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神奈川県大和市には、名の知られたお寺【常泉寺】があります。 【左の写真は常泉寺の本堂、右は河童の七福神】 境内には、一年中、四季折々の花が咲いていて、何時行っても期待を裏切らない。特に有名なのは春のみつまたと秋の白い彼岸花です。先日行った時も、花が一杯咲き乱れていました。境内の奥にはピンクと白の枝垂れ梅が咲き誇っていました。 左から【みつまた】、【かんあやめ】、【ひめりゅうきん】、【雪割草】です これからも、色々な花で飾られるお寺になるでしょう。河童も沢山いますが羅漢像の面白い石像も沢山いらっしゃいました。完
2012.03.27
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今年は以上に寒さが長引いたお陰で、梅の花も咲くのが遅い。そして、近くの公園の河津桜は、遅い分、今頃が満開かなと思って行ってみたら、殆んどさいていませんでした。例年なら、もう散ってもおかしくない時期なのです。同じ場所で昨年撮った写真をみたら、去年の河津桜の満開は3月8日頃でした。それでも、一本だけ結構咲いている河津桜がありました。後、1週間すれば見ごろになることでしょう。今は、梅が満開ですね。完
2012.03.21
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今日、3月17日は朝から冷たい雨が降っています。今日は定例の大和市の骨董市が開催されますが、雨なのでどうかと覗いてみましたが、出店は少なく、それよりもお客がが非常にまばらでした。この大和市の骨董市はもう14年になり、出店数も260以上を数えるそうで、今日は午後1時頃には、店をたたんでいるテントもありました。今日の収穫は500円で百人一首を手に入れました。そんな中で、奄美大島から出店している店がありましたが鹿児島県・奄美大島・大和村から来ているそうです。今日は、奄美の特産「タンカン」を販売していました。夏ミカンの様でもあり、オレンジのようでもあり、試食してみましたが美味でした。それにしても遠いところから来てくれてありがたい。大和村のパンフレットを観ましたが、風光明美なところです。一度行ってみたいなア~、この大和村に。完
2012.03.17
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現在、東海道をテクテクと歩いています。もうすぐゴールの京都に到着予定ですが、今回は、初めて名鉄・名古屋駅から電車に乗りました。今までは、何度か利用した事があるのですが、名古屋では降車ばかりなので、気が付かなかったのです。こんな便利なシステムです。 名鉄尾西線「佐屋行き」電車は4輌編成で1番ホームに来るまでは、時刻表示板にありますが、ホームのどこに並んでいたら良いのか判りません。しかも、ひっきりなしに電車がホームに入って来ます。駅員に聞いてみると、赤色の「津島・弥富」の表示板にランプが点灯しているところに停まります。同じ表示板でもランプが消えているところには電車は停まりません。そして、ホームの青色の線で待てば、乗降口になりますとのこと。更に、目的の列車が到着予告として、表示板の上にあるランプが点滅する仕掛けになっています。なるほどと大いに感心したものであった。一度理解してしまえば、至極便利であり、この様な表示をしている会社もあるかも知れませんが、お客満足度の為に、この様な方式を導入して貰いたいものです。我々東京から来た田舎者には、非常に便利なシステムでした。完
2012.03.16
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今日は2012年3月11日です。あの忌まわしい東日本大震災発生から丁度、1年経ちました。自分の人生の中で、最大の悲劇を経験しました。1年前の今頃、午後8時、には、宮城県の兄弟と連絡をとる為に、必死に努力していましたが、どうしても電話やメールが通じません。2・3日経ってから、栃木県の姪から、ブログのコメント欄をとおして宮城県の兄弟は全員無事との連絡が来た時は、安堵しましたが、しかし多くの犠牲者が有ることに、心は暗くなりました。テレビは津波や原発の映像を繰り返して流しているのを観るには、もう、耐えられなくなり、スイッチを切りますが、気になるので、又、付けます。その繰り返しでした。いまだ、日本中の地面が揺れていますが、早く収束するとともに、復興が進むように祈るばかりです。今日、1日中、テレビは「震災1年」を報道し続けています。今日の午後2時46分に、放送に合わせて黙とうがあり亡くなられた方々のご冥福をお祈りしました。完
2012.03.11
