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自慢をするわけではないが。私は、プロポーズされた回数が多い。結局、飛び込まなかったのは。形の上で、結婚はした事が有るが。世間でいう、ロマンチックな段階を経ていない。生活の必要上、結婚した。家族からの精神的自立。と言う両者の共通項で始めた結婚。良くある、独身同士経済的独立していた者が片方に転がり込む形ではなく。急遽、アパートを探して、お互い実家を出る事が共同の目的だった。同居に際して、同棲は女の私に不利だったので、一緒に居る間籍を入れるの初めから約束して、同棲に踏み切った。私のほうの財産処理、が済む時期が3ヶ月後に入籍。同棲期間は3ヶ月だった。両親は、事情が重なって、生涯入籍をしなかった。私にとって、入籍は経済の問題で愛情問題ではない。共通の場を持つに当っての、責任問題であって、愛情を図る問題ではない。見込みとして2年。実際、入籍してみると、お互いの関係が変わった。喧嘩が激しくなった。面白いことに、同棲の場合は、一緒に居る理由はお互いの意思。結婚は、お互い共有する立場。喧嘩しても、帰る場所はそこしかない。その安心感が喧嘩を激しくした。入籍前は、「じゃ、出ていくわ。」は有効な攻撃で有った物が。結婚後は、「好きにすれば~。」自分の場の「放棄」になる。拠点をその住所にしているから、必ず、現在の場所としてのお互いの「生活」が有る場所に変わる。私と接触して、人生の誤魔化しが聞かなく人が多い。最近。話をした人で。今の家族の鉄筋コンクリートアパート(集合住宅・通称マンション)を建てる時。建築会社の社長と、家族が度々食事を共にして。顧客サービスには、随分個人的な接触が多いと感じていたが。やたら、社長が私に、子どもが欲しい話をしていて。私は、そんな話し私にしないで欲しいと剣幕で怒っていたが・・・・。十年後。やはり、留学中から、家族と社長との間で、私が結婚の相手のターゲットにされていたことが判明。どんなにいい人でも、その人の過去の女性との関わり方が私には不憫に感じて、私にとってその人との結婚は有り得なかった。諸々の、周りからの圧力が、私を家出結婚に駆り立てた理由だ。愛情を多くの人は、結婚と考える。人生の墓場と言ったり。1つの結婚の形態ができて。個人の生活環境を決定した後で、愛情を経済単位の外に求めると。不倫。複数の家庭を持つと妾。子どもは多くの場合。家族形態を保つ人質。お金が優先する世界では。そうした、経済活動に愛情を図る基盤がある。既婚男性と独身女性に、経済的な負担を男性が背負わないと。純愛・愛人と言われ尊重され。(単に男性側の負担が無いので、独身女性本人の意思での繋がり)果たして本当にそうなのだろうか?現実逃避の場が『愛情』なら。そうかもしれない。多くのプロポーズ。恋愛の中で。私を繋ぎとめるものは無かったのは。私の中に愛の原型が有って。その中に当てはまらなかった。不思議と、事情のある時期一致した結婚相手とは、それなりに縁が有ったのだろう。一緒に居ると、柔らかい空気が有った。家の中に限らない。ある種お互いを繋いだ何かが有ると生じる空気なのだ。それ故。離婚には苦労した。浮気とかドロドロしたものが離婚の理由ではなかった。離婚した時は未だ住所が一緒。別居の為に離婚してから、お互い別れる為にひと時のパートナーを作った。それでも、精神的な繋がりを断ち切るのに一年掛かった。お互いの兄弟が間に入って。裁判所で、お互い口をきかない取り決めに合意をして完了した。男女の愛とは違う「何か」が私達を繋いでいた気がする。「愛の原型」の知っているものと少し異質な柔らかい空気。宗教的な何かを共有する兄弟愛に近いものだった。私にとって、「愛の原型。」私を育んだ、両親の間に流れる空気。「アマ~く、くすぐったい。暖かい空気。」いつでも、そんな物が間に流れているわけではない。ふとした時に流れるのだ。私は何故か、父親の膝を枕にしているときがある。とても安らかで心が和む。目を伏せている。傍らの母親が私が眠ってしまったと思ったらしい。母親は『この子は誰に似たのかしら?』と父に問う。瞬間、その独特な空気が流れ始める。私はその母から生まれていない。私はその中に、私に対する愛情と共に父との間に流れる信頼感の空気を感じていた。独特な質量を感じる空気なのだ。父『さあ?誰だろうな~』母『おじいさんかしら?』私の鼻は家族とのだれとも似ていない。顔の雰囲気は、育ての母親とそっくり。パーツは違うのだが、言わないと血の繋がりが無いと判らないほど、母に似た顔付き。温かく、くるおしいその空間の中で。私は、何時起きた振りをするのかタイミングに困った。壊してはいけない何かの空気の中で。私の特技は狸寝入り。この眠ったかの様な膝枕状態で、多くの人の心の内を耳にする事が多かった。姉の膝枕で、姉の私に対する独特な風変わりな思慕の思いも。私を愛する者達。そうした、空気にに触れて。私は「愛」とはどこか違う「何かの都合」と最終的に別れを告げて来たのだ。愛してはいけない相手と愛し合ってしまった時にも。一瞬(地球の時間ではひと時の期間。)相手が不都合でも、互いに愛し合うと天が開ける。天が開いた事を感じていた。その瞬間をすてる時。私を記憶を失くすしかなかった。もう一度、相手を選び直す為に。お互いの間に横たわる現実の違いは何だったのか?探す旅の始まりだった。私のところに、ある女性の「愛の妄想」の形見がある。既婚男性の「愛人生活」から男性に、「必ず迎えに来ます」と実家に戻され捨てられた。十年間、実家で、恋もせずに待ち続けた悲しい形見。一分銀の貨幣のペンダント。彼女はその愛の呪縛から離れる前に。不思議な事を私に言っていた。私は周りの愛と称する呪縛に悩んでいた。そんな私に、彼女は何を誤解したのか?『私が貴女を愛してあげる。それでは駄目?』私は聞きながら、大粒の涙が落ちた。私の心に感じたのは。≪この人は愛を知らないのだ≫それで、大粒の涙が落ちた。彼女は結婚の経験が有る。学生の時に妊娠して、結婚。幼い子どもを相手に残し離婚。お水の世界に愛する相手を求め。愛人になった。そこから、実家に戻っていた。十年後。彼女は、再び不毛な不倫に嵌った。昼、夜の食事を捧げた。体を開く空間を提供していた。それから、何年経っただろう。結局、離婚の奥さんとの事業を清算し準備をしていた男性は、ある時期結婚生活のバランスがとれて。離婚もしなかった。そして彼女はお給仕と愛をささやく空間の提供を飽き始めた。食事、セックス、少しの経済的かかわり。結局時間だけが、消費して愛の妄想の昇華だけが残った。私の所に、彼女の昔の愛の妄想の形見がある。そして彼女は相変わらず、愛を求める事に疲れている。
2005年03月31日
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喜怒哀楽。これは感情の車輪を回す、4つの単純な要素だと子どもの頃思った。それ以外、深く考えたことなかった。悪質な事に、中学の頃、鏡に向かって、酒を飲みながら、何をしていたか・・・・。相手の感情を和らげる笑顔の練習をしていた。笑顔で「ごめんなさい。」と言うのだ。泣き顔で謝るより、効果が大きい。この笑顔で過去どれだけ楽な思いをしてきたか・・・。高校の時、男の先生に「僕はその笑顔に騙されないよ!」と言われるほど。使った。その狡さが、後のややこしい人生を作ってしまったと、後悔している。その笑顔には、人を思い通りにしたい欲が有ったと思う。美人は性格が悪いとよく言われる。一理有るけれど・・・・。人生は、それほど甘くない。笑顔で、通れるのはとても、人間の出来た人たちの間だけ。譲る精神の持ち主だけだ。その行為に対して、妬む女の人たちの虐めの酷い事。自分の思い通りにならない女にたいする男の仕打ちの酷い事。恐らく、後半の人生で見た来た人たち。男女とも、関わりたくない人種。思考力が神様から奪われて、笑顔の武器も使えなくなって。だた、眺めてきたけれど。いま、通り過ぎて、もう一度通れと言われても絶対出来ない体験した。最後に見た、男の劣等感の屈折。世に恐ろしい物は、女より男の劣等感だと思った。お金が有っても、学歴を持っても。人にお金で雇う・お金を払う以外の影響力を持てない男の劣等感は、底のない沼を覗くみたいだ。今、わたしは人は平等だと思わなくなった。