全4件 (4件中 1-4件目)
1
昨日の早朝から志摩に旅行に出て、今日はお伊勢さんによりお参りして帰ってきました。あぁ、今年も楽しかった。まだまだ今年も予定が目白押しのゴールデンウィークだけれど、その前に起こった事件が心に引っかかりつつ、の連休になりそうです。Hさん、87歳、独居女性。ケアマネとしての関わりは3年前で、Hさんが脳梗塞で倒れられて下肢に麻痺が残り、在宅生活に向けてリハビリ病院に転院していた頃からです。旦那様は15年前に亡くなられており、以後15年間一人暮らしをされていました。主介護者は市内から車で1時間ほどかかる郊外に住む長女さまです。お嫁に行かれており、その先でもいろいろ事情ありでHさんを引き取ることはできませんでした。他に息子様や、もう一人娘様がいるけれど、それぞれ事情があり、あてにならないとのこと、なにより、本人が独居生活に戻ることを強く希望されており、リハビリにも前向きでした。初めてお会いしたときは歩行器でなんとか歩けるほどの麻痺でしたが、とにかく帰りたいという強い希望により、家族とこちらとでお互いの役割をしっかり話し合い介護サービスを整えて、退院し、また独居での生活を始めました。半年ほどで杖で外を歩けるようになり、やれやれまたしばらく独居生活が続けられると言う状況になりましたが、ここ一年ほどで認知症が顕著に進んでしまいました。杖で歩けるようになったことはよかったのだけれど、買い物が自由にできてしまうため、ヘルパーより、冷蔵庫に同じものばかり大量に溜まるとか、消費期限の切れたものを処理する頻度が、確実に増えてきているとか。浴室で便をしてしまい、自分で処理ができずそのままになっていたとか、毎週のように、もう独居はむつかしいのではないかという報告が入り始めました。それでも、本人の希望もあるのでなんとかと、介護サービスを調整してやりくりしていたのですが、娘さんとは、本人が無駄な買い物をしすぎることや、ご本人の思い込みや被害妄想などが出始めて、説明や説得では納得されず口論になることが多くなっていた。「3年前はケアマネさんになんとか独居でやれるようにと無理なお願いをしたけれど、 どうでしょう、今度は本当に無理ではないでしょうか」と、娘さんから限界を言われるようになったのは半年ほど前です。家族は、年も年だし、認知症の専門的検査や積極的な治療は希望されないとのことで。年金額を考慮して、話し合いのもと長女様が身元保証人として特別養護老人ホームを選定して入所を申込みしていただきました。5か月前のことです。そこから、その特養とも相談し、まず3日、その次は6日、その次は10日とショートステイを増やしていきました。だいたいショートステイで2・3日すると帰宅願望が出て、「私はいつ帰れるの、早く帰りたいの」と言われるようになり、「明日ですよ」と職員さんに対応していただくと「あらそうなの、それなら我慢するわ」と納得されます。私からそう対応してもらうようにお願いしました。次の日になるとそういう会話をしたことなど忘れてしまうので「あなた、昨日は明日帰れるって言ったじゃないの」などという怒りは起こりません。また新たに「いつ帰れるの?」「明日ですよ」「あらそうなの」という同じ会話が繰り返されるからです。15日のショートステイを利用しても同じだったとき、今後はこの対応で入所もいけると特養や家族に連絡しました。15日のショートステイに行っても、Hさんにとっては、3日とさほど変わらないのです。帰宅願望がある以外は、周りの方とも笑顔で穏やかに過ごせるHさんは、入所されることに全く問題なく、ご家族もとても感謝のある方で、困っているのでお願いしますと言う態度でいてくださったため何事も滞りなく、特養の職員さんと入所の時期の調整に入りました。杖で動ける状態のHさんは、特別養護老人ホームへ入るにはADLが高すぎており、ただ、認知症が進んでいるからの入所となるため、施設側も慎重になります。