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今の処方は、若い臨床医が決めてくれた薬だ。最初の同世代の先生に、バックアップは有ったのですか?と聞くと、タナカ先生が、独自で当たったんだよと教えてくれた。彼は、何科に行くのですか?と尋ねると・・・。「彼は生粋の精神科医だ。」と答えられた。精神科は、時として、本人が精神的な病理を持っている人がいる。フロイト・ユングしかりだ。名前は何でしたっけ?(私は名前が覚えられない)「え~と大輔だ」と教えてくれた。今大学病院に居るのか?私にとっては大変世話になった医者だ。年齢が若くても、基本を抑えている。≪どんな場合でも、大脳を休めるしかないんだよね≫後は、何を見ても聞いても、驚かない自分を創れ。お陰さまで大抵の事は驚かなくなったが。今は、人間の個性に驚かされることが多い。人間って面白い。今薬の調整中で、一日17時間はねむる。昨日今日、昼ごはん食べ損ねた。
2005年09月21日
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主治医が代わってから、夜間に看護婦の思惑で、隔離室に入れられた。隔離室は別にイヤではないが、入れる経緯が・・・・。当時、隔離室が満杯で、隔離に入れなかった人を入れるため、個人的には纏まってないが、他人に影響与えは忌めた患者を入れる為、五月蝿い患者が同室になった。私は殆ど病室に居るのを避けていた。寝しなに絡んできて、五月蝿くてしょうがない。フロアーに椅子を並べて寝る事が多かった。私の性格は問題を解決するには原因を探らない。対処で済ませてしまう。その夜も、さゆり(仮名)が絡んできたので、フロアに寝ると看護室に伝えに行くと、椅子でベッドを作っては駄目よといわれた。仕方ないので、気分が静まるまで、本を持って、トイレに行った。個室はどこでも、カムダウンに良い。そろそろ、眠ろうかと思ったころ、看護婦がドクターを呼んだからというので、トイレからでた。医者と話す。私の状態は、猛眠くてなんでもどうでも良い状態。薬が効いて着ていた。ドクターは、注射を打ったら、自分のベッドへ行って良いという。面倒だから従う。じゃ、隔離に行こうかという。先生。それは話が違うじゃないですか。「あそっか~。」ともう一度席に着く。主治医の指示で、注射を打ったら隔離に入れると有るんだよね。主治医の指示を持ち出されたら、私は従わずに折れない。うったえてやる~!その日の太った看護婦の事を、私は「このハッカイ!」『え!ハッカイって私の事?』太目の看護婦さんストレートな呼び名にびっくり。『何でハッカイなのよ。』「あんた達大切な事忘れてないか?」その時偶々呼んでいた本は、愛の一滴と言う個人出版の本。とっさに、愛と言う時の上に敬とか友とか八個並べてごらん。そのどれかを犯す人はハッカイなのと、いい加減な事を言った。その上、その幼稚語どうにか成らないか?智慧遅や子ども相手に話しているわけではないのだから。彼女の声は、保育園の先生のように、少し高い。その日を境に仕事場では、患者に対して敬語に代わった。もう一人の看護婦が、私の事を隔離に入れたがっていた。病棟には、色んなルールが有る。他人に物を上げたり貰ったりしてはいけないとか。原爆記念の頃。猛暑で、わたしは、2リットルの砂糖入り紅茶を作って振舞っていた。ミンナで鶴を折りながら、机の上に少しのお菓子を置いて団欒をしていた。(ツルは500羽で挫折して、或る日私のベッドに横たわっていた。メンバーが開放に移ってしまったからだ。最後は2人で頑張ったらしい。)ベッドに横たわった500羽鶴。少しブラックなユーモアを感じた。私はどうすればミンナが楽しく過ごせるか考えるのが好きだ。音頭だけとって、自分はパソコンを打ちに出かけたりしていた。ルールには意味がある。