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で、昨日の映画の続きだが、サスペンスもの?としてストーリー自体もおもしろかった。 その中で描かれる自閉症児の特徴みたいなものが、さすがはアメリカ合衆国、上段に構えて伝えようとはしていないのだけどさりげなくちりばめられていて、しかも「あるある」という感じの笑えるシーンもあってわかりやすかった。 主人公(ブルース・ウィリス)が、自閉症という障がいについて、なんとなくは知っているけどちゃんとは知らなくて、試行錯誤するうちにわかってくる…なんてところがとてもアメリカらしかった。 今騒ぐと命が危ない!っていうような時に、お構いなしに泣いちゃったりするシーンでは思わず冷や汗。 何はともあれ、こういう映画(自閉症をテーマにしたわけではないけど、他のことでたまたま見た人が自閉症についての理解を深めることができる)はいいなあと思った。 日頃、テレビの番組を見ない(CMは見る)我が家のSは、お友達にひかれた?のか、珍しく時々画面をのぞいていた。
2007/06/29
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テレビで映画を見ていて、チャンネル変えようかと思っていたら、自閉症児らしきかわいい少年が登場。 サバンというか、ものすごいパズルを解く能力を持っていて、なんだか重要な暗号を解いたばっかりに大変なことに。 今はひとまず両親が撃たれ…この先はこれから見るのだが、まあひとまずうちのSは暗号は解けないし、パズルも6ピースまでだからよかった(笑)。 ただ、隠しても隠しても、私のインスタントラーメンを発見して持ってくるのはなぜ?
2007/06/28
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「本物のロック」に生で出会った初体験は、中学時代に行った高校生のロックコンサートで『士農工商』というカルメン・マキ&オズのコピーバンドが『空へ』という曲をやったのを聴いた時だ。ロックコンサートで聴いたそのバラードは、何か遠くのいけない世界に自分を連れて行ってしまった。 このバンドはそのうち地元以外でも有名になり、オリジナル曲をやるようになり、ヤマハのコンテストでも中国大会決勝とかに出るようになる。テレビでも見た。 ボーカルのチリチリロン毛のお姉さんも含めて、独特なムードを持っているバンドだった。下関市内のアマチュアロックコンサートがあると友人たちと連れだって行っていたこの時期、「士農工商」が出るとなるとその期待感も違っていた。 高校に入学した時に驚いたのは、2つ上の先輩に、その「士農工商」のキーボード、『大石学』さんがいたこと。あのバンドの人が普通に歩いていて(笑)、むしろ私よりもまともな学生生活をしてそう?な感じに驚いた。1年の時の選択音楽の授業のゲストとして、シンセ数台を弾きに来て謎のインストのオリジナル曲?をやった時も、なんだかわからずに首をかしげていた他の生徒よりは少しは楽しめたような気もした。 その後、自分が上京して本格的にバンドをやるようになってからはすっかり情報が入らなくなっていた。ヤマハに就職したらしいという話だけ聞いてはいたが…。 そして10年くらい前かもっと前か、ジロキチというブルースのライブハウスにかなり出ているのを見つけて、「ああ、こういう世界にまだ居てくれたんだ…」と結構感慨深かった。でも結局、店にまでは行かなかった(笑)。 そして今日、高校の同窓会の会報みたいなものが届いてそれを呼んでいると、今年のパーティーのゲストとしてその名前があった。 ホームページで大石学プロフィールを見て、「うわー、すごい」と驚いた。 簡単に言うと、シングライクトーキングとか松山千春とか金子マリとかのバックで弾いているし、トリオバンドとしてもかなりの高評価を受けているようだ。 もうなんていうか、本物中の本物というか、いわゆるジャズピアニストとしてミュージシャンズミュージシャンになっていた。ご本人のトリオのCDは毎回2000枚程度しか売れないそう(笑)で、まずはひとまず、CDを買ってみることにした。 結構楽しみだ。 こんなにのせといて、こんなに運命的だと喜んでおいて、ひとまず1枚しか買わない自分が結構好きだ…。 ところで、この高校の1年生の音楽の授業では、出席番号順にバンドを組まされ半年後にそれなりの発表をするというコンテストがあって、小・中学生の時にエレクトーンの全国大会で賞を総ナメにした…という大石さんのところはもちろんその年の優勝バンドとなったそうな。 オチとしては、その2年後の優勝バンドのピアノとボーカルは私である(笑)。「グッバーイ、とわにー、グッバイ俺の青春ーー」と演歌のようなバラードのオリジナル曲(作詞H野君、作曲私)はとてもわかりやすいが、今思うと、たったの2年間でこんなにレベルが落ちたことに音楽の先生はお嘆きだったに違いない。 ちなみに、私は演奏前のMC(お話)でHな話をしたという責めを個人で負って、本当に減点をされていた。バンド全員評定は「5」なのに私だけ「4」。優勝バンドは無条件で「5」というこのコンテストの伝統を初めて踏み外すのであった…。先生も大人げないなあ。
2007/06/26