生まれながらの心の卑しさはどうにも成らない。昔は、そうした人が居る事を知らなくて巻き込まれて悪戯に傷ついた。今は、そうした人が居るという事実を受け入れる事にした。劣等感。それらの感情が動き出すのは・・・・。誰かを「好き」と感じたときに動き出す。最近。「好き」という感情と付き合っている。「嫌い」も同時にはっきりしてきた。好きという感情を保つには、自分自身がより良い自分を求める。結構きつい。「好き」という感情は実に個人的なものだ。ところが、保つのに、自分の心の持ちようで変わる。気持ちの良さを、失う怖さ。「自暴自棄」になって、その感情を投げ出した方が楽な気がする。こんな自分だから、思いが叶わないという言い訳が欲しくなったりする。世の乱暴者は叶えぬ思いがさせる、暴力が多い。極端な話をするが。例え、自分の好きな相手が百の愛を自分に告げたとしても・・・。相手を思える心は、自分の心模様の問題。自分の心に愛する余裕が無いと愛を感じない類のもの。人を好きに成る事は、完全に自分と向き合う事だ。その感情から逃げるも逃げないも自分次第。漫画家のブラジョンさんの日記を読むと、「こんな子どもっぽい感情の戦い」は経験ないみたいだ。娘と、仕事に向かう姿が羨ましい。「アマ~イ空間の記憶」が蘇る。現実に「幸せって有るな~」と感じる。こうした問題は、年齢ではない。自分が気がついて、自分と向かい会う勇気を持つかだ。自分の周りには、格好良い男の子達を見かけるが・・・。手を出さないように自粛を決めた。見たこと無い、何者かの存在を信じるのは馬鹿げていると思うが・・・。自分を信じるってそういうことみたいだ。≪体の渇き≫は、自分の求める何者かを探すシグナルに成る事を気がついた。つまみ食いは意志を持ってしない事に決めた。≪渇き≫が戻るまで行きたい先が見えなくなっていた。
2005年03月29日
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社会参加から離れて生活するようになって6年。その間にも流転は有ったが、今の環境を得て3年になる。町の中に居ながら、仙人生活を送って居る。自分から、社会に参加することが殆ど無いとは言え生活は存在する。姉と食事の後、いつも通っていた喫茶店に寄った。上品な婦人が私に微笑みかけた。反射的に微笑み返したが、婦人の同伴者に眼をやる。確かに記憶が有るが・・・・。暫くして、行きつけの古本屋の奥さんとご主人だと気がつく。気がついて、挨拶に行く。「ごめんなさい。気がつくのが遅くて。」『目が悪いから、気がつかないのかと思った、挨拶して悪かったか思ったわ~!』「いや、ご主人を見て、どこかで会った事あるな~と考えて、気がついたの。」「いや~。僕は美人な人は見てはいけないと思っているから、気がつかなかった。」そう、わたしはご主人とは目を合わせていない。ご婦人の連れから、誰なのか思い出そうとしたのだ。この町から、出ない生活。仕事で世間に出なくなってから、決まったところしか私は立ち寄らない。人の噂が嫌いだからだ。動けば必ず噂が立つ。同じ場所で行動していると、顔見知りが自然と出来る。私が知り合いと、友達を分けるのはそうした区分けがある。自分は、同じ場所にしか動かなくても、この店で多くの人と出遭った。ふとしたことから、話すことも有る。印象深かったのは、96歳の元牧師さん。調べれば、何処に住んでいて何をした人なのか判る情報を教えてもらっている。縁が有れば又会いましょう。と別れる。でも、殆ど、私はそれ以上調べてアプローチをしない。だから、この町と、その牧師さんがどんな関係で現れたのか知りえない。何故なら。過去に置いても、現在においても。自分のことで忙しくて、お付き合いに時間をもつ余裕が無い。町の駅を挟んで、同じ経営の西口・東口喫茶店を使う。一度の邂逅で、話が終わらないと、再び会う約束をする場合も有るが。お互いの興味を満たすと、何も無かったような挨拶だけの関係に戻る。或る日。女性が声を掛けてきた。『お花の先生じゃないですか?』「おそらく、私のことだけれど・・・貴女は何処で会った誰かしら?」「ア~真由美ちゃんね。あの頃は化粧をしていたので見違えたわ。良くあの世界から出られたわね~。偉いわ。」現在は介護の仕事をしているらしい。年齢を聞くと、6つ年下だった。彼女が25歳の頃を知っているのだ。現在42歳。前に書いた、花のいけ込みをしていたスナックのホステスをした居た女性だ。私が普通のフリーターと違うのは、渡ったジャンルが広い。連絡先を貰ってそのままだ。時間を取らなくてはと思うが・・・。場面が変わると私の方は、誰だか判らなくなる。何処で出会った誰なのか?そして、面白いことに気がつく。私を記憶している人は、殆ど私の「個人名」を知らないのだ。その場の役割で記憶している。お花の先生。何処何処で働いていたお嬢さん。何処に居て何をしていた人。面白かったのは、私が家族から行方を眩ました時。映画のデズニー映画の試写会の受付をしていたら、兄貴と姪っ子と招待客で現れた。『元気か?』とだけ聞かれた。「元気だよ。」と答えた。兄の驚きは想像つく。そして姿を変えても見つけ出す。過去に居た場所の人が今の私を見つけると不思議な気がする。私が店を経営した時に、15分立ち寄る客が居た。それ故、彼の仕事を知っている。職安の職員。最近行く先々で彼と出会う。1つ駅を外した、喫茶店でも見かけて、私から、挨拶した。「こんなところでも会うなんて、神出鬼没だな~。」『君こそ、神出鬼没だ。』
2005年03月27日
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チィ叔母様。最近いかがですか?とても美(美美的)しい貴女は、更に美しく(更美了)なったのではないでしょうか?私は貴女の、最近の写真が見たいです。^^貴女はうお座だと、記憶してます。お誕生日オメデトウ。いつでも(時々刻々)朗らかで(開心)いらしてください。そして早め(早些遇見幸福)に叔母様が幸福に逢えます様 還有師事(意味訳せない)^u^ I miss U so so so mach~ big hag~ joanna 3/9'2005外国に住む、従兄弟の娘から、届いた手紙だ。去年、一月ほど家に滞在した。私と彼女、私と姉 と映っている2枚の写真と共に送られた手紙。文面を見て。日本人との違いを感じた。一人の親戚から、全ての外人に当てはめるのは極端だが。まるで、男の子から、ラブレタ~を貰ったような文面だ。日本在住の人は私も含めて、「感情に訴える文章」を余り書かないな~と、ふと思った。日本の人は、事柄を書く。感情・感覚は余り表現しない。私も、酔っ払うと、好きな人に「だ~い好き!」とメールを入れてしまう事がある。翌日、侘びを入れる。感情を伝える事が失礼に感じるのだ。酔わないと感情を出さない事が多い。そういえば、2月に、「美しく感じる人」に出会った。私が、美しい人だと言うと。『美しくない。美しいと言うのは一般的に「誰々」みたいな人を言うものだ。』と否定し捲くる。「私の美観を否定しないでくれないか?」とお願いすると、更に美しくない証明を書いてきたので、面倒になった。お付き合いを辞めてしまった。「美」と言うのは、個人的な見解で万人に認めてもらう必要の無いもの。と私は思う。従兄弟の娘には、私が美しく見える。そして、それが成長期を過ぎて、「初老に向かう人間」に向けている事。彼女に取っての「美」が、若さに反映されたもので無い事が伺える。半年前の私の写真を見て、自分の顔に翳りを感じる。あの頃は、何を考えていたのかな?あ~!自分の環境の中で「あの問題」(自分に思い当たる)に取り組んでいたと当時を思う。今はその曇りは顔から取れているだろうな~。その意味で、確かに更に美しくなっているだろうな~。と素直に「美しさの裏側の心理」を振り返る。最近良く、自称ブスの人に美しさの秘訣を聞かれる。その人たちには、私が美しく見えるらしい。答える事は唯1つ、自分がどう見られるかと言う自己への関心を捨てる。勤めて、自分以外の周りの美しさに目を開く。例えば周りに変に思われる。「変なのだから、変に見られたって構わないでしょ?仕方ないじゃない。」「それより、その変な状態が辛くないですか?」余計な今居ない友達の事。漠然とした、人生の事。考えても仕方のない具体的でない発想をきる捨てる訓練するようにアドバイスする。大抵「変な状態」は本人にとって苦しい状態が多い。そして、そうした状態の人は絶えず、勝手な自己批判にさい悩まされている。他人が思うだろうと想像する自分の妄想に苦しめられている。そうした人はどうしても、「ブス」になってしまうのだ。自分が自分を「ブス」にしているからだ。例えば、眉を書き忘れて、半分無かった。それを気にして、前髪を前の方へ流す。見る側は、眉よりも、お化けのように横から被さった前髪が気持ち悪く感じて居る。他人の目は全体を見ていて、表情を見ている。細かい、眉の位置なんて、意識しないものだ。ブス脱却には、「自分の顔を見つめる自分の想像(意識)の目」を捨てれば簡単に直る。すると表情筋のバランスが取れてくるからだ。
