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スクレの祭り「グアダルーペ」2日目の9月10日は朝から快晴。ひとつ前の日記に書いたように祭りの1日目は学校の生徒たちがメインで踊ったんだけど、2日目は年齢層がちょっと高め。ボリビア全土からプロの踊り子集団がやってきて、その中にはスポンサー企業がついてるグループも。衣装もかなりお金かかってそうなものばかりでかなり見ごたえありでしたヒラヒラのかわいい衣装を着て優雅に踊る人。重そうなごつい衣装を着てる(というより背負ってる?)人。こわいお面をかぶってる人。ほんとにバリエーションがあって見てて全然飽きなかった。1日目と同じくゴールの教会まで5~6時間ぶっ続けで踊り続けます。すごい大変そうだった。あんな衣装着て数時間も踊るなんてかなりすごい!その中でも印象的だった踊りのひとつは「鉱山労働者の踊り」昔、中学の地理の授業で習った人も多いと思うけど、ボリビアは錫(すず)や銀がたくさん取れます。特に銀は「ポトシ銀山」という銀がたくさん取れる山があって、スペイン植民地時代はその銀を外国に売ったりしてかなり潤っていたそうです。とはいえ、この銀の恩恵を受けたのはやっぱり支配者であるスペイン人がほとんどだったらしい。そして銀山で働いていた人たちは、長時間労働・低賃金・過酷な労働環境という悪条件の下に置かれていたそうです。そんな状況に耐えかねた労働者たちが自分たちの権利を求めて、1960年代(だったかな?)に労働者革命を起こしたのですが、結局状況は劇的には改善されず、今でも同じような労働環境が続いています。長年の労働で、銀などの粉末を大量に吸い込んで寿命を縮める人もたくさんいるらしい。私が見た「鉱山労働者の踊り」は多分、鉱山労働者たちが自分らの苦悩・悲哀を表現し、訴えるための手段として発生したものなんじゃないかと思う。踊る彼らの手には、山を掘るためのハンマーなどの工具。頭には懐中電灯付きのヘルメット。背中には掘り出した銀を入れる大きな袋を担ぎ、声を荒げる。この踊りがいつどこで始まったのかというルーツは詳しくはわからないけど、人々の人生とエネルギーとたくましさ、その他いろんなことを一気にドバーっと感じさせられた踊りでした。世界中どこでも、祭りや踊りっていうのは、そこに生きる人々の歴史と文化とエネルギーと人生と、その他もろもろ沢山のことを、全感覚でダイレクトに強烈に感じられるものだとすごく思う。ボリビアにいる間にいろんな祭りを見よう。そして、来年は私も絶対踊ります!鉱山労働者の踊り。このお面を見て子供が泣いていた(笑)。日本の「なまはげ」を彷彿とさせる。「チャカレラ」という踊り。スペイン植民地時代の影響が強い優雅な踊り。「モレナダ」という踊り。衣装が重そう。よりによってこんな衣装にしなくても・・。準備中のダンサーたち。みんなかわいい!
2005年09月21日

先週9月9日・10日の2日間、スクレで「グアダルーペ」と呼ばれるお祭りがありました。キリスト教のお祭りなんだって。VIRGEN(ビルヘン。英語ではバージン)と呼ばれる聖女を祝うお祭り、らしい。1日目の9日は学校の生徒達が中心となって、ボリビアの伝統的な踊りを踊るというもの。総勢何グループいただろうか?50くらい?もっとかな。とにかくすごい数のグループがそれぞれの踊りを披露。しかも、町のはずれにある時計台からスタートして、ゴールは中心街の大きな教会で、延々5~6時間踊り続けてたよ!ゴールあたりではみんなぐったりだったけど、最後の力を振り絞ってみんな力強く踊ってた。でも、小学校1年生くらいの子は疲れきって半分眠りながらだったけど(笑)。おもしろいなーと思ったのは、本当に色んな種類の踊りと衣装があるということ。スクレ近郊だけじゃなくて、遠くからはるばるこの日のためにスクレに来て踊ってる人たちも多かったんだけど、その地域の気候や文化によって、こんなにも踊りや衣装が違うものか、と関心。ブラジル寄りの地域の人は「リオのカーニバル」を思わせるかなり薄着の衣装。寒い地域の人はブーツに厚着。ボリビアの文化・人種・民族・気候などの多様性を簡潔に現してると思った。その1日目の写真のっけます。2日目のはまた次の日記で。ゴール地点の教会。スクレの町並はこんなに白い!ティンクイという踊り。鮮やかな衣装!ブラジルっぽい踊り。織物で有名なタラブコ地域の衣装。
2005年09月18日

