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2009年もあと24時間とちょっとで終わり。今年は特にブログの更新が少なかった...。 書く時間がとれないけどそのうち書こうと思ったことをmemoという欄に箇条書きで書いている。書く時間ができたらそこから文章を貼り付けてふくらませて...という計画なのだが、たいていはその時の旬のネタから先に書こうと思ううちにお蔵入りしてしまう(笑)。 ということで、2009年のmemoから、せめて自分だけが思い出せる程度にふくらませたものが以下の内容である。 どうしても気になったらコメントで言ってくれればふくらませます...と書こうと思ったけど、やはり大変なので言うだけ言ってみてに改めます。 1 どこの五重塔を見ても「まあまあだな」としか思わないのだが、自分にとっての五重塔は小学校4年生の遠足で見た山口市の大内氏ゆかりの瑠璃光寺五重塔! ふと調べてみると後ろの景色といい塔そのものの美しさといい全国トップレベルという言われるほどの代物であることを初めて知った。 2 この春卒業したI中の子たちは3年間持ち上がった。わけあって卒業式には毎年出られないのだが、この学年は「第二の卒業式」とでもいうべき音楽集会を最後に行ったのでそれを見に行って、心の中で別れを告げた。「旅立ちの日に」とか「大地さんしょう(漢字が出ない)」は過去に聞いたどの学校のどの学年よりもすばらしい歌だった(と思うけど昔のは忘れた)。 この学年の学年主任はとても尊敬できる人で、学年通信の題名も「雫」に始まり、「清流」 「奔流」と水が少しずつ流れを大きくしていった。そしてこの日、「河口」を歌っている彼らは「大海原」に出ていくのだが、その最終号は見られなかったので卒業式に出たのかな? 3 以前書いた記事だが、 ここ http://www.nikkei-ob.com/ (コピーしてURLに貼り付けて見てください) で 日経おとなのバンド大賞の2008年グランプリ曲が試聴できる。その優勝バンドは、同期の新規採用で同じ学校に勤務した一つ年上のH田J君。他のメンバーも、一人が職場の先輩でその関係で録音を手伝ったので全員知っている人たち。30日5時半から一部地区ではその2009年版が放映されるけど、もしかして昨年度大賞バンドの演奏も放映されるかな? 4 今年から行っているM中には支援学級がない。しかし、高機能自閉症で通常級に在籍している体の大きな少年がいる。何かこちらからオーラが出ているのか(笑)、行き始めてすぐに寄ってくるようになり多少の交流が生まれた。しかし、支援学級がないことでノウハウをきちんとわかっていてみんなをしきる先生もいないし、まわりも荒れていてしょうもない学年なのでよくからかっている。パニックになっても落ち着いていける場所なども作れないので、無理に押さえるしかなく押さえる先生たちがやられてしまう...。通常級に在籍するだけあって、勉強はよくできるようなのだが、そうやって不安定な時が多いので授業の半分は出られていない...。 本当にその子にあった支援、学習環境ってなんだろう、親はどう考えているのだろう...と謎が多い生徒なので今後の推移を見守っている。 5 整形して逃走していた容疑者のニュースを見てふと思った。指名手配の写真を目にする機会って今の生活の中にないなあと。テレビが本気で社会貢献をしようと思うなら、CMスポンサーが付かないような枠でもいいから、「今日の指名手配」とかを放映してはどうだろうか。 昔のプロ野球ニュースの「今日のホームラン」みたいな感じであの軽快な音楽に乗って、写真が出ては、カキーンと打たれて消えていく。セコムとかアルソックあたりが大スポンサーになってくれたりして。あと、「今日のさがしびと」とかもそのあとにやって、そっちはバラード調の曲に乗せて見つかったらお礼のコメントとか感動の再会のシーンを放映する。何か世の中全体が優しいムードになるのに一役買ったりして。6 友人の出した自主制作アルバム(3曲入り)がとてもいい。ここ→ http://blog.livedoor.jp/hirayasu_poplife/ (URLをコピーして) から入ると通信販売もしているかもしれないけど3曲のどれが一番いい曲か何度聞いても決めかねている。