2005年03月26日
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ははは。貧乏は、凄い事をする。風呂場で、思い立って、シャンプーで洗い始めてしまった。暫くすると、部分的にはがれて来た。え~!ミンクって張り合わせ?とビックリ。このミンクのコートは正直かなり(品のよいもの。)安いミンクのコートは重い。皮のなめしが悪いからだ。う~ん。水を吸って、重いので、レース生地の服を被せ持ち上げる。そのまま、持ち上げると破れるのは想像できた。次がもっと凄い事をした。レースに包んで畳まず脱水機に入れた。形を整える気遣いが有れば、こんな酷い状態に成らなかった。脱水機からだすと。ははは。ボロボロだ~!驚いた事に、ミンクのコートの上質なものは、裏の仕事の手の入り方に驚いた。普段に着れる、茶色のテーラード型。軽くて着易かった。黒のフォーマルのものとは違う。長く、毛並みに合わせて何ミリかの細い皮を丁寧に縫い合わされていたことだ。薄い皮の部分が破れて細長い状態に別れてしまった。へ~!高価なものには理由がある。物凄く、手の込んだ品物だったのだ。恐らく、ウサギの毛なら、そのまま、ゴミ箱域だったと思うが・・・。私は、暫くこのミンクのコートの復元を試みよう思いはじめた。考えられる事は、乾いた時に、皮が萎縮する。下手に伸ばすと破れる。コートの右半分が細くボロボロに裂けた。昨日から、心のもやが取れて、行動が取れるようになった。行動し始めて、周りを片付け始めた時にミンクのコートの匂いが気になったのだ。他の私のミンクのコートは匂わないのだが・・・・。私の臭覚では、その匂いの種類が「カビ」に類するので気になったのだ。洗って、分解された皮には「カビ」っぽい匂いは無い。毛の部分にその匂いがある。思ったのは、「カビ」ではなくて、その毛自体の匂いだと気がついた。マツタケがマツタケの匂いがするようなもの。毛皮の廉価なものは、動物臭が残っているものは最初から手を出さない。このミンクは私にとって、実験材料みたい。今回知ったのは、コートの裏の細かい手仕事だ。因みにクリーニングに出すと、1万4000円くらい掛かる。今の経済状態で、クリーニングに1万4000円出す気がしなかったのだ。現状で考えると、出しても、この匂いは残って不満足だったに違いない。シルクも、独特の匂いの残っているものは、手を出さない。天然素材のもの。毛皮。繭。それらは、ものは天然のままでは商品にならない。その匂いを取る事はかなりの技術が隠されている気がする。このミンクは入手経路が知り合いからではないので保存がどういう常態だったのか、判らない。匂いからして、古い家か倉庫の可能性が高い。と思っていて、毛自体の匂いと思わなかった。旧家の匂いなのだ。(ミンクはねずみ)シンプルなデザインと毛並みの美しさ仕立てが気に入ったのと≪破格値≫だったので、私のアイテムに入ったもの。私は、子どもの頃から、機能障害を持っていたと想像できる。この症状は、中学の頃から、始まっていた。病気と言うのとは少し違う。適応障害の一種だと思う。この症状で、よく掛かりつけの医者に病欠の診断書を書いてもらっていた。診断書は内科的に処理される。心に何かが引っかかっていると、行動が取れなくなる。その何かが見つかるまで、3日程かかるのだ。今回行動が取れなくなって、実に2ヶ月近く掛かった。その場合どうするか。出来る事だけはする。例えば、この日記を書く。実に表に食事に行く事も出来なくなっていた。(表に出るのが面倒)テレビを見るもできることの一つ。本を読む。方向性が見えないので、部屋が散らかり始める。大切な事は考え込まないこと。何でもいいから、出来る事をするのが一番いい。すると、時期が来ると気がつく。考え込んでも答えは出ない。何かをしていると、じっとうずくまって考えても答えに行き着かない。好きなことをしていると。心に引っかかった事が、問題を起こした起源に突き当たる。子どもの頃、掛かりつけの医者(親の友達)には、何かをしながら、学校行きながら考えられないの?と言われたのだけれど、行動の方向性が取れなくなって、学校へ行けなくなってしまうのだ。学校へ行けなくなるけれど、登校拒否では無かったと思う。幼稚園の頃から、親に隠れて休んだ事が有る。幼稚園が嫌なのでは無くて、眠かった。押入れに隠れて寝ていた。引き戸の押入れでは無くて、ドア式の扉のものを選ぶ。定規でウチガワから、扉の外の引っ掛けを降ろして布団に隠れて寝ていた。見つかってから、(何で見つかったか不思議だったが、今思えば幼稚園から行ってない連絡を受けて親が私を捜したのだろう。)幼稚園休めなくなった。学校は、私にプレッシャーを与えるものではなかった。学校は、好きでも嫌いでもなくて、行くべき場所(その年齢の身を置く場所)でしかない。その時代(子どもの立場として)やるべき事。行くべき場所。過ぎなかった。勉強では、ず~と、上位に位置していたので、通常3分の2以上行っていれば特に問題に成らない。高3の時に、その問題で担任とクラスと卒業を戦う事には為ったが、通常では問題に成らない。担任やクラスから退学を要求されたが、学校の問題に発展させて退学を免れた。最低限の条件をクリアしていたからだ。友達を作る場所でもなかったし。同じ場所を共有する上で、友達は付随的なもので本来の目的ではなかった。現在虐めとか大変な事は有ると思う。あまり、学校に勉強しに行く以上の期待を持たない方が、学校(社会)と巧く行く気がする。会社や社会でも同じ事だ。何処でも虐めは起きる。(不都合は、自分の場所を守る為、対抗するか扱うかたを考える。)私は会社で虐めに会っていた様だった。でも、気がつかなかった。単純に、仕事を教えてくれていると思った。出来て無いから叱られると思って居た。言われる前にしようと心がけていた。先輩が何かを始めると、「すみません、気がつきませんでした」と取って代わって仕事した。すると・・・・。半年目で先輩を嫌だな~と思って居た。兄に相談すると、止めて何かする事あれば止めればいい。兄は、歯科医をしているが、それも自分で選んでその環境に居るという。何度も辞めたいと思ったらしい。そう思うと仕事の環境は捨てがたかった。その先輩が止めるかもしれない。とも言われた。その半年後。先輩はする仕事が無くなって、退屈で自主退職してしまった。彼女が私に向けた仕事の文句が、虐めだった事は後から知った。友達は「おまけ」みたいなものだ。作ろうとするから、不自然な可笑しなことになる。逆に「友達如き」の問題で行かなくなるのは勿体無い「自分の場所」だ。
2005年03月25日