まずHさんのことをよく知っていただくことが重要だからとご家族とも話し合い、入所待機となりました。特養の相談員より、なにもなければ初夏くらいを目途に入所にしましょう、Hさんが真夏に1人は危ないでしょうと連絡をいただいたのは、今月に入ってからのことでした。よかったよかった、あと数か月踏ん張れば、入所できる。長女さんと私で、ほっとしたばかり。そして4月12日、ショートステイ先から電話がありました。意識レベルが急に低くなり、救急搬送され、検査の結果、脳に血腫が見つかったと。数日後には手術され、年齢からして筋力低下が見込まれるからその後リハビリ入院になるであろう。あと少し、だったのに・・・あと少しで、私の手を離れる、というのは・・・楽になりたいと思ったわけではないのだけれど、あの時の気持ちは、そうだったのかもしれない。Hさんのことも、Hさんの家族のことも、私はとても好きで、関わらせていただけたことは、良いご縁だったとお互いに思いたいと思っている。楽になりたいではなくて、あと少しで、お世話になりました、ありがとうございましたとカルテを閉じれるところだったのに。あぁ、そうなんだ、血腫かぁ・・・どの部分かなぁ、落ち着いたら娘さんに聞こうかな・・・なんとなく無力感に支配された数日後だったわけだけれど、娘さんからの電話で飛び上がるほどびっくりさせられた。硬膜下血腫で、手術は問題なくすぐ終わり、予後は順調すぎるくらい順調。というより、本人が元気すぎて寝ていてくれない、暇だからと看護師を呼びだすわ動き回るわ危ないったらありゃしない、転ばれたり出て行かれたりしたらまずいからセンサーを引いている。あんだけ動いてたらリハビリはいらない、本人とにかく帰りたがっていて、すぐにでも退院だと。・・・・・退院ですか!恐るべし認知症です、熱が高くても平然元気とか、骨折してても立ち上がるとかよく聞く話だけれど、普通なら寝付いてそのあとリハビリするような手術受けたのに、もう数日後には杖ついて歩いちゃう。何日に退院ですか??娘さん「あの、病院が困ってて、明日にでもって・・・」ばき「もちろん自宅で一人は・・・無理ですよね~~~~~~・・・・・ いやいやいや、やめましょう、危ないです。私が止めます。 とりあえず、退院日を病院と相談します、でも一日も早くってことですよね、 はい!了解です!」きゃ~~~~~~~入所を申し込んでて、もちろん15日/月ショートの利用を取っていた特養に退院後にそちらでなんとかならないかとお願いするも、答えは、ノー。そりゃそうです。特にゴールデンウィークの特養ショートステイは、普通は満床ですわ。ケアマネ8年もやってると、そこそこ、こういうときに急にお願いできる知り合いもできてくるもので、退院後、特養入所までのつなぎで預かっていただけるところを見つけましたけどね・・・。なんとか、常に見守りがきき、金額の折り合いもつき、退院と同時に施設に送ることになりました。退院日が24日、なんと12日しか入院していてくれませんでした。娘さんから、退院後一度家に連れて行こうかと相談されたのだけど、ずっと帰りたいと言い続けている方だもの、帰られたらもうややこしいです。家に帰ると車に乗せて、そのまま一時預かりの施設へいくようにとお話しし、私もそこへ出動しました。書類上の手続きを済ませ、説明や今後の特養入所までの計画をお話しし、みんなで一安心して帰るとき。Hさんは、玄関に置かれた椅子に座り動かずにいました。娘さんと私の顔がわかると、杖を付いて立ち上がりました。その姿が「一緒に帰る、絶対帰る」と強く言っているようにみえました。Hさんが住んでいたのは市営住宅で、5年ほど前にきれいに建て替えられたのですが、もともと住んで見えた方が優先して入ることができたので、長いご近所さんが多いのでそうです。同じ土地に60年以上住み続け、そこにいたいと思う気持ちを思うと、本当に切なくなります。若いころは、どこにでも住めると思っているし、どこにでも順応できると思っていた。