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今年の2月、“ハルヨル”リリースを最後に、事実上、営業停止中だったHOUR-RECORORDS(通称:アワレコ)が、ひそかに営業再開いたしました!などと勢いづけてみたところで、夏限定と呼ぶには、すっかり乗り遅れのタイミング、あわあわ開いた口がふさがりません。しゃべ。 「勝っておごらず、負けて腐らず。」この夏、熱く、鋭く、颯爽と、日本国民の胸をゆさぶった(であろう)長嶋監督の言葉を胸に、ちょっと甘美で、けっこう切ない、夏の終わりを、あなたと、うぃーずゆー♪めろーめろーさまー。 「ま、聴いちゃろ(聴いてやろう)」って方だけに、こそりとお渡しします。ぜひ、ご一報くださいねー。(直メールか、このページの「メッセージを送る」まで、よろしくです) でけました。目をすーっと細めれば(ヒントでピントね)、見えるんですね、曲目が。
2004年08月25日
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「人生いろいろである」。この言葉を使えば、どんな会話や文章も、そこでバサリと終わってしまう、というようなことを書いた文書を読んだことがあります。 今日の日記は、なかなか書くことが思いつきません。 人生いろいろである。 といった感じかな?ほかには、「人それぞれ」も、意味や使用法としては近い気がします。これいうと、なんだかまとまった気がするから。知り合いのだれかや、自分のことについて散々話したあげく、「ま、人それぞれだからねー」なんてシメで、おいっ!!!!(笑) などと、考えていた今日のこと、さらに気軽に使える言葉があることに思い当たりました。「要はバランスやね」。 お金と愛情、どっちが大事? わたしと仕事、どっちが大切? 理想と現実、どっちを取るべき? などなどなど、いろんな悩みに使えそう。使ってみてね。使ってジャパン。しつこい。 ま、どの言葉にせよ、使いすぎると、「アンタ、そればっかりやね」と、人の話を聞いていないことがバレてしまうので、これらの“お手軽言葉”を、使うかどうかは、人それぞれ、使う回数も、要はバランスっつーことで。あはははん。
2004年08月24日
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長嶋ジャパン。中畑ジャパン。なでしこジャパン。柳本ジャパン。とにかく、ジャパンの前に、○○をつけるとはまるんです。そうなんです。そのさきがけが、損保ジャパン。うそジャパン。
2004年08月23日
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来月は、むかしの同僚の結婚式。前回の同僚の結婚式では、余興として劇を披露したぼくたちは、今回、プロジェクターを使った紙芝居で勝負することに!(だれと?) 原稿もほぼ完成し、イラストや写真の手配も順調。(Kくん、たのむね!)あとは音楽だなーってことで、ネットで効果音を拾ったり、TSUTAYAでサントラCDをレンタルしてきました。その中の1枚が、冬の恋歌(ソナタ)、略して冬ソナ。略すな冬ソナ。たまたまつけた地上波のNHKで、正味15分くらいしか見たことのない冬のソナタですが、主題歌を聴くと、すぐにそれだとわかるのが、おそろしい。もっとおそろしいのが、当日用のCDのために、パソコンに読み込んだ件の主題歌が、iPodから勝手に流れてくること(ランダム再生ね)。いや、曲が嫌いってわけじゃなくて、余興の紙芝居でこの主題歌を流すシーンを思い出して、つい笑ってしまうから、困ってしまうんです。どこでもニヤニヤ。朝のチャリ道で。レジ待ちのコンビニで。エレベーターの中で。 とりあえず、余興が終わるまでは、ヘンな人と思われないように気をつけようと思います。とくに音もれ。冬のソナタ聴いて、ニヤけてるよ、この人……。 他にレンタルしたCDに、ドラマ『熱中時代・刑事編』の主題歌、『カリフォルニア・コネクション』by 水谷豊が収録されてて、小躍りして喜んだあわさんでした。王道CITY POP? かっこいぃー!うふふ。ドラマもなーつかしぃー♪ みたーい♪教師編はともかく、刑事編のDVDはないのかしらね。ふぃーばー!