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戦争する必要は起きなかったろう。戦争する以前に結果が決まっているからだ。ところが神は善悪を分ける基準を持たない。善悪を知る実を食べたイブ。イブは善悪に分ける基準を持っただけだ。善悪は人が分けた基準で、善悪を知るために、人は生きている。立場によって、ものの見え方が変わって善悪を分ける。それぞれの「善」が全てに当てはまるわけではない。だから戦争が起きる。この世から戦争は亡くなることは無い。物事はどちらが良いかと言い切れるものは少ない。全て、それぞれの選びで事は進むが。人は常にバランスのとれた所に舵を向ける。例えば、イラクの派兵。その事が、よいことだったか悪い事だったか。起こった後で、論じても仕方ない事。結果として、何時の時も良い方向に舵を取るしかないのだ。過去の悲惨な戦争。そのお陰で現在がある。では悲惨な戦争が無ければ今が無いのか?出来れば、無くして良い結果を得られる事が一番いいが。起きた事は消す事は出来ない。自分の過去も似ている。もし、諸々の事件に遭遇しなければ、今の自分は無い。今、沢山の制約を受けているが。不思議と今が一番豊かに感じる。金銭で言えば今が一番不自由しているが。過去より、一番豊かだ。何が一番豊かになったか?時間に追われない自分が居る。焦燥感に悩まない自分が居る。ゆっくりと、自分に本当に必要な事を探す余裕がある。お金が自由な頃は、お金で事を運んで結果大変な事態に陥っていた。そしてお金をいつも負っている自分が居た。皮肉な事に、不自由さが一番自由を与えてくれた。心の安定だけを追える自分が居る。長い間、読書から離れた日々。何十年の間。ゆっくり、書物を楽しむ時間も無かった。自分の過ぎた時間を・・・・。2度と通りたくない道。やっと今の平安を得た。と感じている。今でも時々、他人の土俵に出た後は、禊に時間が掛かる。何処でも、自分以外の場所に居ると垢がつく。洗い落とした後でいつも思うのは、2度と嫌だと思う。他人の土俵は、自分好みではない場所が多い。そこを通らないと、学べない事が多い。自分に無い何かは多くの場合魅力的に映る。しかし、いつも垢を落とすと二度と覗きたくない世界だと思う。すると、自分の行く道が見えてくるから不思議だ。多くの自分と合わない何かが、逆に私は何が≪好き≫なのかを教えてくれる。方向性が見えてくる。戦争と平和もそんな関係なのだと思う。バランスの分岐点を探すのが大変だ。
2005年03月24日
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大好きなかおるちゃんから、恋愛終演の報告があった。う~ん。かおるちゃんと出会ったときは、片思い状態。1月1日からの付き合いだ。二人で、じっくり話したのは2回。特に呼び出したわけではない。偶然街に出会う。一度目は、鍵を渡して、2度目は、一緒に風呂屋に行っただけだ。後は彼女のバイト先で少し話すくらい?具体的な付き合いは、部屋に置かれる、「書置き」それと、携帯メール、の現状報告。不思議と、気の合う人とは言葉が少ない。前回一緒に銭湯で、背中を流しながら。(彼女に垢擦りの日本的入浴法を教えた。)現状の話を少し聞いた。あらら。恋愛最短距離行っちゃったのね。相手の心のケア考えないとね。なんて事話した。相手が、転がり込んだ状態は結論が早い。アレから、20日間で、終了しそうな報告。自分にとって、体にも、心にも合わない相手が居る事を知ったようだ。ある程度の距離を持って付き合う方が恋愛は長持ちする。私と銭湯に居る報告をしたら。「シンさんと一緒に行ったんだ。」と難色の返事が有った。(若干責めている感じ)それを聞いた、わたしは、「少しウざいね。」と感想を述べた。結構合うか合わないかというのは、お互いの関わりあい方のルールが違うのだ。同棲は恋愛よりも、そうした面が歴然と体感する事になる。相手は、束縛するほど、君が好きと表現したいのかも知れないが・・・。心が離れていくのは日々のそうした感覚の違いなのだ。恋愛には一ヶ月。3ヶ月。6ヶ月。一年。3年。7年。法則がある。7年掛からないと別れ切れないのは、相当鈍い。合わないものは3ヶ月コースがお勧めかも。今私の直面している、不思議な恋愛。始まりが無いから、終わらないのだ。例えば、自分の思いを伝える。そこに拒否が有れば1つ完結する。受け止めも無ければ拒否も無い。よく判らない状態が続いている。癇癪起こして。強引に止めようとしたら、「生霊」を生んでしまった。コノ生霊は私の「本心」が作り出したみたいだ。少なくても、自分の生体エネルギーで作られるみたいだ。とにかく体が苦しくなる。メカニズムは判らないが、関係復帰すると現れなくなった。「心地よい心の置き所」って、≪悲しみや怒り≫イワユル苦しみよりも扱いが難しい。後はひとりに飽きるの待つのかな?生霊と一緒に居て。誰かと共に居る事を現実的に考えられた。ひとりの自由、気楽さ。そうしたものへの愛着が今は未だ強い事が判明した。
2005年03月23日
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久々に、知人に連絡を取る。誰かに夢中みたいで、日記を読まなくなった。と言う言葉が有った。「エッツ誰の事?」実は具体的に思い浮かばなかった。何月頃の事か教えてくれれば、誰なのか思い出すなと思った。何月頃の日記か教えてくれた。実に、私は夢中で居る人は居るが日記上には書いてないのだ。言いたい事は、本人に言う。わたしは、恋愛とか夢中な人とか他人には話さない。その結果として、不思議現象の「生霊」はこれは、何だろうという関心で書くことは有っても日記で「思い」を告げることは無いな。当事者との関係で解決すべき事だからだ。占い師にも頼らない。霊媒師にも頼らない。霊媒師に、彼は貴方を好きだと言われても、本人から言われてないものを信じる気になれない。本人と解決すべき問題だからだ。日記に書いている私的通信には、少し「トリック」がある。知人をおろそかにしたと叱られた。世の中いろんな人が居て。入ってはいけない世界に立ち入る人も居るので。時々。「私的通信」を使う。
2005年03月23日
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子どもの頃、お化け屋敷と言うものが有った。今でも有るが、趣が違う気がする。神仏を知るものとして、人間の作ったそうしたものは、子どもの頃から、怖くない。一歳のとき、頬に大火傷を負った私に姿を表した女神。それを、絵に描くことは、ほぼ不可能に近い。私と三日月に座った女神との距離が有るのに。その姿は、立体のようで、厚みが無い。切り紙の世界のようだった。お互いは、宙に居た。ただ、理解した事は。私に判りやすい姿をとっていること。それが、現実の姿ではない事だけがわかった。ですが・・・・。お化け屋敷のいり口に必ず有った、白いお化け状のものが飛び出すところが苦手だった。苦手は克服したくなる。あれは、お化けが怖いと言うより、「ビックリする恐怖」だ。あのタイミングに「プロの根性」をを感じた。得体の知れない、白いぼろきれなのだが・・・・。出ると判っていながら、驚くタイミングを良く知っている。何週間か前。自由が丘の牧師と二人きりになる時間が有った。良くわからないのだけれど・・・。シンは瞬間移動した話とか、人にするじゃない?そうした個人的体験は、人にするものじゃないのではないか?ユングに書いてあるけれど、そうしたところは魔界らしい。それを、超えた人は、叡智を得るみたいだけれど・・・。君は、魔界を遊んでいるのではないか?そうすると、分裂病の世界に入るらしいじゃないか?君はその世界を遊びすぎたのではないか?そこを超えた人は、孤独も感じないらしいじゃないか?君は、偽者っぽい感じがする。う~ん。確かに魔界だね。わたしは、最短で抜け出したと思うよ。だから、その世界で抜け出せない人に道を示したいと思うよ。今日会いに来たのはね。姉と喧嘩したから。傷つけてしまった事、と分かり合えないことの不安を鎮めるため。孤独の種類が違うんだ。神を感じたりする事に於いて、生きる上での「孤独感」と言うのは確かに無い。神仏や自然。そうした幸福感とは別に、人間には人間としての普通の交流が必要なのよ。姉は、私に先の預言を求めたのよ。これからどうなるか。私が「それは私からは言えない。」と言うと、「外れた時が、怖いのでしょう。」と言うのよ。「違うそういう問題じゃない」と言ったのだけれど。なんて、説明して良いか・・・・。私は困って額を押さえれ、黙ったしまったの。すると姉は、怒り出してね。車で着たのに、私をおいて帰ろうとしたの。『あんたのそういうところが、病気っぽいのよ!』もう付き合ったられないって。「そんなに怒らないで、私も帰るから。」・・・。家の前で別れて、外に居ると・・・。姉から電話がかかってね。『甘いものを買って来て』って言うのよ。仲直りしたいのだと思うのだけれど。わたしもなんでもなかったように接する為に、ここに気を取り直しに来たの。マスターの話を聞いていたときに、フト彼の中に、「魔か不思議な世界」への憧れを感じた。それを体験する者に対しての「妬みの種類」の感情を。本物か偽者かと言う論点が可笑しかった。牧師の勉強をした事にも現れているのだが・・・・。