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2009.01.16
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カテゴリ: I think
1/11のブログの最後に、「自殺」の方法に触れた一文を書きました。

遅ればせながら、きょうはそのことを。

根拠は脆弱ですが、血液型で分析した「自殺の根拠と方法」というのを
聞いたことがあるので(結構正式な機関が出しているもの)、まずはそれを披瀝します。

A型:営んでいた事業が傾いた末の借金苦など、まじめゆえの悩みで自殺する人が多い。死に方は、静かなところで一人で首吊り。遺書は「保険金を迷惑をかけたところに……」
O型:好き放題の生活や事業がうまくいかなくなったことによる、「苦労するぐらいなら、死んだ方が……」的自殺。一家で景色のいいところにドライブに出かけ、車の中にガスを引き込んで一家心中。「死ぬときはみんなで」
AB型:パターンなし。自殺を回避するためなら、殺人も……(日本人の血液型の比率はA:O:B:AB=4:3:2:1だが、殺人犯の比率は圧倒的にAB型が多い)
B型:自殺する人はごくわずか。死ぬ勇気なし。困ったことがあればとんずらする。知らない土地でもわがもの顔で生きられる。

こういうデータはある条件に対して得られる情報であり、無機質な「統計」でしかないので、確たる根拠を持たせることはできないのですが、それにしても、かなりの精度で「そうかもしれない」と思わせる何かがあります。



本来、「自殺」というのは、「先祖からもらった命を絶つという忌むべき行為」という認識があったはずで、「人知れず」という前提で行われていたものと認識していました。例えば、富士山麓の樹海や、滝壺から遺体が上がらないという赤目の滝など。

ところが最近は、「死ぬことで何かを主張する」といった自殺が目立っているように思います。

「主張する」相手は、「世の中」「元恋人」「家族」「会社」「いじめた級友」など多岐にわたりますが、いずれも、「死」が何かの手段になっているようです。

「死」は「究極」のはずなのに、その先に何かがあるかのような「衝動」的行為になっているように思えて仕方がありません。

電車への飛び込みとか、繁華街での飛び降りとか、知った人が見るであろう場所での首吊りなどは、「主張」意外の何物でもありません。

「自分の行為によって、何万人もが迷惑を被る」
「自分の行為に他人が巻き込まれる」
「自分の死に顔を多くの知人が見て驚く」
という、迷惑極まりない行為の先に、究極の主張があるのです。
しかし、それほど大きな被害を生むべき主張なのかどうか、甚だ疑わしいと私は思います。

実は、主張したい相手は一人だったりします。

「親に愛されていない」とか。
そんな、単純な動機で自殺をするというのは、甚だ迷惑な話です。
が、本人にとっては、「究極の状況」なのでしょう。
それを生む土壌を何とかしなければ、自殺に対する認識の変化はないだろうし、それによって迷惑を被る人は減らないだろうと思います。

その「土壌」とは……。

★生まれてきた意味
★生きている意味
★人間の使命
★なすべきこと

といった、生命活動をする上で必要な基本的な事柄を徹底的に教えることだと思います。

ちなみに、人の迷惑を何とも思わない、得手勝手な自殺をする血液型……、
何型だと思います?

興味のある方、ご投票を。






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Last updated  2009.01.17 01:55:28
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