貴方に上げた、貸したなどの、人間関係の問題を起こさない為に、物を上げたり貰ったりを禁じている。汗のかく時期、水だけの補給だとだるくなってくる。紅茶3パック砂糖9本から11っ本暑さ加減で砂糖を調整100円くらいの原価で2リットル作れるのだ。10っパイ分だ。砂糖入りの紅茶は体の水分の補給には一番安上がりで都合が良い。彼女は2リットルのペットボトルの使用を制限しようと看護室で提案したり、看護士長がでんとしていてアホらしいことに関わらない。出来るだけ手を使わず、500ミリのペットボトルでロートをつくり、2リットルの取って付きのペットボトル口に接続し熱湯で必ず滅菌する方法は、衛生管理を怠っていない。コップ給湯器から、2リットルボトルへお湯を入れる方法は、(誰だか覚えてないが)もそうやって入れているのか~。頭良いじゃん。と言われたのは看護士長の様なきがする。コップからボトルに移す不潔な方法は取らない。(一応理科系)紅茶の分量は、看護福祉士から適量を教えてもらった。私を隔離に入れた、看護婦は当時疲れている様子で、いつも立ち姿が斜に構えていた。すると、見える世界が変わってしまうのだ。わたしは、看護婦サンたちに、彼女プライベートか仕事かわからないけれど、疲れているから、カバーしてあげてとお願いした。私の持ち物の飲み物ハーブティーからレギュラーコーヒーまで一服ずつ全て彼女に渡して、言葉ではいえないから、飲んでくれないか?手に負えなければ、看護士長に回して。と言った。個人的に受け取ってもらえるかどうかは彼女の判断だ。夏場は水分補給に気を使わないと疲れる。そんな中で私を隔離へ彼女は追い込んだ。姉は看護婦さんに、どうして隔離に入らなくては成らなかったのか、説明を迫った。ものの見え方がそれぞれの立場で違う。主治医の先生は、私が騙しの手口はよくないよ。先生が主治医じゃなければ訴えてるよと言うと、『当直の担当なんて、そのみんなその程度だよ。』と笑っていた。私を入れるのを決めたのは看護婦で、ドクターはその指示に従った逆転行為なのだ。わたしは、私が隔離に入ることよりも。入院の時に、問診した、綺麗な看護婦さんが、最近ぐれて斜に構えているのが気に成っていた。彼女は、私の姉に隔離に入れたのはわたしなのですが、シンサンが怒っていないか気に成りますと言ってきた。姉は、誰が正しいかではなくて、どう見えたから判断したことを知らせてと言ったが。私はそれをきいて、いいじゃん過ぎたことだから。隔離では隔離で快適だし。と不問にした。昼間は時間開放で表に居て、4時半から隔離室の日が続いた。一般病棟にも、ベッドが有って。隔離が必要な人がでたら直引っ越せるようにしていた。それと、今の主治医とは2.3年ぶり。お互いすれ違っても、挨拶もしくはお互い気が付かない振りして眺めているだけなので、お互いの変化がわかってないので、観察の歩み寄りには都合が良かったかもしれない。結果よければすべてよしだ。最近。私を隔離に入れた看護婦がやたら、シンサン変わったと言う。確かに、薬を元に戻してからは落ち着いたが基本的には変わっていない。そう言う貴方の、背中が真っ直ぐになっている事に気が付いているかな?その上、目が始めて会った日みたいに輝いている。美人さんに戻った。私は、人を内面から美しくするのが好きなのだ。心のつかれは、体の疲れ。目つきが鋭く体が斜めだと物事が歪んで見える。隔離外泊から戻った週。面接時にドクターに携帯が鳴った。私は黙って、部屋を出て待機した。電話が終わった頃、再入室。『業務連絡だった。今日から一般病棟に戻って。』周りの状況に反応できれば、隔離に居る必要は無いわけだ。その数日後、病棟に、各ベッドを仕切るカーテンが入った。もう、同室の人に寝る前阻害される心配もない。こうした病院で、プライベートが確保できるカーテンが取り付けられるのは画期的だ。病棟が立ち上がって10ヶ月目にカーテンが入った。病院は尚も建設途中だ。
