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この記事は一度発表したものだが、リメイク版である今回で琵琶湖歩きも7回目になる。今回は永原から近江今津の20kmである。時は2008年11月1日に歩いた。 今日は一番若いMさんと二人連れ。しかも、2日連続で歩くことにした。 新大阪からの新快速は、3連休の初日のせいか満員でした。でも京都で座れた。湖西線は琵琶湖・湖岸沿いに走るので大津京駅からマキノまでず~と琵琶湖を楽しめる。 車窓から湖東の山々や街並みが見て取れる。あそこを歩いたのは何時だったと懐かしい気分となる。 列車はマキノ駅出発し、長いトンネルを抜けると「永原駅」に着いた。【JR長原駅】 旅支度を整え、09:40に駅を出発、前回歩いた 県道517号線を琵琶湖方面に歩くとやがて三叉路真っ直ぐ行くと、前回、第6回目に歩いてきた道右に進めばマキノ方面である。右に曲がれば県道557号線で半島の突端「海津大崎」である。【右に行けばマキノ方面だ】 この半島の自動車道路を進むのだが、右に美しい琵琶湖沿いに桜並木、左は山側で会社や個人の別荘や住宅が所々に見えるが、しかし、廃屋も多く、又、季節がら閉鎖されているところが多い。 このてくてく歩きの終点近くまで、あと85kmとある。【瀬田大橋から右回りで85kmとある】 いくつかのトンネルを抜けると、そこはもう海津大崎ここは琵琶湖八景「暁霧・海津大崎の岩礁」として知られている景勝地である。桟橋からは竹生島や近江今津港への定期観光船が出ている。 そうだ!ここから船で近江今津港に行けば、今日のノルマ達成だ・・・と思ったが、これは仲間には言えずボツ。また、ここは桜の名所でもあり、約4kmに亘り600本の木が湖岸にある。 桜の木の間から遥か向こうにマキノの町が見える。 「魚冶」なる店 一休みして更に半島を回り込む形で進むとマキノの北の端に出る。国道161号線に並行して走る県道で狭いが昔風の家があったりして、なかなか趣のある道を歩く。 家々の切れ間から見える琵琶湖は素晴らしいの一言。 この辺りは鮒寿司で有名だとテレビで見た記憶があるが有名らしい。鮒寿司は臭いの強いイメージがあり、未だ食したことは無いが、一度は食べてみたいものだ。 この辺りも冬には雪が多いのか道の中央に雪を解かす水口が付いている。【家々の切れ間から観える琵琶湖】【鮒寿し 魚活】 更に、その道を進むとマキノサニービーチでコンクリート製のモニュメントがあるが、何の為に造ったのだろうか。 ここは見覚えがあり、一度寄ったことがる。右に進むとJRマキノ駅である。【これは何だ!】 気持のよい湖岸を歩くと、前方にマキノプリンスホテルだ。今夜の宿。フロントで予約確認をすると、ちゃんと予約があったので、チェックインは夕方にするからと言い残して旧道を更に進む。今津浜をに出る。ここにも定期観光船乗り場がある。竹生島や、先ほど出てきた海津大崎方面に船が出ているのだ。そこを右手に曲がると本日の目的のJR近江今津駅。【気持ちよ良い湖岸を歩く】 途中に「琵琶湖周航の歌資料館」があるので寄ってみた。今津浜はこの琵琶湖周航の歌誕生の地らしい。この歌は大正6年の初夏の夕べ、旧制第三高等学校(現京都大学)ボート部所属の「小口太郎」が歌詞を披露し、仲間がその当時流行していた「ひつじぐさ」の曲に乗せて歌ったのが始まりで、国民的な歌でもある。当社の会長がカラオケで必ず歌う歌だ。我々はそれを当社の社歌と言っている。【琵琶湖周航の歌資料館】 近江今津駅に着くと、列車はでたばかり、仕方ないので1時間後の列車を駅前で昼寝して待った。今夜の宿はマキノプリンスホテル、今季、パリーグの西武が優勝したので、その記念で1日限定3部屋大安売りをしていたのでそれを予約した。快適な部屋を確保、夕食はマキノ駅前のうどん屋さんで仲間と二人で、色々な話をしながら晩秋の夜長を楽しんだ。 夕食の前に、しばらくの間一人で琵琶湖の夕日を楽しんだ、向こうに見える山々の陰には灯がともり、昼に歩いた様子を思い出しながら。琵琶湖の夕暮れは初めての経験だった。【琵琶湖の夕暮れ】【今夜はこのプリンスホテルに泊まる】 翌朝は下の写真のような朝焼けを見たかったが見過ごしました。この写真は、ホテルの絵葉書からとりました。【琵琶湖の朝焼け(絵葉書からの借用)】 第8回に続く
2023.05.09
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