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6校時のS中。さあ、テストを返すぞ…と教室に入って、あいさつがやっと始まる…くらいのタイミングで、ちょろちょろ系の小柄なW君を、だらだら系の大柄なY君が追いかけて、二人が猛スピードで教室を出て行った。 せっかく珍しく探さなくても入っていた(笑)のに…と思いながら廊下で大声で叫ぶ。なぜかまだ廊下に他にも人がたくさんいるから不思議だ。 先にWがもどってきて着席。Yは途中で遊んでいるのを迎えに行ってやっと始まる。 欠席確認をして、休みは2人。空席は2つ。よしよしそろったと思い、テストの平均点などを話し始めた。 5分くらいしてYが叫んだ。 「先生、この中に他のクラスの人がいます」 Wが大あわてで走って逃げていった。実は1名早退者が居たらしく(後でわかった)そこに座っていたらしい。まだ数回の授業では誰がどのクラスかまでは私もよくわかっていないのだ。 Wのクラスの方でもいなくて探していたかもしれない…と思うと、「これはこんなまねをしたらとんでもないことになると思い知らせてやる!」と気合いを入れて廊下に飛び出て追いかけた。 「待て、こらあ! Wーーーー(渡辺ではない珍しい名前)」 私の叫び声は学年中の廊下に響き渡った。 すると、真ん中のクラスあたりから、「え、何?」と言いながら、一人の男が出てきた。 あれ???? こいつWだぞ…。 そのとなりには、私が名前をWだと思いこんでいた教室侵入のちょろちょろ系の男。 あれ? こっちがWで…こっちは………あっ、Kかあ…。 気づいた瞬間、自分でもおかしくなって、「いやあ、ごめんW、名前まちがえた。おどかしてごめんごめん。」と笑いながらのあいさつ。大体、呼ばれたからって授業中にすぐ出てきてしまうのもなんだが、呼んだのはまちがえた私なので、もうかっこうもつかない。謝りながら教室に押し込んだ。 すっかりテンションが下がって、K(Wとまちがえられた男)にも優しく文句を言うと、Kも必死で「いやちがうんです。Yにそうしろと言われたんです」と必死の弁明。恥ずかしさで一杯の私は少し注意をしてすぐにKを解放。 教室に戻って、「Yーーー」と当たろうとすると、「こりゃやばそうだ」とYも珍しくちゃんと教室の自分の席に戻っていた…。 怒りの方向を失ってしまった…が、かえって暴力沙汰とかにならなくてよかったか…。 後でよく考えたら、学年中に「怒られている」と思われたW君、名誉毀損でごめんなさい。 わかった時にすぐ、 「Wじゃなかったぞー、Kだったぞー」と叫ばなければいけなかったのだろうか(笑)?
2007/06/25
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Sの余暇の過ごし方のうち、家にいる時は読書好きだ。 かといって、親が絵本の文字を読もうとしたりするものなら、すぐにぽいっとする。 自分で勝手に、絵を見たり、指で「ペシッ」とはじいたりして楽しむ。 以前の日記にも書いたが、写真が多い雑誌が好きで、歴史資料集とか日本の温泉とか日本の教会(笑)とかが愛読書であった。 この1ヶ月、居間の、ある戸棚からひんぱんに取り出すようになったのが…大学の卒業アルバム。 分厚くてほとんど白黒だが、「全編これ写真」なので気に入ったらしい。 「ほら、ここにお父さんが…」なんて声には全く耳を貸さず、開いてはピシピシと指ではじく。 数日のうちに、「この戸棚のものは写真ばかりだ」と気づいたらしく、次々と他のものまで出すようになった。 私の、高校のアルバム、勤務したY中のアルバム…が特にねらわれているうちに、特にぺしぺしやられる部分が曲がってきた。さらに妻の幼稚園のアルバムにいたっては、なぜかページを開いて「なめる」など、行動がとんでもなくなってきた。 緊急避難の必要から、はなれの倉庫の戸棚を整理&掃除し、ついでに居間の戸棚を整理し、大変だったがおかげでいつかやろうと思っていた本の整理ができた。 その際に出てきた謎のビデオ。 ROCKIN’DAYS ベストビデオクリップコレクションVol.2 というCBS/SONYの1988年当時のアーチストのビデオクリップ集だ。 順に、グラスバレー、斉藤さおり、尾崎豊、THE NEWS、GWINKO、宮原学、レベッカと入っていた。 もう過去の人だったり、亡くなってたり…という意味では結構貴重だったりして。 THE NEWSは女性のスリーピース(ドラム・ベース・ギターの三人編成)のかっこいいバンド(今もまだ内田裕也とかのニューイヤーロックフェスに出ている)…かと思いきや、それでもなく、かといって最近のアイドルグループでももちろんなくて、全く知らない80~90年代っぽい男性グループ。同じ名前でこうしていくつもデビューしているっていうのも何だな…。 「買った覚えがない」から妻のビデオかと思ったが、同じ期待(THE NEWSに)をして同じ裏切られ方を以前にもしたような気がするので、たぶん閉店セールとかの大安売りで自分が買ったやつかも…。 宮原学の『WITHOUT YOU』は今聴くと結構かっこよかった。 どうもいくつかがこれ↑に統合されてDVDで出ているらしい。
2007/06/24
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思い出したら書きたくなって長くなったが、実は「機織り」の題名で書こうと思ったのはこっちの記事。ちょうど明日からテスト採点などで更新できないので、今日は初の3件目アップ。 で、今年のI中2年生への授業。機織り機を黒板に貼り付けて(機織り機はO先生に6台プレゼントして私はその後1台だけを改良して使っている)、みんなに「使い方」を説明するのだが、太い毛糸で、縦糸は赤、横糸は緑にして織り方の見本を見せる。 最初に横糸を左から右にすんなり通し、その後は「おさ」で縦糸を交互にとってそれを広げて、横糸のついた「ひ」を持って振り返り、 とつじょ声を大きく強調して、「これを…右から左にー?」 と言うと、 数人の生徒が声を合わせて、「受け流すー」と答えた(笑)。 ねらい通りとはいえ、全クラスで同じ反応だった。ムーディ勝山の知名度けっこうすごい。 ちなみに本当は「右から左に横糸を通す」のであって、「受け流す」だけでは困ります
2007/06/20