2005年09月18日
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8月18日にこの病院で最初に主治医に成った副院長が担当になった。早一ヶ月経つが、主治医が代わってから快適で、一ヶ月が早い。入院の場合、この先生に代わってもらう事を外来担当の先生にお願いしていたが、医者のプライド?か興味か?私が新薬を試したい希望も有って引継ぎが遅れた。(合わないとわかっても、一連のデータが出るまで投薬された。男のドクターは、そんな事はあまりしない。合わなければ即切り離す)液体の分封が新しい薬品だった。私の好きな薬はもうジェネディック薬が出ているみたいだ。簡単に今回の経緯をはなすと・・・。『なんでまた、ねえさんに電話するのよ。そう言う人だって判っているでしょ?』薬の紛失に焦ってパニクッてしまった。島ドクターと話して冷静になりたかった。なぜか、一錠だけ、玄関先に落ちていた。そして、バッタ?が私の足に止まって。まるで、大丈夫だよと言っている様だった。パニックは一応収まった。なんであれ。去年の暮れから希望していた入院が果たせた。虫歯に気が付いても、痛まないと病院に行くタイミングをつかめないように、精神も体の弱り方で症状がでる前に行くとこじらせないで済む。今の状態は、入院希望した時期とほぼ同じ状態。島に渡った時は、体力ぎりぎり、3食まともに食べてない状態で体が弱っていた。少し生活リズムを整える為に退院を伸ばしたい。最近、病院に空きベッドが増えているので、ドクターと相談してみる。
2005年09月18日
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自分の日記を読み返さないので、他人が読むとどういうところが疑問かチェックしていない。木から落ちて、隔離に入って、一般の人から見ると、なにがなにやらだ。昨日、友人のマリィと久々に長電話した。私が電話で話をする人間は、片手に足りない数だ。留学から帰ってきたとき、電話の習慣が消えていて、私が突然連絡が付かないと、姉が異常なる執念で、探し捲くるということを考えて携帯を契約した。はじめの内は、外出時に忘れて、怒られたが。携帯に鍵を繋げる事で、携帯の不携帯が解決された。楽天に書くようになって、未だ見ぬ友人が出来た。コメント欄を埋めてくれる友人たち。コメント欄は、儀礼的な内容。心の内は、私書箱。2年の内に4人親しくしてもらっている人が居る。似たもの同士で、ポイントだけで付き合っている。が、電話で話すのは、未だ見ぬ女性だ。(写真は見ている)先日会ったドクターは未だ友人の類には数えていない。多面的で本音が判らない。とんでもない髪型の写真を見て、髪切りバサミを持参して、ホテルの浴室で散髪を施し、カビに包まれた宿舎の部屋のカビ取りをしてきた。独身男性の部屋に二人で夜中居るのは流石に見苦しい。話をするのは、ホテルを使って、当直の夜中にカビ取りの為に食事や休息の為の民宿をキャンセルした。彼の置かれた状況は少し込み入っていた私自身の混乱もあってホテルの移動に手間取り。9日間の内5日間しか眠る日が無かった。体力の限界を感じて、滞在日数を伸ばして向いの島へ、一人でリゾートに入った。体力の限界で、時空が不安定になった。民宿はホテルと違う。他人の家にお邪魔する感じだ。他人が楽に出入りが出来る状況。薬が紛失した。ビタミン剤だけが残された。睡眠不足のおり、正直焦った。民宿の人にお願いして、ドクターに連絡を取ってもらおうとすると、受付で切られてしまうという。その地域は、私の使っているボーダーフォンは電波が届かない。とにかく誰かに相談して落ち着こうと思った。姉に電話した。姉は、睡眠薬を使っていたみたいだった。ネットで、病院の電話番号を調べてもらえるか?と頼んだ。「ごめん。えいちゃん。