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Yさん、70代、男性。大柄。 役所から、困難なのでパワフルなばきさんでと指名での依頼でした。光栄です。Yさんとお会いした後に、自分のにおいが気になり着替えに帰ったことは3回ほどある。常に手袋と替えの靴下とを持ち歩くようになったし、ヘルパーさんが靴下で直に入り次の仕事に支障がでないように、部屋の外にスリッパも用意した。基本、現場に入るヘルパーさんとケアマネは、直接連絡をとるわけではない、サービス提供責任者(サ責)という担当が付き、担当がヘルパーに指示し、なにかあればサ責がケアマネに連絡を取る。現場のヘルパーさんが、どうしていいかわからずに、サ責を飛ばし、テンパった電話を直接私にかけてくることが毎日のように続いた。ばき「言葉が悪くなりますが。お部屋に住んでいるというよりは・・・ 自分の尿便を部屋中に塗り広げる手におえない動物を、そこで飼育しているに近い状態です」と手短に紹介した。逃げる方には早々に逃げてもらわないと、仕事が進まないから。私は一度担当に付いたら本人から要望がなければ通常最後まで責任を持ち担当で居続ける、でも、ヘルパーはギブアップができるし、受けるかどうかも考えることもする。こちらには時間がない。正直に全部言ってんだから即答して。受けるならうける、無理なら早く断って、そうじゃあないとお互い時間が無駄になる。早くしないと、早くしないと・・・。私もいつも焦ってた。それでもやりますと腹を決めて入ってもらえる人にだけと、初めから釘を刺したのに、朝に掃除をしまくり、数時間後に伺った時にはもっとひどい状態になっている、ということに、耐えられなくなる人は続出した。ヘルパー「Yさんから、まるで出前をとるかのような電話を貰いましたが、 こんなことまで対応しないといけないのですか?(怒)」ばき「その場で、対応できないことはできないと断ってください。 私もできないことはできないとはっきり断っています。 言いにくかったらケアマネに断れと言われていると言ってもいいですよ。」ヘルパー「もう来なくていいと言われたから、はいわかりましたと帰りました」ばき「・・・いいですよそれで」ヘルパー「糖尿病があるのに、かつ丼買ってきてほしいって・・・」ばき「可能ならお願いします、今の彼の問題は、糖尿病をなんとかする以前の問題の方が・・・」ヘルパー「・・・そうですね」ヘルパー「不潔な布団の上にほとんど食べこぼしながら食べて・・・」ばき「そうですね、困りますよね~???」ヘルパー「そうですね、報告です~」ヘルパー「どうやら電気のブレーカーが」ばき「それは大家さんに電話した方が。」ヘルパー「・・・・ですね」私が仕事を振るだけの人ではなく、誰よりも現場に関わっていないと、ヘルパーさんは納得いかないのはわかるけれど、とにかく苦労をわかって欲しいという訴えが多くて。ヘルパーさんのためにも、なにか目に見える変化がないとやってらんないだろうと、よくわかるからこそ、誰よりも私が関わっていたし、もちろん誰よりも私が困ってた。布団を全部取り替えたこと数回。普段の家事的なことはヘルパーさんのやることだけれど、大掃除的なことはヘルパーさんのやることではない。ヘルパーにはできないことなのでという訴えがよくあるし、私も動くけど、実は、ケママネがやるべきことでもない。お金がないから保険外のサービスも使えない、もちろん他人が出すことはご法度。結局誰かが細かい規則に目を瞑り、黙ってボランティアするなりしないと解決できない。そういうことをわかっているヘルパーさんが、自発的に決められた仕事以上のことをやってくれて、生活が整うようになってきた。どうして病院を追い出されたかって、理由は本人が出たいと言うから。規則や決まり、常識はこう、に従えないYさんは家にいたいのだ。入院してた方がいいと誰でも思うだろうし、私こそ強く思うよ、そりゃ。