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産業革命のところの授業で、いつも機織り機を使ってちょっと織物をする。 といっても、手作りの原始的な?ヤツで少しやるだけなのだが、「え、それ何? 何で社会科で?」と他の先生に聞かれると、説明が結構面倒くさい(笑)ので、最近はこそこそとやっている。生徒に聞かれるぶんには、「もうすぐわかる」とかであしらえるので…。 そんなこと書かれると気になるかもしれないので簡単に書くと、1 手ぬぐいとか自分の服とかが糸で織られていることに気づく。2 機織りの大変さを知る。3 それが機械化していくための工夫や発明を知る。(とびひとか蒸気機関とか石炭とか)4 機械化が与えた影響を考える(ラッダイト運動のような反対と便利になっての賛成と)。5 機械化によって職人が失業して、女性やこどもが過酷な労働をした実態を知る。6 資本主義社会の成立と産業革命による世の中の変化を学ぶ。7 5の労働問題から社会主義が台頭したことを学ぶ。 と1枚の布の話が、資本主義・社会主義まで発展するというすばらしい単元指導計画(笑)なのだが、これを3時間くらいに凝縮してやる時に、いつもよりも道具(機織り機や石炭やとびひの模型など)は出てくるは、黒板に模造紙に書いたとびひの図を貼ったりと大サービスなのは、十数年前の新規採用の時の研究授業で準備をしたところだからだ。今や模造紙は黄ばんでいるが、内容はまだそのまま使えて健在。 当時、K2中で新人の私の担当教諭だったO先生と「初任研の授業ではなくて、いっぱしの研究授業のレベルでやって度肝を抜く」という気合いで二人で練りに錬ったところなので、今でもやっていて楽しい。 ちなみに当時は班に一つ機織り機を配って、研究授業の半分はみんなで布を織ってばかりだったので、他校の社会科教諭の度肝は抜けた(笑)。社会科の研究授業では「普通考えられない、これは家庭科だー」と。 さらに、黒板には本日の題名と、発表意見をちょろちょろと走り書きしただけ…だったのだが、授業後の研究会のお客様(講師)は「板書の大家」と言われたようなきっちりとした黒板のまとめで有名などこかの校長。みんな研究会がどうなることか気をもんだらしいのだが、その人が「これは社会科の新しい形だ!」とかほめたもんだから、複雑な表情をしていた指導主事もふくめて、一転「すばらしい内容だった」という方向になった。しめしめ。 ちなみに今振り返っても、O先生は私の初任研の研究授業で無茶しすぎだったと思う(笑)。授業内容もそうだが、研究会の最後に指導主事がいい気分で、「これで採用も大丈夫かな?と思います」と軽口をたたいたもんだからもう大変。 その年は、初任研が義務づけられて、1年間の仮採用…という位置づけになった元年だったので、指導主事もそのあたりを冗談で言ったのだが、組合長バリバリのO先生に火をつけてしまった。 そこから10分間、O先生の怒りの演説は「彼がその前にどれだけ経験を積んでいるか、いかに日頃の授業をやっているか、学年でどう戦力になっているか、そんな若者に対して仮の採用という制度がいかに失礼であるか、そもそもこの制度自体気にくわないのに二人で今日のためにどれだけ力を入れたか…」と続いていった。怒っている人にほめられているのは不思議な気分だった(笑)。 その流れから閉会に持ち込むために、講師の板書の大家がまたほめて、さらに指導主事がまたほめて(ちなみに彼は、私が初任研に行くたびに寝てばかりなので本当はかなり苦々しく思っていた)、校長が最後に「過分なお褒めのことばをいただき…」とあいさつして終わった。結婚式みたいだ。こうしてこの日だけ「社会科の新星」となった(笑)。 ついでだが、この校長は私の結婚式の仲人、O先生は司会をやってくれた…。O先生はずっと冷静で穏やかでプロよりもよかったくらいだったが、妻の大学友人のスピーチと歌(女子バンド)の紹介の時だけ、「みなさん、おまたせいたしました! ついに登場です!」とかすごく熱かった…。
2007/06/20
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今週からプール開きをしているのだが、Sのいる特学も今日は「プール道具一式を持ってきてください」とのこと。 ただし、体温とかを測って、はんこを押すプールカードはまだ…。 そう、今日はまだ持ち物の確認だけ。 でも、朝からプール道具を見ちゃったから入りたがって怒るのでは…どうなることやら…と思っていたのだが、授業で「プールのまわりを走らずにちゃんと歩く練習」(笑)をしたらしい。 そして足だけジャブジャブ…の予定だったようだが、うちのSは、着替えの半ズボンをはいて、ビニル袋入りの半ズボンを持って家に帰ってきたのであった。
2007/06/20
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暑くなってきた。学校というところはたいていすごく暑い。あの教室に40人も詰め込んでいるのだから、たとえやる気がなくとも(笑)熱気ムンムンである。 今年度行き始めたS中のある市は、米軍基地の飛行機騒音問題もあって、昔から冷房あり。これはすばらしい。同じ市内のH中で7年間経験済みだが、集中冷房なので、教室の位置によって、冷房が効かないクラスと、効き過ぎて寒くてジャージを羽織るようなクラスがあった。でもとにかくやっぱり暑いよりいい。ただし7月にならないと使ってはいけないらしい…。 H中の後に勤務したH市のY中では、H盆地でもともと暑くて、さらに校舎の隣の道路で信号待ちの車からでる熱気、空気の通り道のない校舎(2年生と3年生)、光化学スモッグ…夏の暑い日は生きた心地がしなかった。たぶん教室内は体温並みの気温。私は授業はやっているけど心が飛んでいき?