2004年08月21日
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こればっかりは、もうしょうがないほど、猛暑です。くっ。そういうワケで、近頃は、お気に入りのコーヒーも、氷いっぱいのグラスで冷やしてアイスコーヒー。パックの紅茶でアイスティー。ミルクやシロップ混ぜればミルクティー。緑茶も冷やせば、これまた美味と、とにかく家にあるいろんな飲み物を、アイスで頂くのが、静かなブームです。 が、食器棚の隅からぽろりと出てきた梅こぶ茶。アイスで、と一瞬脳裏をかすめたのですが、こればっかりは、と断念しました。まだまだ、愛と勇気が足りないと思いました。
2004年08月18日
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問題や課題と呼ばれる、いわゆる悩み事の多くは、いざ解決してしまうと、その、実にあっさりとした解決法に愕然としてしまうことも少なくありません。 こんなまわりくどい書き出しをしてしまうのは、2週間前から抱えてた悩み事が、今日、なんてことなく解決してしまったからです。その悩み事というのは、自転車のキーロックが突然壊れてしまい、キーを差しても解除されなくなってしまったこと。とりあえずは、後輪を持ち上げて自宅まで持ち帰ったものの、(もう汗だらだら)すっかり困り果て、対策を練ることに。ひとりで。劇団ひとり。 (ぼく・左)近所の自転車屋に持ってくか?(ぼく・右)でも、お店に工具がなかったら“行き損”やん。暑いからヤダ。(ぼく・左)じゃ、自分で鍵を壊す?そんじゃそこらの工具じゃ太刀打ちできねーぞ。(ぼく・右)この際、電気のこぎり買っちゃう? なんでも切れちゃうよ。ジャックだよ。(ぼく・左)この際って、どの際だよ。使う機会なんてあるの?(ぼく・右)近所のディーラーに持ってってみる?(ぼく・左)ディーラーかぁ。整備工場だったらいけるかもしれないけど、ディーラーじゃなぁ。 車買う訳でもないのに、「んだ?おまえ」みたいな顔されないかね?(ぼく・右)じゃさ、となりの工事現場のおにーさんに頼んでみる?(ぼく・左)えー。こわそーやん。(ぼく・右)いや、あーゆー人たちって、頼られるとうれしいんだって! 「しょーがねーなぁ」、そんな職人肌な、ね。(ぼく・左)うぅむ。 それからは、ディーラーの前を通るたびに中を覗き込んだり、工事現場のおにーさんを、目を合わせないようにしてチェックしてみたり、近所の自転車を、離れたところからチラリと眺めたりしながら、自宅では、「開かないかなぁー」と、キーロックをいじってました。ときには優しく、鍵穴にクレ5-56を流し込み、ときには激しく、ドライバーでガンガン叩いたり。 キーロックが壊れて、2週間が過ぎたころ、諦めかけたぼくの心の扉を開いてくれたのは(大げさ)、お盆休みに会った、同級生の一言でした。「金のこ使ったら?」はっとして、しばらく声も出ませんでした。(あ、それがあったか…。) 後の展開は、じつにスピーディ。ネットで金のこを検索し、商品をチェック。学校の工作で使ったようなスタンダードなヤツから、大型カッターのようなハンディタイプまで、実にさまざま。「ちょっとしたものを切るだけなら、替え刃だけを買ってタオルで巻けばOK!」そんなこと書いてるサイトもあったけど、上級者向き? 馴れてないぼくじゃ無理かな。そんなことを考えながら、今度は金物屋を検索。時々みかけるけど、いざ行こうと思うと場所がわからない、それが、ぼくにとっての金物屋。ホームセンターほど小綺麗じゃなく、ちょっとダークな大人の世界、それも、ぼくにとっての金物屋。ともかく、自転車で数分のお店が見つかり、さっそく訪ねてみることに。 キーロックを、一発で切り落としたい。失敗したくない。心配性に、ほとんど無意味な完璧主義がミックスされたぼくの性格上、やや値が張ってもと、とにかく使いやすい金のこを探していたところ、店長さんに声をかけられ、詳しく説明し、どれを買うべきか迷っていると「1回切るだけなら、替え刃だけを買ってタオルで巻けばいいよぉ」と、店長さん、がははと大笑い。「1本あればいいかな、はい、80円ね」。 店長さんの“だいじょぶ、だいじょぶ”な笑顔に背中を押され、よっしゃ!