今駄目。」私はとっさに、「あごめんね~!」と甘い声を出して、睡眠を継続させようとした。が、薬を飲んでいる姉さん。民宿に電話を何度も掛けてきた。その病院のホームページは普通では検索されにくいように成っている。検索のキーワードを教えておいた。姉との話を聞いてから、ペンションの主人は電話番号帖を開いてくれた。翌朝、移動の準備に掛かったところ、ドクターから民宿に電話が入った。おねえさんが、迎えに来るって言っているという。(あちゃ~!又始まっちゃった。)私の精神力はかなり電池切れの状態。その上、姉貴に気をあわせると、オーバーヒートだ。ドクターに相談。このまま旅を続けるか、一緒に帰るか・・・・。「一緒に帰らないと、大変厄介に成りそうだよ。」一先ず、ドクターの宿舎に待機するように、指示された。島には、緊急時の体制が整っていない。前夜木から落ちて、負傷もしている。現金はペンションの女将さんに、お手製の腹巻ごと預けてある。体だけ病院に運んでもらう説得をする。緊急時に、所持品なんか入らないんだ。陸上自衛隊の人たちが昼のバーベキューの準備に現れてから気のせいか話が通るようになった。海上タクシー・陸タクシーの連携で病院に行きついた。お金は女将さんに清算をお願いした。時空が不安定になるとき、他人に持っていてもらうと、持ち物が安心できる。島のドクターに、それとなく旅程日数分の倍量の薬を預けてあった。姉が迎えに着て、一緒に行動する。私の頭脳にもう1つジャックを差し込むような状態だ。スピリチャルスーパーエンプティなのに。島の人間は、閉鎖的で何でも知らないという。知らないわけ無いだろう?一晩姉とホテルで過ごし、荷物をフェリ~まで取りに居ク。ま。精神的には、姉の登場はきつかったが、体は限界を超えた。空港からレンタカーで来たので、一般ルートのナビゲーションの案内で非常に時間が掛かった。島ルートより一時間多く掛かったのではないかと思う。走っている間にも、私の抱えたバックの中の持ち物が消える。これは、私の認識の狂いか、現実か論じるだけ無駄な話だ。3時にドクターから電話。薬を飲んだか?3時は、シュークリームを食べただけ。なのに、手持ちの薬は一回分減っている。話をもどそう。ドクターの指示で翌日必ず病院に行くように・・・。翌朝、病院に連れて行ってくれるように姉を起こしてから、私の意識は限界を迎えた。意識が、夢遊病的な状態に成った。起きている意識が有るが、周りとの協調の意識が途絶えた。病院に行って、最初は任意の予定が、かなりのダメージの状態。意識が途切れ始めた。(断片的な記憶になって記憶の無い部分がでてきた)気が付いたら、医療保護の書類になっていた。こうした場合、他人との接触を絶って個人のアイデンティティの回復を図るために、隔離室はある。急性期に隔離室が一杯で入れない人が病状を更に悪化させてたくさん記憶にない行動を取って他人に好まれない印象を残してしまう場合がある。隔離はお仕置き部屋ではない。安静を保つ為の部屋。他人との接触を経つ事で本来の自分を取り戻す病棟で、個室なのに差額ベッド代の掛からない部屋だ。煙草の制限はされるが、喫煙者でなければ、快適な部屋だ。今回は2週間以上?煙草を吸わせてもらえなかった。お陰で病的な煙草の禁断症状は無くなった。
2005年09月18日
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エリザベス女王の演説がある。七月七日。あさ。未来の日付のテレビを見ていた。内容は聞いていなかった。未来は揺れ動き必ずしも同じ結論にはならない。けさ、2012年のオリンピックがイギリスで有るときいた。アイビ~ン・ツウロンドンツ・ルックアットザクィ~ン。未来の事はその時になら無いと判らないが。7年後、エリザベス女王はすくなくとも健在のようだ。アメリカではハリケ~ン。日本では14号。東京近辺の地震。今後未だたくさんの苦難がありそうだ。
