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水戸街道とは何ですか? 水戸街道は、江戸時代の五街道に準ずる脇街道の一つ。御三家の一つ である水戸徳川藩が江戸と水戸の連絡の為の街道で五街道と同様に道中奉行の管轄に置かれた。日本橋から千住まで日光街道と同じ道を歩くが、水戸街道というと千住を基点にして数える。全長約29里31丁(117km)、19宿、大体2泊3日の行程であるが、自分は4泊6日(1日は日帰り)も掛かった。第2回目の今回は松戸宿から取手宿迄の23.8kmを歩いた様子です。歩いたのは2022年4月19日だった。 松戸駅前を少し行った交差点まで歩き、そこから左手に少し戻り江戸川べりの「納屋川岸跡(なやがしあと)」ここは、江戸川舟運の舟問屋及び名主として松戸の繁栄に貢献した青木源内家の黒板塀が僅かに往時の繁栄ぶりを偲ばせてくれる。 堤防に登り、少し進むと、そこには大きな「常夜灯」がある。かつて、舟運が盛んで、明治に入ると「通運丸」という客船が就航していたが舟運復活を願って常夜灯を設置したのだそうだから江戸時代の物ではない。 【納屋川岸跡】 【常夜灯】 一旦駅の方向に戻り、県道5号線を下り、根本の交差点で、道路は県道261号線に変わり、やがて常磐線を跨線橋で越えると静かな旧街道。 松戸宿を出たあとは見所が少ないが街道際に「雷電神社の鳥居」があったのでちょっと寄り道。正面階段を上った高台にこじんまりした社殿が鎮座。小休止となる。 道は国道6号線をしばらく歩き、北松戸駅を観て、更に進むと、中根立体入口交差点を渡り左に曲がると小さな橋があった。 その昔、この橋は大雨のたびに流されてしまい旅人泣かせの橋であった。そこで良観上人が馬の鞍の形をした橋を架けさせたところ流されなくなったのだとか。以来、この橋を「馬橋」と呼ぶ。 【雷電神社】 【馬橋】馬橋を渡って馬橋駅前商店街に入ると彼方に見えたのは「萬満寺山門」 建長8年(1258)、小金城主の千葉介頼胤が大日寺を創建したのが始まりで豊臣秀吉、徳川家康らの庇護を受けている。 山門の奥にある仁王門で睨みを利かせているは運慶作と伝わる国指定重文の金剛力士。 金網越しで見ずらいのが残念。萬満寺の守護神として創建された「王子神社」は明治6年(1873)、太政官布告で萬満寺から独立。鳥居を入った右側にちょっと珍しい陶器製の狛犬が一頭。 【萬満寺山門】 【萬満寺仁王門】 国道6号の緩い坂道を上っていくと彼方に鎮守の森が見えるが ここは「蘇羽鷹神社」。中世の豪族千葉氏の守護神として天正4年(1576)に創建されたと伝わっている。 旧水戸街道はここから右手に分かれ、入り口には水戸街道の標柱がありそこにはこの場所から900mは江戸時代の道路のままとあるので、楽しみだ。少し行くと、左手に醤油壺が土留めに使用された場所があった。面白いものを観ました。 その先は6号線を横切り、やがて小金宿に入っていく。 【蘇羽鷹神社】 【醤油壺の道】小金宿とは 小金宿は家並み150軒ほどの小さな宿場であったが鷹場が設けられていたことから水戸藩に重用され水戸藩専用の本陣と他藩用の本陣が置かれるユニークな宿場であった。また 近くが幕府の軍馬育成のための小金牧であるため幕府にとっても重要な地。江戸時代の遺構は少ないが当時の旅籠建物が一軒だけ現存している。 小金宿に入って直ぐに、永妻家住宅、屋号は「あめや」で当時飴を製造販売していたらしい。今は現代風の住宅。 【現在の小金宿】 【永妻家住宅 屋号はあめやだった】その先に昔の原型を留めて、江戸時代末期の150年の建物で今でも居住している。 【「玉屋」なる小金井宿の旅篭】 【「玉屋」なる小金井宿の旅籠】 次は屋号井筒屋の本陣跡と明治天皇小金宿御休所碑だが、これを探すために相当時間が取られた。同じ場所を何度も行ったり来たりしてやっと探し当てた。 明治天皇の石碑は個人の家の中にあるのだ。街道歩きをしていると良くある話だ。 尚、小金御殿と云われる水戸藩専用の本陣も有ったらしい。 【小金宿本陣跡碑】 【明治天皇小金宿御休所碑】少し歩いて東漸寺に寄ってみました。創建は戦国時代の1481年だそうで参道が長く、本堂はかなり奥まっていた。両側には、今は緑に染まり静かなお寺だった。街を挙げて小金宿を大切にしている雰囲気を感じた。 【立派な東漸寺は奥まっている】【商店街には小金宿を前面に打ち出している】そのまま進むとイオンのビルがありその前に小金宿の看板で、小金宿の説明板も有った。イオンの手前に2基の水戸街道道標1つには右水戸道中他の1つにはと水戸海道と刻まれている。それに並んで八坂神社跡碑も立派に建っている。イオンがある辺りが八坂神社だったらしい。 【小金宿の看板】 【道標2基と八坂神社跡碑】時刻は12時頃、この先には昼飯を食べる場所があるかどうか心配なので6号線交差点根木内の近くにある「吉野家」で牛丼を食べた。 その後、近くの根木内城跡に登ってみた。中世戦国時代(1462年)にこの地を支配していた高城氏の居城で現在は根木内歴史公園となっている。 【吉野家で牛丼を食べた】【6号交差点根木内】 【根木内城跡】根木内城跡を出て街道筋に戻ると、そこからは上り坂となり、松戸市から柏市に入る。