と、俄然やる気が湧いてきたぼくは、金のこでキーロックをごしごし。直径1cmほどのアルミ棒が、ちょっとずつ、ちょっとずつ削られていき、最後に、コロン。やっと、おわったぁー。ぺたんと床にしゃがみこみ、脱力。 今回の解決劇は、ずいぶんと遠回りした感もあるけれど、“経験者”という情報ソースは、やはりあなどれん、と実感。都市化が進むほど、金物屋が並ぶような昔ながらの商店街は衰退していくけれど、商店街って、多種多様な経験の集積地。なくしちまうのは、もったいない。商店街があれば、多くの悩み事はごく近所で解決してしまうんじゃないかなと、世界中の情報を、それとなく集めることはできるパソコンの前で、考えてみたりするのです。ほんと?(笑) ふふふ。やってやったぜ。
2004年08月17日
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8/14日付の朝日新聞に掲載されてた、ノーベル賞受賞の田中耕一さん(島津製作所質量分析研究所所長)の言葉から。ノーベル賞受賞後の心境や、将来の目標について、話されていたのですが、とにかく「自分は、受賞しなければ普通の技術者」と自分に言い聞かせ、記念撮影やサイン、クイズ番組への出演などは、「受賞しなくても頼まれたか」で受諾を判断するなど、「ノーベル賞を受賞しなかった状態」を基準に、いまも努力されているそうです。 テレビでよく拝見してたときも、その表情やコメントなどに、浮き足だったところがなく、ご自身の立ち位置をしっかり意識されているなぁという印象が強かったんですが、紙面で紹介されていた言葉も、とてもシンプルで無駄が一切なく、説得力に満ちたものばかりでした。 受賞まで、それまでさほど高くなかった自分への評価が、受賞したと同時に急騰したことで「ほとんどの評価はきわめて相対的だと実感」し、また、「評価の多様性にも気づきました」という田中さん。そして、 家族をはじめ親類や友人、近所の人々、上司、同僚、部下、顧客、 学会の仲間ら周囲にいる人がすべて自分を「ダメだ」と批判することはない。 1人くらい「いいよ」と評価してくれるものです。 私自身は、できるだけゆるぎない評価軸を持とう、 と心がけるようになりました。 『ゆるぎない評価軸』。多勢がなんといおうと、たった1人の評価を信じる。「コツコツ積み上げたことは大成功しない場合でも着実に残る。 地道な努力を馬鹿にしたらだめだ」と話す、田中さんの強さを感じさせる印象的な言葉でした。“時の人”として、しだいに忘れ去ってしまうには、あまりにも、人(人生の先輩)として魅力的な田中さん。これからの発言にも、注目していきたいです。 そういえば、メジャーリーグで活躍するイチロー選手も、「マスメディアの評価に左右されることはない。評価は相対的だから」という、田中さんと同じような発言をしていました。あえて比べてみれば、仙人や職人のような風格と強さを備えたイチロー選手と田中さん、それぞれが持つ雰囲気って、なんだか似てるような気がしてきませんか。ぼくだけかなぁ?田中さんの隠れファンって、けっこういますよね。多分。ぼくも、そのひとりです。
2004年08月15日
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数年ぶり(?)の帰省。物心ついたころから、なぜだか母方の墓参りばかりしていたので、今年は、ぼくのさまざまなことの報告旁々、父方の墓参りにも行くことに。で、いざ行かんとすると、お墓(正確には納骨堂ですが)の場所がわからない。母に聞いてみると、うっすらと小さい頃の記憶が蘇ってはくるものの、どうしても記憶の中の地図が埋まらず(この感じわかります? 場所を「点」としてしかおぼえてなく、 そこに辿り着くまでの道=「線」が途切れる感じなんですが)「うーーっ」と唸っていたら、母が一言、「兄ちゃんに連れていってもらったら」。 (え!?)「お母さんが行けないときでも、兄ちゃんが毎年行ってきてくれてるから」と言葉をつなぐ母。恥ずかしい話だけど、毎年、兄だけは必ず墓参りに行っていたこと、まったく知りませんでした。 兄が運転する車中で訊いてみると、「うん。なんか、こういうの(墓参り)は、 ちゃんとしてたほうがいい、とかいうやん?」