なぜ病院に入院にしないのかと憤る方に、「なら説得してみてくださいお願いします」と無茶振りしたこともある。Yさんに認知症はない。周りが思う最善は、周りの都合でしかないこともある。希望を尊重するかどうかは、正常な判断力があるのかどうか、ようは高次機能障害や精神疾患。強制入院など、警察や家族でない限り持ちこめないし、ましてや周りの都合ではできない。大概の方は、動けないし独居だから入院しかないなと思う状態だろうし、病院は、Yさんが家にいたいという希望ですから、ということを免罪符にしていたけれど。「申し訳ないけれど、外れてください。」これを、私の勤める病院グループのヘルパーに言うのは、辛すぎた。怒涛の一か月。Yさんの部屋には介護ベッドが設置され、ポータブルトイレがおかれ、問題なくヘルパーが毎日入り、おむつ交換やシーツ交換が行われ、清潔が保てるようになり往診医が入った。ベッドサイドのテーブルに、きちんと食事を置き、なるべくこぼさないように食事を摂ったことを、驚いたヘルパーが感激の電話をくれた。「人間って、環境で変わる生き物ですよね」なんて。最後まで関わり続けてくれたヘルパーには共通点がある。この状態をほっておけるわけないでしょうと、キレながらも仕事をやり遂げた人、わがまま言われても、そう言わんとと、うまく乗せてくれた人。なんとかしてあげたいという思いに駆られた人。あるヘルパーさんがすごい勢いでYさんの態度の悪さを訴えてきたとき、ばき「いい加減にしなさい。ヘルパーさんと仲良くできないと家にはいられないよ!」勢いに任せて怒りに行くと、Yさんはすみませんと謝りながら言ったんだ。「だって、あいつは俺を見下している」何かをやろうとせずに、まず文句が出る人は、ピンポイントでYさんとぶつかっていた。それを聞いたとき、ぶつかって私に怒鳴り込んできたヘルパーの顔が思い浮かんで、Yさんには、正常でとても人間らしい純粋な判断力があるのだと思い知った。いろんな思いがぐちゃぐちゃに交差して、私ははらはらとYさんの前で泣いた。Yさんはただただ謝り続けた。なんとか清潔が保てるようになっても、数か月は入浴していなかったから、お風呂に入ろうと提案すると、ノリノリになってくれた。信頼できる通所の職員と同行し、彼が負ぶってでも連れて行きますと言ってくれたけど、血圧が高すぎて行っても入浴はできないだろうと一旦諦めた。降圧剤を毎日飲まないと入浴は無理だと説明し、毎日薬を飲むようにとお話しした。入院していたころの認定調査では、服薬の項目は「全介助」口に薬を直接押し込み水を飲ませて飲ませていたという。Yさんに薬を飲もうという、そこまでして生きていこうという気力はなかったのだろう。年末、降圧剤をしっかり飲んでいて、血圧は下がってきていると連絡を貰った。Yさんは自分の気力で生きようとしている。年始に救急車を自分で呼んだことも、実は驚きだった。「胸が痛い」痛みに弱いのだろうと病院は言ったけど、私は違うと思う。真夜中に救急搬送された朝、無理に頼んだというのにすぐに来てくれたヘルパーさん、二人がかりに両脇を支えられてご帰宅したYさん。仲良しになってきたヘルパーさんたちと、楽しそうに冗談を言い、笑い声をあげていた。訪問入浴の予定が決まったと報告をしに行くと、うれしそうに頬を赤らめた。明日、入浴しましょうと予定しているところへ、朝訪問のヘルパーから連絡が入った。「脈がありません、もう硬直がはじまっているみたいです」駆けつけた私は、往診医が来るまで20分ほど二人きりになった。回想した思い出は盛りだくさんで、関わったのはほんのひと月とちょっと、そんなに短かったのだろうかと驚いた。焦っていたのは、早く何とか、形だけでも生活を整えたかったから。やっとやっと、なんとかなってきたところだったのに、明日はやっと、念願の入浴を導入できるところだったのに。死因は急性の心臓発作。前日に往診したドクターでも予測はむつかしかったという。他に、もう施しようのない病気をいっぱい抱えていて、病院の医師も、往診医も、私も、長くはないことは知っていた。告知はされていなかったけれど、Yさんもきっと知っていたはず。あれだけ投げやりに生きていたのだから。けれど、お風呂は入るつもりだったよね。職場の同僚が寄付してくれた使わないタオル類が、使われないまま部屋の隅にスタンバっていて。すごくすごく悲しかった。