気がついたら、自分でも知らないうちにはだしになっていた…なんてこともあった。 自分が住んでいる街で、3年目勤務のI中のあるA市は、山の入り口で昔は涼しさが売り物だったが最近はそうでもない…。しかし、校舎内は風も通り抜けるし、冷房こそないが、天井のいくつかの扇風機が結構いい感じ。ただし、なぜか教師の立ち位置には扇風機がない(笑)。 とにかく、ここI中も扇子が必要。自分もバタバタあおぐ代わりに、生徒が下敷きでバタバタやっても「失礼な!」なんてことは言わない。H市のY中時代に、暑い時は何でもあり…と思えるようになった。ちなみにこの学校は生徒会活動の成果で、夏はまさにクールビズ。自由化された好きな色のTシャツ1枚で過ごせていたのは、生徒にとってはせめてもの救いだった。ちなみに私は以前からどこでもクールビズ(っていうかTシャツかポロシャツ1枚)である。 で、今日から扇子を持ち歩いていると、たいてい休み時間に生徒が、「貸して」とかいってさわりたがる。別にそれはいいのだが、「ていねいに扱えよ、高いんだから」などと言うと、「いくら?」ということになり、「1万円…出して100円ショップで買った」と大げさに答えるといくらかわからずに頭をひねる生徒が多くてとても笑えた。 (一応、おつりが9900円ということです) たいていの人は、それを借りて自分をあおいでみる。たまに、こっちにも風を送ってくれる殊勝な人もいる。今日、楽しかったのはI中の特学のT君。I中では私は特学で仕事をしていないのだが、時々遊びに行くので顔見知り。廊下で会ったT君は、「あっ、これ貸して」といって私の教科書の上の扇子をとった。 自分をあおぐかと思いきや、「チャンチャンチャン…チャンチャンチャン…」 『さくら~さくら~』のフレーズを口ずさみながら、彼は踊り始めた! 廊下で片ひざついて扇子が舞う…。 これだから、特学の子たちと一緒に遊んだり、仕事するのが楽しいのである。
2007/06/19
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本日S中では3年の進路関係で保護者の集まる会があった。 なかなか盛況のようで、駐車場横の駐輪場にも100台くらいの自転車がとまっていた。 さて、この「駐車場横」というのがみそである。 3年生は午後カットでこの会が始まった。私は6時間目まで2年生の授業をやった。 帰ろうと思ったら、駐車場の出口(入り口でもある)が自転車で完全にふさがれていた! どう見てもそこしか出口はないのに20台くらいの車の退路を断ったあなた達はすごい! 会が終わるまでは、職員一人たりともかえさんぞ…というところまで考えないだろうが、まあ人のこと考えずにやってくれたのは確か。 不登校相談員の先生とがんばって15台くらい運んで、お先に失礼しました。
2007/06/18
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今回は私の散髪について。 量が多くて剛毛のため、長髪にできない(横の髪が寝ずにふくらむ)私は、「生涯刈りあげ」やむなしという状況なので、月に1回のペースで行かないと髪形が爆発する。 しかし、月に1回だともったいないので、爆発しても耐える期間(笑)が、いつもだいたい2週間から1ヶ月ある。さらにその間にいきそびれると、そのうちうまく髪がなじんだり?して、まあまだいいか…なんて思っているうちに、ある日もうどうしようもなくじゃまになっていらつき、急に万難を排して散髪に行ったりする。 年収が減ったこの数年、地元の散髪屋ではなくて、隣の隣の市の入浴施設の1200円散髪に行っている。10分くらいで終わって、そのまま風呂場で自分で洗う…というしくみ。風呂でくつろぐついでに散髪もできるので結構気に入ってはいる。 ただ、この日はS中が職場体験をやっている日だったので、この施設にもいる可能性があり、何もそんな危険(それこそ裸一貫飛び込む)を冒すこともないなと思いやめた。そして久しぶりに地元の散髪屋に行った。 先の入浴施設の散髪屋では「顔剃り」もやっているのだがこれも1200円。なんとなく散髪代と同じだと尻込みしてしまい結局頼まない。そうこうするうちに、眉毛がつながりそうになったりするので時々自分でそるのだが、眉毛と目の間…まぶたの毛とかは自分ではこわくてそれない。長くほっておくとそれなりに濃くなってきていて、そろそろお店でそってもらいたかった。 ということで地元の散髪屋…自称ヘアーサロン4200円(すべて込み)に久しぶりに行った。 1800円の差を埋める気持ちよさがあった! まず、散髪中に寝るあの快感! 向こうには迷惑だと思うが、寝て「カックン」となってはいかん!…と思いながらやるあの「カックン」、そして「すみません」なんて言いながらまた寝てしまい、…「カックン」 を何度もたぶん10回くらい繰り返す(笑)。最近の10分間散髪では忘れていた心地よい眠り。なぜあんなに深い眠りにつけるのだろう? さらに顔剃りのためにイスを倒し、シェービングクリームを付けて蒸しタオルを当ててもらう…とか、洗髪の後、なぜか肩たたきをしてもらう…とか、「おー、これがセレブの散髪か!(いや、ほんとはこれは普通の散髪なのだが)」という殿様気分であった。 このお店は私よりちょっと年上の夫婦がやっているのだが、だんなさんは寡黙で、切っている間中静か。時々会話をすることもあるが、たいていは軽い会話の後、店内のFMラジオを聞いているうちに私は「スー」と寝てしまう。で、顔剃りから先は奥さんがやって、肩もみあたりから世間話をする。地元の情報を聞いたり、息子さんが野球をやっていたこともあって、よくそういう話をした。 他の地区とはいえ、当時はまだ野球部監督なので、情報収集にもなっていたし、向こうも私の10年分くらいの地区成績を含めたあゆみを知っていた。知っている人が息子さんの中学の監督になった時には、「じゃあそろそろパイプイスが飛んだりしますよ(笑)」とか予言をしたものだ。予言というか、もともと試合中よくイスをけっ飛ばしていた人なので、対戦相手でこちらが勝っている時はそれを見ながら笑いをかみ殺していたものだった。 こちらは「ちょっと久しぶり」に来たつもりだったが、どうも「すごく久しぶり」だったらしい。今後は3回に1回くらいはここに来よう。それでも半年に1回のペースだが…。 「その後、中学校(I中の隣の学区)の野球部はどうですか?」 なんて前回の続きのつもりで聞くと、 「今、○○高校で野球やっています。2年生ですが人数も少ないので試合に出ていますよ。」 …なんと、来たのは3年半ぶりであった。