と、事も無げに言うんです。「お前たちもたまには…」「なんでオレばかり…」そんな小言も一切なく、当たり前のように、毎年、毎年、少なくともここ10年間は。 はーっ。福岡に出てきて、一人暮らしをはじめて、いまは一人で仕事をし、そこそこ食べていけるくらいになって。一端のおとなになったつもりでいたけれど、まだまだです。ホント兄には、頭が上がりません。必死でもがいてた20代、やや落ち着いてきた30代のいまこそ、当たり前に繰り返されていること、その営みの、“当たり前”では済ますことのできないほどの大切さを、忘れないようにしなければ、と、しきりに感じてます。当たり前のように寄せられる好意を、謙虚に、感謝して、感じ、受け取れるように。馴れてくると、おごりが出ちゃうのは、ぼくの悪い癖。骨の中まで沁みこまないうちに、直さないとな。 そういえば、ひさしぶりに、実家や、子どもの頃によく遊んだ叔父さんの家の近くを歩いてみて、気がついたことがありました。「この辺りもすっかり変わったなぁ」なんて感じていたけど、それは誤解。おぼえている風景は、せいぜい5歳から10歳くらいの5年間くらいのもので、それから20年くらいたった今、その変化は4倍以上あって当たり前。変わってないほうがおかしいくらい。そう思うと、変化に対して感傷的になりすぎることもなく、この考えは、ぼくにとって、偉大な発見なのでした。えへん。
2004年08月14日
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高校時代の同級生の家で、バーベキュー。信号はいまだに一つだけ、そんな山の中にあるこの町の、夏祭りの日にあわせて、毎年開催。わずかながらも、庭から花火が満喫できる、絶好の場所。 仕事でなかなか帰省できず、数年ぶりに参加したんだけど、結婚していたともだち夫婦には、双子の赤ちゃんが生まれてるし、ほかの友だち夫婦の、あうあうしゃべるのがやっとのチビすけが、アレコレしゃべっててビックリ!子どもの成長って、すごいね。はやいね。友だちに子どもが生まれる前までは、親バカの気持ちなんて、てんでわからなかったけど、そばでみてたら、なんて子どもってオモロいの。ありゃ、バカにもなるわと、納得しました。詳しく話を聞いてみると、「いや、たいへんよ、子育ては。ノイローゼになる気持ち、わかるばい」と旦那。そっか。でも、それすらも乗りこえさせるものが、“わが子”にはあるんだろーな。 子どもは何もしなくても、みんなから可愛がらってもらえる、と思っていたら、子どもは子どもで、わざとおかしな表情をしてみたりと、それなりに、可愛がられる努力をしていました。本人も、そりゃぁ楽しそうなんだけど、健気だね、子どもって。つくづく。
2004年08月13日
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観てきました、『茶の味』。物語しょっぱなから、ただの癒しと思うなよ、な、洗礼を受けました。“普通”という名をした、すり寄りではなく、だれもが経験したことのあるような、“愛しい普通”をポンと置いていくだけ。そんな、ピースなピースが集まった、いろんな光り方をする物語でした。 何もしてくれなくても、何もしてあげられなくても、わかりあえやしなくても、つながってんじゃないの? もともと。 無理なくそう信じられそうな、おだやかでしあわせな時間をすごせました。“ありのまま”という名をした不自然な自然よりも、ずっとずっと自然な映像(といっても、とてもユニークなんだけど)に包まれて。 くすくす笑えて、くすんと泣けて、ずっと浸っていたくなるおだやかな時間。映画館での鑑賞が、おすすめです。みんな、かーわいんだぁ。 お茶にでもしましょうか。なんて言わなくても、だまってお茶を差し出す距離。だまってお茶をすする空間。 お茶があってよかったー。↓ 公式HPも、なんてステキ!www.chanoaji.jp/
2004年08月12日