ということは3曲とも名曲なのか、それなりなのか(笑)、のどちらかだと思う。人物はこのブログにも良く出てくる昔のバンド仲間の平安(ひらやす)君 (鎌倉君・仮名として良く出た)なのだが、今回のこのアルバムはいろいろな楽器を器用にセンス良くこなす撰(えらぶ)さんとのユニット「UKIKUSA」名での発売である。結構 YOU TUBE にも画像があるので検索してみてください。(でもこれで見ても魅力が今ひとつ伝わらないんだけど) 7 今年は年末に2件ほど教え子たちとの忘年会に行った。久しぶりに会った方の学年では、6のライブの後に遅く行ったせいもあり、終電過ぎてもつきあわされた。で、すっかり少人数になってカラオケに行ったのだが、ボロボロに酔っているだけあって、歌詞の映っているテレビの前に行っては脱ぐヤツ(笑)とか、そのうち吐くヤツ(同人物)とかもいて、トイレで一緒になって背中をさすって連れて帰ってきたりと数年ぶりのサービス残業をするはめになった。吐いてる本人が「元担任だからしかたがないか」とつっこんでいた(笑) 8 今年やり残したことをやりましょう...という終業式の校長の話から思いつき、午後はフリーだったので、噂に聞いたラーメン屋をやっている教え子(もう30歳)の店に。「えんの助」というその店は、見事なほど自分が求めている味、下関のラーメン屋「満潮」で昔食べた味だった。その後、そこから近かったこともあり、違う学年の教え子(27歳)がやっている理容店「ART」に。彼には他の店で修行中にも切ってもらったことがすでにあったが、いつもは10分1000円とかの店ですませてしまうので、たまにはこういうゆったりとした時間もいいなあとくつろいで過ごせた。 以上、思ったよりふくらませて書いたので長文失礼しました。本年中おつきあいいただきありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。 【30%OFF】ジグソーパズル 1000ピース 日本の風景/お寺「瑠璃光寺-山口-」
2009/12/30
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クリスマス的な音楽を聴こうと思って、我が家の離れの部屋の棚からひとつかみ。 1985年、自分が大学2年生のクリスマス用につくったテープが出てきた。(厳密に言うと、そのテープをダビングしたMDだが) なんで、そんなものをMDに残しておいたのかと思ったら、1曲目に音楽サークルの先輩であるH松さんが歌ったオリジナル『恋人たちのクリスマスイヴ』が入っていた!(このネタ以前も書いたかも。それとも飲み会で人にしゃべっただけか?) それは、突然思い立ったように打ち込みのドラムなどに合わせて録音されたものだが、キーボードの一部はまちがいなく自分が弾いている(弾かされている)ようだった。曲は今聞いても結構好きな感じだった。おおかた、H松さんがクリスマスイヴに恋人を喜ばせようとか、新たな人と深い仲になろうとか、そんなことのために録音したに違いない(笑)。 それはいいとして、そのテープ自体は私が自分用にいろいろな曲を集めたもの。そして、それは明らかに、部屋で彼女と一緒にクリスマスイヴをしっぽりと過ごそうみたいなねらいがあったと思われ(笑)、バラードを中心に当時好きだった曲が集めてあった。 そのH松氏の曲にはじまり、「栞のテーマ」サザン、「99」TOTO、「We are all alone」ボズ・スキャッグス…とか出てくる曲は和洋問わず、ジャンルもバラバラ。よく考えてみれば、この頃、レコードを買う余裕などが一番ない時期だから、貸しレコード屋で借りてテープに録音してばかり。さらにその余裕もなくなった時期だったからどうも自分がバンドでコピーした曲(そのためにやる曲のテープが配られるから)がやたらとまじっている。 録音前半で、クリスマスムードの曲が尽きたのか、「潮騒」山下達郎…なんて出てくるともう季節が違うぞ。なぜ、同じ達郎の「クリスマス・イヴ」は手に入っていないのか。 「Let me say… again」角松敏生、「涙のバースデイ」ハウンド・ドッグ…このあたりは完全に別れの歌だ(笑)。 