その思いは、実は年々薄れつつある。長く住んだ場所が、きっと長ければ長いほど自分の家だろう。60年いた場所で、家族ができて、苦労があり楽しいこともあり、そして最後には一人になり、ずっとそこで生きてきた。安心とか、安全だからいいとかいうのは、ほかの人の思いでしかないもので、Hさんはやはり、ずっと住んできたあの家に帰りたいのだ。帰りたい、帰りたい、帰りたいと言い続けた言葉が、今さら心に突き刺さった。「明日帰ると誤魔化してください、明日には忘れています」と何回言ってきただろう。おかーさんはここにいて、すぐ戻るから。という娘さんに、「一緒に行く」と強情な表情になりHさんは追おうとした。ばき「ごめんね、Hさん、娘さんに病院や区役所へ、手続きに行かなきゃならないの、 ほら、私じゃあ病院の支払いのことやかわりにできないことを娘さんにお願いしたの」H「あら、そうなの、ばきさんにはできないの?ならダメだわねぇ。」娘さんは、申し訳なさそうな顔をして、頭を下げて、私とHさんを残し帰られた。Hさんは、これからしばらくここに泊まり、そして順番が来たら、終身的な施設へ入所する、もう帰らない予定であることは、Hさんには説明されない。説明しないように、正直に言わないように、と介護職員さんへそう指示しているから。Hさんは、今日は病院から来たことは覚えていたけれど、入院していたことを覚えていなかった。帰りたいHさんに、帰れない、を伝えることは感情を荒げてしまうことになるだけで、「そのうちね、明日にね」「あらそうなの」としているうちにここがどこなのかも、帰りたいところがどこなのかもわからなくなるだろう。一時入所の施設からは、その後、とりあえず落ち着いて過ごされていると連絡を貰った。娘さんは、なにかあったら来ていただくということになっているけれど、いまのところ、娘さんを呼ぶ事態にはならずに済んでいるという。ただ一日に何回か、急に思い出したように「帰りたい」というのだそう。いまいるところは在宅という括りになるので、まだしばらくは私が担当です。またしばらくHさんとかかわれることになった、これがご縁だなと実感しているところです。最後まで、仕事は、仕事としてやり切ることが、私の役割と言うことですね。
2014.04.27
コメント(8)

お天気の良い週末に、まひろんと手を繋いで本屋へでかけた。途中のハナミズキ通りが満開なのは知っていた。ふっふっふ。「わぁーーきれいーーー」とキラキラ笑顔。思った通りの反応の良さ。いつも静かで大人しいと評判の、(私に似ず)おしとやか娘だけれど、こういうときのリアクションは最高に良くて。こんにゃろー、かわいいやつめー、と頭ぐりぐり撫でまわし。逃げられ、追いかけ、逃げられ・・・。んもー。写真を撮ろうとしたところで、どちらもモデルになりたくなくて、どちらかというと撮りたいタイプだというところが母娘で一緒なわけで、今度はカメラの取り合い・・・。んもー。狙いの、娘と花の写真を撮らせてもらえず。そして私も撮らせずで、景色ばかりの写真となりましたとさ。綺麗です。やめてー。なんでだよー!ピンクもあります。仕方ないから盗み撮り。
2014.04.22
コメント(8)
実家の母から電話があった。最近は、私の姉妹や、父の愚痴など、あー、そうなの、へー、とか、わははは、とか、わかるわかるとか、近くに住んでいる者ではない家族の役割はこれなんだなとかと思い、すっかり愚痴のはけ口になっている。実際、激務の大企業のエンジニアを退職し、家事もできない趣味もない、ただのじぃちゃんになったプライドの高い父の面倒をみるのは大変だろうし、結婚したとはいえ、お気楽実家生活で週末婚状態の妹が、家にいるのは、安心よりもストレスの方が多かろうと思う。電話にでると、夏休みに、美女と野獣のミュージカルのチケットを取ってあげたから、まひろんと二人で楽しんでおいでと言うのです。