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2009.01.09
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カテゴリ: I experienced
「3年の担任は、だれかな……」

「……S先生……」
がっかりしました。そのとき、S先生がいやだという感覚はなかったのですが、
2年の最初にがっかりした感覚が明確に蘇りました。また、緊張感あふれるシーンを
経験するのか、と思いました。
「できればA組の先生がよかった」
A組の担任は、学校で人気のある理科系のK先生でした。
そのときに抱いたそんな気持ちは、後に見事に打ち砕かれますが(その4に登場します)。


同時に、ちーちゃんとの1年間も始まりました。

何でもないことなのですが、思い出の残っていることがあります。
私はソフトボール部に在籍し、ピッチャーをやっていたのですが、
キャッチャーだった女の子が足首の骨を折ってしまいました。バッテリーを組む
間柄でもあり、杖をついて登校しなければならない彼女をサポートするために、
通常の登校時間より1時間くらい早く(杖をついているのを人に見られるのが恥ずかしい
と言うので)一緒に登校しました。私は荷物持ちです。
1時間も早く登校してもすることがない。で、校舎の裏にあるはずの花壇を見に行きました。
一応、クラスごとの花壇があるということを知っていました。時は春。
何かが植わっているなら、間もなく芽を出すだろうし、そのとき存在している植物は
手入れしてあげる必要だあるだろうと、私は一人で花壇の世話をすることにしました。

彼女の足が治るまでは、と決めて。

ある日、S先生が朝のホームルームのときに言いました。
「お前ら、うちのクラスの花壇、見たことがあるか?」
皆黙っています。私は当然知っていますが、S先生が何を言いたいのかはかりかね、
黙っていました。

ないやろう」
当然といえば当然です。用がないのですから。学校からも「花壇の世話をするように」
と言われた記憶はありません。
「その花壇を○○(私の姓)が毎日手入れしてくれてる」
私は驚きました。暇に飽かせて世話をしていた姿をS先生に見られていたのです。
「毎日水をまき、雑草を抜いてきれいにしてくれてるんや。うちのだけやない。
ほかのクラスのも面倒をみてくれてる。だれかに言われたわけやないはずや。
だれかに言われたからする、というだけやったらだれでもできる。だれにも言われんでも
できる人間にならなあかん」
いい話です。でも、私は恐縮至極です。そんな高尚な話ではありません。
すぐさまS先生の元へ行きました。そして、事と次第を説明しました。
S先生は笑って言いました。
「俺の言うたことに間違いはないやろ。お前はマンガを読んでてもよかったのに、
花壇の世話をしとったんや。俺が指示したわけでもないのに、自分からしたんや。
何を恐縮することがあるねん」

いま考えると、私がどういう動機でそうしたかはどうでもよかったのだと思います。
私のことをネタに、いい話がしたかったのではないかと。
怒ったり、怒鳴ったり、殴ったりばかりしている毎日に飽きて、少し静かに
いい話をしたかっただけではないかと思ったりしています。
(余談でした)

ちーちゃんのこと、Mさんのこと、球技大会や体育祭などの行事、受験など
いろいろな出来事を経験し、私は卒業しました。常にS先生がそこにいました。


高校の入学式前に、制服の採寸などで高校に出向いた後、中学校に報告に行きました。
K先生とS先生がいました。K先生が先に声をかけてくれました。
「おう、○○(私の姓)、高校に行ってきたか」
「はい」
「高校でもソフトボールやるのか?」
「部がないんです」
「ほかのクラブに入るのか?」
「いえ」
「何でや。せっかくスポーツ部で頑張ってたやないか。何かしろよ」
親のすすめで私学に入学することになった私は、のうのうと部活などしていられない立場なのです。家の手伝いはもちろん、アルバイトをする必要があるだろうと予想していました。
そんな、クラブに入りたい気持ちを抑えるしかない状況を説明することができませんでした。
「入りたいクラブがないし……」
私が言いよどむと、
「ふうん、お前のスポーツに対する気持ちはその程度やったんやな」
この先生にこんなことを言われる筋合いはないと思うと、涙がこみ上げてきました。