24年経った今、こうして未来の自分に笑われながらカーステレオで聞かれることとなったこの選曲、好きならなんでも入れたのか、とうとう「そして僕は途方に暮れる」大沢誉志幸が流れるにあたっては、「口説き用テープ」としては、こりゃもうだめだ!と思う。 このテープをその年に聴いたその人には、鳥のワイン蒸しを作ってもらった。が、「熱が出た」と言って、「ガー」っと寝て、「はっ」と起きて、帰っていった。そうやって、すごく早い時間に彼女に帰られて、あとは『そして途方に暮れ』て、その料理を下関の友人Pとクリと食ったような…その年のクリスマスであった。 この彼女は今のかみさんなので別に何の秘密もないのだが、クリスマスへの特別な思い入れがないのか、その後も二人のクリスマスの思い出…は特にありません。そしてこういうテープももう作られなかった(笑)。 この日は恋人と二人きりで過ごす日ではなくて、教会に行く日です!(と言いつつ行ったことないけど)追伸:その翌年、鎌倉君(仮名)にもらったクリスマス用テープは、今も鑑賞に堪えうる内容で、これをこの時期は車でよく聞いている。ジョン・レノン、ポール・マッカートニーはもちろん、限定レコードにしかないブライアン・アダムスの曲までも…。センスもそうだけど、明らかな財力の差があったようだ…。【 レコード・LP盤 】(中古) 佐野元春/Chiristmas Time In Blue/聖なる夜に口笛吹いて (クリスマス・カード付)
2009/12/23
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インフルエンザの熱が引いて2日目となった月曜日。 すでに元気なので本人は学校に行ってもいいと思ったが、職場に電話すると、熱が下がって2日目までは、やはりまだ出校停止とのこと。ところがこの日はSが文化祭の代休で家にいる。これまでの隔離生活でSと接触しないことが一番難しかった(他の人は誰も寄ってこないが)。ゆえにSをじいさんばあさんにまかせて家を空けることとなった。 補教の指示のファックスを家から送ったあと、職場と家を追われた私(笑)はあてもなく車で出かけた。ひとまずどこかに車を止めて寝てすごそう…と思い、出かけたのだが、あまりにも本人は元気なので「どこか人気(ひとけ)のない場所で、のんびり過ごせないだろうか?」と公園の駐車場で考え始めた。 まだうつる可能性がある段階で出校停止なのだから、人混みには出かけられない。かといって、山歩きするほどは元気がない。いろいろ考えているうちにそう遠くないところに車でドライブしようと思い始めた。(行った土地名を近い人にはわかって欲しいけど、現住所秘密なので、地名をアルファベットまじりの表記にします。どうしてもその地名が知りたい時はコメントやメッセージで確認してください。たとえば下関がS関という略し方です) ふと思い出した。週末ゴルフに通うU中の支援学級主任から、「わらG先生のうちから山道を抜けるとT父が意外と近いんだよ」と聞いていたのを。そこは私のイメージではH島の方からぐるっと回る場所だと思っていたので、遠くて自分の住む街と似たような所…行く意味なしと思っていたのだが、近いとなると行ってみたくなった。車にあった地図やガイドブックで確認すると確かに結構近いが最後はかなりの山道。山道は慣れているので苦にならないが、1車線のすれ違いが嫌いなのだ。 地図を見ているとその手前にH能という街があった。ああ、大学の後輩はこの街から通っていたのか、でもここもうちから近かったのか…ここまでなら道も太そうだし行ってみようかな…とさらに地図を見ていると、その先にN栗という村があり、ここに温泉のマークがあった! 職場からも自宅からもはなれた場所。そして、知り合いとも会わないであろう特に観光地でない街。そして温泉。風呂なら湿気が多くて感染しないから、見知らぬ土地の人にも迷惑をかけない! ということでN栗村をめざして、山道を出発した。峠を越えてH向和田を北に次の峠を越えると…なんと1時間以内でついてしまった(笑)。近すぎてこれじゃドライブじゃなくて通勤並み。 いくら何でも昼飯には早いので、地図に載っているA間ダムへ向かう。