少し行ったところに「庚申塔」が2基ある。これは青面金剛像が彫られたものと青面金剛と文字が刻まれたもので 【ここから柏市に入る】 【庚申塔2基】その先には香取神社に据えられているのは「一里塚の碑」。 南柏駅付近に来た。この辺りに茅葺屋根の稲荷神社がある。何とも微笑ましく、そして可愛らしい社だった。 「一里塚碑」 「茅葺屋根の稲荷神社」 その先には八坂神社で、そこに松並木の説明板があった。それによるとこの辺りは小金牧と云う原野で旅人が迷うそうで、松並木を植えて道しるべとしたらしく、昭和50年ごろまでは松並木が有ったが今は全くない。【小金牧の松並木の看板】 この辺りには日光参詣の為に造られた日光東往還入口、別電稲荷神社豊受稲荷神社そして神明神社が立ち並んでいます。 そして柏駅前付近には柏神社があり、なかなか立派な神社だった。 その前には水戸街道の木戸の説明板がある。それに依れば、この辺りは小金牧と云われた広大な馬を放牧する野原で、無宿ものを防ぐために木戸が作られたという。【水戸街道の木戸説明板】柏神社から数分の所にあったのは「明治天皇柏御小休所碑」。 そして諏訪神社がり、その境内にはかなりの数の庚申塔が 見事だった。 途中にお城のような建物が観える。その傍を歩いたが、それは 結婚式場の様だった。 どんどん歩くと、道は登坂、右手には常磐線の北柏駅が高台に あり、長い屋根付きの階段があった。 【根戸の大阪】 【北柏駅】その先は東陽寺なるお寺で、八重の桜が美しく咲いていた。入口には 可愛い小坊主の石像があった。我孫子宿旧水戸街道はやがて国道6号線を横断歩道橋で渡り、更に、常磐線を同じく高架橋で渡ると細いに入る。 そして、5番目の宿場である我孫子宿へと向っていく。 国道356号線と交わるポイントに応永3年(1396年)の創建である八坂神社が有り、我孫子駅前辺りが我孫子宿であった。 【我孫子宿】 【八坂神社】我孫子宿は道路の拡幅工事や再開発で、遺構はあまっり残っていない。 道の角の所に見えたのは「角松本店」の看板。これは当時の遺構かと調べてみると割烹旅館だが江戸時代は旅籠。 【宿場の雰囲気は全くない我孫子宿】 【角松本店】 その少し先のマンションの前に「我孫子宿本陣跡標柱」が建てられている。道を挟んで反対側斜めの立派な塀があるがここが脇本陣だったらしい。 【我孫子宿本陣跡】 【我孫子宿脇本陣】旧脇本陣の少し先に、ちょっと変わった建物、「割烹旅館・鈴木屋」は明治に入ってからのの創業だそうだ。成田分岐点、その場所には石塔群が一か所に固まってあった。恐らく道路拡幅の時にここに集められたのだろうと推察できる。 【割烹旅館・鈴木屋】 【石塔群】そこを左に曲がり、JR成田線の踏切を越し、先に進むと、昔の旧街道がまっすぐに伸びていたが、今は消滅している。仕方ないので大きな道に出て、更に、常磐線の線路を潜り、更に国道6号線の高架に沿って進む。 ここまで来るとかなり体は疲れて来たし、喉も乾いたので、自販機で飲み物を買い、しばしの休憩を取る。 そして、相方と相談して、本来ならば水道局の前を通り(実際にはこの水道局が見当たら無かった)柴崎神社等を通るルートを止めて、いきなり国道6号線に出るショートカットを取った。何故なら、この時点で時刻は17時を過ぎているのだ。 【本来の道は先を右折するルート】 【国道6号線へショートカットへ】6号線に出て、歩道を北上する。あるポイントで「東京から36㎞ポイント」の標識があり、そして遠くを眺めると夕焼けが今にも雨を落としそうな厚い雲間から少しだけみえる。 【東京から36kmポスト】 【今にも雨が来そう】やっと利根川を渡ることが出来た。この利根川の橋は「大利根橋」と云って長さが1.3kmもある長い橋、渡るのに裕に20分は掛った。この橋の途中で千葉県と茨城県の県境があった。 橋の途中から、今夜のお宿である「セントラルパーク取手」のホテルが見えて来たが、橋は未だ渡り終えない。やっと渡り終えると川沿いの道を歩き、そしてホテルに到着する。時刻は18時15分だった。 【長い大利根橋を渡る】 【茨城県に入る】相方が予約してくれて、今、茨城県は「いば旅あんしん割」のキャンペーンを実施中で、6000円のホテル代に3000円の補助が出て、更にクーポン券2000円が付与されて、実質1000円で泊まれることになった。【セントラホテル】ホテルに入り、直ぐに夕食に出掛けた。クーポンが使える店が有れば良いが、たまたま入った店「四季料理・野の花」はクーポン対象外。ここで豪華とは云わないが、今日の街道歩きの疲れを癒す美味しい料理を頂いた。 【豪華な?夕食】 【四季料理・野の花で】 今日の第1日目の水戸街道歩きは雨にも降られず、街道歩き日和ではあったが、夕方になると少し肌寒い気がしたが、多少時間が遅くなったが何とか本日の予定分を消化して、ホテルに到着する事が出来た。 今日の歩行は45,000歩、こんなに歩いたかなぁ~。 以上が水戸街道歩き第2回目の様子でした。
2023.09.07
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