているらしい。1.天然ガスの国有化問題(天然ガスを他国に輸出しまくっているため利益が国民に還元されてないことに怒っている)。2.コカ栽培農民による反発(コカ栽培を禁止しようとする政府に、農民が反発)。3.先住民系の人々が抱えている社会的不利益に対しての権利拡大要求。4.サンタクルス県が自治権を要求して国民投票&憲法改正をを要求している。などなど、ほかにも色々問題があるようです。で、そうした反政府運動の行動のひとつとして、「ブロケオ」と呼ばれる道路封鎖がしょっちゅう全国各地で行われます。これは、幹線道路に農民が石や木などを大量において道路を封鎖し、流通や人の流れを遮断。経済もストップさせる、という地味だけどかなり痛手のある方法。5月中旬から首都ラ・パスはこの道路封鎖によって、食料やガソリンが全く入ってこなくなり、次第に水や食料が尽きてきて兵糧攻め状態でした。空路も陸路もストップしてたし。そして次第にデモが激しさを増し、ついに警察と衝突。警察が空砲や催涙弾を打ちまくり騒然とした状態がこないだまで起こってました。逮捕者も続出したらしい。私はスクレで、ラ・パスの映像をテレビで見たけど、まるでそれは市街戦のようで、信じられなかったなぁ。4月にラ・パスにいたときはほんとに何もなくて平和な状態だったけど、聞いた話によると、今年に入ってから4月だけが唯一落ち着いていた時期だったとか。ラ・パスにいる間に何もなくてほんとにラッキーだった。結局この事態を収拾できない、と判断したのか大統領が辞任表明。新大統領を決める会議が急遽スクレで行われることに(ラ・パス市内の混乱によって議員が国会にたどり着けなかったらしい)。で、その会議が行われる6月9日(木)、多分スクレでも暴動や衝突が起こるだろうということで、急遽サンタクルスへ避難することになったのです。サンタクルスからスクレへ戻ってきたばかりだというのに、またもやサンタクルスに舞い戻ることに・・・。なんてこったー。ま、でもサンタクルスは極めて平和で、ラ・パスの混乱なんてどこ吹く風といった感じ。私もやることないので、毎日映画を見に行ったり日系人移住地へ行ってみたり。新大統領が決まったけど、あくまでも暫定政権なので今後どうなるか分かりません。今の時期にボリビアにいる旅行者は大変だったんじゃないかな。南米はただでさえスペイン語できないと旅行しづらい(と思う)のに、今回みたいな政治・社会不安が起こってしまうとなおさら大変。そんなこんなでしたが、スクレももう落ち着いているとのことで今日サンタクルスから戻ってきました。日本にいる皆様ボリビアは今こんな状況ですが、私の生活圏はかなり平和なのでほんとに大丈夫です!安心して下さいねー!
2005年06月13日
6月2日から行っていたサンタクルス市より無事スクレに戻りました。サンタクルス、かなり気にいってしまった。気候は東南アジアのタイとかマレーシアみたいに、暑くて湿気がたっぷりで、飛行機を降りたとたん、肌にまとわりつくジメジメ感がなんとも心地よかったー。アジアの心地よさを思い出しました。気候も全然違うけど、それ以上に違うのは、見渡す限りの「平地」。スクレは標高2800mだけど、サンタクルスは500m。山なんてものはどこにも見えず、生えている木も熱帯系ジャングルといった感じ。同じボリビア国内なのに、ブラジルに来たような変な感覚。人の顔つきも格好もすべてがラ・パスやスクレとは違うんですね。それから。サンタクルス市の近くにはコロニア・オキナワという日系人の移住地があります。第二次大戦後の荒廃の中、沖縄の人たちが新天地を求めて南米の各地に移住。(沖縄出身以外の日本人ももちろん移住。でも南米全体でも割合として沖縄出身者が多い)ここボリビアでも、より住みやすい場所を求めて最終的に住み着いたのが、今のコロニア・オキナワ周辺の入植地だそう。世界中で、正式な地名として「おきなわ」という名前がついているのは、日本の「沖縄県」とボリビアの「コロニア・オキナワ」だけらしいです。うーん、興味深いですねー。1年ほど前には、沖縄県の稲峰知事もコロニア・オキナワを訪問してます。(ちなみにこの訪問中に、在沖縄米軍ヘリが沖縄国際大学へ墜落したという事故が発生。稲峰知事は予定を中断して日本へ飛んで帰ったらしい)。サンタクルス市内には日系人も多いし、日本食料理屋も結構あります。久々に食べたしょうゆラーメンは激ウマでしたっ。「スーパーオキナワ」という日本食材店もあり。沖縄の「エイサー」という踊りを踊るお祭りなんかもあるそうです。楽しそうー。実は大学時代に、アメリカとハワイの日系人についての講義を受け、おもしろくてかなり惹きつけられた思い出があります。あれ以来、ずっと「日系人」について気になっていたという経緯があって、今回せっかく南米にいるのだから色んな日系人入植地を訪ねてみるのもいいかなぁと思っています。ボリビア旅行で高山病が心配なら、サンタクルスから入るのがおススメ。今回は会議で忙しかったけど、次回はもっとゆっくりサンタクルスめぐりをしてみようっと。
2005年06月06日
というわけで(←どういうわけ?)、日記を何日か分、まとめて書いてしまいました。5月25日以降分、結構たくさん書いて更新したので、よかったら読んで下さいねー。明日から1週間ほどサンタ・クルスというボリビア第2の街に行ってきます。遊びじゃなくて、会議があるんですーーーー。サンタ・クルスはブラジルに近い町で、気候もラ・パスやスクレとは違い暑いらしい。人も「同じボリビア人?」というくらいブラジルっぽいと聞いてるので、またボリビアの違う面を見れそうです。帰ってきた頃にサンタ・クルス報告しますねー。
2005年06月01日
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