車を停めてのぞいたが、これといってきれいではない(笑)。ダムの上を20分くらい歩いていいリハビリになった。湖1周とかいい運動になるかも…と思ったけど、病み上がりなので車で1周にした。 距離は3kmくらいか、歩くのにちょうどよさそうだけど、歩道がないからちょっと恐い。といっても車も通らないくらい寂れている。でももし車に轢かれてしまって置き去りにされたら…数時間は発見されないだろう。いや、下手すると湖にドボーンとされるかも…などと考えていると小さな不動明王のほこらが見えた。 そこには湖そばの山から湧き水があった。手ですくって飲むとうまかった。 その後、目的地である温泉施設、Sわらびの湯に。そこには昼食施設がないそうなので手前のそば屋で食べてから湯に入る。これが都会にあったら行列だろうな…という文句なしのお湯と設備だった。でも昼食施設すらなし…ってどこまで欲がないんだ。もしかしたら人が来なくて赤字で閉めたのかもしれないが。2時間いて10人くらいの人にしか会わなかった…申し訳ないけど、落ち着けて良かった。 さて、予定よりも早く用事が終わったので、この村に何か観光地がないか必死に探す。温泉施設にあった写真で気になったのは巨大な観音様。これをめざして進むと、山の上にいらした! でか! その目の前まで行くには、歩いても車でも大変そうだったので結局やめたのだが、そのふもとにあるお寺に入って長居することとなった。T居観音本堂とされているいくら見ても宗派がわからないそのお寺には、なんとも見事に全種類?の観音様が奉納されていた! いわば仮面ライダー大集合のようなぜいたくさ。 実は特別に古い歴史ある仏像…とかではなく、比較的新しく同じ仏師が作ったもののようなのだが、それが調和のとれたムードを出していていい。日頃、色彩がなくなって渋い色合いを出している仏像をありがたがる自分だが、色彩が残っている仏像も本来の姿を感じさせてくれていいものだと思えた。特に天井画や壁画の色付きの中にあると曼荼羅の中にいるような気分でなんかいいのだ。 念のため受付に戻って聞いてみたが、撮影OKということなのでここぞとばかりにとりまくった。 観音様オールスターズに別れを告げて、お寺をあとにした。普通のお寺の正しい展示なら阿弥陀如来が1体に、脇侍の菩薩が2体、明王がいて、そのまわりに四天王などの天がいて…とか仏様のランク付けがあることを考えると、同格の実力者(観音様は菩薩)が所狭しといるのが宗教的に正しいのだろうか?という疑問も湧いたが、「まあ一カ所でいっぺんに見られていいや」という、「ローリングストーンズをベスト版で聴いてもいいじゃん」的な結論になった。 帰りはなんと45分くらいで自宅に着いた。平日休みに一人考え事などしたい時にいいコースを見つけたのであった。
2009/12/16
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すっかり前になってしまったが、11月末に自閉症児Sの支援学校の文化祭があった。 こちらは、小中高一貫校(ちょっと違うけどw)な上に、肢体不自由部門も併置しているので、こういう行事はとても大規模なので見ていて楽しい。 しかし、今年はインフルエンザの猛威もあり、知的障害部門とステージの日付を別にしたり、来校者全員マスク姿になる…などちょっと違った趣。 そんな中、行われた小学部高学年のステージを見るために、というよりビデオを撮るために出かけた。すでに風邪をひいたのかつらくなってきたけど、かみさんが他の用事で出かけて(こっちがつらいって行ってるんだから、キャンセルして代わりに行ってくれればいいのに!)いるので、必死の思いで出かけた。 ステージは、一応のストーリーがあって、ある村の人たちが何かを探していて、それを見つけてくれたもう一つの村の人たちにお礼をするという内容。その中で、「これは違いますか?」とそれぞれがボール投げとか馬跳びとかの一芸をして聞いたり、お礼の楽器演奏をしたり…というものであった。 オープニングはジンギスカンの踊り。ボンボンを持ってみんなが踊り始める中、息子Sはニコニコゲラゲラご機嫌で他の人の顔をのぞき込んでいる。