その手のことへの関心が元来強い人なのだ。確かに瞬間移動の体験は、したくても出来ない。その世界を超えたからって、人間として全知全能に成るわけではない。釈迦もそうだったろう。むしろ、そのことの大切さを知ったに過ぎない。一人一人、それぞれの必要で叡智が開かれる。不要なものが知らされるわけでない。「隣の家の秋刀魚は今晩何匹か」なんて情報は個人には関係ないこと。それが、何かに関わりが有る場合は、当然何かの形で知らされるが。多くの全知全能を夢見る人は。他人のどうでも良い事を知る能力を求めているのかとふと思う。瞬間移動の経験から、私が得た体験は。超現実的なことに出会うと。人はその現実を受け入れるのに恐怖を伴う。その時はなんでもないのだが、後から現実的ではないことに対しての恐怖がおきる。恐怖に負けたら、気が狂うだろうと想像する。わたしは、歌を歌って何も考えない状態を暫く保って恐怖から逃れた。その行為が他人からは、気が狂っているかに見えたかもしれない。現実に狂うと戻ってくるのは難しいと思う。私にとって、気が狂うとは、出口の無い世界に入り込むことだ。私にとって気が狂って居ないことは現実の方向へ気持ちが向いている状態。状況を乗り越える力を保っている事。恐らく、瞬間移動の話をし始めたのは、同じ体験をした仲間はいないか探し始めた頃からだ。少なくとも、瞬間移動を理解する為の情報が欲しかった。そんな時、「ひも理論」の話を聞いた。今ではそう特別な事とも思えなくなった。そんな事が有っても、傍らの姉や親しい人が失われていない世界に居る事の安心感があれば、どうでもよいことになった。すこしだけ、以前と違う事がある。お互いの持っている記憶の確認をするようになった。
2005年03月22日
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久々に、兄の子供達と会った。前回会ったのは、正月だ。甥っ子の成長期に会うと楽しい。前回会った時と、座った時の視線の高さが変わっているので、背が伸びた事を感じる。兄嫁は面白い。去年あたりから、甥に髭が生えるように成ったらしい、姉に、「気持ち悪いと思わない?髭が生えるようになったのよ~!」と笑ったらしい。すると、甥は、指で鼻の下を遠慮がちに隠したそうだ。声変わりもしている。子どもに気を使わせる親って・・・・・。両親は丸顔なのに、久々に見ると、彼は明らかに細面。完全に私側の血が強く出ている。隔世遺伝だ。私以外の兄弟は母親側の血が強く出ている。私は、父親側を強く引き継いだ。4対1。赤ん坊の頃、露天風呂で撮った写真に沢山心霊が写ったのでそうではないかと思ったが、やはり、甥に父親側の遺伝子が出た。台湾の親戚の女の子にも居た。父親のカケイは、明朝の御殿医。古に、シャーマンの血が流れているのは自然な事だ。出会う人に、「良く心霊系に行かなかったね」といわれる。そうしたものを科学的に考えるのが医者の家系。生憎私は医者向きに生まれてない。流れの中で哲学系・芸術系のようだ。そうした超自然は、恐れ敬うものではなくていかに普通の生活に馴染ませるかが課題なのだ。最近のスピリチュアルブームは参考になるけれど、そうしたアプローチはある種抵抗がある。1つのものの捕らえ方としては面白い。恐らく私の試みは、そうしたスピリチュアルな事を、現世に還元する方なのだと思う。同じ事を言っているかもしれないが先祖が有るから、(気の根っこから生まれるわけでなく当たり前の事)魂が有るから、(美しいもの感じる場所があるから、当然そうだろう)とかの理由づけはどうでも良くて。寧ろ、そうしたことさえ忘れるほど、現実を味わう事に命燃やしている。分離したものを現実に置き換える作業だ。私に課せられているのは体験型。喜怒哀楽苦楽全ての経験を持ち帰る役目とうすうすは感じている。子どもの頃から感じている。妙な言い方だがダヴィンチの作品はモナ・リサしか、日本で体面できない事を予め知っていた。生まれたときは、「あ~!生まれてしまった、死ぬまで長いな~!」と既に老人だった。この世の知識は体験で蓄積する事も知っていた。親からは「あんたは何でもやってみないとわからないから・・・。」と呆れられている。自分がボロボロになった後のフォロ~は親がするからだ。現在生きている実感が大切。死んだ時に死んだ後を味わう為に今を心おきなく生きる。死んだ時のことは死んだ後、判ればよいと子どもの頃から思っている。神仏を本当に知るなら追う必要が無い。在るものは論じる前に、存在が当たり前で論点にならない。空気を吸いながら、空気とはあるものなのか無いものなのか、論じる事は無いのと同じ事。ところが、空気に風が起きて吹き飛ばされそうに成ると、どう付き合うか考える。私にとって、神仏はそんなものなのだ。****さて、テーマの姪のはなし。十年前。彼女は十歳。アメリカ旅行の時に姪を預けられた。親元からはじめた離れた姪は。『ねね。この蛇口どうやってお湯出すの?』何でも大人に教えてもらうのが当たり前の姪に。「私だって、ここにきたのは初めだ。自分で考えろ。」十歳の子どもとお互い、カードの鍵を持つ。「無くしたら直言うのよ、貴方が自分で手続きするのよ。」(暗号書き換えをする必要が有る。)とプレッシャーをかける。私にいじけや、媚(無力を装う)は通用しない。「私は貴女の親じゃない。可愛くなければ可愛がれない。」とつきはなす。私が怒ってしまうと・・・・。子ども相手に私は剥きになるのだ。十日の旅は長い。彼女は、必死で、「そうじゃなくて、わたしは、こういうつもりだった。」そうそう。自分で頑張っていると、可愛く思えてくる。と自分を説明するようになった。子どもの頃、厳しく躾けて血尿出させた事が有り親が反省した後、干渉し過ぎない付き合い方を模索してた時だ。(だから、リコピンは手放せなかった。)彼女は相手任せではなく、自己主張し話し合いながら協調する事を覚えた。十日間、リコピンを飲みながら、旅を戦い抜いた。その後、家に帰って、彼女は親との交渉能力を持つようになった。私は、自分の事は巧くできない事は多いが、育てるのは巧いと自負している。単に(子どもが呆れるくらいわがままなのかも・・・・。)
2005年03月21日
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動物界で、未婚の女性が、既婚の子どもの世話を手伝う習慣が有るらしい。第一ヘルパー第二ヘルパー第一は、血縁。第二は 無血縁関係。親が無くなって、兄弟で一緒に遊ぶ機会が減った。今でも会うときは、子どもと遊ばせる口実に乗っかる。と言っても、もう大学生と高校生だ。渋谷で、台湾料理を食べに行くお誘いが掛かった。我が家の海外旅行に合流した家族が笑う事に。集団行動が苦手な家族と言われている。旅の必需品は時計。集合時間と集合地点だけを共有にして移動、食事後はそれぞれ自由行動なのだ。移動の時、私がはぐれる事でしばしば怒れた。同じ行動が高校生の甥に見られる。はぐれても途中で必ず通る地点でまちぶせる。群れ行動している最中はぐれに気がつくと慌てるみたいで。兄は甥を叱る。あの子は私に似ていると感じる。最近では携帯などと言う便利なものが出来た。先ほど、姉の部屋に言ったら、兄貴がバーワン(台湾のお米の粉で作った、透き通ったプルンとした食べ物。餡に肉しいたけ竹の子などで作ったものが入っている)を食べに行くけれど、行くか?と聞かれた。用意しに風呂に入っていると、チャイムが鳴る。ドンドンドアを叩く。シャボンを流して、インターホンで出る。先に行くと言う。暫くして、電話。それぞれ、原宿とか青山とか三々五々散って、後で合流して食事との連絡が入る。じゃ、渋谷で待ち伏せると返事をした。親が居るうちは、週一で集まる機会が有った。それぞれ、都合で集まるメンバーは違っていたが。未婚の姉と私は絶対参加だった。今は、その子ども達が集まる理由になる。姪や甥が大きくなると、兄の子どもには小さな時には関わらなかったが、大きくなってから、慕ってくれる様になった。単純な理由。一緒に居ると理由も無く楽しい。親から巣立つと集まる中心にならなくなる。後何年かな?大人の甥や姪は兄弟の立場と同じく自由参加になるからだ。親の庇護に居る子供は可愛がる中心に置けるので兄弟が集まる理由になる。集まって何をするのか?ご飯食べたりするだけだが。同じものを食べる事は基本だ。温かい思い出が増える。親を亡くして、14~18年目。両方亡くして14年目。温かい思い出の大切さをしみじみ思う。