2005年09月17日
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Fさんとは、良い縁を作ってくれたと感謝しています。人間の付き合いで、結婚する以外の人は、男女老若関係なく優れた感性を共にしたいものです。諸行無常の響きあり。秋だな~!近頃、パソコンを立ち上げるのが億劫だ。Fさんは貴方との交際をクリア~したと聞きましたが?社会の中で親が偉いのと子がエライのとは関係が有りません。親の偉い人が離婚するに至っている事をみても、親の意向は子どもとは別物。あまり、教養を疑われるような、発言は避けてくださいね。そういえば・・・。石原慎太郎の息子は、石原ブランドを切り離して、当選しましたね。子が親を超える事は難しい事です。それぞれの、魅力で人間関係は成り立つ物。
2005年09月15日
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昨日書いた日記に、お世話になった当人からクレームが入っていました。が・・・・・。電話番号は、ご自身のパソコンがフリーズして、困って私に電話した時のメモリーからです。以下秘密日記に移す。
2005年09月14日
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メールは双方の言い分が、それぞれに書かれる。全然咬んでない場合がある。発信者の意図しない受け取り方がされる。メールで判りづらい部分はやはり、電話で確認。6月末に旅に出た私は、現在入院中。病院の管理棟の隅のデスクを借りて書いている。普段電話をかけて、おしゃべりする人は、少ないが、2・3人居る。契約を高くすると、一分間の使用量が安くなる。無料通話分も多くなる。この7ヶ月誰にも掛けてないから、5000円分くらい通話料が無駄に成っている状態。早速旅先でお世話になった、精神科医にお電話。体調を崩しているという事で。。。陣中見舞い。「体調崩したって?」「そう。」電話料金を気にするような、意味不明なやり取りの後。「今日は体調が悪いから・・・・。」「・・・・」「きいてる?」「聞いているよ。」「もう電話切っていいですか?」思い切って、言い放した感じに、笑ってしまった。昨日、パソコン立ち上げるの面倒で、電話をした。結構ご機嫌だった。「こんなないようなら、メールでも済むのに・・・」「声が聴きたかったのよ!」昨日機嫌の良い言葉を聞いてなかったら、今日「電話切っても良い?」といいづらかっただろう。電話の声はメールと違って、抑揚を聴く。最近、メールでは、話せるけれど、現実の会話が出来ない人が多い。昔は電話魔だったわたしは、電話の不自由な国に留学したおりに、習慣だ切れた。以心伝心で偶然に落ち合う事を大切にしている。しかし、この先生。他人との会話に慣れていないみたいだ。普通の場合、「今電話良いですか?」となるが・・・。「具合悪いって見たから、お見舞い電話。」と切り出した。するとイキナリ電話料金の話。病院に居ながら携帯を使っている。かなり、古いタイプの精神病院では考え難い状況だと思う。ルールはガイダンス。掟ではない。システムは人間が造る物。電話のお陰で、日記では読み取れなかった、相当具合悪い感じが伺えた。遠く離れて何も出来ないけれど、早く体調直るようお祈りするね。電話は都合悪い時はストレートに断って良いんだよ。「かなり具合悪い、又ね!」で良いんだよ。多くのメールより、直接の声が理解しやすい。そうして、衝突しながら迷惑を掛け合いお互いの心地よい距離感を測って人間は親しくなるんだよ。
2005年09月12日