2013.01.23
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1月4日の、仕事始めの日の早朝だった。まだ寝ている私の携帯が鳴った。3日は新年会で飲みすぎて、寝たのは2時で。寝ぼけた頭で携帯に出て、窓の外を見たら、まだ外は暗かった。電話の相手は有名大学病院の救急対応をしていた看護師で、早朝だというのに、いつもの平日の昼間の時間なのかと思うような、平然とした口調だった。もし私だったら、たとえ緊急電話でもこんな時間にごめんなさい、くらいは言うけどな、とか思いながら。すんごい緊急電話なのかと思ったら、違った。私の担当のYさんが胸の痛みを訴えて、自分で救急車を呼ばれて運ばれてきた、緊急性はなく、問題ないのでお迎えをよこしてください、すぐに。と。朝の5時やで。とにかく家に帰したいから、こんな時間から「介護タクシーの手配をお願いします」って、無理ですけど、「ならヘルパーさんをすぐに手配を」って、それも無理です。「無理ならば、24時間対応をしているところを探してください、早く」。と矢継ぎ早に攻め立てる相手に、なぜ無理なのかを懇切丁寧に説明し続けた40分。Yさんが半身麻痺で動けない人であり、精神的にも対応がむつかしいため、きちんとした契約がないと、24時間対応しているところでも依頼できないことや、そもそも新規依頼の受け付け契約は、平常の営業時間内でしかないことなどを説明し。「ならどうしてこういう事態を想定して事前に契約しておかないのか」と怒られ。いちおう謝り。それでも気持ちがおさまらないようで。「自由の効かない体で動き回り転ばれて怪我でもされたらこちらの責任になるから困るんです」「誰も動かせないならケアマネさんが来たらいかがですか」という勢いで私の対応のできなさぶりを攻め立てまくられた。一通り話をしたところで。こちらの事情もお話。私は、Yさんがそちらの大学病院を、身元引き受けもなく、在宅支援の用意をなにもしない状況でいきなり退院し、もう家にいます、という状況からのかかわりで。さらにそれがつい先月のことであり、初めて自宅に伺った時は動けないまま部屋を這い、お部屋全体がトイレ状態で、体調不安定で尿意なく清潔意識低く、とりあえず清潔を保つだけでいままで精いっぱいだったこと、さらに要求過多であり拒否もありで、居宅の介護サービスの人たちはすごく苦労していること。往診医をつけるための紹介状をいただいたところ、かなり深刻な身体状況で、入院していたほうがよいという主治医の意見で、あなたのいる大学病院のケースワーカの○○さんとも、なにかあればすぐに入院対応してくれると話はついていたこと。救急対応の先生が、緊急性がなくとりあえず帰るようにということなら仕方ないけれど、できれば主治医かケースワーカか、事情を知っている人の話を聞いてからにしてもいいと思うということ。帰るにしても、今日の9時以降の時間しかお迎えを手配できないのは確実なので、できうる限り早い時間に手配をするからそれまでそちらにいてほしいことをお願いすると、相手は急にトーンダウン。さんざん話をしたうえで、あなたのお名前はとお聞きすると、もう仕事を上がる時間だと。これから引き継ぎをしてわかるようにしておくのでと、名乗らない。ゆるしてなるものかと、食いついて「誰からの電話なのかわからないのは困ります」と強引に名前を聞いた。朝からひどい話もあるものだ・・・呆然とした頭で出勤して、同僚にこんな電話がありましたと報告すると、みんな笑うし怒るしそれぞれでしたが、非常識極まりない電話だったのは確実の様子。