それでもそれなりに前に行ったり後ろに行ったり一緒に移動している! そして、サビが来て、「ジン・ジン・ジンギスカン」となると、ボンボンを腕に持って頭上でぐるぐる回して、それなりに踊っている! いやあ、たまげた。 そうして感心していたが、2番くらいになるとすでに飽きていて(笑)、最近おきまりのポーズ。両手の小指が耳、親指が口に入って、泣きそうなんだかぶりっこポーズなんだか…(運動会のかけっこで堂々歩く時に見せたのと同じポーズ)…になった。それだけでも充分目立つのだが、そのポーズのまま、なぜかステージ中央にあゆみ出ていく…。 ちゃんとやらないくせにどこまで目立ちたがり屋なんだ!(爆) その後、ネコ(一輪の荷物運搬車)で大きな箱を運ぶ作業をちゃんとやったり、またエンディングのおどりでニコニコやっているかと思ったら走って消えていったり、でも思ったより成長を感じさせてくれてステージは終わった。 実はこの時、私はすでに熱が出てきたのかフラフラ。ビデオカメラを持つ手も重い。本当だったら展示物をゆっくり見たり、このあとの中学部・高等部のステージも見たかったのだが、他の人に風邪を移さないためにも退散を決定。勤務しているI中の卒業生も出るので見たかったのだが…ちょうど来たばかりのI中の先生たちに別れを告げて開場をあとにした。 車の中で確信した。これは6年前にやったのと同じインフルエンザだ! 熱が出てきた。のどがすごく痛い。寒気がする。関節が痛い。この膝のガクガク感はもうまちがいない…。 ということでそのまま近所の診療所に直行した。受付で熱があって…とマスク姿のうつろな目で訴えると、そのまま別室に直行。別室といってもリハビリルームみたいな所だが、そこで熱を測るとすでに38度5分! つらいはずだ。 校医さんであるせいか、それとも近所の誰かが働いているのか、すでに私の職業はばれており、「今、I中学校でもまた流行っていますからインフルの検査もしますね」とビニールに包まれたマスクで鼻をかむようにいわれる。ここに鼻水が出せれば楽…だそうだが、あいにく今回の症状に鼻水はない。結局、量が足らずに、両鼻に綿棒を突っ込まれイタタタ・ハックション。 そこから20分間くらい検査結果を待つ間、部屋に一人。高熱があるとわかったせいか、それともさらに上がったのか、もうイスに座っていられなくなって、目の前のリハビリ機械の良く冷えた鉄の棒に頭をあずけてぐったり。 やっと診察を受けたが、なんと検査キットでは陰性。しかし、症状から「インフルエンザ以外の何者でもないでしょう」という診断が下り、タミフルをもらって帰った。あとから聞いたがどうもこの診療所ではほとんどの人が検査キットでは陰性だけどインフルエンザだとなっているらしい。検査キットがダメなのか、すでに変異でもしているのだか…。だいたいが、一ヶ月以上も保菌者うじゃうじゃの中で生活していた(学校だから)私がなぜ今頃…と思うのだが。 ちなみに会場をあとにする時に会ったI中の先生たちも生徒たちもみんなその後インフルエンザになったらしく、そのままそっちの支援学級は学級閉鎖となった。木曜日の授業あたりでみんな感染していたようだ。 さて、その日の私はひとりで2階にこもり、念のためすぐに落ちないように雨戸を閉めてからタミフルを飲んで寝た。 タミフル効果か高熱の故か、夢の中でずっと謎の数学の公式を解き続けるなどエンドレスでうなされた…。昼から寝たが夜まではずっと38度6分。夜中に目が覚めた時にあまりにもすっきりしていたので熱を計ると37度9分。日頃だったら大騒ぎの熱なのに、それまでずっと38度台だったせいかすごく楽に感じた。「これが38度の壁か」とその時はさも当然のように聞いたこともない定義(たぶん朝鮮半島の北緯38度線と勘違いしている)をつぶやいて、また眠る。 何度か目が覚めるが、その都度検温すると、計るたびにどんどん下がっていき、夜のうちに36度台まで来た。日曜日朝には平熱になった。金曜日の夜から発病していたとして(その時は軽い風邪だと思ったが)、それでも丸2日で済むなんてタミフルの効き方恐るべし。 その時の家族の隔離ぶりといえば見事で、何かあったら携帯で電話すると言ってあったので、アイスノンが欲しくてかけたが電話にすら出てくれない…という徹底ぶり。私の寝ている部屋に入りたいSは泣きわめいていたが、最終的に他の誰もインフルエンザにかからなかった。まあ、誰も何もしてくれなかった(笑)から、濃厚接触者いないし。立体マスク【当日発送】● 新型インフルエンザ対策・緊急入荷・マスク ・1個 (10枚入)【当日発送】 ★立体マスク★新型インフルエンザ対策・緊急入荷安心・安全!アルコール消毒液!【インフルエンザ対策に】●●【業務用】エークイックプロ用!スプレーヘッド●