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物悲しい注意報をだすのは、2度目だ。2年の月日が流れた。唯でさえ、物悲しいのに、失恋なんかした日には、秋が寂しい事を忘れてしまいそうだ。失恋しなくても、体は物悲しい感覚を受け動きが鈍くなり、冬越えの準備に入るわけだ。この物悲しさで、寒い冬を暖めあうパートナーを求めたり、動物的な本能で寄り添いたくなるのも、この時期かも・・・・。しかし、現在は、複雑で単純に物悲しさで、お付き合いをすると、しがらみに苦しむ。寂しいのは当たり前の感情。そんな感情に振舞わされて人を求めると、大切な自分らしさを損ねてしまう。な~んてことをわざわざ書くのは、私も、身近な優しさに、コロっと参りそうになる。相手が冷静に居るとそうでもないのに、ハンサムに見えたりする。(発情しそうだ~!)と女性の仲間に背中をさすってもらったりしてやり過ごす。自宅に居る時と違って、入院中は、他人が近くに居る。稀な環境なのだ。年の功で交わすが、優しさには一番弱いかな・・・。たとえ時分の好きな人が私に関心を持たない場合でも、思う自分の心は清く居られる。
2005年09月09日
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虫の音も、お日様の光も、どこか秋めいてきた。朝晩は寒いくらいだ。新病棟は、全て低反発マットレス。これが・・・。テンピュ~ろより高価だったらしいが、噂では15・6万。現実には、かなり機能が劣っている。毎日筋肉痛で起きる。それ故、リハビリされているのか?体はかなり、筋肉がついてきた。入院すると、普段自分では選ばないような本とであったり。実にその本が今の私に必要に感じる物などにめぐり合える。今樋口一葉の伝記物を読んでいる。彼女も又学歴もなく、小説の世界を知らず、お金の為に文学に手を染めるのだ。もともと、言葉のセンスは歌の会で評価されてはいたが、文章にはジャンルがあるようだ。しかし、昔の貧困は現在の比ではないな~。ミンナが必死で生きる中に、情がからみ、損得以前の生きるための行動。6月の末に旅に出て、人との関わり方が現実的に成ってきた。病院の中でも、周りを無視して過ごす事無く、怒る時は怒る。≪何でこうなるの?≫と隔離に入れられる事もあって。結局どうしてこうなるの?とかあまり考えなくなった。昨日は、新入りの甘い関わりたくない女性が、意味不明だが、男子病室で服を脱ぎだした。早速看護婦を呼ぶ。昨日隔離から出た私は、この同室の人が他人の物を弄る事が気が気でない。昨晩は隔離されたが、もう朝には一般に戻って来ている。もうすこし、隔離で手を入れてあげればいいのに・・・・・。今日も一人語りは続いているみたいだ。
2005年09月08日
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6月の26日。羽田から南の島へ旅立つ。7月の5日に神奈川に帰るも、実家に泊まったのは、昨日で2日目だ。南の島を出る日。自分からの手紙が手元に届いた。旅の始まりと書かれていた。夜羽田について、翌朝病院に行った。保護入院となった。病状を見て、誰もが驚いていた。こんなシンさん見たこと無いと。当時の私の行動を、説明を求められると、今回は、普通を装わず、あるがままの自分を見て欲しくなった。ケースワーカーには伝えた。私は二つの世界を、分けて生きていた。何が常識的か、どうでない行為なのか非常に演じやすかった。部屋からの出かけにお茶の葉が急須のなかでカビテイルノヲ発見。お茶や線香の香料になる葉っぱ類の黒かびは危険なきがする。途中からトリップした。出かけに、テレビで松江の(枝も登竜?)をみていて、出かける寸前にお茶会の用意をし始めてしまった。。。。。実家の門を潜って、緊張がぬけて、プッツンしたようだ。可笑しな行動なのだが全て覚えている。姉の急な迎えで本土に帰ってきたので、未だ思考が切り替わっていない。