2007/06/16
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今日はS中が学年行事で休みだったので、昨年度週1で勤務していたH市立U中学校の特学(昨年度の日記にはC中の名で登場)にボランティア出勤した。 「おひさしぶりー」と寄ってきた女の子があまり見覚えのない子で、「え、あれー、こんな短期間に名前がわからなくなってしまったのか!?」とがく然としたのだが、どうも中1の新入生だった。 知らなくても無理もない、4月に一回あいさつに行ったけどほとんど初対面だから(笑)。 ということで、その後は少なくとも2・3年生は知っている子ばかりで(当たり前だが)、自然に過ごせてとても落ち着いた。 もちろん、パニックの子がいたり、強情はったり、泣いたり、それはそれでいろいろあるのだが、なんだかここを流れている空気がとても懐かしいし心地よかった。 来年度は、枠数や曜日を何とかやりくりしてここに戻ってくるぞ…と心に誓うのであった。「偶然うまく余った曜日に行く」という発想ではなく、「最初から週1日はここに行く気で空ける」ことが必要だったなあ…としみじみ思った。 特学の指導補助員で楽しみながらも学ばせてもらうこと、そして通常級の社会科選択授業で社会福祉をテーマに啓蒙すること…そのバランスで「今の自分にできること」がうまくかみ合っていたのだが、今年度はそのどちらも同時に失っていたので、障碍のことについては「息子のことばかり」になっていた。「そうかー、これがやりたかったことなんだなあ…」とやっとその重みに気がついた。 さて、一日何かと楽しかったが、やはり一番笑わせてくれるのはダウン症のK君。朝の授業時は「先生の名前覚えてる?」と聞くと、「知らないー」(ひょっとこ踊りのポーズ付き)ととぼけていたくせに、帰るまでには以前の通り。さすが3年目のつきあいだ。 帰りの会で、今日の個人反省が「○」にならずに「×」だったK君、私が遠くから「ざーんねん」のポーズ(以前劇で彼がやった両手を打つポーズ)をやると、その後は帰りの会の間中、私と目が合うたびに10回くらいやっては、ニヤニヤしていた。K君のネタだけでこんなに過去日記があった。お時間あればご覧ください。すごい男です。その1 ここではC君その2 ここではA君その3 ここではK君その4 ここではK3君その5 ここではK君
2007/06/13
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最近のSは、嘘泣き?や不機嫌・怒りをあらわにして、ゴネて何かを勝ち取る(休息や物や保健室行き)ということが結構あると学校でも聞いていたので、家では私が「譲れないことは絶対譲らない」とがんばっていた。 今朝、家を出るところから行きたくないと、ダダコネ寝ころび攻撃。少し待って起こすとたいていは2回くらいであきらめてテクテク歩き始めるのだが(そこから30分まじめにちゃんと歩く)、今日は200m進むまでに10回以上寝ころぶは、怒って暴れるは…これでは学校でもダメそうだから欠席か?というくらいのありさま。 いつも握手をしてくれる八百屋のおじさん…のところまでたどりつけぬまま、Uターンした。 休ませる気はなかったのだが、このままのペースでしか進めないのでは、私が1時間目の授業に遅刻してしまう…。それで家に連れて帰ってそれから車で出直すのにはもうこの時間が限界…と思い家を出て15分後、戻りはじめたのだったが、なんとSは帰り道になるとテクテクとよく歩く! 許せんヤツ。まさにゴネ勝ちされたことで「これはよくない」と、車に乗る前にもしかり、乗ってからも機嫌悪くして無視していたが、S本人はどこ吹く風…。 小学校に着くとご機嫌で登校していった。 図工の時間にのりをなめてしかられて少しシュンとしたらしいが、交流給食の付き添いに私が行った頃にはまたご機嫌。早々と魚の切り身を食べた後、食パンの耳を食べ終わると他に気に入ったおかずがないらしく、必死で魚のおかわりを要求。 しかし、食べられるはずのとうもろこしとかほうれん草などの野菜に手をつけないので、「それを一口食べてから」とおかわり保留。全部食べるのは無理でも、たいていはこの交換条件のやりとりがわかって少しは食べるのだが…最近のゴネ勝ちにいい気になっているのか、今日はそれさえも拒否。 しばらくの間、何度もおかわり要求をしても私が屈しないので、廊下に走り出て泣いてみたり、しまいには怒って私をつねろうとしたり…とバトルが続いた。交流学級に行って何やってんだか…という感じだが、「これは譲れない」とこっちもねばった。 あまりのしつこさに、とうとう私の方が… ゆずった …のではなくて、切れた! 「いいかげんにしなさい! だめなものはだめです!」という怒り声(それでもちゃんと言葉遣いはよそゆきバージョン)が教室中にこだまして、みんな「シーン」。 なかなか恥ずかしかった。 Sは一応しおらしくなったものの、それでもまだとうもろこし一粒さえ食べずに魚をとろうと手を出してくる。 しぶといSとのやりとりがまだ5分続いた末、小さな魚一切れの上にとうもろこし一粒をのせて出して、「これをちゃんと食べなさい!」というと、視覚的に同時に見えたのがよかったのか、やっと「魚・とうもろこし・魚」の順に食べた。 ああ疲れた。 これで、嫌いな○○を産まれて初めて食べた…とかならまだ許せるが、彼は日頃はとうもろこしばかり食べるようなこともあるのだ。偏食プラス気分次第…困ったものだ。 それでも以前は、給食時間にいっさい口にしなかったし、座ってもいられなかったので、成長は認めよう。 明日は、朝じっくりつきあえるので絶対に歩かせるぞ! 幻の白いとうもろこし…おいしそうだけど、自閉症児は警戒して絶対食べなさそうだ。