2009/12/16
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マイケルの映画を見る時に1つ懸念していたことがあった。 翌日、他のバンドのライブを見る予定になっていた。 その時にそれが著しくちゃちなものに感じてしまうと困る…マイケルはバンドの音もこだわっているし、ステージの派手さなんて世界トップレベルだし…。 さて、そのバンドのライブを観るのは中学3年生以来。当時まだ英語が得意だったのはこの人たちのおかげであった。 29年ぶりだ。ファンだったのに意外にも「ライブが初めて」という「鎌倉の前の時代」君(本名)夫妻と共に前から11列目で見た! それは………Godiegoだ! ある意味、外タレのようなゴダイゴだ! 行く・死ぬ・行くの名前通りの再結成バンド。実はアルバムの曲は音楽的にものすごくレベルが高いのに、ビューティフルネーム、999のイメージがあって、どうしても人前で好きだと言い損ねるゴダイゴだ(笑)。その実力たるやミッキー吉野なんて音楽専門学校の校長先生なのだ!(もしかしてもう違ったかも) こうして29年たってキーボードの腕は追いつけなかったが、お腹周りだけは近づいた! 何だか向こうがやせてきて、今ではほぼ同じシルエットとなり影武者ができそうだ(爆)。 この日、運悪く、土曜日の授業参観が仕事で入っていた。家に一度戻って、車を置いて、すぐにダッシュ!予定通りのバスに何とか乗れた。限定先行発売のトミー・スナイダー(ドラムス)のソロアルバムを買うと特典がある…とわかっていたので早めに行ったのだ。熱心なファンのようだ。 それにしても渋谷C.C.レモンホールってどこだよ(笑)。地図で調べた時に明らかに「元・渋谷公会堂(しぶこう)」のことだとわかっていたけど、いざホールに着いて黄色いレモンの看板を見ると、かなりがくっと来た。伝統も何もあったもんじゃないけど、これが時代の流れというものか…。 ソロアルバムの購入特典は、本人が目の前でサインしてくれるというものであった。リハーサルが長引いて開場が遅れたのだが、開演は予定通りでもう始まってしまうのか…とまだ到着していない鎌倉の前の時代夫妻を心配していたのだが、メンバー本人がまだ目の前にいるのだから大丈夫だ。 サインはうれしかったけど、残念だったのは、家に帰ってから聴いてみて、「イマイチ」のカバーアルバムであった。 さて、ライブは思ったより、ずっとよかった。スタート時はマイケル効果?で淋しく感じたが、もともとスタジオ・ミュージシャン的な人たちだけに演奏はいい感じ。年をとっても自分でちゃんと叩くトミースナイダーは偉い! 自分たちでも言っていたが、その代わり、全体的にテンポ設定がゆっくりだった。 いわゆるヒット曲シリーズではなくて、アルバムの中の名曲…CMソンググラフティに入っているような曲とかもやっていたのがよかった。と言いつつも999とかかかるとつい喜ぶんだけど(笑)。各自のソロの曲とかをやって尺をとってしまうのは間延びしていた。まあ、その宣伝のためのライブなのだからしかたがないが…。 そのバンドの演奏はなかったが、ギターの浅野氏は、キーボードがハウンドドッグの箕輪、ベースがツイスト&ハウンドドッグの鮫島、ドラムがサザンの松田、ボーカルがツイストドラムのふとがね金太というグループをやっているらしい。金太氏はツイスト結成の際に世良にボーカルを譲ったという話を聞いたことはあったがいったいどんな歌手なのか? まあ、それはおいといて、本編で一番楽しかったのは、1曲目のブレイクで自分が弾くのを忘れていて落ち込むミッキー吉野…MCの中でメンバーにやり直しを要求し、それがアンコールでかなうのであった(笑)。