2005年03月21日
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喋り場を見ていた。今日中心の発言者は、映像関係の仕事を「夢見る職場」としている。フリーターでいいと思う。何故ならやっぱりしたいことが事が出来ないから。何故やりたい事が出来ないかの理由。やっぱり下積み生活に耐えられないと思う。やっぱり下積み途中で止めて迷惑を掛けてしまう。等など。「別に途中で止めてもいいんじゃない?沢山居るよそうした人。」「迷惑でも無いと思うよ」理由。やっぱり映像関係の仕事をして居る人で尊敬できる人が居ない。「それらを、反面教師にして、尊敬できる、映像関係者に成れば?」やっぱりお手本が無いと動けない。やっぱり色々考え込んでしまう。「そこから直せば?」やっぱりそこは、直す事は出来ない。やっぱり自分は、そういう人間だとわかってしまった。そして、その人物は全ての発言に「ヤッパリ」が枕詞でついていた。「やっぱり」の洪水に吐き気がしてきた。アドバイサーとして、劇団ひとりが居た。想像に押しつぶされる人間。21歳の男子。「ヤッパリ」が発言の数より多いその話題の提案者。時として、「ヤッパリ、やっぱり、」二重重ねで言っていた。息継ぎがヤッパリなのだ。現実の社会を夢想している。成りたい夢の現実に向かって行って、「実現出来ない自分の傷」を恐れている。夢破れ、挫折する自分を恐れている。それには、初めから近づかなければ、傷つき様が無いのだ。こうした人の「やりたい事。」動機付けは、「格好良さそう」お手本になる、格好いい人物が居ないから、「やっぱり」出来ない。「本当はそれほどしたいわけでは無いのでは?」やっぱりやりたい仕事が見つからないから、「やっぱり」専門学校に在籍してフリーターをしている。25歳くらいまで。(現在21歳)「何故か勝手に決めた時間制限がある」やっぱりを調べてみた。やはり。結果を先に決定して。案の定に成る事のようだ。最近流行った「想定内。」不思議な事に想定内は殆ど、失敗が多い。失敗とは言えなくとも、可もなく不可もなくの結果。処理が終わる程度のもの。完成しても面白みが無い。驚きが無いからだ。成功の法則は想定内を全てクリアして予想外の事態の処理の結果から生まれる。一見悪く見えることが、成功の近道だったりする。マーフィーの法則。日本では、「思ったことが叶う」みたいに、御目出度く翻訳されているが。実は、不慮の事に備えて<準備>した事は現実には起きない法則なのだ。備えてないところに、事故が起きる。「大丈夫」と思い込んでも事故に備えをしていないと、起こしやすい。万一に備えた上で初めて回避が起きる。想定内での予想できる範囲の働きは地獄の沙汰でしかない。現実に夢に向かい始めると、予想外の連続。予想外である事当たり前として受け止められるようになれば、夢の第一歩に立ったと言える。それを、<覚悟>というらしい。駄目でも0と言うのは、覚悟ではない。それは捨て身。元々守るもののない人が一番恐ろしい。覚悟と捨て身は別に次元だ。人生に自己実現のお手本は無くて当たり前。現場の人は、その人の現実を体現していて、貴方向けに生きているわけではない。自分が予想外に常に対処する自信さえあれば、結果は後からついてくる。想定内をクリアした後に予想外が生まれる。想定内を知るのが、下積み時代になる。何もしていない有りもしない、結果を振り回す人は、21年で自分の全てがわかってしまったと勝手に決めて。「やっぱり。」「やっぱり。」やっぱりは、否定的な事柄を肯定することば。否定の肯定は否定である。色々意見はあったが、言葉を話すとき。「ヤッパリ」を使わないで話してごらん。と私は言いたい。それだけで人生が変わる。
2005年03月20日
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均一系。と不均一系。液体。氷。気体。エタノールの蒸気圧。-60度のアルコールにつける。蒸気圧単位パスカル。-30度まで上昇。230パスカル。0度。900パスカル。プロットする。対数を並べる。直線関係。1成分系の2相平衡。ケミカルポテンシャル ミュウ温度、圧力。面積・体積温度による圧力の変化は、エントロピーの変化。クラウジウスークラペイロンの変化。虚気圧曲線。炭酸ガス。2酸化炭素。ドライアイス、炭酸ガス。液体。気体31・1度で液体と等しくなる。臨界点。密度の揺らぎ。紫黄色赤黄色青気体超臨界流体。液体。5.1気圧。加えて、冷却。液体化。昇華。固体から液体に変化。共存。3重点。-56.5度。水超臨界流体。22.06メガパスカル。超臨界水密度を自由に変えられる。ラジカル反応 無極性溶媒。イオン反応 極性溶媒。同位体::::反応。梶本興亜。炭素。フラーレンナノチューブサッカーボールの形。グラファイト。ダイヤモンド。SP3炭。固体の位相。
2005年03月19日
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(宇宙)系と外界。総和は等しい。システム。エントロピー。化学平衡。相平行。(水→水蒸気)標準生成ギブズ自由エネルギー生成系。反応系。資源系。テーブルがある。科学ビン寛。******圧力による変化。エントロピーの内部圧力による変化。 DG=Vdp科学ポテンシャルと科学平衡。A+B→2C+D反応定数。圧平行定数。一モルで考えると便利。******ルシャトリエの原理。平行移動の原理。平衡に有る系の状態変数の1つに変化を与えると・・・。乖離平衡。N2O4→+温度→NO2白色固体 褐色メタノールNO2の生成。薄い褐色-10度+50度。褐色が濃くなる。平衡が進む。気体。容態においても、変化。<水のイオン積>梶本コウアこれはメモです。気にしないで下さい。
2005年03月19日
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生霊さんと出会って。2・3日間薬の使用をしていなかった。昨日は、もう生霊さんは、もう居ない。大体、どんなものか分ったので、再び眠る前に使用。薬を飲むと感覚が少し和らぐので、楽なのだ。横に成ると、息があつい事に気がつく。眠って暫くすると、全身が痛い。発熱した。薬を飲んでいるとき、起きるのは危険だかったが、仕方ない。喫煙は特に危険だが、目を覚ます為に吸う。タバコ吸いながら、寝たら最悪だ。眠っても、体は痛い。私は、アミノ酸サプリ。グルコサミン。ビタミンC。関節が特に痛い。痛みには、たんぱく質。解熱、解毒にはC。回復に必要なBが見つからないが仕方ない。ブルーベリーの菓子パン1つ。白菜の漬物4分の一株。それだけ、とって、再び眠りに。あまりの痛みに声を上げて泣いた。痛いよ~!って。半端じゃなく痛かった。こんなとき、一人の気楽さに感謝する。人が居たら、痛いと喚けない。寝る前に、電話で話した友達が、最近本で見た、滝の荒行の話をしていたのを思い出した。江原さんの事だ。私は、そうした宗教儀式的な荒行は余り好まない。生きた居るだけで、沢山の痛み。沢山の苦しみを体験する。作られた苦行より、現実の苦行の方が乗り越える意義を感じる。わざわざ、生きていれば作らなくても、苦行は向こうからやってくる。朝起きたら。体は、楽に成っていた。
2005年03月19日
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或る日、貴方が私の傍らに居る事を。緩やかな時の流れの中で。時の流れすらも忘れて。私が私であることも忘れて。宇宙を眺め。雲の流れを追い。雨を感じ。日の光に温まり。酒を酌み交わし、この世の味を楽しむ。私が私であることも忘れて。貴方と居ることだけを喜ぶ。
2005年03月17日