2007/06/12
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以前勤務していた小学校では、テーマ別の全学年の文集…という珍しいものが毎年出るのだが、そこに職員も寄稿する(というかさせられる)。 で、これがまた、みんなふしぎなほど「リラックスモード」の好き勝手な話を書いていいことになっている。趣味の話…釣りも車もガンダムもなんでもありだ。確かにそこに重たい話を書くと浮いてしまいそうだし、毎年書くのに「枕草子」とか「徒然草」級のコラム的な立派なお話を捻出するのは無理である。 で、自分が何を書いたのかめくってみると、この機会でもなければ思い出さなかっただろう「小学校時代の思い出」(しかもくだらん)が載っていたので以下はそのまま引用。 「宝箱」 小学生の頃、スーパーカーブームだった。そんな折、某大手飲料会社がビンの栓(王冠)の裏に百種類のスーパーカーをプリントしたのだ。しばらくはそればかり飲んだ。 最初は、友達とコースをつくり、王冠を指ではじいてレースをして遊んでいたが、そのうち集めることが目的となった。大人にとってはただのゴミなのでお店で拾いまくった。男子みんなが集め始めると王冠は街のどこにも落ちなくなっていった。 半分集めてからが、もう大変である。友達と交換するにも持っている車種を覚えなければならないし、出る確率もだんだん低くなっていく。ある日、自動販売機の栓抜きに目をつけた。抜いた栓が下の方に落ちて取れなくなるので今までは避けていたものだ。穴の開いた磁石にひもをつけて、王冠取り放題! そんな苦労(無茶?)の末、やっと百種類を集めたのだった。 そして一昨年。実家の押入れを整理していると箱が出てきた。「おお、これはあの時の…」ドキドキしながら開けてみると、中から錆びた鉄のゴミが百個出てきた…。 引用終 この春帰省した時にもその捨てきれない鉄のゴミを見たが、以前見た時よりも「車の絵」が見えなくなってきていた。高松塚古墳の壁画みたいだ。 それにしても上の作文、王冠は「ゴミといえばゴミ」だけど、自動販売機から抜き取ると「盗難といえば盗難」なのを隠すのに必死な文章なのが笑えた。値段すごいな。楽天ショップで高級車を売っているということ自体がすごいけど、ワンクリックで買う人もいるのか? 写真をクリックして見るだけなら大丈夫です。もちろん買ってくれるとうれしいです(笑)。模型ですが、やはり「サーキットの狼」世代には「ディーノ」でしょう。
2007/06/10
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休日に妻が出かけると、私はSと家でごろごろするのだが、そういう時はたいてい義父母も買い物以外は出かけずに家にいる。 困るのは昼飯。何というか私の存在は、思い出されたり思い出されなかったり(笑)なので、こちらが何か用意して食べるのを楽しみにしているような時は「いなり寿司」とかを買われてしまい、一方で「何か用意してくれるんだろう」と思っているとそのまま忘れ去られている。 今日は見事に後者で、Sにはたこ焼きを買ってきて昼飯のお呼びがかかったが私には特になかった(いじめか?)。 やはり私のはなさそうと確信した午後3時、ちょうど昨日買っておいたインスタントラーメンを食べた。漫画とタイアップしてファミリーマートで売っていたヤツ。「ラーメン発見伝」というシリーズの塩味。魚介スープですり身みたいなのも入っており、200円くらいしかしなかったのにすごくうまい! やったー!と思いながら食べていると、ラーメン通のSが近寄ってきて、ほしがる。 相当量のスープとめんを奪われた。 思わず「お前はたこ焼き食ったくせに!」と言いながら、二人で最後の一滴まで飲み干したのであった。 まとめ買いようだがアフィリがあった。 こっちの味も今度買ってみよう。
2007/06/09
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ベトちゃんの具合がよくないらしい。ベトナム戦争の時にアメリカ軍がまいた枯れ葉剤の影響で、体がひっついて産まれたベトちゃんとドクちゃん。日本で手術したのは1988年だったらしい。 先日、ドクちゃんが結婚…なんてニュースをやっていて、「へえー」と思っていたのだが、今の中学生たちは88年にはまだ産まれてもいないので当時のことは知らないらしい。でも、何かで見る機会があったのか、二人の分離手術の話は知っているようで、先日の地理の時間、I中のある女子生徒が、「あー、ベトナム戦争といえばあの二人いますよねー。」と話し始めた。 「そうそう…」と合いの手を入れながら言わせていたのだが、何かおかしい。 よく聞いてみると二人の名前を言う時に…「ベトちゃん」と「ナムちゃん」(笑)と呼んでいた。 さらにそれを指摘されても、「えー、ベトナムだからそうつけたと思っていた」と他のみんなもなぜか結構勘違いしていた。 「ベト」ちゃんと「ナム」ちゃんって…、日本人だって「にっちゃん」と「ぽんちゃん」とか親はつけないって!