これだけ音楽活動が長い人でもまちがったり落ち込んだりするんだな…とある意味最近の自分への安心にもつながった…。 その1曲目のマジックカプセルはPA(音響)もまだ落ち着いてなかったので、最後にやった時はすごく聴きやすかった。やっぱ、同じメニューでツアーを回らないと、1回キリっていうのはもったいないなあと思った。(もちろん商売として成り立たないからやれないんだろうけど) 再結成して間もなくの頃のタケの歌はそれはひどいもの(失礼ながら)だったのだが、この数年仕事でちゃんと歌うようになってかなり復活していた。この日もあっという間に声が枯れてしまっていたが、アンコールの「威風堂々」の時に良く声が出ていたし、何よりも生で聞けるとは思っていなかったこの曲を聴けたことに感動した。 興味ある人はほとんどいないと思うけど(笑)、下は他の人のブログから貼り付けたセットリストです。マジックカプセル サイツ&サウンズ ジョイ はるかな旅へ シンフォニカ ナウ・ユア・デイズ トミーソロ ミッキーのピアノソロ ミッキーと竹越さん ワンダーランド(タケ弾き語り) 浅野さんギターソロ ガール・イン・ア・ハリー デッドエンド ワンフォーエブリワン ビッグママ ガンダーラ ホーリー&ブライト ビューティフルネーム モンキーマジック 銀河鉄道999 アンコール 威風堂々 マジックカプセル 同じ曲が2回あるってアマチュアみたいでやはり笑える…。ゴダイゴ Godiego / ゴダイゴ(新創世記) 【CD】DEAD END/GODIEGO[CD][紙ジャケット]【返品種別A】CMソング・グラフィティ・ゴダイゴ・スーパー・ヒッツ/GODIEGO[CD][紙ジャケット]【返品種別A】MAGIC CAPSULE/GODIEGO[CD][紙ジャケット]【返品種別A】追加:一緒に行った友人の記事にジャンプ
2009/12/05
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11月20日にやっと『This is it』を観た。 他の人が「いい」っていう映画は私にとってはそうでもないことが多い(笑)というマイノリティな存在なので、そう期待せずに観た。 上京した25年くらい前、大ブレイクしていた彼の姿を今眺めるだけでもいいやと。 こういうドキュメンタリーっておもしろいはずないんだよ。唯一の例外が昔観た「ザ・バンド」の「ラスト・ワルツ」。解散コンサートにすごい顔ぶれが手伝いに来たライブ。インタビューのことばもかっこよかった。 でも「This is it」はそれを超えていた。もうなんとも言えないかっこよさ。それでいて「ファンだからわかる、ファンにしかわからない」ようなつくりではなくて、もしマイケル・ジャクソンを知らない人が見てもいい映画だと思った。 個人的には変なところで感動した。 映画の中で感じる、ホールでのリハーサルの独特の音が懐かしくて、「あれ、なんだっけ、この感覚…うーんと、すごく知っているような、そんなに何度もないような…。」 人が(お客が)入っていないからやたらに響くベース音とベードラの音。たくさん出たライブハウスの音とは違う。 何度かだけあった自分たちのホールライブの時の音だ。学生の時の府中グリーンプラザとか、コンテスト関係の大きめの所、日本青年館とか…。一番近かったのは(マイケルたちの演奏に近いとか言うのは失礼だが、響きが近いという意味で)、前日リハというぜいたくが許された代々木オリンピックプール(1万人収容の現・代々木第一体育館)。ああ懐かしいというか青春そのもの(泣)。 その時の空気を思い出して浸っていると、うれしいようななつかしいようなそんな心持ちで一瞬夢の中へ…。そう眠りの世界の方の夢の中へ(笑)。 素直にマイケルは天才だなと思えた。 ギタリストのお姉さんがかなりかっこよかった。 もし本番があったなら、マイケルが死ななくても伝説の公演になっただろう(って自分はあることすら知らなかったくせに言ってみる)。輸入盤CD均一 1890円Michael Jackson マイケル・ジャクソン / This Is It 輸入盤 【CD】 ごめんマイケル。この日、映画の日だったので、実は1000円で観てしまいました…。
2009/12/01