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私のテラスの、花たちは、かなり過酷な条件の元に生きている。庭と違って、土が無い。ポットのまま、枯れてしまう事も多い。勝手に種を落として、一番繁殖しているのは、青じそ。今時期まだ、花を咲かしている青じそもいる。今年は、正月から買い集めた花が机の上に並んでいる。その中で、ボケの盆栽が。気まぐれな私が与える過酷の条件。多くが水の上げ忘れで首が垂れてから、給水されたものも多い。葉の色を変えながら、けなげに生きているのだが。ボケの蕾が鉢にかなり落ちた。驚いた事に。小さな蕾が土から水を得て、育ち続け、花を開かせているのだ。落ちた地の上で、花を咲かせている。かなり感動。巨峰の苗は育たないのだけれど、(このところ青じそが繁殖して、巨峰が育たない。間引するとかなり大きくなってしまうので余りしない。)赤紫の花が・・・。見ると、ハート型の葉のスミレの花(いろんなスミレを移植する。生き残るのは少ない)。お~!生き残っていたか。私の気まぐれと土不足。コンテナを増やさないと、餓えるところが無い。けっこう生存競争の厳しい環境で、生き残る植物は、感動を与えれくれる。
2005年03月16日
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言葉そのものに力が有るのではなくて。言葉を発する何かの≪意識≫に力があります。愛。幸福。それらの言葉が何を象徴しているか判らない人には。百万回、唱えても「愛」も「幸」も出会えません。寧ろ、そのものに出会ったときに「あ!これが愛と名もつくものなのだ。」と知る事に成ります。宗教の怖さはそこに有ります。求める方を強要する集団で、「愛」そのものを知らない集団が多いことです。残酷ですが、集団的な形では出会えないと思います。一人一人、人格、素養が違うので。求める方法さえ、個人的に違うからです。宗教で出会う「愛」は。人が規定した「愛」で。自然界。キリストが言った「愛」には辿りつけないと思います。イエスが教えた事は、「ユダヤ教の掟・縛りから。心を解放す事」それは、ユダヤ教に限らず、全ての宗教に当てはまる。それを、世界に広めようとしました。イエスを誤解させたのは、教えを伝道した、聖書の別の側面だと思います。キリストの肉。愛。生きたキリスト、聖霊。この二つの助けを持って聖書を読むと聖書の中の悪魔に惑わされないで、「愛」だけを知ることが出来ます。聖書の中に、悪魔と神が両方書かれています。多くの人が、その中の悪魔を選んでしまうのが、悲しい事です。選ぶ自由。パウロの中のパリサイビトのパンダネが悪魔の正体です。注意深く聖書の中の「キリストの言葉」を理解すれば見えてきます。実際、片方だけで「愛」を言葉で伝えるのは不可能でしょう。光と陰の関係みたいだからです。
2005年03月16日
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出会いサイトのご案内有難うございます。恐らく、私には必要ありません。そんな場所に、私の探している≪彼≫は居ないからです。愛される事には不自由してません。大切な事は、「愛し合えること。」************昨日、包まれた、温かい何か・・・・。実はズ~と居るのです。少し、哀しんでみたりすると・・・・。無言の言葉で話しかけます。まず、私が気がつく。「ごめん。これって、貴方の存在否定しているよね。」何故気がつくかと言うと、私が悲しいにくれると、意識がそのものから離れて、周りが寒く感じます。我に帰ると、変わらず、周りに居ます。彼らしいその物とは意識で話します。新しい、会話方法ですが・・・・。幻聴と少し違うのは、言葉が音にならない。思考が自分の声だとすると、≪読む必要の無い感じる透明な文字≫のような感じです。この世が出会い系サイト状態です。悪いけれど、「大変もてます。」私をを取り巻く現実世界では、「自分のパートナー」に合わない人だらけです。今は良く相手に理解してもらって無駄な時間を省いています。≪君のパートナーは私ではない。≫と私が良く口にする言葉です。つまり・・・・・。≪誰≫でもよくないんです。付き合ってみなくては判らない時代は終わっています。自分に合う唯一人の人を探していて。ある意味、どうすれば逢えるかも知っています。自分の問題なのです。未来は決定しているようで、していない、流動的な物。予知がある程度ある人なら誰でも知っていることですが・・・。現実は≪その時になら無いと実現しない。≫時とは、時計で流れる時と少し違います。条件が全部揃った時が≪時≫です。日時の決定はおよそ、そのくらいの時間(それぞれの条件の集合時間)が掛かる読みにしか過ぎません。今そばにいる温かい何かには、「実態」が存在しているみたいなのです。現実に存在する、「未だ見ぬ君」と意識が繋がって居るみたいです。昨日からの付き合いなので、この何かとどう付き合えば良いか、検討中。ネットを通してみるのは、その向こうの誰か。方向性を探していたようです。そうして見つけまして。私が分かれたのは、≪名前に象徴された、意識で作った誰か≫とです。予感は正しくて、≪虚像≫の向こうの誰かと繋がったようです。大切な事は、自分が愛せる人はどんな人。それを自分が知ることです。私の場合。誰か居ないかな~。さびしいな~。状態と違います。そして、この人ではないかと無駄に時間を過ごすほど。残りの人生長くないです。未だ見ぬ君は≪実在≫しているみたいです。意識は私に既に届いてます。問題は、その≪場所≫に私が行きつけるか。の問題のようです。
2005年03月16日
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「言葉の力」を読んでいた。突然名も無い不思議な何かが、私の周りを包み始めた。安心感に、わたしはそっと目を閉じ身を任せた。不思議な物に包まれた事は、初めてではない。でも、毎回新しい感覚の物。胸の中心がぴくぴく反応する。全身に心地よさが広がる。見えないものを私は形付ける事は出来ない。名の無い何かだ。 昔の人はこれを天使の羽に包まれたとでも言ったのだろうか。羽のついた天使を見たことが無い。何かが立ち去った?後。今、からだがぽかぽかしている。これからも、明日を信じて歩けそうだ。
2005年03月15日
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感傷の涙が少しだけ滲んだ。
2005年03月15日
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懐かしい痛みに出会った。遠い昔。そう今まで歩んだ半分の時間までの記憶にそれは居た。心が苦しくも泣く、頭に取り付くこともなく。涙もなく。執着もなく。だだ、子宮が痛い。女が男を愛し別れを覚悟すると、唯子宮が痛い。頭でどんな奇麗事を並べても。 子宮が痛みを伴い哀しんでいる。子宮が痛いので、女は別れを自覚する。長い人生の痛みになれた私は、子宮の痛みに涙を流さない。それが、遠い日の記憶と少し違う。時が満ちたのだ。その時代が過ぎていく。ただそれだけのことだ.心は子宮の求めに理由をつけているだけ・・・。何故、この惹かれるかとか頭に納得する情報を探すだけ。実感の有る愛に執着は起きない。始まりと終わりが実感の有る分執着を起こす幻想は伴わない。自分の中で諦めを素直に選ぶ。子宮が官能する。体が交わらずとも女が男を愛する時子宮が反応する。だから心地良い。失えば子宮は痛い。それだけのことだ。
2005年03月15日