まひろんの10歳の誕生日プレゼントのようで、10年、ばきこは真面目によく頑張ったからプレゼントだと。丁度パソコンの前に座っていたから、電話をしながらネットで検索。劇団四季、名古屋、美女と野獣、と、そして8月と探すと、チケットはまだ発売前で、ばき「ひょっとして、おかーさん、会員の人に頼んだ??」母「そうなのー、いい席奮発したからねー」ばき「・・・ほんとに?高いでしょ」母「まあねー。まぁいいからさ、予定開けておいてよ。」ばき「わー、ありがとーーありがたくいただきます!」てね。電話を切ってから、少し違和感。昔の母だったら、芸術や文化は、たまには高いお金を出してでもいいものに触れておくものだとか、なんだか、そうかもしれないけれどあまり口に出さなければいいようなことを一言、というか、もう聞いたし、くどいわ、てくらい言ってしまう人で。家族は、口にしない方がいいという感じは全くないらしく、そういう、価値観の持ちようの会話をすることが多かった。感覚の押しつけは、どうも苦手で、そういう雰囲気を察した母や姉や妹は、もうあの手この手で同意を求めるわけだけれど、いつからか、家族にはなにも相談せずに頼らずに自分の感性で生きるようになっていた。今の年になってみれば、もう自分で自分に責任持ち自分で決める、それが普通で。30歳になったとき、35歳になったとき、そして40歳になったとき、年をとるごとに、自分の生き方に年が追いついてきて、楽になっていく気がした。母が、くどくど娘に言って聞かせてきた話は、もう言わなくてもよくなった、てことなんだろう。きっと母も楽になった、のかもしれない。先日、母と話をしているときに、子供の教育の話になり、私がひとこと、一世代違うと、環境も常識も違うから口出ししない方がいいよ、と言うと「そうだよね」と明るく同意した。3人娘を育てて、私だけは理想のように育たなかっただろうけれど、今頃になってなんとなく、いい関係になってきた気がする。
2014.04.16
コメント(4)
おはようございます。新年度ですね。きつかった年度末の仕事を引きづりつつですが、今年度も頑張ります。今日、4月1日は、まひろんの10歳の誕生日ですが、上司の昇進祝いで帰りが遅いのです、ハムちんも同様。仲良しの友達に泊まりに来てもらうことになり、大満足の様子に一安心ですわ。先週末に家族でお祝いをしたのです、イタリアンフルコース!ではなくて、サイゼリアで食べたい放題。(笑)まひろんの行きたいお店を聞いたところ「サイゼリア!」・・・ほんとにいいのか、誕生日だよと確認したのだけど、どうしても行きたいと。うち、家族の食事では全然外食しないんです。だからサイゼリアに憧れている。ちなみにピザとるとかも無いから。誕生日にピザとって!とかも言っていた・・・(悲)(私やハムちんは付き合いなどで外食しまくってますが、家族で行かないのはその反動かな)年度末年度初めは、仕事がハードなうえに飲み会ばかりで週末には、役所の花見に誘われていますが、桜はもつのでしょうか・・・まぁ、もっていなくても酒飲むことが目的なので全く問題なしなのでしょうが。そうそうそう、いちごちゃん、国家試験合格です。誰もが知っている有名大病院に就職します!おめでとー。今頃緊張しまくってるかな?受かるのはわかっていたから、今さらって感じですが、嬉しかったなー。いちごちゃんから、なんだか迷惑かけたとか、心配かけましたとか、謝っているメール来てて、ちょっと笑っちゃったよ。そんないちごちゃんなら絶対大丈夫!先輩たちは厳しくて怖いけれど、それが普通なのじゃ。頑張れー。ぜんぜん人事に変化がないことが特徴な私の職場も、(5年~10年は誰も辞めない)この春はかなり動きがあり、新しい環境になりそうです。(周りが動くだけで自分は全然変わらないのだけど)なんとも清々しい、リフレッシュな春です。さー、やるぞー!ちょっと早めにいってきまーっす!
2014.04.01
コメント(8)
全4件 (4件中 1-4件目)
1

![]()