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『スーパーリアル麻雀』をネットで検索していた時だと思うけど、あるゲーム好きな人のページに辿り着いて、そこで紹介されていた(というよりも絶賛されていた)ゲームをいま、ちょこちょこやっています。『久遠の絆』。プレステ2にもあるみたいだけど、やってるのはプレステ版。そのページをみた数日後に、たまたま入った中古屋さんで安く売られているのを見つけて、こりゃ、縁だな、と購入してみました。“久遠(くおん)”って、言葉や、その響きが好きだったのも、背中を押してくれた要因のひとつ。 アドベンチャーゲームかな?小説を読むようにすすんで、ときどき選択肢があるような。かといって、小学生の頃にファミコンでハマった、『ポートピア連続殺人事件』のような複雑さではなく、(↑こいつもiアプリで十数年ぶりに楽しみました♪)いたって簡単。ほとんど読む感じ。やったことないけど、『弟切草』とかに近いと思います。ま、この複雑じゃない感じが、ゲームに熱中してた頃とは違って、たいへん心地よく、つらつらつらつら、マイペースで物語を楽しんでます。なんというか、「ここでこうしないと、クリアできない」という強迫観念がなく、完璧主義に徹することもなく、どうせひとつしか選べないんだからと、まるで日々の生活みたいに、ゆらりと決めて、すすめるところがよいですね。 ゲームの舞台は、現代から平安、元禄、幕末と、色彩ゆたかな時代を越えて進行するわけですが、ホームページで評価の高かったシナリオについては、“文学ぶった無意味な言い回し”とでもいうような、多少おたくっぽい表現が気になってます。残念。が、ストーリー自体は、なかなかおもしろく、続きが気になって、コントローラーを手放せないほど。また、キャラクターも魅力的で、オンナのコも、アニメアニメしてないおかげで、不思議と馴染めました。 ネットで検索してみると、けっこう名作と呼ばれているらしい『久遠の絆』。オンナのコが、コスプレ? してる写真もちらほら。ゲームの世界とアニメ(コミック)の世界が、こんなに密接だということを、今回、はじめて知りました。そのうちぼくも、ずぶずぶずぶずぶ、いくんですかね? いつでもリュック背負って、シャツ→インして、汗かいて、ウエスト位置高めのパンツに無意味なロールアップ。そんなぼくを、お楽しみに。 うふふふ。
2004年08月11日
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沖縄に、行ってきました。いいなぁー。そんな声もきこえてきそうですが、初めての沖縄。どうせなら、プライベートで行きたかったもんです。 取材先は、沖縄県庁のほど近く。前日の夜に一泊し、当日の夜に帰るという、そっけなスケジュール。宿泊したホテルも歩いて5分ほどで、ビジネス面した沖縄しか、体験できませんでした。あー、海が呼んでる。ぼくの心が、青い空、蒼い海を求めてるぅ。ぐず。 まー、まー、まー、ぐずってばかりもいられないんで、とりあえず、仕事は楽しく。順調に終わりました(みなさん、ありがとう)。 はじめて訪れた場所の印象は、はじめて訪れた時の体験に、ずいぶんと左右されると思うんですが、ぼくの沖縄の印象は、かなりよかったです。というのも、同行したカメラマンさんのお友だちが沖縄に住んでいらっしゃるとのことで、夕食&お酒の席で、ご一緒させていただきました。お友だちの女性の方と、その恋人の男性の方。どちらも他県からの転入組なのですが、(沖縄の人口増加は全国一なんですってね!しかも全国平均の7倍!)沖縄をとても愛していらっしゃって、その話のおもしろいこと、おもしろいこと!女性の方が、インタープリター(今回、はじめてこの仕事を知りました)、男性の方は、海洋写真家で、他では聞くことのできない、貴重なお話もたくさん。同行したカメラマンさんとお酒を酌み交わすのも、まだ3度目ほどなので、こちらも、知らない話があれこれ飛び出し、ほんと楽しい時間を過ごしました。 そろったメンバーみんな、30代ということもあり、自然と仕事の話が多かったけど、仕方なくやる仕事、ではなく、自分の選んだもの、好きで続けているものとしての仕事の話ができる時間は、とても、ぼくを元気づけてくれます。ベタではありますが、一つひとつの機会をたいせつに。そう思ったであります。 このつぎは、プライベートで沖縄へ。泳ぐの苦手なぼくだけど、沖の怖さは十分しってるぼくだけど、やっぱり、海、満喫したいですな。 www007.upp.so-net.ne.jp/kindon/海洋写真家 井上さんのページです。よかったらみてみてください。タテゴトアザラシ(「海であいましょう」)、かーわいー♪