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2日ほど前。私は夕に、プレゼント用に買った、梅酒の瓶の蓋を衝動的にあけた。思えば、自分の意思で、一人で、お酒を口に含んだのは、中学生以来の事だ。中学の頃、一人で、ブランディーを口にしては、鏡の中の自分と対話した。そして、飽きた。その時以来、自分との対話、お酒を口にはしていない。その後お酒には常に場が展開していた。少しの罪悪感が走った。ふと、酒好きの医者の事を思い出した。≪同調が起こった?≫これは、何度が経験している。長い時期、母親と同調関係を持っていたので、何だかわかる。これが強いので私は医療機関の仕事には向かない。(片手を繋いでくれる人が居ない限り)去年の十月?金星と木星が上下に並んだ日から、その人を意識し始めた。その人の視線の中に、失った自分を見つけていた。探していた自分。そしてこれから出会いたい片割れをその人の中に探った。未だ見ぬ君は、その人で有る必然は無い。その人の延長線の中に住んでいる気がした。一口の酒は、私の中で、駆け巡り、気分を楽にした。その前日から、文字を受け付けたくなくなっていた。世を賑わした事件に何故自分が反応したか、理由を見つけたときに、脱力感に襲われた。世の中で許せないと思うこと。尚且つ許さざる終えない事。この二つの事は、私の中のニガヨモギのように腹にズシンと姿を現した。法を逆手に取って、他人の庭を荒らすこと。それが、身内であれば許すしかなかった事。目の前に他人がそのような振る舞いをしたときに、私の中で、怒りが素直に実体化した。原因がわかって、虚無感に包まれた。ふと「死にたいな・・・・。」と感じた。この感覚は人に判ってもらうのは難しい。怒りが死を思わせたのではない。思考が淘汰した時の「退屈」それが死にたいと感じる原因だ。私はフト。この年で死にたいと未だ思うのか・・・・。と可笑しくなった。残された時間が少無い事をわかっている今に。そして、それが次なるものへ向かう分岐点である事も知っている。だから、深刻に捕らえない。死にたいという感情は、それ以上何も受け入れたくない、淘汰点だ。ずしんと重いものが腹に入った。そして、私は酒を飲んだ。手に「海辺のカフカ」を持って、ベッドに向かった。そこには、これまで私が歩いた24年。愛を封印した日々。再び歩き出す気に成るまでの通り過ぎた日々。今再び愛の国に旅立つ一歩を始める。≪あ~!この時期皆同じものを探して居たんだ。≫これからの日々が、私に何を見せようとも、私は驚かないと思う。もやもやと曇った時でさえ、その先に行き着きたい≪場所≫を見失わない。不思議な世界の入り口に立っている気がした。喜びの中で、皆さんと会えますように祈ります。
2005年03月14日
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あ~・・・。47歳最後の日。47年の内。どのくらいの時間笑ったかな?3分の2は起きていたのかな?この一ヶ月、どうでも良い事に気を取られて、自分の事してない。自分の為に何かに夢中に成るってことのほか難しい。振り返ってみて、何かしようとすると、周りの騒がしい出来事に気を取られて、知らないうちに、道を踏み外してきた気がする。自分の事しなさい。と雪を見ながら思う。自分のしたいこと。外に気をとられた分気力が失せた。大丈夫か?自分。まあ。明日から(今日からと思わないのが私の悪い癖?)起きたら、自分と向かい合おう。誕生日だし明日は。
2005年03月13日
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合弁は、これからも進みと思うが・・・・。乗っ取りは、昔かなり有ったが、最近見ないな~と思うくらい古い。日本の映画にもなったくらいだ。株を大量に買われて役員交替を迫られる。業績のある会社。最後、全員で個人株主を探し出して、委任状の一票差で守り抜くみたいな展開。映画になるほど日常的なことだったのだ。今回。ビックリしたのは、若さで好意的にみていた物が・・・。開いてビックリ。合法やくざの手法そのまま。普通、経営を考えたらしないでしょう?と言う手法を使っていた事。営業に必要な信用失うから。むかし、株式投機でお金を作った人は、次は自分で起業する事を考えて、今、実業家に転進している人は多い。投機の手法そのままで、殴り込んだ人は前代未聞だな。お金を作る事と、起業する事は別物。実際起業は難しい。人間関係のシステム作りが一番難しい。お金は手段で有って≪目的≫には成らないからだ。創業者の仲間割れは、この目的の部分で別れる。最初は、創業という共同も目的がある。作った後の運営で考えの違いが表面化する。一番危険と言われているのは、身内で会社を作ると兄弟喧嘩の元。親族は経営に巻き込まないのは最近の起業の鉄則かな。兄弟が一番似た価値観で考え方が違う人種かもしれない。兄弟は別業種でプライベートな部分だけの共有が一番仲良くいられる。
2005年03月12日
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最近、お騒がせといえば・・・・。西武の株券がある。時代は繰り返すな~と思ったのは。昔、三越デパート事件。社長が私的横領していたという事件。一見関係ないこの事件。当時、三越が問題に成る前に。主だった、会社の人たちが西武デパートに移籍した。その西武で、やはり、トップの独裁が起きていた事。三越は、浄化され、新しい体質が生まれた。それを、支えていた人達の体質は西武に移っていたのが、24年後に浮上した。私は、学歴は高卒。中退した学校は二つ。聴講が1つ。最初の学校は、卒業3ヶ月前まで通った。進路が定まらないので、中退した。取りたい資格が出来たら、自分で大学を選んで勉強しようと思った。高卒の人との付き合いも多かった。別れた11歳下の旦那にまず、高卒のコンプレックスを取る事。受け取っている金銭で仕事を考えない事。この2点の再教育で、3年後には、大卒と同等の給与を取れるようになった。が、直せなかったのは、2枚舌。この癖が直らないと、先が無い。運命共同体としての責任負えないと思って必死で離れた。知識は買えるけれど。性質は直せない。高卒とか、大卒とか、それに求められる資質があれば、実際の社会ではそれほど問題では無い。ただ、≪資質≫は教育で向上させ変えられても≪素質≫。劣等感から培われた≪素質≫は直る事は無いみたいだ。劣等感の元をなくしても、≪素質≫は変わらない。この場合、(自らの招いた失態での不都合で懲りると考え直す事は有っても、それで通るうちは、反省する事は無い。)他人からの懲罰では、今度はもっと巧くやろうとしか思わないだろう。善悪は自分が傷つかないと余り痛いと思わない。1つの手段としか、感じないだろう。失敗が人を大きくするのは、それから何かを学べるかどうかだ。生きる意味は、その中で、善悪を知ることだと思う。生まれながら、善な人は存在しない。
2005年03月11日
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よく、誰が一番に考えたか?と言う事で、特許の問題がある。しかし考えてみよう。誰も、一人で考えていない。誰かと共に生きるところに閃きがある。多くの人の思いを受け取れる人が一番閃くとも言える。アインシュタインの時代。アインシュタインの理論も、僕の方が先と名乗りをあげた人がいる。別件で、名を記録してもらっている。アインシュタインの理論が、芥川の耳に入っていたら・・・・。彼は、「魔界」からの抜け道を見つけたかもしれない。私は17歳頃まで、作曲をしていた。最後の曲が、メロディフェアの曲と同じ旋律を踏んだところで、作曲を止めた。その世界で生きる人に作曲は任せようと思った。曲を作る時。フト頭に旋律が浮かぶ。それらを、譜面に起こしたり、連続した曲に完成するのは、技術。小学校5年で声楽の勉強を止めた私に限界が来た。作曲ではカデンツの終わり方を習ったところだった。その頃不思議に思ったことが有る。あるフレーズが頭に浮かんで、放っておくと、2週間後くらいに、その旋律を踏んだ曲が街に流れた。記憶を失くした時代。自分はどうして、そういう事態を迎えることになったか?自分の勝手な思いで、運命を動かそうと頭を使ったので、(人の心を弄んだ)神様が、智慧を浮かばない状態に私を置いた。と感じた。智慧は自分ひとりのものではない。何が「勝っ手」で、何が「自由」か分別がつく今。神様は再び智慧を得るアンテナを返してくれたようだ。「神様」と言う言葉。誤解を避ける為に、言い換えよう。「自然の摂理」誰もが包まれている、「心に叶う」思いだ。
2005年03月08日
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久々に12時間眠らせてもらった。気分がいい。3月3日。めでたさで、福まきしようかと思ったが。自宅で、ゆっくり。部屋を片付ける気力がでてきた。次は、ホワイトデー。私の誕生日。黒糖を使った、梅酒、酒屋で、バランタインデーで11本抑えてある。飲みすぎで、二日酔いで、引き取りにいけていない。誕生日に、私を知らない人に貰ってもらうかも・・・。受け取ってくださいね!見知らぬ誰か・・・。嬉しいって思ってくれれば幸いです。
2005年03月03日
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