「○○、ちょっと見ん間に大人っぽくなったな」
S先生がそれに気づいて声をかけてくれました。K先生から少し離れたところへ導いてくれ、
「俺はお前を信じてる。お前が一生懸命ソフトやってたこと知ってるよ。お前が部活せえへんいうのは、よほどのことやと思う。お前が思うようにやったらええ」
もっと涙が出そうになりました。
「なぁ、俺はな、3年のクラス編成のとき、お前を俺のクラスに入れたんや」
「え、そんなこと、できるんですか?」
「うん」
「なんで私だったんですか?」
「2年のとき、俺はお前が俺のクラスにおってほんまによかったと思った。
さぁから、3年でもお前におってほしかったんや」
「そうですか……」
「ありがとう。よかったよ。お前がおって」
言葉が見つかりませんでした。
「俺は、4月から別の学校に転任になる」
「えっ? そうなんですか?」
「俺はどこに行っても、お前のことを思ってるから、何かあったら連絡してこい」
「……」
「ええな」
「はい」

S先生との別れはそんな感じでした。
誇張や先生独特のデフォルメがあったことと思います。でも、私の気持ちを考え、
私を肯定する言葉をかけてくれたことは、一生忘れません。

激しく落胆した2年生の初日から2年、S先生とはいろいろありました。
担任がS先生でなかったら、ちーちゃんとのことも、A組のMさんとのことも
こんなにうまくいかなかったかもしれません。
必要以上に言葉をかけることなく、密かに、温かく見守ってくれていたからこそ、
自由に、やりたいようにできたのかもしれないと思います。

きのうは書きませんでしたが、2年の文化祭が終わった日、
S先生は再び自宅に電話してきました。もちろん、酔っぱらって。
「ありがとう、ありがとう。俺はうれしい。ありがとう」
生徒たちが文化祭を無事やり遂げたことに大きな感慨を覚えたのでしょう。
何度も何度も礼を言われました。

先生らしからぬ行為ですが、私にはとても感動的でした。
生徒である自分に、ストレートに感情を表現してくれた先生に
信頼感と師弟愛のようなものを感ぜずにはいられませんでした。


いま、巷では「体罰はいけない」と一口に言います。
それが間違いだとは言いませんが、教師や親が子どもを「殴る」というとき、
単に「体罰」だけととらえるのは、とても貧困な発想だと思います。
どんな先生にも共通して言えることではありませんが、少なくともS先生が
「殴る」という行為に込めた思いやポリシーは、多くの生徒に理解できていたし、
それ以上に何かを与えてくれていたことも理解できています。
男の子はS先生から「殴り方」を教えられ、「痛み」や「悔しさ」を実感することで、
ケンカの仕方、相手への配慮がわかる人間になったと思います。
もちろん、S先生とて、最初から達観していたわけではないと思います。
「教師」であることの責任、義務、権利、立場などいろいろな自覚を通して
会得していったことであったはずです。最初は、誤解を生むような体罰もあったと
思います。しかし、生徒との信頼関係ができてくれば、互いが多くのことを学び合い、
すべてが意味のある行為になっていく、そんなふうに思えるのです。

ちーちゃんの成長はよく見えました。文字の読み書きを初め、表情や表現力、
相手への思いやりの心などが見違えるほど進化したからです。
それほど目には見えなくても、同じようにクラスメートも成長し、
私も成長し、S先生も成長しました。その原因の幾つかは、ちーちゃんに出会えたことに
あったように思います。

そして、その成長の中で獲得したものは、いまの私の人生にとても役立っています。

そうやって、人は人と出会い、命を生きていくのだと思います。
出会えた奇跡に感謝し、ふれあえた時間を大切に思いながら、
明日、また新たな出会いに命を震わせるのです。






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Last updated  2009.01.09 23:41:18
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