2004年08月10日
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前日の日曜日のこと。お友だちがお誕生日とのことで、夕方からだらだらと遅ればせながら会に参加。その日の昼は、彼女さんとかき氷やら、なんやら、かなり暴食してたにもかかわらず、出されたケーキやお菓子はぺろりといただきました。別腹、なんて段じゃないね。 みんなでビデオみたり、ウクレレを弾くフリしてみたり、空きれいね~。なんて、写真撮ってみたり。気持ちよくスロー。 夜は、「今年オレまだやってないから」という理由をおしつけて、花火大会。コンビニで売ってるちびっこ花火。なつかしーねー、なんて、ばちばち煙まきちらしながら、最後はやっぱり線香花火。やっぱり、居酒屋のお茶漬けみたく、これがないとしまらない。 はじめパチパチ、細い線。次第にバチバチ、激しく踊って(そりゃもう、すごい大きささ)さいごはシュンシュン、柳みたいにしなやかで、ぽとり。 あーっ、いいね。これだね。ちょっと、くすん。小さいのに、なにかの過程を疑似体験(追体験?)してるかのような、要は、人生みたいな儚さかね?燃え尽きた人生、というよりは、線香花火のそれは、静かに幕を閉じたようで、穏やかな余韻。別段、目立つ存在ではなかったけれど、みんなから愛された。そんなおじいちゃん、おばあちゃんのようなやさしさ。 頂上目指すよりも、たいせつなものがあることを、線香花火が好きな日本人は、知っているんじゃないかなぁ。などと、思ってみました。希望めいたことなど。 (“華火”と記すほうがきれいかしら? うむ。)
2004年08月09日
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臨時収入、ストレス発散、単なるお金持ち。衝動買いをしてしまう理由は、人によって実にさまざまなんだろうけど、ぼくの場合、仕事がヘビーなときほど、やってしまうことに気づいてしまいました、これ。衝動買いという名の、現実逃避。衝動買いという名の、ごほうび。ずっと読みたかった本然り、気になってたテレビゲーム然り、リリースされたばかりのCD然り。忙しいにも関わらず、いや忙しいときに限って、とにかく欲しくて欲しくてたまらなくなり、即お買い上げ。仕事の合間に眺めてみては、「仕事が終わるまで、がまんがまん」「仕事が終わったら、好きなだけ。うひひ」そーやって、痩せたお尻に鞭打って働いております。 一週間、実働4日ほどで、20ページをフル制作。デザイン込み。そんな仕事の今回のエサは、DVD『塚本晋也COLLECTOR BOX』でした。初DVD化の「電柱小僧の冒険」をはじめ、「鉄男」2作に、観たくてたまらなかった「バレット・バレエ」「東京フィスト」などなど、8枚組で、定価よりも10,000円も安い中古品をアマゾンで発見。おぅぉふ!(歓喜のあえぎ)どーしよー、どーしよー。いいよね? いいよね? 今がんばってるし。よし!と、希薄な理由でワンクリック。15,000円をワンクリック。ニンゲン様のニンジンはお高いよ。 そろそろ仕事が落ち着いてきたので、ゆっくりゆっくり鑑賞しようと思っています。傍らには『塚本晋也読本・普通サイズの巨人』という一冊の本を。ちなみに、これも衝動買い。それにしても、“普通サイズの巨人”ってサブタイトルは、かなりしっくりくるなー。普通の顔して、日常の中に潜む異常を暴き出す冷静な眼差し。そのくすぶりは、強くて、ヒリヒリして、無理なく刺さる。無気味なくらい。 www.compositemag.com/composite/images/28/m.jpgじろり。 塚本さんの顔を見るたびに、オトコの顔だなぁと憧れちゃいます。目か? 声もか? 全部か。ぼくがオンナだったら(うえ)、ひとめぼれだ!ってばよ。
2004年08月08日