やはりそうか・・・これはなんだ、なんなんだと思いながらも、冷静に受け答えし過ぎてしまったような気がする。私もヒートアップしてやればよかったよ。(ロッキーのテーマソングが似合う感じ)こんな感じで始まった私の仕事始め。年末にもいろいろ騒動尽くしだったYさん。そんなYさん、つい先日亡くなられました。大学病院のケースワーカーが超困難事例だと言うYさんの担当は、本当に大変だったし、早朝に電話してきて無理ばかり言ってきた看護師さんも、Yさんの対応に困り、当たる相手がなくて無理だとわかっていながら私にぶつけてきたのだと、実は電話を受けた時から、わかってた。あれをああして、これをこうして、これからなんとかしていけるはずだったのに、なんだか心にぽっかり穴があいてしまったよう。なにがあったか、少しだけ聞いてくださいまし。ではまた、次の日記で、ごきげんよう・・・・
2013.01.20
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あけましておめでとうございます。いつもお付き合いいただき、コメントを入れてくださる方、感謝しております。おかげで楽しく続けることができています。昨年はありがとうございました、今年もどうぞよろしくお願いいたします。昨年の仕事納めは28日金曜日。私が帰るのを、我が家で待っていてれた遠方の友人たちと繰り出しまずお疲れ様。その後、途切れることなく遊びまくり飲みまくり、そして食べまくり喋りまくり、そりゃ口内炎も治る暇ないわな、という年末。31日大みそかは、超早起きして掃除掃除掃除掃除。持病の背中ぎっくりが再発するんじゃないかという気がして、辞めるまで4時間。もう家中ピッカピカやてーーー。むふー。(鼻息)さらには、みんな驚くなよ。てか、驚いちゃうよ。・・・どっちだよ。つくったでー、おせち!どーーーーん。10人で宴会するのに充分な量が出来上がりました。作ったものや、作っていただいたもの、買って解凍、切って詰めたもの、いろいろですが、姑や義姉が、「これ買ったの?」と聞くぐらいの出来栄えでございますわよ、ほーっほほほほ。豪華な食材ばかり使っているので、そりゃあ高いですけどね、買うとなると、この人数だとどえらい金額になるおせち料理。一度作ると、病み付きになるほど節約になりまっせ。今年は、霧箱をふたつも開けてどーんと豪勢に宴会するのじゃー。と迎えた新年でした。大みそかに、やることやってそば食べて、まひろん寝かせて、これで元旦はばっちりじゃと大満足してるところに、「年忘れカラオケ中」の友達たちからメール、無視していると電話・・・・まさかカラオケで年越しですか。若いねぇぇ。私は明日は嫁をやらないともごもご・・・「じゃあちょっとだけ行くか」と言ったら最後。カラオケで騒ぎながら年越ししてしまいました、あ~あ~。一年の締めくくりの日は、家のことで充実して過ごしたのに、最後は遊んじゃってるし。夜中に帰ったらハムちんももう寝ていたけど、「旦那さん大丈夫、大みそかに遊んでて怒らない?」と心配してくれた方々、大丈夫です。年末に午前様が何度もあり、一回は明け方で、さらにどうやって帰ったのかも記憶ない状態で、壁にばんばんぶつかりながら朦朧として帰ってきて、私に「せめて静かに帰りなさい」と怒られたハムちんは、しばらく寛大ですし、今後も寛大でしょう。(笑)元旦は、このおせちに刺し盛りを作り(ツマが好きな姪っ子たちのためツマも刻んだぞ)どーんと宴会、6時間ほど。昨日は私の実家で宴会、8時間。(爆)さて今日の夜は、学生時代のサークルの新年会。洗濯機動かして、コーヒー飲みながらやっとネットでございます。明日は仕事はじめだから、あまり飲みすぎないようにして帰ってこなくちゃね。相変わらず、口内炎が治る暇がありません・・・・
2013.01.03
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