2007/06/07
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昨日のこと。朝、Sと一緒に登校し、小学校の門を通った。 ここから先は、いつも花壇のまわりの大きな石の上を渡り歩く。それを補助?するために、手をつないであさがお学級(仮名)までの道を二人で行くのだ。 そうやっていつもの通りに手をつないで花壇のまわりの石の上を進んでいると、小学校1年生の女の子に声をかけられた。 「この子、『あさがお』の子?」 いやな感じでなく、素朴な感じで聞いてきた。1年生でもないし、かといってしっかりした上級生でもないし(笑)、不思議に思ったのだろうか。 「そうだよ。あさがおの3年生だよ。よろしくね。」と優しく声をかけた。 すると、「そう、私も今日から行くからよろしくね!」 なんだか女の子特有のおしゃまな感じ。 「…。 あっ、今日1年生の見学とかあるのかな?」 「ううん、私が今日行くの。」 よくわからなかったが、そこで別れて教室に行くと…その子があさがお学級のげた箱にいた。 どうも本当に今日から、通常級からこちらに来る子だったらしい。 それにしても、Sのことをクラスメイトだと見破り(まあそれはわかるか)、さらにきちんとした会話が成り立っていて、なんだか大人みたいなおしゃべりのできるあの感じ…いったい何の支援がいるのだろう? と思いながら去っていったのだが、その日Sを迎えに行ったついでに5時間目の授業を見ていて判明。 なかなかのおしゃべり魔、イヤイヤ魔、怒りん坊…思わず笑ってしまった。またライバルが増えた(笑)。 新しいお友達…いやご学友に乾杯!
2007/06/06
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本日はS中運動会の代休。朝、少年S(息子)を小学校に送ったあとはフリータイム。 車を取りに家に帰る途中で、義母の友人(おばさん)に会い、「今日はお休みですか?」と聞かれて、「あ、いや…、車を取りに戻ってまた出かけます…。」ととっさにまた仕事に出かけるふりをした。そう、代休の時は家の者(義父母)には内緒でいるのである。地元のI中の代休の時はそうもいかないが、それ以外の学校の代休はめったにないゆっくりできる時間として過ごしてきた。と言っても年に2~3回しかないが…。 代休と言えば、3年前は幼稚園に息子の様子を見に行った。一昨年度は小学校の特学に息子の付き添いで入った。それもあまり必要でなくなった昨年度からは、たいてい映画を見に行っていた。平日だから空いていてゆっくりできていい。 ところが今回はダメだ。なぜなら、ほどよい距離にあり便利なその映画館(というかシネコン)…S中の学区付近にあるのだ。ということは今年度からは安心して見ることは無理。へたすればうるさいヤツを上映中に注意…とか最悪の展開も考えてしまったので今回はパスした。 で、今日何をしたかというと、なんと健康的に近場の「T山」に登っていた! 実はこのT山、県民の憩いの場とも言える手軽な、それでいて植生も含めすばらしい山なのだが、私は意外と登るチャンスがほとんどなかった。20年前に初めて講師になった年に、学年の先生たちに誘われて中学1年生と一緒にボランティアで登ったその1回きりだと思う。 その後は、遠足自体の回数が減り、飯ごう炊さんメインで山登りがなくなった。さっきから、まるで登山にでもいったような口ぶりだが、このT山、とるルート次第では大変な思いもできるが、今の私にできるのはハイキング程度…そんなニーズにもバッチリ応えてくれる山なのだ。 知ってる人にはバレバレで申し訳ないが、一応、地域は非公開ということで…。 結構、孤独に行動するのが好きな私…今日も一人で山に行った。T山は地元の自閉症協会のイベントにも使ったりするので、その実踏もかねて、写真を撮った。いつかSと行く時のために使うかもしれないし、覚えておきたいこともこの記事に記録しておくことに。 まずは駐車場。山の麓にあるのだが、一日1000円のところがほとんど。しかしこれは前日インターネットで調べておいたところは500円。T山にあるお寺というか神社というかそこの駐車場が駅をやや過ぎたところにあった。車を止めたらその駐車場の洋式トイレを実地踏査…って自分が大便をしたくなっただけだ(笑)。洋式は「身体障害者用」としてしかなく、しかもそこはアコーディオンカーテンでカギがない。人がまばらで入ってくるとは思えないが…結構ドキドキものであった。 さておみやげ街の参道を少し歩くと、楽チンコースの第一歩は、ケーブルカー! Sも好きだろうし、これは楽と思ったのだが、なんと点検などによる休業中。代わりに「リフト」があった。同じ値段のようなのでそれに乗ることに。