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東日本大震災発生から、もうすぐ1年になるのですね。あっと言う間の1年ですが、被災された方々にとっては長い1年ではないかと思います。東北からかなり離れた神奈川県南部でも相当ゆれました。 丁度、ボランテイアの発表会を市の施設でやっていた時のことでしたがあの時の様子は昨日のように思いだされます。1年たっても余震と思われる地震が多く、地震の大きらいな自分は、未だ落ち着きません。今朝も少しの揺れでしたが、それで目が覚めました。午前4時少し前です。何か有った場合の為に「非常持ち出し袋」を常に取り出しやすい場所に置いてあります。 この袋の中身を点検したら、ろくな物が入っていませんでしたので、今日、LEDランタンや防寒保温シートとか、食料品、ガスボンベ等を購入して補充しておきました。この非常持ち出し袋の裏には、入れておくべき品物の名前が列記されていましたが、貯金通帳とか現金とか印鑑とかも常にこの持ち出し袋に入れておく必要があるのかどうかですが、皆さんはどうしていますか。食料品とかも備蓄する必要があるのでしょうが、これも、別の非常持ち出し袋を用意して、直ぐ持ち出し出来るように工夫しておきたいところです。 完
2012.03.08
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安城市の旧東海道を歩いていたら、素晴らしい松の木を観ました。「雲竜の松」と呼ばれています。この松は「永安寺」と云う、庄屋柴田助太夫の霊を祀る寺です。彼は、江戸時代に、貧しい百姓の為に助郷役の免除を願い出て、刑死した人物です。助郷とは、宿場の専門の人たちの他に、手が足りなくなったときに近在の農家から使役提供をする制度で徳川幕府が造ったもの。大名などが宿場に泊まる時には、農繁期だろうが関係なく、使役の提供を義務つけた制度で、これは農家にとっては大変な事だった。それを免除してほしいと願い出たのは、幕府にケチを付けた形となったので、死罪になったそうです。そのお寺の境内にあったのが、この「雲竜の松」で樹齢300年は経っているそうです。松の形は上に伸びず、地面を這うように周囲に伸びて、その枝が雲を得て、竜が天に登るような形となっています。素晴らしい松の巨木「雲竜の松」を観ました。完
2012.03.05
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旧東海道を歩いていると、江戸時代の松並木が結構残っている。ところが、この松の木に弧もが掛けられている。寒さ対策なのかどうか、でも、地上1m位の所に、少しの幅だけに掛けられている。傍らでは、作業員がその弧もを取り除き、なにやら樹皮をなでている。松の木も、ひと冬弧もを被せられて、痒いのかな、などと勝手に思い帰宅してから調べて見ると、害虫駆除のために藁を巻いているそうでまつけむしは秋に松の葉を食べながら樹上で生活しますが、冬越しをするために幹を伝って木を降りて、地面に移動します。本当だったら春にはそれは成虫になり、また松に卵を産むわけですが、これを阻止するため、あたかも冬を越せる場所であるかのように、藁を巻いておきここで越冬させます。3月に虫が活動を開始する前に、これをはずして中の虫ごと燃やしてしまうという昔からある駆除方法だそうです。なるほど、また、一つ勉強に有りました。完
2012.03.03
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2・3日前のTBSテレビ「朝ズバ」で「人間は高いところを求める」と題して、バベルの塔や五重の塔、そして東京ツカイツリーそしては明石海峡大橋の主塔から観た景色を紹介していた。神に近づく為に、高いところを求めていくとの話だが、それはどうでもよく実は、その番組を観て、自分も明石海峡大橋の主塔の天辺に登った事を思い出し、その紹介をします。時は2006年10月でした。明石海峡大橋を歩こうと云う募集があったので、それに参加した。普段は入れない管理の通路や神戸側から歩いて最初のの主塔に昇り、そこから撮った写真を掲載します。主塔の一番高いところは、結構、広く、人が20~30人は入れる。そこから下を観ると、猛烈な光景が出現する。個々の高さは海面から296m有るのです。本州側と淡路島側の写真です。そして、真下をみると、走っている車が豆粒のように見えます。明石海峡大橋を管理している事務所に申し込むと、有料ではありますが、この橋を歩くツアーに参加できます。いまだ、このツアーを実施しているかどうかは不明です。言ってみたい人は電話で確認してから行って見てはいかがでしょうか。完
2012.03.01
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