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息子Sは放課後、家で祖父母と過ごしている。 過ごしている…と言っても、以前は家に入る前に庭で遊んだりしていたが、最近は2階に駆け上がり、寝室のベッドに裸でもぐり込み寝るだけ…ということが多い。 その前に1階で食事したり、イタズラしたりということもあるが、まあいずれにしろ、そう有効な時間の使い方はしていない(笑)。 夜少しでも早く寝るためには、むしろ起こしていて欲しいくらいだが、今や昼寝が2時間、夜は元気で寝るのが12時頃…が当たり前になってしまった。 その改善の意味と、のちのち外部の人と過ごせるように、今から社会的な支援を少しずつ使って慣れさせたいということもあり、この度、ヘルパーさんの移動支援をお願いすることにした。 半年前にすでに市から移動支援25時間はもらっていたのだが眠らせていた。今すぐ必要に迫られていないのに使うと他の差し迫った人に悪いかなあと。 だが、学校からも早く一歩を踏め出せとせかされるので(笑)、ここでとにかく登録することにした。 しかし、残念ながら地域の3つのヘルパーセンターはいずれも満員。電話した時の手応えで、1件目は「男の子ですか…」(ここは老舗で開拓者で評判がいいが、同性介護が基本なので男子の入る余地がないらしい)という聞いたとおりの状況だったのですぐにあきらめた。 2件目は電話の対応が良く、「定期的でなく、空いているところと予約希望がうまくあった時だけでもよろしければ…」と前向きだったので面接しに行った。 Sも連れて来てということだったので、不安を感じながらイスに一緒に長時間座らせたが、とてもいい子でくつろいでいてびっくりした。とりあえず、ヘルパーセンターの人たちにあまりに大変な様子を見せては断られそうだったのでめでたしめでたし。まあ、ちょっとだけ植木鉢の葉っぱをちぎってたけど(笑)。 行動特徴や好きな物などサポートブックを作って持って行ったのだが、これがとてもありがたがられたりほめられたりでびっくりだった。逆にそんなのなくても平気な子が多いんだろうなあ。確かに安心ならSももっと早くに学校以外の場所で他の人に任せられたはずだし。 トイレのサインなどについても話をしていたら、ちょうどまたを指さしてウーとアピール。おしっこをした後、3分後にまたウー。「早くその場を出たい時にこんな風にトイレアピールのまちがった使い方をする時もありますが、一応連れて行って安心させます」なんて言っていたら、トイレでいきなり宿便どっさり(爆)。 「ちゃんと伝えられますねえ」なんてほめられていたが、いきなり初めての事務所でも大便をするほどくつろげて良かった。(すぐトイレに行った時は大便というデータも示せたし) さて、こうして迎えた初日の11月中旬。学校に迎えに来てもらって車で市民プール(もちろん温水)へ。市によっては一緒にプールなんて絶対ダメって言うところもあるらしいが、老舗ヘルパーセンターの開拓のおかげで、こちらでも大丈夫。ただこちらは女性ヘルパーしかいないので、着替えは福祉用の特別室でやるらしい。 Sくん着がえの前に猛アピールしてトイレへ。着替えたりシャワーを浴びる同じところに便器がある。座るといきなりいきんで排便成功! 日頃そんなにしないくせに、もはやこちらのヘルパーさんのお顔を見ると大便率100%(笑) プールの中では深いところに行ってあごをあげて、溺れるギリギリを楽しむ…。海と同じである。以前私と下見に来た時と同じように、プールと泡のお風呂を交互に楽しんでいたそうだ。 この日、ご機嫌で帰宅してきた(らしい)。 ヘルパーさんと手をつないで、引っ張るように自宅玄関に来たそうだ。 たぶん、新しい人とプールに行けたのは自信になったに違いない。 ヘルパーさんのメモによると、プール上がりに好物の炭酸飲料1杯買い物OKにしていたのだが、いつもながら飲まなかったようだ。 飲まない理由は簡単、たぶん、口を開けてギリギリ遊びを楽しんでいるのでプールの水を結構飲んでいるに違いない(泣)。
2009/12/01
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