サン・フアン日系人移住地に行った時にお世話になった家の庭で、とっても綺麗な南国の花を見つけました。思わず激写。
2005年09月10日

ふ~、やっと新しい日記を書くことができます。このところほんとバタバタしていて、かなり疲労感。気づけばボリビアに来てもう5ヶ月。早っ!さて。去る8月20、21日にボリビアの日系人移住地San Juan(サン・フアン)の入植50周年記念祭に行ってきました。20日は式典。21日は移住地の日系人学校の運動会&盆踊り。日本人のボリビア移住は100年以上前に始まりました。サン・フアンとコロニア・オキナワという2つの日系人移住地があって、コロニア・オキナワは文字通り、沖縄からボリビアに渡ってきた人たちが入植した土地。去年、入植50周年。サン・フアンは九州出身の人が多いみたいです。日本から何ヶ月もかけて船で南米に渡ってきて、もちろん途中で亡くなった方も多いそう。何もない原生林を一から切り開いて、50年かけて今のような立派な町を作り上げたその苦労は、現代の私たちには想像もできないくらい過酷なものだったんだろうな。ちなみにこの移住地はほとんどが日本人だけど、ボリビア人も結構住んでいます。サン・フアンには、いつもお世話になってる日系人のご家族(Yさん)がいます(Yさんは6歳のときに両親に連れられてボリビアに来たそう)。そこに泊まらせてもらって、21日は早朝から運動会用のお弁当作りを手伝いました。そのお弁当、日本でみるお弁当そのもの。おにぎり、赤飯、お漬物、肉や魚のフライ、こんにゃく、きんぴらごぼう、などなど。ボリビアでは手に入らなさそうな日本の食材を、この移住地で日系人が作っているみたいです。町には日本ならではの野菜(大根、白菜とか)も売ってます。気候も土も違うボリビアで、日本の野菜作りを成功させたなんて本当にすごい!日本人ってほんとすごいなぁーと思う瞬間。Yさんの奥様は、おはぎ、饅頭などの和菓子も上手に作ります。まじでうまいです、これ!さてさて。運動会は日本とボリビアの国旗掲揚と国歌斉唱で始まり、なんと、みんなでラジオ体操~。子供たちにまじって私も参加。あー、懐かしい!小・中学校の学年別リレーや、親子3代リレーみたいなのが行われ、競技中の音楽はまさに日本の運動会で使われる音楽そのまま。さらに移住地の婦人会による花笠音頭の披露。借り物競争やパン食い競争もあって、私はパン食い競争に参加させてもらったよ。すっごい楽しかったーーー!いつ以来だろう、パン食い競争なんて。しかもね、このパン、ちゃんとアンパンなんです!アンパンも移住地で作ってるんですねー、すごいすごい。後半に、中学校・高校くらいの年齢層によるボリビアの伝統舞踊の披露があったんだけど、最後にみんなが、「おじいさん、おばあさん。私たちが今ここにいるのはあなた達のおかげです。どうもありがとうございます」と挨拶をしたのを見て、思わず涙ウルウル。移住者であるからこその気持ち、なんだろうけど。両親や祖父母、さらにその先祖に対する感謝の気持ちって絶対に忘れちゃいけないものなんだ、って改めて思いました。ボリビアにいながら、まるで日本にいるみたいな1日でとっても楽しかった!また機会を見つけて遊びに行きたい!最高においしいお弁当入植50周年記念祭の垂れ幕みんなでラジオ体操花笠音頭
2005年09月03日
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