看護婦さんたちの名前特徴など、メモを取りながら、挨拶をして記憶を繋いだ。朝起きると、寝ぼけて、ホテルのクローゼットや電話を指で探る。実際、当時かなり弱っていて、飛行機に乗るには全気力を使わないと出来ない諸行だった。ゆっくり、休みながら、体を回復させて、こちらに戻るつもりが・・・・・。一連の過去が途切れて、まさしく新たな旅の始まりになってしまった。南の旅はどうだったかと言うと、美しいさんご礁の海を人気のないビーチで、貸しきり状態。美しい日々のメモリーが増えた。日本の秘境だとおもった。ハワイより外国っぽい。(植物群が)長年、担当の医師が居たが、主治医に恵まれなかった。今回一度指名してくれた、この病院の副院長に主治医を決めた。入院まえから、入院時にはドクを変えて欲しい意向は申し述べて居たが、プッツン状態で渡すのは、これまで担当していた医師のコケンが許さなかったみたいだ。今月の、15日、女医と別れて18日、3年ぶりに二つ年上のダンディ~なドクに顔合わせ。この3年の間お互いに、成長があるから、少しお互い様子見。主治医が代わったと同時に、病状の著しい患者が重なって、隔離室満杯。わたしは、フロア~に逃げて椅子を並べて、難を逃れていたのだが・・・・。同室の老人が若い患者に感化され色気図いて(お盆時期なので)天ちゃんが着てると訳の判らない事を言い挙句に、部屋の入り口付近でし尿をし、私のカサブランカの柄のタオルで拭いてくださいました。当日の看護婦はフロアでベッドを作るのを禁止したので、トイレにシバシ落ち着いて本を読んでカムダウンして、そろそろ病室に戻ろうとしたところ、看護婦が当直の先生を呼んだからという。既に朦朧としていたが、注射を打って自分のベッドに戻る話に成った。注射を受け入れると、今度は、ドクの指示で隔離に誘導となっていると、話を摩り替える。おいおい、誘拐・拉致・薬物投与・監禁で訴えるぞ~!面倒だから、その日は、したがって隔離に入る。そんな経緯でこのところ、待遇が変わって、PCを弄れなかった。週一の定期の面接時に自分に掛かっている禁を色々外して。隔離に居ながら、初めての同伴外泊と成った。保護から、任意に変えてくれないかとお願いすると。君はもとよりルールに従う人ではないから、保護のまま退院させると言い放されてしまった。外泊の申込書をみて、ドクは予想外だったと笑って挨拶に来た。穏やかにお過ごし下さいと入院当初見ていた、優しい笑みをうけべて居た。簡単に今日までの経緯を話したが。ドクターが薬を私に合う薬に戻して、行動にはそれ程不安がない。愛する人は、そばに居らず、風と語る愛だけれど・・・・。それは一体誰なのだろう?今回の南のたびの最後の日から、虫達がわたしに色んなサインをくれるようになった。やや、不思議体験をしているが、落ち着いた日に、相手側に現実の状況を聞く必要がある。≪百聞は一見にしかず。≫事実は、おいおい姿を現すだろう。しかし、私は生まれて初めて醜い女性に会った。性格の悪さは、顔を貧相にする。劇場型のタイプで、自分でシナリオを書いて動かすタイプ。トリックがばれている事にも気が付いていない。そんな女性と居ると男が下がる。一緒に居て楽しいのなら、それもよいが・・・。作為が多くて犯罪性がある。私はさみしさを紛らわす為に他人とは席を共にしない。ガールフレンドと称する女性をみると付き合うべき人ではないな~とおもう。私は精神病でも、他人を陥れるタイプではない。人物を見るときには、本人の周りを見ると判りやすい。関係が続いているのなら、不倫嫌いなわたしは距離を置こうかとも思う。お付き合いしている女性が気持ち悪すぎる。≪結婚・不倫≫など、私が問うのは、書類上のけじめの問題ではなく。心の青さだ。恋人の居る人の乗り換え馬にはなりたくないな。
2005年09月04日
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