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iPodに入れてある、中村(一義)くんの曲を、デビュー曲から、最新アルバムまで、ランダム再生。不思議と、時系列にそってアルバムを聴いていくよりも、曲や言葉の変化が手に取るようにわかる気がして、流す、というよりも、一曲一曲を感慨深く聴いていました。その変化は、言葉も少なくなり、よりシンプルに、メロディラインもなじみやすいものに。 むかしは、中村くん独特の言葉づかいや歌声など、目に見える、聞こえるものに心を奪われていたぼくも、次第に、見えないけど、見えるもの、聞こえないけど、聞こえるもの、ないけど、あるもの。そんな、伝えたいからこそ、あえて形にしていないものに、心が向くようになってきたみたいです。それが、作り手と受け手の連携なのか、大きな流れの点と点に過ぎないのかは、わからないけれど。 そんなことを、ぼんやりと考えていたら、むかしからふいに襲ってくる、心の中の妙なざわつき、不快感、腑に落ちないことのひとつが、突然に理解できたんです。ぼくを、ちょっといやな気分にさせていたのは、どうやら「シンプル・イズ・ベスト」という言葉だったようです。シンプルなものは、たしかに好きだし、ステキだし、強いと思う。でも、どうもこの言葉には、「シンプルにしとけば問題ない」、「シンプルにできないものは所詮ダメ」、そんなニュアンスがあるんじゃないか。“ベスト”って言いきってしまっていいんだろうか。無意識のうちに、そんなことを考えてしまい、ざわざわしていたような。 中村くんの曲を聴きながら、その変化を感じながら、余計なものがない、そんなものに辿り着くまでの過程があればこそ、奥深いシンプルさが生まれるんだろうと、しみじみと。ま、シンプルって言葉に対しての、ぼくの受け取り方が浅かった、といえばそれまでなんだけど、ねー。あ~らららら。(水谷)
2004年08月07日
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ケータイを買い替えた。iアプリのゲームをやってみた。中学生の頃、ハマってたゲーム。ゲームセンターで、ありったけの100円玉、にぎりしめて勝負したっけ。早速プレイ。『スーパーリアル麻雀』、いわゆる脱衣麻雀。対戦相手のオンナのコに勝ったら、洋服を脱ぐ。野球拳の麻雀バージョン。麻雀に勝つのが目的なのか、勝って脱がせるのが目的なのか、どちらにせよ、オトコの二大欲求を同時に満たす熱き戦い。勝った! 勝った! 勝ち続けた!脱ぐの? 脱ぐの? え!? 脱がない。 脱いじゃいないのに、あたかも脱いでるかのようなイベント画面。見えてないのに、見えてくるような、想像力が頼みの世界。制作者の涙ぐましい努力が、かえってイタイタしい。脱がない脱衣麻雀なんて、クリープの(以下略)。 あの頃のコーフンとカンゲキを!!ぼくのピュアなハートは粉砕。ギザギザハート。わかってくれとは言わないが、家庭用ゲーム機で遊べないかとネット検索。ヒット!セガサターン(SS)にソフト有り。しかも18禁。きたっ!中古の本体を2,000円で購入。『スーパーリアル麻雀Part7』も。よし!電源オン。勝った! 勝った! 勝ち続けた!脱ぐの? 脱ぐの? え!? 脱がない。 脱がない!? どーやら、Part7が発売の頃には、すでに規制が厳しくなったご様子。こーなりゃ、Part5かPart6を探さねばな、と決意などしてみる、あまりにも平和すぎる一日。 しばし、反省。
2004年08月06日
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いつか、日記に。写真におさめ、思い続けて5ヶ月あまり、やっと日の目を見ることとなりました。『リラックマ』。だらだら寝っころがったまま、両腕つきだして、「おこしてください…」だなんて、かわいすぎる。 UFOキャッチャーで、どでかいヤツを見かけたけど、やっぱり、ちぃっちゃいほうが、こーゆーのはいいよね。くにゅくにゅっとしてて。 最近のお気に入りは、『ケロロ軍曹』であります! www.sunrise-inc.co.jp/keroro/character/index.html#keroro
2004年08月05日
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