楽するために乗っているのにリフトに乗るまでの階段がすさまじく急だ。年配のお姉様方がつらそうであった。 そんな80歳くらいのお姉様方も乗っているからたいそう安全なものかと思ったのだが、「すわおそろしや」、しくみはスキー場のものと同じだが安全バーがついていない。それでも高くなるところはなく落ちても1mくらいの高さ…だったので前半は余裕だった。 ところが上の方に行くと…たしかに落ちても1mくらい…のところにネットはあるのだが、そのネット自体が山の杉の木より高い位置にある。気にならない人にはならないのだろうが、高所恐怖症の私は、そのネットの先の地面を見てしまいがく然。必死でイスの横の鉄棒を握りしめるのであった。写真はそのネットのあまり高くないところ。高いところはこわかった。着いた時には変な汗をかいたのかズボンの太ももの裏がぬれていた(おもらしではない!)。 Sは、高いところは好きだが、ふざけて降りそうなので、このリフトは絶対なし…だな。 降りて、てくてく歩いて、山のお寺に到着。これでもかというくらいに「厄年」の表示がしてあり、気づかぬままに「前厄」を終えて、今年「本厄」の数え42歳の私も「ここで何かしろということか?」と観念。厄よけのお守りなど探していた。とりあえずちゃんと「祈祷」をしてもらうと3000円~となっていたのでこれは候補からすぐに消え、ひとまずお参りに。 そこで今年まだひいていなかったおみくじなどひくと、なんと「大吉」。何でも思い通りなようなので(笑)、何もしなくても良さそうだったが、気をよくして、「厄除けの護摩」300円を買って、自分の名前を書いて置いてきた。 ちょうどお寺の中で護摩を燃やしているところを見て、これは何か密教のおまじないみたいですごいな…と感動して、ついでにひとつ200円の護摩を3つも買って、体弱りがちな?妻とSと実家の母の名前を書いて「病気平癒」を祈願した。後から考えると、形の残らないものに1000円(おみくじは100円)も使わされていて少しやられた気もしたが、まあ厄除け済み?ということでよしとしよう。 その後は山頂に向かって道を進む。20年前に逆方向から通った記憶のある道だった。そしてほどよい疲れとともに山頂に着きのんびりと景色を見る…はずだったのだが、山頂は別ルートで登ってきた小学生たちの群れ、また群れ…。3校×3クラスくらいのガキどもが日陰のいい場所をとって弁当を広げており、うるさいは走り回るは…平日にはこういうこともあるのだった。逆の立場の時はこうして一般の方に迷惑をかけているのだと実感。 帰り道は少し違うルートをとりながら、最後は恐怖のリフトには乗らないことにした。たぶん上りより下りの方がこわそうだし。しかし、この徒歩の1号ルート、ひどい道だった。広くてコンクリートで舗装されたとにかく急でまっすぐな道。一番足が痛い下り道だ。リピーターの人たちを絶対リフトかケーブルカーに乗せる策略か? たぶん少し上から出ている別ルート(6号ルート)の方がよさそうだった。 しょうがないので、スキーの急斜面みたいに右に行ったり左に行ったりS字でくねくねして降りた私は、後ろの人から見ると酔っぱらいのようだったかもしれない。写真は、千葉県在住の友人、お尻の大きなO君に似ているので撮ったのだが、家に帰って見てみると自分の方が似ていた…という鬼の像。結構、俺、カメラうまいな(笑)。
2007/06/04
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地理で中国の学習をする時に毎回思うのだが、「中華人民共和国」を略して「中国」…って、最初と最後の1文字ずつってなんかすごいなあと思う。日本人が勝手にそう略したのか、中国人も自分たちでそう認めているのか…ずっと気になっているがいまだにわからない。 I中の生徒は、授業中よく発言するが、ギャグもよくいう。というか発言の中に適度にダジャレが混じる。別にそう仕向けた覚えは全くないのだが…。 私も高校時代に身に覚えがあるのだが、うけたらうけたでOKだし、みんながあきれて「ハー」とかため息をつくのもまた快感であった。 先日は「中国が今世界から熱い視線を送られているのはなぜか?」という導入的発問に、「人口が多いから」とか「市場としての価値が高い」とか「世界の工場となる」とか「北京オリンピック」とか期待通りのナイスな発言が相次いだ。 そしてやはりある意味期待通り、ある体育会系男子がまじめな顔で言った。 「中国は、ちゅごくいいから。」 ダジャレのレベルはともかく、その「ちゅごく」(すごく)がとてもかわいくて、その後も頭から離れない。授業中、私が「中国が…」という度にみんなが笑いをかみ殺していた。
2007/06/02
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